もとこの為平 澪さんおすすめリスト 2018年2月22日22時17分から2020年9月8日20時26分まで ---------------------------- [自由詩]ひとさらい/為平 澪[2018年2月22日22時17分] 人攫いが家に来た      革靴はいて背広着て      お父ちゃんを借金のかたに連れ去った 人攫いが家に来た      病気ばかりする子はいけないと      私を家に帰しに来た 人攫いは呟いた      いつまでも この稼業じゃ儲からない、と。      街にはびこるスポットライトの巨大な電子看板      ネオンの空とレインボータワーが 色と高さを競い合い      地上でテールライトが長い尻尾の残灯を燻らす      街頭にも路地裏にも道先案内人のスマホが喋り      同じ顔したビルの窓辺にチカチカ光るスライドショー      横顔だらけの会社員、一夜漬けの説明会            ※   街がサーカス小屋になった今、   子供をさらって何になろう   街が眩しくなった今、   誰も人攫いを怖がらず、   誰でも人攫いの顔をして、   すべてで人攫いを馬鹿にする                  ※ 私の父を 怖い顔で連れて行った人攫い 私の手を引いて 心配そうに家に帰した人攫い      (私、くだらない大人になりました      (今からでも どこかに攫っていただけますか   私は人攫いと手を繋ぎ  温かな、暗い所へ行きました ---------------------------- [自由詩]赤穂の海はまだ満ちて/為平 澪[2018年3月12日22時10分] 山育ちの子が海を知った 知らなければその深さも大きさも わからないまま死んでいく たった一日の出来事を 赤い水着を着た縁取り写真の子が 記憶を差し出す、午後五時九分の日没 赤穂海岸で俯きながら玩具のカジキで アサリやハマグリを獲る、掘る、漁る、 私の顔は写真を捲るごとに泥にまみれている 浜辺では日よけ着を肩にかけた 若い母が 弟を抱えながら あやしている姿もあった 父と競って手を突っ込んだ腰下の海 集めた貝たちをポリバケツに入れてみたが 量り売りにあって 全部は持って帰れなかった 私たちの家路 父は亜麻色に灰色の斑点模様のついた 小さな巻貝を 私の手に握らせて (こなしとったら、お父ちゃんと一緒やろ? という、いつか来る嘘をお店で買ってくれた あの浜辺から続く足跡と泥濘の下で 父の姿は 仏間に置かれ 強張った母の指が 洗濯物を折り畳み そして 弟のいない家が佇んでいる 私の海は 何も生み出せないまま 乾いていくのだろう 山育ちの女の掌に 貝殻を置いていった人の 写真を眺めていると 指先から湿った水が 身体を巡り 私を濡らしていく 赤穂の海はまだ満ちて 赤い水着を着た小さな女の子が両手にたくさんの 貝を拾って私に差し出すのに 私は「ありがとう」すら 伝えられずに 嗄れた喉にこみ上げる 苦い潮を呑むばかり ---------------------------- [自由詩]トイレットペーパー/為平 澪[2018年4月1日20時46分] 生協の宅配カタログと老女の一人暮らし 一週間生活するには一袋に四個入りで十分です 余るようなら トイレットペーパーで鼻をかみ 水に浸けて汚れを落とす それくらいは日常的 新聞だってクシャクシャに手もみして 紙を柔らかくしながら お尻を拭いていた頃に比べると 紙質も便宜も使い勝手も良くなりました ただ 家族が家に足りないという、その程度 生協の空欄に桁を二つ間違えて来た 二トントラックいっぱいの白い紙 部屋に入りきれないホワイトロール 周りの住人が遠方の息子夫婦に知らせたのか トイレットぺーパーが老女の家から無くなるまでは 家族で暮らしたと言います 彼女が怒られたのか、嗤われたのか 虐げられたのか、は 知らないけれど           ※ 無知な娘のアパートでの一人暮らし 一番初めに無くなっていくトイレットペーパー カラカラと乾いた軽い音を立てながら 人の一番汚い所の尻拭いをして 使い捨てられていく 実家にいたとき補充してくれていたその人の 胸の真ん中にもトイレットペーパーはあったのか 血の出ない大穴が空いて向こう側に通じています トイレの横のゴミ箱で 老母の心臓が独りきり 不整脈になりながら 家族の帰りを待っています ---------------------------- [自由詩]西日/為平 澪[2018年7月16日21時43分] 一日の終わりに西日を拝める者と 西日と沈む者 上り坂を登り終えて病院に辿り着く者と そうでない者 病院の坂を自分の足で踏みしめて降りられる者と 足のない者 西日の射す山の境界線で鬩ぎあいの血が 空に散らばり 山並みを染めていく そこから手を振る者と こちらから手を振る者 「いってきます」なのか、「さよなら」なのか 西日の射す広場で押し車を突く老いた母と息子の長い影を またいでいく、若い女性の明日の予定と夕飯の買い物の言伝が 駐車場から響いてくる 私の額には冷えピタ 熱っぽい体にあたる肌に感じる暮れの寒さ 胃の中に生モノが入っても消化していく胃袋 そういうものについて西日が照らしたもの、 取り上げていったもの、 一区切りつけたもの、 誰かの一日が沈み 何処かで一日が昇っていく その境目のベンチに腰を下ろし 宛てのない悲しみについて思案する 陽に照らされた私の左横顔は 顔の見えない右横顔にどんどん消されていく ツバメがためらわず巣に帰るように カラスに七つの子が待つように みんな家に帰れただろうか ヒバリは鳴き止み アマガエルが雨を呼ぶ頃 暮れた一日に当たり前たちが  安堵の音を立てて玄関の扉を閉めていく 生きる手応えと 生ききれなかった血痕を吐き 私もまた鳥目になる前に  宛てのない文字列を終えなければ 影絵になって消えていった人に 「いってきます」でもなく「さよなら」でもなく 「またいつか・・・」と  その先の言葉に手を振るだろう 寂しさを焦がす赤い涙目の炎に射抜かれて 私も自分の故郷に帰れるだろうか 家族と仲良く暮らせるだろうか 蜃気楼に揺らぐ巨大な瞳が桃源郷を作り出し 酷く滲んで 私を夕焼けの下へと連れていく ---------------------------- [自由詩]台所/為平 澪[2019年3月6日20時50分] そこには多くの家族がいて 大きな机の上に並べられた 温かいものを食べていた それぞれが思うことを なんとなく話して それとなく呑み込めば 喉元は 一晩中潤った 天井の蛍光灯が点滅を始めた頃 台所まで来られない人や 作ったご飯を食べられない人もでてきて 暗い所で食事をとる人が だんだん増えた そうして皆 使っていた茶碗や 茶渋のついた湯呑を 机の上に置いたまま 先に壊れていった カタチあるモノはいつか壊れるというけれど いのちある人のほうが簡単にひび割れる 温かいものを求めて ひとり 夜の台所で湯を沸かす 電気ポットを点けると 青白い光に 埃をかぶった食器棚がうかびあがる 夜に積もる底冷えした何かがこみあげて 沸騰した水は泡を作ってあふれかえる 仕舞われたお茶碗と 湯気の上がることを忘れてしまった湯呑たち その間で かろうじて 寝息を立てている老いた母と動かない猫 おいやられていくものと おいこしていくものの狭間で 消えていった人のことなどを あいまいに思い出せば 台所には 昔あった皿の分だけ 話題がのぼる ---------------------------- [自由詩]転がる/為平 澪[2020年3月22日17時35分] 交差点で行きかう人を 市バスから眺める 私には気付かずに けれど 確実に交差していく人の、 行先は黒い地下への入口 冷房の効きすぎたバス 喋らない老人たち 太陽に乱反射する高層ビルの窓 その下に黙ってうつむく黒い向日葵 通り過ぎていく冷めきった人間たち バスは座席からこぼれつづける多くの会話を 次の停留所で吐き出しては また、新しい言葉を積んでいく ── 梅田の一等地あたりのマンションでいくらですか ── ロッカー、どっこも空いてないやん ── あの人いっつも家柄の自慢ばっかりやんか 『次は土佐堀三丁目』 大阪に網羅する血管の、 血が通っている所と、通わなくなった所 その、間の駅で降車する 改札口から吹き抜けていた風が 日照権のない平屋へ足を運ばせる 夜は 独り缶詰の底に沈んでいる家族の事などを想い 職場でハンマーを振り上げては ゛目玉焼きになる゛と 笑う父の姿が濃くなっていく 角の路地を出れば 小さなガラスケースの中 ウインナーとトースト、そして目玉焼きが モーニングメニューとして 日焼けし、蝋細工の色は欠け落ちたままだ 違ってしまったのは そこに何十年と通い詰めていた男が一人、減ったこと 一つ番地が消えたこと 以外、 変わったことなどさしてない 駅に向かう私を市バスたちが追い越していく 夕陽は黙ってうつむく私見つめて沈む 誰にも気づかれず死んでいく者の数を あの赤い空は知っているのだろうか         * 高架下の交差点で 誰かに放り棄てられたビール缶が どこまでも転がっていく ガラガラと音を立て うろつきながら どうしようもないことに  つぶされないように 横切っていく 私も素知らぬ顔をして 横断歩道を渡っていく コンビニに入ると 店員はビール缶を棚に出しては いくらでも並べてみせた その手の裏側の方から サイレンの音が鳴り響く ---------------------------- [自由詩]めんどり/為平 澪[2020年6月27日20時50分] 挨拶から始まる朝は来ない 顔を見たなら悉く突き合うまで さして時間はかからない めんどり二羽の朝の風景 イラつく調理場 割れる玉子 割れない石頭 言い返さない方が利口 聞き流せば済むことなのに ついに出る、 (お腹を痛めて産んだ子に!)を声高に 謳いあげて嗤う、めんどり 卵が先か鶏が先か、ではなく どちらが先に口から産まれたか、 大声で喚いたかで勝利は決まる 私たちは似ている 親子だもの 鶏冠にくるコトバもタイミングも同じ 寡黙な台所 一触即発の玉子焼き 丸いフライパンの中でできる玉子焼きを 四角く丁寧に折りたたむことはできない 苛立ちは焼けたまま  旦那様に差し出される いつもの手間暇取らずの醤油をかければ 焦げていただろうフライパンの玉子焼きを みりんと砂糖と塩で味付けすると 玉子焼きが黄色いままで焦げ付かない 旦那様は 調味料を全く使わない、 天然の玉子焼きの味が好きだという が、 老いためんどりの目に じわり涙 その味付けは 私が母に習ったこと 人前で焦げた玉子焼きを出さないよう、 子供の頃に教えてもらった作り方 そんなくだらないことを 覚えていたくらいで泣くなよ めんどりのくせに 私だって 作った玉子焼きの味が わからなくなるよ めんどりなのに ---------------------------- [自由詩]洗濯物/為平 澪[2020年9月8日20時26分] 家族がぶら下がっている洗濯竿 洗濯槽の中で  腕を組んだり 蹴り飛ばしたり しがみついたり離れたりして 振り回され 夕立に遭い 熱に灼かれながら それぞれの想いに色褪せては 迷いの淵を 回り続ける 暗い部屋に射す陽と陰の間で 年長の女は独り黙々と衣服を畳んでいく 老いた女の手に託されたのは 明るみに出せない家族の軽薄さの残量だ 散らかり続ける洗濯物 育った子らと、旅立った者の分まで 捨てられないのか、忘れてしまったのか 丁寧に四角く折り曲げられる服の山 手元を休めて喚ばれるままに目をやれば 外に亡祖父母と亡き父の抜け殻が細長く 自由自在に揺れている 靴下に弄ばれ、ハンカチを落とし 制服に手をやき、 ワイシャツに愛想をつかしながらも その手は再び、雨に打たれて項垂れる彼らを 陽のもとに連れ出そうと アイロンで温めて人様の前まで送り出す 干せなくなった女は簡単に世間に干され 出ていく、という掟が一つ、 縁の下に結ばれている 鋏で切られる日まで  ひたすら腕を、手を、指を、動かし やがて沈む夕日を瞳にしまう 軒の下には ひるがえる家族が並んでいる 隣家では若い女がいつも白い狼煙を蒸かして 明日も晴れての旗揚げを繰り返す ---------------------------- (ファイルの終わり)