Lucy 2019年9月3日21時43分から2020年4月2日21時18分まで ---------------------------- [自由詩]平穏/Lucy[2019年9月3日21時43分] 肩が痛い もうずっと以前から痛かったような気もするし 肩が特に痛いことを日記に書き留めておこうと思った時ぐらいからは 丸一か月は過ぎた 色々対策を試みてみた 少し良くなった時もあり 悪くなったような気がするときもあり つまりは一進一退である 動かせないほどの激痛ではない ただ動かすたびに痛い 指先も手首も二の腕も連動して 何をするにも痛みを感じる だましだまし素知らぬ顔で 働くことはできる 考えてみると この一か月 他に大きな問題はなかった 精神的にも 身体的にも 肩が痛いという事意外に これと言って悩みがない つまり些細な他者とのコミュニケーションの問題とか いつも気になる誰かの悪意とかを 全く意に介さないくらい ただ痛いのをこらえて 平気なふりをしているだけで精一杯 誰かに意地悪されたとか 自分の小さな失敗とかが まるで取るに足らないことになってしまう 肩が痛いという現実が切実で それさえ解決できたなら その痛みさえ消えてくれたら どんなに平穏だろうかと 心から思えた ---------------------------- [自由詩]スナフキンへ/Lucy[2019年9月7日22時29分] 恋慕うこころは消えた 待ち焦がれた日々も 幻滅や 放棄でもなく むしろ思ってもみなかった あなたの言葉 「あんまりおまえさんがだれかを崇拝したら、 ほんとの自由は、えられないんだぜ」 求めていたのは 解放されることだった 私も見つけよう 気ままに独り旅をする喜び かみさまがさいごに のこしてくれるのは きっと深い海の底で 真珠のようになめらかに ひかりながら 上塗りされていくかなしみ ---------------------------- [自由詩]自分じゃないと思っているだけ/Lucy[2019年9月10日21時41分] 今までたくさんの人と知り合ったり別れたりしてきたけれど 引っ越しだとか転勤とか卒業とか就職とか そういう物理的な別れを越えて付き合いを続けてきた人はたくさんいる 元同級生とか同僚とかママ友だとかご近所さんとか 元同人とか恩師とか 長続きしてきたほとんどは双方合意によるものだ 関係を続けたいと願った人には失礼のないように心配りを続けるし 人として、まっとうな態度をとるように常に心掛けている だからいいお友達がたくさんいると思っていた でも関係が続かなかった人との別れは そのほとんどが一方的な私の決断によるものだ 嫌いになったとか幻滅したとか尊敬できなくなったとか 独断と偏見でわたしが勝手に決めつけた 一度そう決めた相手がコンタクトを求めてきたりすると もう嫌でたまらなくなって 鼻先でぴしゃりと扉を締め切るような身もふたもない態度で縁を切ってしまう どう思われようと構わない ふとした誤解や気持ちの行き違い 軽い一言に傷ついたとか少しの認識の違いが許せなかったりとか 小さなことが原因なのに とにかく二度と顔を合わせたくないと思ってしまう その人の本質を見極めたなどと思いあがって その中に、実はお世話になった人とか感謝しなければならない人 わたしのほうがさんざん迷惑をかけた人とか 嫌な思いをさせてしまった人とかが 実はたくさんいたのではないかと考え始めると 全部言葉で説明できると思ってきた今までの平坦な道のりが 急に穴ぼこだらけの危ない道に変わってしまって恐ろしくなる ぎざぎざの影が思い出をふさいで眩暈にかられる 人を傷つけて平気でいる人って案外自分で 礼儀知らずで常識のない最悪の人間は自分 人にしてきた酷い仕打ちのことは忘れて 上手く取り繕いながら世渡りしてきたと思っている そういう人なら周りにいくらでもいて ただ自分じゃない 自分は違うと思っていた ---------------------------- [自由詩]絶滅/Lucy[2019年9月13日7時32分] 恐竜は 飢えて死に絶えたのではなく 進化して鳥になったのだそうだ 絶滅危惧種のマナティに 沖縄で会ってきた 大きなからだには決して広いとは言えない水槽で くるくる 楽しそうに回転していた 説明書きには 性質が穏和で肉が美味なため乱獲され 絶滅の危機に瀕しているとある その昔 肉食獸から逃れるために海に入った牛の祖先なのだと 牛は今でも性質が温厚で 肉が美味なので 人間に養殖されて食われ続けてる 戦うための牙も 逃げるためのスピードももたず あらゆる競争をリタイヤしたまま 今日まで生き延びた 奇跡の平和主義者は くるくると おどけるように 楽しげに 大きなからだを回転させる 足のようにみえる二本の胸ヒレで とんとんと水槽の床を蹴って進む 太い胴体に大きな尾びれ 身体をゆっくりと 波打たせて水面へ向かう シンプルで優雅な身のこなし 陸の動物だったなごりに 全身に毛が密生している 恐竜は鳥になり 今の時代に生きている マナティは水槽のガラス越しに こちらを見てささやいた やあ こんにちわ ---------------------------- [自由詩]ビール飲みながらまじめな話なんかしてはいけない/Lucy[2019年9月16日18時23分] 通り過ぎていく物売りの声が 私を非難したのかと 過敏になる窓の隙間から 秋風がするりと いかにもなれた振る舞いでカーテンを揺らし入り込む 今直面している重大な問題を 言い当てられた気がして 反論の代わりに つい反射的に迎合したのは間違っていた 言葉の棘は弱っている皮膚を貫く 耳を貸さなければよかったのだ いつものようにただ頷きながら ゲラゲラ笑って聞き流しておけばよかった 率直な意見を聞かせてなどと 迂闊ににじり寄ったりしたのが失敗 年を取ったから傷つかないというわけではない むしろその逆で あらかじめちりばめておいた地雷を 片っ端から自分の足で踏んでいる 昨夜の飲み会も自爆でした たのしむ為だけに召集されたメンバーだったはずなのに ふくらんだ風船が すっかりしぼんで最終電車 改札を抜けると夜の霧雨 なるべくすたすた 歩いたのです胸張って 夜に透けていきそうなこの頼りない体を しゃんと立てて きれいごとのうわべだけ なぞっていると言われても 私は 人を切りつけるより 慰めるような詩を書きたい ---------------------------- [自由詩]何の説明もなかったけれど/Lucy[2019年9月19日20時22分] 診療明細票から注射薬の名前を調べ 症状をグーグル検索して 今日のお医者さんの処置はあってる と思った ---------------------------- [自由詩]いつか消える/Lucy[2019年9月23日11時54分] いつか消える いつか消える そのいつかが果てしなく 遠いと思われて 早く消えたい と うたってみた 月日は流れ そのいつかが もうすぐそこにまで 迫っていると感じる時 もう少し あともう少し 消えずにいたいと 思ってしまう いつか消えるこの風景が 美しくて 風に翻る 黄色い木の葉 からからと揺れる 乾いたアジサイのはなびら 群青の空に薄く輝く三日月を もう少しだけ みていたい 私であった証など 何一つ残せはしなくとも ---------------------------- [自由詩]洪水の前に/Lucy[2019年11月4日12時51分] 終わりの前には 阿鼻叫喚があるのだろう それには馴れていない ので 終わりについて 思いを巡らすことができない 映像が映し出されても 目の当たりにした人の インタビューが流れても 臨場感を感じられない 閉ざす 感覚を 認識を 塞ぐ 同情とか寄り添うとか 思いやるとか その前に 明日は我が身に降りかかるに 違いないことだけは 頭で理解していて 身構える一瞬の猶予もなく 襲いかかる恐怖 それが憎しみや 怒りや 悲しみに変わる前に 断ち切られる 一粒一粒コツコツと 積み上げてきた 蟻一匹分の わたし一人分の 今日までの意味 ---------------------------- [自由詩]晩秋の空に/Lucy[2019年11月6日11時45分] 忘れることができたのは ついに自分に勝てたから ではなく 燃え盛っていた胸の火が ただ儚くもかき消えたから 恋慕い ついに手に入れたもの 手に入らなかったものたちが 木立の間にひくく 星のように煌めいて 揺らぐ心に染みのように滲む 得たいのしれない憧れ 焦り いさかいの挙げ句 辿り着く野辺の分かれ道 ささやかな労り 執着 見果てぬ夢 手の中に握りしめあるいは胸に秘めあたため 守ってきたものを 一枚一枚 葉を落とすように 手放して 稜線に薄い明かりを残し 濃い藍色に暮れてゆく空に 細い小枝のいちいちまで 鮮やかなシルエットとして焼き付けて やがては闇に溶けていく さっぱりと 何も持たない冬の木として 私はそこに佇てるだろうか ---------------------------- [自由詩]いつから仲間になっていたんだろう/Lucy[2019年11月8日21時13分] 遅い初雪が降った朝 地面は乾き 空は薄雲に覆われて 空気は張り詰めている 刈り残された秋明菊の平たい葉が 上を向いて受け止めている クリスマスローズの広い葉も とける事を忘れた雪を 世界は冷たく押し黙る 無言 でいることの強さに憧れながら 誘惑に負け 諍いに参加してしまう 昨日も無駄な事を言った 今日も汚い言葉を吐いた 誰かの心ない発言に 傷つきながら 尚も自分だけは間違っていないことを 言えるかと思い さらに深手を負っている 事を荒立て楽しむ輩は そこらじゅうにいて 悪者を炙り出しては よってたかって吊し上げる この人達と共には戦えない いくら利害が一緒でも ただ利害の為だけに この人たちとはつるまない むしろ 沈黙することが 私なりの抵抗ではないか 冬の薄日が 心に届く 無防備ではない 無力ではない これ以上加害に加担したくないだとか そんな逃げ口上ではなく いつのまに しらない間に 味方に取り込まれていることが 嫌なのだ むしろ悪意もて意図的に他者を攻撃するのならまだしも 彼らの 無邪気な無自覚な残忍な偽善が耐えがたい そして私も 口を開けば彼らと同じ言葉しか 出てこない どうしたんだろう いつから染まっていたんだろう 気づけば同じ色の衣装着て 同じ仕草で 誰かを指差している ---------------------------- [自由詩]予言/Lucy[2019年11月15日10時52分] あらかじめ赦された裏切りを ゆるせなかったのは私 錠前を下ろされたドアの内側に 想いを閉じ込め 潜り抜けて 羽化する幼虫を みんな潰し 化石するサナギのうたを うたった 貴方は 大人になって会いに行く私を 待ち続け 便箋に細かい文字でびっしり書かれた手紙を 受け取り続けた 私の後ろに 誰かの影をなぞる 優しい指で 爪で歯でくちびるで 砕かれた歌を くちずさみ 踏みにじられた夢を シャボン玉のように 吹いている ぷかりぷかり 虹を映して 風に流れていく球を 貴方は解き放つ 永遠に羽化しない 私の 脱け殻を ---------------------------- [自由詩]パロディ映画とみまごうような/Lucy[2019年12月12日14時26分] パロディ映画とみまごうような 国会答弁 いやいや世界は パロディなのだ すべてはデフォルメされ 筋も脈絡も笑いとばして 矛盾なんて屁でもない こじつけいいわけ言い逃れ 下手でもバレバレでも平気 世界は言葉で回っていない 上下関係弱肉強食力の論理 力や力や力さえ持てば 義理も道理も法律までもが 一歩下がって道開ける 祭りには積極的に参加しよう 楽しめばいいんじゃないの 特権利権でいい思いしている輩に ぶら下がり媚びへつらい 小判鮫よろしくおこぼれに預かれば みんな同罪連帯責任同じ穴のむじなあの連中に比べれば おいらなんざまだまし小者かわいいもんよ あんなやつらが大手をふって私腹を肥やしてお咎め無しなら 身の丈にあわせてやってやりゃいいんだろ 弱いもんにばかり厳しいルールを振りかざし 黙って従う者にだけ辛くあたる世の中に どうやりゃ甘い汁吸えるかと 猫も杓子も躍起になって コネツテ七光り 口利き談合袖の下 誰か知り合いいない? 議員とか役員顔がきく人実権ある人 裏口縁故私物化お手盛りごり押し汚職 ソンタク改ざん書き換え隠滅黒塗りシュレッダー 上から下までやってるんでしょそういうものでしょやっていいんでしょ うちの職場でも隣の会社でももひとつ上の組織でも 楽して責任はとらないで 対策はたらい回して押し付けあい あげく 通報しても告発しても必死で助けを求めても 子どもはなぶり殺される ---------------------------- [自由詩]朝になっても歩き続ける/Lucy[2019年12月17日6時51分] 吹雪はやんだ 静寂が深々と夜を沈めている 遠くで プテラノドンの悲鳴が響く ただ一度だけかすかに 電車の警笛のふりをして 吹雪の中をどれくらい歩いただろう 自分の足跡を見つけた時 完全に道に迷ったと気づく ビバークするべきか それともこのままぐるぐる旋回しつづけて 奈落の底へ降りていくのか螺旋階段 それとも逆回りして 浮上を試みるのか眠い 寝たら死ぬぞと 自分に言う とっくに吹雪はやんでいる ただ道に迷っている 遠くでたった一度だけ プテラノドンが叫びをあげる 静かな夜だ ---------------------------- [自由詩]その叫び声は/Lucy[2019年12月17日19時22分] 深いクレバスの底をめがけて 落下する白亜のプテラノドン クレバスは狭く無風だから 翼を広げることができない 風に乗ることができなければ 翼竜は落ちるだけ 深い夜の底の 暗い氷の隙間を滑り落ちながら いつか小鳥に進化する夢を ひと声高く 空の裂けめに打ち上げて ---------------------------- [自由詩]今となっては氷河期説は主流ではないそうで…/Lucy[2019年12月26日19時45分] 巨大隕石が降り注ぎ 業火に焼かれ 砕けた岩に押し潰され 酸素を失い窒息し 彼らは滅びたのだという 破壊された星を包んだ 白い死の闇 長い眠りを経たのちに 再び芽吹くものがあった 奇跡のようにひっそりと息づくものが現れ 気の遠くなるような年月を隔て 環境に適応し 環境そのものを蝕みながら 進化するものらを育んで その青い星は再生を遂げた 滅びた恐竜になんの罪があっただろうか ただ蔓延ったと言う事実以外に もし人が 地球のガン細胞だとするなら 人も地球も共に滅びる日がくるのだろう その忌まわしい文明の恩恵に 全て均しく浴したとは言えなくとも 恐竜たちとは違い 人の滅亡はおそらく自業自得・・ それとも長い闘病のあげく ガン細胞のみを滅ぼして 真っ白な闇に被われる時が再び訪れ すべてがリセットされるのだろうか 静かな清らかな朝が訪れ 人の目に映ることのない 命の時間が 再び流れ始めるだろうか ---------------------------- [自由詩]信号/Lucy[2020年1月5日23時49分] ビーナスを抱く貝殻の形 あるいは軟らかい耳 砂のどこかに 解読してくれるのなんか 待てない 水平線に 眼を凝らしても 足跡は 波に吸われ 風船は 萎んで落ちるだけ 気付けなかった 暗号だけを待ち受ける パラボラアンテナ 沖にいくつも咲いていたこと   ---------------------------- [自由詩]軟らかい耳に抱かれる夢をみた/Lucy[2020年1月6日7時56分] 吹雪の夜明け 見知らぬあなたからの 着信 もう一度踏み出そう 未来が ホワイトアウトなら 地図も不要の 幸運 ---------------------------- [自由詩]ハシビロコウの憂鬱/Lucy[2020年1月7日23時24分]   黙して待つ それだけのことが 辛い 私はここよと 叫びたくなる 目を閉じて 眠ってしまえば 逃げ場を亡くし 回り続ける 水の中に ゆだねたのは 存在理由などではなくて ただわたしの耳の外を過ぎる  風の声   ---------------------------- [自由詩]飛ばないカラス/Lucy[2020年1月9日20時38分] もう金輪際 遠い異国を夢見たりしないと 誓った日から 私は翼を折り畳み 地に足をつけて生きてきた 地面をコツコツ歩きつづけ 生活圏を見回っている あまっちょろい夢など追わずとも 世界は危険に満ちている うっかりはまると二度と再び自由になれない 巧妙な罠でいっぱいだ だから 私は空を見上げない 時々警告を発信するため 電柱に飛び上がる以外には ---------------------------- [自由詩]今日の別れが/Lucy[2020年1月10日18時46分] 今日の別れが 永遠のさようならに なるのかもしれない そんな思いが過るので 玄関の外に出て あなたはそんなにも 手を振るのだ 今日の別れが 最後になるはずがないという根拠など どこにもないとわかってはいるが ことさらにさりげなく 手を振りかえして 私は立ち去る それが本当の別れだとしても 後になってそれと気がつく他はない 笑って いつもどおりに なんでもないことのように 振る舞う もし最後だとわかっていたら 言えばよかったと後悔するような言葉を 決して口に出すことなどなくて ---------------------------- [自由詩]年賀状/Lucy[2020年1月13日10時08分] これからは人生のアディショナルタイムだと そう思って最後のチャンスを全速力で駆け抜けましょう ゴール直前で息絶えようとも 悔いることのないように そんな文面の年賀状が届いた ただ空回りして浪費した若い日の時間を 親切な神様が計測してくれたというのなら あるいは存分に与えられたのかもしれない 水さえやり続ければ 毎年花を咲かせる鉢植えが窓辺に在って 探しに行かなくても ここにいてくれる青い鳥を見つけてしまった私には ハングリー精神なんて微塵も残っちゃいないのかもしれない 駆け抜けるのか しみじみと移り行く景色を眺めながら なるべくゆっくりと歩くのか アディショナルタイムの過ごし方も 人それぞれ 残された最後の時間の短さも 人の感じ方次第 新年を迎え十年連用日記の最初のページに戻る時 又は春が来て去年と同じ花が咲く時 ゲームが振出しに戻ったように感じるのが 明らかに錯覚なのだとしても   ---------------------------- [自由詩]着色/Lucy[2020年1月19日21時03分] 見えていないから指先に触れて 輪郭を描く 知りえないものを 自明と思い込み 書き足さなければならない線など もうないと 絵の具を塗る 好きな色 みなさんにお馴染みの色 私だけに 見える陰影 瞑っていた片目をあけたとき 遠近法がたちあがる 透明水彩絵の具を使えば 風の奥行きだって結べる 白一色の視界 ブリザード ホワイトアウト 尾根 雪庇 水晶体 ウェディングドレス 防護服 命の水際に映っていたのは 積み荷のりんごを振り落とし 棒立ちになっていななく馬 雪道を駆け去っていった橇   ---------------------------- [自由詩]寒い国のはなし/Lucy[2020年2月4日21時24分] 凍り付いた村 壊された屋根 奪われた言語 文字を持たない人々は 言葉を歌として 空へ放つ 想いを声にして 鳥に預け 子に託す どんなときも 旅人を暖かくもてなした たとえ親切を仇(あだ)で返されても 人として知恵を巡らせ 人として決断する 支配され 虐げられても 人の魂はあけ渡さない   ---------------------------- [自由詩]空を突き刺す魔女の箒のような裸の並木/Lucy[2020年2月19日20時42分] 柔らかな薄桃色の掛布団 夕暮れの雲に覆われた空 真っ白なシーツをふわりとまとう敷布団 おやすみなさい 積み上げられた徒労を包み 疲れた笑いを しずかにほどいて 瞼を透かす朝のことなど 考えず ざわざわと記憶の底深く引き寄せる 波のような引力に じっと耐えながら   ---------------------------- [自由詩]今宵強風が吹き始める/Lucy[2020年3月20日23時31分] 私が見ている光景と あなたがたに見えている事件は違っている ということを 驚きとともに思い知る事がたまにある でもあなた方が一斉に 同じ景色を見ているのだと思うのは たぶん私の錯覚で それぞれが異なる別々の映像を 各々の理解力で さまざまな角度から解釈し 認識が 少しづつずれて 僅かに歪んでいるのなら あなた方みんなが思い込んでいる物語に比べ いくらかでも 私が注意深く凝視し観察し 構築してきたストーリーが真実に近いなどと 主張する根拠はどこにもない 気象予報が言い当てた通り 夜が更けてから強い風が吹き始めた どよどよと どこから辿り着いたかもしれぬ 長旅に疲れたような重たい風 こんなに強い風は この冬一度も吹かなかった そう感じる私は既に間違えている 生まれて初めて聞くような 実はもう何百回となく聞かされたはずの 重苦しい音が窓を打つ 鼓膜を叩く ---------------------------- [自由詩]緑の風を見ていた/Lucy[2020年3月24日21時56分] ざわざわと 視界を埋めて啼き騒ぐのは 梢で触れ合う 青葉たち 輪郭をなぞろうとすると 否定形しか使えない あまりに崇め過ぎたから 信じるということが 見ないという事でしかないなら ひらりと風にさらわれた 一枚の病葉が 私なのですと言い張った 何も与えてくれなくていい すべてを赦し すべて美化して 私ではないものを私に重ね 私を透かして 向こうの緑の風を見ていた まなざし あなたは神でなければならず 私に触れてはならなかった ---------------------------- [自由詩]出ていける/Lucy[2020年3月25日18時52分]   目の前に置かれたコップに   なみなみと注がれた透明な夜を   一息に飲みほせば   僕はもうすっかり自由になれる   高い窓の鉄格子の隙間をすり抜け   出ていける   幽かな光を放ちながら   雲の向こうへ隠れたままの   お月さまにだって   会いに行ける 埃舞う舗道に貼りついたまま ぼくにぴったり寄り添って 片時も離れず歩いていた影が お日様の光の下で囁いた ---------------------------- [自由詩]洗脳/Lucy[2020年3月26日22時52分] 歩き疲れてベッドに横になった からだがスライムみたいに ひらべったくのびて 平面と化していく 目も鼻も どこにいったかわからない 耳だけはラジオの音をひろう 手も足もシーツの端から ゆっくり伸びて フローリングの床に 滴り落ちている ---------------------------- [自由詩]雪が解けて・・/Lucy[2020年3月28日19時08分]     * 芝生の上で むっくり起き上がる 一枚の落ち葉 長い間のしかかっていた重しが消え 身体も乾いた 深呼吸すると 葉脈の透けた胸にも 風が流れ込んでくる もう一度 転がり始める 風が背中を押してくれる     ** 雲が分厚く覆うので 今日は夕焼けが見えない 懸命に 空に向かって両手をひろげ まるで順番を待つように 並んで立っている樹木たち 霧雨に溶け込んで 夜が降りてくる     *** どんなに浅い水溜まりにも 青空が映る 梢の影に沿って歩くと その枝に 鳥の影が来てとまる 今 飛び立とうとしていた枯れ葉を 私の靴が踏みつける     **** 散歩しながら はる はると声に出してみる 通りかかった車庫の前 乾いた地面にお腹をつけて 日向ぼっこしていた猫が 顔を上げる はるっていう名前なの? ---------------------------- [自由詩]夏が来る前に/Lucy[2020年4月2日21時18分] 街路樹の根元に 延々と連なるラベンダー 夏になったら咲くのだろう この街に 夏が来るのなら 誰と誰が生きのびて 新しい詩を書くだろう マスクをつけて歩いていると 先生が電話してきた 元気か、いやどこにも行くところなくてよぅ まいってる 寂しくて懐かしくて おまえの声が聞きたくてなぁ  五月になったら飲み会かねて食事に行かないか? 三年前に娘さんを亡くし 奥様は以来病がちという噂 俺は元気だどこも悪くない夜毎薄野で飲み歩いていると クラス会で豪語していた 昔ながらのハイテンションがどこか不自然で 先生は私を誰と間違えているのだろう 重いので 電話にでなかったこともある でも今日は出てしまった ごぶさたしています先生おかわりありませんか?と ことさら明るい声をだす そうですね、五月になったらまた皆で会いましょう それまでに出掛けられるようになるといいですね そうだな、おまえの声が聞けて嬉しかったよ それじゃまた五月に電話していいかと先生はいう はいありがとうございます先生もどうかおからだ大切に 心にもない言葉を言って電話をきる 雪が消えた中央分離帯に ホコリまみれのラベンダーがどこまでも続く 来るかもわからない夏をめざして   ---------------------------- (ファイルの終わり)