七のそらの珊瑚さんおすすめリスト 2015年7月18日13時20分から2018年7月15日8時40分まで ---------------------------- [自由詩]キッチン/そらの珊瑚[2015年7月18日13時20分] 枝から青くふくらんだ 健やかなる実をはずす 茶色いしみのようでいて 何かを主張している風の そんな模様を持つ実は 捨てた 捨てたあと なぜかもう一度この手に取り戻し 親指と人さし指で はさんで力を加える そこにあったのは固い実ではない やわらかな感触のあと 得体のしれない細胞が 壊れあふれてきて 豆を食べてぬくぬくと育っていただろう小さな命を わたしは潰し この指の腹に刻印した わかっていたのに わかっていたのに それでも そこへ在ることを確かめたかったのだ (もしくは何もないことを確かめたかったのかもしれない) どちらにしても確かめずに捨てるなんて出来なかった 鍋の湯がぐらぐらと沸騰してしまう季節の前に ---------------------------- [自由詩]夏休みの日記より。/そらの珊瑚[2015年8月14日12時35分] あみ戸をほんの少しだけ開けておく。 すかさず外にいる犬がやってきて、 そのすきまのそばで入りたそうにしている。 すきまを少し広げる。 あたまがひっかかる。 犬はあきらめる。 ネコなら手で開けて入ってくるのに、犬はそうはしない。 誰かが開けてくれるまで、 入っていいよとゆるされるまで、 ただそこで、じっとまっている。 キバだってあるのに。 犬はなんてばかなのだろう。 そんな犬がぼくは大好きだ。 ごめんなさい、犬。 ためしてごめんなさい、犬。 犬はなんてやさしいのだろう。 いつだってぼくをゆるしてくれて、 しゃべる代わりにぶんぶんしっぽをふっている。 犬もせんぷうきが好きなようだ。 かあさんが来るまでだよ。 せみがないている。 ---------------------------- [自由詩]耳さらい/そらの珊瑚[2015年8月23日15時21分] わたしたちが集めていたのは 瓶ビールのふただった 父の晩酌のたびにそれは どちらかの手に入る 栓抜きでこじ開けられた痕は 同じ方向にひしゃげて それは何かを証明するように ひとつとてその刻印から 逃れるものはなかった 真新しい王冠は 今もわたしたちの手の外側にある 王の冠は 急速に色あせてゆくだけの 多くの流行りと同じように ゆくえは人知れず その取り分をめぐる弟とのいさかいや ささやかな夕餉の献立 豊かな時間の静止画の 細部は失われてしまったのだけれど 夏の終わりに 澄み放たれた暗闇から 耳さらいが帰ってくる 遠いはずの記憶がとても近くなる 父と育てた鈴蟲の 高くふるえ合う声がふたたび 夜の耳の奥で鳴き始めた ---------------------------- [自由詩]まつげに盛られたファンタジー(或いはモナリザの微笑み)/そらの珊瑚[2015年8月31日10時11分] かつて まつげに マッチ三本載せてみせた 少女は そこへ 小さな蒲萄を たわわに実らせたという おとぎ話は 完結してからのほうが むしろ真実だったりする まばたきのたびに 転がり落ちた果実は 粉々になって 肌の上にふり つもる やがて季節は過ぎ 流線型のつるだけが あっけなく 女の瞳に取り残されたが 戦火を逃れてたどりついた 透明な箱から 今 まっすぐに 私の中の私を見ている ---------------------------- [自由詩]秋のゆびさき/そらの珊瑚[2015年9月9日8時58分] おそらくもう夏は行ってしまったのに 夕刻になると 埋葬されない蝉がうたう 取り残されるということは ひとつぶの砂のような心地 苦いさみしさだろう ――さいごの一匹になりたくないのです 生き急ぐ彼を なでてゆく やわらかな ゆびさき ---------------------------- [自由詩]ごむまり/そらの珊瑚[2015年10月2日9時34分] 人は なんどころんだら 上手に歩けるようになるのだろう 人は なんどないたら 上手に笑えるようになるのだろう だいじょうぶだよ まるでごむまりのように やわらかいきみをだきしめる ぎゅっとだきしめられた ことがきっとわたしにも あったのだろう 幼かったこころは 忘れてしまったから ごむまりはかえってくる わたしに だきしめられるために わたしを だきしめるために ただそれだけのために 遠い旅先から ---------------------------- [自由詩]ノースバウンド/そらの珊瑚[2015年10月31日11時01分] 夢の尾はいつだって手からすべりはなれてゆく そして明けて 朝、 つかみそこねた少し乾いたその手触りを思い出している どんなにこごえても 血液は凍らないやさしい不思議だとか たとえ凍ったとしても 解凍されてゆく痛みを伴う不思議だとか 言葉をもたない 深い深い泉から 命は産まれてくるというのに 言葉でしかそれを 記すすべがない 現実には尾、さえないから ここでしか生きていけない ここで生きていくと決めたとたんに まふゆの色彩が返り咲く不思議だとか ふるえるたびにわきあがる熱量の不思議だとか ---------------------------- [自由詩]水草と魚/そらの珊瑚[2015年11月15日8時12分] あなたが水草だった頃 わたしは産まれた あなたは水草の味がした ここにつどうすべてのいのちは いのちをきょうゆうしている だから それをざんこくなどとおもわないでおくれ あなたはそう言った気がする あれは わたしが巣立つ朝 光満ち満ちて あなたと別れて どこかへ向かう朝 ながい時間を経て ふるさとへ帰ってみれば 水草のあったあたりは崩れ去り 水草であったあなたはもう かげもかたちもないけれど ざんこくなことだとおもうのはよそう あなたの魂は今 わたしの芯でやさしくゆれて 旅の途中できょうだいたちはみな食べられ ひとりぼっちになったわたしを あやしてくれる ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]夜更けの紙相撲「記憶にさえ残らないものたちへ」/そらの珊瑚[2015年11月28日14時44分]  二十年来使ってきたざるを買い換えた。そのざるには欠点があり(それは使い始めてすぐにわかったことだが)持ち手になる場所にほんの少し金属が出ているらしく、私はなんどもそれによって手を傷つけてきた。傷といってもほんのささいな瞬間的に痛さを感じるくらいのもので、ただちに捨てるには惜しく、結局ずるずると使い続けてきたのだった。  気に入らないものでも、長年使っていると愛着がわく。ほぼ毎日にように、それは米を洗い続け、熱く煮えたぎったパスタのゆで汁を受け止めてくれた。  ざるで濾されたものは排水口に流れてゆく。ざるに残ったものは大切に食べられる。キッチンで、どちらが大切かはいうまでもない。  たとえば人の心のどこかにもそんなざるがあって、そこをくぐりぬけたものは、記憶に残らないとしたら……そんなふうにして消えていった、ざるの目よりも小さなものたちもまた、大切ではなかったかと思うこの頃である。  今頃彼らはどこにいるのだろう。  米のとぎ汁のように、海までたどりつけていたらいいなあと思う。 ---------------------------- [自由詩]おとぎばなし/そらの珊瑚[2016年1月28日9時44分] 火がないのに いつでも 沸きたてのお湯が出てくる 昔、むかし 食卓の上に 魔法瓶という魔法があった ただいまと 帰ってくる 冬のこどもたちのために とても温かい飲み物が 瞬時に作られる カップから生まれる湯気たちが 小さな顔のまわりで ふわふわおどる まるで あそんで、あそんで、と まとわりついてるみたいに 夜がやってくると その魔法は静かに効力を失い 湯気たちは 水に 魔法瓶は ただの瓶に 母は くたびれた人間の女に戻った ---------------------------- [自由詩]わたしの粒々/そらの珊瑚[2016年2月11日11時00分] わたしは 粒で出来ている 粒は かなしみも ぜつぼうも 知らないまま ただ あたえられた時間を あたえられるままに はずんでいた ときおり粒は とどこおる たとえば寒い夜なんかには はずんでゆかない 人生とか 考えてもしようのないものに つまづいているわけじゃないけれど 立ち止まり ふるえているだけかもしれない ひと粒のふるえは ふた粒、みっつへと伝わってゆく そうやって ふるえ合うことにより 発熱しているそんな仕組みだ それを 明日があるなら 明日へはずむための助走だと 置き換えてみてもいい ---------------------------- [自由詩]白いサプリメント/そらの珊瑚[2016年3月9日9時05分] 朝 街はすみずみまで霧に覆われていた 平等に満ちている粒は 白いサプリメント 普段は透明が満ちていて 遠くまで見渡せた 海に点在する小さな島や 船が描いてゆく波のような道までも いまはもう めじるしになるものさえ たしかめるすべがない 陽光さえ乱反射し 東はどちらなのかも 朝 であったのかも もはや、あやうい てのひらに載せた錠剤が 薬なのか 毒なのか 不確かなまま飲めば (飲まないという選択肢はなかったし、  どちらにしても同じという気もした) 胃の中で音もなく溶け出し 血管という道を通って 拡散されてゆくだろう わたしが東へ帰ろうとしていたことも 幻想のたぐいであったのかもしれない ---------------------------- [自由詩]わたしのアンティークドール/そらの珊瑚[2016年9月5日11時56分] 人形も関節から 壊れてゆく、ら しい。継ぎ目は いつだって弱い 場所だからね。 かつてあなたが 若かった頃、肘 も、膝も、首も 指の中に取り付 けられた小さな 関節たちも、み なすべらかに自 由自在に曲がっ たものだった。 人間だったら不 可能なアクロバ ティックな方角 にさえ曲がって みせたのに。 人形は年を取ら ないなんて嘘。 あなたをこの秋 の窓辺に、座る 格好にかたどる だけで、関節は 固い悲鳴をあげ る。生まれたて の微笑みを保っ たままで。 亜麻色の化繊の 髪の毛が光を吸 ってまぶしい。 紫外線に損なわ れながら天使の 輪をこしらえて いる。 人はあれこれ、 きりきりと継 ぎ目に撚りを かけて結び、 年を経て最後 にはたぶん全 部ほどいてゆ く、か、ぷつ り切れるのだ としたら、あ なたのように 微笑むことが できるかしら。 ---------------------------- [自由詩]鳩の家/そらの珊瑚[2016年9月15日20時55分] 屋根一杯に 鳩がいる 何かの見間違いかと 車窓から目を凝らす もしや瓦の形の鳩じゃないか、と でもやっぱりそれは鳩だった 生きている鳩そのものだった ねえ、あれ鳩ですよね 誰かに訴えようにも みなスマートフォンの画面に 視線を落としたままだ 例えば世界の終わりがやってこようとも うつむいたままなんですか (笑)を語尾につけたから 世界は僕に優しいなんてまやかしなのに それにしても周りの家々の屋根には 一羽たりともいないのは どうしてなのだろう 鳩が あの家だけを好く理由がわからない やっぱり私は人間なのかな 鳩は飛び立つこともせず 狭い屋根の中をうろついている あんなに鳩に居つかれちゃったら さぞや住人は迷惑してるだろう 鳩は数羽ぐらいがちょうどいいもの 日曜日の朝 とぼけた鳴き声で 起こされるのは嫌いじゃない それとも もはやあの家に 人間などいなくて(要らなくて) 鳩に乗っ取られた家なのかもしれない あの家の中に 産み落とされた 無数の鳩の有精卵 熱帯夜によって 孵化したヒナで今や 身動きとれない 窒息しそうなほどの羽毛が舞い躍る 楽しい楽しい鳩の家 ---------------------------- [短歌]さよなら、自転車/そらの珊瑚[2016年11月14日20時48分] さよならを告げた記憶はないけれど自転車はもう錆びついていた お返事を書くか書かぬか迷ってるヤギはいくぶんヒツジに似てる 降り注ぐ光のすべてうけとめるここはあまりに硝子張りです みなぞこでみつけたうろこきらきらとかつてわたしであったものたち 適切な仕組みによって死んでいく機械仕掛けの薔薇と経血 かげひなたそのどちらでもないような薄闇がありオカリナを吹く ---------------------------- [自由詩]星とうたう/そらの珊瑚[2016年11月16日8時22分] 息をしている すべてのものたちが 息という名の うたをうたう うたという名の 命を 深く 息を吸いこみ ふくらんだ分だけの 息を吐く そのあと わたしのうたは 誰かの肺の中で ふたたび 命をつなげていく 息を継ぐ 未完成という名の 完結 わたしのうたは 人知れず 今、逝った 星のうた 白い光には 永遠に触れることは叶わない けれど 指先を伸ばせば 突然に近く感じる あまりにも混じりけのない 冷たさと 同質なのは 巡るのを止めた回旋塔 錆びてゆく身体 視覚が失われ 聴覚が去り 最後に残されたのが 触覚に 似たもの たとえば ここは朝を約束しない 最果てプラネタリウム 夜の背もたれに 心ごとよりかかれば 月の裏側にだって行ける うんざりするほど行けるのだから いつか 帰っておいで ---------------------------- [自由詩]幸せな光景/そらの珊瑚[2016年12月14日12時03分] 透明な水槽の底 沈んで横たわる 短くなった鉛筆たち もう手に持てないほど 小さくなってしまったから 持ち主たちが ここに放したのだ その体を貫く芯が ほんのわずかになったのは 命を全うした証し  もう何も記さない  削られない  尖らない  それでも  名前も知らないあの人の  指の体温を  時折思い出すことがある 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権力者の前では持たざる民は無力な存在だ それを思えばこんな痛みや痒みはなんということはない 身体の苦痛は信仰をより強固に心にくっつける十字架なのだ 風呂で足首二十センチメートルの場所に ぐるりとめぐらされた糊状のものを 湯で落とす時 乾いた粘液がぬめりとなって流れていった 諸行無常のことわり通り 数年してS教はあえなく信者を失っていくことになるのだが その理由として あのぬめりの気持ち悪さが大きかったのではないかと密かに思っている わたしたちの友情は 友情と呼んでいたものはどこへ行ってしまったのだろう ぬめりさえ感じることもなくはがれた先で風に吹かれているのか 毎日不毛とも呼べるそんなことを繰り返すことの出来た あの頃のわたしたちの真っ直ぐなバカさ加減が 今頃になってひどく愛しい(怖ろしい)のだけど ずり下がるままにまかせた今のわたしの靴下を(靴下以外のものにも) ソックタッチで貼りつけまくって引力に逆らってみたい気持ちも どこかにあるような気もする、今今のことです ---------------------------- [自由詩]糖蜜の街/そらの珊瑚[2017年2月1日8時38分] 糖蜜工場が爆発したことによって 甘い蜜たちが 静かに街を流れ出しました その粘度たるや もう人の手にはおえない類のものです アスファルトの上の蜜はそのまま冷えて固いかさぶたとなり 土の上の蜜は地中に染み込んでいくまで 途方もないくらいの時間がかかりそうです タイヤにからみついた蜜のせいで 自動車は乗り物としての機能を失いました もうどこへも行けないということは もうどこへも行かなくていいということなのでしょうか 恋をうみつけられた虫はだめになりました 時計台の下で待ち合わせした約束もだめになりました 時計の針もゆっくりと死にました 公園のすべり台はすべらない台になりました オルガンのペダルはもどってきません あんなに蜜が好きだった蟻も どこへいったのか一匹も見かけません 磁場を失った空で 渡り鳥は渡れない鳥になりました この街の上を迷走する風も 糖蜜の甘すぎる匂いを身に着けてしまいます どこもかしこも人間さえも 糖蜜のやわらかな手からは逃げられないのでした 糖蜜がすっかり街をおおいつくしたころ 街全体は溶けだしたろうそくのよう 一番高い塔のてっぺんに 小さな灯りがともりました 雪が溶け あたたかくなった時こそ 気をつけなくてはなりません 春の爆弾にスイッチが入る季節なのですから 今夜も坊やはママに お気に入りのあの絵本を読んでとせがんでる ちゃんと歯磨きをしたのに なぜか かすかに甘く匂うベッドで ---------------------------- [自由詩]よるのとり/そらの珊瑚[2017年3月24日14時21分] よるになると ぴい、と音が鳴る この部屋のどこからか 耳を澄ませる 出どころを さがしあてようと 眼をつむり 耳だけになってみる 飼ったはずはない けれどそれは とりのこえに似ている 逃がしてしまった青いとりのこえに似ている あのうぐいす笛にも似ている 浅い春 熱海の梅園で買った 竹で出来たその笛を 幼い子が鳴らしている ぴい、とさえずる 青すぎる青色の空にむかって 思い出になってなお その笛の音(ね)は健やかに 病むこともなく 生きて いる これからゆくよるの さみしさのかたわらが よるのとりの止まり木になる ---------------------------- [自由詩]水辺の魂/そらの珊瑚[2017年5月20日11時53分] うすい影がゆれている くちばしで 虫をついばむのだけど やわらかな影であるから 獲物はするりと逃げてしまう  命でなくなったものは もう命には触れることができない それでも 巣に残してきたヒナに なにか食べさせなければ そんなおもいだけが 残像になってたたずんでいる ---------------------------- [自由詩]きつねつき/そらの珊瑚[2017年6月12日14時29分] 静けさという音が 降ってきて それは 大人に盛られた 眠り薬 影という影が 今という現実の いたづらな写し絵になる いつまでも暮れてゆかない夜があった 小さな公園は しっぽの生えた子どもたちでにぎわい うす蒼い束の間 許された時間をはね、る かくれんぼという名の とわに終わらない おいかけっこ 異様に明るい月は銀の、まと 射られた無数の矢は 千年後も途上を飛び続けている ---------------------------- [自由詩]柘榴の国のお姫さま/そらの珊瑚[2017年9月29日13時39分] 朝が来たらしい いつのまにか雨の調べは遠ざかり ぼんやりと明るい そして うっすらと温かい 光が温かいのは きっと誰かが決めたこと 光が遠ざかれば また 冷たい闇に抱かれる そんなことを重ねながら 小さくて丸い私の国は 外へと ふくらみ続けている だけどそんな繰り返しにも ちゃんと終わりが用意されていて それもきっと誰かが決めたこと 光を浴びた粒たちは 球体の中で艶やかな赤色を産む 私を夢心地にさせる 柔らかな寝床 あめ めだか からす すみれ れんげ げんごろう…… 通りすがりの幼い声は ざくろに たどりつかないまま遠ざかっていった 換羽期の鳥の声が 丸い国境を突き抜けてくる 騒がしいあの者たちは 待ちきれないのだ 早く私を啄みたくて いずれ私のすべては 透きとおる赤色の粒に同化して 閉じられたこの世界は突然 割れる 強固で脆い 奇妙ないのちのフラジイル それも誰かが決めたこと ききみみを立てれば 風がささやく もう少しそこで眠っておいで 秋がゆっくりとあなたの国を育てあげるまで  ---------------------------- [自由詩]除光液/そらの珊瑚[2018年4月8日9時42分] 朝の光を浴びて 少しぬるみ 世の中のさかさまの文字を 投影している 硝子びんの中の液体の揺らぎに ひと瓶飲んだら死ぬかなと たずねても 答はみんなさかさまだから 解読できない プリズム ねじ蓋のすきまから 夜 揮発された微少な毒に 気づくのは 壁に貼られた青い小鳥だけ エナメルを (或いは嘘を)はぎとられ 色と艶を 失くしたあとの 枯れた白い爪 その下を流れる血液が 戻ってくるまで 湯気の立つカップを包んで 温めている ---------------------------- [自由詩]燕よ/そらの珊瑚[2018年5月9日10時12分] まぶしいのは ずっと目を閉じていたから そこは優しい闇に似た架空世界で 行こうとさえ思えば深海にも 宇宙にも 過去にだって行けた あのスカートはどこにしまっただろう 青い水玉模様 くるくる回れば 小さな隠しポケットの奥底で 飴玉がかささと謳った 芽吹きの気配はいつのまにか隣に来ていて、だから 一年ぶりに目を開けてみようと思った 生まれたばかりの柔らかなみどり葉 空を目指して 風に震える 現実は 指で触れれば千切れてしまいそうな 光まみれであることに驚く そして雨上がり 燕よ、燕 低く鋭く飛行し なにものにもぶつからないことが 魔法みたいに ただまぶしいから まばたきを繰り返して わたしは長かった夜を忘れそう ---------------------------- [自由詩]不運も幸運もすべてシャッフルしたような雨上がり、ひとり洗濯機を回す。/そらの珊瑚[2018年6月7日9時34分] 朝から珈琲をぶちまける。おそらく私が無意識にテーブルに置いたカップは、テーブルのふちから少ししはみだしていて、手を放した数秒後引力の法則によって、まっとうに落ちた。……なんてこった。一瞬の気のゆるみが、惨事をまねく。小さい頃からそれは幾度となく体験しているはずなのに、まるきり学習していない。まだ半分覚醒していない脳内に、それはこだましていく。半分覚醒していない脳は、無理やり起こされた腹立ちで、理由のない怒りを産む。なんでおまえは珈琲カップをテーブルにちゃんと置かないのだ。ソファーはまだいいとしよう。革は拭けばなんとかなる。問題は、コタツ敷きだ。もっと早く片付けておけばいいものを、ずるずると6月まで出しっぱなしにしておいた罰なのか。神様はきっとなまけものがお嫌いなのだろう。そもそもコタツを出すのは嫌だったんだ。コタツの魔力で、家族はトド化して(特に娘)寝たら最後起きてくれない。そんな訳で、ここ数年コタツは出していなかったのだが、去年の12月頃、押入れの奥から娘がコタツ一式を引っ張りだしてきた。そうだ、娘だ。全ての始まりは娘の行動からだったのだ。だけど娘はこの4月から家を離れて、ここにはいない。 「誰かのせいにしてはいけません」すっかり覚醒した脳内に、誰かの声がする。神様か、いや、違う。かつて、小さかった娘が何かやらかして、私がそう言ったのだった。私の声だった。もしかすると母の声でもあった。 だけど、こんなしょうもない朝でも、冷静になってみれば、いいことも見つかる。このコタツ敷きを買う時、汚れの目立たないような黒っぽい柄にしておいた事。白色を買わなかったことは幸運だったし、お気に入りのカップは無傷だ。 数年前に割と大きな洗濯機に買い替えたので、コインランドリーに行かなくてよいことも幸運のひとつかもしれない。 神様がいるかいないか、多分死ぬまで知り得ないだろうけど、遠くで啼く鳥の声は、なんて美しいんだろうと思う。やはりどこかに神様はいるんじゃないかって思う瞬間。神様の、まにまに。有名なオペラ歌手の歌より、無名の鳥の歌の方が素晴らしいと思う瞬間。おまけに、無料。うっかりしてしまったことが、もしかすると即命取りになる世界では、誰のせいにもしないでただ生きているから、だろうか。 鳥が啼いているから、たぶん今日は晴れそうだ。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]ムーランルージュのふたり/そらの珊瑚[2018年6月27日10時50分]  パリ、モンマルトルの享楽街の中でも、ひときわ輝く大きな劇場があった。  名を『ムーランルージュ』という。  彼らはそこで活躍する芸人だった。 「ねえジャン、あたしたちがコンビを組んでもう何年になるかしら?」 「五年、いや六年くらいじゃないか?」 「月日は知らないうちに経ってしまうものね。目尻のこのしわを見て。ああ、このままじゃあたし、あっという間におばあちゃんよ」  そう言ってマリアはため息をついた。彼女が手にしていた小さな手鏡がうっすら曇る。ジャンはマリアに寄り添い、肩を抱く。 「鏡なんて見るなよ。キミは人形。永遠に年をとらない」 「嫌な人。それはお芝居の中だけよ」 「ノン。鏡に映るものだけが真実とは限らない。舞台の上のキミもまた真実。虚構という真実をボクらは生きていくんだ。喜劇という名の真実をね」  ジャンとマリアが演じる喜劇は、ジャンが扮するモテない男と、マリアが扮する人形のお話だった。筋書は、男が恋の悩みを人形に相談し、そのアドバイス通りに好きな女にアプローチするのだが、ことごとく失敗する。それはそのはず、人形は毎回わざと女に嫌われるようなアドバイスをした。くだらないドタバタコメディだったが、お決まりの結末と分かっていても観客は笑った。 「あたしもうすぐ三十歳よ。そのうち、おしろいを塗りたくってもごまかせなくなる」 「心配無用。劇場の照明係に倍のライティングを頼んどくから。マリア、キミは最高のコメディエンヌだ」  馬鹿じゃないかしら、とマリアはジャンを睨んだ。そんなに強烈なライトを当てられたら、暑くておしろいは溶けてしまう。汗まみれで、まだらになったあたしの顔を見て観客はぞっとするに違いない。いや、それはそれで笑うだろうか。失笑って奴だ。それでもいいか。笑われれば笑われるほど、あたしたちの給料は増える。 「ところで、あなたの恋人は元気?」  お芝居の中の男と違い、現実のジャンは案外モテる男だった。しかしその恋はいつも長続きしなかった。 「ミレーヌの事かい? あいつとはとっくに別れた。他に好きな男が出来たんだとさ」ジャンは首をすくめた。  マリアは心の中でほくそえんだ。もちろん表情には出さない。お芝居の人形と同じように。 「ふうん。そうなの」彼女はいかにも無関心を装う。  人形が男の恋を邪魔したように、毎回マリアもジャンの恋を邪魔した。ジャンの彼女に多額のお金を渡し別れるようにせまるのだ。今までの彼女の誰もが、恋と金を天秤にかけ、ジャンの元を去っていった。  だけど世の中、ろくでもない女ばかりではないだろう。いつか金より恋を取る、そんな女が現れるかもしれない。  そしてジャンは幸せを手に入れる。  その日が来るのが怖い。ジャンの事が好きだから? そうかもしれないし、ただの独占欲かもしれない。 「ねえジャン、人形が男の邪魔ばかりするのは彼の事が好きだから?」 「どうかな」  お芝居の脚本はジャンが書いていた。 「そうだとして、いつか人形の恋が成就する日は来るの?」 「さあ。でもそうなったらボクらは解散しなくちゃならないよ。お話はジ・エンド。観客は他人の不幸を笑いたいんだ。他人の不幸は極上のラム酒の味。幸せになった二人なんか誰も見に来ないよ」 「そうね、それじゃ困るわね。でもね、時々想像するの。恋が実ったら人形はどんな顔をするんだろうって」 「キミはどう思う?」 「もちろん笑うわ。今まで人形だったから笑った事なんか一度もなかったけど。笑うのよ。そして人間の女に戻るの」  そうなったら、あたしはもう劇場の支配人となんか寝ないわ。支配人いわくあたしたちは落ち目の芸人らしい。俺と寝るなら劇場に出してやるですって。そんなの簡単だった。人形になればいいだけの事。もちろんジャンは知らないけれど。 「そんな日が来てほしいのかい、マリア」 「来てほしいような、来てほしくないような」 「どっちなんだい?」  そんなの決められないわ、でもとりあえず今夜の準備を始めよう、とマリアは思った。  マリアは刷毛を手に取る。  それは赤栗鼠の毛で作られた刷毛。柔らかく肌に優しい。ジャンからのプレゼントだった。  刷毛のにおいをかぐと、かすかに森のにおいがする。たぶんまだこの刷毛は、かすかに息をしている。でも哀れな栗鼠のこの分身は、もうふるさとには還れない。  高価なものだということは分かる。  ジャンの気遣いも分かる。  でもちっとも嬉しくない。あたしが死んだあと、刷毛は骨董市で売られ、生き永らえる。そして、あたしの身体はきれいに滅んで、だけどこの想いはいったいどこへ行くのか。  最高級の刷毛よりも、道端で売っている安い花の方がどれだけ嬉しかっただろう。それが明日には枯れる花であったとしても。いや、枯れてしまうからこそ。  やはり私はジャンにとって女ではない。喜劇を編むための相棒に過ぎないのだとマリアは悟った。  鏡台の前に座ったマリアは、水おしろいを刷毛にのせ顔に塗る。ひんやりする。細胞が閉じられていくようだ。  ――コメディを演じるということは、人間としての熱を下げなければ出来ない因果な商売だわ。  マリアは明るい鏡に映る真白い肌のもう一人の自分を見つめた。   ---------------------------- [自由詩]夏の入り口へ/そらの珊瑚[2018年7月15日8時40分] 小さなサイコロが ころがっていく 平坦に見えた道に 傾斜がかかりはじめたから なにもかもが かろやかに だけど のがれることはできない さよなら さよならも すなつぶも ころがっていく うたを奏でる者たちは羽化し だんごむしは球になり 季節の展開図は立体化する 僕は 覚えたばかりの自転車のハンドルを 汗ばむ手のひらで ぎゅっとにぎった ---------------------------- (ファイルの終わり)