レモンのnonyaさんおすすめリスト 2016年1月7日20時03分から2016年9月23日22時27分まで ---------------------------- [自由詩]煙突と月見うどん/nonya[2016年1月7日20時03分] 重たいドアを押して外に出ると 階段を数段上ったところで 思わず立ち止まる 百貨店の屋上は すっかり様変わりしていた 複雑な段差を組み合わせた 明るい色調のウッドデッキ オリーブ色のパラソルの下には 上品な曲線を交差させた 乳白色のテーブルとチェア たじろぎを隠しながら 休日の紳士の歩調で歩き出す がっかりはしていなかった むしろほんのりと昂揚すらしていた もうこの場所には ケチャップとマスタードにまみれた アメリカンドッグをつまみにして 生温いビールを飲みながら 買ったばかりの文庫本の紙カバーに 不機嫌な顔で気障な言葉を書き殴る そんな勘違いした奴なんていないのだろう ウッドデッキの優しすぎる感触に 靴底が慣れてきた辺りに ホテル系の売店が立ち並んでいたが メニューを横目で見ながら足早に通り過ぎる 隙間を埋めてくれるものは何も無かった 屋上の一番奥のどんづまり 子供の乗り物がいくつかあったスペースは 小洒落た屋上庭園になっていた 中央には睡蓮の池があり ささやかな橋が渡されていた 橋の真ん中に立つと 巨大な煙突が真正面に見える 青空の尻を突く真っ白な煙突の下は 区の清掃工場になっている かつてその場所には 日本一の温水プールがあり 冬場はスケートリンクに姿を変えた 夏休みと冬休みの日記帳のネタであり いくつかの想い出も作ったような気もするが もしかしたらただの妄想なのかもしれない やれやれという感じで踵を返し 逃げるように出口へ向かっている時 「讃岐うどん」の懐かしい暖簾が目に入った なくしたジグソーパズルのピースが見つかった 慌ててすがりつくように列に並び 月見うどんを注文した 巨大な円形テーブルの端で うどんを一口すすって頭を上げる 真正面には真っ白な煙突 もう一口すすろうとして うっかり箸の先で月を破いてしまう どんぶりの中の月明かりが夕焼けに反転して もはやこれは月見うどんではない 仕方なく夕焼けをすすって頭を上げる 真正面には真っ白な煙突 いや オベリスクか 最後まで月を残せなかったという どうでもいい後悔をすすって頭を上げる 真正面には真っ白なオベリスク いや 墓標か 月と月明かりと夕焼けと感傷と天かすが入り混じって すっかり正体不明になったどんぶりの中から うどんのようなものをすすって頭を上げる 真正面には真っ白な墓標 いや やっぱり フレンチトーストにしとけばよかった ---------------------------- [自由詩]指/nonya[2016年1月19日18時23分] 風を読もうとして 青空の中に人差指を立てた 風上から風下へ 紙飛行機は滑っていった 時を堰き止めたくて 夕焼けの中で小指を絡めた 川上から川下へ 笹舟は忘れ去られた 水面に浮かびながら 約束に薬指を捻じ込んだ 日常から日常へ あやとりは続けられた 季節に肩肘張ったら 温もりが中指から零れた 明日から昨日へ 竹とんぼは墜ちていった 前を向いていたくて 青空の中に親指を立てた からからからと かざぐるまは回り始めた ---------------------------- [自由詩]消耗品/nonya[2016年1月27日19時51分] あまりにも悔しくって 青空の端に噛みついたら 前歯が少し浮いただけのこと 決して笑ったんじゃないよ 蹴ろうと思った空缶を 君が先に蹴っちゃったから 握り締めていた拳を開いて 左右にすごすご揺らすしかなかったんだ 言いたくもなかった 「ありがとう」を言ったら 冬風が唇に染みた いったい あと何回 僕は負けるんだろう 勝ち負けじゃないと 言い張るヤツは いつもチャンピオンベルトを巻いている 「こんにちわ」より 「さよなら」の数のほうが 多いに決まっているけれど そんなこと分かりすぎているけれど 慌てて駆け下りた地下道は どこも工事中で 出口を見つけるのも容易じゃないんだ 僕の後をどこまでも ギシギシとついてくる足音 また何処かが摩擦しているらしい もう痛みはないんだけどね たぶん 空だって消耗しているんだから 僕なんか ひとたまりもないんだろうなあ 唇が 落っこちそうに見えるだろうけれど 笑ったんだよ ---------------------------- [自由詩]透明な手/nonya[2016年1月31日14時02分] あなたが笑っている あの頃とちっとも変わらない笑顔で 透明な手が拍手している わたしの胸が温かくなる あなたが俯いている 心無い言葉の礫に打ちひしがれて 透明な手が拒んでいる わたしの唇が凍えている いつからか見えるようになった 透明な手 わたしが迷った時は しなやかに手招きしてくれて わたしが塞いだ時は ふわっと背中を撫でてくれる 本当はわたしが あなたを選んだ瞬間からずっと わたしの傍に佇んでいてくれたのだろう 透明な手 なかなかそれが見えなくて ずいぶん遠回りしてしまったけれど 今は透明な手を信じる ほんのり甘い風よりも きらきらした石ころよりも 正しすぎる道標よりも 透明な手にたくさん 拍手をしてもらえるように あなたの笑顔を守り続けたい わたしが透明になる日まで ---------------------------- [自由詩]虹の後始末/nonya[2016年2月3日20時46分] 真っ赤な嘘っぱちを 誰も見抜いてくれなかった 橙色の夕日にとろけそうな もはや追う者もいなくなった 逃亡者の長過ぎる影 気味の悪い戯言を並べた ノートの頁は哀しく黄ばんで いつまでも緑葉であろうとして 枯れ枝の先にしがみつく未練 真っ青な空に猫背を向けて 風に逆らうこともなく 卑屈に折れ曲がった道を歩いた 肋骨の下の藍色の闇で 消すに消せない埋み火が嗤うから 紫がかった諦観のようなものを これ見よがしに羽織って 今日を生き長らえてみる とりあえず生き長らえてみるのだが くしゃくしゃに丸めた 夢や憧れや妄想の始末書を ただ片付けるためだけに 休日の大半を費やしたくないのに 気がつけば初回特価で またしても虹の起点を買っている 情けなくも愛おしい自分がいる ---------------------------- [自由詩]単焦点/nonya[2016年2月7日14時46分] 単焦点のレンズをつけて 春を探しに出かける 低い雲が垂れ下がった街は 名前の無い色合いで マフラーの内側の囁きは 聞き覚えの無い言語で 嫌なものは ぼんやりとしか見えない 単焦点だからフォーカスしなければ 薄汚いものは ぼんやりとしか見えない いや 小綺麗なものと判別がつかない 行先も混沌とした人らしき流れを 拙いクロールで掻い潜って やっと見つけた お稲荷さんの狛狐の下で うっかり咲ってしまった小さな花を 切り取る 角のとれた石段の上で 野良猫の鼻の頭にとまった光を 切り取る 近づいて しっかりとフォーカスしなければ 見えてこない温もりと匂い あなたの面影が浮かんでくるのを 苦笑いで遮る 春は「そのうち」やって来る でも 「そのうち」がなんとももどかしい もうやって来ないのではないかと たまに心配する 「そのうち」を なんとかやり過ごすために とびっきり明るいレンズで 春にフォーカスする ゲシュタルト崩壊するほど 春だけにフォーカスして 寒過ぎる景色と言葉を ぼんやり遠ざけていれば 「そのうち」はいつか 「かならず」に見えてくるのだろうか ---------------------------- [自由詩]君が教えてくれた/nonya[2016年2月12日19時08分] なんとなく 気配を感じて振り向くと 君は精一杯まん丸い目をして じっとこちらを見つめていた 一番好きな映画の 一番良いシーンを横目で追いながら 僕は君の真っ直ぐな視線に負けて しぶしぶ立ち上がる カリカリを皿に注ぎ込むと 君は当たり前だと言わんばかりに ガツガツと食べ始める 相変わらず鳴かない君は ひたむきな瞳でたびたび 究極の二者択一を迫る まだ幼かった頃 君はおぼつかない足取りで 部屋中の匂いを嗅ぎまくっていた 姿が見えないと大騒ぎした時は すっぽりと仏壇におさまっていた やんちゃ盛りの頃 君は思いもよらない高さから 人間観察をするのが好きだった 買ってきたオモチャには見向きもせず ケーキの箱を括っていたリボンに いつまでもじゃれついていた 最近の君はというと 胃腸の病気で何日か入院したり 左前足の腫瘍が原因で 指を一本切除したり さすがに衰えが目立ち始めた 長生きすることが 君にとって幸せかどうかは分からないけれど 長生きを望むことは 人間のエゴなのかもしれないけれど 君の世界一扱いやすい下僕としての僕は 君のいない暮らしを想像することができない 有意義な撫でられ方 何をしても許されてしまう甘え方 後腐れの無い爪の立て方 箱の詰まり方 有無を言わせない見つめ方 極めてさりげない距離の置き方 善意と悪意の嗅ぎ分け方 逃げ足の磨き方 触られたくないオーラの出し方 心地好いスポットの見つけ方 叱られても折れないプライドの保ち方 完璧な熟睡の仕方 反省しないという生き方 全部 君が教えてくれた 僕は猫になるつもりはないから 何の役にも立たないけれど そんな君も 今日でちょうど11歳 人間の歳に換算すると 還暦だ ---------------------------- [自由詩]ユラユラ/nonya[2016年2月20日10時30分] 脚の細い象の背中で ユラユラしている私の 広すぎる糊しろは 饐えた臭いを放っていた 何も企てない午後を ユラユラ生き延びた私の 丸すぎる背中には 錆びた罪が生えていた 心地良く曲がりくねった 鈍痛の九十九折には もはや造花すら 微笑むことはないけれど それでも瞳だけは 明日を探しているように ユラユラと揺らぎながら 虚空を映していた 柔らかすぎる時計は 四年前に食べてしまったから ユラユラし放題の 私の自由はどこまでも ほろ苦い ---------------------------- [自由詩]桃始笑/nonya[2016年3月10日20時45分] 桃始笑 ももはじめてさく コートを脱いだら 沈黙していた鎖骨が 独り語りを始める ポケットから出た あてどない指先が 止まり木を探している 音符を思い出した 爪先が奏でるのは メンデルスゾーンのイタリア ふうわりと解けた 毛細血管を満たしていく 輪郭の不確かな母音 風のカーニバルが 前髪をさんざん弄んだ揚句 明るい色を忘れていくけれど むず痒い粒子に 憑りつかれてしまった 優しすぎる粘膜がうらめしい 堪え切れず 遊歩道に轟かせた くしゃみ に 驚いて振り返ったあなたが 桃色に咲った ---------------------------- [自由詩]春って/nonya[2016年3月15日19時52分] 空から 剥がれた薄皮が ふうわり落ちてきて 森と街と人の あらゆる隙間を 滲ませる 君から 届いたLINEが 妙に素っ気ないのが どうでもよくなるくらい 僕の指と吐息は 重くって 名前も知らない さえずりに釣られて 思わず窓を開ければ はちきれんばかりに 膨らんだ蕾に 欲情する始末 春って なんか 生き物のにおいがするよ 春って なんか 土の呻きが聞こえるよ せめぎ合いという 祭りが 僕を追い越していく ふりをして 何処かで 待ち伏せしているよ 春だねって 僕が 嫌々微笑むまで しつこくつきまとうんだよ 春って ---------------------------- [自由詩]雀始巣/nonya[2016年3月19日21時47分] 雀始巣 すずめはじめてすくう 佐藤さんちの玄関の パンジーの寄せ植えから オハヨウを拾い上げて 鈴木さんちのベランダの 古い室外機の裏側から サビシイを探し出して 高橋さんちの軒下の 自転車のバスケットから イソガシイを掠め取って 田中さんちの屋上の 中華鍋のようなアンテナから ツマラナイをほじくり返して 伊藤さんちの空っぽの 犬小屋の暗闇から アリガトウを見つけ出せずに 渡辺さんちの郵便受けの 折り重なったDMの隙間から サヨナラを引っこ抜いて 山本さんちの二階の 雨樋の割と迷惑な辺りに 僕は巣を作り始めている えっ? それって詩じゃないかって? いやいやこれは巣だよ マイスイートホームなんだよ 見てくれはそんなに良くないけれど れっきとした暮らしの器なんだよ やがて 卵が産まれ 雛が孵り 餌を運び 巣立ちを見守る そんなありふれた色彩の さりげない時間の流れを そっと受け流す雨樋 じゃなくて巣なんだよ えっ? もしかしてまだ疑ってる? 中村さんちのカーテン越しに 見かけたことがあるけれど その詩ってやつは 見映えがとても大事らしいね 中身は何が入ってるんだろう? 僕には皆目分からないし 分かる必要もないことだよね だって僕は 雀なんだから ---------------------------- [自由詩]発条式発泡詩 <1>/nonya[2016年4月9日10時23分] 「思春期」 疎ましく膨らんで 悩ましく弾けて 狂おしく奔って 暑苦しく押し黙って 思春期なのか 四月は変拍子 狼狽える前髪で 躊躇う指先で 彷徨う吐息で 蹌踉めく鼓動で 乗り切れたなら 光と風の五月 「誕生日」 ハッピーバースデー 滑らかな自動走行で 三途の川の河川敷に また1マイル近づく ハンドルは肘掛と化し アクセルは踏み方を忘れ あんなに抗っていたブレーキには もはや足も届かない それでも ケーキを頬張る頃には ほのかに嬉しくなる ハッピーバースデー 「土曜日の春」 敷き詰められた コットンの空から 歓声を上げながら 雀が零れ落ちてくる 切り揃えられた 赤目垣の結界を すり抜けて来るのは 程好い温度の鼻唄 旋回するヘリコプターの 執拗なつぶやきを 左耳で聞き流しながら 滲んだ市街図の端で 私はゆったりと錆びていく ---------------------------- [自由詩]当り前/nonya[2016年9月23日22時27分] 僕の東側から 今日も君が昇った コーヒーの香りが ほんのり温かい 他愛無い話に マーマレードを塗りつけて 右目は美人のアナウンサー 左目は君の笑顔 ベーコンエッグは 半熟が正義だけど それを振り翳そうとすると たちまち君にたしなめられる 天気予報を気にしてる 君の横顔を眺めながら コーヒーを飲み終えて ご馳走様をつぶやく 降水確率50% 叶う日もあるし 叶わない日もあるけれど 見慣れたテーブルの上に コーヒーやトーストや サラダやベーコンエッグの ピースを正確に嵌め込んで 君は毎日 当り前を完成させる 感謝してるなんて 口が裂けたって 言わないつもりだけど 当り前が当り前じゃないことを 時々思い出すことが 僕に与えられた最大の任務 ---------------------------- (ファイルの終わり)