秋葉竹のおすすめリスト 2020年8月8日6時24分から2020年10月10日9時50分まで ---------------------------- [自由詩]傘の下に降る雨/こたきひろし[2020年8月8日6時24分] 暮らしの貧しさは容易に数字に出来るけど 人の心の貧しさは容易に言葉や文字には括れない 日々の仕事に心底疲れながら 休日にそれを癒せない そこには命の貧しさが潜んでいるからだろう 平凡でかまわない それ以上を望んだら なりふりかまわない生き方しか出来なくなるだろう が 現実はその平凡さえ手に入れるのは難しい 「次の休みには家族で何処かに出掛けようか」 妻と二人の娘に提案してみた「海 山 川?どこがいい?」 訊いてみた すると長女が答えた「自然のある所なんかいつでも行けるわよ」と言われてしまった そんな答えは聞きたくなかった 苛立ちを抑えながら それを極力悟られまいとして 「それじゃ何処へ行きたいんだ?」 父親が静かに尋ねた「巨大ショッピングモールへ行きたいな」と娘は言って同時に妹に無言で同意を促した 自分達の暮らしの貧しさは容易に数字に出来る 父親は返事を躊躇った 父親の顔色を見て長女がすかさず言った 「何処へも行かなくていいよ お金ないんだからさ」 父親は言葉を返せなくなって黙った 「何処へも行かなくて家にいるのがいちばんよ」 と母親が口を挟んだ 暮らしの貧しさに 心までもひもじくなるのはたまらない それは一つの傘の下に身を寄せあって 傘が役にたたずに 皆が雨にずぶ濡れになって仕舞うような 悲しさとやるせなさを 感じてしまうような思いだった ---------------------------- [自由詩]手探りで/ふるる[2020年8月13日21時48分] 大きな山だった 立ちはだかったまま青く動かないで 汚れたままの靴と 広くて深い空 その空に追突していった ま白い鳥が 置いていった羽をくるくるもてあそびながら 雲の上や切れ間を流れる風に見とれていた 見えなくても動いてある あそこや ああ あそこにも 叔父のよく動く口 話を聞きながら頷いていたけれど 半分しかわからなかった 墨をするときの静かな気持ちで どんな質問に答えよう どんな答えを編みだそう 予想ができないから 正しくあることはできない ここからここまでの感覚と言えるだろうか 直感を信じる あの大きな山を前に ばらけた木々のざわめき 降ってきた木の実を 両手で受け止めてからすべもなく捨てた 少しだけつらいような出来事 ただ、想像するだけだからなんてことはない その周りを回ることだって 拗ねて首を曲げた その近くに風は吹いて 閉じこもって考えていても仕方がない 外に出ればまたあの山だ 向こうには何があるかって 考えないのか 気が向いたら遊びにおいでと言っていたのに 叔父は消えてしまい レコードのアルバムが沢山遺されて物置の中に カビの匂いとしめった木の匂い すぐにお腹が痛くなる場所 二三枚レコードを抱えて外へ出る 電線のたくさん交差しているあたりで曲がり叔父の足跡はそこまで レコードのビニールカバーは破れて飛んでいった 最後にかけたのはどれだったのか 中身がないものや ジャケットと違うレコードが入っていたり 立派な黒くてつやつやした円盤に 刻んであるのは若き叔父の姿 拗ねたように首を曲げて 下を見ている 猫背の人から漂うのは拒絶 話しかけてもらえる期待と絶望感 会話はあまりしなかった 聞けば何でも答えてくれた 半分しか理解できなかったけれど ガイネンという言葉を初めて知った 質問の仕方がよければ 質問者は答えに近づいている 質問にも色々あってね ふっとそれまでの空気と世界が途切れ 世界も自分も何度でも塗り替えられる そう言った顔は思い出せない 光にのまれていた 闇が覆っていた どちらか 霞んでいる叔父の顔は穏やかに見えた 母の事を姉さんと呼ぶ唯一の人 いつもノートにむつかしい呪文を書き込み おそらく数式だった ねだって手の甲に書いてもらった 肘から手首までの長いもの 小指におさまるもの くすぐったくても我慢した 母に見せると 誰に似たんだか変な子になっちゃって 困ったような声 何も為さずに消えた横顔は真面目 それは消えた足跡 まっすぐで 答えを探る瞳孔 嘘を許さない背中 たまには陽を浴びたらいい あの山を見ると嫌になる いま抱えている問題を思い出す 目の色が不思議で 太陽の下では濃くなる 茶色い猫が歩いてころりと寝転んだ くわえていたのは靴の片方で せっせと飼い主に貢いでいるのだった 片方だけの靴が だから叔父の家の前には並べてあった 彼のいた場所には穴があいて そんな穴がどこにでもある そこに触れると冷たくなったり 暖かくなったりする 乾いた音楽がいい 演奏家もウェットなのは苦手 淡々と奏でられるバッハ ゴルトベルク という響きも教わった たまに頭に手を置いてなでるでもなく少し待つ 手を繋いだことはなかった 嘘の何がいけないのよ 母の怒った声は震えていて なだめてあげたいほどだった ごめんとつぶやいたのは誰だったのか 誰もいなかったのか そびえ立つ大きな固まりが空を持ち上げて 山は大きな人だった 夕焼けは毎回燃え夜へと消え 叔父はあの向こうへ 多くの疑問を残し 黒い雲を沸かせ 雷を呼び 先の大雨で山肌はただれ 河は壊れた 呆然と見つめる横顔の中で そんな時はうつむいてしまえばいいのだと知っていた いないのに必要なときは蘇る 風や雲とともに 切れるほど青い空にすっと雲がかかり 嫌な思い出もあんな色に塗れたらいいなと叔父は形のよい唇でつぶやいた 淡々とした叔父にも嫌な思い出がかぶさっていたのかと 今驚いている イチ、と猫を呼ぶ声は低く 姉さん、と呼ぶ声は少し高く なんとなく過ごしているうちに年を取り 恋も愛もなく通りすぎ 今は老いた母と二人暮らし 昨日介護退職をし とても深くて青いような困難が立ちふさがり 叔父ならどう答えるか うつむくのか 淡々と書き付けるのか すりきれた記憶から 手探りで思い出している 母は毎日誰もいない玄関に向かって おかえり と言う ---------------------------- [自由詩]無題/おぼろん[2020年8月15日17時17分] 「キミ」といったボクの心を、 あの青い空は吸い上げていた。 マンションの中に入ってきてまで、死ぬ、 蝉。 彼らは種を残し得たのだろうか。 茫洋とした想像がとめどなく続く。 「アケミ」と、ボクの名をいつも間違って呼ぶ、 少女がいる。 もう少女という歳でもないのだろう、 しかし心は少女のままで……。 父母への手紙がずっと、 出せないでいる。 あといく月の命…… もう蝉のように愛を交わす歳でもない。 でも、幸せという枷のなかにいて、 ボクはそこに触れられないでいる。 夏日に思うのは、 そんなことばかりだ。 懐かしいという意味では、 ボクが見る風景のすべてが懐かしい。 昨日見たものも、今日見たものも、 去年見たものも。来年見るものも。 世界は移り変わっていき、 そこに取り残されるのもまた、一興、 などという、ざれ言を言うつもりはなく、 ただ枯れ果てた木の葉のように、 風に吹かれるままになっている。 自らの性(さが)も忘れて。 自らの性(さが)も忘れて、 追いつくのは何にだろう? 運命は宿命とは違って、 この手によっても変わっていく。 そう、百年の物語を織ろうか。 いつ始めれば良い? 今日か。明日か。 サラダボウルに見入ったまま、 何ということのないように、つぶやく。 「キミ」はいつ帰ってくるの? それとも永遠に帰ってこないの? 氷点下の心が、真夏のなかにもあり、 それは、決して拭えない穢れで、 ボクを磔刑にする。 そのままで良い。 明日晴れたなら、 今日晴れたのと同じように、 ボクはボクの想いを繰り返す、 戻って来ないものはもう戻って来ないのだと。 そして新しく始める、同じ毎日を。 繰り返しでもない、それでも限りなく似通った日々を。 翼があれば、 ボクの心を吸い取った空へと、 近づけるだろうか。 それともそこにはやはり境界があって、 ボクの手を拒むのだろうか。 いつしか、それは透明になって、空と一体化する。 掴もうとしたボクの手は、もうボクのものではない。 そして「キミ」と呼ばれた存在も、 マンデルブロの集合のように、 追いかけても縋れない、微細な世界に紛れ込んでゆく。 ---------------------------- [自由詩]午睡(改訂)/ひだかたけし[2020年8月16日3時33分] 猛々しい暑さ、 眩み包み込む この夏の午後に 園庭は発光し 微睡む午睡の子供達、 ルウ ルウ ルウ 夢の中で 歌っている 通り掛かる街角で 不思議な三角や五角形 浮かんでは消え浮かんでは 優しく柔らかに瞼をくすぐり 遠い夢見の一時を 円かに綴り懐かしむ 猛々しい暑さ、 もわんと包み込む この夏の午後に 光の庭はもう弾け 微睡む午睡の子供達、 ルウ ルウ ルウ 夢の中で 踊っている ---------------------------- [自由詩]眠り/道草次郎[2020年8月16日5時17分] 目をつむると 疲れた子のように 眠ってしまった コオロギの子守唄が じつは 守ってくれていた 目を開けると まだ生きていて うれしくって だから 全部 水に流せる 気がした ---------------------------- [自由詩]ある夏の光景/ひだかたけし[2020年8月17日20時57分] 光溢れる夏の午後 庭の梅の木が微かに揺れて 三才の僕はその瞬間、 〈じぶんは自分なのだ〉と不意に気付いた なにものにも替えられ得ない〃この私という存在〃 その認識が僕を稲妻のように打ったのだ そのとき世界は美しく揺らめき 熱風とともに戯れていた そのとき世界は静まり返り 優しい無関心に輝いていた ---------------------------- [自由詩]歴史/梅昆布茶[2020年8月18日3時35分] すべてのものに歴史が有り 呼応しあって一編の詩を編む すべてのひとに歴史と生命誌がありときには 愛情の経歴書を携えて空に放たれる すべての空虚に名前はない 風や雲や雨のようにあかるい すべての銀河に名前をつけるとしたら それは地球のすべての言語を動員しても 足りないかもしれない だから名前さえもなくても あるがままに生成し消滅し 個々のレクイエムはいらない 沈黙の海底からうまれて 損益分岐点を無視しては姉にどやされて いつしか生まれた時の自由になれるのかもしれない ---------------------------- [短歌]雷/夏川ゆう[2020年8月18日4時55分] 雷が断続的に鳴り響く飼い猫は僕から離れない 神社へと続く階段二百段神と一つになった感覚 詐欺師達何年か経ちまた古い方法使い詐欺を働く 夏までは後少しだと梅雨が言う最後の悪足掻きみたいな雨 ---------------------------- [自由詩]街灯/ガト[2020年8月18日5時17分] だめなひと いとしい すまなそうにうつむいて 小さく笑う もういいから だめでいいから わかってるから そんなに小さくなるな 泣きたくなる  ---------------------------- [自由詩]人は哀しみの器じゃなくて/こたきひろし[2020年8月18日23時57分] 夜 長女からいきなり言われた。 「お父さん恋愛相談にのってくれない」 私は吃驚してしまった。 彼女はもうすぐ三十歳になる。 「それは難しいかな」 私はそう答えてしまった。 「どうして」と娘に訊かれた。 「だってお父ちゃん恋愛経験ないからさ」 「えっ?おかあさんと結婚したじゃない?」 と、娘は驚いた顔で訊いてきた。 「確かに結婚はしたけれど恋愛はしてないよ」 私はその場にいた妻に気を使いながら言った。 けれど妻は何も口を挟んできたりはしなかった。何も言わずに黙っていた。 私は言葉を続けた。 「お父ちゃんはおかあちゃんに恋愛したんじゃなくて 結婚したんだよ。しいて言うなら、結婚してくれる相手としてお互いが同意したって事だよ」 娘が言った。 「紹介されて知り合ったんだよね。好きになったから一緒になったんじゃないの?」 娘の問いかけに私は答えた。 「一緒になってから好きになろうと必死に努力したんだよ」 私の言葉に娘は納得できないと言った怪訝な眼で私を見た。 しかし、黙ったままの妻が何を言い出すか分からないと怖れてそれ以上は蓋を閉じた。 「分かったわ」 と、娘は暗黙の了解をしてくれた。 そして言った。「相談にのってくれなくてもいいから聞いてちょうだい」 私は娘に申し訳ない事をしてきた。 彼女の稼ぎをこの五年近く掠め取ってきたのだ。 家族の生活の為に家のローンの返済の為に。 その為に彼女は結婚資金を蓄える事ができなかった。 申し訳ないと言う気持ちにたえず苛まれながら、反面いいように利用してきた。 父親としては完全に失格していた。それどころか、もし娘に良縁があって知らない男に持っていかれたらどうしようと心の底で不安になっていたのだ。 娘の恋愛相談にのれる父親の器になれる筈はなかった。 私は心の汚い父親である。 私は自分の都合しか考えられない夫でもあった。 娘は五年近く付き合ってきた男と上手くいってないと 告白してきた。 彼女の目からは堪えきれなくなったか涙が零れて落ちた。 夜 悲しみの詰まった器になって 最愛の娘の泣く姿に 父親は狼狽えるしかなかった。 ---------------------------- [自由詩]土星/はるな[2020年8月19日2時25分] あさ起きて 星を喰う 流れ星が 喉に支える 腹の子が 早く出せと 騒いでいる 光線が 蒼く 地平を染めて 物事は起こり 終わり続けている あー ねむたい 土星の環が 落ちている これを娘に 娘にやろう きっと頭に乗せ きらきらと笑って わたしたちは 明日を赦す ---------------------------- [自由詩]宇宙の風道/ひだかたけし[2020年8月21日20時50分] この夜に目醒め この夜底に触れる 私にはもはや 親兄弟家族親族はなく 現世的無縁仏だ 円やかな現世孤児だ そこでは  私という存在が剥き出しで そこでは  私が真っ裸のすっぽんぽんで 実に孤独にスッキリとしたものだ 恐怖と歓喜の段々畑 うねりダイレクトなコンタクト この夜の底でこの柔らかな底で 私は限りなく境界の縁に触れる 私だけの死の門を垣間見る (門番は豪壮で醜悪な私の分身に過ぎない) 静かに、静かに 夜底はやがて夜明けと共に 紫から橙、黄から壮大な黄金へと 染め上げられていくことだろう 私はその瞬間を捉え からからからから 螺旋に廻り昇りゆく 宇宙の風道に乗れるだろうか ---------------------------- [自由詩]そう言えば/夏川ゆう[2020年8月22日5時39分] 君と出逢ったあの場所 今も色褪せていない そう言えば もう何年も行っていなかった 掘り出し物が多い古書店 君は時々行っていたらしい 本を読む時間がない たまたま同じ 本を探していて 意気投合して今がある 懐かしくなったあの頃 そう言えば 君はあの古書店が好きらしい 良い本を紹介してくれる また君と一緒に行ってみよう 良い本に出逢えるはず ---------------------------- [自由詩]アクリル板の向こう側/花形新次[2020年8月23日18時41分] テレビ局の用意した 全く意味のない アクリル板で 隔てられながら にこやかに振る舞う タレント連中は 仕事とは言え 俺は一体何やってんのか と思ったりしねえのかね アクリル板に微かに映る自分を見て 悲しくなったりしないのかね 終わった瞬間 アクリル板から外れて 「お疲れ様でした」って 挨拶してんだろ 一から十まで この調子で 誰も何にも言わない 世の中って コロナ以前に終わっていると思う そうだよ 終わっているんだよ ---------------------------- [自由詩]代替わり/よしおかさくら[2020年8月24日16時06分] 誰かに代替わりする夢だった 代わってあげてもいいが あのひとは男 女の身体に入ってやっていけるのか 打ち合わせ無しにひょいっと 入れ替わって 私が消えて完了する 完了する 私が終わっても続いていくもの 夜は三日月 咲き乱れる花々 落ち葉を吹き上げる風 地面に吹き付ける雪 笑い合う人の輪 祈り ---------------------------- [短歌]議員/夏川ゆう[2020年8月25日4時57分] 予定などない休日はゆっくりと時間は過ぎて自然の流れ 梅雨は雨梅雨は湿気で溢れてる傘が集まり一つの模様 社会人二年目となり慣れてきた最初の気持ち胸に残して テレビでは議員の話題で持ち切りで失言の嵐日本を席巻 ---------------------------- [自由詩]月光/ひだかたけし[2020年9月1日21時38分] 無音の夜 また到来し 月はない 月光だけある 白々と 辺り、白々と 浮き上がり 寸断された記憶の 恐怖、また襲い来る 私は私の実感を保てず 意識の外郭だけが生き残り やがて蠢く闇に呑まれる (モノというモノ、侵入し 己が内実を埋め尽くし 私は叫ぶ、 外へ外へ外へ!) 無音の夜 また到来し 月はない、月光だけ 洪水となって 溢れ降る 記憶を寸断された男の叫び、 白々と白々と染め上げて ---------------------------- [自由詩]豊饒の海に浮かぶ僕の不毛/梅昆布茶[2020年9月6日22時04分] 豊饒の海に浮かぶ僕の不毛 回想の店が改装するので 僕は暫く不漁だった 恋の意味がわからなくて むりやり女史に懇願して いまはとりあえず一緒だ すぐに飛び去りそうな 小鳥に なんの 担保もない僕はちょっと萎縮してしまう お金が あっても買うものがわからんし お金がなくても必要なものはよくわかる 自由という夢想には 常に不自由の定義がついてまわる 鉄道のダイアグラムのようには 僕らの日常は組まれてはいない ロープと砂 珊瑚とみなみじゅうじ座のアルファ星 いつかハッブルの銀河の何処かで 僕は暮らしたいと思っているのです ---------------------------- [自由詩]その時その瞬間〇寂寥と平静/ひだかたけし[2020年9月6日22時48分] 逃れ去っていく 逃れ去っていく記憶の その核心を掴もうと 広がる鉛の海を泳ぐ、泳ぎ続ける    失われた薔薇の花と団欒  終わった関係と更地  虚脱の時を刻む秒針 静まっていく 静まっていく魂の内実を見極めようと 開ける暗黒の宙を漂う、漂い続ける  消えた赤い舌と墓石  現れる問い掛けと透明な流体  永続の時を移動する銀河 〈自由は魂の積極的な内的活動だけにあり 外界に依存する限り オマエは絶望と希望の円環をループし続ける〉 その時その瞬間、私は何かを体験した その時その瞬間、私は何かと一体化した 思い出せない思い出せない 思い出せるのは、 遥か遠く黄金に輝く巨大な岩塊 濃淡紫の雲に包まれた黒い太陽 それに熱い熱い祝福の抱擁 ただそれだけなのだ。 ---------------------------- [自由詩]血/杏っ子[2020年9月6日23時27分] 私は嫌われた鳩である。 踏みにじられた首である。 細く細く連打する。 首はやがて脈打ちながら蛇となる。 這いつくばって、あの人の太ももに絡みつく。 赤く細く滴る血を私の中にください。 ---------------------------- [自由詩]Childhood's End/46U[2020年9月7日12時00分] 月が傾く音がして、 ぼくはぽっかり目をあけた。 カーテンごしに見えるのは、 ボタンみたいなお月さま。 瑠璃と茜の縫い糸で、 びろうど夜空にとじてある。 きっとお仕事したひとは、 てさきの器用なめがみさま。 ぼくはぼんやり不思議に思う、 とじてあっては動けない。 だったらあの音なんだろう、 月が傾くような音。 びろうど夜空をしゅるしゅると、 西へひっぱる音だろか。 星がぱらぱら落ちてくる、 パンくずみたいなお星さま。 ぼくは窓から手をだして、 星のかけらを受けてみた。 ひとつかじってみたけれど、 あんまり甘くはなかったな。 ぼくはすっかり目が覚めて、 よるの終わりをながめてた。 ぼくはおおきく息を吸い、 この世の終わりをおもってた。 ---------------------------- [自由詩]わたしのおとがする/ゆるこ[2020年9月8日0時48分] わたしのおとがする ぱきん、と乾いた音を 体の内部で何度も繰り返している それは再生で、 あるいは破壊で それはひたすら鳴り続け 透過したわたしの身体を 繰り返し 鈍く光らせる やがて、その音が細かな振動になり 身体の穴という穴から わたしがながれてゆく 下水道の、排水口を目指し それは大量の雨粒のように、 あるいは決壊したダムの濁流のように 一粒も、あますところなくながれてゆく そしてわたしは 喉がものすごく乾くのだ からっからに乾いた喉は 声を出すこともできなくなる からっからな脳みそは なにも考えられない わたしのおとがする ぱきん、ぱきんと 心臓と共に壊れてゆく わたしのおとは わたしをころす そうして、僅かな心を 電波の様に駆け巡らせながら ついにわたしは しんでゆくのだ ---------------------------- [短歌]芸能人/夏川ゆう[2020年9月8日4時52分] 雨の音寂しい心湿らせる雨は止まない止もうとしない 窓の外都会は常に忙しそう忘れ去られた何かが潜む 何もない暇な休日重々しいゆっくり過ぎる時間は重い 芸能人全部で何人いるだろう数え切れないぐらい多い ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]洪水のあとに/道草次郎[2020年9月17日23時00分] 今日、先年の水害で何もかもが水浸しとなった地区に行ってきた。路肩に植えらていた筈のマリーゴールドは尽く引き抜かれ、その代わりに黒い農業用マルチがのっぺりと施されていた。 ちょうど一年前だった。あの時の事を書く決心はまだつかないでいる。何度も何度もそこへ買い物に出掛けたモスグリーンを基調色としたホームセンターと、その横に併設されたスーパーは未だ復旧の見通しが立たないようだった。看板だけが虚しくも取り外され、そう古びてもいない廃墟へと様変わりしていた。 何軒かのラーメン屋と途轍もない大盛の炒飯を出す赤屋根の中華料理屋は営業を再開していた。それから、比較的速やかな復旧に成功したコンビニと交差路の角にあるガソリンスタンドだけは、嘗ての活気を殆ど取り戻しつつあるようだった。 卑猥な単語を堂々とその看板に掲げるショッキングピンクのアダルトショップだけは、何故か、きわめて元気よく営業していた。これまでこんなにも、電光掲示板に表示された「営業中」の字が自分に納得されたことはなかった。しばしその前で立ち止まってしまった程である。 むろん目的は他にあり、ぼくは歩を進めた。最近はなるべく歩くように心掛けていて、車をどこか適当な場所に停め、そこから小散歩をする事がよくある。歩いていると、車に乗っていては味わえない様々な発見がある。 沖仲仕の哲学者として知られるエリック・ホッファーという人の自伝本を、ぼくは先だって図書館で借りた。その図書館は水害のあったこの地区を見下ろす高台に位置しており、その白く瀟洒な佇まいはいつもどこか場違いな雰囲気を周囲に放っていた。 ホッファーは歩く人だったらしい。彼は20代後半の頃に経験した自殺未遂を契機にして季節労働者の道を歩き始めるのだが、これは文字通りの意味だったらしく、たしかどこかの箇所にこのような事を書いていた。 「自殺に失敗してふらふらと街をさまよいそのままの足取りで私は歩き始めた」 歩いて歩いて歩いて、その先にある歩いている自分の快さみたいなものを発見しながら歩き詰めに歩いた、そうだ。そして、人生の新しい局面へ乗り出したのだと、ホッファーはその本で語っていた。 これに自分を比すわけではないが、最近ぼくは歩きながらたくさんのことを考えたり、道端の花を眺めたり、鳥の囀りを聴いたりしたいと願うようになった。 この日の目的は、去年の水害で流されたたくさんの大事なものの跡にニョキリと生えてきた、とある新店舗へと行くことだった。 ワークマンプラスである。 このワークマンプラスでぼくは、来月から行くことが決まった職業訓練で必要となる作業着と靴とを買うつもりだった。 店内に入ると気取らない二人の若い女性店員がいそいそと働いていた。メモを手に段ボールや靴下の入ったビニール袋の前を行ったり来たりしていた。 客がぼく一人だったこともあり、少々気後れしている所に、いきなりBGMからあいみょんの『裸の心』が流れてきた。 昨晩ちょうどYouTubeであいみょんの『マリーゴールド』を聴いていた時、そのミュージックビデオに紐付けられて再生されたのがこの『裸の心』だった。たまたまそれを知ったにもかかわらず、その時は二度聴いた。歌声が良くて、少し気になりかけていた。 だから、ぼくがワークマンプラスの真新しいLED電灯の真下でしばらくの間あいみょんの歌声にさらされていたのも、偶然のようでありながら偶然でない気も少しした。 心を揺さぶる何かが、そのいくぶん嗄れた歌声によって齎されたのは否定できない。あいみょんがそんなに良いかと言われれば、そうでもないような気もするし、やはり良いような気もする。いずれにしろ、その感動がぼくには少し恥ずかしく感じられた。店内には、僕以外にはせっせと仕事に励む真面目な女性店員が二人いるだけだった。 あいみょんが若いということはなんとなく知識として知っており、その事がぼくの先入見を形作ったのか、あいみょんの歌声に感動させられるのは何か不当な事のような思われた。 適当なのを二、三見繕って支払いを済ませ店を出ると、外は既に曇り始めていた。来た道を戻り始めたぼくの胸に去来したのは、相も変わらずにその不当さだった。ぼくはこの不当さを持て余しながら歩を進めた。破壊し尽くされたと言っても過言ではない林檎園や、全機械オーバーホールの憂き目にあったであろう小さな建設事務所のテナント募集の看板を横目に、どこまでもどこまでも行くつもりでぼくは歩いた。 あいみょんによる不当さはやがて汗とともに和らぎ、交差点の信号で立ち止まったぼくの視野の隅に一匹の蜆蝶が入ってきた。蜆蝶は頼りなくチロチロと舞い、路側帯の下に生えている名もなき雑草にとまった。 その時なにかが起こったわけではない。ぼくはただその蜆蝶を眺め、果たして今まで自分はこの蜆蝶というものを間近でじっくりと観察したことがあったろうかと考えていただけだった。あれから一年が経過し、街は少しずつではあるがその力を取り戻しつつありそこを離れていた人々もまた土地に戻りつつある。 ここ一年でぼくの胸に堆積したものはなんだったか。いくつかの別れと決断と誕生が、そこにはあった。今のぼくにはまだ、こういう時に惹起される感情や、表現されるべき何事かをうまく書き表すことができていない。いつかそれを書ける日が来るのかそれとも来ずに生涯を終えるのか、それはまったくと言ってよい程に分からない。 それにより締めくくろうと目論見かけていた破壊と再生の暗示もすでに失われた。今、此処には美しい星を散りばめた夜と、まだ冷めやらぬ幾つかのほとぼりが在るばかりだ。 そして、不確かな扉の向こうにも、また新しい星々と熱とが待ちうけており、それを安んじて受け容れる他は無いのだという清潔な予感だけがあるのだった。 ---------------------------- [川柳]皆さん、秋ですね。/道草次郎[2020年9月21日0時40分] トンビ飛ぶ空には秋の白の月 山国の盆地を侵す波のおと 腹の音響いて天の猫笑う 奈良漬の塩の上がりと半月板 虫達の叢だらけ善光寺 蛍かと思えば着信宵の秋 雲一つ鼻腔につまり暮れなずむ 星月夜ナツメ電球すらも消し 問えばこそかかる命の萩となる 海鳴りのもれでる先に耳朶二つ 揺れながらガウラは風に踊子に 百日紅夜そのものにもたげ咲く うらうらと春でもないのに蜆蝶 電柱に触れば秋の底となる 暗がりは常に半分昼の嘘 川柳がホットミルクで猫は秋 ---------------------------- [自由詩]天国はここ、って歌ってたやつもここからはいなくなったし/ホロウ・シカエルボク[2020年10月9日8時37分] 一番愚かなことは 放課後の中で学んだ 一番美しいもののことは 禁忌の中で学んだ 一番罪深いものは 日常に転がっていた 一番悲しいものは 自室の本棚で震えていた 引戸の滑りが駄目になったのは 小さな傷のせい 出て行こうとするたび 咎めるような音を立てる かかとを鳴らしぼくは出て行く 休日の 兵士のような 中途半端な気難しさで チャイコフスキーの悲愴が 頭の中に張り付いてる午後 時代の中にはいないものを おざなりな 現実を鼻で笑うためのものを 土に還れない 蝉の死骸を蹴飛ばしてしまう瞬間 ぼくは 侵略者の後悔を知る そんな話をしたって 多分きみは理解しやしないだろう 古い神社へ向かう 長い階段の途中にある 草ぼうぼうの 錆びたブランコだけの公園のベンチは けれどこの小さな街をを眺めるには最高で ラジオで 久しぶりに聴いた キャロル・キングの歌を思い出していると ここはそんな メランコリックな場所じゃない、と 汚い声の鳥が甲高く鳴いた そうだね きみみたいなやつが ここにはたくさんいるもんな 出したくなかった手紙を ふと思い出して 切手を張って投函してみたら きみのもとに届くのは 迷わなかった時に比べて どれだけ 違いがあるのだろう? 違いなどない、と きみは言うだろう そして、ぼくは そんなこと決して信じないのさ 野良犬がしばらく着いてきた とくべつぼくに なにかを期待しているという感じでもなかったから ぼくもべつに追い払ったりはしなかった 自動販売機で 飲み物を買うために立ち止まると ちぇっ、やっぱりそうかという顔をして うなだれてどこかへ行ってしまった あいつは ぼくらの世界にすっかりなれてしまったんだな 犬なんて、とくに野良犬なんて もっと無邪気でいたってだれも咎めたりはしないのに いかがわしい映像ソフトの店で 無数のタイトルを眺めて歩いた ときどき すごく茶目っ気のあるフレーズがあって それがぼくを 少し愉快な気持ちにさせるのだ そんなものを探して 棚を練り歩いてるやつなんて たぶん ぼくだけだろうけど いや ぼくだって たまにはそうじゃない時もあるよ そうさ ギラついてね まぁ、そんなことはいいか 一番退屈なものは人生だし 一番魅惑的なのもそうだ ぼくは終始 否定をしながら肯定し 憎みつつ愛しながら その過程と 根底にあるものを 見失わないように努め (そのほとんどは) くだらない用事を片付けながら のんびりと構えて 天国のヒントを待っている 幸福も不幸も 健康も病も 肯定も否定も 愛も憎しみも ある程度は知ったさ ぼくはそう へんな言い方をすれば かみさまとでもいうようなものに こっそりと話しかける あとなにが必要かね それともそれらを 全部捨てちまえばいいのかね? 横断歩道を渡る 待てない奴らを待たせながら 空はまだ晴れてるけれど ちょっと 雨のにおいがする 時代の中にはいないもの うん そんなものを参考にするのは たしかに、ちょっと ずるいのかもしれないけれど ---------------------------- [自由詩]夫を愛していない/無限上昇のカノン[2020年10月10日9時50分] 生活費を入れてくれないのはざらで 生きるために必死に貯めたお金を使っては その場しのぎをしてきた過去 今でもその癖が抜けなくて 最低限のものしか買わない、買えない 経済を回すのはお金持ちの仕事で 私とは縁遠い話 贅沢好きの夫は 子供たちのミルクを買うお金で酒場に通う 飲んでは暴れる 暴れては飲む 過去の話を持ちだしてみても 酔っぱらって覚えていない お金がなくて 食べるものがなくて 貧乏のどん底で喘いでいたのに 私だけが覚えている 私だけが覚えている 苦しい過去が今も私を縛り付ける 生きるのは辛く苦しいだけで 涙も枯れ果てて 今は静かに死を待っている 生きていたいという本能との戦い 勝利するのはどっち? 私は夫を愛していない ---------------------------- (ファイルの終わり)