Lucy 2013年10月10日22時58分から2014年1月9日22時46分まで ---------------------------- [自由詩]余白/Lucy[2013年10月10日22時58分] 古いノートに書かれた文字を 辿って行くと 余白にぶつかって そこから先へ進めなかった私がいる もう書けない 諦めてしまおうと 何度も思った 余白の裏に 余白の隅に 挫折の名残を埋めてしまおう 私の歩みを無かった事にしてしまおう 細々とたどる履歴の小道に 余白がしらじら 真昼の光に晒されて ひとつひとつの曲がり角には 目立たぬように 余白が咲いて揺れている 立ち止まっても戻れない 振り返っても 既に野草に覆われて 見えなくなった幾つもの 中断し置き去りにした夢の行き先 抱え持ってきた余白が 折りたたまれて しまいこまれて私の胸に眠っている 引っ張り出して 皺をのばして拡げてみたら 空一面のキャンバスだった 私の余白に 最後のうたを書かせてください もう誰からも見えるように もう誰にでも届くように   《 「蒼原」93号 2013・秋)掲載作品 》 ---------------------------- [自由詩]三日月/Lucy[2013年10月14日15時34分] 駅へ降り立った時 まだ空は青みを帯びていた ちょっと買い物をした隙に すでにとっぷりと暮れている 荷物を提げて 街灯が薄く照らし出す歩道を急ぐ 呼ばれた気がして 見上げると 鎌のように鋭くおおきな三日月が 左上空でギラリと光った 植物の発するただならぬ 強い匂いを感じて右の 草むらへ眼をやると 切られた樹木が暗い空き地に 倒れていた ---------------------------- [自由詩]夕日  (詩人サークル「群青」10月のお題「無」から)/Lucy[2013年10月17日21時42分] そよとも揺れないすすきの穂が あたりに白く浮かぶ とおくを スローモーションの足どりで 駆けて行く 赤いセーターを着た少女 お腹がみるみる膨らんで まんまるになったかと思うと ふわあと宙に浮いた 赤い風船は 穏やかに滲む灰色の空に くっきりと浮かび 辺りを照らすことはしない 傍らで男がつぶやいた 「夕日だ」と たしかに このような夕日を見たことがある と思った時 バンと銃声がして 夕日は粉々に飛散した それが本当の銃声だったのか 夕日が自ら破裂する音だったのか 実はさだかにはわからない 地面に埋め込まれていた右足を はじめて少し動かすと 掘られたばかりのジャガイモのように 生白い指が現れる それから さほどに暗くもならず 照らしだす光もないままに ほの白く続く 無風の夜を 私は男と歩いたのだ ---------------------------- [自由詩]少年/Lucy[2013年10月19日13時49分] まだ未熟な羽をもつ 小鳥が 高く  遠くに 羽ばたくことを求め 嵐の日に 強風に乗って飛び立つ事を 選んだように 君は わざわざ試練の時に 身を捥ぎ離すようにして 私を 巣立っていった ---------------------------- [自由詩]ヤキソバ/Lucy[2013年10月24日19時31分] 雨が降りそうで 今にも ヤキソバでも 作るかな 雨が降りそうで 降らない 風が冷たい 夏なのにサムイ 君は出かける ひとり どこかへ 風に吹かれて チャリこいで ヤキソバでも 作るかな 雨が降りそな日曜日 壁を蹴りたい日だって あるさ 間違えたコトバ きっと 消せる ヤキソバでも 作るかな・・ 君の好きな ---------------------------- [自由詩]朝のできごと/Lucy[2013年10月25日22時06分] 雨の降る日は遅刻者が多い、と考えただけでも既にいらいらと重くなる頭を、無理に伸ばした背骨で支えて、混み合う生徒玄関で傘の滴に汚れた廊下の掃除の仕方と、遅刻の取り締まり方について、週番の生徒に指示していたら、三年生の男子の一人がそばに来て「先生ちょっとこい」と言う。 ちょっと来いという口のきき方が気にくわないので無視して話し続けていると、「早く、早く来いって」としつこく言う。この子はいつも授業中大声を出してふざけるか居眠りするかのどちらかで、私の話など聞いちゃいない。 「今話し中でしょ、ちょっと待ちなさい。」「いいから、それどころじゃないんだって、はやく、いいから。」と地団太踏んでうるさいので、「なんなの」と顔を向けると、怒った顔で「いいから来い、早く来いって。」と、あまり急ぐので「どうしたのいったい」と言いながらしぶしぶついて行くと、「早く早く」と走るので、 また何かめんどうなことでも起きたのかと、走ってついていくと、東側の廊下の窓のところまで行って私を振り向き「みれ。」と指さす 雨の晴れ間に二重に重なってくっきりと大きなみごとな虹・・・。                              《「蒼原」18号(1990年、8月)掲載》 ---------------------------- [自由詩]光しか/Lucy[2013年11月1日13時16分] 光しか見ていない人は 本物の光は描けない ---------------------------- [自由詩]螺旋階段/Lucy[2013年11月2日9時34分] 螺旋階段を下りて行った ぐるぐる ねじれる記憶を 拾ってきたの 遠いこだわりを 大事そうに抱えて あなたは私を指さして 「あなたが私を傷つけた」という そうだったかしら 身に覚えがない と言ってみても それは誤解だと 釈明しようにも 確たる証拠は どこにもない あなたと私の ともにおぼつかない記憶同士が 衝突して 少しづつ欠けて 飛び退くばかり 螺旋階段を上りましょうよ 階下のフロアも幻なら 上の階に在るはずの 明るい窓も ただの妄想 古い手すりが腐っていて まっすぐ私が 落ちたとしても それがあなたの 願いでも 私たちもう 戻れないのよ 女学生になんか ---------------------------- [自由詩]手遅れ/Lucy[2013年11月3日18時39分] 何かを始めるのに 手遅れなどということはない 始めた時が 始まりのとき 手を伸ばした時が取り返すチャンス 足を踏み出した時が 新しいスタート 空を仰いで 深呼吸した時が 誕生日 それが日暮れであろうと 真夜中だろうと ああ 真夜中は明け方のちょっと前です まだまにあうから始まるのです 一周遅れだろうと一緒にスタートした連中と 比べなければ 例えば三十年後 君は誰よりも遠い目的地に到達しているかもしれない 速さを競うのか 目的地を自分のペースで目指すのか 人によって 参加する種目はちがっているし 競技に参加せず ただ気が済むまで空を見ていたっていいんだ 君のタイミングで始めるときが始まりのとき ---------------------------- [自由詩]おやすみなさい/Lucy[2013年11月5日0時31分] おやすみなさい 今日の日は過ぎた 明日は親知らずを抜きに行く 二週間前に予約して あっというまに 今日が来た 虫歯になっていますから 治療したとしてもどうせ 使いみちのない歯だし 磨きにくいので またすぐ虫歯になりますから 歯周病の原因にもなりやすいですし 抜くことをお奨めしますと 歯医者さんが言った 明日になれば さようならです 大人になってから横向きに生えてきた 長年の悩みの種だった 奥歯との隙間にいつも 食べ物が挟まるので 舌で四六時中触れていた お茶を口に含んでは 傍目にわからないように 密かにぶくぶくする技も習得 1日に何度も 鏡でみては つまようじでホジホジしていた 気が付くと一番親しくなっていた お友達 今夜は君と一緒に眠る 最後の夜だね おやすみなさい 親知らず ---------------------------- [自由詩]窓を叩く雨/Lucy[2013年11月8日11時56分] 雨が窓を叩いてる 風が夜をかきまぜている 遠いところから 押し寄せてくる 怖い記憶に 目を覚ます かたわらに幼子がいた頃は 守らねばという決意が こんな時私の背筋を支え 薄闇に 体を起こし 静かな寝息を 確かめた 守るもののない今は 両手で自分を 抱きしめて 寝床の中で丸くなる 雨が心の中にまで しみ込んでこないように 嵐が 遠い記憶まで かきまぜに来ないように ---------------------------- [自由詩]蝶になる日/Lucy[2013年11月8日18時57分] 土に還れない落ち葉は 一枚一枚 くっきりと形をとどめたまま 美しい標本のように 雨の舗道に貼りついて 幾度も 踏みしだかれ やがて晴れた日の 風に 粉末となって 舞い上がる ---------------------------- [自由詩]吠える/Lucy[2013年11月10日21時58分] 黒々と枝を拡げる はだかの木 ひび割れた空の奥に 狼の貌が現れる 雲を裂いて 鋭く光る眼 夕陽を噛み砕く牙 ピアノ線に触れ 切れ切れに落ちる はだかの言葉 燃えるランプの はだかの芯 ---------------------------- [自由詩]心理テスト (詩人サークル「群青」十一月の課題「非」より)/Lucy[2013年11月13日21時57分] 誰かが扉を閉めてしまった 私は夜ごと出口を失くした夢をみる 扉を閉めたのは 私 そのうえ錠前を壊してしまった 壊れた錠前をまず直そうとする人は 人の心を思い遣る人 壊れた花瓶を 片付けようとする人は 過去にこだわる 塀の高さは 理想の高さ 椅子の数は 将来の家族数への願望 コップの水は 現状に対する満足度 私の椅子はたった一つで コップは空っぽ もちろん絶対によじ登れそうもない 絶望的に高い城壁 目を閉じてください 森の中に道があります さあ どんな道ですか?  曲がりくねって二股に分かれている   (あなたが今まで歩いてきた人生を表します) 歩いて行くと動物に出会います それは何ですか?  ヘビです   (あなた自身を象徴しています) もっと進むと又動物に出会います それはなんですか?  マングースです   (将来の伴侶となる人物のイメージです) もっと歩くと家が見えます それはどんな家ですか?  石でできた窓が一つしかない塔です 森を抜けると どこかへ出ます それはどこですか?  崖っぷち もちろん見えた家はあなたが築く 将来の家庭を表します 湖とか海とか広い所へ出た人は 未来の展望が明るくひらけている人   (確かに崖も広いところへ開けていたのだ 果てしなく) 心理テストが流行しました あなたの答えは特異ですねと言われると 嬉しかった 私は非凡 普通じゃない 並みじゃない 俗人じゃない 一般大衆じゃない 私は異常 たぶん平和に生きられない この異常さが私自身であることの 唯一の根拠ではないか それから歳月 私はこの世でぎくしゃくとけ躓き よろめき転び痛さを憶えた ごつごつと壁や柱に頭をぶつけ 平凡な人々の嘲笑を浴び 己の平凡を思い知る あとはおきまりの 心入れ替え謙虚に控えめに 自我は隠して右に倣えの努力のコース 怪しい者じゃございません 鎧を脱ぎ棄て仮面を裏返す ねっほら馬鹿も見せるし ハッタリこけおどし使いません 腰は低く物腰は柔らかく口調はあくまで 丁寧に 分をわきまえて 言葉は十分に吟味してなるたけ常套句を選ぶ はい、はじめに会った動物は ネコです 次に会うのは 馬です 道は普通の幅で真っすぐ 森を抜けると野原へ出ます 小さい山小屋が見えました 塀ではなくて生垣です 私の腰ぐらいの高さです テーブルクロスはギンガムチェック 椅子の数は四つ コップの水はそうですね半分より少し多いくらい 花も飾ってあります 壊れた花瓶は 片付けません 錠前も直しません そうして生き延びてきたはずの 扉の向こうに 心理テストの本当の答えが佇んでいる ---------------------------- [自由詩]お葬式/Lucy[2013年11月20日22時55分] 叔母さんが亡くなった いとこが 「顔も見てやって」と お棺のふたを開けてくれる 御顔を覗くと 少しも苦しそうでないので ホッとして 「おばさん」て小さい声で言って お葬式には少し慣れてきたかもしれない 在りし日の写真は 優しく微笑んでいる 祭壇はこじんまりしているけれど お花はとてもきれい 若いお坊さんが 「みなさんのお一人お一人が 苦しいことも悲しいことも、また嬉しい事をも 引き受けて 限りある人生を生きておられるのです」 などとおっしゃるので またじんわりと 救われる 火葬場へは行かず 帰ってきてしまった ---------------------------- [自由詩]散歩/Lucy[2013年11月23日19時52分] 辿り着いたこの街で 老いていくのだ 運が良ければ 最後の日まで そのことが 頭の中ではっきりしていて どこまでも 美しい 晩秋の遊歩道 ---------------------------- [自由詩]彗星が落ちてくる前に/Lucy[2013年11月23日20時47分] 恐ろしくひょろ高い   竹馬に乗って 海水のなくなった海の底を 歩いて行ったムーミンたち 私は歩道橋から 街を見下ろし 長い脚で 椴松や公孫樹の 街路樹を ひょいひょいまたいで 教会の屋根の十字架や 学習塾の看板も スキップで越えて 黒雲に隠されたお月さま迎えに 翳りゆく空の明るさを 片っ端から胸に集めて 落ち葉もみんな かき集め 駅も線路も 見下ろして ほんの一瞬でいい 見えない海の 面(おもて)に映る 白い まるい光になろう ---------------------------- [自由詩]校庭/Lucy[2013年11月25日14時37分] 冬の子どもたちが 落ち葉のマントを纏って 手をつなぎ かごめかごめをしている 誰かが あっちだ と言って走り出すと 手をつないだままで 一斉に駆け出していく 遅れた子を 心配して 戻ってくる子もいる みんなと一緒に行かないで 花壇の隅にうずくまる子もいる 空が暗くなって 笛が鳴ると 休み時間の終わり 我先に舞いあがって 飛び去って行く 次に来る時は 雪のコートに身を包み まっすぐ並んで 降りてくる ---------------------------- [自由詩]さめるまで/Lucy[2013年11月26日20時47分] あともう少しと思うところで 火を止めるのよ もう薪はくべなくていい 蓋をあけてはだめ 後は鍋ごとさめるのを 待つの ゆっくりさめながら ジャムはだんだんジャムになるから リスの母さんはそう言いました 子リスは待ちきれなくて さっきノイチゴを摘んだ森まで 駈けていきました 煮物はね さめながら味が染みるのよ ゆっくり時間をかけてさましてゆくの 急に冷やしたりしてはだめ おばあさんは言いました 真冬の子リスは ゆっくりさましたものを 味わいながら 秋に埋めてあるいた ドングリを思い出す ドングリも ゆっくりさましておくと 甘くなるかしら 春まで待てば とてもおいしくなるかしら リスの母さんは思います さめながら 本当になっていくものが 他にもあったかもしれない 燃え上がる一時の感情じゃなく ゆっくり さめながら トロリと甘く 味の染みていくものが 心の中にもあるなら 焦らず 待ってみましょうか ---------------------------- [自由詩]帰ろうという意志さえあれば 彼には道がわかるはず/Lucy[2013年12月2日20時08分] 僕は目を瞑り 夕暮れの国道に彷徨う仔犬のことをちょっとだけ考える カーラジオから明るい声が 逃げ出しちゃった犬の情報を お寄せくださいと呼び掛けている 犬の種類 大きさ 毛の色 首輪 名前 特徴 癖 好きなもの・・ ことこまかく 愛する者の側から見える 愛されていた犬の輪郭 その犬ならあそこに居たよ ここに居たよ あの道で見たよ あの方角に走って行ったよ 続々と情報が寄せられて 飼い主は いちいち其処へ駆け付けて 右往左往しているらしい すべてが善意の情報とは限らないから いつまでたっても 犬はみつからない 仔犬は見つからないほうがいいのだ 僕は思う だって逃げ出したのだから 彼は自由が欲しかったのだ 力試しがしたかったのだ 愛でがんじがらめにされた自らの輪郭を抜け ここではない何処かへ 見たこともない自分を 探しに行きたかったに違いない だがその代償は重い 今頃既に車にひかれているかもしれない 大型犬に出くわして 噛み殺されたかもしれない それでも仔犬のために 祈るべきだ その勇気を 讃えるべきだ とそこまで考え 僕はちょっぴり馬鹿らしくなる だいいち そんなもん勇気でもなんでもないだろう ただ無知なだけ 己の無力を知らないだけ 僕も同じなんだろうか 破れかけた雲を見上げて もう何年も道に迷ったままの僕は 神様のことなんか思い出せない ---------------------------- [自由詩]卵2パック/Lucy[2013年12月2日21時32分] 「すみません。おひとりさま1パックまでなんです。」 その日 特売の卵を2パック かごに入れていた老人は 無情なレジ係にそう言われ 1パック取り上げられていた 解けかけた雪が 昨夜の寒波に凍りついた 危険なつるつる路面を歩いて 背中の曲がった老人は ひとり買い物に来たのだろうか 日曜日の生協は 開店前から並ぶ人も多かった 老人のかごの中身は 卵のほかに 同じく特売の牛乳が一本と 納豆 かつかつの年金暮らしを支えるために 広告の隅から隅まで目を通し 特売の卵を2パック それでひと月 何とか凌ごうとしたのだろうか 灯油も値上がりした事だし 今年の冬も長く厳しい 老人は無言で卵を諦め 傷ついたプライドを支えるように レジ係にお金を渡す 「おひとりさま、1パック」 誰のための平等だろう 特売の卵で 命を繋ごうとしている人に 売ってあげなさいよ 黙って そう言いたいけれど 真面目なパートのレジ係に そんな裁量は許されていない ---------------------------- [自由詩]白い蕾/Lucy[2013年12月9日12時07分] 冬になる前に 庭のバラを剪定した 咲き遅れた蕾の枝を 花瓶に挿しておいた 膨らみかけていた他の蕾は 次々に開くのに その白薔薇の蕾は しばらくはじっと蒼いまま ある時 限界を迎えたように萼(がく)が裂け 首元に反り返ると 躊躇(ためら)うように 蕾は僅かに膨らんでいた それは 残りの命を振り絞り 咲こうとしているようにも見えたし 頑なに 咲くまいとして 堪えているようにも見えた やがて 葉から緑が抜け始め 次々に落ちた 萼の色も枯れ色になり 閉じたままの蕾の外側の花びらも 端から水分を失ってゆく 冬は曖昧な保留の白さで 窓外の景色を埋めてゆく 街路樹の根元に ヒマワリやコスモスの種を忘れながら 白い蕾は変わらなかった 変わらないという決意のように 執着のように 未練のように あるいは 思い違いのように 蕾の声に耳を澄ますと 自分の声が聞こえてくる ---------------------------- [自由詩]鳥でなければ/Lucy[2013年12月13日11時11分] 鳥でなければ見たことのないはずの景色を 夢で見た 子どもの頃なら 空を慕った記憶はある 宇宙からの信号は 生まれた日から 届いていたのに 地表に張り付いたまま 私の未来は区切られていた 教会の屋根の上を飛ぶ 鴉の位置も コスモスの上を舞う蝶の高さも 空なのだ 蟻やコオロギから見れば そしてミミズから見れば 蟻の居場所も 四つ足の低いおまえの視点から 見上げれば 二足歩行の私の頭も けれど私が空に居ないように 蠅も雀も空には居ない 木々の梢も 高層マンションの最上階の あの子の部屋も 空に見えて空ではない 苦渋をにじませ 足を引きずり あなたが歩いて行った地面が 私の空だった事もある 私は憧れる事をやめた 同時に 自分を卑下することも 鳥でなければ目指さないはずの 夕暮れの稜線を 恋い慕うように熱望し 渾身の力を込め 羽ばたいた 空ではないので 翼が焼けることはない イカロスのように罰を受け 墜落するということもない ただ肩甲骨が痛み出し 諦めの誘惑に 心が何度も負けそうになるだけ ---------------------------- [自由詩]窓/Lucy[2013年12月17日22時50分] 渇いた湖底を 掠め 渦巻き 通過していく そんな 低温の吹雪を 窓には無数のひび割れに似た しばれ模様が張り付いて 空気中の水分は 耳にも 皮膚にも 触れない 喉も乾かしてしまう 曖昧で 無惨で しばれ模様のガラスのように ひび割れた瞳で 映るもののいっさいを 改ざんした 記憶の洞窟の中を 吹きぬけていけ 粉雪 ---------------------------- [自由詩]「石狩川」/Lucy[2013年12月20日14時09分] 西の空を覆う厚い雲を 僅かに縁取り 淡い光が 放射状に さらなる高みへ腕を伸ばす 羽毛のような桃色の塊が 透明な大気の層に漂うあたりへ 空はいつまで記憶するだろう 人の視線を 私はまだ高校生で あの高いところの雲を目指し 羽ばたいても きっとたどり着けない鴉を見ていた 「石狩川」という小説を 必ず読めと地理の先生が言った 「君達、問題意識を持つんだ」 という口癖を クラス会に集まる度に 誰もが憶えていると言う 本庄睦男の文学碑は 鉄橋の傍に在り 文芸部の先輩と訪ねた事もある 錆びついた鉄骨に 鴉が啼いて群がる線路を 歩いて渡ると 小さな無人駅があった その小説を私がついに読み終えたのは 信じられない程の年月を隔てた今年二月 北の街の病院で入院生活を送った時 窓の外に粉雪は吹き荒れ 遠くに細く海が横たわっていた 桝井先生、 あなたがこれを読みなさいと言った理由(わけ)を 私はようやく知りました 縁あって夏のはじめに訪れた 「あいの里」という地名の駅の ホームのはずれのフェンスに寄り添い 見上げれば 淡い光に染められた空は 広大な石狩平野を見下ろしている ほんの百五十年ほど昔 熊笹をかき分けて 先人が苦労の末に築いた道を じっと見おろしていたように 重い鞄を下げ橋の袂から見上げた私を あの日見おろしていたように (「蒼原」94号 2013,12月)より…※一部分修正しました。 ---------------------------- [自由詩]会わぬが華/Lucy[2013年12月23日20時56分] ざらざらの掌で 温められ 擦られ 撫でまわされて 摩耗した挙句 まるく つややかな光を放つ 表面に一点の翳りもない 器が 轆轤の上に 遂に生成し得たとしても 掌の持ち主の 荒れた魂とは似ても似つかぬ 歪な器であればある程 ごつごつと ざらざらと 収まり悪く のたうち 転げ回った挙句に 奇跡のように美しい詩が たとえ生まれたとしても 心そのものの佇まいとは 程遠い だからその美しい詩を一遍 生み出すためになら 闇雲に 手当たり次第に 見境なく 心でもなんでも偽ったところで 何ほどの罪になるというのか ---------------------------- [自由詩]今年はこれでお終いです  (詩人サークル「群青」今月のお題「終」から)/Lucy[2013年12月28日23時53分] みなさんどうかよいお年を 今年一年数々のご無礼を働いたことも どうか水に流してください わたしとしては それなりに 誠意を尽くしたつもりです が 努力が足りない事も わかっています 最善を尽くしたと言い切れる日が 来るとは到底思えない 怠け者で ぶったるんで 慰められたり励まされたりすることばかり 狙っていました もっと頑張れるはず ちゃんとやれたはず でも甘えた事も ずるした事も知っている これが精一杯ですなんて 本当は言えない このまま 衰えて歳月を無駄に費やすのか と思うと 悲しくて 恥ずかしい 人生の終わりには 悔いなく生きた 愉しかったと 深呼吸をして 目を閉じたいと願っても 実は一からやり直したい 今の私が好きですなんて 嘘八百で 野望もプライドも捨てましたなんて 口から出まかせ いつか詩人になりたくて 詩人て何なのかも 結局はわからないし それならサーカスに入って 空中ブランコ乗りに なりたかった 家具職人に 絵描きに ピアニストに お花屋さんになりたかった いいえ、 実績なんて残らなくていい せめて誰かを 愛しましたと 言いきれる自信を ---------------------------- [自由詩]牧場/Lucy[2014年1月3日15時55分] 伯父さんのお葬式の日に 父に会いに行った 病床で 夢と現のあわいを ゆっくり行き来している父は 「今○○さんが来て行った」と 仲良くしていた兄の名を言う その人が亡くなったという事を おそらく母が告げたのだろう 「だからお葬式に行ってくるね」と、 伝えなくてもいい現実を 母はいちいち正確に知らせる いつか正気に戻ってくれると望むあまり せっかく忘れて 又知らされるたびに 新しく悲しむのに 「そう、伯父さんきてたの。」 と、私は軽く受け流す 父の手をとり 固まりかけた関節をさすりながら 「ずいぶん柔らかくなってきたね。 動かさないと固まってしまうからね」と声をかけると 父の瞳がいつになく暗く輝いて 私の顔をじっと見た 「俺はなんだ?マムシか?ヘビか?」 唐突にそんな事を言う 倒れてから一度も見せたことのない表情 「俺の迎えは、遅いんでないか?・・もう、いいだろう」 私だけに見せたと思う 父の思いを受け止めなければと焦る 「おとうさん、そんなことを思っていたの・・」 涙がこみあげてきて それ以上は言葉が出ない 父の目にも涙がにじむ わかっているんだ お父さん何もかも わかっていて 家族に心配かけまいと いつもにこにこしていたの? 流れる涙をぬぐっていると 「俺は、今日は行けるかなあ」という 「どこへ?」と訊くと 「牧場よ」 「ぼくじょう?牧場へ行きたいの?」 父の瞳から暗い光が消えている 「ああ、馬三頭放してあるんだ。」 若い日の記憶に戻って行ったのか 光に満ちた草原を 三頭の美しい裸馬が 風のように駆けて行くのが 私にも見えた ---------------------------- [自由詩]黒ネコのタンゴ/Lucy[2014年1月6日11時57分] おおゆきが降った夜 雲の切れ間で 三日月につかまって 空中ブランコしてたのは 木の葉の舞う頃 行方不明になった黒ネコ 最初は新聞の折り込みチラシ 猫のアップの写真の下に 「飼い猫を探しています 名前はソラ 大きな黒ネコです 大切な家族です 見かけた方、 または 保護してくださっている方は どうかご連絡ください」 それ以来 なんとなくネコの姿を探しながら もうそろそろ見つかった頃かしらと思っていると 郵便受けに 同じチラシが折りたたまれて入っていた 見かけたらすぐ通報できるよう 電話番号を ケータイに登録した とうとう初雪が降った朝 厚紙に貼られビニールをかけられた件のチラシが 木立にくくりつけられていた まるで ネコ本人の目に留まるようにと 祈るみたいに ---------------------------- [自由詩]お月さま/Lucy[2014年1月9日22時46分] 夕暮れの空を見上げると 今日はお月さまがいない と思ったら 真上やや後方から呼ばれた 「ココニイルヨ―」 ふりあおぐと三日月 こないだ見たときは 真っ黒な空の真ん中で 薄笑いの口みたいだったのに 今日はさみしげな横顔だ 日によって角度も違うんだね 三日月さん 私はかなしい事があったの だけど いいこともあったの あなたは? 蒼く暮れてゆく空に囲まれ とってもきれいに光っているから きっとひとつやふたつくらいは 嬉しい事もあったのでしょう 今は 細く身を削がれ 神経をとがらせていても やがてまあるく 満ち足りる日が訪れる かなしいことは すぐに忘れる いいことだけを 膨らませよう ---------------------------- (ファイルの終わり)