そらの珊瑚 2020年8月7日10時20分から2022年4月16日7時40分まで ---------------------------- [自由詩]八月の紫陽花/そらの珊瑚[2020年8月7日10時20分] 何かおかしいと思うことのひとつは 庭の紫陽花のことだった 八月を迎えても その子たちは いまだつぼみのままである 長すぎた梅雨のせいで ウエハースはたちまち湿気り 紫陽花は許容力をはるかに越えた水分を 細胞に蓄え過ぎてしまったからかもしれない  さらには花を咲かせぬ新種の花か などと 考えてみる 或いはそこだけ時を止める魔法を浴びたとか 今さら 魔法使いにも植物学者にもなれないし 何者にもならずとも みな等しく死んで行く 時おり 造花であったかとあやぶみ 指先で触れて確かめてみる 硬い命のありかのありなしを ---------------------------- [自由詩]こもれび盆/そらの珊瑚[2020年8月15日13時13分] 東の国の光が 樹々のさやさやに濾過されて 薄いカーテンにまるく形作られる あれらは宇宙から帰ってきた魂 風が吹くたび わずらいから放たれて踊ってみせる おばあちゃんのことで覚えているのは 千ピースのうち ほんのわずかで穏やかな数ピースだけ 声と おばあちゃんになってからの顔 人を形作るにはとても足りないね ある年 おばあちゃんは迎える人から迎えられる人になり ある年から あたしはお帰りなさいと言う人になった ---------------------------- [自由詩]暮れるのがはやい/そらの珊瑚[2020年9月30日15時36分] 白くてぼんやりしている一日 読みかけの本は表紙から冷えていく 犬はどこどこ毛を生え換わらせるから 死んで右往左往している夏の毛を集めて 新しい子犬として 毛糸玉に魂を吹きいれる魔法の息を 遠く 草刈り機のうなり どこかに行くわけでもなさそうなのに 命はみな急ぎ足 刈られていく 夏だった草たちの 死んでいく名前のない熱 時折 石にぶつかった刃の金属音が混じる 欠けたその石のかけらが ひそかに子犬を傷つけ 小さな血を流したとしても それに気づくには 暮れるのがはやい とてもはやいね ---------------------------- [自由詩]秋の窓は刹那/そらの珊瑚[2020年11月6日10時25分] Mrs.アリスの物干し竿には 百年前から着古したシャツやらが のんきにぶらさがっている 逃げたカナリアの幸せを祈り 野良猫は低く鳩を狙う 公園はひっそりと 今日も来ない子どもを待っている 秋の命を 吹き込まれた樹 赤、オレンジ、黄色 さやかに燃えたっている 無数の手を伸ばし こがれているのは、空 空へ 空へ 明日かあさってか そう遠くない未来に 空へ墜落する ---------------------------- [自由詩]きのこは愛なんか歌わないけれど/そらの珊瑚[2020年11月6日12時08分] この世でいちばん大きな生き物は何だとおもう? 暮れゆくばかりの秋の問いに ふとたちどまる たちどまることは忘れがちだけれど 時折とても大切だから スニーカーの靴底で きのこをおもう 大地いっぱいに 伸びたきのこの根っこを それは土に浮かぶふね タイタニック号幾億隻分の 巨大なふね アスファルトの下には土があり そこにだって 触手を 細くはりめぐらせている 陽の目なんか見なくても この世でいちばん大きな生き物の上を旅する 透明な手を繋いで でたらめな歌をくちずさみながら 明日閉店する本屋へと ---------------------------- [自由詩]夏をしまえば/そらの珊瑚[2020年11月26日13時55分] 麻の半袖ワンピースを さっぱりと洗い 捨てる時を伸ばし伸ばしにしていた サンダルに永遠の別れを一方的に告げる 風鈴は日曜日の新聞紙でくるみ 青いペディキュアを消す 扇風機の薄い羽根に ふりつもった塵芥を洗いおとして どうやら間に合ったらしい 本当の風の匂いをかぐ 冬がやってくるほんの少し前の ---------------------------- [自由詩]冬猫/そらの珊瑚[2020年12月12日21時55分] 雨戸を閉めようとすると 足音もなく猫がやってきて そのレールの上に座る 木製のレールは 約束されていたようにすでにささくれだっていて 座り心地はおせじにもいいとはいえなかったろうに 猫は 殺風景でさみしげな庭を見ていた もうすぐ夜におかされていく庭の顛末を 祖母と雨戸は 猫の気のすむまで待ち続けた 唯、時計の針だけは待たなかった 猫は名前を持っていなかった 命の他にはきっとなんにも 冬生まれの猫だから きょうだいはみな大人になれずに死んでしまった この世の猫の生き残り ---------------------------- [自由詩]冬の散歩道/そらの珊瑚[2020年12月29日11時58分] おだやかすぎる静止画 雲さえ止まってる コンビニまでならんで歩く とうに背を越していった娘の中に 小さな娘が見え隠れする つかまらない鬼ごっこ 今日の空から降ってくる光は 束になって いっとき誰をも平等にあたためる 遠くて近い暖炉みたいに 生きている者にも 生きていた者にも 道端で枯れた猫じゃらしにも 葉脈だけになった落ち葉にも ひかりまみれてここに在る さかのぼった時間に 今も息づいているのは なぜかやさしいあれこればかり かなしいできごとでさえ 魔法をふりかけられて砂糖菓子になる それはうそ かなしいことはいまもかなしい だけどゆるされている そんなうそたちであたためあって いしころばかり拾い集めて すっかり重たくなったポケットを裏返してみる ひとつ、ふたつくらいは きせきのような虹砂になっていやしないかと それは とてもささやかで小さくて あっけなく風に吹き飛ばされてしまうから 風のない 冬の散歩道で 探してみるのがいい 探してみなくたっていい ---------------------------- [自由詩]シュガーレスの沼/そらの珊瑚[2020年12月30日11時51分] 安心して 砂糖は入っていないから、と鳩がささやく なのに甘いのはどうしてなんだろう さがしてみたって見つかりっこない にごった沼 シュガーレス 脳内で変換された甘さ 日々何かに誰かにあざむかれ 知っていてだまされたまま もうすぐ新しい年が来る 使いの鳩は 沼面すれすれに羽ばたいていく ---------------------------- [自由詩]小箱/そらの珊瑚[2021年1月7日15時16分] 普段は気にも留めないのだけど ふと気づくと 時があっという間に過ぎている それにはしっぽも前髪もないので つかまえることができない 天気予報では雪だったのに 外れてただ寒いだけの日になり やっかいな雪が降らなくてよかったとほっとする ああ、ざんねん 小箱の中で少女が叫ぶ そうだった 雪を心待ちにしていた私がいた 雪だるまにまた会いたかった すぐさよならがやって来るのに さよならくらいへっちゃらだった 過ぎ去った時間は 消えてしまうけれどなくなったわけじゃない それらはみんな 静かでおしゃべりなこの小箱の中へ ゆきのかみさまえ・・・ そんな出だしから始まる手紙が舞う 泣いてるような 笑っているような 溶けかかった雪だるまの顔 さむくてあたたかい みんな水に還る前の永遠の冬の日 ---------------------------- [自由詩]あわい/そらの珊瑚[2021年1月23日15時41分] 昨日から 降ってはときおり止んで 降り続くから 朝か夕か分からなくなる 冬の雨は うすぼんやり温かい 雪になりそこねた雨に ずっと昔にも出会ったことがある 時間のあわいのような色の 折り紙の束を 少しずらしてぱらぱらとつまびく 本当の黒も 本当の白もなく 新しい紙なのに 古びたにおいがして 昨日から犬をおばあちゃん、と呼んでいる 犬は混乱しているだろうか それとも 新しい名前(仮)になど耳もくれないのだろうか おばあちゃんになりかけた犬から 古びたにおいがしていて ---------------------------- [自由詩]そういえばキミはバイキンマンが好きだったよね/そらの珊瑚[2021年2月15日15時14分] 幾重にも重なったチャコールグレーの雲模様 ハッヒフヘホー バイキンマンが登場する定型場面みたいな 重すぎて緞帳になれなかった布地みたいな そんな今朝の空を額縁にかける やがて大粒の雨 屋根で踊る小人の楽隊 にぎやかなしづけさを打つ音符 それも一時のこと 録画しておいた映画を見終わる頃には止んでいた 天気予報通りになぞられた冬の終わりの 何でもない日の 何でもないこと 日常とともに季節はあり 季節とともに日常はある 日常がいつか失われても 季節はきっと素知らぬふりで続くだろう 犬が散歩の途中で  しつこく草の匂いをかいで 昨日の自分を取り戻すように 風の匂いを くぐる かいでみる 始まったばかりの宇宙の片隅で 微かにかびくさい土塊のような 春の匂いよ 生きてふたたび 何でもないことを重ねては 触れてかぐ ---------------------------- [自由詩]対の羽/そらの珊瑚[2021年4月17日13時28分] 春の約束 永遠に叶わない約束 散るときを知って 失墜しながらそれでも 対の自分をさがす さがし逢えたら手を繋ぐよ ひとのまばたきより短い時間を使って もしも一対になれたら 空へはばたかせるよ 風との約束 今年も果たせなくて 花びらで埋まった白い道を 歩き始めたばかりの小さな足裏が踏んでいく その頭に偶然着地したひとひらを載せて 奇跡のような日常茶飯事 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]明日、世界が終わる/そらの珊瑚[2021年4月27日12時53分]  白夜はいつも寝不足になる。  夜になっても沈まない太陽のせいだ。こんなあたしでも人類の、はしくれ。太陽の光に含まれる活動エネルギーが、自律神経を乱れさせてしまうのだろう。 「おはよう、リンダ。また眠れなかったの?」 「おはよう。母さんはよく眠れたみたいね」 「それは私が年老いた証拠よ。睡眠と死は似ているの。肉体が死に近づいた分、夜はぐっすり。そして遠くない将来、永遠に目覚めない朝が来る」 「やめてよ。そんな話、聞きたくない」 「いいえ。ちゃんと聞いてちょうだい。大事なことよ。そしたらあなたはひとりぼっち。ねえ、リンダ。あなたは、もう十八歳。クローニングしてもいい年だわ。大丈夫、心配ないわ。クローニングなんて簡単な事よ。指の先の皮膚をほんの少しこそげ取って、培養シャーレの中に入れるだけなんだから。そう、とても簡単ことよ、命のもとを作るって。だけどその先、ちゃんと命が産まれるかどうか、それは神様しか知らないこと。奇跡を祈りましょう」   便宜上、あたしが母と呼んでいるヒトは、私のクローンだ。   大昔、地球に蔓延した殺人ウイルスによって、ほとんどの人類が死んだ。ただ、そのウイルスは寒さに弱く、よって南極と北極の基地にいた人々だけが生き残った。 「クローニングという手段を選ばなかった南極の人たちは、消滅したのよ」 「はいはい、知ってるわ。永い間に人間のオスは淘汰されたんでしょ」 「そう。北極も同じだった。メスだけで命をつなぐのには、男女の生殖を伴わないクローニングしていくしか選択肢はなかった」  私たちは最初にクローニングしたその人を、イブと呼んでいる。この世界にはアダムは存在しないのだ。 「わかったわ。脈々とつないできたイブの命を私で終わらせることなんて、出来ないもの」  クローニングを繰り返したせいで、あたしたちは短命だった。老いが駆け足でやってくる。三十五歳の母の顔には深い峡谷のようなしわが刻まれ、かつて黒かった髪はほとんど白い。  あたしが産まれる前に存在していたという母の姉妹たちは、いずれもクローニングに失敗した。そしてとうとうあたしと母は人類最後の二人となった。 「ありがとう、リンダ。じゃあ、朝食にパンケーキでも焼こうかしら」 「メープルシロップもかけてね」 「オッケー」   テーブルに焼きたてのパンケーキが並べられ、今まさにそれにナイフとフォークを入れようとした時だった。コツコツと音がしたので、見れば八咫烏(やたがらす)のジョンがくちばしで窓を叩いていた。窓を開け、彼を迎え入れる。 「どうしたの、ジョン。こんなに朝早く」 「ハーハー、やっとこさ息がつける」 「あらあら、朝食を一緒にどう? ジョン」 「ありがたや。何しろあわてて飛んできたんで、もう腹ペコで」 「何をそんなに急いでるの? 時間は逃げやしないわ。ただ去っていくだけ」 「神様からの伝言を早く伝えなくちゃって思って。またいつブリザードになるかもしれないからね」   母が、水を入れた硝子のグラスをジョンの前に置いた。それを2,3回飲んだあと、ジョンは口を開いた。 「明日、世界が終わるそうです」 「どういうこと? 地球が消滅するってこと? まさか太陽が爆発するとか?」 「さあ、詳しいことは知らない。おいら、ただの神様のメッセンジャーなんで」 「そんな……。神様はあたしたちを見捨てるっていうの。助けてはくれないの?」 「お言葉ですが、神様は一度だって誰かを助けたことなどありません」  なんて薄情な。でもそうかもしれない。かつて殺人ウイルスが人々を襲った時、助けてくださいと願った人間の祈りを神は叶えなかった。「死なないで」と叫んだ母親の胸で、息絶えた幼子を、神はどんななまざしで見ていたんだろう。 「ああ、ああ、そうですか。そんならこれ、返してもらうわ」  頭にきたあたしは、ジョンに取り分けたパンケーキをフォークでぶっ差し自分の口に入れた。 「これこれ、リンダ、意地悪はおよし。ジョン、ご苦労だったわね。ありがとう。で、世界が終わったらあなたはどうするの?」と母が聞いた。 「おいらも終わる。ジ・エンドさ。神様だって同じ運命だと思うよ。神様は人間が作り出した概念みたいなもんだから、人間がいなくなったら消滅するんじゃないの?」 「ひとつだけ、生き延びる方法があるわ。ノアで宇宙へ飛び立つのよ」  母の頬が少女のように一瞬薔薇色に輝いた。 「母さん、ノアって、あの伝説の宇宙船のこと?」 「ノアは工場棟に実在するわ。A.Iロボット達によってメンテナンスもされてるはず。リンダ、パンケーキを食べたらノアで地球を離れなさい」 「母さんは? 母さんは一緒に行かないの?」 「私はもう死期が近い。宇宙の塵になるより、ここに残って地球の最後を見届けるわ」 「だったらあたしも行かない。ここに残る」   母は私の頬をつたわる涙を優しく指でぬぐった。 「あなたは私よ。だから離れていたって、いつだって一緒。それでもさみしいなら、そうだ、ジョンを連れていけばいいわ」 「ええっ、おいら?」 「いいじゃない。どうせあなたも八咫烏の最後の一羽なんでしょ。ノアの中で、クローニングしながら生き延びることもできわよ」 「うーん、あんまし気が進まないけど……毎朝パンケーキ焼いてくれる?」 「パンケーキくらい焼けるわよね、リンダ」   あたしには、うなずくしか他に選択肢はないように思えた。   行先のない旅。  未知なる怖ろしさが洪水のように押し寄せて、それでもノアは進む。   だけど宇宙のどこかの星に不時着する可能性はゼロではない。  世界の終わりは、新しい世界の始まりにつながっている。    イブの末裔は案外しぶといのだ。   ---------------------------- [自由詩]再会/そらの珊瑚[2021年6月3日15時09分] おととい 小さなせせらぎを見つけて 家に帰ると 網戸に黒い揚羽蝶がとまるのを見つけた そして 蝶も私を見つけた 気配の優しさ 遠い記憶の静かな切なさ 完璧な蝶の姿で 再び会いに来てくれてありがとう きのう また蝶は 同じ時間 同じ場所にやって来て 私はそっと網戸を開けてみた おいで さあ、部屋に入っておいで けれど蝶は空へ舞い立っていった 今日はもう誰も来ない いつか私も人でなくなり 完璧な蝶に生まれ変わったら 会いに行くから 捕まえられたっていいし 魂だってあげてもいいよ ---------------------------- [自由詩]氷流/そらの珊瑚[2021年6月25日8時24分] 夏の夕暮れの そこは片隅 母の白い指のすきまから 転がり落ちた ひとかけらの氷のゆくえを追った 蝉の声が遠のく 逃げていく蟻の触覚 氷は崩れ、いつか傾く 音もなく あとかたの水 ゆっくりと自らを手放していく ああ、これは死ぬということ また 繰りごとのように夏が来る 板張りに横たわると みぞおちを ひとすじの冷たい真水が流れていく いのちの片隅を 見つめる少女と対峙している ---------------------------- [自由詩]西瓜な季節/そらの珊瑚[2021年8月2日10時17分] 縁側に座り西瓜を食べながら その黒い種を口から飛ばす 黒々として立派な弾丸は遠くまでよく飛んだ 白くて未成熟な種は気がつかずに食べてしまったかもしれない 夜、蚊に刺されたあとをかきながら 飛び立っていった種のことを思った 線香花火がはじける一歩手前のくるくる燃える種のことを思った 土に根付いた種が芽を出して 雨やお日さまをとりこみながら 緑の手をからませあって うっそうとした西瓜ジャングルになっているところを夢見る 今も みんなみんなどこへ行ってしまうのだろう 手の中にあったはずの時間は 手を放したとたんに消え 行方は追えないことは知っている だけど 想うだけで 心は ないけれど確かに有る優しい場所に通じる ---------------------------- [自由詩]青空オルガン/そらの珊瑚[2021年8月6日13時17分] 人がいなくなった庭は 草がぐんぐん伸びて かつてその地に眠った心臓のありかを隠した もう探し出せないし 探そうとする人もいない よく見ればブルーベリーが細々と実り 小鳥が集う楽園になった 空が晴れわたるほどなぜか悲しい 夏の午の影はいよいよ濃く 何処かへつながる扉となる 朽ち果てようとしている 雨ざらしの箱型から せめて安らかなメロディを ---------------------------- [俳句]はなのあとさき/そらの珊瑚[2021年8月8日10時54分] 幼子は昆虫ゼリーが食べたいと 大型粗大ゴミの日の熱風 初めての目薬ついに成功し 古い黄色いバイエルに花丸 犬と観る2020オリンピック 斎場の蝉アスファルトに墜落す 朝顔や蕾に似てるはなのあと ---------------------------- [自由詩]茄子の花/そらの珊瑚[2021年9月20日10時33分] 晴れた日の海のような青 遠い島まで泳いで行けそうな空 台風の落としものを拾う子ども 背中には 期間限定の羽 台風が去った朝に 台風の行方を考える 身軽なようでいて 実は ひとりでは何処へも行けない台風の身の上 それもまた 不自由でいて 自由だ しいん、と澄んだ庭先で 薄紫の六つの花びらが空を見ている 命は 静かに密かに灯り 何処かで小さな風になった今日と 無邪気に交信している ---------------------------- [自由詩]おくらの花/そらの珊瑚[2021年11月6日9時18分] 十月になっても初夏みたいな日が続き 小さな畑でおくらの収穫をする 母は 穏やかでなんのわずらいもない日よりだと言う この小さく可憐で柔らかなおくらの花が せめて実になるまでそれが続きますようにと 小さく祈る 花の黄色は実の緑の中にあり、 いつかの虹は空の中にある 見えなくなっても そうやって大切な人は誰かの中にいる 祈っても叶わないことはたくさんあって 父は亡くなり 母は 一年で一番良い季節を選んで父は逝ったのだと言う 昨晩父が夢に出てきた なんらかの事情で、のちに私の夫になる男が家に泊まることになり 「結婚前にそんなことは認められない」と怒っていた変な夢 起きたてに笑ってしまう 夢の中でも頑固だったので 元気だった頃の父が 早朝、おくらの花を収穫してきて 料亭で出る高級食材だぞと見せたことがあった 私はあれを食べただろうか おそらく仕事に遅れまいと支度に忙しく はなからそんなものに興味もなく食べなかっただろう 実になる前の命を 父はどんな思いでとってきたのだろう 私の娘の誕生日と同じ日に父は逝った おまけに私の祖母の命日も同じ日だ 私の大切な人はなぜか十月が好きなようだ 今もどこかで 命は生まれ 命はなくなり 奇跡のような日常に 私は確かにここにいるよ ---------------------------- [自由詩]パラフィン/そらの珊瑚[2021年11月12日9時46分] 寒さは 指の先から入り込み 肩へ 背中へ そして足先へ もう何も燃やすものがない 闇の他にはなにもない世界で やがて闇と同化する 薄くて透けそうな パラフィンカーテンよ パラフィンが隔てる世界に君は旅立った もう何も燃やさなくてもよい世界へ パラフィンが隔てる世界は ここから ずっと遠くて だけどとても近い ---------------------------- [自由詩]さみしさのトンネル/そらの珊瑚[2021年12月24日12時03分] もっと散歩にいきたかった もっと抱いてあげればよかった もっと話しかければよかった もっと贅沢させればよかった もっと遊んであげればよかった もっともっと一緒に 朝に夕に 百万回名前を呼んだら キミがもう この世界のどこにもいないことに慣れるのかな もう一度キミに逢いたいよ 生きることに一点のくもりもない キミの黒く澄んだ宝石みたいな瞳の中で笑う ボクに逢いたいよ もう一度、には きっときりがなくて やたらめったらあったかい キミをぎゅっとしたい もう一度 ---------------------------- [自由詩]日常/そらの珊瑚[2021年12月26日11時02分] 命を結ぶって 素敵なこと だけど つないだ手と手はいつか離れる 永遠に キミはもう このさみしさのトンネルを抜けて 違う世界の違う野原で自由にやすらかに駆け回っていることだろう これは私の願い 日の出は、溶鉱炉から現れた燃えたぎるちっちゃなビー玉 朝の、ホットミルクから生まれ急ぐ湯気 冷たい、はずなのになぜかあたたかさを装って降ってくるわた雪 焚き火にかざした時に屍になった指が 再び血をめぐらそうとする ひりつく痛み みんなみんな愛から出来ている かけらたち ---------------------------- [自由詩]冬の気圧配置は次第に緩むでしょう/そらの珊瑚[2022年1月5日8時29分]  明日 空は雪と一緒に 枝は小さな蕾と一緒に 冬の指は いつかの冬の指と一緒に 夜明けを待っている    ピアノ 女の子が帰ったあとは必ず ピアノの蓋が開いていて それがわざとだと 私が気づくのは ずっとずっと先    相性 マスクとイヤリングは相性が悪い 枕と髪の相性は時々悪くて(良くて) 寝癖が生まれる    こたつ こたつは冬の最強兵器 侵入者はみな 眠気に撃たれて 安らかに倒れてしまう 春になったら何に撃たれようか ---------------------------- [自由詩]冬の花火/そらの珊瑚[2022年1月8日11時26分] 凍てて黒く澄んだ空に 咲くとりどりの花 ずっとずっと昔に 同じようにして見た花火を思い出す あの時隣にいた人は もうこの世にいないことも思い出す なんどなんど思い出してもまた思い出す もしも 一緒に花火を見に行かなければ 時間のあやが掛け違われて あの人はいまでも生きていたかもしれない などと 考えても仕方のないことを考えていたら いつのまにか 夜は静けさを取り戻していた 夜に逃げ込んだ黒猫はもう探せない 復唱するたびにかすかに鳴る、鈴の音 ままならぬことはいつだって現実 みんな 裸で生まれて一瞬の花火を打ち上げ 裸で死んでいく 復唱するたびにぎゅっと握る、拳 ---------------------------- [自由詩]つらつらつらら/そらの珊瑚[2022年2月4日11時38分] つらつらと つららのことをおもってみていた 軒先に根をはやし 重力に逆らいながらも きりりと尖ってうつくしい 冬がこしらえた期間限定のその造形は 猫とじゃれたあと うつらうつらしているうち だれも傷つけないで だれにも傷つけられないで 水溜まりになっていた残念さを いくつも いくつも 季節を見送って ふたたび おもいだしたから あの頃 今より冬はうんと冷えていて 軒先のある家があった ながいいちにちのかなりの時間を つららをながめることに費やしていた 「なあに見てる?」 祖母の声はいまだ耳の奥底に住んでる 「ううん、なんにも」 おかえり つらら ---------------------------- [自由詩]ささくれ/そらの珊瑚[2022年3月26日9時59分] いつもだったら 爪切りで刈り取ってしまうのだけど うっかりしているうち それが ニョロニョロになってしまったので 育てている 明日を思いわずらうなと 私の人差し指の先に生えた ニョロニョロが言う この指は 小さな春の岸辺 空に浮かべて ひととき自由 ---------------------------- [自由詩]蝙蝠/そらの珊瑚[2022年3月28日11時15分] 雨が降りそうだからこうもりを持っていけ 出がけにそんな言葉をくれた人はもういない 傘のことをこうもりと呼ぶ人はもういない 雨に打たれることを案じる人はもういない 雨に打たれたことのある人は それが辛いことだと知っている 冷たい雨に打たれ続ける人に この蝙蝠を、と 願うはず、と 願う 降りたければ降れ いつだって晴天はつかの間 黒い蝙蝠は錆びた翼を畳んで死んだふり 玄関はちょうどいい仄暗さ ---------------------------- [自由詩]赤いちりとり/そらの珊瑚[2022年4月16日7時40分] 春は淡い 命がそこかしこに生まれては散る 風はそよぐ 樹々の葉がさざ波になる 風と水は似ている そうかな そうだよ どちらも掴もうとしても掴みきれない 手のひらを開いたとたん そこは 現実 脚立の上に赤い花が咲いたね よく見てごらん、さあ、カーテンを開けて 違うよ、あれは赤いちりとり それが 現実 わたしはいろいろ間違える 亡くなったのに生きている、だなんて 夢の中で 手のひらを開けば、羽音 色とりどりの小さなちり鳥たちは この世の塵芥を食べて 柔らかなプラスチック製の羽で飛び立つ そしてわたしは乗り遅れる どこへ行こうとしていたんだろう ---------------------------- (ファイルの終わり)