たりぽん(大理 奔)の千月 話子さんおすすめリスト 2004年4月15日0時21分から2009年1月9日0時13分まで ---------------------------- [自由詩]不眠症の羊飼い/千月 話子[2004年4月15日0時21分] 夜の帳がすっかり落ちて テレビに何も映らないのに 今夜も私は 不眠症 仕方が無いので羊を数えて 眠りに就くのを待っている 朝の日差しがカーテン越しに 透けてぼんやり霞む頃 1万飛んで111匹 羊毛重なり眠くなる 私の頭は 羊だらけ 毎日毎日ギュウギュウ詰めで 野菜ばかり食べている 今日は魚にしようかな・・・ と 1匹頭に数えたら 大きな羊に踏んづけられた 私は 羊を飼っている 頭の中に 1万飛んで111匹 今夜も柵を飛んでいる ---------------------------- [自由詩]さぶ〜意味なる効果/千月 話子[2004年5月20日0時22分] うどんが大好きな 赤い色のキツネと緑色のタヌキが おいしそうに とんこつラーメンを食べている夢を見た なので 翌日の昼飯は バジル入りトマトソースのパスタである。 何ゆえに? それは ちょっと ひねくれた サブリミナル効果な夢のせいで あった。 ---------------------------- [自由詩]白魚/千月 話子[2004年7月23日0時27分] あの人の ま白な指が 麦茶 冷やす 流水の川を チロチロ と 泳ぐ朝 日傘の 影から 「日に焼けたくないのよ」 と うなじに一つも 汗をかかずに 水辺色に 魚跳ねる 絽の着物 着て サラサラ と 出かけます お昼に茹でた そうめんの カラカラ と鳴る氷水から 早いもの勝ちの 色付きを 数本 スイ とすくい取り 嬉しそうに 口元に手を添えて フフフ と きれいに笑う人 ---------------------------- [自由詩]燃える秋、ススキ野 原で。/千月 話子[2004年9月28日16時33分] ススキ野 原が 北に向かって揺れている 渇水した南風 けだるい西日 東から 懇願の声が聞こえる 私もそこに加わろう この手に 白い穂を付けて 太陽の光りがいつまでも照らし続ける体(茎) うまく揺れない未完の体 節々が揺れるたび 葦を編んで 擬態する そのうち 不恰好な ススキ野 原にも 夕日は惜しみなく 赤い火を落とすのだろう 遠く雷鳴が聞こえる 明日の雨を期待し 明後日の風を待ちわびる いつまでここに留まるつもりか と うな垂れる 穂は 空を見ようともしない 模倣した 生魂が  一束二束と 高く背を伸ばし 北の彼方に ざわざわと 申し立てる声が聞こえるだろうか・・・・・ 折れる背に水は無く そのうち消える 我が心根に 愛しいと待ちわびる 鈴の音を 早く聞かせておくれ そうして 空よ 空よ 空に打ち寄せる さざ波よ 侵食する夏の火の 息の根を そろり 止めて 生かしておくれ ---------------------------- [自由詩]わがままな侵食/千月 話子[2004年12月4日16時42分] 月 太陽 侵食 やがて三日月   雲が形を変えて流れるスピード いつもより速く   そんな日は風が冷たい もうすぐ冬に浸る体温   温もりが恋しい と 手足が騒ぎ出しそうだ 夜11時に爪を切るおまえの指に 半月が親指だけ出てた 熱中する仕草に指先は 熱を灯してピンクに浸る そっと後ろから近づいて おまえの背中を侵食しても 睫毛はピクリとも 揺れることもない   最後に残った左の小指の小さな爪を切らせてくれよ 弾き飛ばされた欠片みたいに ほっとかれるなんて傷つくぜ   最後に残った左の小指の小さな爪を共有しようぜ 月明かりに照らされた この部屋に2人しかいないんだ 2人しか くっ付いた背中と胸に丸く広がる体温を測ったら きっと 俺 の方が熱いんだろう  おまえから伝わる鼓動が のんびりと聞こえる 少しは ドキドキしろよ  と思いながら ぱちん と最後の爪を切った 深爪が おまえを侵食してく  こんなことで おまえの鼓動が早くなるなんて 深爪が おまえを侵食してく ごめんよ 俺の指をおまえにやるよ この部屋に2人しか居ないんだ おまえは少し考え込んで 嬉しそうに笑ってた お願いだから夜に爪を切るのは もうやめてくれよ ---------------------------- [自由詩]赤いポストと遠い夜/千月 話子[2004年12月22日23時12分] 昔住んでいた家の近所の円柱形のポストから 私に 手紙を出したいんです 近くには小さな神社 小さなトカゲが住んでます 土を掘って数センチ グレーの粘土質の柔らかい土が現れて ころころころと 団子を作って遊びます こま犬が2匹 静かに遠くを見ています その側に 懐かしい火の見やぐら 一度も鐘を鳴らすこと無く 平和な日々 4階建て位の高さから 見下ろす景色は ハッカ飴のように 爽やかな風が吹く 川の水面と桜の木を 揺らしているのだと 見上げる目が 羨ましそうに想像したりしています 高い煙突が空まで届きそうな 銭湯の下駄箱は いつも 真ん中辺りを選びます  体重計に乗ってから鏡の前でポーズを取る少女  湯船にはつま先からゆっくり入っていかないと  びっくりして だるま落とし 冷やされたビン入りコーヒー牛乳が飲みたかったんです 小さな小さな本屋さんは 50円〜100円で借りられる ビニールのブックカバーに包まれて 小さなおばあさんが 小さなノートに 顔見知りの子供の名前と まんがの題名と 計150円の文字を くしゃくしゃっと書いています 赤い円柱形のポストに入れた 手紙の文字から くるん と角が取れていく一日の終わり 聖夜に集められて 尖った気持ちが空に登って行ったので まばたきした細い隙間から 切手を貼り忘れた遠い景色が きらきら と 時折戻ってきたりするのです   ---------------------------- [自由詩]メゾン 『ノワール』/千月 話子[2005年5月30日23時34分] 郵便受けに溜まった新聞が日焼けしていた 古い日付は、風に晒されて 更に風化した遠いあなたの 背中に張り付いて  帰ってこない のに 201号室の、窓から入る西日を受けながら 忘れていった マリーゴールドの 鉢植えに水をやる  乾燥した黄色い部屋に  水蒸気と埃がいつまでも   浮かんでいた ここから手を振って見送った この小さな林を抜けて行く その先が、あなたの世界 微笑みが同じ高さで出会っても あなただけ上昇してゆく ガラス越しの私を 残して 天窓を開け放って 誰かが天窓を開け放って 出て行ってしまった・・・ 205号室には、小鳥が住んでいる あまつさえ 太陽も雨も受け入れた部屋は 来年の夏 色とりどりの花咲く 小鳥の巣になる予定  広げた羽根には、種が隠れているものだから 最後のあの人が、106号室の浴室で 美しい髪と白い体を洗っている 薄いオリーブ色をした マルセル石鹸の泡が しっとりと 優しく包む あなたの丸い曲線を  空では、白い月に雲がかかる  そんな2つのシルエットを  すりガラス越しに そっと見ていた 翌日には、もう 手入れもされない白薔薇の ツタを門扉に絡めようか 引き止めて「行かないで 」 と 言えない代わりに・・・。 きっとあの人は 平然と花バサミで幾本かの薔薇を切り 「さよなら」の代わりに花束にして 抱いて 抱えて 出て行くのだろう その背中にすがって泣いてみても あの人は、新しい道へ頬染めて 出て行くのだろう メゾン『ノワール』 廃墟になるアパート 消えてゆくまで 小さな森で メゾン『ノワール』 想い出になるアパート 形を変えて 夢の中で 全てのあなたと お会いしましょう。         お会いしましょう。 ---------------------------- [自由詩] 臭う家/千月 話子[2005年6月25日23時35分] 毛むくじゃらの家猫が出かけて行ったきり 帰って来ないものだから 庭の木で啼くスズメの声が 遠慮なく鳴る目覚まし時計で 最近は、誰よりも早く窓を開けて 新しい風を味わう あめ色の古机の上では 文鎮を落とした原稿用紙の角が 軽く揺れている 五日前に小皿に盛った 煮干しが 今だ帰らぬ牙王の餌にならず喜んだのか 二匹こぼれて文字になっていた   腐敗前の歓喜 とも言う ああ、これを一マスずつ並べて 詩でも書こうか 漁村では、風向きにより 時折 新鮮な内臓の匂いが鼻先を通り過ぎる そういう時は、いつも 朝食に取り扱い注意だと聞いていた くさや と言う ムロアジを使い古した塩水に漬けて干した 臭い魚が 食べたくなる   ただ、漠然と食べたくなるだけだ・・・ 「この、あまのじゃくめ!」と 家出した猫は 私の心を読み取って 低い声で鳴くだろうか お前が居ないと 冗談も口の端からこぼれて 行き場なく虚しいばかりだ 窓辺で揺れる原稿用紙には、 魚の匂いが染み付いて 明日には 茶色の染みが  くさや と言う文字になって浮き出てくるのだろう やはり、詩を書いてみようか 十日たった今日の風は、あまりに強く 夕食で食べる 納豆の糸を 千切っては千切って 窓の外へ連れて行く 細い燈し火に照らされた 長く尾を引くホタルのようだ それでも窓を閉じずにいるので 原稿用紙から 多分 無臭の糸文字が生まれるのだろう      夏十日過ぎ あきらめの心が   細い草矢を 夜に放つ   その先に 二つ星   希望と言う 君と私を浜に落とす   塩の水に 絡まった   いつまでも取れない二人の 海風   辿るように 空を嗅ぐ    詩が 生まれた。 ここ数日間 うるさいばかりのスズメの声が ピタリと止んだ 十一日目の多分、昼頃 少し開いた窓の隙間から  おお、おお と風が呼ぶのか 原稿用紙に点々と付けられた 小さな足跡 まるで出席簿のように 真ん中が空白で 家出猫の奇妙な行動も 今は、笑って許せる許容範囲だ 毛むくじゃらの家猫が子猫を連れて帰ってきた日 あまのじゃくな私が子猫に付けた 臭い匂いのする食べ物の名前 呼ぶ度に 彼女が横目でチラリと見ても 口の端で笑い返す そうして。。。 この家は今日から 日向の匂いがする 家になる    ---------------------------- [自由詩]2005・7 雨の終わりの日記/千月 話子[2005年7月7日23時53分] この世界には もう ひとつも乾いた場所など無い と そんな風に思うほど 360度 水浸しの溢れ出る水槽です。 窓を開けると 外は白い縦線で埋まる巨大な水鏡で 映った私の全身から さらさら と流れ落ちる水分が もう 70パーセント消えかけて さよなら と手を振る暇もなく その手の平から流れて 流れて どこかの水底へ 涙ごと連れて行くのです。 窓を閉じて 部屋の奥へと逃げ行く私の 体に纏わり付く 水 すくっても すくっても 喉の渇きは 治まらなくて 足元から ひたひた と流れ行く体水が 表面張力をもって 楕円に固まる 幽霊ならば簡単に ス と消えてしまうと言うのに 私は、しつこいほど降る水の中で今 生きているのです。 ああ、、こんな日には 黒く湿った土の上で 固い決意と共に生き 逝ってしまった 美しい彼女を思い偲び ああ、、こんな日には 曇り空さえ美しい そんな国で 44年生きている 小さな金魚の リトル・ジョニーを 思い微笑む 両極端な 世界のニュースを私は手の中に持ち ちり と肌に痛いくらい感じる お湯に浸り 明日の晴れ間を 探しながら 見えない太陽に その手をかざすのです。 ---------------------------- [自由詩]泣く秋/千月 話子[2005年8月28日23時45分] 午後11時55分の川面に浮かぶ 昨日行きの船は 今日の悲しみを乗せて 海の彼方へ 満ち潮には 増減があるのだと 思い巡らす 詩人の夕暮れる刻 紅葉した太陽が 海へと流れ行く この 喜怒哀楽の微妙な瞬間に 「泣いているのですか?」と 消え落ちる 夕日に問いかける あなたの頬に 涙 入れ替わる月が引き寄せる船へ運ぶ ので 明日の砂浜は 少し狭い と 秋が予言した ---------------------------- [自由詩]自然治癒/千月 話子[2005年10月19日23時01分] 薄暗い軒先で 植えてもいないのに咲いている 高貴とは程遠い 紫の嫌な匂いを放つ花を じっと 見ていた 「毒に彩られた花やね。」と教えてくれた 少女の丸くかがんだ背中から 羽根のような骨が浮かんだ 白い指先を 根元から引き抜かれた どくだみの 泥が汚す  嫌いだよ、この花。 「お薬になるのよ。」と 薄く微笑んだ口元が赤味差し 気が付けば探していた あの花を 彼女のために 青紫のあやめ咲く 池のほとりで写真を撮った クリーム色のワンピース 羽織った朱色のカーディガンなど 気にしながら 気遣いながら 「ごめんね。」と 小さくしゃがんだ 彼女だけがきれいに写ったそれを 今も 持っている 家の鍵を鉢植えの下に隠すのは もう やめよう 動かすたびに小さな虫の住処を奪った 彼らには太陽など必要ないのだ 薄暗い軒先に どくだみが群生していた 目に焼きついた 暗い 暗い 紫 私はそれを 摘んだりしない もう二度と 摘んだりしない  役立たずの・・・ ”お母さん、あの子どこに行ったんだろう。” 赤い花の蜜を吸いながら問う 私の恍惚を捨て去って 母が遠くを見つめていた 二人して 静かに時が過ぎるのを 午後の日差しを受けながら じっと じっと 待っていた   ---------------------------- [自由詩]フランケンシュタインの夜/千月 話子[2005年11月1日23時11分]    入眠 夜を行く 夜行列車の端から端まで 眠れないという あなたの背中を 私の恋を知る 二年の黒髪で覆い尽くす やがて 足が滑らかに滑り落ち 月の無い夜を 黒豹と翔け行くのだろう そこから 私達の手と手を手繰り寄せ 今は 出口の無い水路を 後ろから抱き締め 漂う ノンレムが 瞼の震えと引き換えに しんしんと色を変え 見えなくなるまで    人形作家 停電の夜だから  得体の知れないマシマロという菓子を置く ベランダの銀の手すりに 光るもの 白く光るものがこの世の救いで 網膜が意識する唯一の今は 糧 静寂の闇に耳が聞く 羽音の正体を天使だと思い 今夜、私は人形に ガラスの瞳を入れてゆくのです この大人気無い腕を伸ばし捕まえる 白い羽根の感染者になる日 そのうち 私の掌が白々と明けて行き 金色の眼球を探し当て 窪みに差し込むと 私達は見つめ合い 飽きるまで見つめ合うのです この朝は 壊れた昨夜を治すようにやって来て ベランダに光り降る道筋に 私も傷を癒します 薄汚れたコンクリに落ちた金糸を混ぜて 今日は 彼女の髪を梳いてあげようかと思いながら    人型美 赤い花で飾った西洋窓から 美しい腕ばかり見ていた  左手が思い出す祈りを絡ませ 指先で 薄桃の木枠のはまる西洋窓から 彼女のふくよかな胸ばかり見ていた  私のときめきが 零れ落ちても 白いレース揺れる西洋窓から 私達は女の息づく腹を愛おしく見ていた  可愛い我が子よ あそこへお行き 枯れ枝のしなる西洋窓から あの人の陶器のような頬を見ていた  夜を迎える低い陽に 産毛の光る ひび割れて日々割れて行く西洋窓から 波打つように落ちて行く 貴婦人の 絹のような栗毛を見ていた  私の形良い頭に海を 描きたい この街で生まれ、この街で育ち、この街から旅立った 愛しい人を待ちながら 私達の部位を人でなしに奪われようとも 青い海の見える この西洋窓から想い続ける・・・ もう誰も居ないのに 誰かが居るような家々 その高台から 人々が名所を廻る様に覗き見ると 窓の連なりに 彼女らは知らず重なり 形良く 美しい人になる 「フランケンシュタインの花嫁」と題された 古く 壊れかけた街で ---------------------------- [自由詩]若葉の行方/千月 話子[2005年12月24日0時03分]    降り始めた雪に濡れながら  翔る若葉よ  じゃれて 絡まり  互いに触れた体の温もりを  互いの手の平に感じただろう  彼等は 彼等は  何処へ行ったのだろう    足先から瑞々しさがやって来て  紅潮した頬に前髪の滴り  横顔が愛しいと   笑っていた  赤い傘の固まり  青い傘の偏り を  軽く避けて  信号が点滅する速度で  消えて行った  いつしか霧雨に変わる  白く霞んだ銀幕へ  写し取った情景に声は無く  唇を読み取る術も無い  可視だけが ただ美しく  四角 彩る   消え去っては 誰にも  もう 弄ぶことも出来ず  空白を埋めるまで  閉じ込めておく  鍵付きのオルゴヲル  突起の音階へ  (春よ 春よ  雪解けて  押し開く  若葉の弾み  数センチ背高になり  数センチ心揺れる)  箱の中で  歌ってる ---------------------------- [自由詩]終着駅から始まる眠り/千月 話子[2006年2月1日23時05分] 昨日 切り捨てられた廃線の 駅 構内には まだ暖かな気が そこら中に点々と赤味を帯びて 揺れ立っているというのに 朝に 幕 夜には 鉛の月影が ゆっくりと光りを奪っていくのだと 思い知る 高架下の生暖かいストーブと 果てない話 聞く振りをして 眠らない電車よ 眠れない私の頭上にくっ付いて どこまでも追いかけてくるのか 息苦しい窓を少し開けて 冷気と夜の空は澄んでいるというのに あの廃線の静かな街を想い その重い車体に鞭打って 悲鳴を上げて叫んでいるのか それならば 憎まないから それならば 嫌いにならないから 眠らない電車よ その叫びを子守唄に替えて 眠れない私の頭上から 緩やかにやって来て 通り過ぎるなり 深く足首に絡み付き コトコトと 思い出の場所へ運んでおくれよ 私達の夜は そうして 互いを慰めながら 平和へと変わって行くのだから ・・・・・・・・・・・ 何も無い駅は夜の夢 線路を眺める木目のベンチで 亡霊でもない 美しい姿をした女が 足を揃えて座っておりました うつら うつらと 歌っておりました この終着駅に 進む線路は無く この終着駅で 夢へと切り替わる それは 上昇するでもなく     下降するでもなく 宙ぶらりん と 靄の彼方へと 続いておりました ・・・・・・・・・・・ ---------------------------- [自由詩]薔薇と らっきょう/千月 話子[2006年4月12日23時43分] 「お土産は、何がいい?」と 聞かれたものですから 私、何とはなしに 「らっきょう」と答えたの お父様とお母様が夕食後に奏でる 小気味良い音が好きなのです ぽり ぽり ぽりり あなたは、三日後に 丸い透明な器に入った 甘酢に踊る らっきょうを 三箱ほど買ってきて 和紙の手提げに入れて下さった 「一日四粒 お食べね。」 それは、魔法のように染みていきます 私の 白い体に 持ち運び 揺れるころころが お食べね。お食べね。と オウム返しのように 更に染みていきます 私の 小さな細胞にまで 翌朝には 真新しい 薄桃色の小花をあしらった小皿を やわ布から取り出し らっきょうを四粒 そこに載せました ここは 古い家ですので 陽光が斜めに射す 風の良い縁側で この可愛い食べ物を戴きましょうか 春の日の蕾をつけた花々が らっきょうを噛む度に ゆらゆら 揺れているようです 私は 下ろしたばかりの 白いワンピースを汚さないように 上手に朱塗りの箸で摘んでは ゆっくりと噛んで ゆっくりと噛んで あまりに早いリズムで食べてしまうと 春風が素早くやって来て 未熟な花茎を手折って行きそうで また ゆっくりと噛んで ゆっくりと  ああ、、水琴窟でも鳴らしましょうか このように 良く晴れた日には 地下で伏せた かめの周りも乾燥して 竹炭をそっと打ち鳴らしたような深い共鳴が 少し溜めた水から浮かび上がってくるのでしょう 傍らに置いた手水鉢の水を手ですくい 丸く小石を敷き詰めた 真ん中に そっと流しては 雫の落ちると同時に鳴る 不思議な音を楽しんで 清しい朝は 過ぎて行きます らっきょうは 私の体の中で 花を育てるように 浸透して行きます 一昨日の私 昨日の私 今日の私 まるで薔薇の花が開くように ふわりと暖かくなる体 その頬は 素晴らしい薔薇色です 「お土産は、何がいい?」と 聞かれたものですから 私 何とはなしに 「黒胡麻。」と答えたの あなたは 私の血色の良い頬を見て 「それもいいね。」と答えたの ---------------------------- [自由詩]水を含む世界にて/千月 話子[2006年4月30日0時13分]    水見える能力 ある晴れた日の空の下 干したばかりの洗濯物の 内包された水溜りを 始めて見たのは 何時の事やら いくつもの柔らかな固まりは それから数時間かけて 風に撫でられ 風に放られ 「水の小石よ 空のつぶてよ」と 陽は歌い 陽は誘い 飛沫に成り果て 吸収された 良く晴れた日の空を仰ぎ見ては 誰にも眺められない 水の光りの上昇するダンスを うっとりと見詰め 五月の清々しさ 陽と水の対比 それらの素晴らしい事を感じては 密やかに 微笑する    水の星 少年達は、昔森へ行き 眺めの良い大木に登りて 頑丈な枝の上に仁王立ち 思う存分 小便をした 勢い良く弧を描き  排出される液体の 先端から蒸発していく傍らで 小さき虹は生まれ 小さき虹は無数に生まれるのだった 腐臭と水分は森へ沈み 吸収されては花・実に移り 吸収されては緑に変わる 濃い空気の上空を 極彩色の鳥は飛び鳥は鳴き 「桃源郷、桃源郷、」と 森の名を呼ぶ   遠い日の国で        水分の意味 本棚に見覚えの無い「青春文庫」 背表紙のその題名に どうしてか涙がこぼれた 盛り上がった文字を指でなぞれば 水分で構成された青の月の先端から 悲しみが 落ちてきて 左手の 平を濡らすのだけれど 光りで構成された春の天辺から 陽が 昇り 青い悲しみを照らしては 少しずつ乾かしていくのだった 青春文庫は 一度も開かれることなく 私の心の水分を吸収しては乾き 吸収しては乾きながら いつの間にか 本棚から消えていた 愛する人よ 今、その本は 空にいる あなたの手許に きっと あるのですね ---------------------------- [自由詩]寂しかったんだね/千月 話子[2006年8月24日23時27分] 冷蔵庫から ほろ苦い コーヒーゼリーを取り出した 冷風吹きすさぶ 一番上の段 甘いフレッシュの上で 体育座りしている 君を見つけたのは 午後3時  ああ、寂しかったんだね  今日はまだ   一言も 話してないんだ 絞り切れないモップから 水臭い匂いがした 淀んだ教室の窓を全開にして 掃除用具入れを開けると 隅っこのほうで 君が 泣いていた  ああ、寂しかったんだね  喧嘩した昨日 振り返らず  振り返らずに 今日も過ごした 顔見知りと言葉を交わす 夕方 あちこちで談笑していた 朝よりも穏やかに歩く歩幅で 少し冷めた風を受けながら 行く 足元に いつも触れるものは何か 今日こそはと 目を凝らす 同じ歩調で歩いているので 手を添えていた 懐かしい君と 目が合った  ああ、寂しかったんだね  バランスを崩して  爪先で踏んづけた  「きゅう」と鳴く君  でも すぐに笑った  恥ずかしそうに  くしゃっと 笑った 本当は少しだけでも 話したいんだ 本当は もう怒ってないよと 手を繋ぎたいんだ 本当は 君に手紙を書きたかったんだ いつも いつも いつも ああ、寂しかったんだね 私達 分かり合えた 今日の風は爽やかに吹き 何となく 思ったんだ 秋の夕暮れは 心 健やかな時に見るのがいいと 君もきっと そう思うよね ---------------------------- [自由詩]幸福な九月/千月 話子[2006年9月17日23時50分] あなたが優しく息を吸い ふい と息の根を止めた時 私は とても幸福でした 流れる雲は川面に映り 青い空を魚は流れる 錯覚しておいで この手の平の陽に 飛ぶ魚よ 飛ぶ鳥のように あなたが麗らかな日に そっと 息の根を止めた時 私は とても幸福でした 静かに風の通り抜ける小さな部屋で 踊る少女の足首を見ていた 細く柔らかに上昇する ピアノの丸い音が 彼女の細い首筋から 螺旋を描くように降りていくので あなたが瞼を暖かくして すー と息の根を止めた時 私はとても幸福でした 夕立の少し過ぎた季節の夕立の やって来た道は ほの暖かく 私とあなたの好きな川面を揺らし 魚は水へ 鳥は空へ 私は橋を渡って温かな家へ 帰って行きます  泣いていたのですか?  あなたの帰る場所は もう あなたが寂しくも潔くもして とたん と息の根を止めた時 私はとても幸福でした 晴れた空に虹は架かり 私の目の前で道になっても ああ、、美しい と思うだけ  手を振っていたのですか?  旅立ちを知らなかったので まだ  ずっと続いていた思い出を慈しむ日々 あなたが遠い日に しん と息の根を止めた時 私の今日も幸福でした 懐かしい風のふいに吹く午後 聞いていた歌から愛の言葉が 繰り返し 繰り返し 愛しいと ああ、、勘違いしそうです 歌唄いの声が呪文のようで ああ、、勘違いしそうです ジャケット写真に写る異国の人が 似ているようで  忘れないで と言っているのですか? 今年も甘い花の香りを連れて来て 私は いつでもここに居るから    ---------------------------- [自由詩]桃緑/千月 話子[2007年2月15日23時08分]  春子はミントの葉を散らし  踏みしめている 半睡眠で 如月 彼女の足の裏は いつも薄緑に染まり 徐々に褪せていく まるで季節を旅しているようだと 裸足のかかとをくぅと縮め まどろみ笑う口元に 波打つ髪が優しく揺れる  春子は夜 丸い月の銀盆に  丸い果物を重ねて食べる 桃の月 柑橘の月 葡萄の月 西瓜の月・・・は重すぎて 手から滑り落ち 悲しむ春子の手に残る 赤い果肉を 夜啼き鳥(ナイチンゲール)は 慰め ついばみ 「明日はライチをお食べよ 明日はライチーをお食べよ」と 西洋の名を持つ小鳥は 東洋の歌を歌うように高音で鳴いている 丸い月を鳥籠にして  春子は晴れた日に 雨の降る  不思議な時間に散歩する と 太陽が真正面を照らす頃 いつも 道は右に折れ いつも 濡れている白猫に いつも 小声でにゃあと鳴く 白い背に光りは当たり 屈折 今日は全ての色が揃って見えるから 「虹 と呼んでもよろしいかしら?」と 首を傾げて尋ねてみますと 大きな瞳に虹を映し 猫は 跳ねるように寄り添い歩く  傘の雫を避けてお入り 廃線になる線路に真昼のかげろう 行ったり来たりしている 青い電車 赤い電車 こっち側で 満開に梅は咲き 人々の最後の賑わい あっち側で 満開の桜は咲き乱れ 声だけが風に乗り 草野原の錆びた線路をゆっくり走る 春子と虹は 弥生 桃緑の電車に乗って 北へ北へと飛んで行く 波のように長い髪を さらさら揺らして   ---------------------------- [自由詩]背中/千月 話子[2007年5月8日23時00分] 赤い夕日が広がって 誰かの背中が燃えている ゆっくりとオレンジ 急ぎ人が赤々と 今日の日よ さようなら 夕食の炎と共に 醜い私達 燃えてしまえ 赤い夕日が広がって 誰かの背中で花が咲く あまりに美しいから見続けた 私の白目が燃えている 赤い花びらが散らないように 背骨の茎を折らないでいて 夕焼けを歩く私 夕焼けを歩く 隣の家のお姉さんが 庭で ちろちろ と燃えながら タンポポの綿毛を ふ と飛ばしているよ 頑なに白を示す種も 浮き上がれば 夕焼け火の粉 私達が遠い国から順番に燃えていく 「彼女の背中を見てはだめよ」と母が言う お母さん あなたも燃えているじゃない 体中が ふつふつ と 燃えているじゃない  醜いものは 誰が決めるの?  皆 夕日で燃えているのに 金色の朝日が広がって 可愛いお花が おはようを言う 光りが欲しい 光りが欲しいよ 空を仰いで 揺れている カーテンの隙間から射す薄い光り 私達の程好く丸い背中に絡まる まだ ほどかないでいて 金色の朝日が広がって 水面にさざ波は立ち いいえ あれは朝花の散った跡 咲き誇るのが早過ぎて 誰も見てはくれないから 朝顔よ あなたにあげる 一番最初の花の 名前を 朝焼けに眠る私 朝焼けに眠る 隣の家のお姉さんが 赤ん坊を産んだ朝 2人して繋がったまま赤く燃えている 泣いたら愛しい 血だらけでも可愛い 光りから降りてきて 光へと進む子供 「背中に羽根が生えているみたいね」 と 母が言う お母さん 私達も出会った頃は 2人して 羽ばたいていたね 私は飛ぼうとして  あなたは抱き締めようとして 一生懸命 羽ばたいていたね  美しいものは 誰が決めるの?  皆 朝日で輝いているのに ---------------------------- [自由詩]ご挨拶/千月 話子[2008年3月20日23時50分] 庭に植えた橙(だいだい)を 隣のいい年頃の娘が じぃと見ていた 熱視線で家が燃えるわい・・・ と小声で冗談を言いながら 剪定ばさみを手に持って 「家のは少し酸っぱいんだけどねぇ」 と呼び止めて 5・6個両手に抱えさせた 嬉しそうな娘の顔は福よかで 優しい観音様のようだった 冬の名残の冷たい空気を 小鳥のちいこい翼が 北へ北へと押し上げて行く (うぐいすが隣の家の低い垣根の上で綺麗に鳴いた) ホウ ここの娘が ホケキョゥ 子を宿したんだとさ ケキョケキョ なんと結構なことだろね 何となく分かっていたさ わたしは 時々 酸っぱい果実をもぎ取って 食べきれない頂き物などを風呂敷に丁寧に包み まぁまぁ どうぞどうぞ などと挨拶がてら 様子見をしていたんだよ 彼らは 家で漬けたたくあんを 特に気に入ってくれたもんだから せっせと漬けては いそいそ出かけた (娘の腹を触りたいんだ 子のある女は観音様 誰にも内緒の願掛けに) ・・・・・・・・・・・・・ 突然 こんな夜中に一体誰だい とんとと 板戸を打ち鳴らすのは それは見知らぬ小さな おとこ子だった そいつは妖怪でもなさそうな可愛らしい顔で 「腹が減ったー」とわたしの着物の袖を引っ張った もしも 幽霊だったとしても構わない・・・ そんな穏やかな空気をまとっていたのさ 坊は「やらかい物が食べたい」 と 一丁前に注文をつけるのだけど 何となくニコニコしてホイホイ作ってしまうんだ 食卓には 粥と胡麻豆腐 玉子焼き 坊はもぐもぐ良う噛んで美味しそうに食べた わたしは その横でポリポリたくあんを噛んでいた 心地良い音が気に入ったのか 左右に動く口元をじぃと見るもんだから 「茶を含ませてたくあんを食べると甘いんだよ」 と 上手そうにポリポリ ポリポリ食べてやった あははは 堅いもんは食べられんやろ あははは あははは 不思議な話はそれきりだ 隣の娘も おとこ子を産んで わたしも時々面倒を見た 月日が経って 隣の坊が5歳になった頃 わたしの家で昼飯を食べていた 「黄色いたくあん 沢山たくあん」 妙な歌を歌いながら 坊は始めて たくあんを食べたんだ 茶を飲みながら 「ほんとに甘いんだなぁ」ニコニコ笑って 遠い昔の出来事がふぅーと頭にやって来て ああ と微笑む顔を見た 坊は しまった!という顔で 肩を少しすくめたが わたしは ああそうかい と 軽く頷くだけだった もっと たくあん沢山お食べよ ---------------------------- [自由詩]清月の薔薇/千月 話子[2008年5月16日23時15分] 蓋を開けたオルゴヲルの回転軸につかまって 羽の付いたお人形の足が ルラルラ踊る 君に会いたくて 君に 会いたくてね 手を離して 一緒に飛んでしまいたい 箱の内側には白薔薇を 何度も詰め替えて 行ってしまった君を 再生する 青白く光る月の青という言葉を 誰も使わない日があればいい 明日の空には 清純に輝く白い月がある 神々しいほどの漆黒に 揺れ動いて 揺れ動いて やがて凄艶の月になる 満ち欠けは花びら 約束したよね 私達の 手の平から白い花の香り 擦り合わせて匂いをつけた 体中から溢れ出す 君を探して 私を見つけて 夜花になる 私達の純潔 朝日が眩しくて 夕日が悲しいと 共に覆い隠した 接合部の無い日の出来事 階段の一番下の段差の高さを 飛び降りられない私達の真上で 純白が崩れ始めて白薔薇のような月 下方には光る棘を尖らせて 痛みの無い痛みを知ってしまっても 今は 手を離さないでいて 私達の身体をぎゅうと触れ合わせて 私達の凹凸を堅く結ばせて 薔薇の月が閉じるまで 薔薇の月が落ちるまで ---------------------------- [自由詩]お米をこぼした日/千月 話子[2008年7月21日23時35分] 空になった米びつを 流し台下の収納から取り出すと 初夏 扉裏から日陰がやって来て 「今日は暑いですね」と作業を急かされる 10キロ袋の角を少し切り よいこら 持ち上げてから うまいこと長方形の箱に入れ替える ぶらーん ぶらーんして 平均に しゃわら しゃわら 良い音出して でこぼこを手の平で平らにして したくせに 手指を突っ込んで ぐっと突っ込んで ひんやりと米の感触を楽しんだら 掬い上げて さらさら落とす 清潔な砂遊び お米に失礼の無いようにして 隙間無く綺麗にならした あきたこまち 一番神聖な真ん中からカップを崩し入れ きしきしと音を立てたら 私  の背中から 金色の穂が生えて 窓の隙間を通る風に 2人して揺れていた 狭い台所の無法地帯 何があっても 誰にも気付けない まだ明るい夕方の空を見上げながら 手に持ったぎしりと詰まる米カップ 思い出すのは あの時の切なさ      「お米をこぼした日」 暑い日の西方から 早馬のように暗雲がやって来て ゴロゴロと小言を言いながら ほんの少しも雨を滴らせずに いきなり ドッカ!と怒りをぶちまけた 忌々しい雷の轟音が 私の頭の天辺からゾゾゾと伝わって 全身を痙攣させて ぶれる指先 持ち上げたカップが滑り落ちたら さようなら 美しかった米達よ 台所に愕然としゃがみ込んだ 私の唇の絶望に似た切なさを 今は誰かに知ってほしい 跪いた膝関節から止め処なく 「おばかさんね おばかさんね」 と 煽り立てるので 心は 心は 玄関を飛び出して 公園のブランコを探して ただひたすら 風に揺れる 空になった私の身体の非常事態に どこにあるのかスイッチが入る 「心が無いなら米を詰めろ」 と鳴り響くので さんざ散らばった埃付きの米を やはり無心で拾い集めた 世界中のどこかで 誰かが米をこぼした日 台所には 小さな灯がともり 誰にも気付かれずに 1人 頑張っている人が居る 汚れた米をきれいに洗って 洗い過ぎて 栄養分が少し減ってしまっても 「おいしい」と 言ってほしい 家出した心を迎えに行って 「帰ろうよ」と微笑みかけて 2人して自分を誉めてあげたい お米をこぼした日 切なくて 切なくて 少し誇らしいを知った 日 ---------------------------- [自由詩]キミノコエ/千月 話子[2008年10月24日0時02分] 今日 キミの夢を見た もう居ないくせに 「いつも見てるよ」と言うのだ 薄曇の外光が窓から入り込んで来て 中途半端な空間を作るので 夢の端っこを掴んだまま手放そうとせず 意識が行ったり来たりしている その続きが欲しいんだ 丸まった身体のまま身動き一つせず 手の平で大切な言葉を拾い集めて 胸の中に仕舞って眠る 自転車で通り過ぎる若い男の背中に 「行かないで・・」 という言葉が乗っていた 心なしか安定の悪い車体 まもなく転倒するのだろう 切なさと幸福が 私の両肩で水のように揺れている 今日は低い段差によくつまづくのだ アンバランスな身体の重さを調節して うまく歩く事を覚えなければ と 思いながら 自分の姿をガラス越しに映してみる ほの暖かさが胸の奥からやって来て 身体が右に傾く キミの面影が強くある方だ キミが愛しかった 自分が愛しかった 空を戯れる二羽の小鳥が 戸惑いもなく高い声で鳴く 「好きだよ 好きだよ」と 私達には ただの音でしかないのだけれど 羨ましいんだ 人の声では直接過ぎて 隣にキミが居ない 手の平を添えて 愛を伝える事も出来ない なら 今日 キミの夢を見よう もう一度 声を聞かせて 今日 キミの夢を見よう 幻想の生き物になって ・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・・・ 私達の 声 なんて 優しいんだろう ---------------------------- [自由詩]消しゴムを忘れた日の歌/千月 話子[2009年1月9日0時13分] コロンと鳴った 耳の下の方で聞いた なんで気が付かなかったんだろう ハネた髪の毛が鏡に映ったりして 食パンの焼ける匂いを嗅いだりして 振り向かなかった 振り向かなかったんだ 行ってきます 今日は新学期 青い空に飛行機雲 長く伸びて ランドセルがカタカタ鳴って 小気味良いのでタンタン跳ねた ポチが鳴いて ミーがあくびして 妹が手を振って スズメがトントン歩いて 向日葵がこっち向いて お巡りさんだ笑ってた 僕はお尻を突き出して 変なポーズでご挨拶 本棚にギャグマンガ 子供の手の届かない所 こっそり見つけた いたいけな大人達 ご機嫌な子供達 学校で席替えした 胸の奥の方がザワザワして 窓際の一番後ろの席 お隣にあやかちゃん 心臓が飛び出してスキップしそう 先生が言った 算数のテストです 一斉に机がガタガタ鳴った 高い声が教室をグルグル回った 再生紙の答案用紙がパサパサいって 皆の筆箱から良い匂いがした 先生 先生! 僕のかっこいい戦隊の筆箱に 大切なメンバーが足りません 地球の環境を守ってる 戦隊グリーンはいったい何処に ペパーミントの香りも消えて 耳たぶが熱くなって 鼻の奥がツンとした 助けて!筆箱の戦隊レッド 僕は心の中で叫んでた 目の端からピンクの可愛い四角い消しゴム 微かに苺パフェの匂いがした これあげる とあやかちゃん 学校一の優しい子 君は僕の戦隊ピンク ぎゅっとしてチュっとしたいけど うんと頷いた 下向いたままで 50+50=100 答えを書いた途端 僕の答案用紙から数字が飛んで行った 100%の気持ちが 黒板にぶつかって もうすぐ君の耳元へ到着するよ 笑ったんだ 何故だか君が くすぐったそうに ふふふ ピンクの消しゴム握り締めて 100点の答案用紙 明日見せるよ きっと そっと 帰り道 お巡りさんが手を振って 向日葵がお辞儀して スズメが電線に並んでて 妹が走って来て ミーがあくびして ポチがしっぽ振って 足元でコロンと鳴った ペパーミント色の消しゴム 机の中に一緒に並べたピンク色 あの子と一緒に爽やかな世界 明日 僕の大切な バナナクレープの匂いのする消しゴムを プレゼントするよ 僕のお腹がキューと鳴った 戦隊ヒーロー達が 今日も悪者を退治する 夢の中で僕はレッド君はピンク 主題歌がかっこいいぜ ---------------------------- (ファイルの終わり)