由木名緒美のそらの珊瑚さんおすすめリスト 2016年2月4日13時41分から2019年7月17日11時09分まで ---------------------------- [自由詩]冬すみれ/そらの珊瑚[2016年2月4日13時41分]  ひだまりの 冬に 春をおもうのは にんげんだから そもそも猫は 冬という言葉の意味を知らないから まるくなってねむるだけ ふゆ、と呼べば ニャッと短い返事をするのは 冬、と名付けられたから それだけのこと 猫は やっぱりにんげんとは違うらしい    夜の爪弾き 健気ともいえる 爪をおくりだす細胞は 今このときも 時間をおしんで しごとをしている 持ち主に気づかれて パチンを切られてしまわないよう そっとそっと 特に夜の爪は 冷たくひっそりとした顔を よそおっている    冬すみれ 原生林で迷子になって あやうくもどれなくなるところに 救ってくれたのは 一輪の花 もどれなくなるのも人生ならば もどる選択のあるのも人生だよと  水のあとさき 汲みたての水には ちいさな泡がおよぎ たった数秒で消えてゆく グラスの中の平凡な魔法 ---------------------------- [自由詩]わたしの粒々/そらの珊瑚[2016年2月11日11時00分] わたしは 粒で出来ている 粒は かなしみも ぜつぼうも 知らないまま ただ あたえられた時間を あたえられるままに はずんでいた ときおり粒は とどこおる たとえば寒い夜なんかには はずんでゆかない 人生とか 考えてもしようのないものに つまづいているわけじゃないけれど 立ち止まり ふるえているだけかもしれない ひと粒のふるえは ふた粒、みっつへと伝わってゆく そうやって ふるえ合うことにより 発熱しているそんな仕組みだ それを 明日があるなら 明日へはずむための助走だと 置き換えてみてもいい ---------------------------- [自由詩]ふたたびの夏/そらの珊瑚[2016年7月21日15時11分] 万年筆の血液が乾いてしまったようだ 無理もない 数年うっかりと放っておいたのだから いちにち、はとても長いくせに すうねん、は あっという間に感じるのはなぜだろう 風、が通り過ぎていく 透明な流動体が何も記さず ただ通過してゆくだけなのに なぜかその風を知っている気がしてふりかえる あなたは誰ですか 万年筆のペン先を ぬるま湯を入れたコップに挿しておく 止まった時間が解凍されて 命が巡りはじめるようにと もしも花が咲いたなら まさかひまわりとはいかないだろうが 万年筆ではなかったとあきらめて 土に埋めてしまえばいい 今年は蝉の声が少ないようだ キミたちが産まれた七年前に何かあったのだろうか 大人になれなかった蝉は眠るように死んだのか そう思案してみても夏は夏でしかない 特定の夏を取り出すことは出来ないし それが答えなのだろう 昨日のことさえすでにおぼろだし なんなら過去を都合良くすり替えることもできる 優しく残酷な手順で人は 悲しみだって上手に薄めてゆけるのかもしれない せめて今日 息を吹き返した黒で文字を書く 書かないことで 刻まれていくこともあるけれど 書くことでしか 確かめられないこともある 風は 無言で 蝉は 啼くことで この夏ごと 生きていることを共有しているように ---------------------------- [自由詩]わたしのアンティークドール/そらの珊瑚[2016年9月5日11時56分] 人形も関節から 壊れてゆく、ら しい。継ぎ目は いつだって弱い 場所だからね。 かつてあなたが 若かった頃、肘 も、膝も、首も 指の中に取り付 けられた小さな 関節たちも、み なすべらかに自 由自在に曲がっ たものだった。 人間だったら不 可能なアクロバ ティックな方角 にさえ曲がって みせたのに。 人形は年を取ら ないなんて嘘。 あなたをこの秋 の窓辺に、座る 格好にかたどる だけで、関節は 固い悲鳴をあげ る。生まれたて の微笑みを保っ たままで。 亜麻色の化繊の 髪の毛が光を吸 ってまぶしい。 紫外線に損なわ れながら天使の 輪をこしらえて いる。 人はあれこれ、 きりきりと継 ぎ目に撚りを かけて結び、 年を経て最後 にはたぶん全 部ほどいてゆ く、か、ぷつ り切れるのだ としたら、あ なたのように 微笑むことが できるかしら。 ---------------------------- [自由詩]ほとり/そらの珊瑚[2016年9月19日9時02分] 手にしていたのは 小さなひしゃく 星が消えた途方もない夜は 蛍を連れて そしてたどりつく水源の ほとりは どこへつながっているのか どこへもつながっていないのか 汲み上げた液体、おそらく水を飲み干し 朝が来るのを待って そして詩を紡ぐ このほとりで ---------------------------- [自由詩]秒針のない時間/そらの珊瑚[2016年11月21日7時53分] 赤いチュチュをはいた 白い花たちが 寄り添って踊る 小さなバレリーナ 踊ることは 生きていることだと 無邪気に笑う 顔を寄せたわたしの目の前で おさなごのやわらかな手に触れて 夏毛の残骸を付けさせたままの犬の鼻先で 或いは 郵便配達夫が去ったあとで発つ 瞳には映らない風の中で 冬が来れば 人知れず舞台を降りる仕組み この束の間は永遠に似ている 永遠が束の間に似ているように 残酷な朝は いずれ訪れる それでも チェリーセージは 朝陽を受け止めて 秒針のない時間を ふるる、ふるると 優しく踊る ---------------------------- [自由詩]幸せな光景/そらの珊瑚[2016年12月14日12時03分] 透明な水槽の底 沈んで横たわる 短くなった鉛筆たち もう手に持てないほど 小さくなってしまったから 持ち主たちが ここに放したのだ その体を貫く芯が ほんのわずかになったのは 命を全うした証し  もう何も記さない  削られない  尖らない  それでも  名前も知らないあの人の  指の体温を  時折思い出すことがある ---------------------------- [自由詩]糸をつむぐ女/そらの珊瑚[2017年1月4日10時17分] 糸をつむぐ それはかつて 繭だったものたち それを産んだものは蚕という虫 それを育んだものは桑の葉 それを繁らせたものは桑の木 ふるさとを発つ時 小さなかばんに 宮沢賢治の詩集と ひとおりの枝を入れて プラットフォームの空っ風に見送られ 誰にも祝福されない花嫁となった 新しい地で 女は庭に枝を挿した ふるさとを捨ててきたつもりでも そこだけは 地続き 膝をつき耳を当てれば ささやかな歌が聴こえた 雨だと想った 或いはそれが 自分の身のうちを流れる液体が 反響しているだけだったとしても 想う 大地とは こんなにも温かであったのかと やがて 枯れた杭のようだった枝は 根付き 真緑の葉をつけて 春から季節を始めた 女は 世界のすべての素生の色を重ねた 白い 糸をつむぐ 千 切れれば そこから再び撚りをかけ合わせて 片道切符しか持たない素手で 悲しみの消えないあけくれの中で どこまでいっても 細く たよりな気な 糸をつないでいる ---------------------------- [自由詩]風花のことづて/そらの珊瑚[2017年1月18日8時02分] あの頃 きみはまだ産まれていなかった 着床しない 小さな種だった 人はなぜ産まれてくるんだろう 人はなぜ産むんだろう いつか手ばなす命であるのに わたしが 影も形もない頃 少女だった母のまなざしの中に住んでいた だから この儚い雪たちを見たことがある ハロー風花 優しさが曇らせた窓硝子を 指で撫でれば 涙を流して 凍えた箱庭を透過してくれる なぜおまえは 積もらぬことを知っていて 天から身投げしてくるのかい ---------------------------- [自由詩]冬のひまわり/そらの珊瑚[2017年2月10日9時42分] 立ったまま 枯れている あれは 孤高の命 もうおひさまをおいかける元気もないし だれかをふりむかせるような輝きもない けれど おまえがひまわりで 凍えながら 戦い続けていることを 私は知っているよ ---------------------------- [自由詩]虹色の滴/そらの珊瑚[2017年2月16日10時55分] 過ぎ去った時間の遥かさを たやすくとびこえる色がある 枝葉のさまざまなありようは 忘れてしまったのに あの日 落ちかかった滴のことだけを 覚えているのはなぜだろう 人生の岐路で もっと重大なことがらが あったはずなのに 今となっては 光を宿したあの滴ほどの 鮮やかな彩りを持たない まるごとの ひとよる みみだけを とぎすませて きいていた 雨の音階の さいごのひとしずくが 小刻みにふるえている 今まさに 泪のかたちを産もうとしているのに わたしはまたも この手に 抱きとめることが出来ない Coda 閉じられない精巧な連結 みずたまる箱庭のなかで ---------------------------- [自由詩]よるのとり/そらの珊瑚[2017年3月24日14時21分] よるになると ぴい、と音が鳴る この部屋のどこからか 耳を澄ませる 出どころを さがしあてようと 眼をつむり 耳だけになってみる 飼ったはずはない けれどそれは とりのこえに似ている 逃がしてしまった青いとりのこえに似ている あのうぐいす笛にも似ている 浅い春 熱海の梅園で買った 竹で出来たその笛を 幼い子が鳴らしている ぴい、とさえずる 青すぎる青色の空にむかって 思い出になってなお その笛の音(ね)は健やかに 病むこともなく 生きて いる これからゆくよるの さみしさのかたわらが よるのとりの止まり木になる ---------------------------- [自由詩]竹の子の皮をむく/そらの珊瑚[2017年4月14日10時26分] 竹の子の皮には 小さな産毛が生えていて まるで針のよう はがすごとにちくちくする 皮の巻き方は 妊婦の腹帯のように みっしりと折り重なっていて はがされたとたんに くるりと丸くなる 失われ やがて転がり 満月の夜 竹林へ還る そして香る 香水にしたいような いい匂いではないけれど 懐かしい生き物の匂い  初乳を飲んだあとの まだ眼の明かない赤子の 白い排泄物の匂いに 似ている かつて わたしだった透きとおった羊水、まじりの めくる めくる めぐっていけども 埋(うず)もれている 肝心のやわらかな本体にはもう永遠に たどりつけない 無数の春の針が 手に刺さるにまかせ けれどあともう一枚 竹の子の皮をむく 命のみなもとに再び 巡りあえるような気がして ---------------------------- [自由詩]さいはて公園のベンチ/そらの珊瑚[2017年4月26日8時18分] きのうの猫のぬくもりや おとついの雨のつめたさや ずっと前 ぼくができたてだったころ たくさんの小さな人が かわるがわる座ってゆく にぎやかさや お腹の大きな女の人のついた 深いためいきの匂いや これから海を渡ってゆく 青い蝶の 空気みたいな身軽さ いつのまにか ぼくを通り過ぎていった時間を たどってみる 頁の折り目を やわらかくのばしながら ここへ続いている 一枚のものがたりを たどってみる 誰も来なくなった公園は ひかり、あふれて ぼくは今 明るいささくれをこさえている ---------------------------- [自由詩]きつねつき/そらの珊瑚[2017年6月12日14時29分] 静けさという音が 降ってきて それは 大人に盛られた 眠り薬 影という影が 今という現実の いたづらな写し絵になる いつまでも暮れてゆかない夜があった 小さな公園は しっぽの生えた子どもたちでにぎわい うす蒼い束の間 許された時間をはね、る かくれんぼという名の とわに終わらない おいかけっこ 異様に明るい月は銀の、まと 射られた無数の矢は 千年後も途上を飛び続けている ---------------------------- [自由詩]夏の終わりに/そらの珊瑚[2017年8月21日11時03分] 夜明けのこない夜はないさ あなたがぽつりいう 懐かしい歌が あの頃の私を連れてきた そして今の私が唄うのを 遠い窓枠にもたれて 聞くともなく聞いている 夜のはてない深さと距離をまだ 知らなかった頃の私 この夜にだって いつか明けることが あらかじめ用意してあることを 用意してあったことを 歌っていたけれど知らなかった私が 始まりに終わりは あらかじめ用意されている そして 終わりは始まりへの たどり着くだけで開く扉 瑠璃色の地球の片隅で 宇宙に向かって咲いた朝顔の パラボナアンテナも おおかた昼過ぎには閉じてしまうけれど 微弱電波は誰かが受け止めて 季節が廻れば種から始まる 夏がもうすぐ閉じるということを 風も ひぐらしも 知っていて 唄う 夜明け 命の在り処はこんなにも 耳の奥で透きとおってゆく   ---------------------------- [自由詩]秋窓/そらの珊瑚[2017年9月8日9時40分] 月までは案外近い いつか行き来できる日もくるかも、と あなたはいうけれど それが明日ではないことくらい 知っている 人は間に合わない時間が在ることを知っていて 間に合う時間だけを生きてゆく乗り物 虫の音が聞こえる それも命を継いできた乗り物 わたしたちは秋に間に合い 半袖では少し肌寒い朝に 先に駅を降りてしまった人のことを想う 故郷の駅にはエスカレーターが備えられたけれど 足の悪い父がそこを利用することはもうないだろう 父の時間の中では今でも駅は 不便な階段で 改札口で切符を切る駅員がいて ラッシュアワーには鋏で 途切れることのない スタッカートなリズムを刻み そこから仕事へ行き 仕事から帰ってくる場所 本屋だった店のシャッターには 白い埃が積もり続けている 人差し指でぬぐうと そこだけ小さな窓になり のぞいてみれば エスカレーターが伸びてゆく 月へ行くための ---------------------------- [自由詩]食べられるもの食べられないもの/そらの珊瑚[2017年11月8日10時04分] ほこりをかぶっていようといまいと 食品サンプルは食べられない 蜘蛛の巣に囚われた きのうの夜の雨粒たち 夕刻にはその存在ごと食べられて また空へ還る バナナの黒いとこは 食べられないと言い張る子ども きれいなキノコは危険 きれいでないキノコも 或いは危険 冬に燃え立つ赤い実は 時間とともに毒を蓄えることを 鳥たちは知っていて まだだいじょうぶだと ささやき合っている 平和しかない朝 世界は 食べられるものと食べられないもので出来ていて 悲しい出来事に砂糖を振りかけて食べてしまえば 食べてしまったぶんだけ 心は少し満ち足りる ---------------------------- [自由詩]新しい年/そらの珊瑚[2018年1月4日12時54分] 深く眠って目覚めた朝のゆびさきは 少しまだ透明がかって 夜が 見えかくれしている 動いている心臓は赤い磁石 覚醒してゆく時間に わたしのかけらを 元在った場所に吸い寄せて 願っても夢の続きを見たことがない あるとしたら また最初から始まる夢ばかり 人が新しい年をふりだしから始めるように 完結しない夢を 羽のようになぞる ---------------------------- [自由詩]いつでもおかえり/そらの珊瑚[2018年1月16日12時11分] 夢の中だったのかもしれない いつでもおかえり、と 声だけ聴こえた 或いは現実だったのかもしれない 耳の底の小部屋にそれは 棲みついた 文字にすれば水彩 いつでもおかえり いつ帰っても おかえりと言ってあげる それとも いつだってここからかえっていいのだよ、と いうことなのだろうか 冬が両手をあげて 雪の骨が降るのを待っている いつでもおかえり そして ただいま 自由で ゆるされていて 悲しみに凍えながら みんな、ひとり ---------------------------- [自由詩]のびていく豆苗の先はどれも、ふたば/そらの珊瑚[2018年2月7日10時26分]  ふたば 冬の午後 水に挿した豆苗を見ていた 光を食べたその植物は 飛べない二枚の羽を 明日へ広げる  さよなら 星はどこへ還るのだろう 色あせていく夜空 朝の襲来  まちあいしつ 「かみさま」と 患者を呼ぶアナウンスに 立ち上がる人をみなが見る あの人が神様か。 まるで人間みたい。 そよぐささやき 病院で患者に様をつけるようになったのは いつごろからだろう  のろい 冬の呪いが溶けて 路上の手袋ひとつ覚醒した やわらかく息を吹き返せば 捨てられた記憶も戻ってくる かたわれは今どうしているだろうか 春は残酷だ  えとらんぜ 故郷へ帰るたび あったものがなくなっている 旅館の跡地は駐車場に シャッターを下ろした本屋 草ぼうぼうの公園は 空き家の庭みたい 知ってる、 こどもたちが去って 人でない何かが今の住人 電話ボックスがあった場所に 小さな花が咲いていて 空と交信している (なくなるということは始まるということですか) 青いトランシーバー 即興の曲にえとらんぜという名前をつけて 口笛を 潮風に載せる ---------------------------- [自由詩]a piece of spring/そらの珊瑚[2018年4月3日15時04分] 春が流れていく みなもに降り立った 無数のひとひらたちは いたづらに未来を占ったりしない 何にも誰にも逆らわずに やがて その先でひとつになる 裏もなく表もなく 命は等しく終わりを告げて その先で大きなひとつになる なにも載せずに (あるいは時間だけを載せて) 花筏が流れていく 死んだ先にも 物体としての未来があるのなら わたしは 解体されたそのひとひらになり 海までたどりつき 魚に食べられて ほんとうのおしまいになる ---------------------------- [自由詩]除光液/そらの珊瑚[2018年4月8日9時42分] 朝の光を浴びて 少しぬるみ 世の中のさかさまの文字を 投影している 硝子びんの中の液体の揺らぎに ひと瓶飲んだら死ぬかなと たずねても 答はみんなさかさまだから 解読できない プリズム ねじ蓋のすきまから 夜 揮発された微少な毒に 気づくのは 壁に貼られた青い小鳥だけ エナメルを (或いは嘘を)はぎとられ 色と艶を 失くしたあとの 枯れた白い爪 その下を流れる血液が 戻ってくるまで 湯気の立つカップを包んで 温めている ---------------------------- [自由詩]燕よ/そらの珊瑚[2018年5月9日10時12分] まぶしいのは ずっと目を閉じていたから そこは優しい闇に似た架空世界で 行こうとさえ思えば深海にも 宇宙にも 過去にだって行けた あのスカートはどこにしまっただろう 青い水玉模様 くるくる回れば 小さな隠しポケットの奥底で 飴玉がかささと謳った 芽吹きの気配はいつのまにか隣に来ていて、だから 一年ぶりに目を開けてみようと思った 生まれたばかりの柔らかなみどり葉 空を目指して 風に震える 現実は 指で触れれば千切れてしまいそうな 光まみれであることに驚く そして雨上がり 燕よ、燕 低く鋭く飛行し なにものにもぶつからないことが 魔法みたいに ただまぶしいから まばたきを繰り返して わたしは長かった夜を忘れそう ---------------------------- [自由詩]架空の街/そらの珊瑚[2018年5月23日10時06分] 雨は降りやまない けれど 雨音は音符に変換されていくから 赤子も子燕もやすらかに眠る 雷は遠く くぐもって鳴り 狙い撃ちされる心配はいらない 流れ星のいくつかは 蛍に生まれ代わり 籠の中で光る 「兄さん、よく光るね」 「ああ、これがいちばんよく光るよ」 兄弟もまた架空の繭の中でヒカル 点滅は ないということと あるということが 背中合わせに存在し合い はかないことの証しになる ときおり雨は赤い それは空が傷ついた証し 遊園地の馬を錆色に染める 夜行列車の行き先が明日だと 誰も信じて疑わないのは なぜなんだろう 操車場に ひらり揚羽蝶 わたしもひとり 汽笛の粒がなくなるまで見送る   ※会話部分は小川未明「海ぼたる」からの引用です。 ---------------------------- [自由詩]秋の部屋/えあーぽけっと/そらの珊瑚[2018年11月5日9時10分] 足で漕ぐのは オルガン という名の舟 音符の旅 息でつなぐ ときおり苦しくなって とぎれる 生きていたという波の上 気配だけになった猫 ふんわり鍵盤の上を渡る 秋の日は すこしづつかしいで オレンジ色の光でうすまる 指先の輪郭 耳に中に残る音 生きているという実感 冬を待っている毛糸の群れ あれらはみな 獣の生まれ変わり ---------------------------- [自由詩]冬のパズル/そらの珊瑚[2019年1月7日14時10分] 晴れた港の 防波堤を歩いた コンクリートのひび割れから 小さな花は灯る テトラポットは 夜ごと 組み替えられている それらが いつか砂粒になるまで 続いていくとしても さかなのほかには 誰も知らない 朝火が 闇を燃えつくし 月を 白い燃えかすに替えて なにもかも見失っていけば 心は みるみる弱くなる いつか泡になっても さかなのほかには 誰にも告げない みんな 解けないパズル 解かれることさえ 彼らは望んでもいないのです ---------------------------- [自由詩]小さな散歩/そらの珊瑚[2019年1月18日11時51分] いとしいといわない 愛しさ さみしいといわない 寂しさ 祖母と行く畦道 ふゆたんぽぽを摘みながら 手は 手とつながれる 枯れ野には 命の気配がして 墓所には 命だったものの気配がした ささやかなあの時間が 遠くなるほど 近くなり 見えないどこかに 無言のままで宿っている ---------------------------- [自由詩]ぶらっくほーる遊び/そらの珊瑚[2019年4月11日10時21分] まばゆさに目をとじれば 暗闇となった世界に浮かんだ 円が燃え上がる そんな遊びを繰り返していた あれはぶらっくほーる 宇宙への入り口か出口だった だれもかれもみんなおとなになってしまった わたしも 尖ったまばゆさを直視できなくて 春は永遠を飛び越える はなのかたちのまま散った 造花のかなしさをひとつ ひろっておうちにかえる ---------------------------- [自由詩]アンテナ\ネバーランドはどこにもない/そらの珊瑚[2019年7月17日11時09分] 犬が 風に毛をなびかせている 冬毛はやわらかな鎧 夏毛はワーカホリックな諜報員 さっぱりと生まれ変わった夏毛たちは 世界を傍受する 遠い国のミツバチの羽音 湖でおぼれたアリがもがく音 野の花が開く音 死んでいく人が放つ音 物語の扉は閉じて ネバーランドも消える もともとどこにもなかったものが 消えて ミルクなしのアイス珈琲を飲み干す 何も受信しない たったひとつのまっくろな鼻は 楽しいことなんてなにもないのに 閉じたり 開いたりして つやつやと濡れている 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