石田とわ 2016年4月22日0時26分から2021年9月5日8時46分まで ---------------------------- [自由詩]愛撫/石田とわ[2016年4月22日0時26分]     目を閉じれば     いつだって自由に     本を読むことができる     そして本たちは折にふれ     少しずつふえていく     二年越しのラズベリーが     今朝花ひらいた     コトリと新刊がおかれる     電車に揺られながら     初夏の果実の味がする     甘酸っぱい本を読む               ---------------------------- [自由詩]日常/石田とわ[2016年4月29日22時54分]      朝目覚めると空のコップが      ひとつ置かれている      わたしは満たす      さわやかな空の青さ      もうすぐ咲くだろう蕾の息遣い      少し焦げた目玉焼き      コーヒーでつくため息      仕事で理不尽に怒られる窮屈さ      ニュースされる痛ましい出来事      寂しさが愛おしい夕暮れ時を      順番に、      ときにはごちゃ混ぜにして      コップに注ぎ満たしてゆく      眠りにつくころ溢れだし      わたしは溺れ、夢をみる      目覚めれば空のコップが      ひとつ置かれている               ---------------------------- [自由詩]隠元/石田とわ[2017年7月8日3時13分]    あしたの天気予報をテレビで眺め    ちゃぶ台のうえのビニール袋から    隠元をとってはへたをとり    ざるに放り投げてゆく       あしたは夕方雨が降るらしい    隠元は見事なほどに不揃いで    なによりうんざりするほどある    夕暮れが染み込み始めた部屋の片隅には    畳み終えた洗濯物がつまれたままになり    空っぽになった洗濯籠では猫が寝ている      ざるいっぱいになった隠元を眺めながら    これを天ぷらにするのが少々面倒でもあり    大皿に盛られた天ぷらをみんなで食す姿を    思い浮かべると楽しくもある        とりあえず洗濯物を片付けて、天ぷらを作り    お風呂の支度をしなくてはならない。    あした傘を持たせるのを忘れずにいよう    不揃いな隠元たちよ美味しくあれ     ---------------------------- [自由詩]ご飯と卵とわたし/石田とわ[2017年7月22日1時37分]      朝起きて顔を洗うとすぐに      台所へと向かう      目覚めのいい朝も、悪い朝も      遅刻しそうなほどぎりぎりでも      必ず台所へ向かう      夕べの残りのご飯がわずかに      炊飯器に残っていて      茶碗に軽く一杯よそい      卵を割り入れ醤油を垂らす      わたしの一日が始まる瞬間      ご飯と卵で始まるすべて                         ---------------------------- [自由詩]夏の陰/石田とわ[2017年7月22日2時25分]     頬を濡らすものを拭うこともせず     ただ手放しであなたは泣く     抱きしめても嗚咽はやむことなく     わたしの肩が湿り気を帯びる     体温の熱さが伝えてくるもの     母ではないわたしには     あなたの涙を止めることができない     泣きじゃくるあなたの瞳に     わたしの姿は映らず声すらも届かない     あなたを抱きしめる腕と身体が     あってよかったとこんな時に思う     静まりつつある背中をさすりながら     夏の日差しに陰をみる ---------------------------- [自由詩]夜明け前/石田とわ[2021年7月16日4時02分]                                                                             ひとりでは    立てないという    ひとりでは     泣けないという         なんとかなしい    生き物だろう         膝を抱えうずくまり    ただ時が経つのを    待っている    ただひたすらに    抱え込み    待っている        やがて    かなしいほどに    強い生き物が    腕を伸ばし    あくびする        あたらしい一日の    はじまりです                 ---------------------------- [自由詩]花掬い/石田とわ[2021年7月16日20時35分]      かごめかごめを      するときは      逢魔が時をさけなされ      かごめかごめに      囚われて      ひとり残され      去られましょう      かごめかごめを      するときは      ぽっちの鬼が      見ていはる      さびしい穴が      どこにある      いっしょに往こうと      見ていはる      ぽっちの鬼に逢ったなら      ちいさな花を      摘みなされ      鬼とて      ひとりはさびしかろ        花びら揺らし      ぽっちの泪掬いましょ    ---------------------------- [自由詩]捨てられないもの/石田とわ[2021年7月17日0時28分]      それは      雨ざらしにされた      靴下のように      不誠実だった      だから捨てた      時が経ち      青空が広がり      太陽の光は      びしょ濡れの不誠実さを      乾かした      いつかもう一度      履いてみても      いいですか ---------------------------- [自由詩]問い/石田とわ[2021年7月17日23時09分]               夜ごと繰り返し       問うてみても       答えは不変       ただひとつ       詮無い問いに       千々乱れ       問うてはならぬと       爪を立て       かきむしる乳房の痛みに       安堵する           ---------------------------- [自由詩]房の中/石田とわ[2021年7月18日0時46分]      見る影もなく      下垂の一途を      たどっています      この両の房の中にある      喜びと寂寥、      この歳になればそれはもう      どちらも同じ      寂寥なくば喜びもなく      喜びなくば寂寥もなし      などと悟ったふりを      してみたりする      両の房の中ならば      いつか萎びて癒えるだろう ---------------------------- [自由詩]西瓜/石田とわ[2021年7月18日22時12分]     冷蔵庫のなかに     あなたがいる     夕べの寝顔そのままに     たまに取り出し     話しをしよう     言えなかった     ひとことも     冷蔵庫のあなたになら     言えるだろう    ---------------------------- [自由詩]飢え/石田とわ[2021年7月18日23時16分] オオカミは 目の前にいる羊を 食らいたかった 飢えていたのだ 一気にかぶりつき 骨まで食らいたかった でも、気付く 食らってしまったら また飢えねばならぬと オオカミは下を向き 草の根を噛む 羊はいつでもそこにいる 羊がいるかぎり 飢えなくてもいいのだと 言い聞かす たとえ 草の根を噛んで過ごしても ---------------------------- [自由詩]愚者/石田とわ[2021年7月19日2時14分]     失くすことを恐れ     立ちすくむ臆病者     案山子のように何もせず     ただひたすら     恐れおののき目を閉じる     欲したものは     すぐそこにある     気づいてしまったのなら     もういつしか     失うしかないというのに     臆病者はそれでも     動けずにいる     失う痛みに恐怖するより     失わない愚かさに絶望せよ ---------------------------- [自由詩]その日のために/石田とわ[2021年7月19日23時02分]     わたしには夫もいない     子供もいない     甘えん坊で手がかからない     拾った猫と平和な日々     幾年かがたち齢を重ね     顔にも手にも無数の皴     足腰が今より痛くなったころ     傍らに     この猫はいない     わたしには夫もいない     子供もいない     猫もいない     そうして     わたしも去るのだろう ---------------------------- [自由詩]いびつな昼下がり/石田とわ[2021年7月20日1時48分]        真夏の太陽に     色はなく、その熱さだけが     じりじりと世界を熔かし     わたしを象る器すらも     あいまいなままに     歪んでゆく     面影もないほどに     熔かして壊してくれるなら     好きなだけその熱さに     身を任せるものを     歪んでいびつになった身体の     うなじが熱い     素?すする昼下がり ---------------------------- [自由詩]一日の終わりに/石田とわ[2021年7月20日22時45分]     湯舟につかった     踵が泣きそうなため息をつく     どうしたのと     心配顔する膝小僧     そうだね、     今日も疲れたね     ふくらはぎは黙り込み     湯舟に沈黙が広がる     一気に立ち上がり     冷たいシャワーで活を入れる     踵も膝小僧もふくらはぎまで     すっきりとした顔になる     足もとを彩るネイルが     笑うようにきらりと光る ---------------------------- [自由詩]伝えておきます、逢う日まで/石田とわ[2021年7月20日23時27分]     あなたはもう     忘れてしまいましたか     わたしのことを     わたしはあなたを     忘れていました     しあわせだったからと     言えればよかったのですが     残念ながらその反対で     忘れなければ     生きられなかった     でも、いま忘れていたことを     想い出し、懐かしんでいます     ひどいおんなだと     わらってください     あなたが忘れても     わたしはもう忘れない     それだけを伝えておきます     お元気で ---------------------------- [自由詩]わたしをつくるもの/石田とわ[2021年7月21日23時09分]     ぱちん、ぱちんと     爪を切る     飛んだ爪を拾ってみたら     さびしさだった     腰をかがめ     切りにくくなった     足の爪を切る     切った小指の爪は     ちいさな喜びでできていた     足の爪を指の腹で撫でてみる     指先から伝わる     満ち足りたなにか     爪を切り     ひとり噛みしめ抱きしめる ---------------------------- [自由詩]人間と鳩と生ゴミと/石田とわ[2021年7月22日22時45分]      もともと弱っていたのか      怪我をしていたのか      詳しくはわからないが      知り合いが土鳩を踏んでしまった      まだ息はあるが瀕死の状態で      飛ぶことも叶わない      鳥獣保護管理担当や保険所へ      対応の仕方を聞いてみるが      どこも答えはおなじだった      「ゴミ袋に入れて生ゴミに出してください」      まだ生きている鳩を      生ゴミに出せという      土鳩は見てくれる獣医もいないので      仕方がないのだという      道の脇によけておくようにというなら      まだわかるのだ      自然に生きる者の運命なのだと      それが命なのだと      救えない命もあるのだと      けれどまだ息のあるものを      ゴミに出す      それは許されていいことなのだろうか           知り合いがその場所に戻った時      鳩はすでに誰かの手によって      片付けられていた ---------------------------- [自由詩]沸点/石田とわ[2021年7月23日22時32分]      休日の午後4時、      大きな鍋にぐらぐらと      日々のあれこれが沸騰する時間      きっかり2分      それ以上でも、それ以下でもない      勢いとタイミングが重要だ      一気に流水で冷やせば      わたしの休日は完璧なものになる      冷たい素麺をすすりながら      あのぐらぐらと沸き立つ      湯の熱さをおもう ---------------------------- [自由詩]わたしの宿題/石田とわ[2021年7月26日0時06分]      だれもいない畑の真ん中で      愛くるしい笑顔と      くるくるとした巻き毛を持った少女が      火を放った      そうしなければならない理由を      少女も知らずにいた      それはだれにもわからない少女の      苦悩であり、      悲しみであり、      叫びだった      火は赤々と燃えるはずだったのだろう      けれどどこまでも黒く燻り続け      何もかもを燻し続けた      少女の絶叫とともに。      彼女はまだ十六だった      愛くるしい笑顔もその巻き毛も      彼女のもとには残らなかった      残されたのはあまりにも無残で      過酷な現実だけだった      それでも彼女は泣きながらも      必死に生きた、生きようとした      その彼女も今はもういない      それからの数年を病院で過ごし      息を引き取った      何十年たった今でも      たびたび彼女を思い出す      交わした手紙は今も手元にあり      その文字は大きすぎて、曲がりくねって      十六の彼女の文字ではなくて      不自由になった手で必死に書いた姿が      あまりにも悲しくて      なにより行間に浮かぶ彼女の後悔が      胸に突き刺さる      こうしている今もどこかで      彼女のように叫びだす少女がいるだろう      子どもだったわたしには何もできなかった      その叫びすら耳に届かなかったのだ      大人になった今でも何かできるとは思わない      けれどその叫びに耳を傾け      一緒に泣くことならばできるだろう      耳を研ぎ澄まし、目を見開いて      小さな小さなSOSを      見逃さないようにすることが      彼女の友人であったわたしに残された      宿題なのだとおもう ---------------------------- [自由詩]ドライフラワー/石田とわ[2021年7月26日1時23分]      うつくしく咲く      その一瞬を      乾燥させて閉じ込める      ドライフラワー      呼吸し脈打つ      うつくしさを      傲慢なまでに引き裂き      その乾燥させた姿に      アルバムをめくるように      生き生きと呼吸する緑の姿を      投影させる      幼いころに摘んだ花      いのちの連鎖に反するその姿は      危ういうつくしさと      懐かしさを放つ      ドライフラワー      わたしの愛する花たちよ ---------------------------- [自由詩]時を生きる/石田とわ[2021年7月28日2時50分]       短い髪が好きだ       短い爪も好きだ       髪には白いものが       手にはしわが刻まれた       時は経つ       何もしなくても、       何かを成し遂げても       泣いていても       笑っていても       同じように時は経つ       歳をとるのが好きだ       一歩一歩、       足跡を辿るように       追いつき追い越すように       時を生きる ---------------------------- [自由詩]揺るぎなきもの/石田とわ[2021年8月1日21時38分]       わたしは考える       寂寥について       独り寝について       細胞のひとつひとつに       寂しさや孤独、不安が       住み着いているのだ       それでもなお余りある       溢れんばかりのこの喜びは       どこから来るというのだ       喜びの声はとてもちいさく       時にはその存在を忘れ       孤独に苛まれることもある       けれどわたしの爪の先に       身体中を巡る血液の中にさえ       確実にあるのだ       揺ぎなく存在するのだ       今夜もひとり耳を傾け       眠りにつく       確かな喜びとともに ---------------------------- [自由詩]雨上がりの日に/石田とわ[2021年8月9日5時21分]   それはまるで   昨日の太陽のさんさんと   眩しいばかりの煌めきで在り   今日の雨のしとしとと   深く深く浸み込むさまで在り   いつかの風がそよそよと   凪いで頬を撫でるもので在り   これらを括る言葉はなく   ただただ全身で感じ、受けとめ   時には翻弄され涙することもあれど   それなしでは生きられぬと知っている   優しいばかりでないことも知っている   けれど人はそれを欲し、そのなかに   己だけを包んでくれる何かを   見つけようと必死になるのだ   これらを一括りにする   言葉は必要ない ---------------------------- [自由詩]忘却の永遠/石田とわ[2021年8月14日3時08分]             なんとさびしいのだろう        どこまでも青く透き通る        夏の空を見上げ        忘却の罪を知ったのは        いつのことだっただろう             なんと愛おしいのだろう        ゆらめく木漏れ日がつくる影を        追い求めながら        忘却の愛を知ったのは        いつのことだっただろう             すべては束の間に        すべては永遠に             罪ではなく愛ゆえに      ---------------------------- [自由詩]夏の曲がり角/石田とわ[2021年8月21日0時23分]     ちいさな蕎麦屋の片隅で     夏の忘れ物が色褪せていく     ときには本を片手に行儀悪く     あるいは昼間から日本酒を肴に     天ざるふたつを頼みながら     買い物帰りのひとときを     過ごした夏の曲がり角     頁をめくる短い爪の細い指先や     線の細いその横顔     無口な店主がいる     しずかな蕎麦屋     あの蕎麦屋に忘れてきたものは     もう思いだせないが     その指先と横顔は     今も頁をめくり続けている ---------------------------- [自由詩]夕暮れに躓く/石田とわ[2021年8月21日0時40分]     夏の夕暮れに躓いた     石ころがあったわけじゃない     何もないからこそ躓いた     すぐに起き上がったが     膝を痛めた     夕焼けが眩しかったのだ     夏の匂いが躓かせたのだ     痛さに顔をしかめ     うずくまっていたかった     夏の夕暮れに躓いた     あれから何年経つのだろう     今も痛めた膝が疼く ---------------------------- [自由詩]指先/石田とわ[2021年9月5日7時19分]      手を伸ばしても、伸ばしても      掴めないやさしさに      伸ばした指先に      宿るかなしみ      声にだすことも、      泣くこともできず      ただ立ち尽くし      風とともに時が過行くのを      待つばかり      時に頬を撫でられて      一歩、一歩と進む      すべてが還るその場所へ ---------------------------- [自由詩]記憶の棘/石田とわ[2021年9月5日8時46分]             傘を見たものは言う        尖っているやつだね        いや、丸かった        いやいや、三角だった        短くなかったか        もっと長かっただろう        黒いやつだね        赤かったよ        どれもが真実であるがゆえ        世の中に真実はひとつもない        記憶は日々頭のなかで改ざんされ        塗り替えられてゆく        正しさを、真実を求め        迷路にはまり棘をさす        あぁ、目を閉じて        この雨に流してしまおう        正しさも真実も、        記憶さえも ---------------------------- (ファイルの終わり)