落合朱美 2006年5月4日1時35分から2008年10月14日22時10分まで ---------------------------- [自由詩]ダンデリオン〜蒲公英の精霊〜/落合朱美[2006年5月4日1時35分] 川縁の土手に根を生やした蒲公英たちは うららかな春の陽射しを浴びて いっせいに背を伸ばす 夏になったら向日葵になるの ダンデリオンが通りかかると みんなで声をそろえて問いかける ねえ、 あたしたちはいつ向日葵になれるの ダンデリオンはクスリと笑って 遠くの空を指さした 君たちは向日葵にはなれないよ だって君たちはお日さまの落とし子 やがてはあそこへ還るんだ 蒲公英たちはいちだんと背伸びをして ダンデリオンの指さす空を見上げるが まだあどけない花たちには お日さまの光は眩しすぎて 誰もその姿を捉えることはできなかった 川縁の土手に咲いた蒲公英たちは やがて白い綿毛に生まれ変わる ダンデリオンがパチンと指を鳴らすと 南から優しい風がやって来て 蒲公英たちはふわりと風に乗って 遠い空へと昇りはじめる お日さまへ還るんだ    お日さまへ還るんだわ 無数の声が煌めく川面に木霊する ---------------------------- [自由詩]面影橋/落合朱美[2006年5月10日1時03分] 静寂の水面に一石を投ずれば 波紋がゆらり、影が波立つ 月もまた冷ややかな横顔を 一層歪めて泣き笑いする この橋の名を面影橋と人は呼ぶ 月明かりの下で我が影を 水面に映せば見えるという 忘れ得ぬ人の懐かしい影 幼き頃に触れた母の手は 今はすっかり節くれ立って すこし冷たくなったけれど 未だなお穏やかに我を包む この橋の向こうに渡れば 遠い昔の我が姿 縁日、浴衣、水風船 綿菓子、提灯、万華鏡 駆け出す鼻緒の行く先は 昔も今もただ一つ ---------------------------- [自由詩]花散る里/落合朱美[2006年5月14日22時51分] 色とりどりの花片の散り敷かれた舗道は 華やかな体面をたもちながら 苛立ちを隠しきれずに風を待つ 永遠に灰色であることはささやかな安穏 たとえ幾千もの足に踏み入られても 艶麗であることよりも 聡明であることを誇りとして ---------------------------- [自由詩]立葵/落合朱美[2006年5月17日23時46分] 人を愛するということに 流儀や作法があるのなら どうか教えてほしい 風がそよぐ  けれどそれは 私をいたずらに惑わせて  答えなど示すはずもなく 通り過ぎるだけの風  やがて嵐に煽られて 散り際さえも 思うままになれず せめて幼子のように 貴方の胸で無防備に 泣きじゃくってみたかった 気高さは自ら望んだものではなく  延べられた手にすがる術を知らない ただそれだけの孤高の花 ---------------------------- [自由詩]いかまほしきは/落合朱美[2006年5月23日23時22分] 夜に、わたしは  はしたないほど口を開けますから  どうぞそこから私の中に  入っておいでなさい   内側から私を喰い尽くして  やがて空洞になった私の躰は  それでもまだぬるま湯ほどの  ぬくもりはたもちますから  あなたはそれを着て眠ればいい   朝になれば何喰わぬ顔をして  私を脱ぎ捨てて  あなたは仕事へ向かえばいい   冷酷と陰口を叩かれても  目の前で泣かれても  あなたは眉ひとつ動かさずに  あなたを通せばいいでしょう   すこしばかり擦り切れた躰を引き摺って 夜にはまた私の処に戻っておいでなさい  昼間に影を潜めて再生した私は  夜にまたあなたに奪われ   傷ひとつ無いあなたを仕立て直すための  果てしなく繰り返される営みは、嗚呼  これほどの悦びがあるでしょうか  これほどの快楽があるでしょうか  なにもかもがはじまる刹那に 触れる あなたの指先から 零れる  渦潮に呑み込まれる誉れこそ  私の生命なのです ---------------------------- [自由詩]もののけ/落合朱美[2006年5月26日21時54分] 生きながら魂となり 死してなお人を愛する その心は 千年の時を超えて 今も誰かの命に宿る 今宵も 妖しく燃え立つは 情念の炎の ふたつ みっつ ---------------------------- [自由詩]末に摘まれし花/落合朱美[2006年5月28日1時25分] 因果応報ってあるでしょ。 アタシの今の姿が前世の報いだとしたら アタシの前世はきっと絶世の美女だったにちがいない で、寄って来る数多のオトコを食いものにして ずいぶん泣かせたんだろうな。  (なるほど。そういう慰め方もあるのか・・・) それにしても式部だかなんだか知らないけれど いったいなんの権限があって  (いや権限っていうか、作者だから・・・) アタシを随分コキ下ろしてくれたものじゃないの 鼻が長くておまけにその先が紅いんですってよ レインマンじゃあるまいし、まったく失礼しちゃうわ。  (それを言うならエレファントマンだろ・・・) まぁ、でもアレよね。 アタシの唯一の取り柄といったらこの奥ゆかしさ?  (自分で言ってりゃ世話ないわ・・・) けっして出しゃばりはせず、あの方をひたすら信じて 待ち続けたのが勝因だったわけ。  (っていうか、待つしかなかったという説もある・・・) 待てば海路の日和有り。とか、 石の上にも三年。って言うじゃない あー、果報は寝て待てっても言うわね。  (けっこう言葉知ってるじゃん・・・) おかげで晩年はあの方の庇護を受けて 生涯幸せに暮らすことが叶いましたの。  (めでたしめでたし・・・) えっと、結論。 要するにオンナは顔じゃないよハートだよ  (いつかどこかで聞いたフレーズ・・・) それから黒髪はオンナの命ですとも!  (そそ。それにヤツは騙されたのよねぇ・・・) ---------------------------- [自由詩]夕顔/落合朱美[2006年5月29日23時54分] 水底に置かれて 屈折した空を見上げては ただの黒い点となって あぶくを吐きつづける私は その蒼に抱かれながら 浄化という名のもとに この躰を満たしながら 還りましょう 雨に ほどかれた黒髪に 頼りない影が宿り それはいつしか泡となり やがて密やかに 降り来る 夜 ---------------------------- [短歌]夏至線/落合朱美[2006年6月8日22時24分] 満たされぬくらいでちょうどいい恋を笑えるほどの余裕もなくて 降りそそぐ陽射しの下で抱かれたい滴り落ちる果汁のように 日没を待ち侘びながら夕化粧君の前ではオンナでいよう 短夜は熱帯果実の匂い立つ北回帰線をなぞる指先 愛された昨夜の背中の記憶など忘れたふりでプラムを齧る ---------------------------- [自由詩]夏至点/落合朱美[2006年6月8日22時28分] 真昼の公園で木漏れ陽を浴びて  癒える筈のない悲しみのことを考えていた  ときおり吹き抜ける風はすこし熱を帯びて 客待ち顔のアイスクリーム売りの老婆の  麦藁帽子を踊るように撫でてゆく  あの日  あの人の瞳の奥に映った淋しい翳のこと  最期に握った手の力の強さ 渾身の力をこめた指先が紫色に震えていたこと 握られた手首には指の痕が残っていたことを 泡沫のように思い出しては仕舞いこむ 太陽はいちばん高いところで穏やかに微笑み 砂場の子供たちは無防備に手を伸ばす 爪の中まで泥に塗れても その手は穢れることをまだ知らない アイスクリーム売りの老婆が 二色のアイスを薔薇の花弁の形に盛り付け 子供たちから歓声があがる その器用な指先は永い苦労の末の安穏を物語り 穢れをどこかで拭い去ってしまったように見えた 人というものはきっと 無色に生まれてしだいに色づき そしてまた無色に還るものなのだ それは色褪せるのではなくて 澄んでゆくものなのだろう あの日 振り返れば堂々巡りの人生だったと 呟いたあと目を閉じたあの人は けれど太陽の描く輪の中で護られて いつかまた無垢な生命で生まれ変わる 私もやがて 同じように澄んでゆくのだろう ---------------------------- [自由詩]潮騒を聴く/落合朱美[2006年6月21日5時59分] 海鳴りは遥か遠くでさざめいて  波間に浮かぶ言霊たちは  いちばん美しい響きを求めて  たがいに手を伸ばしあう  砂浜に打ち上げられた巻き貝は  もはや亡骸となり果てて  右の耳にそっとあてれば  左の耳から唄が零れる  私のこの躰は 押し留めた感情は  すべて此処から生まれたのだと  潮騒は教えてくれる  けれども此処は 還る場所ではないのだとも  潮風を孕んだ砂が舞う  裸足の私はすこし心許ないけれど  この命の在るかぎり 海の言葉を聴きつづけ 歌を紡いでは書きしるす ---------------------------- [自由詩]夏景色/落合朱美[2006年7月16日12時02分] ショーウィンドウを飾る 真夏のアイテムたちは  誇らしげに季節を謳歌する けれどそこには灼熱の光線も  砂浜の輝きも届きはしなくて  街の雑踏はただ息苦しくて  日焼けした肌を露出して  街を闊歩する少女たちは  目に眩しくてすこし恨めしい  人いきれに酔いながら  思い出をつくることもできずに   通り過ぎるだけの夏 あの人とバカンスを過ごしたのは  あれはもう何年前のことだったろう  海辺のホテルの十二階の窓から  波間に見え隠れする人々を まるでディズニーの映画のようだと 笑いながら見ていた ベランダを吹いてゆく風は 潮の香りと太陽の粒子を孕んで 真昼の星のように煌めいて見えた そっと抱かれた背中も  耳元に感じた息遣いも  記憶の彼方で手を振るだけで  あんなに満ちたりた夏には  もう戻れない   素足の肌ざわりを忘れたハイヒールの踵が  軟らかいアスファルトを突き刺して  私の夏景色を消し去ってゆく ---------------------------- [自由詩]もわもわ クルクル ぷっちん コロン/落合朱美[2006年7月25日5時41分] 1.  もわもわ と、ふくれあがる嫉妬心 あなたが遠くをみつめるその先に 見えるはずのない影を見ては 心に広がる黒い雲 2. クルクル と、まわる私の猜疑心 ゆうべはあなたはどこにいたの? なんて、聞きたくても聞けなくて 惑う心はらせんを描く 3. ぷっちん と、はじける誤解 きっかけなんていつも偶然 雨はかならず降りやんで 心に広がる青空に、虹 4. コロン と、あなたの心に ころがりこんでもいいかしら 子猫みたいに甘えるから あなたの膝枕で眠らせて ---------------------------- [自由詩]いちきゅっぱ症候群/落合朱美[2006年7月27日5時34分] A子(主婦39歳)は嘆いていた 価格破壊の世の中を 街を見渡せば いたるところに100円ショップ  (なのにレジでは105円取られるのよね) 超ディスカウントショップも蔓延してる  (おんなじものがここでは95円だったりするのよ) 買い物上手ともてはやされた 過去の栄光が懐かしい  「あら、A子さん。そのスカート素敵ね。高かったんでしょう?」  「あら〜、これなんかいちきゅっぱだったのよ」  「え〜〜〜、見えないわぁ。アナタってほんと買い物上手ね」  「奥さん奥さん!3丁目のスーパーで特売よ!   いちきゅっぱよ!お野菜もお魚もいちきゅっぱ均一よ!」  「まぁ大変、行かなくちゃ!」 いちきゅっぱ、いちきゅっぱ なんてステキ響きなんだろう いちきゅっぱ、と聞くだけで なんでも安いと思えたあの頃 いちまるまるなんてピンとこないし きゅうごなんて語呂が悪いわ 誰もが買い物上手になれる世の中 こんなのつまんないじゃない 買い物するならいちきゅっぱ そうよやっぱりいちきゅっぱじゃなきゃ ぶつぶつとつぶやきつつA子は今日も ワゴンセールの198円スリッパを横目にいそいそと 100円均一コーナーへと足をはこぶのであった ---------------------------- [自由詩]世界の社長から〜今日はトルクメニスタンです〜/落合朱美[2006年7月29日12時33分] バザールは活気に満ち溢れていた 女たちは色鮮やかな衣装を身に纏い 自慢の品々を並べて 旅人たちに朗らかな笑みを投げかける すべては明日の命の糧の マナトを稼ぐための軽妙な話術 オープンカフェでは緩やかに時が流れる 男たちは労働の後に思い思いの時間を過ごす 強大な権威下に置かれた彼らには 政治を語ることは許されない ただその力の下に在ることで今はまだ 守られていると思っているから平和が在る 学校は可能性の宝庫だ 少年はよく学び遊び、そして働く 澄んだ眼をして無邪気に駈ける しかしその心のうちには秘めた野望を抱いて いつか変わりゆくだろうこの国の未来と 我が行く末をまっすぐに捉えて 少年は大志を抱く ---------------------------- [自由詩]炒飯アッ飯ブギウギ・メモ/落合朱美[2006年7月31日0時47分] メモを片手に料理上手 冷蔵庫の残りもの なんでもかんでも炒めよう 卵にレタスに牛肉 小エビにきくらげしいたけ 長ネギかまぼこにんじん ついでに日頃の鬱憤も 炒めて炒めてご機嫌 母さんとっても料理上手 Woo・・・ブギウギ Woo・・・ブギウギ 美味しい炒飯の出来上がり 炒飯アッハンブギウギ 鬱憤ウッフンブギウギ 母さん満悦 みんなは満足 炒飯アッハンブギウギ 鬱憤ウッフンブギウギ 一家団欒 笑顔で幸せ〜〜 Thank you♪ ---------------------------- [自由詩]シンメトリー・パンドラ/落合朱美[2006年8月3日5時07分] 女はいつも災いをもたらす  憂いを含んだ微笑みで  鏡に向かい髪を梳く  後ろ姿に見惚れてはいけない  鏡の中の女と  視線を合わせてはいけない  男はいつも災いをもたらす  邪気に満ちた微笑みで  鏡の向こうで手を伸べる  背中に隙を見せてはいけない 鏡の中で男に  抱かれたりしてはいけない  すべては禁断の箱を  開けたときからはじまる悲劇  ・・・女には    ・・・男には  けっして惹かれてはいけない  なのに何故  ・・・女を愛しく思う    ・・・男を恋しいと思う  幸福という僅かな可能性を求めて  指を絡ませてふたり  堕ちてゆく ---------------------------- [自由詩]盂蘭盆/落合朱美[2006年8月5日6時02分] お帰りですか、と 聞くとその女(ひと)は ええ、と 小さく頷いて 穏やかな微笑をうかべた 鬱蒼と茂る緑葉の下で 木洩れ日が描くまだら模様が 白い肌をよけいに引き立たせ 蝉しぐれが遠くに聴こえた 子どもが一人おりましたの、と その女(ひと)は云ったがそれは 誰に向けられた言葉でもないようで 女の子なんですの もういい年頃になりましたのよ、と 嬉しそうに語れば語るほどその声は なぜか哀しい歌に聴こえた ひとすじの風が吹きぬけ樹木が鳴る あまりにもひんやりとした感触に 思わず梢を見上げた私は ふと思う 寺町の樹木はどうして こうも緑が濃いのだろう では、と 声がしたようで 見遣ればもうその女(ひと)は うっすらと白い靄につつまれて 木立の中へと消えてゆく 溢れんばかりに響く蝉しぐれの中を 小菊の束をかかえた少女が歩く 麦わら帽子のリボンが ゆれた ---------------------------- [自由詩]熱帯夜/落合朱美[2006年8月17日23時38分] 人目をはばかりながら夜は  汗ばんだ首筋に歯をたてる  梳いた黒髪をかきあげて  受け入れてしまった恥辱  かつて少女の頃に見た  甘美な夢とはほど遠い  なんの形も示さないのに  耳もとで囁かれる愛の断片  夜は短いほどに人を 惑わすにはじゅうぶんな熱を帯び 理性はそっと闇に寄り添い  やさしい色の牙を剥く ---------------------------- [自由詩]九月/落合朱美[2006年8月27日21時09分] 教えてほしい  あの空の青みの  ほんの隙間の翳りの中に  何を見いだし詠うというのか  たおやかに流れる川の 水底に沈む ひとかけらの悪意を 掬って頬張った  その後の嗚咽に似た  そんな言葉しか吐けない私に  陽射しはゆるやかに角度を変えて  蜩ももう声をひそめてしまった  季節はふりむきもせずに  淡々と歩みつづける  むきだしの肩を包みこむ 何かを探して手を延べても  この指に触れるのは  気配ばかりで  私はまたひとつ  言葉をうしなう ---------------------------- [自由詩]放課後/落合朱美[2006年9月2日22時48分] 夕映えに長く伸びた影の  手足のしなやかに動くのを  美しいと見惚れた  サッカーボールが弾むたびに  視線が鋭く光るのも  伸びかけの髪をかきあげて  おどけて笑う口元も  触れてみたいと望みながら  挨拶を交わすことさえできないまま  冴えない自分が歯痒くて  放課後の図書室から 見下ろすグランドは  開けっ広げで輝いて見えるのに  入ってゆけない場所に思えた  号令 歓声 土を蹴る音  耳を閉ざして読みかけの本を貪る  後ろ姿に眼差し   いつか両手いっぱいに抱えた本を  なにも言わずに半分持ってくれた あの眼差しが優しい色をうかべて  背中に注がれていることなど  気付きもせずに ---------------------------- [自由詩]墓標/落合朱美[2006年12月10日16時13分] 秋の胡蝶の薄い羽は  微かな風にうち震え  先細る命に慄く  あえかな花の行く末は  胸騒ぎがするから  花占いの刑に処す  命あるものの極みは地に堕ちて    蠢くものの餌食となりぬ 私は何喰わぬ顔をして  すべての屍を葬り 石を積む  聖人君子の衣を纏い  経を読み祈る  ふりをする    尊きは後生に享くる生なれば   我が墓標には虚無と刻まん ---------------------------- [自由詩]可惜夜/落合朱美[2006年12月10日16時16分] 長い夜の ゆめとうつつの狭間で わたしたちは 何度もたしかめあって 疲れはてて 耳元で あなたの鼓動を聴いて おなじ速さで脈打つ 長い夜だから そんな時間がふえて すこし持て余すくらいの 贅沢におびえて 泣いてみたり ときおり指先を つよく噛んで 歪んだくちびるを貪る ゆうべ嵐がきて 街路樹の彩をみんな さらって行ってしまったから 冬がくる もうすぐ街は 煌らかなイルミネーションで 覆われて そうしたらわたしたち 光の裏側で ひっそりと埋もれていたい ひややかな空気が 火照った躰に 針をおとしても その痛みさえ愛しくて 永遠に超えたくないと 背中に爪をたてる わたしたちの 長い夜 ---------------------------- [自由詩]白影/落合朱美[2006年12月13日1時07分] 白鳥の声で 目覚めたような気がした  明け方の空は蒼の階層を成して  東の彼方の地平線のすぐそこまで  太陽が迫ることを告げる 昨夜のうちに雪はうっすらと降り敷かれ  まだ誰にも踏み躙られたことのない  汚れなき乙女の色で人を招く  薄い夜着の胸元は頼りなく  襟を重ねあわせながら  冷気の静寂に息を吐く  白鳥が哭く空の その方角をたしかめる  空は紫から朱へと彩られ  やがてすべてが明けたとき  露わになる醜い姿を何よりも怖れる ---------------------------- [自由詩]冬の雨/落合朱美[2006年12月28日19時39分] うすずみ色の空はひくく  ピアノ線を地におろし  哀しみという歌をかなでる  さえずる鳥さえもいない  こんな午後は  暴かれてしまうことをおそれて  いくどもたしかめた肌の  ぬくもりの記憶を封印しよう  くすり指の先を とじた瞼の上に置いたなら もう流れおちるものなど ないように これからの私は 無口な女になろうと思う 知られたくない秘密は つややかな雨に濡れて 透きとおってゆけばいい ---------------------------- [自由詩]雪あかり/落合朱美[2007年1月4日21時46分] 夜がほの蒼いのは 雪が舞っているから すこし窓を開けて 吐息が白く夜気に放たれ 雪と交わるのをながめる 手を延ばせば舞いおりて けれどその冷たさは 触れるまもなく掌に溶ける いつかの雪の夜に あなたと歩いた かじかんだ手をつなぐこともなく ただ肩を並べて歩きつづけた わたしよりもすこし高い位置で 吐き出される息の白さと ときおり触れた肩のぬくもり それだけがまるで想い出みたいに それしか思い出せない記憶みたいに 真冬の空に浮かぶ幻燈みたいに ああ、雪が と、言いかけて その先の言葉を言えなかったのは 雪あかりの中であなたの瞳を まっすぐに見てしまったから ほの蒼い夜を わたしはすこし恨んで 言葉は白い吐息にかわった ---------------------------- [短歌]返歌・北国にて/落合朱美[2007年2月14日7時36分] さいはての地にふりつむ雪のごとく君と重ねる想いは純白 車窓より眺める赤のグラデーション眠れる君の夢に届ける 冬景色 北国の海 雪と星 その中にいる君と私と ゆるやかに恋の温度の高まりて北の大地にユキワリソウ咲く *詩遊会一月の月間賞で  梓いっせーさんの「北国にて」への返歌  http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=100936&from=osusume.php%3Fosuhid%3D994 ---------------------------- [短歌]ピロートーク/落合朱美[2007年7月12日22時42分] ぬばたまの髪をほどいて君の手に瞳あずけてビトウィーン・ザ・シーツ うつせみの命のかぎりを惜しむべく両の乳房を愛されている ひさかたの月夜を飽かず眺めてるブランケットにふたり包まれ あかねさす紫のまだ煙る部屋くもりガラスに書く I miss you ---------------------------- [短歌]おやつの時間/落合朱美[2007年7月13日23時49分] I miss you 呟いてみる午後三時アールグレイに満たされてゆく 木苺のタルトをさくりとかじるときグレーテルの声が聴こえた 空白の手帳に記す明日もなくガトーショコラはほろり苦くて したたかな純情重ねたミルフィーユあなたが食べてぼろぼろにして ---------------------------- [自由詩]ロックと無表情な猫から始まったイメージ〜ワークショップin武甲書店〜/落合朱美[2008年10月14日22時10分] 制作方法について: 2008年10月13日に秩父・ポエトリーカフェ武甲書店にて行った秩父お散歩ツアー&ポエトリーワークショップにて制作。 参加者がそれぞれ持参した写真2枚と今村知晃さんの朗読写真5枚より制作。(制限時間:10分) 制作後、参加メンバーで交換しあい、制作した詩を翻訳。(制限時間:5分〜7分) 翻訳した詩をさらに翻訳(制限時間:5分〜7分)。翻訳を繰り返す。 参加者全員によるの翻訳を元の作者本人が翻訳するまで繰り返す 参加者: イダヅカマコト、佐藤銀猫、白糸雅樹、落合朱美(名称は自分以外50音順・敬称略) 元ネタの画像下記URLの今村知晃・落合朱美元ネタ http://literture.jugem.jp/?eid=19  ********** (1)原作 落合朱美 歌う オレは歌う 叫ぶ オレの歌を 聴いてくれ オレの歌を 無表情なおまえ そんな冷たい目で見ないでくれ 無視 しないでくれ オレの歌は オレの命だ 笑ってもいい 気に入らないなら怒ってもいい 無視だけは しないでくれ オレの歌を聴いてくれ *********** (2)  原作を白糸雅樹が翻訳 日本人形のおまえの前で 俺は歌い 叫ぶ せりあげてくるままに こみあげてくるままに 俺の歌 俺の叫び 俺の歌 俺の命 おまえの視線は冷たい 日本人形のおまえ おまえの目 おまえの無視 あざわらうなら あざわらってくれ 気に入らないなら おこってくれ おまえの目 おまえの無視 視が無い 目、目、 おまえの無視 おまえの無視 *********** (3)  (2)を銀猫が翻訳 視線の定まらぬ空気の中で おまえはひとり 笑う 語る 泣いたりもする 人形、という例えそのままに セルロイドの顔に埋め込まれた、 ガラス質は いつも氷の海を映している 交わることがないなら 凍らせてしまってくれ、わたしを *********** (4) (3)をイダヅカマコトが翻訳 ゲラゲラ カラカラ サラサラ グラグラ ザラザラ  表情が    消える キラキラ  水晶の    きらめく 海の    キラキラ 沈んでいく グラグラ 笑っていく カラカラ    笑う かたまって/いる *********** (5)  (4)を落合朱美が翻訳 笑う かわいた 流れる ゆれる 砂    笑顔が   失う 光る   透明の   星 海の  光り 沈む  ゆれる 笑う  かわいた   笑・・・ こわばった 顔 無表情 ---------------------------- (ファイルの終わり)