空丸の田中修子さんおすすめリスト 2017年8月10日0時42分から2019年4月3日18時23分まで ---------------------------- [自由詩]夏の窓/田中修子[2017年8月10日0時42分] しかめっつらしてないでさ むりやりにもわらないでさ ぽかんと空をみようよ 窓がよごれていて みがきたくなるかも ふしぎだね むかしもいまもこのさきも どこかではかならず ひととひと、ころしあってるんだ こんなに洗濯物がはためく空なのに ほっといた窓のよごれにふっと 気づいて 指をふれる なにできれいにみがこうか ---------------------------- [自由詩]飴/田中修子[2017年8月25日9時38分] 幸せになって たいせつなお友だち 惜しみなくきれいなおいしい 飴をくちづけたい そんなものまだ わたしのなかに壊れきらず のこっているならば 幸せとはなんだろうね つらつらしていたら 山のあなたの空遠くにか なんて逃げたくもなるが そりゃ なんか ちがうだろ なにも怖くない世界がふつうで 清らかよと澄ましこむ 喉を切り裂きたくなるような かなしみを知らないですむ わたしにも あなたにも それはもう 叶わないけれど わたしのなかに おいしくてきれいな飴が まだ少しだけ 残って在るならば あげるよ この飴ぜんぶあげる もらって たといわたしが溶けてしまっても あなたが あなたの好きな人と やがてうみいつくしむ かなしみのない笑顔 世界の滋養 飴 ---------------------------- [自由詩]庭のおかあさん/田中修子[2017年9月11日13時42分] 庭の柿の木は ざらりとしたぬくい腕で 小さなころからずっと わたしを抱きしめてくれました おばあちゃんがわたしを だっこもおんぶもできなくなったころから わたしはランドセルを放り出して 庭の柿の木によじのぼっては ぎゅっとしてもらうのでした わたしが飽きるまで抱きしめてもらって 飽きて離れてもそこにぜったいあって ひそやかに 抱けば抱くほど ぽかぽかするね そのころの わたしが にんげん から おしえてもらったことは 原爆で生焼けになった人のうめき声 731部隊でひとがひとをナマで解剖した 日本の兵士がおんなのひとを犯しまくった とか そうしてお母さんは わたしが子どもの権利条約の暗記を間違えると 怒鳴りつけてくるものでした から そしてまた集会で 「このひげきをにどとくりかえしてはいけません」 とわたしがいうと 「ちいさいのになんてリッパな考え方をする子なんだ さすがしっかり教育なさっているものだ」 みんなすごくよろこんで褒めてくれるものでした わたしはお母さんとお父さんの ゴキゲントリの鸚鵡をしているだけなのに ですから わたしは にんげん って なんてばかでいやなものなんだろって こんなにいやなものしかなくって 死んでしまえばどうも それっきりらしい そしたら はじめに首吊りをこころみたのは小学生のころでした 失敗するごとになぜだか 庭の柿の木にだっこしてもらいにいきました 庭の柿の木は だまって抱きしめてくれました するとわたしはそこでいきなり 涙が止まらなくなるのでした 春には躍るようなキミドリ 夏にはいのちそのものみたいなま緑 秋にはしずかに炎色 冬にはまるで死んでいくように痩せ細ってはらはらしました けれど耳当てれば息づいていて かならず春がくるのです にんげん が 甲高い声で叫ぶくせにおしえてくれなかったこと 庭の柿の木 が だまっておしえてくれたこと ぜったいにまた、春はくるのです 夏もくるのです 秋には鮮やかに燃え盛るのです 呼吸さえやめなければ。 ---------------------------- [自由詩]ウォー・ウォー、ピース・ピース/田中修子[2017年10月7日18時56分] 「せんそうはんたい」とさけぶときの あなたの顔を チョット 鏡で 見てみましょうか。 なんだかすこし えげつなく 嬉しそうに 楽しそうです。 わたしには見分けがつきません せんそうをおこす人と せんそうはんたいをさけぶ人の 顔。 ごぞんじですか、ヒトラーはお父さんに 憎まれて憎んでいたのだそうです。 それでお父さん殺しを ユダヤ人でしたのだ、という説があります。 ヒトラーがお父さんに ぎゅうっと抱きしめられていたら あの偉大なかなしみは 起こらなかったのかもしれません。 お母さんこわい、あなたの顔はどこにいったの ちかよらないで、わたしまで吸い込まないで。 (ウォー、ウォー、とわたしは泣き叫んだ) あなたは幸せですか。 おうちのなかはきれいですか。 玄関のわきに花や木は植わっていますか。 メダカや金魚を飼ってもかわいいかもしれません。 あなたの子どもは むりやりでなく、楽しそうにしていますか。 わたしにながれる カザルスのチェロを 聴いてください。 (鳥はただ、鳴くのです ピース、ピースと) 春、おばあちゃんが フキを 薄口しょうゆでしゃっきりと煮て きれいすぎてたからものばこに 隠しちゃいたい。 夏、おばあちゃんといっしょに いいにおいのするゴザのうえで お昼寝をします。 寝入ったころにさらりとしたタオルケットをかけてくれるの ないしょで知っています。 秋、いそがしいお父さんが、庭の柿の木の落とした葉っぱをあつめ たき火にして焼き芋を焼いてくれて メラメラととても甘いのです。火の味です。 冬、ときたま雪だけが ふわふわめちゃめちゃ生きていて 寒いだけだし 松の葉をおなかいっぱいに食べて冬眠しちゃいたい。 それでうっかり起きちゃってスナフキンと 冒険しにでかけるんだ。 そんなわたしも、お母さんになりました。 今日、じゅうたんを近くの家具屋さんに 買いに行きました。 薔薇とナナカマドの実で染めたような色をしているよ。 夕暮れの空を見ます。 水色とピンクと灰色が入り混じって ひかっていました。 秋の虫がきれいに鳴いています。 わたしはわたしの顔をなくすことなく あなたが羽ばたいてとんでゆくまで このちいさな巣箱を ふかふかにしていたいな。 ほんとうにたいせつなのは 静かに流れてゆく はるなつあきふゆ あたりまえにあってききおとされる 鳥や虫の鳴く。 ---------------------------- [自由詩]金の鳥の羽に月の小指/田中修子[2018年2月12日3時02分] ときはふらりとたちよって 触れるだけ触れて 去っていく かなしみに火傷 体ごと持っていかれそうになる そのときに 飲まれては 足掻いて 手をさしのべるのはだれ ふくふく小さな手 やわくて うんと たしかで 小指のひきつるわたしより 冬の夜明け色の あなたに照らされて わたしも少し 青白くひかる 月の小指 ---------------------------- [自由詩]半身たち/田中修子[2018年2月25日23時28分] 顔を背けながら 俺はお前を愛している お前も俺を愛している 私は貴女を愛している 貴女も私を愛している 殺しあうように絡み合う双頭の蛇で、狂うように罪の果実の香に犯されているのを人々に嗤いながら見られてはいるのだが この荊の酔いは分かるまい、もうすぐ底に見える果ての先、天への翅は冠で、死は祝福されているだろう ほんとうは この世、追放されたかなしみの顔を伏せあい涙を啜っている滑稽さを 花で飾った頭を、あげてよいのだろうか 君たちは僕たちを見てくれるのか 僕たちは君たちを見ているのだが ※友人の絵描き ひぐすりの絵に。 ---------------------------- [自由詩]真珠の記憶/田中修子[2018年2月25日23時31分] ミルク色の波が打ち寄せる 甘い浜にね 真珠がコロロンコロロンと いっぱい ころがっていてね カリリカリリと 齧って飲み込むと うんと 力いっぱい 泣けると ねむいの みんなこの 微睡む浜にいたの ほんとだよ うちのママは ほんの少し覚えているって この消えそうな 小さな足跡が ママだったって おとなになると 忘れちゃうのよって なんだかすこし かなしそうだから おおきな指をにぎってあげたよ なんだか モキュモキュするんだ へん だなぁ ---------------------------- [自由詩] Golden bells/田中修子[2018年3月6日20時47分] ゆれている黄色い花つくりものみたいな蛍光の色レンギョウ しだれてゆらゆら揺れている花弁は薄いプラスチックでできているみたいに陽射しのした見えました 神様が蛍光ペンで春にしるしをつけたのかもしれない ひとよここをごらん春を暗記するんだよって 金色のこの花生きることがゲームやテストならこんなふうに咲いて散っていくだけで満点だきらきらひらひら 春キャベツに卵を溶いておこのみやきの具もなんだかきいろにおいしそう ふっくらと焼き上がっていただきます春をまるごと レンギョウ連翹春の羽が翔けている 花蕾花 ポタリ。                          ゆれている黄色い花つ    くりも         のみたい な蛍光            の色レンギョウ       しだれて           ゆ  ら      ゆ   ら揺れてい        る  花     弁        は薄いプ      ラ  ス    チ            ッ       ク  で   で             き           て いるみたいに陽射しのした見えました神様が蛍          光     ペ   ン で           春     に  し  る            し        を つ             け        た の              か        も し               れ                な                 い   ひとよここをごらん春を暗記するんだよって金色のこの花生きることが         ゲームやテ       ス  ト   な      ら   こんなふうに       咲    い   て     散        っていく      だ    け   で    満            点       だ    き   ら きらひらひら春キャベツに卵を溶いておこのみやきの具もなんだかきいろにおいしそう          ふ    っく  ら  と           焼     き  あ  が            っ        て い             る        い た              だ        き ま               す春       を 丸                ご と           レンギョウ連翹春の羽が翔けている                花                 蕾                  花                   ポ                    タ                     リ                      。 --- ※パソコンからご覧ください〜 ---------------------------- [自由詩]さようなら秘密基地/田中修子[2018年3月24日1時10分] 灰色に枯れかけた景色を あるいてったさきを (記憶のおくのほうで化石になってくれていた はやあしのおと) どうしたって ぜったい壊れちゃうんだけど あったかい秘密基地がほしくってさ ちょっと古いにおいのするベッドがあって どんぐりやビーズを散らかしていて みんなが忘れちまった ともだちの遺影に野の花を 飾り気なく 飾るんだ いつだって わたしだけがね わたしのことをいる きみがいて (そんなの 溺れない翡翠色の 冷たい なみだ) ガッコの帰り うす水色のゆうぐれに スケッチブックを持ってって きみの横顔描いたんだ きみはずっと すうっと刷毛ではいたように 薄くながれる雲を見ていて わたしをみてはくれなかったが あごの輪郭とってもきれいで うしろすがたのかじかむような (記憶をさぐるとき 薄い瞼のした きょろんとうごく眼球で) いつのまにやら わたしのこころが秘密基地 薄れた こすもすのいろとにおいと さようなら ともだちよきみよ さようなら あれだけ欲しかった かけぬけるよな 秘密基地 ---------------------------- [自由詩]童話の指輪/田中修子[2018年3月25日16時21分] 新宿の伊勢丹の いいお店で働いていたときに うんとお買い物してくれたおばさまの ぜんぶの指にひかる指輪みて がっかりしたの わたしの中には スニフの落ちたガーネットの谷から拾い 長靴下のピッピのお父さんのくれた金貨溶かして 金にガーネットひかる うんとしっかりくる指輪がとっくに どっかにあって 働いてお金ためて買いたかったが (なぜだか王子様がやってきて捧げてくれる 予感はなくて) どうもそんな指輪はこの世にないと 気づいてしまったときだったのよ ---------------------------- [自由詩]卯月のゆめ/田中修子[2018年4月13日0時46分] ねぇ おぼえている この世におりてきたころのこと あしたが待ち遠しかった日々のこと まばたきするたび うつりかわって 桜の花びら 糸と針でネックレスにして 穴あけたところから 次の日にはちびて朱色がかって けれど かなしみ ではなく ふしぎ であった日々のこと うんちもおしっこも しゃっくりもくしゃみも せいいっぱい していたのよね 心臓が早鐘を打つ ああ そうだった たくさん泣いていたころ まばたきのあと まがりかど ねむりのあと いついつまでも 花散り緑はひらける すべては高鳴る そんな 卯月のゆめ だった ---------------------------- [自由詩]葉桜の数式/田中修子[2018年4月23日22時58分] やがて宇宙が滅びることは数式に証明されちゃったらしい 終末のラッパはとっくにわたしの中に高らかに吹かれてた 人も言葉もすべては星の爆発の灰燼に帰すのかしら いえ、きっと 書かれた人読まれた人の 記憶も燃えて粒子になりチリチリと散らばって あらたに構成され再現される日がくるのです 新宇宙の入学式 元素記号の美しく強い組み合わせ 目のまえのお酢 や さく酸が CH3COOHならば 花は葉っぱはいったいわたしは 夜ごとの星がおしまいの記憶なら じつはいまここにいるわたしが かなしみにくるしみによろこびにやけついたオバケでないこと だれか証明できるのかしら ああ 危うい指 机の指紋、言葉つらねたノートよ パラッ ラッタッター あざやかにインターネットごしにあなたの 疑似科学的な記憶細胞に 欠片として散らばるわたしは ああ 入学式にはたいてい散ってしまっているの 桜の花びら ---------------------------- [自由詩]名も知らぬ国/田中修子[2018年5月4日12時23分] to belong to ということばのひびきはあこがれだ (父のキングス・イングリッシュはほんとうにうつくしい) 遠い、遠い 名も知らぬ 国を想うように to belong toをくちずさむ 遠い 遠い あこがれの 魚泳ぐきらめく碧い海にも 雪の白にも染まる山にも近い カフェがある図書館がある老人も子どもも遊んでいる そこにははまだ ゆけぬようだ 目をひらけばことばの浜辺だ 浜にうちあげられたひとびとの よこがおを盗みみた みなちょっぴり孤独に退屈している顔をしている そうか、わたしはここからきたのだ そうしてどこかにゆくのだ それでよろしい 遠い、遠い わたしのなかに在る国の 男たちは労働のあいまカフェで珈琲をのみ庭の手入れをしている 女たちは子育てして洗濯物をはためかせ繕い物をして花を飾っている 読書は雨の日のぜいたくだ その街角にながれる なつかしいはやり歌をうたうように to belong toを口ずさむ わたしのはつおんはよろしくない ---------------------------- [自由詩]滲む記憶/田中修子[2018年5月8日2時59分] ねぇ、おとうさん なんで 戦争反対をするの / 次世代のこどもたちが徴兵されるからだ / なんで そんなふうに思うの / 新聞を、読んだからだ、たくさんの人にあって活動していたからだ / なんで 活動することになったの / おかあさんを好きになったからだよ / なんで おかあさんをすきになったの すごく輝いていたからだ / なんで 輝いているおかあさんをすきになったの / 主婦のおふくろより社会貢献していたからだ / なんで おとうさんのおかあさんを否定するの / おふくろとおやじは戦争反対をしなかったからだ / なんで そのことが気にかかるの / 学校の先生に教わったんだ日本がそんなにひどいことをしたと、夢にも思わなかった おふくろとおやじに言ったよ なぜ反対しなかったのかと そうしたら 「な、〇〇ちゃん、戦前は気づかなく、戦中はそんなこと思えなかったと」 ぼくは恥じた / (わたしが父になぜわたしが苦しかったのを気づけなかった と 問い詰めたとき 父は 「な、修子ちゃん、ぼくが働かず貧乏なほうがよかったか!」、と一喝するよに言ったのを わたしの耳はおぼえている そう 父の父 が「な、〇〇ちゃん」と父に一喝したことは わたしの血に記録されている そしてわたしは反論できなかったし 父もきっと) / なんで 戦中でも お金に不自由させず しっかり育ててくれたという おとうさんのおとうさんとおかあさんを そんなふうに恥に思うの?  おとうさんは 黙る そうしてあかるく つぎの奥さん候補のことを語りだす (否認の感情が とても つよい) しっかり育ててくれたと父は 思い込もうとしている けれど父は それ以上記憶を戻れない  否認をした 壊れてしまうから いちどもおかあさんにもおとうさんにも叱られたことがなかった お手伝いさんや親せきや父の姉が 彼の面倒をみたが かんしゃくを起こしては道でひっくりかえって泣くような子どもで 心配はされていて 父の父は 彼に成功へのレールを引いた なんなら奥さんまで 用意されていた わたしが分析家なら 白い部屋でかれを長椅子に置き リラックスさせて 目をかろくつむらせて 容赦のなく なぜそんなふうに思われますか と耳になめらかな声で続ける お父さんは今日もわたしにお寿司を御馳走してくれながらコスタリカのことを語り わたしは舌になめらかなアイスクリームをすくって舐めてのどに滑り落とす あさって、わたしはカウンセラーにつぶやく 「わたしは だれにも 愛されていませんでした 愛ということを知らない人々の塊のような子です わたしは」 じぶんのこころをじぶんで なんで なんで なんで 切り刻み切り刻み 分析しても 分析しても 涙が出るだけ 滲む涙で 詩を書こう わたしは おとうさんを 壊してしまいたい 愛してほしいから おとうさんの母像を父像をコテンパンに破壊して ゼロからつくりあげて…… でも壊れてしまうのね わたしは 愛している 愛しているということに ようやくすこし 手がとどきそうよ 愛しているということは お母さんはお父さんと性行為をしてわたしを 産んだけれど わたしは 本質的には 愛されていなかったということを受け入れるということ なんで 愛されていなかったの それは 父の母がね 父の父がね 母の母がね 母の父がね…… (すべての記憶は折りたたまれながら 地層の脳にある 宇宙の、神の、人類の、生誕 アカシックレコードと呼ばれるものは ひとりの脳にあるでしょう しかし たいていは 人として壊れてしまうから 思い出さないふりをしようか) それはわたしの わたしに連なる生の すべての否定 愛は 死だ ---------------------------- [自由詩]下弦の恋/田中修子[2018年5月18日0時57分] ッポン ッポン スッポンポン ちょっと不安な夜はね お月様に弦をかけて 愉快にかきならして御息所を追い出すわ 獏 パクパク かあさんてばアマテラスだったのよ かっこつけすぎひねくれすぎて おかげで娘はアメノウズメじゃ お酒に飲まれてスッポンポンにあの浮かれよう 豊穣で自然なこのからだをみよ ボインのタワワな余韻 ムッフーフーがワッショイ ワッショイ 天岩戸をひらいたら かあさんをだきしめて揺れ動く 思想のははにうまれた詩のむすめじゃ ッハイ ッハイ 月は叢雲 しとやかな浜辺におどるように 揺れ動く中空の神 もういさかいはおしまいだ かあさんととうさんがお互いを捧げあうダンスをして わたしがうまれたこと かあさんは忘れちゃったみたい こりゃァ ちっとした 奇跡だァってのになァ 困ったもんだァ 夢の中で折れるナイフ ヴィクトリア時代のあのおはなしがとても好き 殿方が家具のエロティックなおみあしに欲情してしまうから ピアノにもカヴァーをかけたという わたしは淡いピンク色のつむじ風になって ゼウスのごとくありとあらゆるカヴァーを まくりまくり ひらひらひらめく布布から ルルルンルンっとかわいい音階 下弦の月の恋に痩せ細る 悩ましげなため息 ---------------------------- [自由詩]空だまり/田中修子[2018年6月1日23時39分] ごめんねとあなたにささやいて いつも唾でやさしい嘘をなぞっていた ほら、耳をふさいでしゃがみこんで はねつけろよ いつからわたしの舌は こんなにも何枚もはえてこっそりと赤い棘で みなをわらわせることができるようになったんだよ 肋骨からいじわるなことがわいてくるのは もうだれも痛くしたくない 包帯で首をつってしまいたい みぐるしい叫び声で灰色の空の玻璃をわってしまおう ……ぱらぱら……ととと……っつっつ 傷ついた鳥とともに空の破片が落ちてきて 立ち竦むわたしのからだを傷つけていった ふと見下ろせば足元にきらめく空だまりがあった ---------------------------- [自由詩]初夏の奇跡/田中修子[2018年6月3日22時59分] 雨の日のあくる日 学校のうらの公園に みずたまり ができていたよ みずうみ みたいだったよ みずうみには ケヤキの葉っぱが陽に射られてみどりに きゃあきゃあと光っていたよ 女の子が自転車のペダル漕いで 澄ましたハクチョウみたいに 尾を引きながら みずうみをわたっていったよ くつしたをぬいで みずうみをわたったよ 初夏 足のゆびが冷えるぞ どうだ ミラクルだ ぼくをみよ くつ くさい ---------------------------- [自由詩]きみのとなりにユーレイのように/田中修子[2018年6月10日12時22分] きみのかあさんになりたい お洋服を手縫いしたり 陽に透けるきれいなゼリーをつくったり おひざにだっこして絵本を読んだりする いつも子育てのことで はらはらと気をもんでいる きみのとうさんになりたい 上手な火のおこしかたナイフの使いかたを教えよう 子育てノイローゼ寸前のかあさんを 「こら ちょっとやりすぎだ」 と抱きしめて デートにつれだしたりする きみのばあちゃんじいちゃんになりたい かあさんもとうさんも苦しそうなとき ちょっぴり預かって あくまでこっそりと いつもより贅沢な 歯の溶けそうなチョコレート菓子を 買ってあげたりする 内緒ですよ きみのともだちになりたい かあさんにもとうさんにも なんとなく話せない あのことを ひそひそ話すんだ なん時間だって きみの先生になりたい しかめつらしながら授業するあいま 生きることにほんとにひつようなことを ボソッともらして 校長先生にしかられる きみの 恋人になり……はべつにいいかな わりとテレビとか本とかに載っているし でも、空想と現実はちがうのである ガッカリするでないぞよ きみがもう だれかの かあさんでありとうさんであり ばあちゃんでありじいちゃんであり ともだちであり 先生であり 恋人……はいいんだった で、あるとして それでもぼくは ひつようなときに ひつようなだけ きみのそばにいよう ---------------------------- [自由詩]丸鏡の向こうのわが家/田中修子[2018年6月14日0時47分] うつくしい家にかえる 秋の赤みをおびた夕暮れ色のレンガをふむ 玄関にはアール・ヌーヴォ風の 金色のふちの大きな丸鏡にむかえられる この丸鏡の前に花瓶をおき 庭に咲いた花を飾る と鏡の向こうの玄関にも花が咲く (いまの季節なら手まり咲きの まだ緑色のところがうっすら奥にのこっている この株の大きくなりすぎた青い紫陽花 おとなりにはみ出してしまいそうな枝のを) 母と父 祖母 妹と兄 すべてのあこがれがこめられたこの家の 胸に閉ざした 秘密 この家はわたしの家ではない あのころ見捨てられたわたしはいまもどこかで やさしいほんとうの家族に見守られながら 眠りこけているだろう 夕暮れ色の煉瓦の階段から続くバルコニー 淡いきみどりののハナミズキの葉影に おだやかに泳ぐ甕のめだかたち 白いドアをひらき 金色のアール・ヌーヴォ調の鏡 ただいま ---------------------------- [自由詩]永遠の雨/田中修子[2018年6月21日0時31分] いつくしみを ぼくに いつくしむこころを ひとの知の火がなげこまれた 焼け野が原にも ひとの予期よりうんとはやく みどりが咲いたことを  アインシュタインはおどけながら呻いている  かれのうつくしい数式のゆくすえを あなたがたの視線はいつも ぼくらをすり抜け よその とおくの つぎの  ちいさなヒトラーが泣いている  打擲されてうずくまっているあわれな子 ここにいる ここにいるのだよ ぼくは そうして きみは 母の父の わらうクラスメイトらの まるで 業火のような そしてこのようなひ ぼくのことばもまた  あのひとびともまた かつて  愛情を泣き叫び希う  子らであったことを  ぼくに あのひとらに  おもいださせておくれ 雨よ、ふれ 六月の雨、紫陽花の葉の、緑けむる 淡い水の器がしずかに みたされてゆく あふれだす色の洪水で ぼくの 母の父の クラスメイトの 科学者の独裁者の兵士の 胸に焼け残っている 優しいものだけ にぶくかがやく砂金のように とりだしておくれ  絵本を破ることのできるちからづよい  手をくるめば  ぼくは  いまここで、永遠に  だきしめられた きみもまた永遠を かならず 与えたひとであったのだ ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]きみはなにに殺されたんだろう/田中修子[2018年6月26日1時24分] きみはなにに殺されたのだろう。 この日付、六月二十六日という日付のほんとうすら私はもう忘れつつある。きみの命日そのものだったのか、それともきみが死んだことを私が知った日だったのか。 おそろしい、と思う。時が流れるのはやさしく、かなしく、そしておそろしい。ぞっとするような気分になる。 私は毎日きみのことを思い出していて、けれどそのたびに死にたい気分になることもなくなった。 この日、私は過去に戻る。過去に戻って、ひとつひとつのことを考え直す。 それでもこのことを、こんなふうに書く日がくるとは思わなかった。淡々と、まるでもう終わってしまったことのように。わたしのからだにはあの日たしかに穴が開き、その虚無にずっと吸い込まれてしまった気がしたのに、いま、くりぬかれた空白のまわりの線を、どこかにむかって説明している。 あの頃の記憶は血の色だ。一滴ずつ、ポタリとあるのを数えていく。 「死のうかと思ってるんだ」 きみは何回も笑いながら言っていた。 「私もそう思う」 私もそう言ったしほんとうにそう思っていた。きみは私を称賛した。 「そのまま自殺できるよね、修子さんは。そうしてほしいな」 「わたしもヴィジュアル系すきじゃないけど、よろしく」 「会おうか」 「電話代がさ、かかるの。好きな人に電話すると。月三万円」 「修子さんのサイトデザインいいね。わたしのサイト作れる?」 「アルバイト、300コくらい応募したけどさ、家が山奥でバス代のほうが多くかかるからさ、通えないんだよね」 「へー、ウィスキーってこんなに酔うんだ」 「精神科で、医者に椅子投げたんだ。そうしたら薬増えた」 「んー、弟がさ、なんてか、ふつーに育ってくんだよ。父親がアル中で暴力ふるってきて、わたしが高校に行かないで守ったんだけどさ、彼女もできてさ」 「母がさ、親戚の家行けって。宗教の上のほうの人で、えらいから、預かってくれるらしいよ。行きたくない」 「わたしビアンだし、結婚しないでいいから子どもだけほしいよ。そしたら生きられる気がする」 「詩人になりたい。出版社にいっぱい応募したけど、みんな落ちた」 「おばあちゃんが死んだ」 「好きな人がさ、なんか家族で夜逃げするって。でもどうしても逢いたいんだ、理由聞きたいんだよ。一緒に会いに行くのについてって」 「二十歳に死んだら天才になれるかねぇ」 そうして二十歳できみは死んだ。 いまの精神科ならば出さない致死量のある薬を飲んだ。 黒い流れるような髪と、まるで吸血鬼のようにとがった白い八重歯をおぼえている。 私たちふたりはこころのかたちがよく似ていた。あの頃家にいられなくて、かといって家から出ることも恐ろしくてたまらず、けれど家に帰らないことも許されず、生ぬるい日々の中を窒息しながら漂流しているように生きていた。 母に似てきみを愛さなかったその恋人のつぎくらいに、私はきみのことを知ってたんじゃないだろうか。 たくさん私にサインを出してたんじゃないか? いや、出してたじゃないか。 きみがからだをなげだしてきみがまもった家族も、きみの親戚の宗教の上のほうの人も、人助けが趣味の私の両親も、きみを見落とした。 私も見落とした。 金が、地域性が、学歴が、酒が、あわない精神科医と投薬が、宗教が、セクシャリティが、なりたかった職業が、祖母の死が、恋人との別れのタイミングが、年齢が、もしかするとろくでもない私という友人との出会いが、きみを殺した。 この世でいちばん不幸だと思い込んでいた私の頬を、きみの死がひっぱたいていった。 アルバイトできていたこと、からだを本格的に壊したときに両親がかけれくれた金、精一杯診てくれている主治医、そのほかのたくさん。 私が生きているいまここにたどり着くまで、どれだけの分岐点があったろう。そもそも産み落とされた場所は選択できなかったろう。 なぜ? 私ときみとの違いはなんだ? 私はたしかに、ふつうの幸福な人生を歩んできたとは言えないし、よく死ななかった、というくらい、いっぱい、ろくでもないことがあった。だれかにきみを投映して、ほんのすこし助けたつもりになって、だれのことももほんとうには助けなかった苦々しさ。 けれど、この日を迎えて、このようにひきつる指でもちゃんと動くこと。 ひたすら息をしてきて、枯れていく花を見て、死んだ鳥を、そうしてずうっと私の上には空があった。ほんとうに限界のときには海を見にいって、そうしてなにもかも思い直した。 いま、花の蕾や満開の様子を喜んでみられて、鳥のうれしそうな囀りや羽ばたく音を耳にできる。 毎日ほどほどに家事をできて、詩を書いたり縫物をしたり趣味のことさえできるようになって、食事がうまくて、やはり、うまくは言えないが、すごいことだと思う。 だれかに、「あなたは幸運だったのよ」と軽々しく言われたくない。だれかに「こんなに悲惨な子もいるのよ。あなた恵まれてるでしょ」と言いたくもない。 「救いを」「鬱なんて生きてたらなんとかなる」「弱者や貧困層にスポットライトをあてて」なぜだか分からない、ほんとうに吐いてしまいそうになる。 それでも、私にできることはないか? なにを通してできるんだ? 思い出した、君の誕生日はバレンタインデーだった。 ひたすらに、きみの空白が残るだけ。私はそれを書くだけ。 ---------------------------- [自由詩]クローズド/田中修子[2018年7月15日16時19分] わたしがおばあちゃんになるまで あるだろうとなんとなく思ってた レストランが 「閉店いたしました 長年のご利用をありがとうございました」 さようならのプレートが 汗ばむ夏の風にゆれてた 鼻のまわりの汗 うー 小学生のとき おとうさんと あたらしいお店さがしをしていて みっけたのだった テーブルの上にいつも ほんとうのお花が飾られていて お水はほんのりレモンの味がした お客さんの声がざわざわして 子どもがさわいでも音楽と混ざり合って 耳に楽しくて 緑に花柄のテーブルクロスはたぶん ずうっと洗われてつかわれていて 少しずつ色褪せていく様子が とてもやさしいのだった ということに いま気づいたのだった わたしは おとうさん や おにいちゃん 死んでしまったおかあさんとおばさん に電話をして あのお店がなくなったことを ともに悲しみたいのだけれど あれからほんとにいろんなことがあって ありすぎて 戸惑った まんま ---------------------------- [自由詩]ちいさなちいさなことばたち/田中修子[2018年8月11日23時19分] 「錯乱」 しをかくひとは 胸や、胴体に肢体、に まっくらな、まっくらな あなが、ありまして のぞきこむのが すきなのです のぞくとき、 のぞきかえされていて、 くらいあなからうまれますよ 母や父や人魚のなみだや 星のうく夜を さんらん します あなた 「花よ咲け鳥よ飛べ」 体を引きちぎりたい にくしみも うらみも かなしみも 生きておればこそ 死んじまったあの子らの 想い出を 背負ってゆけるのも 生きておればこそ 死にたいのも 生きておればこそ いつか 叫びつづけ流しつづけた 悲鳴は涙は 火が虫が 地に返してくれるから いつか 花の咲くように 鳥の飛ぶように --- 「ふりかえる」 じょうぶな みひとつで どこどこまでも そらをつきぬけて ひとのあいだをただよい うみのはてさきまで いきてゆけていた くるしみの ひびが ただひたすらに なつかしい --- 「麦茶」 五月の 雨の翌朝に 冷蔵庫で冷えたキュウリを かじると 歯が シミシミした おなかが クルクルした 麦茶の湯気 --- 「ねどこに花は散って」 終わってしまえば いい生き方だったと 老兵の 死ぬように 毎夜眠る 今日友とした ふしぎな語らいを 思い出す 一輪の花の 散るように --- 「少年兵」 おかあさん 愛して おとうさん 見て と叫んだ ところから、首が、千切れたよ ろれつはまわらない ふりつもる雨みたいな サラリとしたてざわりの 言葉でくるみたい おやすみと囁きたい 母父を失った だきしめる あんしん、あんしん だきしめられている 愛してる とても なによりも だれよりも --- 「端午の節句」 ニラが ニラニラ笑ってる やだな 今日はニラ風呂か ニラが ニラニラ笑ってる ちがうよ きょうは 菖蒲風呂 ツンツン ジャブジャブ 菖蒲風呂 ごがつ いつか --- 「うた」 ツツジ らっぱっぱ らっぱっぱーのら コウモリ ぱたぱた虫をたべ 汗ばむ青い五月の夕暮れだ おふろのにおい 石鹸の 赤ちゃんあくびで 猫わらう --- 「海」 かわいそな かあさん あなたのこと 愛してた だれよりも 海の中から だれよりも --- 「テンテン」 きょうもこれまた いちどかぎりだ いちどかぎりだからこそ つらねてゆきたい がっかりもわるかない のほほんもなかなかよい ギラギラではなく キラキラしたい 点点でだいぶ かわるものである ふしぎなものだ --- 「深呼吸」 うまれたことや まだいきていることの おかしいわたしだ なにができるか できないのか なにをしたいか したくないのか ときどきふっと たちどまる でもどうせまた あゆみだす --- 「ひかる心臓」 私の心臓の中に 持ってる宝物 なーんだ あなたの心臓の中に 持ってる宝物 なーんだ こうかんこは できないけど かなしい、さみしい、ひとびとは ひびくよに互いの心音 きくことできるんだな --- 「氷のトンネル」 両親や教師のあつい語らいに当てられ わたしは冷えてしまった わたしにはひとり穿ちつづけた 透きとおった氷山のトンネルがある 氷山を、海を、浜を 庭を、一輪の花を 恥じらいながら もくもくと探検していた おとなたちもいるときく あなたのみた すばらしいひとりの風景を わたしは聞きたい --- 「皿洗い」 涙をぬぐうように お皿を洗った 傷をふさぐように やわらかい布でお皿をふいた お皿は ほのかにあたたかくて キュッキュと鳴った --- 「浮かぶ骨」 青い赤い金のピンクの 息飲むような夕暮れに いまだ怯え泣く 木に逃げ遅れた友が家族が 獣の歯に 食われたのをみたのだ 猿をとらえ食いちぎり 共に家族に分けあたえ やせおとろえ 飢えて倒れたのだ 最後の吐息の記憶よ 夕暮れ わたしの血肉 夜に薄っすら浮かぶ白い月 わたしの骨 --- 「空と月」 空はこんなに青かったっけ 月はこんなに白かったっけ いい夕暮れ まいにちまいにち一回こっきり --- 「フトンのきもち」 お布団が明るいおひさまあびて 香ばしくよろこんでいる だから夜フカフカの お布団もぐると わたしもキャイキャイ 喜んじゃう 気のせいだろか 気のせいかもな 黙ってぬくたい風に揺れる お布団はえらいな --- 「たんぽぽ」 おてんとさまの花 ハラランラン 錆びたフェンスだって フワワンワン 今日も笑ってるかい ムーッフッフゥ --- 「どこか遠く」 ひとりひとり くるしみをかかえていて なのにどうしようもなく わかりあえなくて そんなものかかえながら まわっている地球さん 空と風 鳥と花 どこか遠くでとどろいている海 どこか遠くで輝いている月と星 --- 「二子玉川」 家へ帰る人や仕事へ行く人の 金色の電車が夜に走るかわべりに はんぶんこの月が出ていて 星もチラチラ 金星かしら くらやみに黄色の菜の花揺れてます 夜の明かりはきれいだな わたしもユラユラ揺れてます ここですこうし光ってます --- 「ねんねのにおい」 かあさんのお膝で まぁるくなって ねんねしながら お花見できたらすてきだな 桜が散ってさみしけりゃ さらさら髪を撫ぜられて まぶたウトウト花びら落ちる ねんねのにおいは桜もち --- 「ぶらんこさん」 ぶらんこさん 今日は桜が満開だ 桜飛び越えて 月へと飛ばしとくれ 握るてのひら赤錆のにおい ぶらんこさん --- 「夜桜ラムネ」 好きな人どうしても欲しくってさ ラムネ瓶叩き割って ビー玉だしてしゃぶってた もう蓋開いて取れるんだって したら欲しくなくなっちゃって 薄青甘い味 記憶の舌 記憶だけ溶けない えいえんに瓶の中 --- 「お船とお花」 壊れて空き地に捨てられた 錆びだらけの ちいさな漁船によりそって 菜の花が笑ってた ムラサキハナナも揺れていた 向こうに海の音もした たくさんたくさん働いて いまはきっと虫や猫の寝床だろう いつか壊れてしまうなら あんながいいな --- 「花曇り」 薄曇りの日は きぶんがなんだか ドヨドヨ ドヨヨン ドヨヨン ドン ムームー の 御機嫌ななめ やんなっちゃう あらあらあら桜の蕾が パラパラ パララン パララン ラン ムニャムニャ ウフフ もうちょいで ヒラヒラ ヒララン ヒララン ラン 爛漫 爛漫 --- 「くりがに」 じぶんで 死んでしまうのは なかなか なんぎなことである いやしかし うまれないほうが よっぽどきらくで あったような などどモニャモニャ思いながら 生きているくりがにを 味噌汁にしていたら なんだかたいへん 申し訳なくなり せめておいしく いただいたのだ うーん おいしかったぁ そんな毎日である --- 「菜の花の味」 ひとはひと ひとり その透きとおるような さみしさを かろやかにさばけるようになったのは いつからか 菜の花がうまくなったからもう春だ --- 「椿のかけら」 好きよ好きよ 生きるって好きよ 地面に落っこっちゃっても なかなかやめらんないんだもん 生きるって罪だわ あたしからのチュウ --- 「鳥」 おいちゃんはもう歳だから こんな日は いちにちじゅう 鳥をみているだろう なにを考えているのかと すると なにも考えてないんだな 鳥は 人が想像しているほどには おいちゃんが人でいるのも あと少しだ 枝垂れ桜 ---------------------------- [自由詩]あの子/田中修子[2018年8月17日17時00分] おとうさん おとうさん ね、なぜ泣くの わたし 涙も出ないで ゴミを見るような 凍える目をしていた という 金色の夕日が差し込んで 葉っぱが 秋色に染め上げられていく 一瞬の絵 瞼のきりとる だって他人だしね わたしの 自分を愛する力は カウンセラーさんから 自分を守り、築きあげていく力も カウンセラーさんから 辞められてしまって どこにいるのかも もうわからないんだ あなたがたの娘はとっくにいなくて わたしはいるんだけど いったい だれかしら あの子 どこにいったのかしら きっと泣いてるわ 青い鳥は あの子 だったでしょう ---------------------------- [自由詩]火ぶくれのハクチョウ/田中修子[2018年8月19日13時26分] わたしを壊してとお願いすると あなたはもうとっくに壊れている、と耳を噛むのね ひもじくてひざこぞうのカサブタを 食べた記憶をくちづけたら 眉をしかめて吐き出さないで わたしそのものを おばちゃんと編んだイラクサをおぼえている わたしたちほんとうは きっと尊いものなんだから はやくチョッキを着て ハクチョウに変身してここから逃げ出そうね いっしょうけんめい、火ぶくれになった手 わたしはハクチョウになる前に 悪いお母さんに飢え死にさせられ はらぺこりんの幽鬼になっちゃった おばあちゃんはひかる湖のうえ、飛び立てたわ 白いお骨はただのあしあと わたしがふれたものは すべて青白く燃え上がって食べられないの おなかへった とかなしむふりをすると あなたはただ全身を火ぶくれにおかされて 完治しないあわれな子どもだ と わたしを目覚めさせようとする男たちが 気色わるく胸元をまさぐる 泣き笑いしながら カサブタを食むように 舌をのみこんでいった -- ※日本現代詩人会 投稿作品 ---------------------------- [自由詩]赤真珠/田中修子[2018年8月25日13時43分] 北の 夏の終いの翡翠の海に 金の夕映え ありまして 黒い夜 黒い波が どこからか押しよせてくるのです どこからか ひえてゆく 色とりどりの浜辺でね  赤いカーディガン羽織ったともだちが  へたっぴダンス そのこは いつだって なんだって ぶたれないよう しにものぐるいで歯を食いしばり みんなの憧れの王様のように チェシャ猫みたいに ミャアミャア笑っているのにね しっぽはふくれて いるんです くすぐったそに わらいながら  ひとりぼっちの少年みたい  わたしは子らをあやしながら 黒いっしょくの波音に 橙いろのらんたん灯り(まぼろし)  このごろできたともだちが  てんで ばらばら 好きかって  ひとりは恋を  ひとりはうたを 遠くの家の窓明かり なみおと耳にのしかかり  父さんの亡霊が涙ぐんでやってきて  わたしは さけび 橙いろのらんたん消えて(まぼろしが) くらい浜辺にひとりぼっち 腕の子らも きえ  波はたぶん翡翠の色ね  おしよせておしよせて 赤い人魚 なんですよ  にんげんでは ありませんよ   波間にほどけて消えていこ すべてはうたかた    赤い真珠が 一粒 ころん     翡翠に金に 赤真珠…… ---------------------------- [自由詩]春さんやあ/田中修子[2019年1月5日8時52分] 「あかちゃん 一」 あかちゃん 春先の木の芽だよ さくらの けやきの えださきの まあるくって これから うん っと ひらこう 「あかちゃん 二」 ひかりのあかるい つめたなひるの公園で あかちゃん たったよ あんよよ あんよよ すっくと なあれ 「あかちゃん 三」 ほっぺたすべすべ 冬の金の光はさして ほっぺはひかる ふくふくほっぺは ちべたいと赤い 林檎ちゃんや 「子どもら」 子どもたちがぶらんこをこいで お空と地べたを 行ったり来たり 笑ってる そうだ わたしもむかし お空だった地べただった 鳥とおしゃべりしていたころを なんでわすれてしまったろ 「春さんやあ」 もうすぐ冬にさよならだ つめたな風は 幾つにも重なった痛いように澄んだレース の透き間を縫うように おひさまがキリリと さしてきます 梅が咲きますよ もうすぐ 梅が咲きますね お久しぶりです 春さんやあ あといくつ このように ご挨拶できますでしょうか きっと あっというま でしょうね 春さんやあ ---------------------------- [自由詩]置手紙/田中修子[2019年1月21日10時58分] 美しい本と空と地面があった あるいてあるいて 夜空や 咲いている花を 吸い込んでいくと かさかさになったこころが 嬉しがっているのを 感じた 雨の日には 本を読んだ 子どもらのあそぶ 不思議な魔法や、庭や、冒険の こむずかしい悩みをつづるより しずかで 丁寧で うんとやさしいことこそ わたしの失ったものだ ということに気付いたのが このところ あなたにいつか 贈り物をしたい 贈り物ができるほどの こころになりたい あなたのなかにある庭に みどりが芽吹き 花が咲き 風が吹いて 鳥が来て 葉が落ちて すこしさみしくて 寒くても そのぶん 夜空には星が光るだろう 月はしずかに照らすだろう あなたの かなしみといかりに それらが しずかに吸い込まれ ひたひたと 満たしていく日日を わたしの 小さな庭は まだまだ泣きたくなるほど貧しいのですね もうすこし 待っていてください いつかあなたに 贈りたいものがある それはまだわたしの桜の蕾のなかに眠っているのでしょうから ここに置手紙を 残していきます ---------------------------- [自由詩]花真珠のくびかざり/田中修子[2019年4月3日18時23分] 真珠はだれに殺された 孫娘に殺された。  (はないちもんめ あの子が欲しい) 孫娘は泣いている おうちに帰りたいと 泣いている 真珠の背中のぬくもりが 帰るおうちよ ほたほた落ちたぬくい涙は 手の甲に 薄い昼の月のようにしみ込んで 目を細くしてほほ笑んでいる。 孫娘は大人になって そうして母になりました。  (はないちもんめ 売られた過去は  水に流して しまいましょうね) 銀の針に白い糸とおして 桜の花びら縫いましょう あしたには枯れてしまうのよ 淡いピンクのくびかざり 花真珠のくびかざり。 散りぎわの桜がみせる 甘くて柔い 花の顔の幻よ 後ろ髪 引かれて いくど ふりかえっては ……きこえるはずのないおとが……花の雨  はら、 はら   はららら ららら、 るる らっ、 らっ    ぽと ぽとととと さら、 っらっら、 風のかたちに花が舞い 春のつむじ 桜の蜜は女のにおい。少女は、娼婦は、少女は、みなしご。 春のうた 春のおうたを うたいましょ。  (はないちもんめ はないちもんめ  百年まえも  百年あとも  必ず咲いて  そうしていつもとかわらず散った  百年まえも  百年あとも  あしあとのこし 消えてゆけ) 桜並木が揺れている 銀とピンクのトンネルは 雪のようにくずれながら みんなに おうたを うたっているよ。 ※「はないちもんめ あの子が欲しい」童謡 はないちもんめ 歌詞より ---------------------------- (ファイルの終わり)