ナンモナイデスのひだかたけしさんおすすめリスト 2020年7月31日20時36分から2020年9月20日20時19分まで ---------------------------- [自由詩]ループ/ひだかたけし[2020年7月31日20時36分] そのとき 両脇に親が眠り その真ん中に 自分が横たわっていた 三歳の私は夜中突然目覚め それから眠れなくなった 〈今、両脇で死んだように眠っている親達がいなくなったら 自分はこの世界で全くの一人ぼっちだ、誰も助けてくれない!〉 なぜか狂ったように突然そう悟ったからだ (実際には「親がいない」というリアル―「親がいなくなったら」という仮定ではなく―に私は曝されていたわけだが) その時の「孤・独感」は 単なる一時的な気分とか子供特有の依存心とは全く関係のない 絶対的・圧倒的なもの だった 〈孤・独〉というモノが そこに一つの実体性を持って 確固として存在していたのだ 私は一種の臨死体験をしていたのだろうか? しかし あの時死体のように感じられたのは 両脇で寝ていた親達の方で 自分自身は その息遣いも生々しく 目醒めていた そう、 途方もなく目醒めて いつまでたっても眠りは訪れず 代わりに 眼前の闇がその艶めく濃密さを湛えてざわざわと蠢き 「ヴゥーッ」という低く持続的なモーター音が どこからともなく響いていて それらが 私の脳髄を震わせ じわじわと侵食していった 私はひたすら眼前に広がる闇を凝視し 打ちのめされていた   〇     〇 人生が一回りし 59歳になった今 私は自分の精神的なシェルターだった家族を離婚で失い 原因不明の心因性疼痛にかかり ワンルームマンションで独り暮らしをしている 三歳の時に突然覚醒した自我意識 その特異な現実をしかし 今度は日常的に生きているわけだ なんなんだろうな このループしているような帰結は とふと思う もちろん知人友人等が全くいないわけではない ただ 二十年近く日常寝食を当然の如く共にしてきた家族 との絆が切断され 全く音信不通になってみると 夜中や朝方眼をさました折など 三歳のあの認識を現実に生きている というより 生きるように仕組まれている とひしひしと実感する 冷えきった身体で 時に発作的に叫び出しながら 闇の空間に手を伸ばし〈ナニモ・ナイ〉というリアルを実感する それは 実に空虚な濃密さ だ 今の私が いや人間が 何か大切なモノとの 緊密な関係を断ち切られ 剥き出しで世界に曝されている という広漠とした予感に充ちた恐怖 私がこれまでの自分の人生で 断続的に体験してきた もう一つのリアリティの深淵を ---------------------------- [自由詩]光の場所/ひだかたけし[2020年8月1日20時17分] 丸く黄白い 月が 宙に浮かんでいる この夜は 脈動静か 気は鮮明 揺れる 草葉の陰に居て 絶えざる街のザワメキを 浴びて浴びる わたくしが 視界に飛び込む 孤独の実を むしゃむしゃ 食べて 祈っている 孤立と無縁に 陥らぬよう 黄白い月を 仰いでは 宙に向かって 祈っている するといつしか わたくしは 黄白い真ん丸の月となり 上昇していく何処までも そうしてあの温かな 白手に包まれ宇宙渦 揉まれ呑まれて懐かしい 光の場所へ帰っていく メダカと獅子と兎達 ひっそり身を寄せ合って 暮らし愛し合っている あの光の場所へ 帰っていく ---------------------------- [自由詩]童夢/ひだかたけし[2020年8月4日9時32分] 縁側で ぷっと 西瓜の種飛ばし 放物線の先を 追っている 幼い子供が 独り居て 遠い夏の日 夏の午後 その日を生きる 幼子が 風に吹かれて 風に吹かれて 名無しで 途方に暮れながら 明日のことを夢見ている ---------------------------- [自由詩]夏、怒涛/ひだかたけし[2020年8月5日12時17分] 光の矢はもう無数 うねる青のキャンバスに突き刺さり 神の息吹きはもう絶え間なく 熱風となりこの世界を掻き回す )白衣の少女達、妖精のように )黄色い向日葵達、満面の笑みで )鳴き続ける蝉達、短い命をひたすら )路傍の石達、ひっそりと知らん顔して イメージがイメージを呼び イメージが観念を打ち壊し 始まる 夏、怒涛 艶めく命たちの祝祭、爆発!    ---------------------------- [自由詩]八月の光/ひだかたけし[2020年8月6日19時39分] 光に貫かれ すべてが踊り出す この八月、 白い波しぶきを浴びながら 旅人は麗らかな海辺の街をいく 静かに客人を待つ庭先には 石と薔薇、薔薇と石 石に刻み込まれた眼は 鬱屈を宿しながら 永劫の光を得る 巨大な静かさのなか 時はまたも垂直に裂け ---------------------------- [自由詩]ある夏の光景/ひだかたけし[2020年8月9日19時21分] 真夏の空、玄関口 立ち尽くす我 草木の揺れ、 うねる大気、 光の庭 あゝ世界は無関心に 私という存在には 全く無関心に 広がり在った、圧倒的に その時私は気付いたのだ 異郷のようなこの光景こそ 世界という真実なのだと 四十五億年の素顔なのだと 真夏の空、玄関口 立ち尽くす我 草木の揺れ、 うねる大気、 光の庭 自己耽溺を剥ぎ取られ 剥き出された実相が 差し迫って来る、夏の朝 ---------------------------- [自由詩]クラーク/ひだかたけし[2020年8月10日21時07分] 嵌まる 虚の時空 実感無き生 ふざけるな! 鉄槌を打ち込む 固い硬質なビート 過去の影を蹴散らせ 執拗な愛着や温もり 脳髄を垂直破壊し 虚脱の生に力を 内在する何か を賦活せよ それこそ 生の源 ″HappinessIsTheWarmGun″/THE Beatles ---------------------------- [自由詩]ヘチマがぶら下がる縁側で/ひだかたけし[2020年8月11日20時02分] 熱風が吹く 真夏の昼下がり、 子供は遠く奥へ駆けていき 老人だけが残された ヘチマがぶら下がる縁側で 眩む空の青、浴びながら 取り残された老人は 揺れる地平に身を委ねる 遥か彼方の一つの海に 子供が到達するのを見届けようと 揺れる地平の一部になる ヘチマがぶら下がる縁側で ヘチマがぶら下がる縁側で ---------------------------- [自由詩]記憶1/ひだかたけし[2020年8月12日21時46分] 折り重なる記憶の襞が 一枚一枚剥がれ落ちては色褪せ 何の感情も伴わずに 震えている、震えている  脱力して 欠落はせずに 只々遠く平板になっていくもの 反芻される記憶の渦に 今在る己を重ねては 問い質している 麻痺しているのは何故か、 消失点は何処なのか、と ---------------------------- [自由詩]記憶2/ひだかたけし[2020年8月13日22時48分] 欠落はせずに 只々遠く平板になっていくもの 追いかけても追いかけても 追いつけない現実に 後ろ手付いて息を吐く 二度と取り戻せない時間の堆積 記憶は麻痺しながらも 思い出したように不意にまた 夢の映像を展開させる そこに居るのは他者なのか それともあくまで他人なのか 意識の舞台で踊る人 抱きしめようとする両手を するりとかわし逃れいく (見上げれば盛夏、 熱波の青は揺れに揺れ 白い巨鳥が空を行く 溶解し出す私の意識 暗い影が付きまとい 言葉は未だ掬われず) 欠落はせずに 只々遠く平板になっていくもの 追いかけても追いかけても 追いつけない現実に 後ろ手付いて息を吐く ---------------------------- [自由詩]白馬/ひだかたけし[2020年8月14日22時11分] 雨に 濡れる 緑の丘を 白馬たちが 次から次へと 走り去っていく その響き また その響き 凄まじく獰猛で限りなく繊細で 全ての白馬達が視界から消えた後 深く異様な沈黙が この界に充ちる その時、 この界は巨大な鏡として聳え立ち 眩しい光の乱反射の中ウゴメク、 諸々の存在達が光の余韻に内から 酔い集い鏡を叩き割り出す外へ どうにも焦れ憧れ戦慄しつつ 死と生の界の境界越え 絶えず変容繰り返す あの界の楽音に今 接岸する高揚感 思考に貫かれ 透徹の極み 対の実像、 幻退け 一音、 お前に問い掛けるのだ 哀しみも怒りも喜びも 体験し切ったお前という 生き諦めない独り愚かな魂に 未だ情欲だけは執着する修羅に [真に生き繋がる愛とは何のことか?] [真に生き繋がる愛を生きてきたか?]  と。 ---------------------------- [自由詩]午睡(改訂)/ひだかたけし[2020年8月16日3時33分] 猛々しい暑さ、 眩み包み込む この夏の午後に 園庭は発光し 微睡む午睡の子供達、 ルウ ルウ ルウ 夢の中で 歌っている 通り掛かる街角で 不思議な三角や五角形 浮かんでは消え浮かんでは 優しく柔らかに瞼をくすぐり 遠い夢見の一時を 円かに綴り懐かしむ 猛々しい暑さ、 もわんと包み込む この夏の午後に 光の庭はもう弾け 微睡む午睡の子供達、 ルウ ルウ ルウ 夢の中で 踊っている ---------------------------- [自由詩]ある夏の光景/ひだかたけし[2020年8月17日20時57分] 光溢れる夏の午後 庭の梅の木が微かに揺れて 三才の僕はその瞬間、 〈じぶんは自分なのだ〉と不意に気付いた なにものにも替えられ得ない〃この私という存在〃 その認識が僕を稲妻のように打ったのだ そのとき世界は美しく揺らめき 熱風とともに戯れていた そのとき世界は静まり返り 優しい無関心に輝いていた ---------------------------- [自由詩]繋縛/ひだかたけし[2020年8月18日21時26分] 白い部屋に横たわり 独り時が過ぎるのを さっきからずっと眺めている )右足の親指が急につり )反り返ったまま動かない 無音無言の部屋のなか 時は流砂のように流れていき 私が上げる呻き声を 静かに静かに消していく ---------------------------- [自由詩]体験としての一元ロン/素描/ひだかたけし[2020年8月25日21時45分] 子供:「わあ大変だ!海がやって来る海がやって来る」 母親:「あれは、海ではなく、波が打ち寄せてくるのよ」 ー小学生時の国語教科書より   ▼ 或る物がある が、 在る=モノ として 鮮明に浮き立ち 私の意識野に現れる時、 私はその或る物を 運動スル生きた概念として理念として 生き生きと知覚即認識している 外は内 内は外 頭の中での死んだ概念操作としての唯物論的自然科学 に自然直観的に抗して (外は外 内は内 子供がリアルに内的に感じ取った 『存在としての海』を 『波』=分節化された概念に暴力的に還元する 〈常識的大人〉)   ▲ 分け入れ、分け入れ 深く感じ掴み取れ タマシイの舞台で踊る、この謎としての世界を ---------------------------- [自由詩]清空/ひだかたけし[2020年8月28日21時00分] 白雲の流れ 蒼穹の遥か 気圏を抜けて 光の銀河が渦巻くところ 君の在り処がきっとある 僕の在り処がきっとある 今宵、河童や亡霊が 西の川から遊びに来る 水滴らせ遊びに来る それを静かに待っている 君と僕とで待っている 手を繋いで ぎゅっと繋いで じっと天を仰ぎ見ながら ---------------------------- [自由詩]夢茜/ひだかたけし[2020年8月29日20時32分] 熱風が うねっている この真昼 哀しい顔した 少年が 西へ駆けてく 汗ぬぐい 父さん母さん 追いかけて 遠ざかる後ろ背 ゆらゆらと 陽炎の揺れ 儚くて 終いに涙が 溢れても ぐんぐんぐんぐん 追いかける 意志だけは 変わらずに 哀しい顔した 少年の 顔はもう クシャクシャで 消え行く父母の 後ろ背に ただひたすらに 追いすがる  父さん母さん何処居るの?  僕は此処で生きてるよ 哀しい顔した 少年は 今や一人 取り残され 祈るように そう呟く 日はもう暮れ 涼風が 暮れ残った 西空を 静かに静かに 吹き抜けて 太陽の残光が せりあがり 哀しい顔した 少年を 夢見る茜に 染め上げる ---------------------------- [自由詩]架空の縁側/ひだかたけし[2020年8月30日15時02分] 白雲が 猛暑の青空を ぽかり行く 私は架空の縁側に 寝転びそれを 眺めている いつしか遠い記憶に眩み 五歳のじぶんが微睡んでいる その残像を追いかけながら 胸奥に疼く郷愁に 身を震わせ身を震わせ 白雲が 猛暑の青空を ぽかり行く 私は架空の縁側に 寝転びそれを 眺めている ---------------------------- [自由詩]太陽を浴びる(改訂)/ひだかたけし[2020年8月30日19時03分] フローリングに寝転がり 爆発する太陽を浴びる 降って来る光の洪水は 世界のすべてを肯定し 温め熱し燃やし尽くす )否、否、否 )肯、肯、肯 )越えて超えて! 病に苦しむ己も この世界の一滴、 肉はいずれ破壊され灰塵に帰し 魂は宇宙の巨大な沈黙に曳航され 歓喜と恐怖の界の境を 言葉の以前へと 越えていくことだろう 今はゆっくりと寛いで フローリングに寝転がり 爆発し続ける太陽を浴びる 漆黒の宇宙空間を 光と成って泳ぎ来る 死者達の峻厳な愛に包まれて ---------------------------- [自由詩]月光/ひだかたけし[2020年9月1日21時38分] 無音の夜 また到来し 月はない 月光だけある 白々と 辺り、白々と 浮き上がり 寸断された記憶の 恐怖、また襲い来る 私は私の実感を保てず 意識の外郭だけが生き残り やがて蠢く闇に呑まれる (モノというモノ、侵入し 己が内実を埋め尽くし 私は叫ぶ、 外へ外へ外へ!) 無音の夜 また到来し 月はない、月光だけ 洪水となって 溢れ降る 記憶を寸断された男の叫び、 白々と白々と染め上げて ---------------------------- [自由詩]サンドストーム/ひだかたけし[2020年9月2日22時19分] サンドストーム 夢遥か 砂漠の最中 逸脱し 微笑む貴女が ただ独り ただ独り居て 未知永劫 遠去かる背に 追いすがる 追いすがる我 独り居て  * サンドストーム 夢遥か 砂漠の最中 逸脱し 微笑む我が ただ独り ただ独り居て 未知永劫 遠去かる背に 追いすがる 追いすがる貴女 独り居て  * 独りと独り 距離保ち 追いかけ合い 遠去かり合い 自らの輪郭 保ち合う 柔らかな孤独に 互いを知り 柔らかな孤独で 抱擁し合い ---------------------------- [自由詩]かなしみ/ひだかたけし[2020年9月3日20時35分] かなしみの 青が降る 透明、 ただ透明に なっていく 己の体 幾億もの幾兆もの者達が通った道 途、未知、溢れ 枯れ果て、移行する 闇の光の奥の ふるふる震え揺れ 時の間隙縫い 開く 巨大な穴に 私ハ漆黒に 濡レ光ル 宙の裂け目に 呑まれ 沈み消える ベッドで ベランダから 静かに かなしみの 青が躍り 澄む、 ただ澄み渡って いく己の体 幾億もの幾兆もの者達が通った道 途、未知、溢れ 枯れ果て、跳躍する 闇の光の奥の ふるふる震え揺れ 時の間隙縫い 開く 秘やかな小部屋に ---------------------------- [自由詩]森宇宙(改訂)/ひだかたけし[2020年9月5日20時20分] 言葉 宇を身籠もり 身籠もる言葉は 響く声また声の渦 何かが何かが ウマレテイル   〇 夏の炎天下の縁側で 西瓜を食べている 兄と弟、汗流し その頃青大将たちは 群れをなし 裏道横切る 平然と )舞い舞い舞い )渇き渇き渇き )刻む刻む刻む )記憶の砂漠を )さぁらさら 蛇の道の向こうには 大きな森があり 兄は夏休みに入ると 弟をそこへ連れていった 未だ薄暗い朝方から 蛇が石垣の隙間の穴で 眠っているその間に )舞う舞う舞う )飢え飢え飢え )刻め刻め刻め )記憶の砂漠を )じゃあららら 六歳年上の兄は 四歳の弟にとって 優しくも絶対的な 父であり先導者で 薄暗い森を 下草掻き分け進む兄の背を 必死に追い掛けながら この森は兄ちゃんの森だと 弟は誇らしげに思った )舞い舞い舞い )渇き渇き渇き )刻む刻む刻む )記憶の砂漠を )さぁらさら 兄はふっと 一本の大木の前に立ち止まる [いいか、たけし、 あの節くれ立った処に大量の樹液が出て 奴らはみんなあそこに集まってるんだ] 兄はそう言いながら左足裏で 大木の幹を 物凄い勢いで蹴り始める 何度も何度も蹴り続ける )舞う舞う舞う )飢え飢え飢え )刻め刻め刻め )記憶の砂漠を )じゃあららら 落ちて来る落ち来る 何匹もの昆虫が 下草の上に仰向けで 盛んに脚を動かして 兄は素早くその一匹を掴み 弟の眼前に突き出し言い放つ [これがノコギリクワガタだ] 弟は驚き興奮しながら そのイキモノに目を凝らす )舞い舞い舞い )渇き渇き渇き )刻む刻む刻む )記憶の砂漠を )さぁらさら 黒光りしたそのイキモノは 長い鋸状の二本の角を カシカシカシカシ交差させ 六本の脚を 粘り着くように動かし続ける その圧倒的で精巧な存在感に たけしはもう震えが止まらない [の こ ぎ り く わ が た  これが ノコギリクワガタだ!] ナニカガ ノウリニ キザマレタ   〇 言葉 声を身籠もり 身籠もる言葉は 響く宇宙また宙宇の渦 何かを何かを今の今も ウミダシテイル ウマレテイル ---------------------------- [自由詩]その時その瞬間〇寂寥と平静/ひだかたけし[2020年9月6日22時48分] 逃れ去っていく 逃れ去っていく記憶の その核心を掴もうと 広がる鉛の海を泳ぐ、泳ぎ続ける    失われた薔薇の花と団欒  終わった関係と更地  虚脱の時を刻む秒針 静まっていく 静まっていく魂の内実を見極めようと 開ける暗黒の宙を漂う、漂い続ける  消えた赤い舌と墓石  現れる問い掛けと透明な流体  永続の時を移動する銀河 〈自由は魂の積極的な内的活動だけにあり 外界に依存する限り オマエは絶望と希望の円環をループし続ける〉 その時その瞬間、私は何かを体験した その時その瞬間、私は何かと一体化した 思い出せない思い出せない 思い出せるのは、 遥か遠く黄金に輝く巨大な岩塊 濃淡紫の雲に包まれた黒い太陽 それに熱い熱い祝福の抱擁 ただそれだけなのだ。 ---------------------------- [自由詩]古井戸(改訂)/ひだかたけし[2020年9月12日23時00分] 灰色の街道沿いの 深く暗い井戸の底、 白く円かな女の顔が 微細に揺れ動きながら 切れ長の目を閉じ浮かんでいる 死んでしまった死んでしまった! わたしは戦慄のうちそう悟り 隣で無表情に立っている、 愛娘の手を取り強く握る [ママは死んでいるから うちも一緒に焼いて下さい 納骨堂はもう買ってあるから] 久々に聴く娘の声、 この九月残暑の どんよりとした空気を切り裂き きっぱりと訣別の意を響かせる )灰色の街道沿いの古井戸は )いつまでも女の顔を揺らし浮かべ )飛び込む男を今か今かと待ち受けている 顔と顔の 永久(とこしえ)に続く隔たりを保ち ---------------------------- [自由詩]光のあの子/ひだかたけし[2020年9月14日22時10分] 孤立 は 死病 だ 人は人と 繋がらなければ 生きていけない のに 金を持って いないと キリストだけ を信じて いないと 健康で いないと 胃ナイト  クエネェシ 競争して いないと 行儀良くして いないと 男らしくして いないと 女らしくして いないと 大人らしくして いないと 嘘ついてないふり して いないと 社会人らしくして いないと 過剰じゃなくして いないと 異な意図抱いて いないフリして いないと 正常らしくして いないと ピースして いないと 詩を書いて いないと 内なる神聖 予感隠して いないと ?〇ー いないと 繋がれない 私と私は 直接に 繋がれない 私と私は 恐れ合っている 私達は切断 されている 私と私は 赤の他人 だ 愛なき 理解なき 不寛容な 赤の他人 だ 赤の他人は 私を 孤立に 追いやる 孤立 は 死病 だ 繋がって繋がって 輪になって踊っていた 光のあの子は何処いった? ---------------------------- [自由詩]蝉/ひだかたけし[2020年9月18日21時17分] 蝉がひっくり返り動かなくなっていた マンションエレベータ前のコンクリート床の上で 僕は危うく踏みつけるところだった 何もこんな殺風景な所で死ななくても 僕はそう思いながら摘まみ上げようとした [バカが!いずれ踏み潰されちまうぞ] けれど手を伸ばし掴もうとした瞬間 蝉がクルッと反転し 黒く丸い複眼で無表情に僕を威嚇した 深い沈黙のうち 毅然とした一つの個体生命の唸りが聴こえた 僕と蝉はその場で対峙したまま 僕は瀕死の蝉となり 蝉は独りの僕となった その瞬間 蝉は激しい勢いで飛び立ち 陽光を浴びたマンションの白い外壁に衝突し 落下していった 唖然と我に返った僕を取り残したまま ---------------------------- [自由詩]無限遠点/ひだかたけし[2020年9月19日19時48分] のどかな秋の夕べ 遥かな思い出が ふっと蘇っては 消えていく 橙に染まるリノリウムに 重なり踊る影と影 小刻みに震えながら 一条の線となって 消滅する 遠い 遠い 何もかも遠い ---------------------------- [自由詩]夕景/ひだかたけし[2020年9月20日20時19分] 何処か遠く彼方から 子供たちの声響く夕暮れに 缶カラからから転がっていく 風もない 人もいない のに からからからから転がって グシャリひしゃげる 銀の乱反射 無数の記憶の断片が ぱらぱらぱらぱら巻き上がる )ぱらぱらぱらぱら巻き上がりながら )突き抜けていく突き抜けていく )闇色迫る現の向こうに そうしていつしか舞い落ちる 再び缶カラ転がって 彼岸の柔らかな残照に きらきらきらきら煌めいて ---------------------------- (ファイルの終わり)