秋葉竹のただのみきやさんおすすめリスト 2017年9月27日21時48分から2019年10月12日19時47分まで ---------------------------- [自由詩]サラマンダー/ただのみきや[2017年9月27日21時48分] 煽り煽られ踊る火に 鳴りやまぬ枯木林の 奥の奥 紅蓮の幕は重なり揺れて 熾の褥(しとね)はとろけてかたい 静かに 微かに  波打つ青い心臓のよう 円くなって まどろむ 火蜥蜴は涼やかに ときおり目――藍で引いた女のような 片目をあけると       星もない夜を映した井戸 黄金(こがね)の火の粉が天を焦がす あんぐりと見上げてはハッとして われ先にと水をかぶる人々 「風よ吹くな  こっちへ吹くな 夜明け前の濃い闇に身を寄せ合い 炙られて 互いの体臭に悪酔いしていた 「火蜥蜴さえいなければ我々は―― 「火蜥蜴さえいなければ世界は―― 火蜥蜴は ただのトカゲ 逃げ出すことをやめただけ 愚か者が放った火から愚か者と一緒に 内に湛えた静かな夜を 存分に ただ 存分に堪能したかった 灰になるまでうっとりと 煽り煽られ恐れて怒り 騒ぎ治まらぬ群衆が 正義の石を拾っては 標的の悪を探している 極めて原始的なミサイルの 革新的な騒音と火花で なにからなにまでひっくり返す 甘美な集団幻想の 正義に酔った素面(しらふ)には 悪魔のように根源的で 憎むべき原始心像だった あの潤んだ瞳は  火を   破滅を  孤独を まるで愛しているかのように 見えたことだろう 夜の水と堕落を湛えた 柔らかな青い壜に ふと斜めに射した    あの最後の一瞥は           《サラマンダー:2017年9月27日》 ---------------------------- [自由詩]愛や情けを書けば良いそれは君らの仕事だから/ただのみきや[2018年4月18日21時27分] 罪人を眺めている 誰かの腹の中のように風のない夜 迎え火が目蓋の此方 灰に包まれた心臓のよう ゆっくりと消えて往く ただ罪人を眺めている 正義については微塵も語らない なにかを殺し続ける者 触れる者を癒すという 聖人のその影すら注意して踏まないように 地上を流離う者 むしろ聖人が聖人であるために乖離された暗い影のように 血だるまの夕日を背負い 黒々とその身を投げ出した 降り注ぐ石の雨 正義を吠える犬の群れ 飾花された遺体のように 罵倒に埋もれ見えなくなって ニュースは終わる ニュースは始まる 正義は聖処女のように罪人を孕む 人類最後の一人まで そこに奇跡の果実はない 年老いたエバの酸い乳房を咥え泣く者 振り上げられた楽天家の鈍器が 拍手喝采振り下ろされて安堵する所 燻製にされた聖人の遺骨のような 罪人のハミングが耳に降る 血の混じった霙のように好きだったと 頭痛が言う ここから出せと      《愛や情けを書けば良いそれは君らの仕事だから:2018年4月18日》 ---------------------------- [自由詩]50階/ただのみきや[2018年4月25日20時07分] 黒焦げのトーストがいいマーガリンでいい バターじゃなくていい 蜂蜜は国産 養蜂屋の小さな店先のがいい 種類にはこだわらないがシナ蜜なら尚いい 雨が降る前に用事を済ませたいが 用事の方がはっきりしない 万有引力とも生への執着とも違う マイナス50℃の鉄の空箱が埋まっている ひとつのことばが足を引きずっていた 帰る土地のない負傷兵のように 荒れ果てた丘の窪地を崩れた建物の陰を 砂の囁きへと身を変えながら後ろめたさの気配だけ残し なだらかな楕円の螺旋階段 手すりに凭れて真っ黒いトーストを齧る 同じ齢の春 鏡のように姉は笑う気前よく 「――もうすぐ50階 刺し違えるつもりでね                《50階:2018年4月25日》 ---------------------------- [自由詩]老人/ただのみきや[2018年5月26日21時40分] 鶺鴒はすばしこく歩き雲雀は高く囀っている 生憎の曇りだが風は早足 日差しが覗けば芝桜も蜜を噴くだろう 虫たちが酔っ払って騒ぎ出すほどに 脇目もふらず歩く老人の後を付ける サメの背びれだけが光を返さない黒で 凡そ全てが銀のプランクトンを纏っていた 老人は鯨よりも大きなショッピングセンターに飲みこまれ 原色の野菜の森で少女の腎臓のようなトマトを指で突く 週に一度の儀式を通して指先から全身に流れ込む力がある ささやかな背徳が張りの無い皮膚に泡立つころ 数日続いているニュースについて独自の見解を述べたが キャベツも白菜も解脱していて 仄暗い生の青さを浮き立たせながら冷たい霧に紛れていた 財布の中身とカレンダーが歯車のように噛み合って 老人は絡繰り人形のように月に一度あるいは週に一度 決まった場所に出かけほぼ決まったものを買う あらゆるものが短くあらゆるものが長かった ――蝶が飛び回るいつも同じ蝶が こんな店の中でもおれの目を引き付けて見えない方へ―― 蝶は自分の頭の中から現れる  そう老人は見当をつけていた レジを通る時は一番きれいな若い娘を探す どんなに混んでいてもじっくりと顔と手を見た そうして心の中でシを読んでみる だが釣り銭を受け取る時にはいつも言切れて我に返った 右手の小指と薬指が思い通りに動かない 若い頃からそうだった つまむという意思に対する指先のレジスタンス 腹立たしくも為す術なく 老人は宛名も切手もない茶封筒になって蝶を追った 天気は相変わらず斑模様 近くの小学校で運動会をやっているのか 声援や音楽が時間差で風に揺れる風呂敷みたいに被さった 幽霊たちがお遊戯しながら耳の奥を潜り抜ける 玩具と御菓子 汗と埃 雲雀の声が随分高く……と思った途端 沈黙 予期せぬ空白に老人は栗鼠のように静止した すぐ傍を無言で通り抜ける赤い自転車 木々ほど受け身ではないが 詩人ほど無節操でもない 騒めいても言の葉ひとつ散らすことはしなかった 十二時には帰宅してNHKのニュースをラジオで聞く 北朝鮮とシリアと国会の話題が好きだった 今日は外れ テロとテロリストをライトに憎んではいたが ――世の中に一人もテロリストがいなければ おれがテロを起こしただろう――そう考えるのが常だった 鯖のパウチを小皿に開けてレンジで温める 差し歯が増えると骨のない魚がいい 価格と手軽さが味よりも優先される ニュースがいつも通りのつまらない結末を迎えると すぐ隣には若いカップルのテロリスト 低音だけの音楽が馬鹿げたジャムの壜を落下させた 仕掛けてみようか 近所の犬をボウガンで射貫いたように 風船の割れる音もないまま 原色のイマジネーションが迸り壁や床を染めた ああロックンロール! 67年はドアーズとベルベットアンダーグラウンド ビートルズはカソリックの聖人並みだった だが風は澄んだまま スギナの森深くダンゴムシが触覚を振っている 老人は髭を撫でながら手を振って応えた 全知ではないが知るべきことは全て知っている 小川に手を浸すように時間の流れを感じている だけど風上に向かって素っ裸で走り出すには 敵が老練すぎたし 世界はもう?せっぽっちの鶏にしか見えなかった 家族は何処へ行ってしまったのだろう なんて惚けた一人芝居を楽しんでいる 頭の中が辺りへ溶け出しているのが楽しかった 光のシーツを被って足をばたつかせる子どもだった 蝶が寝室の暗がりへ誘った 女の唇がロウソクの炎を吸い取るように 意識の一角が崩れ去る 寒天みたいな夏が来る前に 脳の表に刺繍を入れておこう 大きな声で歌い始めると 箪笥が笑いながら倒れて来た               《老人:2018年5月26日》 ---------------------------- [自由詩]それ以外に何が/ただのみきや[2018年6月13日18時52分] 忘れられた歌が戸を叩く 風が酒乱の男みたいに木を嬲っていた (何も知らない子どもがゲルニカを見ている  あなたは映らない鏡  恋している  空白の輪郭の投影よ  純粋すぎて  愛の入り込む余地はない (何も知らない子どもがゲルニカを見る以外 鴎が三羽こんな山沿いを流れて往く おふざけが過ぎた若者たちのように        《それ以外に何が:2018年6月13日》 ---------------------------- [自由詩]夜の忘備録/ただのみきや[2018年6月27日20時00分] 夜にはあれほど潤んだ月が 今はただ白く粉っぽい 褪せた青いテーブルクロスに置かれたままの紙切れ 書かれていない恨み言 呼吸を忘れた小鳥たち 見交わす一瞬の生と死を包み込む愛が 朝に急かされ飛び去った 車や家電が唸りを上げて歩き回る頃に 量生された人形に時代の気色 夜店の射的のコルク弾 頭の比重が大きすぎて 倒れたら起き上れずに自尊心をばたつかせ 灯した愛憎が一晩中影を揺らしていた アンティークになれない人形が ゴミに出されて濡れている 雨の散弾  爆ぜる音 目蓋は鍾乳洞 かすかな 光の喘ぎを 水の踊り子はこぼれ落ちる裸体に切れ切れに纏う ものごとの境に 時の歯車 夜が落としていった 大きなクワガタムシ 濡れたアスファルトから拾い上げ 人を刺す指を挟める ギリギリと黒い大顎が食い込んで 滲んだ血を 雨が薄めた 意識は濃い墨汁で ひと筆で描いたオベリスクを空に向かって振りかざすが 次の瞬間 水に戻り したたか打ち据えられながら 流れにただ流される あらゆる選択肢の果てにある たった一つの暗渠へ 夜には見えなくても 朝にはよく見える 年老いた娼婦の裸 朝にはモラルが生き生きと 殺戮を始めていた                  《夜の忘備録:2018年6月27日》 ---------------------------- [自由詩]題名を付けられたくない二人/ただのみきや[2018年6月30日20時55分] 君が君とはまるで違う小さな花に水をやる時 じょうろの中に沈んでいる冷たい一個の星が僕だ ビー玉越しの景色を一通り楽しんだなら 必ずベランダから放ること すべて朝食前に 僕の口笛が余韻を引いても無視すること 飛び散るイメージの破片で手を切らないように タネも仕掛けもある恋をひと時の盲目が覆う 祈るような面持ち 蜂蜜とレモン 絡まる舌 世界はシースルー でも裸じゃないから 本音で生きても決して本音は口にしないこと 蝶を千切っても蝶を千切ったと言ってはいけない 愛しても愛しているとは言わないこと 流れ出した息の中ふつふつと芽をだして 蔓捲く一本の草木となった君の形のない縁(よすが)が 金色の囁きでいつまでも産毛を揺らすように 夜には地下の水脈に唐突に落ちて来る 僕が盲目の剃刀でいられるように いつも何かしらの笑い声がはらはらと散って 双子のような寂しさにふたり苛まれるように           《題名を付けられたくない二人:2018年6月30日》 ---------------------------- [自由詩]テキーラ/ただのみきや[2018年7月25日18時30分] 夏は白濁した光と喧噪をまとい 人は肌もあらわ日焼け止めをぬる 傾くのはグラスだけ海は静かに燃え 彼女は囁きのなか人魚になる             《テキーラ:2018年7月25日》 ---------------------------- [自由詩]転寝/ただのみきや[2018年7月28日20時13分] 斧で木を切る少女の夢を見た ノースリーブの白いワンピース 振り向きざまにわたしを見て 少女は霧散した 夢の中にわたしを置き去りにして 顔は思い出せないが 少女の目にわたしはどう映ったのだろう            《転寝:2018年7月28日》 ---------------------------- [自由詩]最後の絵葉書/ただのみきや[2018年8月4日19時01分] 娼婦の臍の下に咲く薔薇のタトゥー 聖書を一枚ずつ破って巻紙にする 燐寸に踊る白い蛾のささやき さ迷うオーブ雨の匂いどこまでも ――おやすみなさい ――追伸 あなたには太陽を 終わらない夜 それがわたしです            《最後の絵葉書:2018年8月4日》 ---------------------------- [自由詩]見えない幻/ただのみきや[2018年12月31日16時12分] 夕陽を抱いた木々の裸は細く炭化して 鳥籠の心臓を想わせるゆっくりと いくつもの白い死を積み冬は誰を眠らせたのか 追って追われる季節の加速する瞬きの中 ゆっくりと確かになって往く単純なカラクリに 今日を生きた溜息が死滅した銀河のように纏わって 風の映像だけが破壊すら破壊する静寂を響かせた 荒れた手の微かな痛みが慰めの手紙なら 想い人はコインの裏表共に在って 未来永劫出会うことすら無い 裂け目から太陽でも月でもない明かりが漏れ 幻燈が憑依する事物は新しい仮面をつけて 古い祭儀を繰り返しながら再び収縮する 生が死へとそうするように完結する度 余韻であり残り香である薄れゆくものらを 追うことの予め定められたかのような餓え たのしげに語り合う人々から離れ ゆっくりと飼い馴らす苦い薬のように 夕陽を飲み干したわたしの中の夜が冷める 微かな笑い声と微かな泣き声は双子のようで ひとりの友だったろうか闇の中震えながら 肢体をくねらせているそんな気がして 言葉の代わりに全身から発芽したもの 無意識の選択が分けていった種のように人を なんと名付けられても構わないと待ち伏せて さらわれるために顔を鏡にしながら ガラスを叩く氷の粒 秒針で苛まれる牢獄の隅の深い群青 心に目隠しをしてくれる蛾のように白い手は 決して来ない                 《見えない幻:2018年12月31日》 ---------------------------- [自由詩]自転車少女/ただのみきや[2019年6月1日13時56分] 風のない日も向い風 おでこもあらわペダルをこいで きみは往くきょうも 仮の目的地へ 本当に往きたい場所には まだ名前はない 愛せない地図ばかり もう何枚も手元にあるが こんなに長い一瞬も あっというまに回帰する記憶へ きみは往くきょうも 風を孕んだ落下傘 すまして押さえペダルをこいで           《自転車少女:2019年5月29日》 ---------------------------- [俳句]真似事――文字をほどいて火を点ける/ただのみきや[2019年10月5日12時13分] 秋の雨引き戸を開き覗く夢 翻る少女の声も遠く去り 秋よりも秋を装う女たち 水槽に涙をためた金魚姫 翼切り歌を失くして人になる 手折るなら痛みの一つ分かちたい 老いらくの恋を抱えて終わりまで 真綿舞い枯れ菊ふたつ埋まるまで 旅人をもてなす準備かナナカマド 母通る前と後ろにこども乗せ 気の早い雪虫むねに降りきて 虫籠に夏の形見の蝶の翅 カマドウマ鳴けても好いてはもらえない 宙に浮きサイドミラーを覗く虻 干上がった道の真中でミミズ吠え 便箋の文字がゆらめき海になる 忘れ物取りに帰ってそれっきり 死んだ友夢で変わらず馬鹿をやる 老いぼれて何に投げるか火炎瓶 自らを砕いて炎まき散らす 立ち枯れて冬を待たずに逝く人よ 祖父と孫ほども離れた身と心 背伸びした祖母の戸棚の角砂糖 電子ジャー壊れる時も計ってか でかすぎるアカミミガメに蹴躓く 重さより心傾く天秤か 花房のしずく瞳にもらい受け わからず屋の目で君は葡萄を吸う 風上の見知らぬ女の吐く煙草              《真似事――文字をほどいて火を点ける》 ---------------------------- [俳句]真似事――愛・死体・秋/ただのみきや[2019年10月12日19時47分] 愛死体秋すぐに冷たくなって 泣くように笑う男が書いた遺書 未来捨て過去と駆け落ち心中する 蝸牛踏めば悲しい軽すぎて 傘の花みんな流れて校門へ ひっつめの少女の眼鏡に落ちるもの 涙なら傘も差さずに濡れるだけ 霧雨を含んで薔薇は項垂れる 砕かれた花器の欠片が想う花 目を合わせ言葉を交わし身は触れず 巡礼も放浪癖も根は同じ 魂の写し絵求め往く人よ ハスキーの表情俄か読み取れず ハスキーの鎖半径広すぎる ハスキーに尻を突かれてアウと鳴く 愛希望平和に自由まだ言うか 無尽蔵虫の宇宙に息を止め 紫蘇の実をほぐす後ろに暫し立つ 鴉には盗み強奪罪でなく 日が射して終わりの蝶の翅開き 開かれた翅にあるのは誰の詩か 宛先を失くし手紙も蝶になる 忘却は頭の中の落とし物 紐解けば知識虫食い紙魚だらけ 安酒の前に佇みなお迷う 弱ければ強く出るしか術はない 本開き寝しなに落とし顔を打つ 風の朝メジロの顔に頬ゆるみ ポニーテールメトロノームにつられて 美人が増えたのかおれが変なのか 言葉意味変わらず対象ずれて往く 桜の葉だれの返り血浴びたやら ひとり飲む当てにならない相手より あてよりも相手が欲しい酒もある 雑念の海に女神の死体浮く              《真似事――愛・死体・秋/2019年10月12日》 ---------------------------- (ファイルの終わり)