宣井龍人 2015年8月13日23時22分から2021年8月26日23時41分まで ---------------------------- [自由詩]歳を取ったハッピーバースデー/宣井龍人[2015年8月13日23時22分] 亡くなった翌年の父の誕生日プレゼント 花束はバースデーなメロディ付だった 録音部の端を知らずに千切って 乱雑に放り出したらハッピーバースデー 痛みだらけのハッピーバースデー それでも何百回父を祝福してくれたのだろう ちょっとした振動でもお祝いしてくれる 慌てふためき躓いたらハッピーバースデー ゴホゴホしたらハッピーバースデー まるで父の方から祝福してくれるようだ ところがこの頃どうしたものか ハッピーバースデーが歳を取ってしまった 息も絶え絶えハッピーッ…バ…〜スデー 息が続かずハッピーバ… そのうえ僕のカラオケのようなめでたい音程だ 強制的に苦しい笑顔をもたらしてくれる 父が亡くなり幾度となく訪れた四季 僕も人並みに頭が雪山になった ---------------------------- [自由詩]還暦小詩集/宣井龍人[2015年10月3日19時19分] 【酒場にて】 俺のような誇り高い男はな… そのとき彼は一段と高らかに笑った そして転げ落ちていった 何処までも転げ落ちていったのだ 私は月明かりの映える窓際で 杯から転げる音を聞いていた どっぷりと落ち着いていた 真夜中と語らいながら杯を重ねた 自問自答していた 転げ落ちたのは誰なのだろう グラスの月は答えない もうすぐ次の日かもしれない いや違うかもしれぬが どうでも良いことだった 【錆びた金魚】 プクンプクン とあぶくが生きて プクンプクン とおまえは錆びる 見えないベッド に横たわり 錆びた金魚は 命を吐く 【すっからかん】 風が吹き抜け僕の心はすっからかん 木こりが樹を伐りゃぶっ倒れる僕の影 栗きんとんは正月待ってる僕の女性(ひと) けん玉は十下くるくるぼくはくぼ コンテンツのわからぬ僕がコンテンツ 【子供たちへ】 歳月は重く 吹く風は強く 巻き上げれる髮の少なさ 爽やかな陽射しに映るシルエット 踏んでいく子供たち そんなに急ぐな 君たちも悲しい 【それでも僕は詩を書いている】 思えば流行とは無縁の人間だ 背伸びしても届かない 夜空の星には願い事が精々 そりゃ一丁前に恰好はつけたさ なんてたって青春時代 ラケットのガットを強く張り どうだとばかりの自己満足 垢抜けなさはお手の物 修造君の予選を遠くで観てた これまた似合わぬスポーツカー 泣く子も黙る方向音痴 ここぞとばかりの逆方向 指定席に乗る人もなく 怒った軽に追い抜かれる トリ間近の寄席に潜り 一席聞いて御満悦 周りを見れば最年少 何処から見ても与太郎さ どう読んでも作文だ 価値など何処にもあるわけない 書いている理由もわからない 無意味と言われれば無意味だろう それでも言葉を愛している 僕は詩を書いている ---------------------------- [自由詩]野良のさよなら/宣井龍人[2015年12月12日10時09分] 野良が挨拶しているよ 疲れた毛を励まして 露出した皮膚を隠し 道の真ん中を 人々の営みの中を 堂々と 野生の威厳を振り撒き 声ひとつたてず 冷たい日差しを歩いているよ こそこそと視線を伺い 自転車の陰や薄汚れた溝を こそこそと 速足だった野良が 今日は歩いているよ お世話になりました 長い間有難う 野良が挨拶しているよ 大地を強く踏んでいる 十字路を右に消えていく 精一杯振る立てた尻尾 さようなら さようなら 野良が挨拶しているよ もう僕は前が見えなかったよ ---------------------------- [自由詩]おまえだけがいない/宣井龍人[2016年1月31日17時56分] エネルギッシュなはずの街を見回しても 私以外は答を導くことが出来ない 時計が回るだけの何の変哲もない日常 下を見ても上を向いても川は流れる なぜ いないのか なぜ おまえだけがいないのか 途方もなく何処かに置き忘れたかのように 腐りかけた写真が表情を変えることなく笑う 脱ぎ捨てたい鬱陶しい日々の繰返し 流したくもないつまらない涙も落とす 情けない人ね もう許してあげる 渇いた土をかき分け戻って来て欲しい 朽ちたおまえが表情を変えることなく笑う いない おまえだけがいない ---------------------------- [自由詩]嫌になっちゃう/宣井龍人[2016年11月14日0時02分] いやになっちゃうであろうが きらいになっちゃうであろうが 見映えも聞き映えもあまり良くない ここは一応いやになっちゃうにさせてもらう 嫌になっちゃうと聞くのは嫌になっちゃうし 嫌になっちゃうと書くのも嫌になっちゃう 一昔前に挨拶代わりに使うおばさんがいた 母の友人であった 母が「こんにちは」と言うと 「奥様、奥様、嫌になっちゃう」 聞きなれた冒頭発言だ 道端でひょいと会おうが 我が家を訪れようが 同じシナリオが回っている それもトイレに逃げたくなるほど長いのだ 中学生くらいだった僕と妹は聞き耳を立てた 何回聞いてもごく普通の話だ どこが嫌になっちゃうのかさっぱりわからない そのうち僕たちはおばさんの話を暗唱した だが嫌になっちゃうは強烈な伝染力があるらしい 防衛軍を突き破って侵入してしまう それも女性のことが大好きな憎い奴だ 今では僕が悩まされている おばさんからもらった母の嫌になっちゃう攻撃だ おばさんも誰かからもらったのだろう 「お早う」 「嫌になっちゃう」 「何が?」 「何から何まで嫌になっちゃう」 「どうして?」 「本当に嫌になっちゃう」 たぶん嫌になっちゃうが母を占領したのだろう 体のどこを覗いても奴が顔を出す 嫌になっちゃうの金太郎飴なのだ 外を眺めると景色が暗いグレーがかっている 街のあちこちで嫌になっちゃうが飛び交っている マスクなど効果があるものか? 男に生まれて良かったけどなあ 街中嫌になっちゃうだらけ いったいこれからどうなるんだ? あ〜あ嫌になっちゃう… ---------------------------- [自由詩]棄てられたモノローグたち/宣井龍人[2016年12月24日13時30分] ? 私は人間ではない 生物でさえない 生きているのに ? 私は一本の直線だった 貴方のことを知りたくて三角形となった 私のことを知りたくて四角形になった いくら角が増えても角(つの)が増えるだけだ 私は円になりたかった ? 今日のご飯も哀しみから生まれました 味付けの振り掛けは涙です お腹いっぱい食べました 私の体は昨日の悲しみで満室です でももっと食べろという声がしました ? 夢にドカドカ入り込んで来たのはつまらない奴やどうでもよい奴ばかりだ たぶん私が土足で踏まれるようなつまらないどうでもよい奴だからだろう つまらないどうでもよい奴は結局つまらないどうでもよい奴というわけだ ? 兎が月夜を飛び越える 夢が野原を跳ねている 私は地を這う亀 夢を見ていては駄目だ 今日も一歩を踏みしめよう ? そんなこと言ってももう疲れたよ と身体が言う でも働かなければ食っていけないよ と脳が言う あんただって指令がめちゃめちゃだよ と身体が言う 脳は苦し紛れに黙り混む 結局みんな反乱寸前だった ? 私は道を1歩1歩踏みしめている 休むことなく昼夜を問わず歩いている 決して振り向くなと言われている それが歩き続けるルールだそうだ だけど私はさっき約束を破った もうどうでもいいやと思ったのだ 足跡などは何もなかった 踏みつけたのは幾人かの苦しみや悲しみ 私は私で多くの人々に踏みつけられている それらの人々はまたより多くの人々に踏みつけられている たぶん幸せは数えきれない苦しみや悲しみの上に咲くのだろう だが頭上はるか高く自由に飛び回るのは無数の鳥たちであった ? 見渡す限り子供達がいません 屋根裏にも床下にもいません じいさんばあさんばかりです お互いのしわはお互いの鏡です 奥歯に物が挟まった同じ顔です 笑い声は一足先に納棺しました 私も名も無い塵達のひとりです ? 長方形や正方形や三角形 汗をかき苦しげに転がっている 床に着くと彼らは夢見るのだ 明日はまるくな〜れ ---------------------------- [自由詩]蟻が十/宣井龍人[2017年1月3日21時28分] 【悲しい酔っ払い】 呑んで呑みまくって酔っぱらう ひどく酔っ払って空を飛ぶ 夜を食らってゆめうつつ 寂しいこと悲しいこと 寂しく悲しいけど全てを忘れて 明日はたぶんまっさらな気持ち 無垢な朝日がまばゆいだろう 【蓄音機】 ギィーギィーと魔法のハンドルを回し 解き放たれた時間の牢獄 忘れられた箱から流れ出す歌人達 古から吸い寄せられた音符は語り 時空と戯れる郷愁を纏う 【1分前の私】 私が私では無いとしたら ここにいる私とは何か 堪らず開けたカーテン 夜の沈黙が忍び込む いつも残る自分の気配 肌に感じながら私は生きる 僅かな先かもしれない 決して得られない僅か 常に、常に… 【不整脈マイハート】 ドキンッ、ドキンッと やたら大きい音がして と思ったら ・・・暫しの沈黙 おいおい、御機嫌斜めかい? 君と一緒にうん十年 ずっと仲良くやってきたじゃない 何?もう一人になりたいって? それは出来ない相談さ 僕もまだちょっとは生きたいよ 僕は運動が苦手だし 君を大切にしてきたはずさ ん?その分メタボで大変? そうかもしれないな これからは気をつけるよ 機嫌を直しておくれ 不整脈マイハート 【同じ時を過ごし】 貴女の目に見えるものは私に見えるだろうか 私の目に見えるものは貴女に見えるだろうか 貴女の耳に聞こえる事は私に聞こえるだろうか 私の耳に聞こえる事は貴女に聞こえるだろうか 貴女の話す事は私に伝わるだろうか 私の話す事は貴女に伝わるだろうか 貴女の肌に私が触れる時に何を感じるだろうか 私の肌に貴女が触れる時に何を感じるだろうか 貴女は私のこころを撫でる事が出来るだろうか 私は貴女のこころを撫でる事が出来るだろうか 【広さと小ささ】 ある時の、そこに、しか、 いる事は出来ない いつでも、どこでも、 いる事が出来ればよいのに 悲しみも、喜びも、もっと、 知る事が出来る 昨日も、今日も、明日も、 貴方の誕生も、死も しかし、私は、今、そこに、 しか、いない 【旅立ち】 一点の光も無い暗闇の中 全ての舞台は整った お前は今旅立つ 誰も見てはいない それも良い お前は自由に旅立てる お前は解放されたのだ 何処へでも旅立つが良い 漆黒の闇に時空を超えて 力の限り大いに羽ばたけ 【目が覚めた人】 赤提灯の千鳥足になりながら朝もやの空気をさまよう人 不可能な深淵にはまり絶望を謳歌する人 人の心を食い尽くしあちこちに自分を増殖する人 嬉しく泣いているくせに悲しく笑っている人 眠りの楽園の出来事を忘れようもなく熱い人 目を擦ってあくびをして出勤する現実の人 落雷を受けて目を覚まし愚痴りながら千鳥足になる人 【虚空の朝】 ビロードの口笛を吹きながら 朝日の優しさに消えたおまえ 妖しくこおりついた夢の中に 魂をむさぼり続けたおまえ ただ瞳に残ったけだるさが おまえの影に吠えている 【風の向こうに咲いた花】 風の向こうに咲いた花 けして近づくことはない 温かく優しい香りが風に乗る 私はそんな花が好きだ 風の向こうに咲けたなら そっと君に香りを送ろう ---------------------------- [自由詩]私の中に住む女/宣井龍人[2017年2月12日2時47分] 夜も更けて、マンションの落ち着いた寝室に、今日も暗闇が訪れた。 いつものように出窓のカーテンを閉めると、ベッドに安楽を求めていく。 私の意識は奥深く沈み込み、静寂が体を大きく包み込んだ。 何も感じるわけでもなく、酸素と二酸化炭素の交換と心臓の鼓動だけが規則正しく行われていた。 睡眠は人が最も生物らしさを感じる時かもしれない。 そんななか、やがて私は微かな気配を感じていた。 眠りの居心地の良さのため、増してくる気配に抵抗していたが、徐々に徐々に意識が再び創生されてきた。 私の目には、おぼろげながら形らしいものが見えてきて、ついには焦点が見慣れない映像を捕らえきった。 人が、それも若い女が、私の目に飛び込んできた。 「貴女は?」 「こんにちは。」 「貴女は?」 「……。」 「貴女は誰だ?」 「私は貴方の中の女。」 「えっ?」 私は明かりをつけ周りを見回した。 眠る前と何一つ変わったことはない。 私はベッドに体を休め、心地良い眠りに誘ってくれた本も枕元に置かれていた。 「どこから入って来た?」 私は体を起こしながら、見知らぬ若い女に尋ねた。 「どこから入って来たかって?」 「そうだ。」 若い女はベッドの横に無造作に立っていた。 すらりとした長身に赤いドレスをまとい、凛とした目つきで私を見下ろしていた。 だが、若い女ということもあってか、不思議に恐怖は感じなかった。 いや、若い女だからだけかはわからない。 見知らぬ女であるのに、そうではないような言葉では表現できない感触も覚えた。 「どこからも入って来ていない。」 「何を言っているんだ!」 私は感情で言えば怒りに近いものを感じた。 同時に、ここにきて、背筋に冷たいもの、恐怖に近いものを感じだした。 「おまえは誰だ?」 女は、ベッドの横から退き、ソファーに腰を下ろした。 そして、艶かしい足を組みながら、静かに、しかし、しっかりと言った。 「私は貴方の中に住んでいる。」 「ふざけるな!そんなことが信じられるか。」 私は怒りと恐怖が入り混じった声で女をにらめつけた。 眠る前と何一つ……、何一つ変わっていない、目の前に見知らぬ女がいる以外は。 「そんなことない。」 私の心を読んだかのように、女は平然と言い放った。 そして、ソファーから立ち上がると、私のスーツなどがあるクローゼットを開いた。 「そんなばかな……。」 私は信じ難い光景に、またもや長年連れ添った自分の目を疑った。 クローゼットの衣類が、すべて女物に入れ替わっているではないか。 「まだ、わからないの?」 「……。」 「私が貴方の中の女なら、貴方は私の中の男なの。」 「……。」 「今日だって、貴方の方から会いに来たのよ。」 女は哀れむような眼差しで私を見詰めた。 私の言葉たちは足元から転げ落ちていった。 ただ、ただ、女の方を呆然と見つめ立ち尽くすしかなかった。 目が映し出す光景を必死に否定し、自問自答を繰り返したが、求める答えはどこにも見当たらなかった。 女からの刺すような視線を感じながら、私は徐々に意識が遠のいていった。 時間という生き物は、人知れず不規則な動きをするらしい。 小鳥の囀りに導かれて、この部屋にも爽やかな朝が訪れた。 部屋の主は、ベッドから立ち上がり、出窓のカーテンを開け、朝を迎え入れた。 艶やかな若い女は、爽やかな朝日を受けて、静かに微笑んでいる。 ---------------------------- [自由詩]君は笑っているのです/宣井龍人[2017年2月17日22時39分] 君は笑っているのです この世に何の跡形も無い 存在の事実さえ消え去ろうとしています その君がここにいてくれる きっと素晴らしいことに違いありません 君は笑っているのです 決して交わらない生と死 何処まで行っても交わりません 価値観さえ遠く隔ててしまいます 怒っている君 哀しんでいる君 楽しんでいる君 みんなみんなかけがえのない君なのです しかし笑っているのです 写真を破り捨てることは出来ないでしょう 届くことのない手紙も書いています 夕闇に浮かぶ電車に飛び乗るかもしれません 写真は置いていきます 私は笑っているのです ---------------------------- [自由詩]父の背中(挨拶付)/宣井龍人[2017年3月19日18時11分] 父の背中 53年の背中 もう隙間がないくらい 父の背中 背番号53の背中 数字がぎっしり埋まっている その背中を擦ると 数字がぎしぎし唸り出す 私が石鹸で流せるのは たった一日の疲れだけ 母が魔法使いを生んだなら 若返らすことが出来たでしょう 長かったはずの53年 貴方はやり直すのが相応しい 精一杯背中を擦ると 数字が上機嫌に話し出す 教えてください物語を 父の背中 53年の背中 もう重くなった背中に また数字を加える お久しぶりです。 如何お過ごしですか? 拙い詩ですけど、私の心情が素直に書かれています。 そういえば、こんな話はとうとうお互いしませんでしたね。 もう、この時の貴方の歳をとっくに越しましたよ、お父さん。 それでは、また、お元気で! ---------------------------- [自由詩]命の河/宣井龍人[2017年4月15日8時46分] 行き先のないお前の虚像 とどまることを知らない水 不器用に溢れるのを忘れて 拒絶された命の河に埋もれる 沈んだ肌を撫で 冷たい手を取り出す 無数のお前が揺らめき 苦しみと愛しさを唱う 光る影を背負う日常 至るところに棄てて すべてのお前と別れる頃 今日の白日夢は終わる 暗闇を命の河が行く 永久に流れるお前の記憶 掬っては溢れ澱み慈しみ 消えた思い出と名付ける ---------------------------- [自由詩]青春の記憶(小詩集)/宣井龍人[2017年5月4日12時19分] 【人間になれなかった】 人間になれなかった 野原をひたすらつんのめり 海原を懸命に切り裂いた だが 人間になれなかった 人間はずっと向こうにある どこを走ったのか どこを泳いだのか 時間の中を彷徨ったのだろう だが 人間にはなれなかった 【七頁先の少女】 この身を焼き切るような夏 寒さに震えながら 布団にまるまったとき 七頁先を疑った僕だったけど 一日は確実にひとつずつ捲られ 水に遊ぶ少女の輝きがやってくる この不思議な実感は何だ 同じ絵が同じ少女が 今生まれたかのように 生き生きと語りかけてくるではないか 七頁先の夏がやってきて 七頁前の冬がただ一枚の絵となった こんなとき 春夏秋冬の中に僕をみる 【すれちがい】 おかしくはない、なにも 昨日あった、太陽がなくなり 星たちは、地球の下に、落ちてしまった 今日という日が、燃えている 宇宙に、ひろがって こんにちは、こんにちは それでも、地球人は 起きて、食べて、働いて、寝て この世に、住んでいるから、誰も知らない 【心は】 砂時計の下に埋まり時は死んだ 灼熱の仮面と化した頬を伝わる涙 我が命の息吹 伝えられない心の叫び 微笑にこそ愛は宿り ものに動じぬ心はできる 爪弾くものは何でもよく 流れる愛が欲しかった ---------------------------- [自由詩]心が震えて/宣井龍人[2017年6月6日10時15分] 去る者は追わない 留まることも知らない たとえ自己であっても 心の空白は埋めない ただ眺めるのみ 朽ち果てた窓辺に 降って行く証しに 行き着く叫びは無い 君は去っていくか 万感の灯火は消えて 過ぎ去った日々よ 命の流転に燃えて 散りばめた灰は咲く 永久の岸辺に 渇き切った涙が溢れ 私は ---------------------------- [自由詩]青春の小道(小詩集)/宣井龍人[2017年6月17日11時35分] 【街景】 感覚というものに訴えたのは 騒めきの嵐 取り留めのない言葉の流れ 舞い上げられた人間の叫び 雑踏とした街並に咲く 毒づいた偽りの花 もう震え上がった真実を 覆い隠す暇は無い 犯された鋭利な刃物を捨て 心の隠者に化けてしまえ 【風が春を呼んでいる】 風が、人の耳を、コチョコチョ、と擽って ソヨソヨ、という音が生まれた まだ、大地は白い布を被っている 凍りついた雲の涙を、思い出とするには まだまだ、とても寒かった 空は青いが、押し出すようで 白い雲は、縮まることしかできない そして、一人の人間には 無言という木が、立ちはだかった だが、人は、風が、オズオズ、と寄ってきて 春ですよ、と言って、ヒュー、と逃げていく これが春だ、と言って 得体の知れない、球の上に住んでいる 【空間の叫び】 空間の叫びを分解した きしむ水車の声がする 消化された食物の声がする 汚れた水の声がする 倒した森の声がする さまよう価値の声がする 街の雑踏の声がする 冷たい視線の声がする 眠りを妨げた土の声がする 霞んだ空の声がする 太古の生活の声がする 生物の争いの声がする それらは 歴史の扉から飛び出した もはや大地には存在しない 【少女】 僕は貴女とはじめて出会った 限りなく痛々しい傷心の丘で 青々と繁った草原のベッド 悲しみと不安そして悟りの日々 もう僕の瞼に住みついたのだろうか できたら震えた心を優しく閉じてほしい 潤んだ瞳に歓びをあげよう 貴女の言葉となり湧きだしたもの 名もない泉の清らかさにも似て 愛を求めて野原に彷徨う蝶のよう 悲しみを知った花弁のみが知る真実だ 貴女の瞳に静かに宿る安らぎよ 次は何をを教えてくれるのだろう ---------------------------- [自由詩]悲しみ/宣井龍人[2017年7月14日12時31分] 脳界で繰り返される感情のバトルロイヤル ここのところ悲しみのトロフィーでいっぱいだ 私は支配することができず支配されている 悲しみの赴くままにペンを走らせたが 描いた悲しみは悲しみではなかった 塩辛く固まった文字は悲しみではなかった 紙に滴るペン先も悲しみではなかった 私の腕を伝わらない悲しみの生命 遺された悲しみは一滴も溢れてこなかった 悲しみは血液やリンパ液を食い破り隈なく浸透する 私自体が悲しみという生物に成り果てるその日まで 回り続ける来る日も来る日もその日まで ---------------------------- [自由詩]紙屑/宣井龍人[2020年12月8日11時50分] 風に振り回され 壁にぶち当たり 人に踏まれ続け 雨にびしょ濡れ 僕は誰にも読まれない詩 優しいおばさんが ぐちゃぐちゃの僕を拾うと めんどくさそうに広げ 外れた鼻眼鏡で じーと見つめてくれた 間もなく丸められて ゴミ箱に棄てられちゃったけど 最後の最後に見つめてくれた 優しいおばさん有難う ---------------------------- [自由詩]死めくり/宣井龍人[2021年2月9日21時53分] 昼も夜もない屋敷に独りの老人が住んでいる。 彼は日めくりカレンダーと唯一の会話をする。 愛くるしい動物や癒しの風景が語りかけてくる。 そんな彼が穏やかに息絶えていた。 今日見つかった時はもう腐乱していた。 彼は律儀で几帳面だ。 伏した体から伸ばした左人差し指。 その先には日めくり。 日付は今日だった。 ---------------------------- [自由詩]風に尋ねて/宣井龍人[2021年2月23日21時01分] 立ち寄った風に 何処に行くのか尋ねた 風はそれには答えず 貴方は何処に行くのか尋ねた 何処にも行かないよ と私は口ごもった 全くの戯言だと 中途で気付いたからだ 風は別れの挨拶をすると 何処かへ去って行った 風も私も 同じ答えを知っている ---------------------------- [自由詩]老犬/宣井龍人[2021年3月4日21時12分] 手綱に導かれながらよろめく いつの間にか鉛の靴を履いた 老いに削られ痩せ衰えた体 荒々しい息が吐き出される ひとつひとつ生まれる幻影 熟さず霧散する己を舌で追う 間もなく土に帰る水溜まり 歪み破れた犬が音もせず唸る たぶん 短くも長い時間が経っただろう 風が流れ 老犬は 空を見上げる ---------------------------- [自由詩]焼き場にて(改訂版)/宣井龍人[2021年3月9日20時44分] 口元から読経がながれる もの言わず燃えたぎる焼き場にて 圧倒的なあの世が降りてくる 惜別をぶち抜く感情のほとばしり わなわなと肩が共鳴する後ろ姿 人目を払いのけ崩れ落ちる黒影 命に区切られた向こう側で 貴方は何の遠慮もなく燃えている 果たしてこんなことが許されるのか 一滴まで身ぐるみ吸いとられた海 まとったベールを引き剥がされた砂漠 棺やら壇やら壺やら哀れな置物たちよ 死というだけでは何も読めない 彷徨い続けた証をみながら この世にあの世を支払い続ける 焼き上がったお骨は行儀が良い 表情を置き忘れた長箸を持ち 貴方は最後の熱さに包まれて ここにはあるべきものはある しかしいるべきものがいない 遠くの大鏡をふと見ると 映っているのは 貴方だった何かと 私のような人だった ---------------------------- [自由詩]今という瞬間/宣井龍人[2021年3月26日14時43分] 私たちは今という瞬間に生きている 今という瞬間にしか生きられない 今という瞬間は常に死んでいく 私たちは今という瞬間に死んでいく 今という瞬間にしか死ねない 今という瞬間は常に生きている ---------------------------- [自由詩]光/宣井龍人[2021年3月30日11時33分] そのとき 時間という観念が 背後から消えていた 理由は知っていたが 理由という言葉ではなかった 歩くという足の動きは 私自身なのだろうか 蠢くものや湧き出すもの がズリズリする 人であることを 通りかかった人 と確かめ合った わからない行先を 探す私を 遠くから 照らし続けていた ---------------------------- [自由詩]いくつかの即席詩/宣井龍人[2021年4月7日11時58分] ? 過去は戻らない 記憶を終の住まいとする 過去は消えない 静寂と闇に同化して忍び寄る それはまるで不治の病であるかのように 後悔と苦痛を与え続けるためのかのように ? 柳は優しい無数の手を垂れ流し風に揺られながら香りを放つ 小さな若い女がひとり 私の体は宙を飛ぶように軽く何故でしょう?と呟く またひとり小さな人らしき者が優しい手の間から現れる 体の半分が暗闇から動かないと呟く よく見ると柳の無数の手の間や下に無数の小さな人らしきものがいる 皆呟いてはいるが会話はない ? 陽光に指先を伸ばす幼子 見えない蝶が笑顔と戯れる 雲間から垂れ下がる階段 悲しく錆び付き切れている 空は命を積込み重くなる ? 雨ではない 一粒一粒の雨粒だ 雨音が聞こえる 雨粒の声ではない 震えている ピアニッシモに ---------------------------- [自由詩]イメージの散らばり/宣井龍人[2021年4月8日20時43分] 硬い言葉より柔らかい言葉を掘りたい 怖い言葉より優しい言葉と握手したい たった今昨日を片付けてきたところだ 荘厳に鳴り響く十二の鐘が埋葬する そして何気なく今日となった明日に袖を通す 幻と現はほとんど隣あるいは入れ替わるのかもしれない その間には錯覚と過信の自分がいるだけだ 老親の背中を流し深い秋 亡き父の背中を追って紅葉散る 目覚めとともに始まる総天然色の夢 眠りとともに生と死の神秘に溶ける ---------------------------- [自由詩]即席詩の集い/宣井龍人[2021年4月11日20時59分] <ある夜に> 安らぎとは無関係な温かい鎖が静止の糸を引く 生煮えの記憶が歌いずるずる亀裂が揺れる 左耳から右耳へ爆音が通り闇は大きく息を吐く <鳩が一羽> 鳩が四つ角に立ち止まって動かない 近寄っても不安そうに動かない どうしたの?ここは車が危ないよ 思わず鳩に声かけした 見上げた顔は親にはぐれた幼児だった <鳩の行方> 争いに傷付いた鳩たちは 空の香りを打ち消すと 抜けた羽根を焼き捨てて 鉛色の水晶に沈んでいく <シ> そのピアノはシしか鳴らない 鍵盤を叩く度に生き血をすすって赤らむ <君> やっと逢えたときに君はいない いないという君にやっと逢える <ばらばらとしんしん> 押し潰されたばらばらの押入 記憶はたちまち惨殺される 貴方の顔には過去が無い 感情だけは無造作に掃きだされ 亡者がしんしんと積み重なる ---------------------------- [自由詩]不可逆の森/宣井龍人[2021年5月19日21時22分] 森は茫然と立っている 差し込む陽射しに年老いた裸身を晒す 来る日来る日は雑然と降り積もるもの 過ぎ去った日々だけが温かい寝床だ 森に佇む独りぼっちの木々たち 無表情に見合いながら黙り込む 微かな息遣いだけが森を赤らめる ---------------------------- [自由詩]海へ帰る/宣井龍人[2021年6月3日23時54分] 青く照らされた砂浜に 微かに残した面影は 君が海へ帰る時 足跡は波間に消えて 涙だけが満ちてくる 「私を探さないで」 砕けた波飛沫は呟いた 寄せては帰る海の鼓動 君への思いを伝えてほしい 私が君へ帰る時 砂に隠れた思い出は 消えぬメロディを口ずさむ ---------------------------- [自由詩]ある晴れた日に/宣井龍人[2021年6月11日0時08分] その夜私は心地良さに誘われ近くの公園をぶらついた 二十歳になったばかりだった 奥まった先のベンチには品の良い老人がひとり 横に立つ街灯の光に暗闇からほんのり浮かんでいる よく見ると少し古めかしい衣服を着ている 私は引かれるように見ず知らずの老人の横に座った 老人は「ある晴れた日に」と自分を語り始めた 不思議なことに老人の話が脳内に映画のように広がる 生誕に始まり幼少時から成長していき青年、壮年と 老人の喜び、怒り、哀しみ、楽しみなどが私自身に感じる そして老人が墓石の下で静かに眠る姿が それは鮮明に脳内を覆うと霧のように徐々に薄れていく もう一度老人は「ある晴れた日に」と呟いた ビクッとして横を向くと老人はいない 街灯が暗闇に浮かべているのは戸惑う私の姿だけ 公園の大時計はベンチに腰かけた時のままだ 風に靡くのは 時間を旅しているかのような 何処かで見たような老人の 一枚の写真 ---------------------------- [自由詩]月夜の夢/宣井龍人[2021年6月17日23時10分] 果てしない天海 月は彷徨う 青白い光が染めて 時間の滴をまとい 徐に揺れる波間 海鳴りは語りかけ 吐息が寄り添う 砂浜にひざまずき 一粒一粒を愛でて ふたりだけの砂の城 降り立つ月光の乱舞 見えぬ姿から零れる涙 触れられぬ姿を抱きしめて 遠く目覚めた戦き 深く閉じられた記憶 月夜の城は消えて ---------------------------- [自由詩]お彼岸/宣井龍人[2021年8月26日23時41分] ? 卒塔婆を飾る花は何を思う 墓石の影に折り重なり寄り添う人々 7年前の貴方13年前の貴男だろうか 歳月は姿なく容赦なく降り積もる 人々はもうすっかり汚れてしまって 絢爛に咲き誇る花々は一時の華 西に大きく傾く残り火に輝く ? 高層ビルの病室の夜景は都市部の見慣れたものだ 辛い病の疲れは意識を薄雲から闇に導く 時間と闇の調和の中を 多くの見知らぬ人達の姿や声が往き来する 目の前に幾多の顔が現れ消え現れ消え 親しい友人のように私に話しかけ 答えぬうちに消えていく 意識だけの存在になった私は 再び闇に帰る ? 病室で独り 月と太陽を同時に見ていた 興奮と鎮静が 足元で引きずり込もうとしていたとき 荒い息と吹き出す汗に 何処からか冷たい波が忍び寄る 凍り付いた無音の感触に 体は背後から硬直する 感性だけが支配する空間に私は 確かに閉じ込められた おまえは誰だ… ? 私は外を眺めている ピアノの前の椅子が定位置 動くことも 声を出すことも 表情を変えることも 許されない 何時だったか 何時ものように 目覚めるとここだった 家族もみんないるよ 各々の位置から 閉じない視線を微かに浴びる 誰も何も動かない 虚ろに響くのは 正確過ぎる時を刻む音だけだ ---------------------------- (ファイルの終わり)