虹村 凌 2009年1月31日15時46分から2009年6月11日23時54分まで ---------------------------- [自由詩]ジンジャーエールを飲みながら/虹村 凌[2009年1月31日15時46分] 全ての馬鹿よ死んでくれ 頼む 全ての馬鹿よ死んでくれ 死んでくれ死んでくれ死んでくれ 一夕ヒんでくれ一夕ヒんでくれ 馬鹿が嫌いなんだ 全国の住田が立ち上がって 馬鹿を殺して死んでった 全国の茶沢さんが泣いて ドラム缶は流れていった ガラガラと音を立ててDVDが回っている 暗い部屋の中で誰かが来るのを待っている バルボアが生卵を飲み込んでいる 俺の喉には飲み干せないものが ずっと引っかかり続けてる 吐き出せもせず飲み込めもせず でも助けは要らない もう少しでどうにかできそうだ 何て言いながら相当な時間がたって 独りでいる気がしてきて ちっとも独りじゃないんだけど 独りでいる気がしてきて 笑うんだ あぁそうだ 世界が歪んで見えたりしたことってあるかい? 俺には世界がそんな風に見えた事は一度も無いんだ ---------------------------- [自由詩]デートをしよう/虹村 凌[2009年2月1日19時23分] 24時間をベッドの中で過ごそう ジョンとヨーコの名前なんか出しちゃ駄目だぜ 24時間をベッドの中で過ごそう 羽毛布団に包まれながら あぁ 最近夢見が悪いのですよ やたら精神力を削るような夢ばかりなのです 悪夢、と言う程の悪夢じゃないんだけど やたらと頭を使う夢で 色んな状況判断を連続的に迫られるので 非常に疲れる 寝ても疲れが取れないどころか 疲れる一方だ 誰か一緒に寝ようぜ セックスしねーでいいから 一緒に寝るだけのデートとかしようぜ 献血デートとかしようぜ 献血して漫画読んでお茶タダ飲みするだけのデート 探し物散歩デートしようぜ 適当な街で何か探し物するだけのデート あー 何か話をしてくれ。 ---------------------------- [自由詩]シャノン・ハガーについて。/虹村 凌[2009年2月7日11時29分] 彼女は背が高い。 その所為か、いつも薄べったいデッキシューズを履いている。 ラバーソールを履いた俺よりも、少し大きい。 彼女はサバサバしている。 誰とでも分け隔て無く喋るし、よく笑う。 女の子と一緒にいるのを、みた事がないくらいだ。 それでも、ちっとも媚びた感じがしない。 彼女は細い。 細すぎとは言えないが、それでも細身の彼女は、 少し似合わない大きな胸を、Tシャツで包んでいる。 昨日は、珍しくピンク色の女の子らしいTシャツを着ていて、 とても可愛かった。 彼女は派手じゃない。 地味とも言えるかも知れない。 いつも、ぺったんこのデッキシューズ、青いスキニージーンズ、 Tシャツ、その上にネルシャツを羽織って、いる。 色も明るい原色系なんかは間違っても着ない。 あまり長くない金色の髪を、時々後ろで小さく縛っている。 彼女は美人じゃない。 彼女は美人では無い。美しい訳じゃない。そして可愛い訳じゃない。 何らかの欠落による美しさだとか、そういう事でもない。 もしかしたら可愛くないのかも知れない。 それでも、彼女は僕の目を引きつけるのだ。 ---------------------------- [自由詩]塩/虹村 凌[2009年2月21日13時24分] 俺の側に来てくれ何もしないでいいから 理想の自分と現実の自分があまりにも違う事に絶望して 俺は今まで何回脳内拳銃自殺をしただろう 面接で死にたいと思った事はあるかって聞かれたら答えてやるぜ 今この瞬間の俺の回答ですら絶望的なので死にたいですって 別に狂っちゃいねぇんだ だって全部説明出来るから ただ俺の側に来てくれ何もしなくていいから ただ俺の側に来てくれ何もしないでくれ 俺を俺が見つめてるような感覚に陥る回数が増えて混乱して やっぱり脳内拳銃で殺害しまくった回数を覚えちゃいない ドアを開けて出て行く度に塩を撒くんだけど いつの間にか盛り塩してあるから結局はまた来るんだ俺が 別に狂っちゃいねぇんだ だって全部説明出来るから 説明出来なくなった瞬間に俺を気違い扱いしてくれていい その瞬間まで側で何もしないでいてくれないか 死ぬまでに一度添い寝をしようと言う詩をかいたら 二年前くらいに実現しちゃったので俺はそろそろ死ぬかもしれない お前がポイントを入れた詩がどれわからない 結局俺はお前とお前しか愛して無かった事しかわからない 寒い 盛り塩を蹴飛ばして部屋に入っても 部屋を出る時には元に戻ってる 俺に似たツラの馬が塩を舐めてる 馬の上から俺が俺を眺めてる 布団の中に戻ってうずくまる 俺は狂っちゃいない 狂いたくもない 絶望したくもないし もう眠りたくもない 俺の側に来て何もしないでいてくれないか ---------------------------- [自由詩]何時かあのフィラデルフィアの階段を/虹村 凌[2009年2月25日6時18分] 世の中の奴が何を言ってるのかわからないんだ 難しい事を言っているようには聞こえないんだ なのに何を言っているのか理解出来ない きっと俺の言っている事も理解出来ない そう言うと君は小さく笑って じゃあ私が言う事も理解出来てないのねと言った 夢に見た事をずっと黙っておいたなら いつかその夢が本当になるんじゃないかと ふとした拍子に思ったんだよ だから言わないままの事が幾つかあるんだ そう言うと君は小さく笑って 私はあなたに嫌々犯される夢を見たわと言った 胴長のバスが走り抜けて再び部屋には俺以外いなくなる 夢を見ていた訳でもなければ幻影を見ていた訳でもない 何かと対峙していた訳でもなければ葛藤していた訳でもない ただ何時かあのフィラデルフィアの階段を駆け上ろうと コーラを飲み干した時に思いついたんだ ---------------------------- [自由詩]美術の先生は大きなキャンバスに描けばいいと言ったんだ/虹村 凌[2009年2月25日6時47分] 終電を逃したサラリーマンが 「人生お先真っ暗だ」っつーから 「修正液で直せるし書き込めるじゃねぇか」ったら 鼻で笑って寝ちまいやがった 仕方なしにイヤフォンで音楽聞いてたら いつの間にか起きてたそいつが 耳からイヤフォンを引き抜いて 「わかってんじゃねぇか」とだけ言ってまた眠った 大きな真っ白いキャンバスを目の前にして 何を描いていいのかわからなくなって ちょろっとだけ線を描いてみたら 酷く滑稽な気分になって どんどん線を引いていって 気付いたらキャンバスが滅茶苦茶になってて 白い絵の具も無くなってて もうどうしようもなくなって 真っ白なスーツを着て カレーうどん喰いに行ったんだぜ 始発が出る前にサラリーマンは 俺のスーツをちょっとだけ見て笑った 乗車券を無くした俺は彼と一緒に駅を出る事が出来なかった 家に帰る事が出来たら あのキャンバスは捨てて 何処かに捨てられたドアにでも何か描こうと思う カレーの染みがついた真っ白いスーツを着たまま ---------------------------- [自由詩]鉄条網の向こうを走るあの長い列車が通り過ぎるまで/虹村 凌[2009年2月25日13時58分] スーパーカーより速く走りたいのさ どんなメロディーよりも速く 鉄条網に寄りかかってジンジャーエールを飲みながら セブンスターに火をつけてそんな事を考えたのさ 鈍色の錆びた鉄条網につかまりながら 100両編成の長い貨物列車が走っていくのを コンクリートの陸橋の上から眺めている あの長い貨物列車が通り過ぎたら 耳にうるさいくらいの静けさがやってくる 列車が通り過ぎるまで何をしようか 暴力的に悪い事がしたい 拳銃を握り締めて日本刀を握り締めて 悪い事がしたい でも列車が通り過ぎるまで何をする? 投げ捨てたジンジャーエールの空き缶が 錆び付いた鉄条網を飛び越えて あの長い貨物列車に飛び乗ったんだ 雨の日のドブを流れる笹舟みたいに真っ直ぐ 真っ直ぐに この街を出て行く あの列車は夜でも無ければあの空き缶は俺でもない あの長い貨物列車が通り過ぎてしまう前に家に帰ろう あの長い貨物列車に飛び乗った空き缶がこの街を出る前に コップにジンジャーエールを入れてグラス越しに外を見たら 朝陽に輝く街が見えたんだ コップにオレンジジュースを入れてグラス越しに外を見たら 夕焼けに染まる街が見えたんだ コップにコカ・コーラーを入れてグラス越しに外を見たら 夜の闇に沈む街が見えたんだ 全部混ぜたら何も見えなくなる 遠くで長い貨物列車が走り続ける音が聞こえる あの列車が通り過ぎたら 耳にうるさいくらいの静けさがやってくる あの長い貨物列車は 夜じゃない ---------------------------- [自由詩]そこには大きな幸福も災いも無いだろうから/虹村 凌[2009年2月26日11時45分] 自分だけが不仕合せだとカン違いしてる人にこれ以上合わせてられないと ストロベリーチョコレートがスクリーンに横たわる まるで何時か俺がぶっ放した弾丸みたいに あなたの弾丸は眼球を突き抜けて 心のずっと奥の方へ飛んでいったよ 何度も繰り返されるもんだからすっかり覚えてしまったさ 弾丸の大きさ 色 形 温度 角度 動き方 でも何時までたっても痛いのは慣れないね 歯ァ喰い縛ったって 痛いもんは痛いさ 今日は煙草がやけに喉に引っかかりやがる 失態を繰り返し続ける俺の様な愚かな奴には 去り行く人間を引き止める力などありゃしない ただ嘘でもいいから聞かせておくれ 何処かで待ってるって 妥協の理由を探して町中うろついて 他人のカン違いを頼りに煙草にありついて それでも何処か待ってる君を捜す俺を信じたいのだ 笑うなよ 「笑ってないよ」 そんな風に あぁそうだ 時々エレベーターのドアをこじ開けて 暗い穴の中に整列された薄明かりが漏れて 綺麗なんだろうなって想像したら 飛ぶ衝動が抑えきれないんだろうな そんな事を考える事はあるかい? あぁそうだ ヴィックスヴェポラップを胸に塗り込んでくれないか そうしたらその白い腕で抱きしめて眠ってくれないか それなら安心して眠れそうな気がするんだ ---------------------------- [自由詩]ストロベリーストリート/虹村 凌[2009年2月27日16時23分] ロドリゲスは真っ赤な革ジャンを着てこう言うんだ 100両編成の貨物列車を見に行こう 信じるか信じないかは別だけど 俺は買ったばかりの真っ黒い中古のロングレザーコートを着て 真っ白いセブンスターって言う煙草に火をつけるんだ ウサギのマークのついたジッポで モマみたいな形をした駐車場と 何を教えているのか知らない料理学校の間の 薄暗くて汚い通りがあって 名前をストロベリーストリートって言うんだ 面白いだろ でも別に何も無いんだぜ ロドリゲスはそう言って俺にセブンスターをせがむんだ 俺は一本のセブンスターをわけてやる ロドリゲスは満足げにそれをくわえてどっか行っちまった 大体ロドリゲスが本名なのか何て知らないし 奴が何歳で何をしているのかも知らない ただバス停で出会った変な男ってだけで ロドリゲスから見たら俺も相当イカれてるんだろうけど そんな事はどうでもよくて バカみたいな事がしたいんだ 薄いボタンシャツを着ているからセックスしたくて仕方ないんだ 犯されたくて仕方無いんだ ストロベリーストリートでセックスしようよ 煙草吸ってる料理学校の生徒に コンドームを投げてやろうぜ 精子がたっぷり入ったやつを 奴等だって拍手してくれるさ 終わったら100両編成の貨物列車を見に行こう 自分の国じゃ見た事無いだろう? ここじゃ本当にあるんだぜ ロドリゲスが言ってた事は本当なんだぜ アメリカのコンドームにゃ精子溜が無いって知ってたか? スティーブがニヤつきながら言う 俺は知らないと答えてコカコーラを飲み込んで 犯罪とドラッグと酒と女と筋肉に ケチャップをかけてパンに挟んだらアメリカが出来るって知ってたか? って聞いたら スティーブの野郎 腹を抱えて笑いやがった そいつぁ間違いないって バカみたいな事がしたいんだ バカみたいな事がしたいんだ バカみたいな事がしたいんだ 今日は一日中薄いボタンシャツを着ていたからセックスしたくて仕方ないんだ 犯されたくて仕方無いんだ ストロベリーストリートでセックスしようよ 俺の事を犯してよ そうしたら 100両編成の貨物列車を見に行こう 100両編成の貨物列車を見に行こう ---------------------------- [自由詩]偏頭痛/虹村 凌[2009年2月27日16時31分] みんなが何を言ってるのかわからねぇ 目に飛び込んでくる記号が日本語で それぞれの言葉の意味は理解出来ても それが重なっていくと 何を言っているのか全然わかんねぇんだ 別に難しい事を言ってるんじゃないだろうし 俺がわかんねぇって事はみんなも俺の記号がわかんねぇって事にはならない みんなが俺以外の記号を理解してるとかどうだとか そういう話がしたいんじゃねぇんだ 何が面白くて何が面白くないっつーだけの話だろうけど 下らないこの気分を盛り上げてくれよ 別にぶっとぶ薬もいらねぇし ぶっとんだ奴等の音楽も聴きたくねぇんだ 長ったらしい映画も見たくないし 特別にこしらえた飯なんかも喰いたくない クソみてぇな気分なんだ 空を飛ぶヘリコプターと飛行機がぶつかって落ちて 道路を走り回るパトカーとバスを巻き込んで燃え上がって その火で洗濯物を乾かしたり冷凍食品を暖めたりするんだけど 誰も死傷者出てないんだよみたいな話しをしたいんだ 眠くなったらバスタブで眠ろう 毛布を敷き詰めて羽毛布団をひっかぶって きっと暖かいぜどのベッドよりも ---------------------------- [自由詩]おやすみなさい/虹村 凌[2009年2月27日16時38分] トチ狂ったフリをして黒人にニガーって言って歩こうぜ トチ狂ったフリをして白人にレッドネックって叫ぼうぜ トチ狂ったフリをして真っ白いスーツ着てカレーうどん早食いしようぜ トチ狂ったフリをして女子更衣室で普通に着替えてプールで泳ごうぜ トチ狂ったフリをして教員用便所で花火やろうぜ トチ狂ったフリをしてタクシー止めてロシアまでって言ってみようぜ トチ狂ったフリをしてコンビニで愛を売って下さいって言おうぜ トチ狂ったフリをしてマックのお姉さんにラブジュース下さいって言おうぜ トチ狂ったフリをして国会議事堂にションベンひっかけてやろうぜ トチ狂ったフリをして昔嫌いだった同級生を後ろからバットで殴りに行こうぜ トチ狂ったフリをして先生の眼鏡を指紋だらけにしてやろうぜ トチ狂ったフリをしてガソリンスタンドで焚き火しようぜ あー どれもこれもつまんなそうなので寝る あー そうだ 免許証持ってるけどペーパードライバーだからさ 誰かドライブつれてってくんねーかな 途中で寝ちゃうかもしれないけどな俺は 車ん中が好きなんだよ 雨の日とかは特に好きなんだ だから雨の日にドライブにつれてってくれよ どんな車だって構いやしねぇさ あー そうだ 海に行こうぜ雨の日に 誰もいないだろうから そんで車ん中で昼寝しようぜ 酒なんか要らないって どうせ一本開ける前に酔って寝るんだから だからドライブにつれてってくれないか でも今夜は遅いからもう寝るよ ---------------------------- [自由詩]この世界をどうにかしてしまいたくて/虹村 凌[2009年3月1日12時02分] 教室の蛍光灯を全部ブラックライトにして みんなのシャツを真っ白く浮かび上がらせてやろうぜ ノートも教科書も薄青く光って きっと楽しいから 公衆便所の便器を全てショッキングピンクにしてやろう 床と壁と天井は真っ黒く塗り潰してやろうぜ ジャクソンポロックみたいに白と赤をぶちまけて オシャレな便所にしちまおう 電車やバスの車体に絵を描こうぜ 下手だとか上手いだとかはどうでもいいから 好きなように絵を描こうぜ どうせ窓の外の景色見てる奴なんかいねぇんだ ついでに蛍光灯をブラックライトにしちまえ それで世界が変わるとか考えてないし 別に有名人になりたい訳でもなければ アーティストとかになりたい訳でもない これはきっと悪い事だろうから警察沙汰にもなるだろうし 捕まっても世間が味方についてくれるなんざ考えちゃいねぇ ただちょっと気にくわないからやってやったのさ 世界に絶望してる訳じゃないよ 俺が俺と言うだけで愛してくれるような女といたいって話でもないし 殺人の館なんてのをおっ建てて人を殺したい訳じゃない ただなんとなく造形が気にくわないから ちょっとしたイタズラをしたいのさ 寝る前にそんな事を考えたよ ブラックライトを眺めながら 俺は黒いからブラックライトじゃ光らないけど 色白な女の子はどんな風に光るんだろう 君の肌の上にブチまけたい精子は どんな風に光るんだろうね ---------------------------- [自由詩]鳥よりも自由の空を飛びまわりたくて/虹村 凌[2009年3月9日20時30分] 魚よりも自由に水の中を泳ぎまわりたくて 馬よりも自由に草原を駆け回りたくて 狂ったように吹き荒れる窓の外を眺めながら ずっと煙草を吸っているよ 鳥が自由じゃないのは知ってるし 死ぬまで泳ぎ続けなきゃいけない魚も知ってる それでも飛び回りたくて泳ぎ回りたくて このどこかイカれた世界から離れて どこか遠くに行きたいのさ どこか遠くだなんて言っても 知らない世界で十分なんだ きっと数十キロ離れれば知らない世界で また違った煙草の味がするんだろう 街の匂いもきっと違うだろう 別にこの街やここの生活に飽きたんじゃない 狂ったように吹き荒れる風を眺めていたら ふとそんな気分になったのさ 世界はイカれてるけど狂っちゃいないから もうじき夜明けがくる ---------------------------- [自由詩]アオゾラ・マシュー/虹村 凌[2009年4月3日0時29分] マシューは笑いながら何かを喋っている どうせラリってんだ そりゃ学校もクビになるさ 抜けるような青空が広がっている 学校をサボるのは昨日から決めてたけど こんなにも天気がいいのなら どこかへ行こうかなんて考えてしまう 行きたい所なんて無いけど 何時もそうなんだ 天気がいいと何処かに行きたくなるけど 別に行きたい場所なんて何処にも無い その移動している時間を楽しみたいだけで 行った先でどうとかは無くて マシューは笑いながら冗談を言うけれど 何時もスベってるんだ そりゃあ誰にも相手されねぇよ 天気がいいからって外に出なきゃいけない訳じゃない アニメ見てようがゲームしてようが俺の勝手だろう でも今日は天気がいいから外に出ようかと思うんだ 行きたい場所も何も無いけど 何時もそうなんだ 何処かに行こうと思っても行きたい場所なんて無い それはこの街に限った事じゃなくて 何処にいたって同じなんだ マシューは学校をやめてスーパーでカートを押している きっと今でも同僚に煙草を貰って吸ってるんだろう 連れだして欲しいのとも何か違う どこかに行きたいのは間違いない でもどこに行きたいのかがわからない 海とか山とか河とかそういうんじゃない 誰かの部屋でも雀荘でもゲーセンでもない どこか遠くもなく近くもない そんなところへ そうやっていつも陽が暮れていくのを見ている 窓の外はこんなにも綺麗な青空が広がってるのに 窓の外に出るのはこんなにも難しい マシューとは友達でも何でもない ---------------------------- [自由詩]拳銃/虹村 凌[2009年4月3日0時36分] 誰もいない部屋で一人 セルフポートレイトを撮る ガシャリとシャッターが切り取る空間に 閉じこめられていく 拳銃が欲しいんだ ---------------------------- [自由詩]例えばこの手の中に拳銃が/虹村 凌[2009年4月4日13時41分] 例えばこの手の中に拳銃があるとする リボルバーの中には1発の弾丸が込められているとする そうしたらその拳銃を 一体何に突きつけたいのだろう 前から一撃が欲しかった 総ての苛々とか悶々とかそういうのを全部 どっかに吹き飛ばせるような 形勢を一気に逆転出来るような 気に喰わないものを振り払うような 一撃が欲しいと思ってた 例えばこの手の中に拳銃があるとする リボルバーの中には1発の弾丸が込められているとする その一発の弾丸は 一撃と呼ぶにはあまりにも小さく貧弱だけど 俺にとっては間違いなく一撃で 前から一撃が欲しかった でもその一撃をどこに向けるのだろう その一発をその一撃を 後生大事に抱えたまま何処に向かうと言うのだ 繰り返し繰り返しエア拳銃自殺 繰り返し繰り返しエア拳銃自殺 繰り返し繰り返しエア拳銃自殺 繰り返し繰り返し それでもその一発は自分には向けない それでもその一撃は他人には向けない 例えばこの手の中に拳銃があるとする リボルバーの中には一発の弾丸が込められているとする 例えば目の前に死ぬ程に憎い奴がいるとする 部屋には二人しかいないとする 別に社会に風穴開けるとか転覆させるとか そういう大きい事を言いたい訳でもないし狙ってもいない ハローハロー聞こえているかい ハローハロー聞こえているかい ハローハロー聞こえているかい ハローハロー ハローハロー 例えばこの手の中に拳銃があるとする リボルバーの中には一発の弾丸が込められているとする 劇鉄は起こされていて指は引き金にかかっているとする 銃口はコメカミより確実に死ねる口の中に入っているとする それでも死ぬ事は無い エア拳銃自殺を繰り返しても どれだけ一撃を欲しても 外は春の雨が降って 僕は部屋で独りぼっち ---------------------------- [自由詩]アルカロイド・ショック/虹村 凌[2009年4月12日11時47分] 自分を自分で部屋に閉じこめたまま世界を変えようとするなんて あまりにも馬鹿馬鹿しいじゃないか 一緒に歌うテロリストになって 学校のトイレを塗装しにいこう 天井と壁と床を真っ黒に 便器をショッキングピンクに塗って そうしたら俺の脳味噌にオロナイン軟膏を塗り込めて 太陽の下で闘う事に意味は無い 人生などにたいした価値は無いと知った時から ずっと興味が失せたままで 他人の生活を困難にする事が唯一の機能なら もういっそ 人が「狂う」と言う贅沢を許すのは そういった立場にある時 でも多くの人々は狂ったまま 普通の人のフリを 潔白さと普通さと装って 自殺を言うスキャンダラスな道を選ばないまま もう 中学生が聞くんだ 普通って何ですか?って 現実って何ですか?って 大多数の人がそうであると思いたい 最高でも論理的でも適切でもない 社会全体の欲望に適合するようになったものがそうだと答えると 不満そうに煙草に火をつけて 本当の問題を隠す為に色々考えてるんだねと まるでルールを決めて罰を発明する為に それを破る方法を教えるカミサマみたいだと 笑う 生きたいのは(殺したいのは)自分の方だった 繰り返す同じテーマの物語 もっと話すべき事はあるのに 君の吸う煙草の中のヴィトリオールとか 君の吐く煙の中のリビドーとか 世界の裏側で腹を空かせて娼婦になる悲劇的な子供とか 同じ地平線で囲まれた街で高級娼婦を目指す大学生とか 俺が死んでも俺を恋しいと思わないから俺が愛せる女とか 誰もが何事に対しても自分の理論を持って 自分の真実だけが大切だと信じている 間違いじゃないし悪い事じゃない 脳味噌にオロナイン軟膏を塗り込めてくれ 肺にヴィックスを塗り込めてくれ シャカイは常に集合的な行動を教養するし人はそれを受け入れる ただ無理をし続けると人はあっけなく壊れるし死ぬ 壊れて行く美しさは格別のドラマだ 壊れて行自分を知りながら俺を愛さない眠る人の為に その傍にいると言う愛は大きな可能性だが 同時に果てしない絶望でもある 君はどっちに賭けるかね?とドクターは 私の最も卑しい部分を見ても尚優しく扱う俺を愛するのは不可能だ と君は笑って言う 最も下品で最も純粋に世界を壊して遊び回りたい 処女と娼婦 奴隷ご王様 それぞれの快楽を見て回って 笑う 生きたいのは(死にたいのは)自分の方だった 俺が死んでも俺を恋しく思わないからこそ俺は君を愛している シニカルに笑うコップの中の俺は アルカロイドショックから目覚めて久しく 今日中に起こるスキャンダラスでデカダンな話をずっと待っている 誰もいない部屋に自分だけで ---------------------------- [自由詩]卵/虹村 凌[2009年5月1日0時47分] 卵白がどろりと流れていく ---------------------------- [自由詩]朝/虹村 凌[2009年5月20日22時29分] もう一度冬の夜中を越えて 朝を迎えにいけたら 二人で昼寝をしよう 夜の次には必ず朝が来る 何て思って安心して寝てしまうより 朝が来ない事に怯えたり 狂った朝が訪れる事を恐れたりしながら 薄い布団の中で震えて 朝が来るのをじっと待とう 朝が来るまで何を話そう? 車が一色だなんて非常にツマランと思う 面白く無いなら色を塗ればいい とか 生きてる事が違法になったら面白い 明日が無いような行き方をしたいんじゃない 笑いながら生きたいんである とか 薄くて硬い布団の中で喋りながら 朝がくるのを待って 眠る ---------------------------- [自由詩]朝/虹村 凌[2009年5月27日19時22分] 遠くのビルの上の方でざわめく航空標識の赤い燈が 少しも愛情を感じさせない顔つきで 「愛してる」 と言ったお前に見えた 僕の希望がお前の希望を犯して蝕んでいく 原点から点々と点が伸びてやがて線に 線は延びて折れてやがて面に 愛した思い出を愛してるだけだよ メリーゴーラウンドのメランコリックな速度に 振り落とされて弾き飛ばされて 遠く遠く離れていく 朝風呂桶の中で沈んでいく ---------------------------- [自由詩]僕と、お昼を。/虹村 凌[2009年6月4日22時30分] 誰かが言った 「我慢するんだ」 僕は叫ぶ 「我慢するよ」 アルバイトの説明会場の中に充満した お金お金お金 生活生活生活 毎日毎日毎日 その空気に軽い吐き気を覚えながら 全てを終えて 会場の外で煙草に火をつける 誰かが言った 「我慢するんだ」 僕は叫ぶ 「我慢できない」 相変わらず子供っぽいという自覚はあるけれど 普通普通普通 未来未来未来 病気病気病気 全てを一言で片付けられると その逆を言いたくて 黙って通り過ぎた後で呟く 誰かが言った 「我慢するんだ」 僕は叫ぶ 「我慢してるよ」 電車の中で見る人人人 駅構内や改札ですれ違う人人人 街の中で肩がぶつかる程の距離にいる人人人 今日明日明後日 誰かが死ぬかも知れないし誰かが殺すかも知れない 今日も今日とて4000人が生まれて4000人が死ぬ 死ぬ死ぬ死ぬ あまりにも無造作にそこに転がるそいつが どこを見ているかわからない目つきで そうか そいつと目が合うと死ぬって事か だからみんなどこを見ているのかわからない目つきで 誰かが言った 「我慢するんだ」 僕は叫ぶ 「我慢できない」 痛いだとか苦しいだとかがもうそこら中に溢れかえって その事にも麻痺っしちまって気付けないでいる 挙句の果てに全部は闇の中に押し込められて それだけでみんな頷いて 忘れていく 忘れていく 忘れていく 忘れて 行く 誰かが言った 「我慢するんだ」 俺は叫ぶ 「我慢できない」 冗談じゃねぇ 全てが光だったり闇だったりしてたまるかよ ---------------------------- [自由詩]いち/虹村 凌[2009年6月4日23時17分] いつか高田馬場の駅前広場で スーツを着て歌うんだ 我慢ならねぇ事が多過ぎる ---------------------------- [自由詩]その日はセックスしなかった/虹村 凌[2009年6月5日0時38分] 六畳に敷かれた万年床に横たわって 彼女は幸せだと呟いた 彼女の彼氏が会社に向かうのを 俺と二人で見送った後に 彼女は六畳に敷かれた万年床で 幸せだと呟いた その日はセックスはしなかった こんな事は秘密でも何でもない 彼女の彼氏だって知ってる 六畳に敷かれた万年床に横たわって 彼女は幸せだと呟いた 俺は随分昔の事を思い出して あの時みたいに三人で眠りたいなと思った もう一人は彼女の彼氏じゃなくて 俺の好きな人 その日もセックスはしなかった ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]面接/虹村 凌[2009年6月6日22時49分]  特に面白い事も無かった今日の業務を終えて、ロッカールームで着替える。館内全面禁煙、路上も全て禁煙なので、早いとこ駅前で煙草を吸いたい。何度か、外に出た瞬間に煙草に火をつけて、白い目で見られた事があるので、あまり吸わないようにしている。体は避けた、でも煙はぶつかった…なんてのはヤクザもんの因縁みたいだ。  ロッカールームを出ると、職場の女の人がそわそわしながら立っていた。俺の面接の時の担当だった人である。 「お疲れ様です」  彼女のドラマを想像しながら、軽い挨拶だけで済ませようとした俺に、彼女は 「あ、あの…」  と話しかけてきた。残業の話だろうか?だったら嫌だ。俺は一刻も早く煙草が吸いたいし、缶珈琲が飲みたい。しかし、彼女のそわそわした態度が、普段見ない私服が、おぼろげにもドラマを連想させる。まさか、とは思うが、期待せずにはいられない。 「はい」  俺は立ち止まり、散々どの返事をしようか迷った挙句、この返事をするのがやっとだった。 「あの…この後、空いてますか?」  残業じゃないらしい。それどころか、何かあるらしい。でも期待は禁物だぜ、シフトの交代とか色々あるじゃないか。期待した時の肩透かしは、カウンターパンチみたいなもんだ。 「空いてますよ。」  俺はそれだけ答えると、気付かれないように深呼吸をした。 「じゃあ…あの、ちょっとお茶でもしませんか?」 「いいですよ。じゃあ、俺が知ってる珈琲屋でいいですか?」 「はい。」  それだけの会話を終えると、無言に戻り、若干気まずい空気が流れる。別に、この空気は苦手じゃない。俺は平気なのだが、相手はどうなのだろう。よくわからん。彼女が苦手なら、気を使って、この空気を換えねばならない。とは言え、何を話したらいいのか。自慢じゃないが、引き出しは多い方だと思っている。それだけに、わからない。あまり外すと、更に気まずくなる。さて、どうするべきか。無難なのは、本日の業務内容の事くらいだろうが、それもそれで無難過ぎる。すまない、嘘だ。会話の内容より、彼女の事が気になって仕方無い。何だろう、勧誘とかは本当に勘弁して欲しいが、まさかの逆転グランドスラムとかか?  何時もより、若干階段を上る足音が大きい。力が入っているのか。そりゃあ緊張だってするだろう。一歩ずつ、足音が違う事に、俺自身が笑ってしまいそうだ。先に階段を上る彼女の表情は読み取れないが、ちょっぴり俯いているように見える。階段を踏み外しそうな気配は無いので、あまり後ろに立つ意味は無いかも知れない、と思った。  本館を出ると、見慣れた裏通りの喧騒が広がっている。帰宅する社員やアルバイト、何かを搬入する人達、警備員、一般客。統一感の無いそれらが、それぞれの方向に向かって動いているが、誰もぶつかったりしない。シューティングゲームよりも綺麗な動きで、弾幕みたいな人間達をそれぞれが避けながら、歩いていると、いつも思う。その人ごみの中を、彼女と並んで歩く。相変わらず無言である。時折、他の人にぶつからぬように、前後して位置をずらす。普段、歩くペースは早い方だと言われているので、少しゆっくり目に歩いている。色々と、考える時間も欲しい。  駅前の喫茶店は、あまり人が入っていなかった。この時間はこんなものかも知れない。俺は店員に二人だという事を告げると、階段を上がって二階の隅の席に彼女を通した。別段、何がある訳でもないが、この店で珈琲を飲む時は、ここで飲む事が多い。今日も、偶然にこの席が空いていただけだ。  彼女の注文の後に俺はブレンドと灰皿を頼んだ。灰皿が付く前に、俺は彼女に断ってセブンスターに火をつけた。セブンスターの香りが広がる。 「私も、いいですか?」  彼女は、長い沈黙を破って、そう言った。俺はどうぞ、とセブンスターを差し出すと、彼女はゆっくりと抜き取って、備え付けのマッチで火をつけた。ふぅ、と吐き出した彼女の煙が、ゆっくりと立ち上って、俺が吐いた煙と混ざって、天井でぶつかって散っていった。以前、彼女が休憩室でピースを吸っているのを見た事があるので、別伝意外では無い。 「話って、何ですか?」  彼女が3回目の煙を吐ききったところで、なるべく冷静を装って、俺はゆっくりと聞いた。声のトーンが、いつもと違う。 「あの…」 「…」 「あの、いま、お付き合いしてる人って、いるんですか?」  出た、まさかの逆転満塁グランドスラムだ。これは、どうした事か。落ち着いて素数を数える余裕も無い。素数が何だったか、広辞苑で調べたい気分ですらある。ウェイトレスが、二人分の珈琲と灰皿を置いて立ち去ったのを見てから、ゆっくり答えた。 「いえ、いませんよ。ここ数年いません。」  最後の一言は余計だったかも知れないが、言ってしまったことはしょうがない。俺は半分も吸っていないセブンスターを灰皿に押し付けると、新しい一本を取り出して火をつけた。 「そうですか…意外です…」  よく言われますよ、モテそうですってね。実際、そんな事は無いんですよ、と言いそうになるのを必死で堪えて、大きくセブンスターを吸い込む。彼女が放置したセブンスターは、灰皿の上でゆっくりと灰色になっていく。 「あまり、自分じゃわからないんです」  俺はブレンドを少し、流し込んだ。唇が乾燥してきている。そして眠い。緊張すると眠くなる性質なので、今、非常に眠い。申し訳無いが、寝てしまいたい。大体、前に俺が告白した時も、半分眠りそうになっていたくらいなのだが、誰もこんな事は信じてくれない。 「あの…」 「はい」 「あの、私と付き合っていただけませんか?」  出た。もう駄目だ、サヨナラ逆転満塁グランドスラム。猛烈に眠い。意識が一瞬、遠のいていく。どういう事だ。何かの罰ゲームか?だとしたら悪質だぜ。 「あの、駄目ですか?」  どうやら俺の無言が長かったらしい。もしかしたら、本気で意識を飛ばしていたのかも知れない。俺はブレンドを一気に流し込み、セブンスターをもみ消すと、深呼吸をした。 「全然、駄目じゃないです。むしろ、すげぇ嬉しいんです。でもですね、えぇと。」 「…」 「正直な話をするとですね、嬉しいんですが、色々と疑問がありまして。 「はい」 「失礼ですが、本当に申し訳ないけど、罰ゲームとかじゃないですよね?」 「そんなんじゃ、ありません」 「ですよね。いえ、あの、慣れてないんで」  慣れてようが慣れていまいが、不躾なのに変わりは無いが、ここら辺は重要だ。罰ゲームだったら、クビ上等で関係者全員を蹴り飛ばしに行ってやる。さぁ、ここで俺はこの場外ホームランに対してどう対処するべきか。 「それでですね、えぇと」 「はい」 「あの、俺、普通じゃないけど、いいんですか?」 「どういう事ですか?」 「説明すると、非常に長いんですけど」 「そうですか…」 「いや説明したくないんじゃなくて、本当に長いんです」 「…」 「じゃあ軽いところから、いきます。最初は、普通です」 「はい」 「見ての通り、煙草吸います。そんで止める気は微塵もありません。いいですか?」 「はい」 「それと、あぁ、どこから話そう。麻雀打ちます。仲間内だけですけど。」 「はい」 「でも他のギャンブルはしません。気まぐれで、パチンコに1000円突っ込むくらいです」 「はい」 「えぇーと、後は何だ。こう考えると、整理できてないのでアレなんですけど」 「…」 「申し訳ないです」 「大丈夫です」 「もうわかってると思うんですけど、変ですよね。」 「はい、ちょっと」 「これでもいいんですか?」 「…」  ですよね、と心の中で呟いて新しくセブンスターを咥えて、火をつける。彼女に煙がぶつからないように、横を向いて煙を吐く。あぁ、眠ってしまいたい。 「あの…」  彼女が小さな声で質問を投げかけてきた。 「あの、それだけですか?」  ちっともそれだけじゃあ、ない。 「いえ、あのもうちょいあるんですけど…整理できてなくて何処から聞いていいものか…」 「あの、ちょっといいですか?」 「あ、はいどうぞ。」 「そういう事って、毎日の中で理解していけばいいじゃないですか」  まさにその通りである。しかし、言いにくいんだが、うぅん。 「まぁ、そうですよね。」 「何か、いいにくい事でもあるんですか?」 「はい」 「実は、女の子じゃ出来ない、とか…」 「あ、いや、違います!若干二刀流寄りですけど基本的にノンケです!」  勢いよく言ってしまった。 「くすっ…」  わ、笑い事じゃない。そもそも笑えるのか疑問である。 「ま、まぁそういう事なんで、言いにくいのはそういう事じゃなくて」 「ふふっ…いえ、大丈夫ですよ。じゃあ、勃たないとか?」 「そこも大丈夫です」 「私はスカトロジストとかペドロとかじゃなければ、大丈夫ですよ」 「そうですか…じゃあ、多分、大丈夫です」 「まだ何かありますか?」 「あ、ん、うーん」 「浮気性とか?」  いつの間にか、彼女と初めて会った時のように、面接官は入れ替わっていた。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]面接(2)/虹村 凌[2009年6月10日0時22分] 「いえ、そういう事でも無いんですが、違わなくないような」  俺は返す言葉に詰まり、珈琲カップを持ち上げてから、さっきその珈琲を飲み干した事に気付き、汗だくになったグラスの水を、一気に飲み干した。氷がガシャリと音を立てる。  濡れた指をズボンで拭い、もう一度セブンスターを大きく吸い込む。紫色には見えない煙が、ぐるぐると舞い上がっている。  さて、どこから話せばいいのだろうか。高校の頃からの話をすると、余裕でこの店の閉店時間を越えてしまいそうだし、そんな長い話は聞きたく無いだろう。重要なのは、俺がどう変わっているのかを、手短に、端的に、簡潔に、それでいて納得の出来る理由やエピソードを踏まえて話さなくてはならない。言うのは簡単だが、やるのは難しい。  自分は変人である、と言う自覚はある。だが、さほどでもないと言う自覚もある。そのバランスが重要であると考えているが、じゃあこの三つをどう話そうか、と言う事に、最初から戸惑っている。ここまで来て、また今度、と言う訳にはいかないだろう。 「俺、別に浮気とかはせんと思うんです。と言うか、出来んと思います」 「どうしてですか?」 「あんま、モテないんで」  言った瞬間に、しまった!と心の中で叫んだ。これは言うべきじゃなかった。彼女の表情が一瞬曇った。人生は選択肢の連続だと言うが、何となくその通りだろうと思う。あまりやった事は無いが、ギャルゲーなんかだと、こういう時に選択肢が三つくらい出てきて、その選択肢で好感度が上がったり下がったり、なんて事を考えている。現状は、どう考えても好感度が激しく下がっている。  空気が読めない訳ではない。むしろ、空気は敏感に読める方だが、そのリカバリーの仕方を全く知らない。俺の脳味噌がフリーズする。ね、眠い。 「…あんまりそういう事言わない方がいいと思います」  彼女は、灰皿の上で燃え尽きたセブンスターを眺めたまま、こちらを見ずに小さい声で言った。 「すみません。こういうの、慣れてないんで、つい」  俺は縮こまって、灰皿の上でチリチリと燃えるセブンスターを手に取る事が出来ずに、しばらく眺めていた。  パァーン!とデビル俺が脳内で弾けた。もう我慢ならねぇ!何なんだこの状況!ありえねぇだろ!何で俺が追い詰められてんだ!何か悪い事言ったか?!冗談じゃねぇ!事実を言っただけじゃねーか!あーそうですよ!モテない人生歩んできましたよ!半年続いた試しがありませんよ!それがどうした!お前に関係ねーだろ!何だってんだ!  などと言う事はおくびにも出さず、俺は何とかコップの中の水滴を舐めた。少しだけ、冷静さを取り戻し、デビル俺はなりを潜めた。  逆転満塁ホームランを打たれた投手が、交代させて欲しいにも関わらず、ブルペンには誰も控えおらず、投手交代も出来ないままマウンドに立っている心境とは、このような感じなのだろうか、などと本当にどうでもいい、場違いな事を考えている。俺の脳味噌が読まれていたら、ジャパニーズオーシャンスープレックスホールドをぶちかまされても文句は言えない。だめだ、他の事を考えたい。と言うか、眠りたい。極度の緊張で喉が渇いているが、それ以上に眠りたくて仕方が無い。 「あの…」 「はい」  反射的にビクッとする筋金入りの女性恐怖症だ。 「煙草、セブンスターですよね。」 「セブンスターソフトです。たまに、浮気してキャメルとかピース吸ったりしますけど」 「私、ピースなんです」 「知ってますよ」 「え?」 「前に、休憩室で吸ってるの、見た事あるんです」  言った後に、少しばかり後悔した。いつも見ていると思われたか? 「そうですか…休憩室では一回くらいしか吸って無いのにな…」  小さな、でもよく通る声で呟いた彼女は、鞄の中から、ピースを取り出すとジャケットの上着からジッポを取り出して火をつけた。  何だ、持ってたんじゃないか、と言おうとしてやめた。彼女の真っ白な指が、黄色いソフトパッケージのピースを叩き、真っ白いピース一本を、取り出す動作を眺めていたからだ。別段、美しい訳ではなかった。取り立てて、不器用な動作でもなかった。ただ、何か、ひっかかる動作だった。誰かの動きに似ているのだろうか、と知っているスモーカーを脳内検索したが、誰一人彼女に近い動きをする人はいなかった。  ジッポの先に、香水を吹き付けてあるのか、柔らかい香りが、一瞬広がってはじけていった。俺も、もう殆ど燃え尽きたセブンスターに手を伸ばし、少し吸い込んで、彼女が吐き出すピース色の煙に、セブンスター色の煙をぶつけて、煙草をもみ消した。 「浮気っぽいんでも無かったら、何が言いにくいんですか?」  彼女が、少し踏み込んだ質問をしてきた。なかなか打ち明けない俺に、多少の苛つきを覚えたのだろう。  困った。  組んでいた足を解いたのか、彼女の足が俺の脛をかすめて行った。この程度でドキドキするような奴だぜ、俺は!と心の中でデビル俺が笑っている。俺の肉体は、彼女の目を見るのが怖くなって、眉間のあたりを見つめている。  話をせねばならん。今更か、と言う気もするが、俺にしちゃ早い方だ。とても早い方だ。今は俺を褒めてやりたい。普通なら腹を括るのに一週間は要すると思う。全てを話すのは疲れるとか、面倒とかの怠惰な考えと、どうせ受け止められんだろうとか、失礼・無礼な考えまでがデビル俺を成長させ、対話と言うのを怠らせる。これが良く無いとわかっていても、ついつい手を抜いてしまう。 しかし、今回は彼女から聞いてくれているのだ。説明出来ないと、本当にただの変人になってしまう。説明できる限り、何とか普通でいられる。今まで、説明を怠ってきたから、変人扱いされてきたし、それが嫌だったから、色んな場所で仮面をかぶってきた。  俺は新しいセブンスターを取り出して、火をつけた。  店員が、新しい灰皿に交換してくれた。 「端的に言うと、俺、」  ここまで言って、次の言葉を選んでいる。 「変、なんです」 「…」  さっき聞いたよな、と思い急いでフォローの言葉を探す。 「どう変かって言うと」  待ってました、と言わんばかりに彼女がこちらを凝視する。あからさまに体温が上昇し、心臓の鼓動は早くなり、喉と唇は干上がり、あごが微かに震え出した。 「俺、女の人、怖い、んです」  言い終わった後、乾燥のあまり、かはっと変な音が出た。ろれつが回っていたのかすら記憶に怪しいほど、緊張している。彼女は、俺が何を言っているのかわからないと言う表情で、ずっとこちらを見ている。視線が外せない。完全に、空気に飲まれている。びしょびしょに濡れたグラスの中で、氷が音をたてて解けたのを機に、俺は慌ててグラスに手を伸ばし、わずかな水を舐め、ついでに氷を噛み砕いた。  長い。あまりにも長い沈黙が訪れる。緊張のあまり飛びそうになる意識を、新しいセブンスターでどうにか繋ぎ止める。 「あの…」 「かっ…」  はい、と言おうとして、また喉から変な音が出た。 「?」 「いえ、なんでしょう」 「その、女の人が、怖いんですか?」 「はい」 「私も、ですか?」 「女の子、ですから、正直、怖いです」 「何が怖いんですか?」 「何考えてるか、わからないんで」 「そんなの当然じゃないですか」 「そりゃそうなんですけど、何かこう、男子校出身だし」 「そんなの関係ありません」  一蹴されてしまった。 「言ってください。私の、何が怖いんですか?」 「…」 「言って、下さい。」 「外、出てもいいですか?」 「え?」 「場所を変えて、お話します」  俺は席と立つと足早に一階に下りて、レジで会計を済ませると、素早く外に出て、セブンスターに火をつけた。申し訳ない、彼女の事を、一瞬の間、忘れていた。  彼女は後から出てくると、財布を出して 「幾らでしたか?」  と訪ねてきた。 「500円です」  嘘だ。ただ、払い易いように、幾らか差し引いただけだ。オゴるのも何か違う気がするし、あまり細かい割り勘も俺のポリシーじゃない。そもそも、そんなおごるような余裕は無い。それが一番の理由かも知れん、と500円玉を受け取って、財布に仕舞いこむ瞬間に見た、俺の財布の薄さを見て心の中で呟いた。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]面接(3)/虹村 凌[2009年6月10日0時23分]  生ぬるい風が、ジャケットを抱えた脇の下を通っていく。ションベン横町と呼ばれる薄汚い通りの入り口にある喫茶店を出て、俺は人気の少ない方に歩き出した。咄嗟に良い場所が思いつかないが、とりあえず駅から離れれば、それなりに人気は少なくなるだろう。  さっきとは違って、俺は彼女の前を歩き始めた。もういっそ、このまま消えていてくれないだろうか。全部嘘で、全部夢で、全部幻だったら良いんだ。そうだよ、こんな事がある訳が無い。俺は一人でお茶を飲んで、俺は一人で店を出た。二杯のんだから二杯分の請求だったんだ。そう思って、後ろを振り向くと、余所見しながら歩く彼女が、俺の真後ろに、いる。  いた。帰りたい。眠い。  どうやって辿り着いたのか、ビジネス街のど真ん中にある空きスペースに辿り着いた。摩天楼に囲まれて、小さな月が顔を出している。勿論、星なんざ見えない。地球上じゃ4等星までしか見えないとか言うが、一等星もままならないのが、この都会の空である。  しかし、俺はよそから来た人に、この街の空の事をとやかく言われるのが嫌いだ。四角いだの、濁ってるだの、汚いだの、星が見えないだの、のっぺりしてるだのと、いわゆる田舎から来た人間は言いたい放題であるが、冗談じゃない。これが俺が見て育った空なのだから、そんなに全力で否定されて、いい気分の訳がない。  そんな事を考えながら、空いているベンチに座って、セブンスターに火をつけた。彼女も横に座って、黄色いピースに火をつけた。 「もう、話してくれますか?」  何かが、俺の心臓を締め付けたような気がした。彼女は黙ってピースを吸って、俺の言葉を待っているようだった。 「俺、言ったじゃないですか」 「はい」  俺の言葉を待っていたのか。少しだけ、彼女の声に明るさが戻った気がした。気の所為かも知れない。勘違いでもいい。そう思わなきゃ、次の言葉が、出てこない。 「女の子、怖いんです」 「はい」 「俺、好きですよ、女の子」 「はい」 「AVとかも見るし、エロ本だって読みます」 「はい」 「正直、この小一時間くらいで、どんどん好きになってます」 「私の事を、ですか?」 「そうです」  何て呼んでいいのか、わからなかった。 「だったら、いいじゃないですか」 「でも、怖いんです」 「私が、ですか?」 「女の子が、です」 「それは、やっぱり私も含まれてますよね?」 「…はい」 「…」  最後の彼女の声が、本当に悲しそうな声で、申し訳なくなってくる。 「あの」 「…はい」  あまりにも力の無い答えだったのだろう、彼女が一瞬、身を乗り出してきたのが、伏せた俺の目の視界の隅の方に見えた。 「幸せに、なりたくないですか?」  幸せ、と言うざっくりとした、とても不明確で、傍にあったような、ずっと望んでいたような、何となく、俺が考えている幸せと似たような、そんな気がする響きで、彼女は「幸せ」と言った。俺の鼓動が速度を上げた。 「幸せに、なりたくないですか?」  顔を上げた。彼女がこちらを真っ直ぐに、見つめている。視界がガクガクと揺れる。 「…です」 「え?」 「幸せに、なりたい、です」  自分でも情けない程に、小さなかすれた声で、俺は答えた。臨界点が近い。 「だったら、何で、幸せにならないんですか?」  もう、いいのかも知れない。 「助けて下さい…」 「え?」 「俺、幸せに、なりたいです」 「はい」 「でも、怖いんです」 「…女の子が、ですか?」 「幸せになるのが、です」 「幸せになるのが、ですか?それは、終わるのが、とかですか?」 「それも含めて、怖いんです。終わるのも嫌われるのも憎まれるのも、怖いんです」 「何で、そんな事言うんですか?」 「俺、駄目な人です。だから、自信無いんです。失礼だってわかってます。でも、怖いんです。怖くて、仕方無いんです」 「…」 「笑わないで下さいね」 「笑ってません」 「俺、幸せになりたいです。でも、それに抵抗している自分がいるんです」 「抵抗している自分?」 「俺の中の、駄目な俺の中の、その、悪い俺みたいなのがいて、そいつが、俺を、止めるんです。幸せになっちゃいけないって。それが終わったら、お前は立ち直れないって」 「…」 「永遠なんて、信じちゃいません。でも、終わりを見てる訳でもありません。誰だって傷つくのは嫌だってわかってます。俺が人一倍、弱いとかそういう事を言いたいんでも無いんです。ただ、怖いんです。知らない場所に行くみたいに、凄く怖いんです」 「じゃあ、期待もしてるんじゃないですか」 「え?」 「知らない場所に行く時って、何か期待しません?」 「…」  何かが、プチッと音を立てた。胸の中の、暗くて重い何かが、ずるっと滑り落ちた気がする。頬が熱い。息が上手く出来ない。指の間から、セブンスターがすべり落ちた。 「涙、出てますよ」 「ばい゛…」 「鼻水も、出てます」 「あ゛い゛…」 「顔、ぐちゃぐちゃです」 「う゛ん゛…」 「よだれも、垂れてますよ」 「うぅ…」 「そんなに泣かないで下さい」  甘えたい、凄い勢いで甘えたい。しかし、彼女の服に鼻水と涙とヨダレが付く。しかし、生憎だが今日の俺はハンカチを持っていない。苦しい。息が出来ない。胸も苦しい。つっかえてた何かが、取れたんだけど、なんか苦しい。息って、どうやってするんだっけ?  ぐふっ、とむせ返ってから、彼女がハンカチを差し出している事に気付いた。  あ、と言う言葉が脳味噌の中にポツンと現れた。 「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛っ…」  その日、俺は、久し振りに、声を出して、泣いた。恥も外聞も無く、大きな声で、泣いた。  ずっと前から、俺は泣きたかったような、気がした。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]面接(4)/虹村 凌[2009年6月10日0時23分]  別に、泣く事を堪えていた訳じゃないと思う。感情を押し殺して生きていた訳じゃないと思う。ただ、感動する事が、少なくなっていたんだと思う。何事にも動じない、と言えば聞こえはいいが、結局は無感動と言う、あまり褒められない精神状況であった。別段、感動する事を嫌っていた訳でも、軽蔑していた訳でも無い。ただ、泣く事が極端に少なかった。泣きたかったんだと思う。  一度泣き出すと、しばらく泣き止む事が出来なかった。彼女は俺の髪の毛を左手で撫でながら、右手で俺の右ひざを叩いていた。何かが、どんどん解けていくような感覚が、胸の真ん中辺りで始まっている。冷たくて暖かいものが、心臓の周りをぐるぐると回っている。それが何なのかわからないけれど、それが収まらない事には到底、泣きやめそうに無い気がする。 「何をそんなに、我慢してたんですか?」 「うぁぁ」 「泣いてちゃわからないじゃないですか」 「うぅ…ぐへっ」  息継ぎが上手く出来ずに、思い切り咽て、咳き込んだ。ひとしきり咳をして、深呼吸をすると、ぬるくて思い空気が、肺の中に入り込んできた。ジャケットの内ポケットに、何時から入っていたのかわからない、未開封の古いポケットティッシュで、顔中の水分をふき取って、ふと頭を上げると、彼女はじっとこっちを見ていた。 「うぅ…」  俺は何と言っていいのかわからず、子供のような唸り声しか出せなかった。  彼女はハンドバッグの中をごそごそやると、手鏡を取り出し、俺に向けて言った。 「まぶた、すごい事になってますよ」 「あ…」  何と言うベタな展開だろうか。とは言え、こういう場合は、こういうベタな事の方が、気取っていないし、良いんじゃなかろうか。  それにしても、酷い顔である。赤く腫れあがったまぶたが目を塞いでいる。正直、少し痛い。冷たいものを目に当てたい気分だ。家の冷凍庫にスプーンを入れて、目を冷やしていた事があったが、今ほどそれが欲しい時は他にない。この痛々しいまぶたをどうにかせねば、電車に乗って帰れない。 「何か、冷たいもの買ってきますね。缶珈琲でいいですか?」  彼女はそっと立ち上がると、財布だけを持って足早に自動販売機の方に駆けて言った。俺は気持ちが少し落ち着いたところで、セブンスターを取り出した。最後の一本を抜き取って、空になったソフトパックを握りつぶす。ぐしゃりと音を立てて、白くて柔らかい箱は捻れて原型を失った。  少し離れたところで、彼女が自動販売機の白い光に照らされて、暗いビルの谷間の中で浮き上がって見える。暗い中に浮かび上がる白い姿は、もともとが少し細い彼女を、いっそう細く見せる。ガタン、ガタンと言う音の後に、彼女は屈んだ。  そこまで見ると、俺は視線を地面に落とし、自分の流した涙と鼻水とヨダレが集まった、黒いシミのような水溜りを見ていた。煙草の白い灰がくるくると舞って、幾つかが黒いシミの中に落ちていった。  自動販売機の灯りに照らされた彼女は、立ち上がると、一瞬だけ闇の中に消えて、再び何処かから差し込む光に照らされて現れたり、また消えたりした。向こうに行く時も、あぁやって出たり消えたりしたのかな、と思う。彼女は近くまで来ると、缶珈琲を放り投げた。 「っとォ。」 「それで冷やして下さいね」 「うん」  俺は缶珈琲を即座に開けずに、しばらくまぶたに当てていた。熱がすっと引いていくのがわかる。隣で、ジッポで火をつける音がする。ぶわっ、とピースの香りが広がる。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]面接(5)/虹村 凌[2009年6月11日23時50分]  端から見たら、随分と間の抜けた画なんだろうな、と思う。この逆なら、今までに何度か見て来たけれど、今のこの状況、男が泣いていて女が慰めていると言うのは、俺は見た事が無い。何だかおかしくなってしまう。自嘲気味に、ふっと笑いが漏れた。 「やっと、笑いましたね」  彼女は、半分よりも小さくなったピースを携帯灰皿に入れると、缶珈琲をぐっと飲み干した。唇の端に、夜の所為で血にも見える、濃い茶色の液体が、うっすらと滴になって溜まっている。彼女は手の甲で、その赤茶色い滴を拭うと、ふぅ、と小さなため息をついた。 「もう、大丈夫です」  俺は缶珈琲を腫れた目蓋から話すと、プルトップを引いて、少しぬるくなった缶珈琲を一口飲んだ。ポケットに手を入れて、さっきセブンスターを吸いきってしまった事を思い出した。すると彼女はそれを察したのか、ピースを取り出して、俺に差し出した。タイミングの悪さにも、この画にも、何だか情けなさを通り越して、おかしさが腹から込み上げてきた。 「行きましょうか」  彼女と並んで、駅までの道を戻る。まばらだった人影は段々と増え、車の通りも増えていった。くすぐったいような、何だか得体の知れない感情が、ふつふつと沸きあがる。  こういう発作みたいなのは、別に今みたいな状況じゃなくてもよくある。スクランブル交差点の真ん中で、「ごめんなさい!」とか「冗談じゃねぇ!」とか叫んだりしたくなったり、電車の中で意味不明な叫び声をあげたくなったり、片っ端から道行く人を捕まえて「君の哲学を教えてくれ!」と問い詰めたくなったり、色々としたくなる。叫んだりはしないけれど、そんな衝動はある。自転車ですれ違う人にラリアートをしたくなるような気分に似ているかも知れない。通り魔的な小規模なテロ行為だと思うが、実際に行動に移さなければいいだろう。考えるだけなら、犯罪にはならない。黙ってさえいればいい。  そんな事を考えている俺を見抜いたのか、 「何を考えているんですか?」 と彼女は聞いてきた。俺は、今考えていた事そのまんまを、伝えた。 「やっぱり、俺、変わってますかね」  別に、何の期待もしないで聞いたのだが、 「そうですね」  と言われると、一抹の寂しさを覚える。 「そんな淋しそうな顔、しないで下さい」 「してた?」 「してました」 「そんなつもり、無いんだけどな」 「凄く淋しそうでしたよ」 「演技、下手だからさ」  そういうと、彼女は不思議そうな顔をして俺に聞いた。 「何で、演技なんてするんですか?」  別に大した意味も無いし、理由も無い。ずっと仮面を被ってる訳じゃないし、ずっと演技している訳じゃない。俺の精神力は、そんなに強くないし、集中力も無い。ただ、俺が落ち込んでいる時は、周囲に気を使わせないように、少しだけ、演技をする癖がついていた。それも、みんなに見抜かれていたのかな。とんだピエロだ。流石に、自嘲せずにはいられない。 「何がおかしいんですか?」 「いや、色々バレてんだなって思いまして」 「演技力、あまり無いんですね」 「そうですね」 「でも、もう演技なんてしないで下さいね」  環境に順応するのは、早い方だと思っていた。でも、何だか慣れない。このくすぐったい空気が、凄くふわふわとしていて、なかなか馴染めないでいる。 「はい」  照れくさい。非常に、照れくさい。どうしていいのかわからない。恥ずかしいとは思わないが、こういう状況には本当に不慣れなので、思考回路はショート寸前である。ごめんね、素直じゃなくて。夢の中でも言えないだろうが、心の中でだけ謝っておこう。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]面接(6)/虹村 凌[2009年6月11日23時52分]  あまり会話の無いまま、駅の改札口に着いた。大勢の人間が、無造作に出たり入ったりしている。前に誰かが、水族館みたいだな、と言っていたのを、いつも思い出す。確かに、色んな種類の人間が、ちょっとずつ違う表皮で、向こうからこちらへ、こちらから向こうへ、群れの中を擦り抜けるように進んでいる。そんな事を思い出しながら、回遊魚の群れの中を歩いていた。改札口の手前まで来た時、彼女が後ろから俺のジャケットの袖を掴んで引っ張った。回遊魚は泳ぎ続けないと死んでしまうらしいが、ここの人間と言うのは、歩き続けないと他の人にぶつかるらしい。彼女に引っ張られながら、改札前を横に逸れて、壁際まで辿り着いた。  彼女は少し下を向いていた。右手は、俺のジャケットの袖を掴んだままである。傍を通り過ぎて行く人達が、色々な視線を投げかけていく。その程度の視線に絶えられない柔な精神はしていないが、さっきまでとは違う彼女の態度に、少しばかり動揺する。彼女は小さなため息をつくと、顔をあげて一言だけ 「歩くの、早いです」 と言った。 「ごめん!」  反射的に謝る。自分が、若干早歩きなのは知っていたが、ここにきてその注意を払うのを忘れていたのは、大きな失態である。足が長い訳じゃないのだが、いやむしろ短い方なのだが、どういう訳か歩くのが早い。男友達にも「早過ぎるよ。女の子に嫌われるぜ?」と言われていたのを思い出し、冷や汗をかいた。 「大丈夫ですか?」  右袖を持たれて身動きが取れないまま、身を屈めて顔を覗き込んだ。その瞬間、ある予感が脳裏を横切る。期待と不安の入り混じったそれは、凄い勢いで点滅している。 「明日から、どうしますか?」  彼女は下を向いたまま、質問してきた。どうすしますか?と言う質問の内容は、聞かないでもわかる。同じ職場にいるから、どうする?と言う事である。どうしますか?と質問する以上、あまり公に知らしめたくないのだろう。それとも、俺の度量を試しているのだろうか。そのどちらかだなのは間違い無い。そして俺は、試されるのは嫌いだ。 「今日までと、同じ態度でいきましょう」  俺は身を起こして、ちょいと辺りを見回した。同じ態度を取ろうが、ここら辺で職場の人間に見つかってしまっては、どうしようもない。今のところ見当たらないが、もしかしたら、もう既にどこかで見られていたかも知れない。俺は再び彼女の顔を覗き込んだ。 「…」  彼女は俯いたまま、何も言わない。相変わらず、俺の右袖はつかまれたままだ。彼女の左手が、俺の右袖をぐっと力強く引いた。突然の事にバランスを崩し、俺は彼女の方に引き寄せられる。  先ほどの予感は的中した。 「…それじゃ、また明日」  彼女は左手を離すと、俺の脇を擦り抜けて改札口の向こう側へと、足早に消えて行った。  予感が的中した喜びと同時に、膨大な量の違和感と不安を抱えた俺は、呆然としながら彼女の背中を見送っていた。彼女は瞬く間に、回遊魚達の群れの中に飲み込まれていった。見えなくなってからも暫らくの間、俺はその場に立ち尽くしていた。  彼女がした事が衝撃だったのでは無い。かと言って動揺しなかった訳じゃない。ただ、動揺の原因は、彼女の行動じゃない。彼女が残した、違和感である。先ほど、俺の脳裏を過ぎった不安と言うのは、これだったのかも知れない。膨れ上がった違和感と不安は、俺の足運びを重たくした。体を引き摺るようにして別の路線の改札口に向かうと、俺は一本の太い柱にもたれかかり、一歩も動けなくなった。 違和感の原因はわかっている。しかし、それは彼女には言えない。手に入れた幸せよりも大きな、違和感と不安、それに伴った恐怖が俺の両肩にのしかかった。寒気で震えそうな体をひきずって、俺は改札を通り抜けて、ホームへと続く階段を上っていった。丁度、電車がホームに滑り込んで来た。 「じゃあ、行ってくるわ。すぐ帰ってくるけど。」  俺はそういって、部屋を出た。錆びついた鉄骨階段を降りて、アスファルトの地面に足をつける。後から降りてきた女は、白い息を吐くと、何も言わずに歩き出した。俺もそれに倣って歩き出した。街灯の間隔が広い道を、並んで歩いていた。何かを喋っていたが、内容はよくわからない。ある程度歩いた時点で、俺の横を歩いていた女が、コートの袖を引っ張り、 「歩くの早いし寒い」 と言った。俺は歩く速度を落とし、その女の手を握ろうとしたが、俺の手は何も掴めなかった。手首を廻し、その女の手の位置を探ったが、どこにも手は無かった。俺は心臓が一瞬で冷えてゆくのを感じながら振り返った。  どこにも、女なんていなかった。  ガタン、と言う大きな衝撃で目を覚ました。そこは俺が降りるべき駅で、丁度ドアが開き、みんなが電車からあふれ出る瞬間だった。俺は慌てて忘れ物が無いかを確認して、電車を飛び降りた。人にぶつからない様に追い越して、階段を駆け下りる。  嫌な夢を、見た。改札を出た所にある自動販売機に電子カードを当てて、天然水を買って、一息で飲み干した。心臓が冷たいまま、物凄い速さで脈打っている。呼吸も乱れている。ポケットに手を入れてから、煙草を切らせている事に気付き、俺は仕方なく歩き出した。家に着くまでにある自動販売機にコインを入れると、全てのボタンが赤く光った。何時も通り、セブンスターのボタンを押そうとして、指が止まった。少しためらった後、俺は黄色いピースのボタンを押した。カタン、と柔らかい音がして黄色いピースが落ちた。セロハンを剥がし、一本取り出して、火をつけた。いつもと違う香りが、広がる。自動販売機に寄りかかり、ピースを深く吸い込む。いつか、この匂いにも、慣れるんだろうか。そんな事を考えていた。  マンションの3階にある自室のドアを開けると、溶けたバターのような重たい湿った空気が広がっていた。後ろ手でドアを閉め、チェーンをかける。ジャケットを椅子の上に放り投げて、ハンガーに掛かったタオルを手に取ると、脱衣所の方から物音が聞こえた。 「あ?」  脱衣所のドアノブに手をかけた時、聞き覚えのある声が聞こえた。 「見てもいいけど、ゲンナリするよ?」 「はァ?」 片方は女の声、もう片方は、俺の声だった。 「だって私、ガリガリで肉付き悪いし。萎えるよ」 「萎えねぇよ!」  俺はドアノブを廻し、ドアを勢いよく開けた。電気のついていない真っ暗な脱衣室の真ん中に、俺は立ち尽くしていた。脱衣所の電気をつけて、風呂場のドアも開けたが、誰もいなかった。脱衣所のドアに叩き付けた拳がズキズキと痛む。何度も、何度も叩き付けた。擦り剥けた拳から、血がうっすらと滲み出ている。 「静かにしろよ!」  壁の向こう側から隣の住人が壁を叩き返してきた。 「うるせぇ!」  俺は壁にケリを入れると、思い切り蛇口を捻って、浴槽にお湯を張る準備をした。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]面接(7)/虹村 凌[2009年6月11日23時54分]  風呂場から、浴槽にお湯が溜まっていく、柔らかく鈍重な音がする。俺はシャツを靴下を脱ぎ捨て、ズボンのベルトを外してから、買ったばかりのピースに火をつけた。柔らかい煙が、薄暗い部屋に広がっていった。カーテンの空いた窓から、すぐ傍を走り抜ける電車の窓明かりが差し込み、煙が部屋ごとチカチカと点滅した。  浴槽に溜まっていくお湯の音が、まるで遠くで起こっている出来事のように聞こえる。俺は、ぼーっと真っ赤に燃えるピースの先端を見つめていた。隣室のドアが開いたかと思ったら、俺の部屋の郵便受けに何かが投入された。どうせ、文句を書いた手紙とかだろう。見る気にもならないので、そのままにして、ピースを口に運んだ。何本目かの電車が通り過ぎた時に、誰もいない筈の和室に、誰かいるのが見えた。俺は二本目のピースを口に咥えると、一本目のピースで火をつけ、短くなったそれを灰皿に放り込んだ。ジュッと音を立てて、真っ赤だった先端が真っ黒に変化した事を教えてくれた。 「ねぇ」  和室の中から、女が呼ぶ声が聞こえる。 「こっちに、来て」  女の声が、呼んでいる。  俺はピースを口に咥えたまま、その場に立ち尽くしていた。 「寒いの」  脂汗が滲み出る。ジリジリと、ピースの先端が音を立てながら燃えている。 「もっと近くに来ていいよ」  我慢出来なくなった俺は、和室に飛び込んで灯りを点した。勿論、誰もいない。布団すら敷かれていない、狭いのか広いのかすらわからない六畳が広がっているだけだった。 「はは…はははっ!」  人間と言うのは、本当に困った時とか驚いた時と言うのは、笑うんだと聞いていたが、情けなくなった時も笑うとは思っていなかった。また、涙が出てきた。右手にピースを挟んだまま、俺はしゃがみこんで、笑いながら、泣いた。まぶたが痛んだ。  どれくらいの間、そうしていたのかわからないが、浴槽からお湯が溢れる音が聞こえたので、立ち上がり、蛇口を捻ってお湯を止めた。風呂場から出て、意外と長いままだったピースを便器に放り込み、俺はズボンを脱ぎ、パンツを直接洗濯機に入れた。桶を掴んで、浴槽の中をかき混ぜる。お湯がザバザバと溢れ出し、その度に足を洗う。ひとしきりかき混ぜたところで、浴び湯をして浴槽に体を沈めた。矢張り、お湯が溢れて流れていく。  深いため息をつく。幸せが逃げるらしいが、もう、よくわからない。何時になったら、見えなくなるんだろう。時々見える幻影が、幻聴が、ずっと俺を悩ませている。そしてそれは、ただの幻視や幻聴ではなく、実際にあった事を、ずっと再生しているのだ。だから、苦しい。何時もだったら、見えようが聞こえようが、俺は無視していたが、今日はそうも行かなかった。やっと、この指に届いたんだ。頼む、もう、俺を解放させてくれ。 「駄目だね」  浴槽の外、それも下側から俺の声が聞こえた。 「お前は俺に勝つ事なんか出来ないんだよ」 「…」 「わかってるだろう?この孤独も、苦痛も、不安も、後悔も、憎しみも、全部俺のものだ。全部俺のものだから、全部お前のものだ。どれも放すもんか。死ぬまで抱えてやるぜ。」 「何でだよ」 「何でも何も無いだろう。それはお前が望んだ事だ」 「俺は望んでなんか」 「望んでなんかいない、とは言わせないぜ」 「なっ」 「これはまさにお前が望んだ事だ。手に入らないのなら、己を閉じ込めようとしただろう」 「…」 「日影ってのはな、こういうのはよく育つんだよ」 「…」 「ちょっとやそっとじゃ、俺は消えやしねぇよ」 「消えろ…」 「消えやしねぇよ。俺は一生、俺の傍にいるぜ」 「おい」 「…」  返事は無かった。浴槽から身を乗り出して覗いたが、そこには誰もいなかったし、誰かがいた気配も無かった。 「クソッ」  俺は再び浴槽に座り、今度は頭の先までお湯の中に浸かった。 「ぶぐがぼがぼが」  口から、大量の気泡が溢れ出る。目を閉じて、真っ暗な世界の中に閉じこもる。どこからかわからないけど、何色かもわからない光が点滅しているのが見えた。見えた、と言うのは間違いで、感じ取れたというのが正解なんだろうが、とにかく、そう見えた。 「まだ話し足りないのか?」  再び、俺の声が聞こえた。 ---------------------------- (ファイルの終わり)