鈴木ぽろのおすすめリスト 2021年3月25日17時52分から2022年2月15日17時47分まで ---------------------------- [自由詩]デッサン/空丸[2021年3月25日17時52分]   犬 朝の静けさの中で 犬が吠えている すべてに届くように 昼のざわめきの中で 犬が吠えている 君だけに届くように 夜のささやきの中で 犬が吠えている すべてを打ち消すように   卵 卵は卵形をしている だが何故か黄身は卵形ではない 頑固だが 脆い 不安定だが完全だ 小さな座布団が似合う 合わせ鏡の中で人知れず無限に並んでいる 並べると見分けがつかない ――孤独だ 卵を電球に翳していたおばさんを 遠くにうっすら思い出す 顔はどこだ! 始まりも終わりもないことに気付かされるだろう 影で輪郭を想像する 自転も公転もせず 静止画が似合う 小競り合いの武器になる 卵は善か それとも悪か 何世代目かという問いが無意味なように 必然で編まれた偶然という模様 時が流れているのか 私が流れているのか 世界は 殻の内なのか 外なのか 卵一個で半日潰す。   笑顔 君は笑った 般若の御面のように 君は笑った 赤ん坊のように 君は笑った 正午の向日葵のように 君は笑った 泣きながら 君は笑った 音もなく 君は笑った からくり人形のように 君は笑った 深夜 暗闇の 鏡の前で   もの 探し物  向こうに  行ってみましたか 落とし物  ずっと待っているのですが  もう あきらめたようです 忘れ物  何を探し 何を落とし 何を忘れたか  考えることさえしなくなりました 贈り物  あたりまえすぎて気がつかないのか  眩しすぎて正体がつかめないのか   ただ歩いているだけなのに 街の真ん中に 川が流れ 橋が架かり 私が渡る 雨上がりの 小さな港町に 虹が架かり 私は立ち止まる 閑静な住宅街で 塀の上の猫が 振り向き 私と眼が合う 私はただ ぷらぷら  ぶらぶら 歩いているだけなのに   君と会えない 死は生ものです。 影があるのは光があたっている証拠ですが 慰めにはなりません。 誕生日 それでいいんですか? 「まあ、いいや」と諦めのように 突き放す。 猫にも詩はある。 地球にはどうだろうか。 裏庭という陽の当たらないほったらかしの私有地がある。 脳のように。 こうやって一週間が終わります。 君と出会う機会はどこにもありません。   さてと 日に日に強くなる陽射しに音はなく  小さな商店街を抜けると 草木はざわめき始める  小さなお地蔵が座っている そのざわめきに動物たちは長い眠りから目覚め始める  誰が誰を追い詰めたのか 人を刺す固い氷は鋭さを失い水滴を蓄え始める   朝吠えた小声で吠えた 朝 吠えた 小声で吠えた 不器用な私に空は大きすぎる   * 時計の針が足元に突き刺さる。危なかった。 どうしても、書いたものより書いている自分が気になるのです。   * しっ! 黙りなさい 夜が明ける  初恋 すぐ隣にいるのに水平線のように届かない その届かないものが今にも飛び出しそうに跳ね回っている 呪いだ!   * おはようございます。 この短い言葉で私は守りに入る。 宇宙は広かった それだけで語れる人類の絶望 朝っぱらから犬が吠えている 金縛りの街は充電中だ   * 遮るものが何もない時 何を見るのでしょう ---------------------------- [自由詩]十四歳で死んでいったやつらに/ホロウ・シカエルボク[2021年4月6日22時12分] 十四歳のある日 ぼくは あらゆるものが きっとこのままなのだ、ということに 気がついた ひとは、ある種の 限られたコミュニテイは このまま もう どこにも 行くことはないのだと そして その 突然の認識は やはり 正しかった 十四歳で 死んでいったやつらは おそらく そんな風に 気が ついてしまったのだ ぼくは 「いやだなぁ、くだらないなぁ」と 思いつつも だらだらと 生きていた それは 書くことが たくさん あったからで 十四歳で 死んでいったやつら おまえたちは利口だったよ ウンザリするような 毎日に 手を付けることなく 無邪気に楽しんだだけで 人生の 幕を引いた 何十年も 何十年も 過ぎて ぼくは 相変わらず いやだなぁ くだらないなぁ と 思いつつ 詩を書いて 暮らしてる そのほかの諸々は わりと どうでもいい だけど 十四歳で死んでいったやつらよ 五十歳は 十四歳よりも ずっと 楽しい それは 確かなことだ ぼくは 十四歳の 壁を 越えたかった だから 歳を 取るだけ取ったのだ 寝床で歯ぎしりをしながら 煙草で 自分の手を焼きながら 十四歳で 死んでいったやつら おまえたちは とっても 利口だったよ ---------------------------- [自由詩]もしもあなたが詩人になるというのなら/ホロウ・シカエルボク[2021年4月19日22時29分] もしもあなたが詩人になるというのなら その時点で未来はすべて捨てなさい あわよくば名を上げて、などと 考えるのならはじめからやめておきなさい もしもあなたが詩人になるというのなら 恋人に蔑まれる覚悟をしておきなさい そのうえで書き続けることが出来ないというのなら いまのうちにやめておきなさい もしもあなたが詩人になるというのなら 社会の末端で泥を啜る覚悟をしておきなさい 詩の為に社会を断つ覚悟がないのなら 二着で幾らのスーツを買いに行きなさい 友達があなたの詩を読んで要らぬ誤解をしても あなたはその詩を取り下げてはなりません 独りになっても書き続ける覚悟がないのなら 友達と飲みにでも出かけるといいでしょう 同僚があなたの詩を見つけて 耐え難いほどに浅い解釈をぶつけてきたとしても 必ず新しい一行に手をつけなさい 調和が大事だというのなら大人しく蟻になりなさい そんなこと出来るわけない、と あなたは思うかもしれません けれど、わたしはそうして生きてきましたし 今でもこうして綴り続けています もしもあなたが詩を書き続けて わたしのように年月をかさねたあとで もしもわたしがこの世界にまだしがみついていたなら そのときは 美味しい珈琲を飲みながら あたらしい詩を 読ませてくださいね ---------------------------- [自由詩]雨に沈む/橘あまね[2021年5月13日20時43分] ざあざあと傘が泣いてる 交差点に人はまばら 忘れ物をしたようで振り向いたら 世界はどこにも無かった 息苦しさがどこから来るか 白く塗りつぶされる前に 見つけられたらいいのに ぼくは錠剤に逃げ込んでしまう つぶれたデパートやら 置き忘れられた領域に 雨水はどんどん溜まっていく あふれたぶんは誰も覚えてない 真っ白に変わってしまって 空へ膨らんでいく痛みを 新しい世界と呼びたくないけど ぼくは塗りつぶされた画用紙みたい もう余地がないのだ 交差点に人はまばら 傘も泣きやまない この雨音は永遠に続いて ぼくは 置き忘れられて 白く塗りつぶされて 新しい世界という 使い慣れた言葉に きっと 埋められてしまうんだろう ---------------------------- [自由詩]ラストシーン/ミナト 螢[2021年5月30日18時26分] 今まで掴んで来た 大切な人の腕が 光を遮るから 明日は切り落とさなきゃ さよならが通った道は もう歩きたくないのに どうして最後は 花を探してしまうのか ハサミやノコギリの 使い方を間違っても 大丈夫 きっと血は流れない ---------------------------- [自由詩]微熱の海/橘あまね[2021年6月12日16時45分] わたしをくるむあなたの器官を 海と呼んでみようと思う なまあたたかい夜の渚に 白く浮かび上がるのは 何の兆候なんだろう わたしは魚になってくるまれる 鱗のない最初の魚 満ちて、引いて また満ちて 静かに運ばれていく深みで 呼吸を忘れてしまう はんぶんの月 あたたかさはどこから来るの 昼のあいだに こっそり貯えてあったの たくさんの泡が 消え残って 星空みたい 散りばめたのはちいさな願いだから そっとしみこんでいけばいい 満ちて、欠けて また満ちて 遠いむかしの 始まったばかりの 赤っぽい夜の渚に 輪郭が生まれる前の細胞たちを 置き忘れてきたみたいだ ---------------------------- [自由詩]鉄鎖/りゅうさん[2021年6月13日4時46分] うまいこと言いたいとか いらんこと言わないとか あまり気にしなくなって うまいこと言えないし いらんこと言っちゃうし 自由でいいんじゃないかな 各々そんな感じだから 当然まとまらず まとまらない感じ好きだな〜 これで目標に向かって一致団結とかだったら もっと危機感持っちゃってたな〜 いつだって拒否権はある と作品に書かれるとき あまり拒否権がないのだ それでも抗い試し選んでいく この鎖の中で ---------------------------- [自由詩]その灯りが灯ることの全て/水宮うみ[2021年7月3日20時39分] その灯りが灯ることの全てがわたしの全てで、公園に腰かけたり、元気そうな集団を避けて歩いたり、目と耳と鼻と口と手と生き物と複数の壁、この部屋での暮らしが綺麗な明るさになれない。 マンションの知らない部屋が灯ることに胸を打たれる、美しいから移り変わっていく永遠に、わたしにしかならない感情の暗がりに身を預け、生命の灯る動的なわたしのことなんか分からなかった季節に作った針金。 星の灯らない夜の副産物がきみのことになった。 ---------------------------- [自由詩]日記に地平線を描いた/水宮うみ[2021年7月23日12時30分] あなたの歩みで星が止まるから綺麗だと思う 欠けていく影 低空飛行で会う街 暗記した電話番号の棘が残る眼 壊れるなら誰にでもなれたね 優しく素材を並べ替える音楽室で 入道雲とピアノの意味を増やした 笑ってあの子は人間になる ---------------------------- [短歌]お熱いのは苦手/足立らどみ[2021年7月24日19時48分] サイレント。 冷えた土鍋を囲んでる老若男女みんなハグハグ ---------------------------- [自由詩]星/ミナト 螢[2021年8月6日21時58分] 君が振った手は 大人になったのに 星を掴むには 小さ過ぎるから 僕が見ている光は 動かずに さよならを言葉にしない 秘密基地みたいだ ---------------------------- [自由詩]病院の午睡時/ひだかたけし[2021年8月8日13時07分] 病院の午睡時は 誰も居なくなる ただ人の気配だけ 影絵のように残り 自分が此処に居ることが 怖いくらいはっきりと浮き立つ 病院の午睡時は 誰も居なくなる ただ人の気配だけ 影絵のように残り 僕は四人部屋の病室の一角で 自分が在ることの凄さを 静かに確かに味わっている ---------------------------- [自由詩]柔らかな疎外/梅昆布茶[2021年8月13日19時49分] 水源と柔らかなことばにめぐりあう 船の舵取りは水辺の花を想いながら いくつになってもできないものはできない 今更のようにはぐらかして過ごそうか 永くゆっくりと関わってゆく事は大切だし 固く結ばれて解けないほどの不自由も たぶんほんとうは大切なのだろうと 嫌いな人間は少ない方なので助かるが ただしつけこむ奴は大嫌いなんです 環境との接点は少ない方が良いのですが 仙人願望とは無縁の今日に転送されて 僕は世界の卑小で愚劣な汚穢であり たまには優秀なこもんせんすみたい 自身を阻害するものは自身なのでしょう 僕を超えてゆくのも自身ならば僕にまかせましょう もう社会へ参加できる日々も少ないとおもうのです きみと会える力があるうちに逢いたいのです ---------------------------- [自由詩]愛のかたち/umineko[2021年8月17日22時12分] 父親のことを書こうかと思う 優しい男だ 優しさを通り越して 気弱であった かなり痩せ型で ひょろひょろしていた まあこうして 兄も私も それなりの社会人に仕立てたのだから 立派な大人、のはずなんだけど 重みがなかった 絵本に出てくる 空腹のロバ そのもの   私が大学生の時 突然出家した 仕事を辞め  大学に通い 僧侶の資格をとり   法衣を着て 家々をめぐる 法話を説く彼は 楽しそうだった   愛にあふれていたんだ 今なら 私にはわかる   気弱で 重みがない でもやたらに愛があった 破れた障子 あぜ道のもぐら 分け隔てなく 愛していたのだ   私は 愛の扱い方が どうも苦手で 選択と集中 でしたっけ たぶん照れくさかったのだ 星降るほどの 愛を浴びて   母は時々 ああ、お父さんがいたらなあ、と 他界して10年もたつ父を お茶の合間に懐かしがる そんな母も 去年逝った   愛のかたちは 星の数ほど   わからないまま 大人になりました   だけど まあ それでいいよね   父さんならわかるはず たぶん ね       ---------------------------- [自由詩]おやすみ/Lucy[2021年8月20日21時25分]   部屋の灯りを消し カーテンの隙間を覗いたら 霧に滲んで電線にひっかかっている ミカンの房のような月がいた おやすみ 泣き虫の月 夜の周縁を震わせて 電車が横切ってゆく 拡げた折り紙の角が皺寄る 警笛が電柱に絡みついている おやすみ 泣き虫の警笛 くたびれた油紙の破れ目から覗く 魚屋の裸電球のように 煤けた柱に括り付けられ 地球がぶら下がっている 傷だらけで 汚穢まみれで 青く滲む おやすみ 泣き虫の地球 明日会おうね 明日はきっと僕が泣いてる また君に会えた嬉しさで ---------------------------- [自由詩]発掘幻想曲/梅昆布茶[2021年8月27日6時06分] 哲学者と詩人と新宿のホームレス もしも資質があればなんにでも 応用数学者と宇宙物理学者あるいは ドビュッシーとツトム・ヤマシタ こんな問題意識で生き伸びても 脳力もないのに戸惑うだけ 僕の前に道はある 孤独なランナーは 空虚で退屈な日曜日の 小公園のちっちゃなブランコで 女の子にお手玉を教えたり 生きることは累積とちっちゃな進化と 何かを発掘する作業場なのかもしれない すべての孤独とぼくはリンクしていたい すべての孤独を感じたいのです 山好きの仲間が死にました 未明の東北自動車道路で 大型トラックに追突して山へ還りました 僕もどこかへ還りたいのです それはジュラ紀の草食竜の発掘現場かもしれません ---------------------------- [自由詩]ああ、ともだちに会いたい/凍湖(とおこ)[2021年8月28日2時40分] ああ、ともだちに会いたい 顔を見合わせてバカ笑いして 河原で生牡蠣焼いたりして ビール飲んで このやろーとどつき合って また笑って 夜通し深刻な話をして互いの涙を拭い 抱きしめあって 川の向こうの遠くのきれいな景色を眺めて また来たいななんて言って それから毎日お気に入りの料理屋さんに通って「今日もおいしかったよ」と言って ありがとうと返されて そんなことを だれの命の心配もせず してみたいだけなのに ずっと我慢してし続けて、命があっても夢がどこかへ逃亡してしまった それでもみんな、覚えておいてほしい 生きて あの夢の世界を ---------------------------- [自由詩]べつにお前のリアルなんてどうでもいいよ / ある女の子篇/末下りょう[2021年8月30日14時09分] わたしけっきょく書きたいことなんてないからノート引っ掻きまわしてるだけなんですって言ったら、おまえそんないいもんじゃねえだろって、そりゃそだ 雨上がりの虹をマフラーにして ブラックホールの欠片みたいな目で文字を追ってた人 指を置き去りにする煙草の吸いかたで火と煙に置き去りにされてた人 春のような冬に出会った人 舗装したてのスベスベしいコンクリのブルーアワーの水溜まりみたいなロシアンブルーがキャンパスの講堂を抜けて西瓜町のほうに歩いてくのを何度も見かけて 水色と茜色が滲む空に包み込まれるみたいに眠りに落ちて あの人を何度も見失った わたしという女の窪みに成り果てるみたく辺りは暗くなりはじめて 海の底のシジミみたいな目をこすってプクプクあの人の帰り道のほうを見ると赤く水っぽい空がいろんな夜の種をプップ飛ばしてて (ひかりが発酵するみたいに ため息の色をした風の吹く 迷子になれない季節の 水っけだけが強い 街角には もう) べつにお前のリアルなんてどうでもいいよ  またあの人にそう言われたくて 毎日を生きてた なんのしるしもない表通りを ひかりがすべってく 虹のマフラーを棚引かせて遠ざかるあの人の 底なしの眼差しに吸い寄せられるみたく どこまでも ---------------------------- [川柳]あるひかり/水宮うみ[2021年8月30日19時06分] その結露がわたしのバス停だった 生きていることは光を伴った ちょっとした空洞にいる目をとじる 足裏にいつかの雲が乗っている ---------------------------- [短歌]表情/水宮うみ[2021年8月31日12時23分] その海は静止していて動いてるように見えるのは錯覚だった。 階段の裏側でまた目を瞑りだれかの青い落書きになる。 愛にあふれた優しさでわたしの瞳(め)にあふれる涙がありふれている。 あやふやなままに終わったたくさんの悲しいことは今日も生きてる。 陽に揺れる草木があれば、あなたには理解されなくていいと思った。 体内で揺蕩う水の色彩を想うと心は安らいでいく。 あの人がまた自販機でカフェオレを買うようになるまでのお話。 相変わらず愛も変わらず恋のうた可愛く天の川に流して。 どこにもいない誰かにありきたりな名前をつけて人間になる。 わたしが世界だと思っていたものはわたし自身に過ぎなかったよ。 表情や仕草にふいに表れる悲しみの跡を今日も避けてる。 「まるで人みたいに笑うね」と君は、人間じゃないみたいに笑った。 自らの視たものこそが真理だと信じて眠る無数の孤独。 人類の書類と秋の天使たち 冴えない日々に笑って暮れる。 待ち遠しい気持ちとそのまま永遠に居れたら夢は汚れなかった。 きみが今何をしているかを想う また過去ばかり美しくなる。 あの時の僕の言葉が間違っていると、あなたが知っていたらいい。 空の下 青く静かに争った あふれる涙にふれる指先。 散歩してたら人格が無くなって、景色に溶ける瞬間がある。 しょうもないこと言ったりして笑ってる時間が一番好きなんだよなぁ。 その先は光にちかい緑色。いつも線路の隣を歩いた。 ---------------------------- [自由詩]春は闘争、/鳴神夭花[2021年9月3日2時16分] 身の丈に合わない服を着てみて この引きずっている感じが良いんだよ、と 大人ぶってみせた わたしたちはもういない スカートを折って丸めないで シュシュで留めないで 靴下は真っ白で脹脛の半分くらいで 嗚呼 つまらない量産型 ぐるぐる回る十二時の時計が 今、壊れてみせた この鞄はきっと鈍器になったね あなたが笑った今日はもう何処にもないよ 大人になってしまった 少女でもなんでもなくなってしまった この背中に 翼は生えなかった 合唱曲をわざと歌わなかったのも 屋上に忍び込んだのも 苦い煙草を必死に吸っていたのも 全部ぜんぶそのためだったのに 簡単だったね、 あなたは言って 電車は通り過ぎて 袖の長過ぎるセーターだけが わたしたちの抜け殻みたいに 風にそよいでいた ---------------------------- [自由詩]手紙/杏っ子[2021年9月10日23時39分] 拝啓 お元気ですか? 私は今看護学校に通ってます。 でも今めちゃくちゃ後悔しています。 出来たら普通の中年として存在していたかった。 看護師なんか目指さなくてもいい人生を前半から生きていたなら今感じてる屈辱を経験せずにすんだかと思うと悔しい。 この世で自分が一番向いてないものになぜなろうとしているのかというと現実的に生きていく手段が他にもう見つからないからで、枯れ葉のように若葉に紛れて学んでいるのですよ。 看護師を目指したのは、看護師になるという選択肢しか目の前にないと思われたから。 恋愛感情とか未練とかそんなものは全く残っていなくてただ世知辛い人生を生きる一人間として、語りかけてます。 過去に知る者があなたしかいないので、 ちょっと寂しくなってお手紙書きました。 コロナできっとお仕事二転三転し大変かと思いますが、、どこにいても、最後まで大地踏みしめて 立っていてくださいね。 あの世に行ったとしてもきっと私たちは再会しない。 だからこそエールを送ります。 がんばれー、がんばるよー。 さようなら。 ---------------------------- [自由詩]くらす/木葉 揺[2021年9月11日22時36分] 暮らしを愛せる ただ目覚めが良かっただけで 苦手な料理が重くない 砂糖ばかりに頼ってない 「足がある」 椅子が教えてくれた だから外へ出る 町の人たちのように いつか苦しくも笑って 働けるようになるだろうか こわくて甘えているだけなのか ニュートラル 冷静になってみる 昨日、暮らしを愛せてなかった ただ、家にいる私 一日違いで別人のよう 波が人より高いだけ 底が人より深いだけ 上下を繰り返して生きる なだらかな波になるまで 慌てないで 暮らす ---------------------------- [自由詩]文通/凍湖(とおこ)[2021年10月10日12時56分] 拝啓と書く 敬具で〆る 小学生のとき 電話とメールというメディアの違いを考えよ、という課題があった 今はもう、そのどれもがふるい 既読がつき、いいねがあり 三分の空隙にすら意味がうまれてしまう時代 わたしは手紙を書いたことのない世代 狭い教室のなかで折りたたんでまわした小さな紙切れが わたしにとって手紙だった 先月、はじめて便箋と封筒を買った 友人のSNSを見るのを辞めた そのかわり文通をする 形式のなかに推敲があり 相手方にだけわたしの言葉が残り わたし方にだけ相手の言葉が残る 話しすぎることなく知りすぎることなく  とても遅い そういうのが真新しい そう、新しいのだ 千年前よりもなお 十年後よりもきっと ---------------------------- [自由詩]通報者/本田憲嵩[2021年11月24日23時19分] ちいさな、迷いの、 みえない、 硬い、戸惑いのプラスチックを、 決断の、とがらせた指さきで、 突きやぶって、 それから、送信の、まるで火災報知機のボタンを、 ほんとうに、 押してしまった、かのような、 消防車の、あなたが、じっさいに現場まで、 駆けつけて、来るまでの、 とても永くて、 みじかい時間、 (ぼくは、  ベンチに座りこんで、  まるで、かんがえる人、のような、  まだまだ、  純粋な、通報者でした、) ---------------------------- [自由詩]洗濯物/はるな[2022年2月15日17時47分] あなたのかわいい おくれがちな相槌 寒すぎて ちょっと笑ったよね 愛してたけど 愛じゃなくてもべつによかった 隣りあう洗濯物 使いふるされた工具 石ころ 乾いたスポンジ そういうものでも べつによかった あって ついでに ちょっと笑うなら 愛じゃなくても べつによかった ---------------------------- (ファイルの終わり)