宣井龍人 2017年4月15日8時46分から2022年5月24日20時59分まで ---------------------------- [自由詩]命の河/宣井龍人[2017年4月15日8時46分] 行き先のないお前の虚像 とどまることを知らない水 不器用に溢れるのを忘れて 拒絶された命の河に埋もれる 沈んだ肌を撫で 冷たい手を取り出す 無数のお前が揺らめき 苦しみと愛しさを唱う 光る影を背負う日常 至るところに棄てて すべてのお前と別れる頃 今日の白日夢は終わる 暗闇を命の河が行く 永久に流れるお前の記憶 掬っては溢れ澱み慈しみ 消えた思い出と名付ける ---------------------------- [自由詩]青春の記憶(小詩集)/宣井龍人[2017年5月4日12時19分] 【人間になれなかった】 人間になれなかった 野原をひたすらつんのめり 海原を懸命に切り裂いた だが 人間になれなかった 人間はずっと向こうにある どこを走ったのか どこを泳いだのか 時間の中を彷徨ったのだろう だが 人間にはなれなかった 【七頁先の少女】 この身を焼き切るような夏 寒さに震えながら 布団にまるまったとき 七頁先を疑った僕だったけど 一日は確実にひとつずつ捲られ 水に遊ぶ少女の輝きがやってくる この不思議な実感は何だ 同じ絵が同じ少女が 今生まれたかのように 生き生きと語りかけてくるではないか 七頁先の夏がやってきて 七頁前の冬がただ一枚の絵となった こんなとき 春夏秋冬の中に僕をみる 【すれちがい】 おかしくはない、なにも 昨日あった、太陽がなくなり 星たちは、地球の下に、落ちてしまった 今日という日が、燃えている 宇宙に、ひろがって こんにちは、こんにちは それでも、地球人は 起きて、食べて、働いて、寝て この世に、住んでいるから、誰も知らない 【心は】 砂時計の下に埋まり時は死んだ 灼熱の仮面と化した頬を伝わる涙 我が命の息吹 伝えられない心の叫び 微笑にこそ愛は宿り ものに動じぬ心はできる 爪弾くものは何でもよく 流れる愛が欲しかった ---------------------------- [自由詩]心が震えて/宣井龍人[2017年6月6日10時15分] 去る者は追わない 留まることも知らない たとえ自己であっても 心の空白は埋めない ただ眺めるのみ 朽ち果てた窓辺に 降って行く証しに 行き着く叫びは無い 君は去っていくか 万感の灯火は消えて 過ぎ去った日々よ 命の流転に燃えて 散りばめた灰は咲く 永久の岸辺に 渇き切った涙が溢れ 私は ---------------------------- [自由詩]青春の小道(小詩集)/宣井龍人[2017年6月17日11時35分] 【街景】 感覚というものに訴えたのは 騒めきの嵐 取り留めのない言葉の流れ 舞い上げられた人間の叫び 雑踏とした街並に咲く 毒づいた偽りの花 もう震え上がった真実を 覆い隠す暇は無い 犯された鋭利な刃物を捨て 心の隠者に化けてしまえ 【風が春を呼んでいる】 風が、人の耳を、コチョコチョ、と擽って ソヨソヨ、という音が生まれた まだ、大地は白い布を被っている 凍りついた雲の涙を、思い出とするには まだまだ、とても寒かった 空は青いが、押し出すようで 白い雲は、縮まることしかできない そして、一人の人間には 無言という木が、立ちはだかった だが、人は、風が、オズオズ、と寄ってきて 春ですよ、と言って、ヒュー、と逃げていく これが春だ、と言って 得体の知れない、球の上に住んでいる 【空間の叫び】 空間の叫びを分解した きしむ水車の声がする 消化された食物の声がする 汚れた水の声がする 倒した森の声がする さまよう価値の声がする 街の雑踏の声がする 冷たい視線の声がする 眠りを妨げた土の声がする 霞んだ空の声がする 太古の生活の声がする 生物の争いの声がする それらは 歴史の扉から飛び出した もはや大地には存在しない 【少女】 僕は貴女とはじめて出会った 限りなく痛々しい傷心の丘で 青々と繁った草原のベッド 悲しみと不安そして悟りの日々 もう僕の瞼に住みついたのだろうか できたら震えた心を優しく閉じてほしい 潤んだ瞳に歓びをあげよう 貴女の言葉となり湧きだしたもの 名もない泉の清らかさにも似て 愛を求めて野原に彷徨う蝶のよう 悲しみを知った花弁のみが知る真実だ 貴女の瞳に静かに宿る安らぎよ 次は何をを教えてくれるのだろう ---------------------------- [自由詩]悲しみ/宣井龍人[2017年7月14日12時31分] 脳界で繰り返される感情のバトルロイヤル ここのところ悲しみのトロフィーでいっぱいだ 私は支配することができず支配されている 悲しみの赴くままにペンを走らせたが 描いた悲しみは悲しみではなかった 塩辛く固まった文字は悲しみではなかった 紙に滴るペン先も悲しみではなかった 私の腕を伝わらない悲しみの生命 遺された悲しみは一滴も溢れてこなかった 悲しみは血液やリンパ液を食い破り隈なく浸透する 私自体が悲しみという生物に成り果てるその日まで 回り続ける来る日も来る日もその日まで ---------------------------- [自由詩]紙屑/宣井龍人[2020年12月8日11時50分] 風に振り回され 壁にぶち当たり 人に踏まれ続け 雨にびしょ濡れ 僕は誰にも読まれない詩 優しいおばさんが ぐちゃぐちゃの僕を拾うと めんどくさそうに広げ 外れた鼻眼鏡で じーと見つめてくれた 間もなく丸められて ゴミ箱に棄てられちゃったけど 最後の最後に見つめてくれた 優しいおばさん有難う ---------------------------- [自由詩]死めくり/宣井龍人[2021年2月9日21時53分] 昼も夜もない屋敷に独りの老人が住んでいる。 彼は日めくりカレンダーと唯一の会話をする。 愛くるしい動物や癒しの風景が語りかけてくる。 そんな彼が穏やかに息絶えていた。 今日見つかった時はもう腐乱していた。 彼は律儀で几帳面だ。 伏した体から伸ばした左人差し指。 その先には日めくり。 日付は今日だった。 ---------------------------- [自由詩]風に尋ねて/宣井龍人[2021年2月23日21時01分] 立ち寄った風に 何処に行くのか尋ねた 風はそれには答えず 貴方は何処に行くのか尋ねた 何処にも行かないよ と私は口ごもった 全くの戯言だと 中途で気付いたからだ 風は別れの挨拶をすると 何処かへ去って行った 風も私も 同じ答えを知っている ---------------------------- [自由詩]老犬/宣井龍人[2021年3月4日21時12分] 手綱に導かれながらよろめく いつの間にか鉛の靴を履いた 老いに削られ痩せ衰えた体 荒々しい息が吐き出される ひとつひとつ生まれる幻影 熟さず霧散する己を舌で追う 間もなく土に帰る水溜まり 歪み破れた犬が音もせず唸る たぶん 短くも長い時間が経っただろう 風が流れ 老犬は 空を見上げる ---------------------------- [自由詩]焼き場にて(改訂版)/宣井龍人[2021年3月9日20時44分] 口元から読経がながれる もの言わず燃えたぎる焼き場にて 圧倒的なあの世が降りてくる 惜別をぶち抜く感情のほとばしり わなわなと肩が共鳴する後ろ姿 人目を払いのけ崩れ落ちる黒影 命に区切られた向こう側で 貴方は何の遠慮もなく燃えている 果たしてこんなことが許されるのか 一滴まで身ぐるみ吸いとられた海 まとったベールを引き剥がされた砂漠 棺やら壇やら壺やら哀れな置物たちよ 死というだけでは何も読めない 彷徨い続けた証をみながら この世にあの世を支払い続ける 焼き上がったお骨は行儀が良い 表情を置き忘れた長箸を持ち 貴方は最後の熱さに包まれて ここにはあるべきものはある しかしいるべきものがいない 遠くの大鏡をふと見ると 映っているのは 貴方だった何かと 私のような人だった ---------------------------- [自由詩]今という瞬間/宣井龍人[2021年3月26日14時43分] 私たちは今という瞬間に生きている 今という瞬間にしか生きられない 今という瞬間は常に死んでいく 私たちは今という瞬間に死んでいく 今という瞬間にしか死ねない 今という瞬間は常に生きている ---------------------------- [自由詩]光/宣井龍人[2021年3月30日11時33分] そのとき 時間という観念が 背後から消えていた 理由は知っていたが 理由という言葉ではなかった 歩くという足の動きは 私自身なのだろうか 蠢くものや湧き出すもの がズリズリする 人であることを 通りかかった人 と確かめ合った わからない行先を 探す私を 遠くから 照らし続けていた ---------------------------- [自由詩]いくつかの即席詩/宣井龍人[2021年4月7日11時58分] ? 過去は戻らない 記憶を終の住まいとする 過去は消えない 静寂と闇に同化して忍び寄る それはまるで不治の病であるかのように 後悔と苦痛を与え続けるためのかのように ? 柳は優しい無数の手を垂れ流し風に揺られながら香りを放つ 小さな若い女がひとり 私の体は宙を飛ぶように軽く何故でしょう?と呟く またひとり小さな人らしき者が優しい手の間から現れる 体の半分が暗闇から動かないと呟く よく見ると柳の無数の手の間や下に無数の小さな人らしきものがいる 皆呟いてはいるが会話はない ? 陽光に指先を伸ばす幼子 見えない蝶が笑顔と戯れる 雲間から垂れ下がる階段 悲しく錆び付き切れている 空は命を積込み重くなる ? 雨ではない 一粒一粒の雨粒だ 雨音が聞こえる 雨粒の声ではない 震えている ピアニッシモに ---------------------------- [自由詩]イメージの散らばり/宣井龍人[2021年4月8日20時43分] 硬い言葉より柔らかい言葉を掘りたい 怖い言葉より優しい言葉と握手したい たった今昨日を片付けてきたところだ 荘厳に鳴り響く十二の鐘が埋葬する そして何気なく今日となった明日に袖を通す 幻と現はほとんど隣あるいは入れ替わるのかもしれない その間には錯覚と過信の自分がいるだけだ 老親の背中を流し深い秋 亡き父の背中を追って紅葉散る 目覚めとともに始まる総天然色の夢 眠りとともに生と死の神秘に溶ける ---------------------------- [自由詩]即席詩の集い/宣井龍人[2021年4月11日20時59分] <ある夜に> 安らぎとは無関係な温かい鎖が静止の糸を引く 生煮えの記憶が歌いずるずる亀裂が揺れる 左耳から右耳へ爆音が通り闇は大きく息を吐く <鳩が一羽> 鳩が四つ角に立ち止まって動かない 近寄っても不安そうに動かない どうしたの?ここは車が危ないよ 思わず鳩に声かけした 見上げた顔は親にはぐれた幼児だった <鳩の行方> 争いに傷付いた鳩たちは 空の香りを打ち消すと 抜けた羽根を焼き捨てて 鉛色の水晶に沈んでいく <シ> そのピアノはシしか鳴らない 鍵盤を叩く度に生き血をすすって赤らむ <君> やっと逢えたときに君はいない いないという君にやっと逢える <ばらばらとしんしん> 押し潰されたばらばらの押入 記憶はたちまち惨殺される 貴方の顔には過去が無い 感情だけは無造作に掃きだされ 亡者がしんしんと積み重なる ---------------------------- [自由詩]不可逆の森/宣井龍人[2021年5月19日21時22分] 森は茫然と立っている 差し込む陽射しに年老いた裸身を晒す 来る日来る日は雑然と降り積もるもの 過ぎ去った日々だけが温かい寝床だ 森に佇む独りぼっちの木々たち 無表情に見合いながら黙り込む 微かな息遣いだけが森を赤らめる ---------------------------- [自由詩]海へ帰る/宣井龍人[2021年6月3日23時54分] 青く照らされた砂浜に 微かに残した面影は 君が海へ帰る時 足跡は波間に消えて 涙だけが満ちてくる 「私を探さないで」 砕けた波飛沫は呟いた 寄せては帰る海の鼓動 君への思いを伝えてほしい 私が君へ帰る時 砂に隠れた思い出は 消えぬメロディを口ずさむ ---------------------------- [自由詩]ある晴れた日に/宣井龍人[2021年6月11日0時08分] その夜私は心地良さに誘われ近くの公園をぶらついた 二十歳になったばかりだった 奥まった先のベンチには品の良い老人がひとり 横に立つ街灯の光に暗闇からほんのり浮かんでいる よく見ると少し古めかしい衣服を着ている 私は引かれるように見ず知らずの老人の横に座った 老人は「ある晴れた日に」と自分を語り始めた 不思議なことに老人の話が脳内に映画のように広がる 生誕に始まり幼少時から成長していき青年、壮年と 老人の喜び、怒り、哀しみ、楽しみなどが私自身に感じる そして老人が墓石の下で静かに眠る姿が それは鮮明に脳内を覆うと霧のように徐々に薄れていく もう一度老人は「ある晴れた日に」と呟いた ビクッとして横を向くと老人はいない 街灯が暗闇に浮かべているのは戸惑う私の姿だけ 公園の大時計はベンチに腰かけた時のままだ 風に靡くのは 時間を旅しているかのような 何処かで見たような老人の 一枚の写真 ---------------------------- [自由詩]月夜の夢/宣井龍人[2021年6月17日23時10分] 果てしない天海 月は彷徨う 青白い光が染めて 時間の滴をまとい 徐に揺れる波間 海鳴りは語りかけ 吐息が寄り添う 砂浜にひざまずき 一粒一粒を愛でて ふたりだけの砂の城 降り立つ月光の乱舞 見えぬ姿から零れる涙 触れられぬ姿を抱きしめて 遠く目覚めた戦き 深く閉じられた記憶 月夜の城は消えて ---------------------------- [自由詩]お彼岸/宣井龍人[2021年8月26日23時41分] ? 卒塔婆を飾る花は何を思う 墓石の影に折り重なり寄り添う人々 7年前の貴方13年前の貴男だろうか 歳月は姿なく容赦なく降り積もる 人々はもうすっかり汚れてしまって 絢爛に咲き誇る花々は一時の華 西に大きく傾く残り火に輝く ? 高層ビルの病室の夜景は都市部の見慣れたものだ 辛い病の疲れは意識を薄雲から闇に導く 時間と闇の調和の中を 多くの見知らぬ人達の姿や声が往き来する 目の前に幾多の顔が現れ消え現れ消え 親しい友人のように私に話しかけ 答えぬうちに消えていく 意識だけの存在になった私は 再び闇に帰る ? 病室で独り 月と太陽を同時に見ていた 興奮と鎮静が 足元で引きずり込もうとしていたとき 荒い息と吹き出す汗に 何処からか冷たい波が忍び寄る 凍り付いた無音の感触に 体は背後から硬直する 感性だけが支配する空間に私は 確かに閉じ込められた おまえは誰だ… ? 私は外を眺めている ピアノの前の椅子が定位置 動くことも 声を出すことも 表情を変えることも 許されない 何時だったか 何時ものように 目覚めるとここだった 家族もみんないるよ 各々の位置から 閉じない視線を微かに浴びる 誰も何も動かない 虚ろに響くのは 正確過ぎる時を刻む音だけだ ---------------------------- [自由詩]ここだけの話/宣井龍人[2021年12月29日18時01分] 壁を叩いて何でも喋れ と耳を当ててみたが 押入の二段目に上がって 寝そべってみたが 時計を裏返しにして 息を吹きかけてみたが 鍵括弧の付いている ここだけの話だらけが 頭の中を行ったり来たり あたふた飛んだが もう御免被るほっかぶり ここだけの話だが ---------------------------- [自由詩]傘/宣井龍人[2022年1月1日0時20分] 視界の先 点滅する赤信号 落ちていく雨粒たちが光る 黒い道路に飛沫が跳ね 倒れ無残に横たわる傘 ライトに無言の姿を晒す タイヤは容赦なく泥を投げ 道路の闇へと消えていく もう開くことが無い傘 死の訪れを知っていた ---------------------------- [自由詩]何のために/宣井龍人[2022年1月15日23時15分] 何回 風や雨に身も心も 晒され削られただろう 何回 壁や木に火花散らし 気絶し殴られただろう 何回 靴や石にギリギリ 踏み潰され続けただろう 無限ではない 数えられない 覚えられない       だけだ 僕は間もなく粉々になる 刻まれた文字は永久に旅立つ 新しい命 誰にも読ませなかった詩 ---------------------------- [自由詩]即興小詩の集い/宣井龍人[2022年4月12日21時32分]  【問答相撲】 健康は命の付属品ではない 生写しではあるが別の生き物だ 今日も飛び去ろうとしてタックルした 顔を洗えば鏡に逃げ込むかもしれない 醜態を晒しても命ある限りか 尊厳を保ててこその命なのか 身体が心を裏切るのか 心が身体を裏切るのか ハッケヨイハッケヨイ 命が尽きるその日まで  【果物と野菜】 わかっていないようでわかっていない みかんだかオレンジだか ほうれん草だか小松菜だか アスファルト畑のおじさんにはわからない 美味しくいただき舌で味わうハーモニー 生きる力ををいただき御馳走様 果物と野菜が有難く体を回る ついでにしっかりしろよと頭を叩く  【遠陽】 そのとき時間という観念が背後から消えていた 理由は知っていたが理由という言葉ではなかった 歩くという足の動きは私自身なのだろうか 蠢くものや湧き出すものがズリズリする 人であることを通りかかった人と確かめ合った わからない行先を探す私を遠くから照らし続けていた  【時の舞台】 寄せては返す波の営み 太古から刻む海の時間 投げかけた視線は月光に溶け 砂に朽ちた足跡に命が宿る 幾つもの影が立ち上がり 向き合い抱き締め合う 夜と過去に訪れた交錯の舞台 海は呼吸を止め大きく静止する ついに永遠を手に入れたのか 七つの音が月光を舞い始めた お や す み な さ い ---------------------------- [自由詩]わたしか?/宣井龍人[2022年5月2日23時18分] テレビのわたしが わたしと主張する なんだとお 見ているのもわたし わたしだ 二人称三人称など ついでに言うと一人称も 何処にもないない あるのはわたし わたしだ わたしの海に溺れている と水面を船が滑る これも渡しか しっかりしろ と寝ぼけ眼を擦られた タワシか ---------------------------- [自由詩]背中/宣井龍人[2022年5月2日23時19分] 其処程には 私の死体がいるはずだ 同時に生まれてる 其処程は 空より広く海より深い 死体は時間の階段を昇る 其処程とは もう横町を曲がったあたり 私と抱き合った瞬間 彼は灯りと嗚咽に晒される やがて私ではないのに 焼かれてしまう どうだい 呆れて愉快じゃないか ---------------------------- [自由詩]道化師/宣井龍人[2022年5月5日16時30分] 海が果てまで引いてしまった砂浜で 音が空白に吸い込まれてしまった砂浜で 命が香りを流され尽くしてしまった砂浜で 呼ばれてもいない 道化師がひとり 断絶から浮かび出る 世の中から剥がされた色を纏い 華美の崩れた醜態を晒し まだらの息を吐きながら じっと沈黙と対峙する その視線は 絶望にしか届きはしない 孤独しか見るものはいない 千切れかかった手足に猶予はない 道化師は大きく生唾を飲み込む 自らの震えを振り切った今 忘却への階段を上り 意識の舞台で 最後の演技が始まる ---------------------------- [自由詩]手術した夜に/宣井龍人[2022年5月13日22時51分] たった今生まれたかのようだ 突然目の前の視界が開けた 病室では看護師たちが忙しそうに動く 時刻を尋ねると夜の7時半 7時半か…心でぼんやり呟いた  朝8時半に徒歩で病室を出た  手術台に乗ったのは9時前だっただろう  心電図や点滴等を装着され  まもなく時計を落としてしまったのだ  夢を見ることさえ許されなかった 看護師がモニターする 体温38度7分 脈拍102 収縮期血圧168… 体のあちこちの痛みが表示される 酸素マスク ドレーン カテーテル 点滴… 横たわり彼らの息や呟きを聞いている 鏡に映る配線だらけの姿を虚ろに見詰める 閉ざされ切り離された一枚の絵画のようだ 動く右手で布団をギュッと引き寄せた 私から抜け出し浮き立つ現実を 漂う現実を捕まえ手繰り寄せるために 咳き込むと飛び出したのは赤く薄汚れた痰 咳であり血痰であり命の防御反応だ 生きている証が愛おしい 明日はたぶんやってくる きっと明日はやってくる (注)約2年前の経験が基ですがかなりの部分は創作です。 ---------------------------- [自由詩]老犬(改訂)/宣井龍人[2022年5月24日20時59分] 息荒く手綱に寄り添うように 突き出した舌を滴らせ 瞳は年月の重みにやつれ潤む 毛並みの乱れた脚を引きずり 鼻面を大地に擦り寄せて 足元に映る錆びた自分を追う 立ち止まった彼には落陽さえ眩しい もう追いかけることもない地平線 ハアハアと弱々しく後退りする息 垂れ込んだ耳には聴こえて来る 仲間と戯れ合い走り回った日々 生まれたばかりの風が頬の涙を癒す 息荒く手綱に薄れ霞む体を凭れて 遠い思い出に呼び寄せられるように また一歩振り絞り命を踏みしめる ---------------------------- [自由詩]悲しい旅人(改訂)/宣井龍人[2022年5月24日20時59分] 今できないことは 昨日が持って行ったこと 原野に広がる記憶の扉が ひとつずつ倒れていく 手を結んだはずの言葉たち 千切れ闇に飲み込まれる 飛び立った蝶々は 行方を失い虚空を舞う 貴方は毎日影を踏み 己を消していく旅人 過去を流れた星たちの 微笑みさえ知らない ---------------------------- (ファイルの終わり)