Lucy 2020年4月21日22時06分から2021年11月22日20時01分まで ---------------------------- [自由詩]イタドリ/Lucy[2020年4月21日22時06分] イタドリ への呼び掛け イタドリ からの応答 脳内に再現を試みる すると現れる 囚われる 熟語 観念 の 繁茂 群生 侵攻 旺盛な生命力 厄介者 文字を消去して イタドリを イメージする 緩やかにカーブする 山沿いの線路 車窓から眺めた 青空 麓に溢れる 緑の波 風に 揃って揺れながら 唱う 女の子が 分厚い葉の上に ご馳走のようにそっと載せ あげる と言って差し出した 白い花房 わたしに? ゆっくりとさかのぼる 緩いカーブを描いて イタドリ 学校へ行く途中の道端 いくらでも生えていた 私の背よりも高い イタドリ 風と空 ---------------------------- [自由詩]夏が来た/Lucy[2020年6月15日21時33分] 私は長いエクステをつけて フェイスシールドに嘴を書く ちいさめのゴム手袋は 水掻きに見えるだろう それから長い祈祷に入る 疫病退散 疫病退散・・ ついでに地球温暖化 露呈した人種差別も バッタの大群も 去れ 去れ退散せよ・・ 弱者ではなく貧者ではなく 彼らを踏みにじるもののみを 滅ぼせ ---------------------------- [自由詩]歌/Lucy[2020年6月27日17時05分] 蒼いインクを流し込まれて 世界は行き暮れた やがて長い夜が明け 暮らしの屋根から細く立ち上るかまどの煙や 打ち寄せられた農具さえ インクの色に染まっていた それでも 鐘の音を聞くと 倒れた麦を起こすように おずおずと人は働き ある者は歌をうたう 洪水が去り 戦が終わったあの日々のように ひとり またひとり 傷ついてなお生き延びた者らが 朝日の野辺に長い影をひき 帰りはじめる ---------------------------- [自由詩]詩人になれたら/Lucy[2020年7月5日20時48分] 「詩人になれたら死んでもいい」 と、みかちゃんが言った 「あたしは詩人になれなかったら死ぬ」と言い返した あんなにあたしたちがなりたかった「詩人」て なんだったんだろう 私も彼女も 自分が「詩人」ではないと知っていた そしていつの日かなれると  哀しく夢見続けてきた それだからこそ あれから何十年も経ったのに 二人とも生きながらえてきた みかちゃんが本当の「詩人」だという事を 私は知っていた 私はみかちゃんのために 終生「詩人」を名のるまいと思う 彼女は私より早く心を病んだから そして私を憎んでいるから 私たちはあんなに早く出会っていたのに なぜ夢を叶えるのは どちらか一方でなければならなかったのだろう おとつい彼女は死んでしまった きっと 「詩人」になれたのだ   ---------------------------- [自由詩]夏の思い出/Lucy[2020年7月8日17時06分] あなたから 教わったのは こころの殺しかた 海に染み込んでいった夕陽は 逆さまの血のしずく 波にたゆたう血の油 何度も殺しました あなたに気に入られようと あなたに見つけてもらえるように 砂のカクテル 乾いた貝殻 こころの死骸 一行も書けない 夏の思い出 気がつくと あなたを 殺していました ---------------------------- [自由詩]夜が更けていく/Lucy[2020年7月10日22時02分] 浅い眠りがぷつぷつ切れて 各駅停車の鈍行便 どこまでも続く雨音 霧のかなたで零れる警笛 深く 時間の底を潜っていく ナイフのように黒光るレール 見覚えのある景色を切り割き 鈍く軋む 岬のはずれで 離陸するまで ---------------------------- [自由詩]毒のある花/Lucy[2020年7月11日20時34分] 毒があるんです そういって その花は泣いた 拭っても洗い落としても  緑の茎を伝う紫の雫 花びらの裏側に にじみ出てくる薄暗い素性 どうしても許せないという 戸惑い 悩み 毒などない振りをして咲いた 美しく清らに 朝露に光る蜘蛛の巣も カマキリの鎌も 生きていくため みんな誰かを傷つける そういってまことしやかに笑うのは 猛毒の針を持つスズメバチ 花は自分の毒を 受け入れた 包み隠すことはやめよう 滴る雫をふり撒きながら 仰向いて いくらかは自由になれた気がした 清らかなふりをしていた頃より ほんの少し 鮮やかに咲いた もう散ってしまう日の朝に ---------------------------- [自由詩]平和の祈り/Lucy[2020年8月9日22時00分] そこまで惨いことをしてみせなければ わたしたちが 気付けなかったとお思いですか それほどまでして ただ懸命に生きていた人たちをいたぶり苦しめなければ 地道に生きることの大切さと 命の尊さを わからせることができなかったと お考えですか 例えばもっと恥知らずな 人を人とも思わないような 罪深い輩のほうをなぜ罰してはくださらなかったのですか 彼らは生きて 笑っている 自分たちの咎を知ろうともせず 犠牲になった人たちを悼むこともせずに 何も知らない私たちの罪と 彼らの罪が同等なら 彼らを指さし断罪する資格が私にないなら 苦しみうめき泣きながら死んだ人たちの絶望は いつどこで報われたのでしょうか いつ果てるともない問いかけに沈黙するだけのあなたは ただ 嵐の後の青空や 津波の後の平らな海を どこまでも続く焼け野原を みせるばかりだ 苦しみを人に与えたのはただ人なのだからと 等しく人を許すばかりだ ---------------------------- [自由詩]わたしがぞうさんだったころ (童謡「かくざとういっこ」によせて・・)/Lucy[2020年8月20日21時09分] わたしがぞうさんだったころ 大きな大きな夢と希望と ありあまる時間と可能性と 努力すればいくらでも磨ける若さと才能と 確かな記憶と集中力と 眠らなくてもどこまでも歩ける体力と 持て余すほどの自意識と 自尊心と傷つきやすいガラスのハートと 持ちきれないほどの恋と憧れと欲望とで 膨れ上がって 自分が嫌いで 勲章はいつもはるかな遠いところに 誰かほかの人の胸に眩しく輝いていて うらやましくて 妬ましくて ぐずぐずしていたものだから 時間はあっという間に流れ ひとつひとつを失くしていった 憧れも希望もなにひとつ手に入れられず 象はしぼんで いつしか小さなありになっていた だから 角砂糖一個の幸せが とてもおおきい ---------------------------- [自由詩]ポプラ並木の上の空/Lucy[2020年8月26日15時57分] 国道で 風上に向かって泳ぐトンボをみた 光の隙間を 上流に向かうメダカのように 少し斜めに傾いて揃って空を見上げる街路樹 一斉に翻る木の葉 光を透かして揺れるエノコログサの長い腕 錆び付いた鉄塔も空を指す 煌めきながら 茜の矢印を曳いていく 雲母の欠片 物語を幾度も横切り 風は梢を追い越していく ---------------------------- [自由詩]いつからそこにいたのだろう/Lucy[2020年10月15日20時50分] 線路の脇の赤茶けた砕石の荒野 そこに芽吹いてしまったジシバリ 細長い茎のてっぺんに ちいさいタンポポに似た花を掲げ 電車が来れば車輛の下に潜り込むほどレールに近いのに 倒れずに ふらふら風に揺れている 砕石の層の下の土にまで まっすぐに根を下ろしたのだ こんなところに芽吹いたことを 嘆いただろうか それとも喜んだだろうか 意を決してここに立つことを 自ら選んだのであろうか 目立たないから抜かれずに済んでいるのか それとも心優しい保線係がわざと抜かずに見逃したのか 雨にも 照り付ける陽射しにも 嬉しがったり 憂いたりして うつろう季節に身を委ねている 一本の野草 か細い命の豊かさが 黄色い花を揺らしている ---------------------------- [自由詩]発信/Lucy[2020年11月25日20時21分] もがいて水面から顔を出す ように息をするかろうじて ポジティブ思考 が大事です 足首に錘 つけられても まだ笑えます 夢も見れます 今日一日を楽しみに 起き上がります 階段をおりていきます コーヒーは体を冷やすそうなので 白湯にしました 分析しません 情報はあてにならないから 信じません何事も バイアスのかかった頭で 極力楽観視 誰からもコントロールは されていません 感染予防は自分で対策しています 免疫力は高めています 感染経路がわからないなら 自粛したって 防げないでしょ仕事場に たくさんの人が来る アクリル板にわざわざ触る人がいる トレイを手でつかんで押してくださる人がいる なんでそんな余計なことを といらっとするけど顔には出さない 百均で自分が同じことをした トレイにお金を載せてつい無意識に 店員さんのほうへ押してあげると その人が一瞬イラっとするのがわかった 街のあちこちで鏡をみるように 自分に出会う ス-パーの通路の真ん中でぼんやり立ち止まる人 他にスペースがあるのにその人をよけそこね ぶつかって通る人 そのどちらも私で 憎しみが火花のように飛び散っている 全部私が発信している ---------------------------- [自由詩]レイシズム/Lucy[2020年12月24日22時15分] それは自分が発した小さな声の反響 何度も何度も岩にぶつかり 誰かの心に跳ね返り 大きく育って 戻ってくる 私が生んだ子どもです だから私が引き受けなければならない 彼らを駆除し根絶する事などできない ただ慈しみなだめ 間違っていることを 教えさとし、 共に悔い改め 生きなおすことでしか 偏った愛は変えられない 歪んだ自己愛は 変えられない ---------------------------- [自由詩]地下室へ下りる階段を/Lucy[2021年1月19日21時06分]                    冬の地下室へ下りていく軟らかい階段を 見つけられない影たちが 窓枠に囲まれた薄闇の奥にたむろするので もうないはずの衝動に駆られ 割れて逆さまに地面に埋もれた水瓶の底や 脱ぎ捨てられた祭りの衣装が散乱する 廃墟のような裏道を 闇雲に走る 風はないのに 揺れる七夕飾りを下げたアーケード どの店のシャッターも閉まっているのは 早朝だからか そこがすでに終わった時代の街だからなのか 家電量販店のチラシが雑に折りたたまれて 壊れた自動扉の隙間に挟まっている そこのわずかな出口から音楽が 建物の内から外へと 滲み出ている 躓かないように転ばないように 地面の凹凸を凝視しながら 急ぎ足で来た道を戻る 戻ろうと振り返る度に 見覚えのない背景が 芝居小屋の古びた大道具のように 次から次へと立ち上がるので 道に迷っているのだと気づく はじめから覚えていないセリフを吐こうとするように 君は口を開け棒立ちになる ---------------------------- [自由詩]光の春が/Lucy[2021年1月25日20時30分] 張り巡らされた枝の投網を 小鳥はすり抜ける 月の形に貼られた和紙が 空の水色を透かし 細い絵筆を並べたような ポプラの若木は 裸の幹に夕焼けの黄色い光を浴びて 口々に囁く 春だ 春が近い ---------------------------- [自由詩]変死/Lucy[2021年1月25日21時20分] 網にかかるのは風に騙され 流れ着いたポリ袋 それとも詩の振りをしたがる風が 書き散らしたメモ書き アパートの一室で 誰にも知られず 死んだ男の履歴 携帯電話を所持していても 誰とも繋がらない圏外区域が この街のいたるところに隠されていて よく知っているのに そんな人は知らないと言い切る 冷たい世間に顔を描いたら 鏡の中から私を見ていた ---------------------------- [自由詩]「さっき駅前の横断歩道で…」/Lucy[2021年4月20日21時16分] 押しボタン式の信号が青になったので、 数名の幼児を連れた保育士さんとおぼしき人が声を掛ける 「さっ、渡るよう」 すると先頭の子どもが尋ねた 「どうしてわたるの?」 すかさず若い保育士はこたえた 「渡りたいから」 それでいい 答えは明快 渡りたいから いつもそれがわからなかった 点滅する青信号の前で 逡巡していた どうしてわたるの? 何故渡りたいの? 本当に渡りたいの? 渡った先になにがあるの? どんな目的があり意義があるの? 考えている間に 信号は赤に変わり、 タイミングを逃してばかり あらゆる川に架かる橋で 海で 空で 国境で 或いは旧い時代と新しい時代の狭間で 違う世代や異性や職種の違い 学歴 職歴 民俗 宗教   政治的主張 価値観の違い あらゆる属性に架けられようとする橋のたもとで 立ち止まっていた 渡れないでいた ただ渡りたいから それだけでいいのに さっき駅前の横断歩道で 園児たちとすれ違いながら わかった気がして ---------------------------- [自由詩]空の扉/Lucy[2021年5月11日23時08分] 14歳の頃 心から信じていた先生が言った 「今の君には無限の可能性がある」 「でも君がそのうちの1パーセントの可能性を選択した瞬間に、残りの99パーセントを失うことになるのだ」と それは冷酷な けれども冷静で客観的な現実認識に想われ 以来 私は一つの扉を開けて一歩を踏み出すたびに 閉じられたまま永久に失われた他の99の扉のことを思った 歩みを進めるにつれ次第に縮こまっていく空の下 痩せて狭まっていく道を とぼとぼ 心細く歩いた 潜り抜けてきた小さい扉が星屑のように遥か後方に薄く光るのが見えるまで それからこう思う あの先生は間違っていた 空一面に散らばって見えた可能性という扉は おそらくどの一つを選択したとしても 同じ奥行き同じ拡がりに続いていたに違いない 途中で引き返すことも 違う扉を開けてみることもできた 細く狭まっていく道を歩いてきたのではなく その時々の選択が賢かったとか 愚かだったとか 遠回りとか近道とか 間違っていたとか取り返しがつかないとか 正解だったとか最善だとか そんな定規で測るものではなく 可能性という扉は常に勝ち取られ拡がり続け 先生 扉は消えないし どの扉も今だって私は開けることができる なんなら二度と戻れないとあなたが予言した 14歳の自分に会いに行くことだってできる ---------------------------- [自由詩]朝のうた/Lucy[2021年5月27日22時18分] 疲れ果てて目が覚めたのは 眠っている間によほど遠いところまで旅してきたからかもしれない 虚脱した魂を空っぽの器に見立て ピクニックのお弁当のように ひと品 ひと品 飾り切りして詰めていく 一日を歩くための糧 窓に溢れる日の光それか雨の音 小鳥のさえずり 膨らんでいく薔薇の新芽 思いつく限りの優しい記憶 例えば母の日に届いた花束  書いた詩を褒められたこと 公園の池にいた美しい白い鳥 きれいに隊列を組んで一斉に空を横切って行ったカモの群れ 光りながら流れを下る鮭の稚魚たち どこかへ帰るためでなく 棒のように疲れた足を 洗いざらしの今日へ踏み出す ---------------------------- [自由詩]手紙 ─ 人を悼む ─  /Lucy[2021年6月14日12時56分]              叔母さんのお葬式の日 その娘であるいとこが言った お棺の中に手紙を入れてもいいんだって 良かったら 手紙を書いてくれない? 控え室に便せんとペンが用意されていて 私は書いた 次々におばさんの孫やひ孫達が来て にぎやかにおばあちゃんへあてて 手紙を書いている ひとりひとりが 死者に向きあい心の中で あるいは言葉を声に出し 語りかけている時間 その人に関わった自分の時間と向き合う ひとこと ひとこと 選んで書く 誰が読むでもなく 遺骸と共に焼かれるだけの たくさんの手紙 彼女を包むたくさんの愛 ---------------------------- [自由詩]花ならば/Lucy[2021年7月23日10時05分] 花ならば 一番うつくしいのは咲き始めの頃 おずおずと開きかけたつぼみの輝き 咲き誇る満開の時を過ぎ 花びらを散らす それで終わり? 歎きながら枯れる日を待つ? いいえ そこからまだ続きがある 花びらを散らしたその後は ゆっくり 時間をかけて 実を結ぶ 実は時を経て熟し 種を遺す 種は 凝縮された未来 閉じ込められた光 こぼれて 乾いて 埋づもれて いつか芽吹く日の約束 ---------------------------- [自由詩]おやすみ/Lucy[2021年8月20日21時25分]   部屋の灯りを消し カーテンの隙間を覗いたら 霧に滲んで電線にひっかかっている ミカンの房のような月がいた おやすみ 泣き虫の月 夜の周縁を震わせて 電車が横切ってゆく 拡げた折り紙の角が皺寄る 警笛が電柱に絡みついている おやすみ 泣き虫の警笛 くたびれた油紙の破れ目から覗く 魚屋の裸電球のように 煤けた柱に括り付けられ 地球がぶら下がっている 傷だらけで 汚穢まみれで 青く滲む おやすみ 泣き虫の地球 明日会おうね 明日はきっと僕が泣いてる また君に会えた嬉しさで ---------------------------- [自由詩]ボール/Lucy[2021年8月24日20時51分] 川辺で凹んだサッカーボールを見つけた 泥に汚れていたので 水際で洗った すると驚くほどつやつやと輝きだした それは幼い頃に亡くした僕のボールだった 日に当てて乾かすと次第にへこみが膨らんで まん丸になった それは 若いころ抱いていた理想だった 僕はそれを地面に置くと 数歩下がって助走をつけ つま先に力を込めて蹴り上げた 向こう岸のゴールポストをめがけ 薄赤く光り始めた日暮れの空を裂き 鮮やかな弧を描き 古ぼけたボールは飛んた ---------------------------- [自由詩]プラットホーム/Lucy[2021年8月30日21時47分] ホームで見上げる架線の五線譜 トンボの音符が泳いでいた 雲のト音記号のとなりに カラスの休止符が舞い 壁の時計はフェルマータ パンタグラフはデクレッシェンド 発車を告げるアナウンス エコーがかかるビブラート レールの継ぎ目はメトロノーム 切れ切れのリズムを緩やかに刻む 出発の朝は 秋がいい 耳の奥の澄み渡る空に 好きな音楽が鳴り響くように ---------------------------- [自由詩]午睡/Lucy[2021年9月12日21時14分] 周りのみんなが眠っているのに自分だけが目覚めている夢を見た 起こそうと呼んでも誰も返事をしてくれない 窓の外で陽射しだけが明るい いびきが響くま昼間の午睡 眠っている大人たちの間に身を横たえて 目を閉じてみるしか術がなかった もう一度目をあけた時 本当に目が覚めますようにと願いながら 両手の指で瞼をこじ開けた 真っ暗な中でか細く母を呼んでみる おかあさん はい と返事して母はすぐに電灯をつける 身体を起こし腕を伸ばし吊り下げられた電球の ソケットを掴んでスイッチを捻る 明かりをつけるためにそんな動作が必要だった まぶしい黄色い光が目を刺し 心の底からほっとする どうしたの?おなか痛いの? ううん痛くない やな夢みたの? うん 寝なさいね はい おとなしく目を閉じる 明かりが消える 疲れた眠りの果てからも いちもくさんに戻ってきて 暗闇に 明かりをともしてくれる人と そのための暗闇・・ ---------------------------- [自由詩]ブランコ/Lucy[2021年10月2日16時38分] ベンチよりも ブランコがいい 想いきり漕いで空まで行けるかと錯覚し 失速して引き戻される そしてまた反動で舞い上がる 思いもよらない高さまで 雲梯をコツコツのぼる握力も根気もなくて 鉄棒にも嫌われ すべり台にも飽きられて いつもふらふら 風に揺れる ブランコ   ---------------------------- [自由詩]波乗り小人/Lucy[2021年10月15日20時58分] 小人たちが落ち葉に掴まり 空の浅瀬で波乗りしている 深い眠りに沈んだ夏を 呼び覚まそうとする者はいない さらさらと風は 思い出のほうから吹いてくる 小人たちは歌っている こんにちは また 会いましたね まだ 生きていましたね 煉瓦の舗道を彩るものは 時満ちて落ちた赤い木の実 黄色く色づくイチョウの葉 橙色や褐色の名も知らぬ木々の落ち葉たち 虫食い穴のあく ありふれた姿を晒し あれほど恋い慕った人に もう一度巡り合いたいとは思わない この世界の何処かで 今も生きている人だとしても さらさらと流れゆくものを 風に映し 言葉にならなかったものを掲げて サーフィンしている 小人たち ---------------------------- [自由詩]空中ブランコ/Lucy[2021年10月24日20時06分] 秋の夜は 濃さを増してゆく群青の空の深い深い奥のほうから 細い真鍮の鎖が二本 長く垂直に吊り下げられ   両の手でそれに掴まり 先端の細い横棒に ピエロがひとり腰かけていたのでありました 白塗りの顔に だぶだぶの水玉模様の服を着て 右目の周りにあかいダイヤ 左の頬には涙のしずく 大きな口が笑った形に貼りついて ピエロは僅かに項垂れて 芯まで冷えた身体をブランコに預けていたのでありました 漕ぐのをやめてもうどれぐらいたつのでしょう 澄んだ空気が凛々と鳴る程に冴えわたる空の更に高い処では ブランコのような月が輝き 硝子の粉を散りばめたような星が瞬き始めると 細い鎖にきらりきらりと反射して 握った指先もすっかり冷たく感覚を亡くしてゆくのでありました 折しもピエロは立ち上がり ゆっくりと膝を曲げ 力を込めて伸ばしました ブランコは少しずつ揺れはじめ やがて大きな弧を描き空を往復し始める 加速と失速 失速と反動を繰り返し 次第にもう少し高い位置まで到達しては引き戻される ピエロは漕いだ 漕ぎながらピエロは笑う お腹の底から 戻されながらピエロは泣いた 声を限りに 顔の化粧はいつしか?がれ 本物の涙の雫が夜露となって地上に落ちた ついに限界に届く頃 ブランコに足を引っかけ逆さにぶら下がっていた 向こうの空から飛んでくる もう一つの黄色いブランコに 両手を伸ばし 飛びうつる ---------------------------- [自由詩]木の葉/Lucy[2021年11月5日13時06分]     かさこそと微かな音を立て 木の枝に残った枯れ葉がささやきあっていました きれいな空だね うん、きれいだね 風が気持ちいいね うん、きもちいいね もうすこし吹かれていたいものだねえ うん こんなにきれいだと思ったことはなかったね うん でももう手がかじかんできたよ 枝にしがみついているのももう少しの間だね 空がきれいだね 今度の風が来たら乗ってみようかな うまく乗れるといいね 君もね また会おうねえ 空で 地面で なるべく遠くまで飛んでみたいんだ 幸運を祈るよ さよなら  さよなら 木の葉は小声でささやきあったかと思うと あっという間もなく 吹いてきた風に飛び移る くるくると きらきらと それは見事に それぞれが 最後の舞を舞うのでした ---------------------------- [自由詩]終章/Lucy[2021年11月22日20時01分]     分厚い雨雲の真ん中が綻び 底なしの穴の遥か遠く 水色の空が薄氷越しに透かし見えると 遠い夕焼けが破れ目の縁を なぞるように湿らせる 逝く人の 輪郭を切り取るだけの硝子窓 黄昏が重い緞帳のように降りてきて 地平線をすっかり塞ぐ少し前 カーテンコールのスポットライトが 僅かに残った木の葉の面で ゆっくりと乱反射する それ以外に何が起こるというのだろう 今更間に合わない反省をパレットの上で混ぜ合わせ 思い出を清らかな絵の具で塗り替えようとしたところで 綻びた雲と同じように 季節は境界を見失い 声を失い 逝ってしまった黄昏の裏側に ぼんやり取り残されるのだ ---------------------------- (ファイルの終わり)