ただのみきや 2021年5月10日19時58分から2021年11月20日17時36分まで ---------------------------- [自由詩]鈴の舞踏/ただのみきや[2021年5月10日19時58分] 静けさでいっぱいの部屋 その中心は何処かと へその尾や砂時計 そんなくびれで繋がって むやみに染み出して来る 圧力 その張力 部屋は膨らみ丸みを帯びて 閃輝暗点 歪んだステンドグラス  鼓膜は和紙のように自ら顰(しか)める わたしと思っていた何かが 破裂する そしてまた   テントウムシが歩いている わたしの左手は樹のようだ 二匹は赤いナナホシテントウ 一匹は黒いナミテントウ 目覚めれば あたたかな朝 今年初めての虫たちと会える予感  * 雀たちが新芽を啄(ついば)んでいる 食事中もおしゃべりばかり 地面を跳ねても 慌てて逃げても チュンチュンチュンチュン チュンチュンチュン 空の譜面から抜け出した 翼の付いた音符たち 地面を跳ねる茶色い鈴 囀(さえず)りすぎて酸欠気味 チュンチュンチュンチュン  チュンチュンチュン 言いたいことはみんなチュン チュンもいろいろ状況次第 美味しくてチュン 恋してチュン 怖くてチュン! 怒りのチュン! チュチュチュチュチュチュチュン! と威嚇する  * 空気がかすむのか 目がかすむのか やわらかな光の中 花弁のドレスを鈴みたいに振って モンシロチョウは鳥のように 歌わない ダンスのパートナーと出会うまで そよ風相手に練習中 陽炎のめくるめき ターンしながら 遠く 遠く  * 花弁は風に誘われて 小さな蝶に姿を変えた 車の窓から迷い込み わたしの膝で翅を休めた どうか目覚めず そのまま蝶の夢を見て ――ほら正夢 ナミテントウがウインドウを行く  * 風が渦を巻き 桜の花弁が円を描く つられてマルハナバチも円を描く 旋回舞踏 春は裳裾をひるがえす  * 求めているのは幻影ではない 魂の空白の形を投影する 言葉の依り代だ この真空 この渇望 痛みを相殺するひとつの像 一編の詩を書くことは 一つの恋とその墓標 書き続けることは 繰り返される祭儀 得ることと失うことの 対の繰り返しだ 喪失とカタルシス 陰に脱ぎ捨てられた下着 哀しいエロチシズムの幽霊だ  * 桜には憧れはあっても郷愁はない 美しさに見惚れる前に その美の概念がわたしに侵入した たぶんテレビや小説や漫画から いつまでも 現れては消える 艶やかで儚いもの 幻の女 あるいは 潔い男たち 一種のJapanesque 蒲公英にだけは郷愁を感じる 美しいという言葉さえ知らないころ それは太陽がまき散らした黄の軍団 野原を埋め尽くす連鎖爆発だった  * 雨の日には森をさまよう 一羽の雉鳩が 針葉樹に漉(こ)されて落ちる 澄んだ雫に欹てる そんな姿を細く手繰って あなたの涙は音のない銀の鈴 弦の上に降り注ぎ わたしは鳴らずにいられない                           《2021年5月3日》 ---------------------------- [自由詩]ガラスの精進/ただのみきや[2021年5月16日14時39分] アンテナの上 カラスがめずらしく寒そうだ 度を越した愛撫 風だけがご満悦 抗いながらも抗えず 樹々もさんざん掻き毟られる その有り様を見て見ぬふり 家々の窓はぬらっと景色を滑らせる ――カラスが屋根から千切れ飛んだ 「もうどうだっていいや 」 ガラスのこちらではガムランが 雨漏りみたいに続いている * 小さな文字で手紙を書きました あのモンシロチョウを捕まえて下さい 一年の中で 恋人みたいに寄り添ってくれるのは二人 初夏は初恋 初秋は別れの予感 あとの女神は冷酷無口か 陽気な鼻歌で生死を着飾るばかり * 気づかずゆっくり壊れること 疑心を霧の中に置き忘れたまま * 短くなった鉛筆がある すでに多くを失った 残りわずかな鉛筆が 何文字書いたろう あと何文字書ける どれだけの言葉と おまえは自分を置き換えたのか 古びた心臓よ 虚しく時を刻みながらも なん度高らかに打ち鳴らされたことか 再び鳴り響くことはあるか 砂時計の砂のように 次第に質と量を見失い 炎に変わる一個の林檎 *脱人力 ブランコを漕ぐのは難しくない いつからか記憶にないほどすぐに会得した 自転車を漕ぐのには練習が必要だった それと少しの勇気も ボートを漕ぐのはあまり上手くない 人生で十回も漕いだろうか どれもこれももう何年も漕いでない 棺桶には帆を張ろう サイコロを振るように 見つけられれば歌うだろう 見つけた者の言葉を通して * 割れたガラスは尖っている 割れる前と同じで澄んだまま 太陽に影響され過ぎて 形も忘れて燃え上り 道端からギラギラねめつけるが 夜には素に戻る 暗闇と自分との境はどこだろう 自分はいったい何なのか そんな問いがそのまま答えだと 感じ始めたころ 少し円みを帯びる あるいは木端微塵 そんな微細な欠片の前で 蟻が触覚を整えている 鏡に映った己を複眼で捉えては ガラスの向こうにある 形而上の光の迷宮 宇宙の時間を遡る 「原因とは結果である」 ガラスの太陽に焼かれながらそう思う * よく晴れた金魚鉢だ 視線に喘ぐ 魚たちの息は燃え 溶け混じる顔 顔 顔の中の螺旋を 金魚は球になる わたしの心臓のよう 見開いたまま何も見ず 一点の死角へ 仰向けに身を投げる 花のような問いが 輪廻する 指先から虚空へ 震えながら逃げて行く 冷たい波動 * 雲雀たちに混ざって空の何処かで 蛙が鳴いている そうした蛙の青い影だけが 植え込みの水仙に見下ろされ ゆっくり泳ぎ出す 添えられたルビが 寒天質の渦を巻いた 神殿の周りは黒焦げで満ちていて ヒマラヤのような頬骨から 火の付いた朝刊が配られていた 雲雀たちは雲にすっかり溶け 巨人たちの脳も雲に溶けている 神々の持っている物差しより 彼女の比喩は冗長だったから わたしは胡桃を割って 欲望の雛を盗み出すしかなかった それに手足が生えそろう頃 乾いた祈りを喉に詰め 菩薩のような顔で窒息した 蛙の声だけが ピアスのように唇から離れなかった 天気雨に包まれて 稲光がノイズを呼び起こす 空の何処かで輪になって踊っていた 真っ赤なオタマジャクシの群れが いまチューリップを食べ散らかす 日差しが歪んでいる 片えくぼの生贄のように * ――見つけた なんにも見てはいないけど ――辿り着いた どこにも行ってはいないけど 一輪の花だ 花は大地 花は海で空 存在の真空にゆらめいて 共に消え果てる 宇宙の 実で質でもない様相こそが * 口を縫い付けられた男の目配せの先 砂漠を渡る蝶がいた 青白い鬼火のように 箱の中の女から蜜を吸う 一冊の本から発芽した 肉体は火と水を合わせ持ち 目隠しのまま止めどなく揺らめいた 大きな腕時計が示す角度に 少女の頬のように熟れた惑星があった 脳天から真白に裂けて 雲の上の地獄から結婚が落ちて来ると 地面は白い粉に変わって抜け落ちた 厚みのない文字を はじめて真横から見ていた コールタールの闇が どこまでも 落下のような静止が 続いていた 眼差しの奥から溶け出した夜が 男の口の中 羽化する夢を見た ことばはたぶんわたしだ 女のアバラに編み上げられた蜘蛛の巣も 棘のある愛欲の蔓草も すべてわたしだった                 《2021年5月16日》 ---------------------------- [自由詩]安息日に詩を書くことは許されるか/ただのみきや[2021年5月22日13時52分] 猫のように見上げる 空のまだらを 鳥に擬態した ひとつの叫びが 紙のように顔もなく 虚空をかきむしる 骨の海から引き揚げた もつれた糸のかたまりを 自分の鼓膜にしか響かない声を持つ 女の眼差しが 金の蜂蜜で燃やしている 直立したまま朽ちて行く 花は賛歌 そして生贄として 巻貝の夜の胎へねじれながら 死の被膜を突きぬける 盲人の視線が射とめた震え 窓ガラスにぶち当たって 落ちて行く ヒヨドリのかすかな 息の赤さ うたがい深い四肢をひろげて 草木は思考を阿弥陀におおう 棘のある四肢の抱擁で 口笛もまだ吹けないまま 幼児は自らを捕食した ひとつの球体は 光と闇の境界を絶えず移動させる 恋人という鏡を持たないまま ただことばの地図だけが 生まれることを許さなかった 五感は想像と溶けまじり 楽園であり地獄である 遊園地が 風のように肉化して またも鳥を咥える 白く泡立って つまびらかなもの だが蛇の頭を捕えそこなうように 復讐されて さめざめと伝い 指先からしたたるもの 今はもう青黒く 痙攣した記号 わたしは神により 希望を孕み続け それを川に流しつづける 一人の母親 壺の中で愛は毒にかわり 嗅ぐごとに 記憶は満ちては欠け 詩は隠蔽された墓 毛穴という毛穴がさえずって 結びほどける腸(はらわた)の 蝶は息もたえだえ 秘密をハミングする 小脇にはさんだ顔の 凹面の走り書き 錯視は 祈りのまま引きあげられた 苦痛の球根へ 早贄にされた舌よ 生きながら鎮魂されよ 発語とその味覚の 甘い淫夢の最中 死の道程として詩 その逆もまた             《2021年5月22日》 ---------------------------- [自由詩]死作――詩に至る病としての/ただのみきや[2021年5月30日15時43分] どうしようもないこと 絶望を綴ることに何の意味があろう だが綴ることで絶望は虚構に変わり また綴ることで希望すら捏造し得るのだ 詩は演劇性を持つ   演劇は祭儀であり呪術である 詩作への没入は一種のもの狂いであり 恍惚とカタルシスをもたらす だが書き上げてもなお 浄化し切れない何かが残る だから繰り返されるのだ 聖と俗を繋ぐものとして  * 感性のまま書いたつもりでも 背後霊のように理性は写り込んでいる そして理性もまた隠蔽された感情の リードで巧みなステップを踏むのだ 素敵な読み手目線 よそ行きの真実で 詩作は快楽であり苦痛である 詩が手段ではなく目的になってしまった ジャンキーを詩人だと思うことはあるが 詩で世のため人のため役立とうとする人の 美しい誤謬がいつまでも続いたら良いとも思う 桃という言葉が醸し出す すこし腐りかけた匂いに酔うように  * 語るべき伝えるべき大切な言葉があるとしたら それはわたしの詩ではない 時代に根差すこともなく流れ漂う浮草のように 自分がなにものかもすっかり忘れて 樹化 樹はもっとも言葉から離れた人間 鳥や虫より寡黙に ただ風の戯れに任せて 生涯そこに在る 選択でも諦めでもなく ただ己として己に立つ 影を点けたり消したりして 日時計のように巡らせている 光に穿たれたぼろぼろの影を やがて分厚い寒さだけを一枚纏う 素描の裸婦像 その肌は雪を融かさずにそれと和む 恋人から襟巻でもかけてもらうかのように だが春には一年間溜まり溜まった想いが 言のない葉となって一斉に芽吹き出すのだ 無数の記号には裏表があり 見つめる光で色味を変えながら 風の声音で朗読されるが その音と心はしっかりとは結ばれず 意を定めない ただそれを 総身で浴びる心地良さ 死作の勧め 誰もどこにもいない 川べりの 柳の下で わたしは棺に入る 仮病で早引きした学生のように 疲れた男がベッドに倒れ込むように 自死とはその程度 告発も抗議も恨み言も しゃれた遺書も要りはしない 何をもってもつり合いはしない つり合いを捏造する気もしない 水辺の緑の中で 内側から閉じるのだ 死が甘美な妄想であるうちに 人は死ぬべきだ 予行練習はなし 今日は見に来ただけなのに ついローンで買ってしまう 売り子にではなく 自分を可愛がる自分にほだされて 限りなく自閉的に 白く泡立つ錯乱に ぱっと意識を散らしてしまえ 種子を持たない綿毛のように さらに、どうしようもなく 詩が詩のまま全うされ息を引き取るのは 二連目まで(あるいは二行もしくは2sentenc) どれほど逃れても何等かの 暗示的意味に帰着しようとしてしまう まるで実母を嫌って家出した息子が 外の世界で別の母性を求めてさまようように 言葉は等価ではない だからいつも比喩なのだ だからこそ端数が残る こころは素数だ 己(X) そして1(在ってある)以外では割り切れない 己(X)÷己(X)=1(在ってある)  「わたしが何かは不明であるが、わたしとは一個の 不明なわたしに過ぎない」――だから何だと言うのだ だが己(X)÷1(在ってある)では わたしの全ての欲望が神の摂理の中の砂塵へと解体されてしまう 詩でこころは割り切れない 書いてもなにかが余る 書いたものに届かない それなのに詩作を繰り返す たましいは堕落している 生きるためなど方便 生を誤魔化すために 神が創造しなかった煉獄を創作し続けている 詩は地獄を模した壁紙だ 天国のように美しければ尚更のこと こうして時は過ぎて行く 砂糖壺に隠したアンモナイト 三億年の悪戯 あなたを狂わせたい一心で これから失くすものを捕まえようとした 風の中の麦わら帽子 ポプラの一番高い梢で行方不明になった母は 海の底から響く鐘 紙で切るような痛みが西日から 笑い 青い胞子をまき散らす 破線を渡る 裸足の声がヒリヒリと 愛を反転させた 瞳の夜の半球で 毛の長い羊が音を食む 夜光虫のような手が わたしの胸を裂きに来る 娘の失くした片目のように 恐怖に似た何かが美しく余韻を引いて わたしは沸々と溶けてゆく 満天の言葉の下の 大河のような黒い沈黙へ 視線感染Show 言葉をいくつ塗り固めても 墓石のひとつにもなりゃしない 発酵しない景色の躁状態 錯乱だ A4サイズの洗面器で沈没する捕鯨船 溺死するために裏返された瞼に蝶を閉じ込めて おまえの期限切れの免許証が月の背中を掻いている ああ浮上するものと沈むもの 水面を挟んで相殺される男と女ニュースタイル心中 こめかみに咲く紅い水中花 摘みに来た子どもの揺り椅子に犯されて 縞模様に消化されてゆくおれの頭はいつだって 小さい方の葛籠(つづら)の中で南極を齧っていた 毎日机に向かって句読点を磨くヘレンケラーの 忘我の涎(よだれ)みたいに澄んだまま だから引力を失って胎児の体を飛び出した夢は ノイズをまき散らし膨張し続けるだろう 虚空を喰らうジンベイザメのようなおれに 絡まり空回って追い縋る眼差しの二重らせん サラセンのケセランとルクセンのパサラン 回線の混乱と涙腺の反乱こそ おまえの中のおれ―――詩に至る病 視線感染新幹線                    《2021年5月30日》 ---------------------------- [自由詩]嵐と晴天/ただのみきや[2021年6月6日13時56分] 少女アデリーの失くした人形のために 暑い日にはアスファルトに足をとられてしまう あえぐ憐れなペンギン 目標を喪失した花鋏 放置されたまま錆びて行く殺意 間の抜けた 横顔の 驚きではなく諦めの 棘 祈りの言葉で舌を噛む 老成した眼差しから    無意識にしたたり落ちる           音楽的漏出 月のように何重にもぶれる像 微生物のように泳ぎ回り定着しないまま文字が 氷漬けの少女のからだを覆って行く 言葉の猿轡(さるぐつわ) 明け方に瑠璃色の甲虫が掌をこじ開けるまで 櫛の歯の隙間から   肥えた生贄の太陽    わたしはマグマのように冷えて行く 変態の途中で射貫かれて          反り返った手首は 切手を貼ることも出来ず 鳥にもなれず 乾いた洞に響く音色にもなれず 赤い河を過去へと流れ去る  人形たちに       すがる伽羅の           かそけき声 たとえば 青空に隠された砂金を みずみずしい触覚で梳きながら めくるめく蛾は夜を追いかける 無数の太陽の眼差し なにもかもが陽炎にとけてゆく そのようなもの その詩人について何も知らない 雲雀は空にとけ 声だけが高いところで揺れていた 目を閉じれば近く 開けば日差しに溺れ いつまでも見つけられないまま 図鑑はとても簡素 雲雀について一般化された情報が載っている 唯一絶対の雲雀のように 彫像 嵐はひとつの身体 無垢な衝動 虚空の圧力 空気の叫び 肉体の軋み 樹々たちの シンクロした忘我のうねり 四肢は素早くとぐろを巻いて 円く圧して 押し潰す 嵐はひとつの身体 無から解き放たれた ひとつの舞踏 学生のまま老いてゆけ   安らかな頓服だった 燕が迷う 腰の引けた 大地の鏡 芍薬(しゃくやく)よりも悪意ある 白スカーフの眼差しによる幽閉 宙吊りにされたまま死んだ問 摩擦もなく黴の生えた時間を  雨音が 灰にする 痛みを   殺すふりして     猫に紛れた       女は蝉を喰らう 脳裏に冷たい火傷を あなたの瞳をみつめている あなたには見えない わたしが映っている あなたは感じるだろうか だれかがあなたの瞳をみつめ あなたの記憶にまっしろく 残りたがっていることを                 《2021年6月6日》 ---------------------------- [自由詩]微風・反転・漏出/ただのみきや[2021年6月12日15時54分] 微風 うすくなった髪をそっと撫で 朝の風は水色の羽ばたき 幼い接吻 この目が見えなくなっても 耳の底が抜け 全ての言葉が虚しく素通りし 鳥の声すら忘れてしまっても 変わらずにそっと訪れる やさしい仕草 永遠の少女 すべての嵐と破壊の母よ 反転 青草が鉛より重い虚空をくすぐると 蟻の巣穴から死者の吐息がもれた 蒲公英(たんぽぽ)をちぎる手を嗅いで 少女の肌の日陰をさまよう犬 にわか雨に匂う菖蒲 喪服の女 隠し事を濡らす間もなくバスは来た ギザギザの虹に苛まれた眼球 唇にあてた貝殻から濃い 遺跡の影 漏出 おれはおれの過去から赤錆びた一振りの剣を掘り出した やっと青銅から鉄に変わったころ 八方世界は未知に満ち 心は夜と昼を合わせた以上に迷信であふれていた そんな時代に埋められたぼろぼろの剣 おれはそいつを打ち直す ああ明後日からおれの伽藍洞へと 知性の欠片もない野蛮な風が吹いて旋風(つむじ)を巻いている 燃やすものも燃えるものもありゃしないが 手あたり次第にくべればいいさ 言葉もサイコロも心臓も標本も朝焼けも 真珠を孕んだ美しい姉妹たちも掛け軸の中の鐘の音も 位牌も臍の緒も一切合切躊躇(ちゅうちょ)するな燃やしてしまえ ナウマンゾウの皮と骨で造った蹈鞴(たたら) タイタンとゴリアテの足で 足りなきゃダイダラボッチの足も借りて来い 踏んで踏んで嵐を起こせ 業火で詩人たちの囀りを灰にしろ すべての思想を踏みつけろ 純粋にただ狂気のために今日のいのちを使い尽くせ 鍛え上げろ 研ぎあげろ リズムに酔い痴れすっかり悪酔いして おれの影から死人のようによみがえる そいつは黒曜石の背骨のようじゃないか この剣で地球の皮を剥いでしまえ ああ白い果肉のしたたる囁き 甘いマグマが忘我の果てへと押し流す この剣で善も悪も幹(から)竹割りにしろ この剣で八方美神の皮かむりのイチモツを 素面で管を巻く八岐大舌を撫で斬りにしろ この剣で割腹しろ おれの死には告発も恨み言もありゃしない ただこの色味を見よ 血とはらわたを 虹色の氾濫を おれはこの血であらゆる思想に落書きする そうすることで自分自身を上書きする おれは純粋愉快犯 聖と俗を繋ぐ舞台で遊ぶ愉悦の中毒者だ 血で血で血で血で死で死で死で死で 痴で痴で痴で痴で詩で詩で詩で詩で おれはいっぱいになったモラリストだ 内側に逆立つハリネズミだ インモラルな自慰的ハラスメントで おれはおれの因果に剣を突き立てる ミューズの首を絞めろ! 犯せ 喰らえ 脱糞しろ! チャンバラだ! チェ・ゲバラの チャンバラフィクションだ! 芝居の中に隠された本物の死 景色の中に隠された儀式的死 もの狂いのままで剣を振れ 事故事故事故事故 首長族と首狩り族の出会い 運命と偶然のめくるめくストライプ 自己自己自己自己 預言の通り魔の 着飾った辻斬りの 憑きもの筋の書きもの好きの Like a virginでKiller Queenなマドンナと 微睡みの中で海を渡ったマドロスたちの 精神の食肉化工場で起きた恋愛依存 最初から抜け殻として造形された 透き通った薔薇と地雷の心臓よ 結び目を解かれた蝶の錯乱 剣を担いで踊るのは誰だ 照り返す海と白骨よ 剣はギラギラして 太陽は破水して 剥ぎに来るぞ ことばから 急に来る 隙間に いる 死                        《2021年6月12日》   ---------------------------- [自由詩]生前供養/ただのみきや[2021年6月19日16時24分] 二人の旅行 迷い込んだ蝶が鍵盤にとまった ゆっくり開いて ゆっくり閉じて あなたは水へと変わり 音楽は彫像となって影を落とす わたしは感覚と記憶 去るものと共に流れていった 家の外では夏の二人称が口を拭う 小指の骨を咥えた とてもとても白い        白痴の時間 棘のように 肉に埋もれた墓 狩り蜂たちの忙しない朝 柏の葉が光と影を天秤にかけて揺れていた とおいとおい世界        土偶の眼差し 始まりは定かではなく終わりは海 月に焦がれて鳴く真珠の声に 狂った心ふたつ 撚り合わせて 引き潮に降りた蝶 待ち伏せていた白骨を飾り 燃えるように色彩をほどく 声のないとおい笑いのように 心臓 耳にあてた後 遠くへ放って 紅い河の流れ みじかい夜を くぐる風の声 対極 幼児が描く母親の顔 画用紙いっぱいの顔 秘めた意味はなく 溢れる愛情がある 思想も計算もなく 無心な誇張がある 生前供養 根を掘り起こせば起こすほど 希望は白骨化し 世界はすでに滅んでいる そんな人 日々を短い夢で埋めていく 大きな夢に疲れ果てた長い 長すぎる余生に 自らを供養する ささやかに 添えて 灯し 飾っては あるべき曖昧を続けている そんな人 鍵の壊れた開きっぱなしの でなければ 煙のことば 自分をほどいて還すなど誰が              《2021年6月19日》 ---------------------------- [自由詩]羽衣呪術/ただのみきや[2021年6月20日13時32分] 夢見る魂が裂果する夏が来る前におまえはおまえの首を咬む 鬱蒼とした緑から忍び寄る脚韻の多い名も知れぬ虫たちが 肉体の時計の固い門に射精すると逆回転でさえずる鳥がいた 首の長い古代の母が組み上げられた偽証の焚火に爪先で立ち 煮え立つ泡沫の微笑みで辺りを錯乱させている 赤い糸で 刺繍した眼球の余白から一羽の鳥が叫びながらガラスに激突した バッタのように跳ね上りくつがえる舌と眼球 積載量を越えている 一つの寡黙な帆船が破滅を隠匿したまま潜水艦へと移行する 周辺という名の深層から中心という名の広がりから爛熟した 桃を匂わせる記号を刺青した娘たちの悪意が解き放たれる 賽の目のように変わる病のなかで黒蝶の禁忌の顔をデッサンして 脳内ノイズから立ち上がる帽子を目深に被った男の一つ目の 螺旋階段を降りて行く 若さと幼さがむせるほど匂う過去の情欲を 満たすことのできない不能者としての破壊衝動から書棚を押し倒し 自分すら忘れていた隠された標本ケースを砕いてしまう 全裸の死体が起き上がることに性的興奮を覚えながらも怖気惑い 包丁を持ったまま走り出す 沢山の空き缶を紐で括りつけられた 赤ん坊が巨大な悔恨の岩の下敷きになる瞬間から逃げようと 眼は血を吐くほど叫んでいた叫ぶ以外には逃げる術を知らなかった マイナス一〇℃以下のキーを打つ指先は柘榴のように赤く古い革袋 から絞り出した死は格言よりも苦く宝石の粉末や鱗粉の味がした 揺れ続ける水槽の中で銀の尾翼が頬を裂き発音しがたい名前の数々が 砒素を盛られた手品師のトランプみたいに不規則に散乱して 狐は走ったジグザクに雨の農地から子どもたちが儀式をする防風林へ  暗がりで甘く匂う薬物が薬品がシンプルな呪術が油絵具のように 混ぜ合わされて膨らんでゆく嵐の蕾 一つ目の鬼 照り返して斬りつけて輪郭を溶かし色彩で凄みながら 不在のまま存在を強く匂わせる旋律は戦慄でありコードは不協に揺らぎ そうして休符が 空白が 消失が 舞踏する身体の記号化と 再び解凍する眼差しからの服毒 蝶と蛾のめくるめきにより 透明なガラス板一枚踏み破り落下した 無限の羊水に溺れながら降り注ぐマグマと星の輝きに 狂った魚と交尾する 囁きで首を絞め 抑揚のない歌声に鞭打たれ 浮上した朝 すべての現実がマバユクキラメク地獄のバックルームだった 夜の形見のオオミズアオよわたしの掌に憩え 抽斗よ一斉に笑え 破顔せよ 白痴の僧侶の群れのように 羽衣よミイラを包め 染まれ銀の朝露に溺れた愛の囁きと消失に                       《2021年6月20日》                             ---------------------------- [自由詩]雑居ビルの一室で/ただのみきや[2021年6月26日22時21分] 前戯なし あなたの輪郭はとぎれとぎれ 知っていることは数えられ 知らないことは無限大 ところどころはっきりしても ひとりのあなたが不鮮明 印象だけが白く火傷して わたしをジャンキーにする 瞳を凍らせ彫像にして 全方位から探ってみても モナリザのように ニケのように そこに在って永久に遠い あなたのリズムと重なりたくて 影踏み遊びのふりをした 歌に迷った奥の奥 ひとりぼっち途方にくれた 自分の背中が飛び降りる 愚者のライセンス 時を惜しんで間をもとめ 無駄にはしないと競うよう そんなこころの有り様に 過ぎ去る景色の早いこと 一生なんて一瞬と 一瞬すらも永遠と どうともできない流れなら ただ穏やかに緩やかに 奇麗な蝶を追いかけて 野を駆け川を越え 樹海深く迷い込み 男はすっかり老いていた 蝶に見惚れて川に落ち 花を見つめて躓いて 街をぶらつき欠伸して 男の時は止まったまま 時間は平等か否か こころ持ち次第か だが こころ持ちで本性が変わろうか 生も解ける一瞬の結ぼれか 今に住み今と和んで行くことは 時代や世間に流されるのとは違う 見比べず疑わずにいれたなら 失くしても永遠の一抹と わたしのマゾヒズム 数千年の夢想が溶け混じる胡乱な空の下 わたしは大地の双六盤にまき散らされた小理屈だ 元型の森をさまよう兄妹の淫らな嘘や愚行のパン屑と争って 旋盤で削られてまだ間もない熱い鉄屑の匂いがする嘴で 黙々と啄むすでに図鑑の中にしか存在しない割れ鐘のような 鳥たちを待ち望みつつ切れ切れになりもはや?がることのない 原生生物的記号として無数の凹凸レンズに絡めとられ 身悶えしながらゆっくりと干乾びて行く そんなものだ かそけきマゾヒズムの吐息は空白を渡り 光による八方ふさがりの中で陰影を転送する トマトを穿つ 指の反り返った一寸先で弾けるハナアブの羽音に巻き込まれ 視界を失い座礁した理性は背負った書棚の下敷きになって 添加物で薄められた血を流しながら替え歌をそらんじた その数十センチ上には片足立ちで宙に浮かんだシバのような 両腕を天秤に広げた裸の女がいて片方の掌にはヒナゲシや ヤグルマギクで隠蔽された荒地があった そこでは折れた櫂と 剥製の鰐と凶のおみくじがドラム缶で焼かれて黒煙を上げ それを吸った幻の世代たちがかつて殺した半身を求めて 土着の霊性へ回帰すべく炉辺で炙った串刺しの幼児の舌と 水あめが似合う紙芝居の末路を縫い閉じて互いの目蓋を纏り合った だがその内側ではゆっくりと終息しながらもまだ瞑り切らない 神の瞳の宇宙の彩光と陰影の爛熟した調和があって 数千億個あるいは数兆個の笑い袋で内も外も密になりながら 喪失から喪失へ非在から非在へと移動する厚みのない顔を 乱脈に乗じた情緒の鉤爪が白く斑に剥がすのに任せていた 女のもう片方の掌では柔らかな生まれたての動物を思わせる 罪責感と高揚感のハンマーが怯えながら目を開き ロケットを先っぽから丸呑みにする女の恍惚に スチールパンを打ち鳴らしながら浜辺へ駆け出していた そこには過去から漂着した象牙のペニスケースがあって 極太マジックがひとりでに落書き同然の遺書を書き始めた すると突然待ち伏せていた殺意が恋人のように服を脱ぎ 蝶の声帯で叫んでは甘く狂った夏の陰部を匂わせながら 雲のない空の下を行く陽気な葬列を一直線に破裂させて行った 地平線の向こう目頭の雪山でウインクする骰子が 骨壺でチンチロリンと鳴けば黒蟻の渦巻く振り出しの辺り (――もっともっと啄んでほしい) わたしの切れ切れの歓喜は 涙でぬるぬるしてミミズのように苦しかった あの 一番上等で美しい土地にあってわたしは破綻したのだ 嘲笑のキスに埋もれて窒息し勃起したまま化石となれ                   《2021年6月26日》 ---------------------------- [自由詩]置き土産爆ぜる/ただのみきや[2021年7月3日18時35分] 晴天なり このまま空に溶けたいね うた声みたいにさ エビスの空き缶ひとつ残して 火を盗るもの 日向のアスファルト 黒い毛皮のケムシが駆ける 機関車みたいに突っ走る 焼かれる前に焼かれる前に 辿り着きたい場所がある 間に合わせたい時がある からだのなにかに急かされて 生と死のストライプ めくら滅法ころがるように 焚火のまわり ピエロの衣裳で蛾はめぐる クエーカーみたいに震えながら 飛びこむ前に飛び込む前に 惜しむことなく全て賭し おもむくままに踊りたい こころのなにかに誘(いざな)われ 生死の帯の曖昧を 意にも介せず焦がれて焦げて 女神の羽衣 一週間ほど前の朝 ブロック塀に止まっているオオミズアオを見た ちょうど同じ場所で 今朝オオミズアオの前翅だけが落ちていた 同じ個体ではないにしても なにやら事件の目撃者として 勤めを果たさなければならないような それは事件ではなく日常の生物界の営みだが そそのかされて隠喩的意味を与えてしまう 古代的心情こそ 現代人としての無自覚的矜持を散失してゆく 手っ取り早い方法かと想いつつ ほくそ笑む  べつに誰にという訳じゃないが これを読む あなたに                 《2021年7月3日》 ---------------------------- [自由詩]憑きものばんざい/ただのみきや[2021年7月10日15時18分] 追憶儀礼 二人の時間はまだらに溶けて いることすらも忘れてしまう 美しい他者 異なる種族 愛はアルビノ ひそやかな野性 お茶碗欠いたの 月は隠れてRした なにひとつ発語することなく   呼び交わす    水と水 いつかの夢が井戸を上って来る 双子のようにRした 頭骨の 裏にこびりつく      暗黒の踊り子 机上の磯遊び 考えることに疲れ果て 冷たい皿に頭を乗せた そして もう一枚 皿を反して上から乗せて からだを切り離せば わたしは一個の貝 脳は自閉のための腕力だ からだはもはや他者で蛸 遠浅のゆらめく光に漂って 四肢や性器を小魚に啄まれている  棄てたはずの思考がチクチク (あれは快感 それとも苦痛かしら ) 忍び寄ってそっとつないでみた   途端に射精――ミズコノミズクラゲ 別れの祭文 男は後ろ手にゆで過ぎたマカロニを隠していた 女は大きな草鞋をおんぶ紐で背負い 夕焼けをめくり始めてそれは素早く加速していった 男の声がふくらはぎに触れる前 ――言葉はなくほとんど空気だったが―― 等身大のこけしが飛んで来て男を直撃した ぺしゃんこになってもまだマカロニには息があった 倒れた男の顔を赤い前掛けの地蔵が見下ろしている (うせろ 見世物じゃない! ) 二人で火にかけた鍋がいまもそのままだった 金輪際だいこんは抜かないし洗ったりもしない 獅子頭に股間をあてたのも十三の頃の出来心じゃないか だが届かない 女は裸の声となって走り出し その全身には暗い縄目模様が刺青されて行く 足あとはベンガラで染まり一足一足が彼岸花のよう 夕闇へと続き空には真っ赤な子宮が黒々と口を開けている 男は胸ポケットからペンと手帳を取り出しては何か書き 書きつけたものをまたグチャグチャにペンで塗り潰した まるで追い詰められたインコの羽繕いのよう (だめだ まだ終わりじゃない おれには手がある ) 男は白衣を身に着けて聴診器をぶら下げた 途端―― 二つ目のこけしがぶち当たり額が割れた (可憐 )一瞬 確かにそう思ったのだ  マカロニたちはすでに死の完成形であり完全体 草葉の影の虫たちの囁き やがて 一つ目小僧たちが集まって来て男を囲んで歌い出す 解らない古代語 グレゴリアンチャントに似ていた するとそれに交じって遠くから落語らしきものが聞えて来て  切なくなって泣き出した はっきり聞こえないはっきり見えない この歯がゆさ 腹膜の鳥肌よ 男の涙は砂糖水の味がする寝小便だった (マカロニの内径がスパゲティの直径だとだめなのか  おれは最後まであいつを喜ばすことが出来なかった ) 男は自分のコンプレックスのフィギュアを造形して 奇妙な言葉による着せ替え人形遊びが止められなかった こと自体芝居だったのかどうかも最早わからなかった ことすらも夢か現実か曖昧になってきた などと手帳に書いては消して書いては消して すでに 翡翠の赤坊は涙腺に詰まったまま息を引き取っていた すっかり土に取り込まれて女は 無数の蛙たちの笑い 油のような闇の流れ そして一面のこけしたち 血を吸ったように真っ赤な どれもこれも モナリザの微笑み まばたき 場外市場では朝早くから飲食店が開いている 子どもたちのふくらはぎは雨でも白く安らか コンビニ前で煙草を吸う人々はみなマスクを下げ 片手のスマホを覗いていた  霧雨の中で崩れてゆく 焚火から  ひとりの赤ん坊が這い出して来る 鳥ほどの寡黙さも保てずに水たまりは爆ぜた 映し出した真実を湛え切れず タイヤをダイヤで結ぶ一瞬で崩れ落ち 笑い死ぬ間もなく睫毛で漉されて                    《2021年7月10日》 ---------------------------- [自由詩]越境者/ただのみきや[2021年7月18日14時49分] 墓地と少女と蝶と 墓地を巡って柵を越え 黄色い蝶が迷い込んだ 少女の額にそっと 押し当てられる口形 珠になってこぼれて落ちた 奏できれない音色のしみ * 夏の墓地はここちよい 見知らぬ少女と仲良くなって いっしょに四つ葉をさがしていた 見つけるまでは帰らないと 日が暮れるまで頑張って すっかり暗くなったころ 探しに来た父親に叱られて 連れ帰される その時 少女の姿はすでになく 顔もぼやけて憶えてないが おかっぱ頭のかわいい子 夏の墓地は甘酸っぱい 数十年ぶりに訪れた 墓地では風が一面のブタナを揺らし 黄色い蝶が墓石の間を巡っている しゃがんで四つ葉を探せば 目の横に 小さな赤い着物 わたしもまた少年のまま 甘酸っぱく 老いた分だけすこし哀しい 夕べに顔をベールで被う 留め置かれた白い翼はいま 切れ切れになり 永すぎる蒼穹に磔にされた 堕天使の翼が散って往く 西の地平から漏れ出した ゲヘナの炎に焼かれながら 静寂と騒めきが共に飽和する 群青の目隠しの向こう 人のかたちの哀れみも 間もなく閉ざされる 念じる者はいる 論じる者もいる 禁じる者も断じる者も  だが慣用句以外 祈る者はいない 卵生人語 流れるように還りつく 抑揚のない時間 結ぼれたまま膨らんだ ひとつの宇宙が 開花する ひとつの墓が 永久を装う泡沫が 笑うように弾けて なみだひとつ 大河にのまれ 咲くことで 死に 愛撫され 風のような虫のような 眼差しの囁きに 犯されて 淡くほつれた 蛭子の夢は 白く捲れる 昼夜の果てへ 花よ花 忘却の記号に映る 影のゆらめき 越境者 小さな蛾が迷い込む 悪さもしないかと放っておいたが 灯りを消して動画など見ていると いい場面のいい場所に張り付いて どうにも気になって仕様がない シジミチョウより小さなやつだ 地味で 控え目なやつ ちょっと可愛い気もする その時点でもうだめだろう 終りまで放っておくしかない たった数日のことと思ったが 翌日にはもう見なかった 窓辺か照明の縁か でなければ本棚の裏辺り 夏生まれは夏が好き 自分にしか当てはまらなくてもそう思う いのちが溢れ いのちが繁り わっさわっさと生まれては ばったばったと死んでゆく 生は死によって完了し 物質は分解されて循環し 異界や輪廻に人は片思いのまま だが季節は変わらず生と死の 祝祭と祭儀を繰り返す ひとつの元型を保った 演劇として 伝統芸能として 草木や鳥や虫たちは遥かに代を重ね 洗練を極めている 古の賓(まろうど)は忘却の彼方でも 夏にはどこか曖昧な 合理的でも理性的でもない影が 蚊飛症のように正気を過る 生死を越境したささやきが 届きそうで届かない 水底の灯火に群れている               《2021年7月18日》 ---------------------------- [自由詩]もがきながら側溝の闇に消えた揚羽蝶のために/ただのみきや[2021年7月24日12時16分] 飾り物 沢山の飾り物を付けて 自分がひとつの飾り物のように 時代の吊革にぶら下がっていた 円環するはずの路線が 少しずつ内へと傾いて 渦を巻き やがて 凝り固まった闇 終着点 あるいは アンモナイトの起点から 鴎のような紙の静かな群れ 資料化された怨念はg数千円 乾燥ヤモリはイモリより高価だが どちらも漂白されてえげつない白さ 弦楽器 丸みは陰影 陰影は直進する 同衾しながら光は手をこまねいている 拷問によって生み出された 見えないからだが空気を纏う ひとつの舞踏が開花して あとかたもなく去ってゆく 霊媒師は乾いた骸を箱に収め 影のように傍らへ置き一杯ひっかける お嬢さん一緒にお茶しませんか 蛇のように猫のように跳ねる魚のように しなやかな嘘が好きだ 嘘とは名乗らずましてや真実と押し付けず 風のように風と踊る樹々のように 虚を突いて訪れる包み隠された女のように 響き合い虚像を生み陰影を匂わせる しなやかな嘘が好きだ 時折革の鞭のように虚空を鳴らし 吹き消された後の白い煙のよう 静かにたわんではまた糸のように すーっと静かに虚に還る しなやかな嘘が好きだ ささやくように去りいつまでもそこに いるような 哀しい幽霊のような 青磁の頬を撫でるようで 愛しい者の頭骨のような 指先にどこまでもつめたくて こころに熱く沁みて来る しなやかな嘘が好きだ 歪んだ三面鏡に閉じ込められた もの言わぬたった数個の痛みの化石が 奇妙な花となって像を結び また崩れ 実も種も残さず海馬に散り落ちる 偽りようもなく同意を求めずひとり 空白の汀に立っている しなやかな嘘が好きだ グッピーきれい それがまともかまともじゃないか 決めるのは専門家ではなく群衆だ 専門家は曖昧を好まず 群衆は「ようするに」を好む その時そこに開いた傷口 出現した突端の様相を 根深いと言いつつ根を掘り出しもせず 拾い集めたパン屑で大盤振る舞い 二者択一的感情論で 本当は自分も持ち合わせがなく 心はいつもきゅうきゅうとしているのに 自由平等平和さらには多様性と 言葉だけの勲章を指し示し 煽り煽られ熱を帯び 不満と怒りのガスで正義印の風船を膨らませた 自称「正常かつ弱き立場」たち 専門家から端折ったものを お得意さん(群衆)好みに再構成するマスコミと ネット漁りで真実を知ったつもりの 「わたしたちは騙されない」派の群衆だ それがゆるされるかゆるされないか 決めるのは 自分は無名の弱者だから何を言ってもゆるされる そう高を括った品行方正な群衆だ そうしてゆるさず見逃さず 顔を隠して投げつける尖った石の礫だ それが今 新しい世界 現代的で進歩的で素晴らしい世界 迷信深い古代人やイカれた野蛮人には よく見知った懐かしい世界 いつ覗いても美しい水槽の世界                 《2021年7月24日》 ---------------------------- [自由詩]おまえがアーメンとは言えないものを/ただのみきや[2021年8月1日15時09分] 記憶の黒点だった 太陽の鏡の目蓋の中で ある者は熱に歪み ある者は乾いて燃え上り 誰もが己の影に憩いを求めては その微かな流れの干上がる時を待っていた わたしは 光を青く投げ返す黒蝶が 川面を舞うのを見た ゆっくりと 何度も行き巡り やがて水辺へおり羽根を立てたまま渇きをいやし 再び ゆらめく大気の中へ消えて行くのを おそらくはそのようにわたしたちも ひとつの滅び行く夢から そっと旅立つのだ 図書館では鰐が放し飼いにされていた 少女たちの間では自分の靴下を脱いで 鰐のペニスに被せる遊びが流行っていた 鰐はとてもおとなしく事故はめったに起こらなかった 鰐の背には梔子(くちなし)が植えられていた 清楚だがあまりに甘く供養には不向きだと言いながら 通い詰める老人たちは合掌する時いつも 掌の汗に淫靡な電流を感じていた 時には意識下の欲求がたけのこみたいに突き出して 捻じれながらのたうって本棚を倒すこともあった それでもなお老人たちは体裁をつくろい 新聞の中からある種のたくらみを読み出して 顔の皺をいっそう深くした そんな彼らの足元を梔子鰐はゆっくりと散歩するのだ 勉強以外の理由でたむろしている学生もいた 特にある種の文学には依存性があって 周囲に退廃的なガスを発散し 多くの学生が詩人や小説家の夢に浸っていた そんな学生たちは本棚の陰や本の中で活字に化けて むつみ合い沢山の紙魚を生み落とした すでに文字の数と紙魚の数は拮抗し 中には文字に擬態した紙魚ばかりの本もあった 内容は変わらないのに読む者の心に感応して 紙魚たちは身をよじり暗黙を膨らませる 「紙魚の仕業なのに記憶の誤謬だと勘違いする人もいます」 笑った司書の眼からはゴキブリ大の紙魚がこぼれていた 性が未分のままズッキーニのように成長したXは 真っ赤な鳩の卵をひとつ割ってコクっと飲んだ 瑞々しい歴史の睦言に頭皮の毛穴も開く思いがした だが芽吹いたばかりの破壊衝動が実を結ぶには まだまだ時間を要していた Xは何年も本の森をさまよっていた ある日通りかかった梔子鰐(くちなしわに)の頭の上に一通の 手紙があるのに気付いてこっそり拾って読んだ するとそれはX宛ての恋文で 想いは切々と三十一音で歌われていた Xは自分がガラス瓶で 冷たい体液が下方へ溜まって行くのを感じた それは死んだ母親からの手紙であり 母の自分に対する愛欲の赤裸々な訴えだった 太陽の銀をした蛇が脳膜を滑る (自分とは何か)振り向いた途端 Xは塩の柱になった だが本当は塩の壺を骨壺みたいに愛撫する 一人の老年になっていた 老人は記憶を擦る ロト6を擦るように毎日毎日擦っている ヘリコプターの笑い声がする ( よ回帰せよ回帰せよ回帰せ ) 鰐にからみついた蜘蛛の巣をていねいに取りのぞく 清掃夫の背後に 一人の少女が近づいて来る 少女の黒い靴下は片方なくすでに鰐のものだ 少女は清掃夫の首をそっと真綿で絞め始める それはゆっくりとだが確実に酸欠をもたらし 清掃夫は朦朧と白い世界をさまよっていた 結晶したウユニ塩湖 かねてからの憧れの場所 気がつくと清掃夫の前にも後ろにも首のない死体が 延々と続いて行進していた 清掃夫はそっと自分の頭に触れて確認してみた (大丈夫まだついている) 死者と共に行進すれば行きつくところは知れている 塩の上を行く一直線の行列から直角に 清掃夫は曲らない鉄砲玉のように飛び出した 激しい照り返しの中を必死に走ったが ひどくゆっくりのようにも感じていた やがて立ち止まり 振り返ると 首無しの行進はもう見えなかった (――やった! ) 先へ行こうと向き直った刹那 なにかが閃いて辺りが反転した Yの半生は予行練習だった 五寸釘はいつもポケットに入っていたが 時計はいつも指してはいけない場所を示した とっくに釘は錆びていてカラメルの匂いがした Yは母親に猿ぐつわをはめたまま 冬の花壇に埋めていた 春には母親は無言のまま色とりどりの花となり 蝶や蜂で受粉して鉛色の種子を身ごもっていた Yはそれを何粒も食べて幻の中 母親に抱かれて乳房を吸っている Yの半生は予行練習のまま 紙の墓石の間ある 誰かの勝手な殴り書きになった その女はアルコール依存症で 酒が切れるとうまくページが捲れなかった それでも女はいつも図書館にいて いつも同じ席で本を開いていたし 時折バッグから小さな酒瓶を出して飲んでもいた 女の足元ではよく鰐が昼寝をしていた 踵に踏まれてもまったく気にはしなかった 梔子の花をひとつ摘んで食べてみる (口無し…… 朽ち無し…… クチナシ…… ) なぜ図書館に通うのか 女にも解らなかった 惰性から依存症へ 図書館は恋のような裏切りだった 女は左目を取って一冊の本に挟む ――雑貨屋のセールで太陽が小麦粉をまき散らす アーモンドにダイアモンドにクルミにコルク抜き ひどい電磁波の嵐でみんな泡を吹いて―― 眼孔は夜 マンドリンとファドの歌声 下着の中で蜂が死んでいる 閉館開けの図書館で少女の死体が発見された 少女の胃からはゆでたまごと未消化の詩が発見された 犯人は図書館そのものだと主張して館長は首を括り 司書たちはみな本の中に身を潜めたが 梔子鰐だけが変わらず悠々と本棚の森を散歩していた ( Water  ) 鰐の鼻先で羽根を休めていた黒い蝶が飛び立った 太陽が絶叫し    脳が笑い出す 誰かの遠投した瞬間の缶詰が命中して飽和した   くずおれる世界から      瑠璃色に閃き返すもの        虹色の原罪                    《2021年8月1日》 ---------------------------- [自由詩]オリンピックとコロナとわたし/ただのみきや[2021年8月8日16時24分] 涼を狩る 池の青さ   屏風と扇子 ボタンを外した    指は行方知れず アオダイショウ    そっと跨いで  墓地へと続く    坂の木陰 吸った唇    死者の溜息 遠雷が見とがめる    朝顔のうなじ     スケッチスクラッチ 白いトタン屋根に光が溜まっていた 梢が覗いている リズムに乗ってハミング 興味なんかないくせに 意味あり気な否定と肯定の振り付けで 運命は信じないけど 自分の現状を肯定することに余念がない 羽根のように軽やかな頭を持つ人 もしくは絶えず笑ってる でなければ厚みのない紙の上 どこまでも奥行きを描ける人 比喩ではなく 絶えず揺れ動く世界 わたしもまた覗いている 高慢な王様のように イルカが跳ねた午後 焼け焦げた網膜に 仏壇みたいな冷蔵庫が倒れて来る 着くずれた浴衣の女がひとり 中空に鳴っていた わたしの目と彼らの指に 大気はしつこくくすぐられ こらえ切れずにこぼす鈴 青い青い窒息の高揚感 うつせみ おまえの思考の絡まりが黄ばんだ狂気のまま調理され 白い皿の上で吐瀉物を装う時そこにカタルシスはない 解き放たれた蝶は一瞬にして燃え上り微かな灰とガス になるおまえは同じ場所に立っているただ老いが進む 乾くために飲むおまえは楽園の終身刑を言い渡された 魂の独房で蛇に飲まれかけている金糸雀の羽ばたき歌 声の代わりに知恵の実を用いてもはや欲望を情熱とは 呼べなくなった自意識を腐らせながら自らの生をもっ てなにかを表現しようとひたすら渦の中心へ一つの虚 点へネジ釘のようにギリギリと等価には名付け切れず 展開された言葉の群れが追い囲んだ形のない空白の肌 に触れた心酔の粒だった泡立ちの中で一瞬にして面差 しまでもが消失し氷の裸体を求めグラスの海をさまよ っている乾くために飲む消耗こそ生の進行形で鑿(のみ)を入 れるのは残すためではなく跡形もなく削り尽くすため その過程を作品と嘯(うそぶ)くのは死の無謬性に耐え切れない からか凄まじい太陽の求愛に暗黒を摸索し続けながら 蝕から見つめ返す何者かのためにおまえは上品に狂う だろう獣にはなれずにむしろ混沌の屍を踏みしめる狩 人の透明な釉薬の微笑みで滅んだ歌の墳墓から冷たく                    《2021年8月8日》 ---------------------------- [自由詩]跋扈ちゃん/ただのみきや[2021年8月14日15時51分] 夕涼み 薄暗がりがそっと首を絞め あなたは鬼灯を見た 決して強くはない抱擁で 皮膚一枚を越えられず 互いの頬に帰依するように 自分の愛と思える部位を自分で弄って 記憶に補正された鬼灯は 黄泉路を照らす灯か 悲哀の詰まった優しさが はち切れる ひんやりと 腿から上へ這うもの 白紙のヴィーナス 時代の船から突き落とされて 波にさんざん弄ばれて 打ち上げられたマネキン 泡立つ嘲笑に尚もしゃぶられて どこから来たか国はどこか 詮のないこと もはや そこらの貝殻と同じく記号なのだ かもめが側に舞い降りる わたしは持ち帰って シャワーで洗ってやる 情欲からか ヴィーナスと名付けてみる 本物はつくりものの中にしかない 不純物を除き濃縮されたもの 現世の幽霊は 劇の舞台で形象を得た タトゥーのないヴィーナスよ おまえにルビを打とう ふるえる片言の心音 すべての夢は孤児だ 訪れる扉ヴィーナスよ わたしはおまえに身投げする 一個の孵らないウミガメの卵 輪廻する恋情の的のない嵐 ワイルドブルーベリー 不埒な錯覚だ スルスルっと狼する目走りで太陽の氷嚢を噛み潰す 初恋の血の味 詳らかな罪の淫らな活殺者 鎖鎌みたいにヒュンヒュン振り回される 残像的死夫人の美しき融解よ 硬直した白鷺シロップとホロスコープ的黒兎ギャロップで 摩耗して行く天然の回転ドアー おれのどアタマ すっかり慣れた手乗りの絶叫すら 博学な爆発物のコピーに過ぎないじゃないか 甘いせせらぎのモーニングを着た鍼灸ジジイの いかめしい近影がおまえの額から透けて見える いい年こいた制服主義者の丑の糞参りを待ち伏せて 大きな葛籠からかしましく 生き胆食いの占女が呼ばわるっているじゃないか もんどりうって逃げ出すジャッカルよ 麻雀牌の首飾りを落としたまんま行っちまえ 剃毛恥部へリズミカルにローションを塗って 明けても暮れても座して自慰に浸る案珍の群よ 地母神ヘクタールの地獄まで通じる貝塚の前で 無言のヘクトパスカルに球体化する小魚の群れ 赤ん坊言葉を人質に盗った似非バンドマン共よ 聞えよがしの如雨露で寂滅を注いで誰の下着を汚す気だ 百連発も奮発した髭なしマシュマロの祝祷とザーメン ジョーダンは吉本隆明よ!(吉増剛造でもいいや) さあ帆をかけろ 時代と袂を分かて 意識の裏っ側でサンバに乗って難破しろ 防災袋からキューピー人形と希望の缶詰を取り出して へそのピンを抜いたら三つ数えて投げるんだ 今日もまたアタマに浮き輪をつけて飛び降りるのか? 脱出と転生の常習犯  透けたクラゲどもよ おれはどんな男根にもまたがったりはしない カウボーイが買うガールにもまたがったりはしない トレーラー1000台分のインポテンツを土星まで運ぶ インポッシブルなミションに没頭する孤高のコオロギ スパイシーなミイラの伊達男だ 時を遡るジャムを塗った甲羅をメレンゲする そんなつもりはサルサもないキューバラムだ 科学雑誌より乾燥お化けをパイプで吹かすのを好む おれは万事において門外漢 思想に痴漢する者 呪いの伝統芸で崖っぷちへと煽動する ハーメルンの法螺吹き男 ハイヒールを履いた猫耳のピクピクだ ああ縞縞シンデレラに嫉妬して落下する皺皺シャンデリア 姫様の下着の空白が記号で埋め尽くされる時 おれの墓が興奮して大口でゲラゲラ笑い出した 逆巻く時間の中で膨らんだ光の膀胱からあふれ出す 退廃的体液は夜の街を宇宙船へと変える魔法の注射 おれの足が星空を蹴る   地球が落ちて来る      心平ちゃんみたい         でかくて黒いドット――                     《2021年8月14日》 ---------------------------- [自由詩]化生の夏/ただのみきや[2021年8月23日22時44分] 土に還らず 木洩れ日のゆりかごに 干乾びた夢ひとつ 蟻に運ばれることもなく ペン先でつついても カサコソ鳴るだけの 蝉よりも見劣りする 透けた単純構造から ふと零れる輝き   ――腐った雨水 蜜薬 夢を見た 雨音を聞く魚のように 微笑みは組み敷かれ綴り紐をほどき 祈りたちは脱獄し差し向かい死と語る 酒と独白に潤った 叶うよりも愛おしい密約の 頬を食む 吐息 ああ 夢は見た 自らの抜け殻と邂逅する蝉の戸惑いの弧 自らの味を知らない果実の淫らな子午線 まだらな愚行に尺取られた美粧による眩惑を 悔みを捧げながら吸われ続けた のけぞる魂 うす緑色の幼心が 苦い胞子に埋もれて行く音を食む音を 夢に見た 柔肌に弾んだサイコロが一斉に目を瞑る なにもかも向こうどこまでも綿花 豊満な虚無の乳房に寄りかかる 化生はわたしの真中へ還る 去る夏の日 キジバトの声 朝露に濡れたまま 蜘蛛の糸をすべる かすかな銀の光 日は燃えて 山葡萄は匂い 追い越して行く 翅の欠けたカラスアゲハ 汗をぬぐいもせず こどもたちは笑い しゃがんで草を抜く 老女の影は増す 情に乱れた雲 瞳の奥で音をたて 夕やみに埋もれてゆく バス停のよく似た男 灰になる一行のために 音楽が野山を駆けて来る 朝 一本の針がもえていた 世界から言葉が消えて 砲弾もミサイルも静かに 花のようにゆっくり開くのなら 朝の食卓を挟んで わたしたちは互いの姿を どんな御馳走より楽しむことだろう 最期のくちびるの仕草 美しい沈黙の激震 愛には手段ばかりが多すぎた 誕生日 死んだ息子のためには何もできない 儀礼も儀式も転化にすぎず 緩和のための自慰行為 記憶と夢想を捏ねまわし イタイイタイと泣きながら 無邪気にあざとく退行する 情緒絵巻の虫干し作業か だれも救わない だれも癒さない 忘却こそ恩寵 虚無こそ楽園 命日は憶えていない傷痕なんかない だが誕生日は今も大口を開けたまま 忘れる時は死ぬ時だ 生きて癒されるくらいなら 刺し違えてでも死んでやる そんな想いすら もはや息子には関わりのないことだ                 《2021年8月21日》 ---------------------------- [自由詩]ユーラシアの埃壜/ただのみきや[2021年8月28日13時15分] 泣きぬらしたガラス とり乱す樹木 細く引きよせて 下着の中へ誘いこむ 風とむつみ合い あお向けに沈んでゆく せせらぎも微かな 時の河底 陰影に食まれながら 缶ビールを開けて キャロル・キングを聞いていた はずだった 盲目の画家の中へ迷い込み 青白い耳の咲き乱れる庭を歩く トウシューズとコンパス 真水もなく南に咲き惚れた想いが 触られることのないまま月蝕を抱き 燃え狂う蛾に囲まれている 誰とでもうちとけ合う俗信の 華やぎが日増しに傾いで 波紋が犬のように薬缶を蹴った ああ秋の水たまり色をしたおまえの目 万象が高飛び込みを競い合う 磔刑にされた愛人の心臓 下腹部に沈む太陽 ふれることも叶わず熱を吐き 木の根が暴れ荒らしまわる 夜が破れてゆく 繕っても繕っても 火のように鳴りあぐね 帯をほどいて崩れかかる ゼラチン質の無言 けむりの肌に墨を刺す 不眠の嘲笑に似てゆく詩作 鍵穴に唇をつけてなにを囁くのか 草刈りの匂いに酔った午後 蔓は祈りハッカの額は捲れ 蝸牛は喘ぐ笛を欲しながら 書棚から身を投げる アンソロジーの死体 希望のようなものが蓮のように どこかで咲いたり閉じたりしている 青い地球は赤の他人だった 市松模様の上 言葉は齧り捨てられた鳩 パラソルの下 蜂に刺されながら蜜をなめる男にとって                  《2021年8月28日》 ---------------------------- [自由詩]玉手箱/ただのみきや[2021年9月4日14時39分] 忍路・蘭島 翡翠と書いてカワセミと読む そんな宝石が飛び去る刹那の後姿を 有難い気持ちで見送った 3500年前の環状列石は 見かけも手触りもありふれた石 そりゃあそうだろう 海の家は閉まり 穏やかな諦念 砂浜は 波のいいように身を任せている 散漫にサラサラ仕事をこなし 早めに引き上げる 縄文の恋人をひとり連れて 失語楽園 わたしは言葉を失っている そう 書くことはできる 事実わたしは言葉を失くしているが 言葉を失くしたわたしを言葉で描写することはできる 言葉を失くしてそうなったのか いや 初めからそうだ 自分の言葉など全く知らない見当たらない すでにある言葉を夢中でかき集めては バラして並べて積み上げる見栄えを気にしながら だが 言葉は機能する 見えないパペットを操るように だ 一個の魂のまわりに宇宙が形成される 子宮があって ゆり籠があって 棺桶もこさえてある が いつまでも生まれないし存在しない 不在を恥部として よさげな無花果の葉で覆っている わたしが抱いてあやしているわたしの魂 それは 産着に包まれた夜の欠片 浦島 きみはモダンな仏壇のよう 指先を凍傷で染めながら胸の留め金を外すと なま臭い蟹籠の向こうから吹いて来る 眼孔すらとうに失くした鈍色の視線があった 祭具のような硬い孤独を相続するために 遡る血がいつのまにか清水となって一枚の 死者の面影をくゆらせる青葉の影の乳房に 這い登ろうとする小さな爪がはらはら舞った 鳥は縫う問い返す間も与えずに 窪みの水は裂けた静かに乳飲み子の微笑みのように 甲羅を剥がされた魂はもぬけの殻 滓の匂いを懐かしむ自分の尻尾を追うように 潰えた声を宿す顔から零れ落ちるフナムシ 静けさは粒立ちながら広がって潮騒をも食んだ 打ち上げられた浦島は若い頃と同じ姿 きみは 虚空の銅鑼を鳴らすには非力すぎる筆に朱を宿す 全て空洞を宿すものには静かな違和がある 時間に対流と淀みが生じ木霊はずれながら巡り続け 蜃気楼が元型的死者たちを飾り踏む影を暗喩めかせる だがやがて空ろは空ろへと還り百鬼夜行は煙と化す きみの真新しいパンツスーツから線香の匂い わたしの情欲を投影した瑞々しい肉体が いま細切れの言葉となって散らばっている 人気のない海が突然唖になった俳優のように叫ぶ 浦島と乙姫に乖離したまま 割れた符号がいつまでも半分ずれたまま きみは真っすぐ歩いてゆく そのために必要な護符を自ら書き続けて                    《2021年9月4日》 ---------------------------- [自由詩]傷んだ果実の盛り合わせ/ただのみきや[2021年9月11日12時46分] 犬も食わぬ だとしても ただ己の生前供養として またも雑多な感傷を一つの籠に盛り合わせてみる 秋を想わざるを得ない日 繰り返される儀式として ひとつの面差し 睦まじくもつれ飛ぶ白い蝶と黄色い蝶 もう一羽 黄色が割って入る だがもうなにかが違っていた 日差しは濃い黄金 舞台の証明のよう 草木が風と戯れる辺り 瞑らせる だれかの口形へ 吸い込まれて行く 祈りに満たない気づきのもつれよ 少女化 取りこぼされた木の実のように 残照に馴染み 誓う少女の指先が折る千代紙のように 固く閉じてゆく 母という曖昧が曖昧のまま  互いが互いの夢のように 生は刹那の 雨傘でもなく日傘でもなく 天気雨の傘がある 老いに追いつけず少年は 太陽と虹の間に立ったまま 耳の裏をすべる子蛇と戯れる まだ見ぬ誰かの美しい目隠し 儀式 あなたの中で地団駄を踏む 幼子をあやそうと 小さな笹舟を流しました ゆるやかな束縛が愛だとしたら ああ水の帯に沸き返る光の鈴よ 容易く途切れ かつ不断の 一滴で致死量だった 涙の わたしたちは同罪の確信犯 笹舟は青いまま沈みます 浅ましさ 朝 メジロが死んでいた 亡骸を両の掌に包みこころに埋めた ヤマガラを埋めたこともある スズメも ムクドリもだ いつか芽を出して      囀る翼たち そんなことはなかった 草一本生えない凍れた土地 いつまでも行ったり来たり風だけが なにも見つけられずに泣いている                《2021年9月11日》 ---------------------------- [自由詩]最初から灰だった書物へのオマージュ/ただのみきや[2021年9月19日14時03分] 巨人の頭蓋の内側で 天井画を描き続けている 孤独なロウソクのゆらめき 舌の閃き いのちの虚飾 わたしたちは互いの羞恥をめくり合った どの顔も黒焦げのまま燃え残りくすぶり続け 追慕は灰の蝶 不文のまま堕胎した祈りの実存への擬態 ――あなたの オマエの 君の  泡立つ声 白濁した三角州へ 少女の髪より細く注がれたインクの縮れ と その青い凍結 ふわりとした鴉の事象ではなく時感覚 寸法も重さもない一抹の腐敗へ 捻じれ落ちる眼差し 白い封書 「不在在中」 毬(いが)の中で身をよじり 鈴虫の脚をもいで釣り糸を垂らす 裂果を濯ぐきよらかな睦言の カサコソした残り香 ああ愛はフナムシ愛はゴキブリ 青すぎる血の匂いは遠く星々をも掻き乱す ナイ宇宙 音楽的死ヨ とある輪廻の爛れた性器へ感嘆符も疑問符も与えるな 秋桜ゆれる四辻に わたしの頭を小脇に抱えて立つ 掻っ切るような笛の音よ 嘴も蹄もない愉悦の遁走者よ 生えたばかりの翼の芽は 見知らぬ大勢に愛撫され ほころぶことのないしこりとなった 季節への耽溺は 笑いながら腐れながら 遥かな空をゆくメダカの群れの乱反射 決して逃れられない掃討戦 静まった渦中で バラの発狂を値踏みするな 恋人は片言で喰え 蝸牛のようにわたしは瞑り剃刀の上で歌うだろう ヒマラヤの欠落から降り注ぐ 苦い天使の遺灰 破壊と創造の模倣者として ほどいては編み直す 青白い記号のもつれから ねめつけろ 処女の如く 通り魔の澄んだ得物となって                  《2021年9月19日》 ---------------------------- [自由詩]詩の歌声/ただのみきや[2021年9月26日13時11分] うたごえ・一 空気の花びらが散って 時折ほこりが舞うように 手をふって消える光の棘 うたごえ・二 その肉体は一本の弦だ わななきながらさまよって わたしの夜へとけて行く うたごえ・三 祭壇からスーパーボールがあふれ出す わたしは微笑んだ誰に向けるでもなく 美はリズミカルに氾濫する ああ詩のうたごえよ 美しく濁った空 歌には残り香のような余韻がある それはたましいの空ろに響く木霊 くりかえし求めるのは去り際の切なさ 震動と明滅 あの痺れのような 快楽への転化 感覚主義 じゃなくジャンキー きれいごとも吐露もすべて 微細な電流の呼び起こす 陶酔への生贄 目の横でゆれていた芒(すすき) 見定めれば まだ青々とした別の草ではなかったか いま見ている空は本物だが 空と書けばもう小道具 せいぜい美しく仕上げたい 油絵のように厚ぼったく 濁った空へ落ちて行け 初恋神話 二人はしゃがんで向かい合った 少年が両手で掬った水を零さないように差し出すと そっと唇をつけて少女は一匹の赤い金魚を吐きだした 金魚はゆらめきながらインクのように溶け あとには澄んだ水だけが残った 少年は目を瞑り一息にそれを飲みほした 少女の差し出した掌をしっかり捕まえて 少年はその清らかな水に一っこのビー玉を吐きだした ビー玉は青く澄んで白い渦があり輝いている 少女はきつく目と閉じて水といっしょにそれを飲んだ ビー玉が喉を通る時とても辛そうな顔をして 時が過ぎた 少年には何ものこらなかった ただ時折その水脈で火の魚が翻るような 何に餓えているのかすらも解らない欲求があった だが少女の海では今 青い地球がゆっくり体をめぐらせる 未分の夢に 母音でふれながら                     《2021年9月26日》 ---------------------------- [自由詩]徒然に散文的詠歎を/ただのみきや[2021年10月3日13時48分] 持て余すではなく弄ぶ 徒然に   雨垂れの独白を 聞き入るでもなく聞き流し 滴る血の鯨肉   アメリカの小説を想う コロナという病が流行り出したころ あおりを食ってコロナビールが生産を停止したと聞いた ところが今日行きつけのスーパーに 特別コーナーが設けられているではないか!!! アマリア・ロドリゲスの歌を聞いた時 当たり前のようにメキシコの歌手だと思った ブラジル音楽もよく聞いているのだから スペイン語とポルトガル語の違いくらい 気付きそうなものだけど ファドの歌手だと後から知った ポルトガルの歌を聞きながら メキシコのビールを飲んでいる 始めて飲んだがそんなに美味いわけではなく 原料にコーンが含まれているせいなのか 甘い気がする あと薄い感じも 数日前に息子が鯨の刺身を一柵買って来た 安価だったのは血抜きが足りなかったからか バーナーで炙りにして食ってみた いっそのこと今度は切らないで ステーキにしてみようと話した 小説「白鯨」の時代  アメリカの捕鯨船の目的は肉ではなく油だった だが小説の中で二等運転士のスタッブが自分で倒した 抹香鯨の肉をテーキにして食べる箇所がある 当時ではちょっとしたゲテモノだったろう 日本では珍しいことではない 子どものころベーコンと言えば鯨だったし 給食では鯨カツが出た となり街の小樽では今でも正月に鯨汁を食べる家が多い これもまたなかなか美味いものだ だからシー・シェパードの連中にはただただ 「血の滴る鯨は美味かった また食ってやる」と伝いたい 口の周りを血まみれにして だが血まみれの口もとが一番似合うのは 透けるような青白い肌をした女だと思っている 鯨ステーキにコロナビールではちょっと弱い 息子はビールを飲まないので焼酎かジンのロックが いいだろう 今年の夏はついついビールを飲み過ぎて 腹回りに肉がついてしまった また安ウイスキーに切り替えようか だが最近は蝙蝠印のラムも気に入っている 鯨肉から四日後 雨から二日後 リンダ・パーハクスを聞きながらこれを書いている さわやかな風が吹いてきて 音楽の外からは子どもらの声がする 上の階に住んでいる小学生の兄妹 それはとても可愛くない子どもたちで わたしはちっとも好きじゃない カメムシでも鼻腔に入って泣けばいいと思う もうそんな季節 文化が人を篩(ふるい)に掛けるのか 時代が人を篩に掛けるのか だがモノの見方なんて所詮は化かし合い 理解とは自分の頭に収まるサイズに直すこと クッキー型で穿つように奇麗にスッキリと 矛盾や都合の悪いものを切り落とすこと そうしてこじんまり仕上げた理屈の構造物を 言葉で出し入れして見せることだ 自他をそこに繋ぐためのお題目のように とっさの出まかせは正直だ インスタグラムと盗撮 タイトルさえ付けなければどちらが真実か 神は四六時中人を見ている 風呂もトイレもセックスも 頭の中も感情の動きも全て あきらめることだ 樹々の葉もたそがれて 今朝は日差しも少々荷が重いよう とんぼたちはゆるゆると とけ まじりはじめる あのあいまいなりょういき ほころびのかなたにある  こころのどこか シドニアではなく ピークドでもなく アニアーラだと思う わたしの乗ったこの船(たましい)は 鯨も敵も影も形も見当たらず 上下も左右もなく過去も未来も定かではない 虚無の真中の深淵へ      静かに傾いで                         《2021年10月3日》 ---------------------------- [自由詩]頭痛の種をつまみにして/ただのみきや[2021年10月10日12時31分] 換気 現実は醒めない夢 一生いぶかしみ 出口を模索する 後ろで窓が開く 気配だけが淡く恋 かくれんぼ 風もないのにブランコが揺れた 瞳の奥の赤錆びた沈黙 死者の睦言 耳たぶを咬んでぶら下がる邯鄲(かんたん)の声 黒電話のダイヤルを回す 少女のようなハンカチに包まれた 冷えた臓物に脚が生え 休耕地から這い出した 祖父母の影が踊っている そわそわ斑にうず巻いて 闇に舐られる供物の乳房 風もないのにブランコが揺れた 誰も彼も隠れたきり 鬼灯みたいに透けて ぼんやり赤子が灯っている 自慰に殉じる 乾いていく泥の上 つがいの蜻蛉(とんぼ)が産み落とすもの 溺れながら影をあやして なぞるように壊してしまう ――あなた 見たことも聞いたこともない何かの欠片を握って 夢心地――そんな所在もない墓標を故郷のように 風葬花嫁 つよい風がわたしを抱きすくめる 目も開けられず翻弄される 突き飛ばすようで尚もわたしを抱いたまま 油壺でも砂糖壺でもないこの器から 灰を全て攫(さら)ってゆく ごうごうと鳴り響く中に囁きがあった ――それが最後 終止符もない広い余白どこまでも高く                《2021年10月10日》 ---------------------------- [自由詩]なんじゃらほい/ただのみきや[2021年10月16日15時11分] 胡桃の中身 感覚と本能の間 奇妙な衣装で寸劇を繰り返す二人 台詞を当てるのは 土台無理なのだ 虎はいつだって喰いたい 馬はいつだって逃げたい やがて波打ち際 血まみれの馬は海へと還る 虎は狂おしい唸りを上げて 砂を引っ掻くのだが 幽霊のように足跡ものこさない 曇った鏡を指で拭う 生クリームと苺で飾った顔 気付かぬ訳もないのだけれど 針が止まっても 時計は坂を転がり続ける 失くしたものは ちゃんとそこにあって 刺激を待っている 古い虫食いの穴に 今も闇だけが潜んでいる あきらめという秘蹟 秋に彩られた手稲山のふもと 高台の盛土を支えるコンクリートの壁を ナメクジが登ってゆく 朝の陽射しにぬれながら ちょっとエッチに登ってゆく ゆっくり ゆっくり  でも以外とせっかちさん 凹凸に身をよじりながら ああ 壁はまだ5メートルもあるのに ぬるぬるぐいぐいぬるぬるぐいぐい なにが彼(彼女)を狂わすのかしら いやーん大蛇に変身したりして と思いきやその身をグニャッと弧に ――おい! 降りるのか?     ここまで書かせといて? 昆虫にはないが ナメクジには脳がある その魅力って 秘密には目も鼻も口もない わけではなく ただ 満面のすまし顔 どこかしら破裂の予感 秘密はもぎ取られた果実 見た目以上に 言外の含みが滴って だが食せばいやはや味気ない そんな秋・? 色づいて 色を失くして つめたい吐息による火葬 ひとつのバイオレンス 物語は虎の威を借る狐が羊の皮を被った狼に ちょっかいを出すことから始まる そしてクライマックスは鬼の面を被ったいい人が 人の皮を被った鬼畜と対峙すること 「どうやらきさまは虎の尾を踏んだようだ 「おまえこそ眠れる獅子を起こしちまったのさ 「飼い犬に手を噛まれるとはこのことよ 「ゴメンあたし猫をかぶってた 「猿まねしやがって 「このブタ野郎! 「ああっ女王様! 「いいじゃないか人間だのも 「しかたがないね動物だから 記号カースト 「どうしたら詩人になれるでしょうか 」 「なるほど呵責なく自己陶酔に浸るための免状として 世間からも認知されているという記号が欲しいわけですね  荷物につける荷札みたいなやつを」 そんな秋・? しずくは太陽を灯し 叢にちらばっていた 車の窓をひとつ叩き 行ってしまった雀蜂 路の先に開かれた山 深い空を湛え 樹々の色味の総和に 瞳はつめたい旗のよう 手探りしている 傍にあったはずの何か 雨一粒だけ 風の枕にうつらうつら 七草に 数えられないその草の あっても呼ばれぬ名                  《2021年10月16日》 ---------------------------- [自由詩]指さす先になにもない/ただのみきや[2021年10月23日16時27分] 休日は地獄耳 落下する電車の静けさ 天井からぶら下がっている こめかみの光 カミキリの声 傾斜し続ける 声の影 ぶどう酒色に濁った季節 腕をひねり上げる   自由――自己への暴力         あなたの少しもじっとしない輪郭         言葉にする前に舌を焼いた         蝋で固めた太陽がレモンに変わる         思い込み――ロマンチックな包み紙         まさぐる手から偶然が逃げ出した         夜ベッドは難破する わたしはとは混沌であり 形も定まらないひとつの惑星そして いつの頃からかそこに住み着いた 微細な理性――バクテリアである たとえるなら 《朝食――海から生まれた林檎 群れる鴎を追うように 天から巨大な手が伸びて来て ひとりの少女に凍りつく――時間》      ということとよく似た他人         もてあますのは感情でも欲望でもなく         剥離し続けるクロッキー         空に焼べられるハミング         静物の陰         万華鏡の底へと突き落とされた         盲人の雲に包まれた片目から発芽する         踊り子たちの無言の剣幕         朝ベッドは座礁する 頸動脈に押し当てた強いSの発音 陽気な死者の祭り 瞑ったままの目配せ 破綻したイズムと奇譚のリズム きのう改革印のハーブをくゆらせて 麦酒を飲んでいた男の鍵は 階段を踏み外して過去へといってしまった それでも生臭いその尖塔に プロジェクション・マッピングされている 太陽/月の暗喩 スフィンクス的沈黙 キスそして鈍器 行方知れずの女の顔         青い光の檻で飼われていた         兎たちは皆ウイルスに感染した         浮腫んだ思考 油膜の世界         モザイクを外せない情操教育で          吊るされる心臓         片言の痙攣         乾燥した儀式の吸音         女の吐き戻した童話から起き上がった戦死者の群れ         永久凍土の薔薇         こうしてまた思想は春をひさぐ 死の輪郭を唇で推し測る 旅――メロディアスな言葉への瓦解 古代の戯画が虹を叫ぶ 付箋のように 目隠しのように 延々と続いた不妊の儀式 小鳥のつくろい 煙の仕草 帽子を目深に被ったまま 男の笑いは地図の空白を長くさまよっていた 未完のまま放流される歌の稚魚たち 裳裾の捲れたオフィーリア 視神経を遡上する針の巡礼         少女の起立する青いマグマ         青いザクロ 青いアワビ         そして青々としたマゾヒズムの丘で         固い自己否定の誓約のもと         投石機に結わえつけられた恥部が無数の         キャッチ・コピーのタグを付けられて         刺し違える的もなく生乾きのまま         行きずりの快楽的憐憫を浴びていた         青い全身骨格は標本になれない         宇宙が剥がされても標本にはなれない         真を夢として放逐した         したたるモノクロの青 人形に内包された時間 彗星になれなかった時間 生垣を潜り抜けて父性をチラつかせる時間 わたしもまた死産の太陽を吐き戻す ひとりの売春婦にすぎない 記憶に響くパイルドライバー 国家という茶番劇を鑑賞しながら そこに蠢くモブとして己を見つめる時間 絵画展よ 肩ひもを外せ 仰け反った季節の淫らな感傷に そのピアノ的氾濫 裸体の寸劇に 咬まれて破顔する金魚鉢よ けだるい種子たちの囁きに走り回る 霊媒師の尻の語感に この放蕩に名をつけろ あなたの不機嫌な口もとの(,) ひとつの朝を捲り続けるもの                    《2021年10月23日》 ---------------------------- [自由詩]知らずにもとめて/ただのみきや[2021年10月31日13時12分] 習作たちによる野辺送り 鏡の森から匂うもの 一生を天秤にのせて つり合うだけの一瞬 混じり合い響き合う ただ一行の葬列のため  * 軒の影は広く敷かれ 植込みの小菊はしじまに爆ぜる 立ち寄ったホウジャクは口吻も見せず かすかに傾く 夏へ逃げ出した蝶の影  * 幼子のやっと結んだ手が ゆび指す先 こすずめに 桜の落葉あまりに紅く 凪ぎにゆうらり戯れて  * 雨音に糸を通し つれづれに綴れ織る ぬれて燃え立つ秋の緋に ふれる指先 ふるえる光  * おとなしくいとけなく 夢をふくんで眠る子へ 去り往く虫の音にも似た 祈りの色味 ことの葉は 風もないのにはらはらと 土に還らず  天に上らず  * 日に日に火の葉のふり落ちる 桜枕にあてもなく 窓に吐息を寄せながら 酒のあいては人ならざるか  * 銀杏は黄色い小魚の群れ 風の大魚にはたはた怯え 蔦は真っ赤な貝 銀杏の幹に絡んでじっとして  * 冬眠しない虫たちは永眠もしない 有機物から無機物へ 人のこさえた網の目を 人を捕えて放さないあの網を 苦も無くさらりとすりぬけて  * 墓石はなにも告げない 黄昏に照り返し 風の輪に落葉をつづる つめたく固い肌 なぜかふと抱きしめたくなる かつてのどこかの誰かさん 御影石のあなた 国政選挙 政党は二つ 甘党と辛党 甘党の党首は言う 「今は悪くてもこの先きっと良くなるから 改革変革どんどんやりましょう」 辛党の党首は言う 「今はまだ良いがこの先もっと悪くなる 手堅く慎重に継続していきましょう」 そんな二つのパペットを 右左の手にはめて 国民の集合意識はカニ歩き 「もう何年も後退しっぱなしじゃないか! 「ちがう良く見ろこっちが前だ 目下前進中 「前も見ないでよそ見して 自分でもどこへ向かっているか分からんのだろうが 「いやいや正面をしっかり睨みつつ  横へ横へと身をかわし続けるって寸法さ 混濁愛 詩は誰かの切り刻んだ心 言葉として遺棄された死体 別の誰かが反魂術を試みる そうしてどこか自分似の ゾンビを愛でて悦に入る すべては 空を斑にうめ尽くす暗い雲の隙間から かすかに金粉を含んだ冷たい青が沁みて来る この両眼――縫合されることのない太古の傷へ あるいはここから生まれたか すべて 見上げるしかない無言の傷口から                  《2021年10月31日》 ---------------------------- [自由詩]ひなびた温泉宿で芸者の幽霊と興じる真夜中の野球拳あとひと息あとちょっとで/ただのみきや[2021年11月6日23時27分] 破産者の口笛 あなたのうなじの足跡 夢からずっとついて来て 真昼に座礁した 摩耗してゆく面差しの焔 古びた空想科学 瞑る金属片の美しさ 叶わないで狂うわたし 鏡の海に爛熟の魔を隠して 破顔――青く迸る秘め事の 呼び戻す術もない燃え滓に しこたまの酒 月下の蘭を咀嚼するカタツムリ たましいの脱皮 極々稀な 凡(およ)そ 生きて出会えそうもない一行に 残りの全てを上賭けして とあるキリスト像 愛は天恵 窪みにたまった雨水 やがて乾くもの 悲しみは泉 滾々(こんこん)と湧いて 涸れることを知らず 世の全てが異を唱えようとも わたしが喉を潤すのはこの泉 膝をついて ひれ伏して 四つん這いの犬のように 傷口をなめる獣のように ただただ無心に貪るように 痛みは巡る金の糸銀の糸 愛の配給を待ちわびる長蛇の列 ああ愛の貧民たち 愛の物乞いよ あきらめよ 悲しめ そして知れ いつまでも満たされず いつまでもそうと知られず 奪われ続けている 傾けられて注ぎ出すだけの器 天と地のはざま宙吊りにされた 空虚な器 あの焦がれ中毒死させるほどの 愛の残像を 息白く 熟れた光が残像を焼いた 魂のあらん限りの叫びは 声を持たず 自らを焦し ただ薄く 薄っぺらく 濡れて つめたい 歩道にはりついた うつむくあなたの爪先へ 小春日和 ななめ上には絡まった すずめたちの噂ばなし そっと産毛を撫ぜる 秋は今日 とっても女神 さて 明日のご機嫌は              《2021年11月6日》 ---------------------------- [自由詩]いのちの湿度/ただのみきや[2021年11月13日13時46分] 寒さがやさしく悪さして 濃い霧がおおっていた 蜂のくびれにも似た時の斜交い あの見えざる空ろへ 生は 一連の真砂のきらめきか 四つの季節ではなく 四つの変貌の頂きを有する女神の なだらかな乳房 太陽の燃え滓がくすぶっていた ――帰るって? 幼い自分の手を引いて一体どこへ この秋の涙腺に口をつけて吸う者よ 雨は黙し 松葉は湛え切れず つめたい雫 日差しはそぞろ目を反らし あの気化した銀の輝きはなく 絹のように光を吸って瞑る つめたい雫 ぬくもりよ 睫毛は鏡の向こうに仕舞い切れず あからさまに        たんたんと             止めどなく 紙の舟 紙の仮面  まだ目も開かない子猫を 丸めてこさえた心臓で 降り注ぐ悲しみから濾過しても うまく繋げずこぼしてしまう 机の上の蒼いビーズ すべてが虚構のような 若き日の涙に 人はふたたび頬を濡らせるか 意味もなく美しい 美しいものは全て 蟻はきょう日差しも背負わず 尽きることのない雨の戯言に 物狂いを演じている あの文字の結び目を解いた時 あなたはどんな顔をしていたか その開かれた角度になんの意味も持たない 壊れた置時計だったろうか 鼻腔深く喉の奥まで血の匂いがする 傍に一羽のアオサギが静止した 石を投げるには 憎しみは摩耗しすぎていた 誰かが景色に投網をかけても 風のようにすり抜けて 地から足が浮き上がったまま サギの眼差しを愛し始めたころ それが枯れ木の節くれであることに気付いても 縫い付けられたこころは 裂けても千切れても蜜のしたたり 肌に呪を刺す清姫の恋 毒々しいほど科をつくる朝焼けに ぬいぐるみの瞳が白く曇っていた 死者の冷気と生者の体温がもつれ合う 仄暗く 時計もない 長靴の中にもうずっと 跳ね脚の 一本もげたコオロギが静物となって やがて日差しは低く地にたゆたい 去り際の黄金をまき散らすだろう 病者のまどろみの中で 裸体の死にはなにを着せよう 粗末な貫頭衣 火炙りにされたジャンヌのように 裸体の死にはなにを着せよう 哀しいピエロの衣裳か 不器用な子どもの手が水玉を描く 裸体の死になにを着せる気だ 病名か 症候群か 餌場で囀る飛べない鳥たちよ いったい裸体の死になにを着せる 男どもの情欲か ああ 聖なる淫売 悟りある少女と崇めて 裸の死になにを着せるのか 見世物小屋の蛇娘 肌に刺青したダーツ・ボード 裸の死になにを着せるのか うつむいて喋れない 目の悪い 娘のままの 裸の死にはなにも着せるな ことばの滓は今生に捨て置いて 魂よ初期化されよ 命よ死によって透明になれ                  《2021年11月13日》   ---------------------------- [自由詩]演者たち――眼差しの接吻/ただのみきや[2021年11月20日17時36分] 声の肖像 どこかで子どもの声がする 鈴を付けた猫がするような 屈託のないわがままで なにもねだらず行ってしまう 風がすまして差し出した 果実は掌で綿毛に変わる ぱっと散った 光 死語の鍵穴 鍵を失くした子どもが泣いている 家に入れなくて泣いている 鍵は首からぶら下げている なのに気付かず入れない 泣いて哭いて小鬼になって 鍵を失くした別の子を誘う 鬼になって家から出れば 楽しいことが山ほどあると 泣き腫らして目は真っ赤に燃えて 黄昏に影だけが伸びてゆく 夜に慣れたころ角や牙が生え 鍵のことなど忘れてしまう 鍵っ子にした親が悪いのか 否 鍵なんてそんなもの 開けるというより失くすもの そこにあっても見つからない 交通安全の―― 旗はおよぐ 風を 光を 一身に 曖昧な一点の 竿をつかんで何処へも行けず 旗はおよいだ  時を 瞳を 懸命に 受けては流し照り翳り その身を縞に巡らせて 真夜中に風が死んだ おのれの卒塔婆をつかんだまま しおれた黄の花 文字は闇夜にすっかり化けた 報い 死への変化は急でもあり緩慢でもある あらゆる死を見つめ続けよ 詩を読むように死を読め 孤独な誤読に怯え続けろ 報いを受けるのだ 自らの終りの一行 予定調和を超越して美しくもない 詩である死の必然として 詩作はすべて刑罰の 習作であり戯れの遺書ではなかったのか あきらめよ 詩人に逃れる術はない 主義も主張もただの脇役だった 愛も家族もトラウマも 詩への贄 記号へと変えてしまった だがわれらは灰 記号から引き剥がされて 死の門口の暗いくびれを滑り落ちる そこにもう夢想はない 立ち上がる音も意も なにひとつつながらず 耐え切れないほど静かな 永劫――詩人の末路 スナップショット ニット帽から眼鏡まで真っ白い髪を晒し 女は坂道――背丈ほどもあるまだかろうじて 色味を残した紫陽花の前――立ち止まり 足場を確かめるように何度も 濡れた落葉を踏みしめている 去り往く季節の残響  明け方の濡れた土の匂いを 霧のような肌に包むまだ荒らされていない朝 カメラを構える女 手は二匹の華奢な蜘蛛 レンズの角度は紫陽花を越えてすぐ先の 低地に広がる公園のすっかり葉を落とした樹々 あの黒々とした絡まりに鳥でも見ていたか それともその向こう夢からまだ覚め切らない様子 白い無表情で立ち尽くし光物をチラつかせる あのビルに何かを感じたか だが女が見ているものをわたしが見ることはない わたしが見ていたのはカメラを構えた女であり 女が見ているものはいつもいつまでも謎のままだ そして女もまた知らない 自分がこのように書かれていることを いつもそう たぶん いつまでも 紫陽花 うつろな眼差しの接吻に   かわいた紫を絞り出す           あじさいは     日に日に深く秋をわずらい    暗く 濃く 光に沈む           踏みしだかれた             霜の匂い 孤独の標本 光を背にして黒々と樹は冷たい虚空に触れ その影もまた濡れた芝草のうねりを這った 空にはなにもなく風すら死を模倣した 大地は確かにあった だがいくら触れても影はなにも感じなかった 文字にすることで瞬間は永続する 水晶より硬い静寂                      《2021年11月20日》 ---------------------------- (ファイルの終わり)