松岡宮のおすすめリスト 2019年7月25日23時41分から2022年1月7日10時30分まで ---------------------------- [自由詩]砂時計/ああああ[2019年7月25日23時41分] 砂の時計をひっくり返し、3分待ったらふたたび汗にまみれてきっと目覚めるだろう。階下で眠る私の家族を起こさぬようにそうっとタオルをとってふたたび夢にそなえる。祈りを言葉にかえてとなえる。 干潟に火薬の匂いが残り、体がほてり荷物が重い。浅いクレーターの斜面へ飛び散ったガラスの破片であたりは瞬く猫の目みたいに見えて、その景色は日本軍の唱える正義に疑問符をつけさせた:私の幸福もある一つの蟻地獄に入り込むのではないか? ある日突如砂に埋れて死ぬことになった者の上に腰掛け、私の口中にも砂の味がこみあげはじめた。 目が冷めた。明け方にはいつも同じ夢を見る。舌の先をウェットティッシュで拭う。決まった小道を何度もループして汗をかく。唾を吐く。砂の味がする砂時計の中に、砂の味がする砂時計の私、砂の味がする砂時計の中身は砂の味がする砂時計の私で、砂の味がする砂時計の鏡に砂の味がする砂時計の形に砂の味がする砂時計の私を写し出した。 夢のつづきは汚染された死体を水ですすぎ、風通しの良い場所に寝かせてやることだ。まだ外は暗いな。静かすぎて砂の音が響くくらいだ。音が次第に大きくなって私を飲み込むがクライマックスは永遠にやってこない。私はまた枕辺の砂時計を逆さにし、夜明を待つだけだ。 ---------------------------- [自由詩]あかり はじまり/木立 悟[2019年11月21日9時44分] 羽も 曇のかけらも息苦しく 空の喉から吐き出されている 水平線に生い茂る咳 白く白く渦まく風 動かぬ曇の歯車が 動かぬままに重なりつづけ やがて月に照らされながら 高圧線を撓らせてゆく 数え切れない夢が傾き 倒れることなく寄りかかるまま 白い石の群れとなり 荒れ地を双つに分けてゆく 失う前と 失った後を行き来しながら 原野をかきむしり 進みつづけ 水に沈んだ径に着く 水は赤子 夜は語る声 音の無い動きすべてに 光をまぶす 凍りかけた水のなか 片方だけが欠けた陽と月 氷を歩む灯と光の子 小さく散り咲く笑みと声 石の径の中央を 足首に触れる見えないものらをほどきながら 光の粉の音を着て しんとした明るさを歩んでゆく 何もかもに置き去りにされた朝 短い夢ばかりが現われては消え 白く震える枠の内に 最初の言葉が降り来るのを見る ---------------------------- [自由詩]冬の流星/丘白月[2020年3月10日11時32分] 長い間ずっと 君は何を思っていただろう 僕は何もしていないから 長く果てしなく長く感じる 僕は君の愛に応えていないから どんなに愛してもとどかない なんと小さい人間だろう 一緒に夢をみて ずっと一緒だと言った アップルパイが焼けたと言った 良い香りが部屋に文字を置いた 幸せな時間を書いていた 今夜はもうおやすみと 流星が子守唄を歌っている 消えてはまた流れて いくつも言葉を残していく おやすみなさい 夢をみるのよ 私のかわいい子 長い道に悲しみはないから 怖がることもないから おやすみ 私のかわいい子 ---------------------------- [自由詩]耳の傾け方を習うのは何よりも難しい/ホロウ・シカエルボク[2020年3月12日22時45分] 眼球のピントは崩れ 右目と左目があさっての方を見る 世界は歪んでいる その目には確かにそう見える 交通課の事故処理ばかりを目にした一日 救急車で運ばれる誰かの呻き声 深刻そうな顔して見物する野次馬 誰から憎めばいいのか分からない加害者 安い昼飯は胃袋に落ち着き難い プラスチックみたいに消化に時間がかかる 化合物に育てられた世代 オートマチックな思考回路 俺はずっと 要らなくなった枕を刺している 枕は綿色の血を吹きながら どうすればいいのか分からず泣いている 命無きものたちの墓地みたいな街 煤けた道路でドランカーが眠っている 遠目でなら死体と区別がつかない よう、ハッピーマン、お前の遺影それでいいよな? 駅前広場でスケボー転がしてるガキどもを 片っ端から転がしながら 交番に被害届を出した ちょっと世の中ってもんを教えてやっただけさ よく鳴る硬質のタイヤ よく喋るやつぐらい神経に触る 噛み過ぎたガムを銀紙で包んで ごみ箱に預ける一日の終わり 最終電車のアナウンスは安堵した車輪の響き 利便性の為だけに生まれてきたわけじゃない 彼らだって性能だけを求められるばかりの毎日は 部品以外に摩耗してしまうなにかがあるのかもしれないな もう誰も居なくなったホームは 数時間だけの廃墟 美しい風が通り過ぎていく 俺はメロディを口ずさんでいる アーケードの中で二時間ばかり 人を待つふりをして詩を書いた 口元を隠してイヤホンを突っ込んだ連中は 集中治療室から逃げ出してきたみたいに見えたよ ニュースです ニュースです ニュースです あちこちで囁かれる新しい脅威の噂 昔からの死が蔑ろにされる 今死んだやつにしか興味が無い いつだってみんなそうさ トレンドなんだよ 新元号元年に生まれる 赤ん坊と同じようなものさ 生まれてくる命に珍しいものなんかないのに キャッチコピーが夢精してそこらに飛び散ってる コソコソと俺の腹の中を探るやつら 出歯亀みたいな真似しては正当性を主張してる 知らねえよ まともな態度を覚えてからおいで、お猿さん 洗濯の間流してるFMから聞こえる チャート上位の曲たちにはまるで名前がない たったひとりの誰かが書いたみたいな詞が 違う名前のアーティストの歌から乾いた泥みたいに落ちてくる みんな感動して涙を流すんだってさ きっとあいつらの涙腺にゃ蛇口がついてんだよ テレビで流れるものしか信じないでいると いつのまにかそんな症状が心を汚染してしまうのさ 特効薬はないぜ ひとつでも確かに 生きるということを追いかけることが出来なけりゃ 気付かないか? いつぞやの津波からこっち たくさんの人間が死ぬことがデフォルトになってる 地球は俺たちに飽き始めたのかもしれないぜ 本能のなくなった生きものは なにもかもを奇形化させちまう おぞましい姿で辺りをうろついて 物見遊山ななんとかのミコトどもをがっかりさせてる 天変地異なんて手を使わないで 俺にひとこと言ってくれりゃ トレンチコート・マフィアのモノマネでもして笑わせてやれるのにな なに、同じことだよ 幸せになりたいってことは どこのどいつだって同じなんだ 戦えないなら逃げた先でそいつを見つけるしかない 分かるだろ、それが世間ってシステムだ 貨幣価値みたいに 人生を決められるっていう呆れたプログラムさ 頭が空っぽになって よくある言葉で埋め尽くされるんだ 不特定多数に寄り添って手を上げるやつらは ただちに治療の必要があります こちらまでお越しください 脳天からポエジーを注射してあげましょう チョコレートを食って インスタントコーヒーを飲む けたたましい音楽が リラックスさせてくれる時だってあるさ 三年前に見た夢のことを突然思い出す 時々そういうことがある 特別記録することはないけど 二年後くらいにもう一度思い出したりすることもある 寝床は冷たい 季節のせいじゃない そうだろ? 毎日そこで眠っているんだからよく分かっていなくちゃおかしいさ 生きていることは不確定要素だ 現在になんか自信を持つもんじゃないよ 二本脚で歩き出したその瞬間から 俺たちには前例がないんだぜ 停滞している場合じゃない どこだって行けるはずじゃないか ---------------------------- [自由詩]文章の森での出来事/道草次郎[2021年3月15日18時35分] 文章の森に 本の生る木があった こっちの枝には推理もの あっちの枝には時代もの てっぺん辺りに専門書 棘の節には官能小説 若芽には児童書 ある日のことである その木に甘い砂糖のような雷が落ちた びっくりした本たちは 次々と木から落っこちてしまった こんがり焼けたパイの匂いが漂い おびき寄せられた森の動物たちによって あっという間に 本のパイは平らげられてしまった それからというもの 文章の森には本の実らない木が ブスっと突っ立ているだけ 下草のような言葉が一面に蔓延り 森に迷い込んだ旅人を いたく惑わしているそうだ ---------------------------- [自由詩]死骸/TwoRivers[2021年3月15日21時48分] 前方不注意で迷い込んだ森で 僕の死骸は笑っていた それが実に正夢で 私は確かに発狂している もう望んでない もう恨んでない 上澄みだけが 強がって 僕を守ろうとした 無意識の私が 夢の中で笑っていた 僕を守って 笑っていた ---------------------------- [自由詩]陰/入間しゅか[2021年3月28日21時40分] 月の裏側を探して歩く 靴底と地面の 密接な関係を考え 石ころの下の 虫たちの暮らしに 思い巡らし 息を殺して 押し入れに隠れた かくれんぼを思い出す 暗闇を浮遊する夢 ぼくはいま 宇宙の塵芥になる ---------------------------- [自由詩]光/宣井龍人[2021年3月30日11時33分] そのとき 時間という観念が 背後から消えていた 理由は知っていたが 理由という言葉ではなかった 歩くという足の動きは 私自身なのだろうか 蠢くものや湧き出すもの がズリズリする 人であることを 通りかかった人 と確かめ合った わからない行先を 探す私を 遠くから 照らし続けていた ---------------------------- [自由詩]ベランダ/TwoRivers[2021年4月5日21時39分] こんな寒い夜だから いつまでもここにいよう (非常の際は、ここを破って  隣戸へ避難してください) 自分の不本意を私にぶつけて ここに閉じ込めた母 あの時見た一等星は 今日も同じ角度で輝いている 凍える体を 母は許してくれた 今なら許せる母の過ちも こんな寒い夜だから 気のすむまでここにいよう (この付近に物を置かないで下さい) ---------------------------- [自由詩]中古レコードセール(になぎら健壱を見た/津煙保存[2021年4月6日16時57分] とある大型書店にふらっと立ち寄ると 中古レコードのセールが行われていた  …ArethaFranklin…   …ChakaKhan CurtisMayfield…    …DianaRoss…Earth Wind&Fire…   …Jackson5 JamesBrown JanetJackson…     …MariahCarry MarvinGaye…  …OtisRedding…Plince…RayCharles…    …SomCooke StevieWonder…            …WhitneyHouston…  …  …   … …  …  black vinyl と呼べば soulfulな  black vinyl matter! な funkyが  体中に鳴り響く(Get up!  不思議だ(What's going on?   oh, mercy mercy … 昨今の若者には円盤が流行りらしいが 天使の頭の輪か土星を回る塵の輪っか ドーナツとも呼ばれる黒い輪の円盤が あちらこちらでぐるぐるまわっている とある世代から上の者にもウケている 新しいものではなくただただ懐かしい そして懐に余裕があれば機材を調達し インテリアの一つとして再び回り出す 懐がさびしい者たちには手が出せない しかし懐かしさにはなかなか勝てない ジャケットを眺める愉しみを見つける だから盤の状態などは一切度外視する だから安価な値が貼り付けられた代物 円盤の乗客になることができるようだ 木箱の中にぎっしりと詰め込まれては 頭から次々と漁る者たちを待っている 四角四面な律儀な姿で流れる時の中を その顔や手脚から朽ち果てていくもの はべる紙の魚に背も肩も食まれながら 一枚のレコードをその中から取り出す なぎら健壱のアルバムであるのを見た 貼り付いた値には¥6800とあった 33回転が78回転であるかのような 16回転が45回転になるかのような 私の黒い目がそこでぐるぐると回った きっとこれまでほとんど買い手がなく 今日まで長々と昭和の時から令和まで 発売当初から状態に変わりがないため 図太く生きながらえてきた一品だろう なぎら健壱が現役である理由もわかる 40年で一周の回転率あたりだろうか しがないフォークシンガーを装いつつ なぎら健壱は実はファンキーシンガー 江戸を下町をふらふらとのんびり歩く ちびちび一杯ひっかけては酔うに任せ ヒット曲など気にもとめずせせら笑う 力士のまわしが取れようともいざ戦う  東京オリンピック2021  は雲行きが怪しい  が黒い円盤たちは   たくさんの人間をさらい  今夜も空を踊るだろう  * 「悲惨な戦い」 https://youtu.be/r2yd_g_JO0Q 「葛飾にバッタを見た」 https://youtu.be/WccI8kh4L8E 「DANCE」 https://youtu.be/uRS9flEQPJE 「What's going on」 https://youtu.be/H-kA3UtBj4M ---------------------------- [自由詩]洗面台/墨晶[2021年4月10日21時28分]  手を洗ってばかりいる子供は  同時に  髪の毛を抜く子供で 「地獄」と云うものは  それは「毎日」の意味だった  夜  布団の中で  この世のあらゆる汚物が  代わる代わる訪ねて来て  眠れない  闇へ逃げる  何もない場所へ走り続け、疲れ果て  その子供はやっと眠れる  他人が手を洗っているのを見る 「ああ あのときの子供がいる」  手を洗っているさなか  鏡のなかの白髪の子供と目が合う       ---------------------------- [自由詩]いま/入間しゅか[2021年4月25日22時46分] 自転車を 練習している子供 を見守る父親 をベンチで見据え酒を飲むオヤジ を横目に通り過ぎるカップル を素早く避ける宅配の自転車 が行き交う 駅前広場 をホームから見ている会社員 を照らす太陽 の遥か向こう の宇宙 に思い馳せるぼく を丸ごと 飲み込み流れる いま ---------------------------- [自由詩]重底音/komasen333[2021年7月24日10時39分] 弛緩する全景 すり抜けてゆく数々の春夏秋冬 繋ぎとめていたかった面影ばかり霞んでゆく 夕陽を背に 手を振り合ったランドセル 当然のように その先には明日たちが 待っていた 待っているはずだった 随分 遠い過去のことを語るような目つき 随分 遠い未来のひとへ語るようなつぶやき 過去にできない現実を 丁寧に丁寧に 祈りに祈るように 物語へと高めていかざるを得ない 狙い澄ました わけでもないだろうが 淡くどす黒い重底音が 徐々に徐々に、立ち込めていく最中 破裂した 破裂するはずのないものたちが 破裂した 破裂してはならないものまでも道連れに 義務を果たすように 激しく、激しく、波打った鼓動 使命を果たすように 儚く、儚く、散っていった街路樹 いつもと変わりなく 朝も夜もくり返したラッシュアワー 押し寄せる 時の砂に攫われてもなお 抗って抗って そうすれば 忘れられるような気がして 「止めるべき」が 積年に応えるよう 説得力を増しながら 「止めてはならない」を越えていった夏 「止めたい」を 上回る勢いで 根拠という根拠が剥がれたのに 「止めてはならない」が盛り返した冬 いいかい? そうかい・・・ 噛み合わない喧々諤々 成熟の感触を 味わわないまま債務だけが肥大 言葉が泣いた 言葉になれぬまま泣いていた 詩歌が枯れた 詩歌になれぬまま枯れていった 続けてはならないことを 続けてしまう 慣れてはならないことに 慣れてしまう ただ その光景を見ていた ただ その光景を 見ていることしかできなかった よくわかるよ わかりすぎるよ 私も そうだったから 私も その1人だったから ---------------------------- [自由詩]夏のレコード/イオン[2021年7月24日17時42分] 昭和の時代 夏場にレコード盤が 熱で曲がることがあった 昭和の時代 音楽は生ものだった 令和の時代 音楽配信が充実し うまい、早い、安いを実現 音楽は冷凍食品となり 再現性を競っている レコード盤は ビニール板の溝から音が鳴る 音楽の指紋をなぞって再生していく その仕組みに何の疑問も持たなかった 手間いらずで高音質のほうがいい わかっているのに 夏の夜にふと レコード盤を思い出す ---------------------------- [自由詩]助っ人/やまうちあつし[2021年7月30日12時06分] 本当に困ったときには 道路標識の人型が助けてくれる 人通りの少ない深夜 こっそり 丸や三角の金属板から抜け出して うなだれる誰かの肩に ぽん、と手を添える 自転車を遠巻きに眺めるあの親子や 学校好きのあの兄妹は いざというとき君の味方だ     非常口に向けて先頭をきるあの人物も 有事の際には向きを変え こちらに駆け寄ってくるだろう 私は夢想する 人間がいよいよだめになり すっかりしずまりかえった地球で 標識や信号から抜け出した彼の人たちが 花壇に水をやっているところを きれいな花が咲くだろう 花言葉は「変わらぬ愛」  ---------------------------- [自由詩]雨上がりの日に/石田とわ[2021年8月9日5時21分]   それはまるで   昨日の太陽のさんさんと   眩しいばかりの煌めきで在り   今日の雨のしとしとと   深く深く浸み込むさまで在り   いつかの風がそよそよと   凪いで頬を撫でるもので在り   これらを括る言葉はなく   ただただ全身で感じ、受けとめ   時には翻弄され涙することもあれど   それなしでは生きられぬと知っている   優しいばかりでないことも知っている   けれど人はそれを欲し、そのなかに   己だけを包んでくれる何かを   見つけようと必死になるのだ   これらを一括りにする   言葉は必要ない ---------------------------- [自由詩]志向―在る/ゼッケン[2021年8月11日23時21分] ' 水素60% 酸素26% 炭素11% 窒素2.4% その他 ' ぼくの身体を構成する原子は宇宙の始まりから在る ' ぼくの身体を構成する原子は宇宙の終わりまで存る ラスコーリニコフは身体を鍛えなかった 身体は誰にでもただで貸し出されるものと安易に信じ込んでいたからだ 身体は精神より高級品だというのに 精神は身体よりありふれたものだというのに 真昼、おれはパチンコ屋の景品交換所を襲う 国家X 景品所の小窓に向かって包丁を突き出したおれを見て ばあさんは垂れたまぶたを片方だけ上げた また、来たね、ぼうや 窓に防弾仕様のシャッターが降りる おれの投げた火のついたダイナマイトが 降りるシャッターをぎりぎりでかわして窓枠の向こうに消える 内側から吹き飛んだ壁から侵入して びくともしていない50キロの金庫をおれは担ぎ上げる 筋肉がおれの中に快感を放出した 真昼の繁華街ではあらゆる種類の警報音が錯綜している サイレンと悲鳴と火災を知らせるアラーム ジャンジャンバリバリッ ジャンジャンバリバリッ 若い男が婆殺しをする場合、それは経験を積むことへの嫌悪だ 経験は同じ顔をしているからだが 経験と同様にダイナマイトも選り好みをしない おれとダイナマイトは等価交換される対象だ おれはマンホールの蓋を引きずりあげる 張り巡らされた非常線の外を目指して下水道を走る 朕は国家なり。名前はまだない おれには 人語を話す猫にしか見えないが 膨れ上がった胴体は暗渠の行く手を阻んでいる 下水道に流された猫たちの恨みがわたくしなのです コッカは自らの由来を簡潔に説明した 下水でワニの養殖をしています とも、つけ加えた おれは超常現象に巻き込まれている おまえたちは運命を横領している 横領するぐらいなら強奪すべきだ 横領犯は犯行後も居座り続ける 図々しさを我慢してはならない、おれが金庫を下ろすと 腐臭のする薄い流れは嵩を上げて左右をすり抜けていく おれは金庫の前に演出を意識してどかりと胡坐をかき、右肘の位置を慎重に天板上の一点に定める 腕相撲で決着をつけてやる コッカは前足をのそりと差し出した、おれの熱い蒸気を吹き上げる掌を ひんやりとした肉球がぎゅっと包み込む ムフ、朕はやさしいです コッカはおれの右掌を握りつぶした 全身の皮膚を引き剥がされワニ革を移植されたおれに 下水道の国民にはワニの強力な免疫が付与される とコッカは言った 宰相となったおれは捨てられたマネキンたちの軍閥を打倒し自在につながる暗渠に帝国を建設する 地下に注ぎ込まれた莫大な量のコンクリートの塊を叩くチューブエンパイアの行進がすぐに 直下型の激甚衝撃波となって地表の都市に永久浮力を与える 揺らがない区民たちは磁力船で互いの区を行き来するようになる 新たにむき出しになった地表はかつての下水からあふれたワニたちに覆われ 関心の欠如した垂直なやさしさを保持しつつも 強力な免疫をもった帝国が水平に跋扈する 金庫は置き忘れられたまま 復讐は道徳ですらあるとコッカは啼いたにゃぁ 握りつぶされた右手の代わりにおれは 腕相撲の借りをワニ革の財布のようになった下品な左手で返すために 左手にもったダンベルを上げ下げするのが日課になった ' 借りていたので ' 返す、それだけだ おれの筋肉が膨れ上がるたびに ワニの皮がぎゅっぎゅっと音を立てている ---------------------------- [自由詩]数日遅れで花は咲いた/妻咲邦香[2021年8月17日13時23分] 壁に掛けた絵が傾いて 棚から雑誌が滑って落ちた 花瓶が床で砕けて散った みんな急いで外に出た 電線が揺れていた 千切れるほどに揺れていた 笑ってる人もいた 隣の建物で大きな音がした 咄嗟に思い浮かべたのは誰だったろう? 電話は繋がらなかった 本当のことなんて誰にもわからない だからいつも誰かのせいにする 幸せだった時間さえも その瞬間から不幸と呼ばれる 黒い波に流される車 運転席には人の姿 今夜寝る場所はないだろう 暗がりを歩く人の列は楽しそうで 遠くの出来事は知る由もなかった 画面の光が映し出す 白い煙は一瞬だった 目に見えないものは怖くなかった 人はどうして花を欲しがるのだろう? やっと繋がった電話の向こう 君は大きな声で笑っていた 海を見に行った人たちは とうとう帰って来なかった たまたま選んだ道が 世界を二つに分けた 床に染み込んだウイスキーの匂い 怪我をした人は一人もいなかった 電線 は いつまで も 揺れてい た ---------------------------- [自由詩]愛のかたち/umineko[2021年8月17日22時12分] 父親のことを書こうかと思う 優しい男だ 優しさを通り越して 気弱であった かなり痩せ型で ひょろひょろしていた まあこうして 兄も私も それなりの社会人に仕立てたのだから 立派な大人、のはずなんだけど 重みがなかった 絵本に出てくる 空腹のロバ そのもの   私が大学生の時 突然出家した 仕事を辞め  大学に通い 僧侶の資格をとり   法衣を着て 家々をめぐる 法話を説く彼は 楽しそうだった   愛にあふれていたんだ 今なら 私にはわかる   気弱で 重みがない でもやたらに愛があった 破れた障子 あぜ道のもぐら 分け隔てなく 愛していたのだ   私は 愛の扱い方が どうも苦手で 選択と集中 でしたっけ たぶん照れくさかったのだ 星降るほどの 愛を浴びて   母は時々 ああ、お父さんがいたらなあ、と 他界して10年もたつ父を お茶の合間に懐かしがる そんな母も 去年逝った   愛のかたちは 星の数ほど   わからないまま 大人になりました   だけど まあ それでいいよね   父さんならわかるはず たぶん ね       ---------------------------- [自由詩]夕暮れに躓く/石田とわ[2021年8月21日0時40分]     夏の夕暮れに躓いた     石ころがあったわけじゃない     何もないからこそ躓いた     すぐに起き上がったが     膝を痛めた     夕焼けが眩しかったのだ     夏の匂いが躓かせたのだ     痛さに顔をしかめ     うずくまっていたかった     夏の夕暮れに躓いた     あれから何年経つのだろう     今も痛めた膝が疼く ---------------------------- [自由詩]ロックダウン/やまうちあつし[2021年10月1日13時58分] 都市の封鎖をせねばなるまい 深夜 高層ビルの執務室で 知事は決意する この街は奪われた というより 借りていただけだったのだ そのことを忘れて 好き勝手やりすぎた 知事は体の向きを変え モニターに映像を映し出す 先程届けられた 街をうろつく禽獣の姿 はじめのうちそれは 単なる手違いか気まぐれで 迷い込んだ来訪者と思われた ビルからビルへ 駅から駅へ 街から街へ 人から人へ 黒い四足の動物は しなやかな身のこなしで あちこちへ移動し やがて眷属を率いて戻ってきた 人々はいつしか それらを数えあげることに躍起になった 毎朝更新される 都道府県ごとの目撃数 この街は列島の心臓だから 動脈を通して黒い禽獣を送り出し 静脈を通してそれを回収した 獣の個体数は人口の五割に相当し まるで病巣であるかのように 人差し指を突きつけられた 都市の封鎖をせねばなるまい モニターを見ていた 知事の動きが止まる 対策の参考にならないかと 取り寄せた映像であったが 映し出された動物の身のこなしに 釘付けになってしまった 引き締まった肢体と 黒い毛並み 大胆な身のこなしで 人混みの中を駆け巡る 世界中を混乱させている 張本人でありながら あろうことか 美しさすら 感じてしまった そのとき脳裏をよぎったものは かつて巨大地震の被災地で目撃した 災害発生当日の夜空であった 大規模な停電による漆黒の夜空に 遠慮なく散りばめられた星星 西では石油コンビナートの爆発が続き 夜空を真っ赤に染め上げていた 多くの生命が失われ 住居や財産をなくした者も数知れず にもかかわらず 心身はふるえた 人智を越えたものの中にのみ 見いだされる おそれと表裏一体の なにか 人々がおそれおののく 巨大都市の中枢にあって 知事の身の内には あの日の夜空が充満していた ふと 視線を感じ 窓の外に目を向けると 向かいのビルの屋上に 黒ヒョウがいる ひと気ない首都の夜 高層ビルの屋上で こちらをまっすぐに凝視する 二つの眼 その視線の鋭さが 全身を射抜く 知事は恐れと敬いによって 両腕を引っ張られ 体が二つに裂けてしまった 残されたのは もはや 首都を司る首長でも 民衆に奉仕する公僕でもなく 黒い命の躍動にふるえる 敬虔な信徒 お還しいたします わたくしどもは 存分に殖えました 長らくお借りしている この場所を 今はお還しいたします ビル街も 高速道路も 空港も わずかに残された緑地帯も 思いのままにお使いください わたくしどもは弱い生き物です あなたとは異なり どこででも 生きてゆけるわけではありません どうかあなたが 十分に働かれたのちには わたくしどもにこの場所を 少しだけお貸しください 今はお還しいたします 存分に この都市をお使いください そんなことすら 口に出しかねないほど 敬虔な気持ちで 立ち尽くしていた 黒ヒョウの姿は既にない 上空に 二つの巨大な眼を残し これまで 都心部の夜空を 煌々と汚していたネオンにかわり 大都会を見下ろしている まるで守護者のように あるいは審判者のように その視線にあてられてか 執務室では 一人の人物が恍惚としながら 「都市の封鎖をせねばなるまい」 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]夏のどこかで/番田 [2021年10月7日1時32分] 僕は昔バスで湘南まで足繁く通っていたものだった。夏の駅前にたむろする女の子たちの姿を目にすることが、僕は毎年の楽しみだった。そうであるとはいえ、コロナで昨今は、でも、そんな姿も見かけられなくなってはいたが。逗子の駅前にある個人経営の喫茶店で良くランチを、そして、今年も食べていた。そこは少し大通りから離れただけだったというのに、住宅街のように静かな店だった…。看板メニューだとされるオレンジジュースを飲んでみたかったが、尋ねると、定食には、それは、付けられないものだった。そして店主の、それを作るのを面倒に思っているように感じられたオレンジジュースは、単品で頼むには少しだけ割高だった。僕は鮭のスモーク焼きを食べながらテレビを見あげると、オーサムシティークラブが出ていた。その別のときにはオリンピックのゴルフ中継の強烈な日差しの中でプレイしている人の様子が放送されていた。サラダのような料理にはイカが入っていた。僕は店主が来る人ごとに、日替わりメニューの内容を変えて案内していることが気になった。その理由は最後までわからなかったのだが。 バスに乗ると、流れ出す景色の中。とにかく、本当に、人は、少ない。コロナの前は帰りはバスに乗れずに歩いて帰ってきたこともあったほどだった。車内を流れる風を感じながら、遠い田舎に来たかのような錯覚を覚えていた…。8月のあの日に見ていた磯のところにある、プールのようになっている入り江には、家族がよく泳いでいた。僕は近くに公衆トイレがあったので、気になってそこに入ったことはなかったのだが。 ---------------------------- [自由詩]月の帰り途/平瀬たかのり[2021年10月11日19時19分]  今日もよく働いたものだと  よろよろペダルをこいでいく  農業振興道路  なにとはなしに空見れば  何日目の月だろう  月はやっぱり女なのだ  スナック『夜空』のナンバー1ホステス  なのだ、とか思ったのは  また詩を書き始めたからなのか  月子 月代 月美 月穂 月香  羽月 雨月 湖月 美月 紗月  月乃 月緒 詩月 菜月 ルナ  ぜいたくにいこう  山際のカウンター  いちどきに並んだ彼女たちの  微笑みの酒を受ける、ぼく  明日は欠け行く彼女たちの  なみだの酒を受ける、ぼく  なんてな  よろよろ、よろよろ    明日も仕事だ、でも  今夜の冷蔵庫には  今朝冷やしてきた  発泡酒が待っているじゃないか ---------------------------- [自由詩]海へ、それが寄生虫の意思だとしても/useless[2021年10月12日3時49分] 月子は、私の母のことだが、死ぬべきである 私は川沿いの円環を下り荒れた祭壇、 八百万もいれば中には中々に信じがたい神もいて、呪いを司る針金虫の神の祭壇に 軽く手首を切る 赤 月子は海に行きたいと言う、はずである 図体ばかりのフォードに片道分のガスを入れる 崖を飛び降りる瞬間を夢想して。 最後の旅の朝 月子は助手席から、 二人分の航空券を手渡し 月子は一切の人影がないサン・マルコ寺院に五体を投げ出す 潮の匂い ヴェネツィアの夕闇は神の悪戯さえもあぶり出す 私の額から二筋の蒸気が立ち上り消え去る むしろ呪われていたのは私だったのか 月子は、そして私は、まだイタリアにいる 日本に帰ることはないだろう ---------------------------- [自由詩]動かない旅路/asagohan[2021年12月22日7時41分] やわらかい土に落ちた 家の影に 夜明けの前からやって来た 霜柱が永らえる。 昇った蔓が 黄色に朽ちて、 這われた街路樹は もう葉っぱを落として とっくに裸になっていた。 揺れていた 痩身の百合は立ち枯れる。 墓所の様な子房が 雨に割られて みえる種。 動かない旅が終わる。 誰かが眠りに着いた時 折れた茎から 種がまかれ、 冬の向こうへ永らえる。 ---------------------------- [自由詩]ギター弾きのジョバンニ/坂本瞳子[2022年1月7日10時30分] ジョバンニは言った ギターが弾きたいんだと 楽器なんてろくに触ったこともないくせに なにを唐突に言い出すかと思ったら いの一番にギターとは コードの押さえ方どころか 弦の弾き方だって ギターの抱え方だって知らないくせに 誰だかがかっこよくギター抱えて唄ってたからだって? ほんとはマリーが聴きたいとか言ったんだろ? どっちにしたって身の程をわきまえろってんだ いいや 教えてなんてやらないよ 自分で努力しろよ 人に頼ってんじゃないよ 分かってるよ お前は人知れず努力を重ねるってことくらい それにきっと ギターを弾きたい本当の理由も いまは教えてくれないんだよな でもなジョバンニ 信じているよお前を お前の思う通りにやってみたらいいさ 見守ってやっているからさ ---------------------------- (ファイルの終わり)