橘あまね 2011年11月30日17時28分から2021年6月12日16時45分まで ---------------------------- [自由詩]星にかける虹/橘あまね[2011年11月30日17時28分] 感覚を駆って 熱と湿度が飛び交って ふたつの身体を高めていく 星間飛行の鈍色の船体が 故郷の水を恋しがって 恒星の配列をなぞるように 五感が跳ねて 目を閉じているのに 思い出の裏側まで全部が見える 固く結んで へだたりを埋めて どこまでも満ちる どこまでもゆける 鎮まらない頻度で 息継ぎを惜しんで ことだまを重ねる 始まりの場所を指すフレア 淀みを吹き払い 迷いを薙ぎ払い 求めあうことの本当の理由を知る 光の分布にあわせて 二つだったものが一つに設計されなおす 確からしさ 分かたれていたことを忘れる 虚空へと鼓動を解放する 新しい生命の広がり 冷却されることのない奔流は 魂と身体との違いを消し去り 虹に八番目の色を加える ---------------------------- [自由詩]即興(多摩、12月)/橘あまね[2011年12月20日20時07分] 空のひとすじ とぎれとぎれに たましいたちの渡り 祝祭の予感が はりつめて街に灯る 肌をかさねる こいびとは柑橘の香り 湿り気を母音に換え いくつも降らせ 打ち上げて 土くれのひとかけら 氷の記憶 くるまれて眠れよ まだ芽生えぬ種たちに 秘められた歌 幼さを泣きやませて 両足に宿るちからの総量 夜明けと日暮れをつなぐ 真冬の稜線よ とぎれることなかれ ---------------------------- [自由詩]ベクトルと結晶体/橘あまね[2011年12月25日11時30分] 墨染めの空を映して ガラス、ガラスの群れ 強い光の訪れを 救済に灼かれる日を 待つ 立体交差の雑踏 四方向に 連れ立つことなく 分かたれることもなく 人々は歩いていく 定められて 旅をする容器 不可逆の 意思をはらんで 鉱石たちの 矢印、矢印、 立ち止まることが許されないなら 駆け出してゆきたい セピア、光の航跡 思い出の刹那 気まぐれな風に妬いても ぼくたちは、 足あとの記録をつづける モバイルの啓示 ---------------------------- [自由詩]即興(海、ただしいまどろみ)/橘あまね[2011年12月28日21時33分] 夜にざわめく 海原にちいさな風 ひかりを求めて さかなたちが踊る 爪月のほとりに 熱がつづく 眠りを急いて 夢を強いて はこばれるすべて 行き来する波 呼吸のやりとり はじまりの憂い おとぎ話をゆらす まどろみの向こう 虹をまつ人の 足取りをなぞる ---------------------------- [自由詩]即興(夜空への祈り)/橘あまね[2012年1月5日17時36分] 飛べない魚が 雲の中から這い出してくる ふるい戦闘機のなきがら 双胴に牡蠣殻のいちめん 酷使されたラジオから 喉をさいて響く歌 あたたかいミルクを呼んで 冷たい夜に泣く子猫 水滴は涙のかたち 夢にみた丸み 枯れた井戸がたたえる 育まれるべきだったもの 日めくりをちぎりとる 指先に記憶して 声になれなかった祈りを 夜明けの方角にかざす ---------------------------- [自由詩]即興(春を待つからだ)/橘あまね[2012年2月9日20時48分] 遠くのほうで 貝殻色の天蓋に やがてちいさな穴があき こぼれる石笛の一小節を縫い付けた あかるい羽衣の 恵みを象徴してもたらされるもの 鉱物たちがふくんでいる 大きな知恵の営みと なまの肉が発する熱っぽい言葉 深いところから分かち合うひとしずくです 息を凝らして 拍をかぞえて 刻むことのひそやかな歓び 互いを見つめる区切りごとに 新しい季節が隠れている 温度をたくわえて 動作を秘めて 光を待つかい 追いかけるかい 暦を書き込まれていく一条一条に 無二の配色があり 読み上げられるあえかな文字たちの すべらかな刹那 流れるとおりに 運ばれるままに ---------------------------- [自由詩]spring steps/橘あまね[2012年2月16日19時09分] 新しく作られた神様を ひび割れた背中にぶら下げて くすんだ野道に そぞろの巡礼 通りすがりの南風から 千年前のにおいがする 中空いっぱいにひろげた彩度の かけらだけでも取り戻せたら 踏みしめられて 忘れられて 埋もれてしまった単位たちも また息継ぎをする 倦んだアンテナに 警句の表情で訪れるもの 足取りの繰り返しを補う 虚無にとらわれるな 歩みよ途切れるな いつか身体を寄せる場所 歩きあぐねた最果てに 一輪の導きが咲くだろう あかく陽に映えて うつくしく真理めいたまなざし ---------------------------- [自由詩]春の記憶/橘あまね[2012年2月26日21時54分] 君がリリアン編んで 見上げた空は花と同じ色で ぜんぶ、ぜんぶ春だった ゆびさきで、光源をたどる なくしたもののかたちは 思い出せないけれど なくしたものから芽ぶいたのは 街でいちばん高い あの木と同じかたち 黒い黒いほのおみたいに なみだといっしょに 空へ揮発していく 君がゆびさきに捉えそこなって 失われた模様たち 編みかけの、るり色 おさない夢が空を覆って 僕たちのくちびるは 3月の湿度をまねて そっとふれあう (ゆきになるさ) (ことしさいごのゆきになって) (うまれたばしょにかえる、って) 中空に足あとを刻んで はなれていく姿に この手が届かなくても まだ見失うことはない 朝明けには朝明けにふさわしく 夕暮れには夕暮れにふさわしい かなしみがあって   編みかけのリリアンを放って 見上げた空は花と同じ色で ぜんぶ、ぜんぶ春だった ---------------------------- [自由詩]春のリート/橘あまね[2012年4月12日16時16分] 新しい暦が生成している 遠い国で洗い上がったシャツの匂い ためらいと高揚 背中に触れる唇の温度 インディゴに溶け込むマゼンタ 梢たちを過ぎて 吹き下ろす視点から 成長を止められないぼくたちを 慈しむ存在がある 進むことしかできないぼくたちを 愛しむ存在がある 作りたての羽毛 蒸気の分子は影と光を曳いて あおく、あおく群生する祈りを あかく、あかく包含する恵みを 繰り返すよろこびと 見送るかなしみ 引き連れてあるく くらがりには星 遠く放たれて 輝きを弱める貴石たち 真空へとなずんでゆく 折々のポケットにあわく灯る響き 花々をゆする風に 宿された命を燃やす 離れ離れの1000の歌を この胸にあつめる ---------------------------- [自由詩]エイプリル/橘あまね[2012年4月21日8時54分] 牽かれていく二すじの偏光 孤独な少年の手なぐさみ 自転車にまだ補助輪があったころ ぼくは愛されていたかしら いなかったかしら 初夏の予感が初めて来たとき 駅前通りに二匹の妖精が 物憂げに儀式する 知らない国どうし出会って ちいさく音をたてるように 羽ばたきを響かせて 千年前からかわらない匂いがくる 狂おしく脈打って 過ぎた季節を追悼する 振り返るな、歩みを止めるな、 足跡を遺さずに 大気は爪弾かれていく ---------------------------- [自由詩]五月、北の国の少女は/橘あまね[2012年4月29日13時51分] 北の国で少女は 歌を集めて翼を織った 旅してゆきたかった 生ぬるいかげろうの季節に 歌はそこら一面で摘まれ 籠のなかでちいさく鳴いた 迷子になったひよこたち 草原を季節風が凪いで 少女の髪はくろく揺れた しろく はにかみがこぼれた つよく土を蹴って 運ばれていく 陽射しをかきあげて にぎわう季節の方へ かさねた色を 一枚ずつ脱ぎ捨てて あかむらさきの ゆらめきは内と外の どちらから来るかしら 淡いリネンに隔てられて 育まれる甘み 持て余しの熱をあおって 覆われていく 海を渡る声に呼ばれて 振り返るとき 予兆は孕まれて ひそやかに ひそやかに はがれ落ちるちいさな痛みたち 草原をつつむ湿度に 溶け出していく 夢をみていた ---------------------------- [自由詩]夏の思い出/橘あまね[2012年9月5日22時35分] 夏のなごりの草原で 天使と悪魔が背比べしてる 人恋しさがゆきつく場所は 越えられなかった声の向こう 枯れかけの街路樹で生まれた虫の 青い方へ 青い方へ こずえを目指す早足な痛み 草原に雲を焼きつけて 太陽はひどく熱かった 終わりのあることと終わりのないこと 世界は尻尾を自傷するさかな 求めても得られないものは いつもこっそり追いかけてきてる ---------------------------- [自由詩]春すぎて、/橘あまね[2013年7月5日19時03分] 春すぎて、白妙 きみのひとみを覗く 彩られた虹 星のかたちをそのままに 人知れぬ森の底で 空を待つ火種の連連 泉のなかに息をこらし 選ばれる日までを指おる 夜霧を深めて 光のないしじまには 白い花のつどい 海とおなじにおいの 熱をはらんで韻韻 祝祭はつむがれていく 春すぎて、白妙 きみのひとみを覗く 歌をききとるように 呼吸する夢たち ---------------------------- [自由詩]即興、子どもの情景/橘あまね[2013年7月7日22時24分] 凪いでる 凪いでる ここはがらんどうの海 無風世界 石をちりばめる 空にちりばめる ゆびさきがぬるい 目にしみる涙 んっ んっ 母をよぶみどりの子 宛て先なしではこばれて 泣いてる 泣いてる あたたかい ここは がらんどうの海 風を待つ世界 ---------------------------- [自由詩]即興、はじまりの場所で/橘あまね[2014年1月28日18時17分] こよみが裏切られ 木々は途切れ 老いた田園に 祈りを帯びた青い雲 荒れ果てた放棄地に にがい風はとどまる ちいさな歌を弔うため 花の名前を指折り 陽射しを受けとめる 古い石積み 繰り返しに飽いても 揺らぐことはない 地平が遠ざかる 病のはじまりに 約束された場所は とても静かだ ---------------------------- [自由詩]瑠璃唐草に/橘あまね[2014年4月2日19時52分] それぞれに運命を入れた容器たちの つかの間に折々 わずかな光を胎動し 森のかたちにふくまれていく 欲しいからだを差し伸べる 天使たち 祈りをおびて瑠璃色の 小箱にひそめられた祝祭 ---------------------------- [自由詩]白い花の抜け落ちる憂鬱/橘あまね[2014年4月11日20時40分] 遠くの街の錆びた街路樹に 薄紅色の吐息が咲く 秘密めいた儀式は終わりがない悪夢によく似て 通りすがりの足音を数える孤独な作業みたい 蛇口からほそく水を落とす 鉄くさい地下室からは解体される機械じかけの悲鳴が ちいさく響き ぼくは歯の抜ける夢をみながら ドアを蹴破ることもしない できないことができないのが許せなくて 枯葉色のポケットから錠剤を飲み下し 空を無くした連中を憐れみそして見下し 悪い憶測は階乗で増えていく 止めることができないから錠剤を追加する ああ! ぼくはちっぽけだあまりにちっぽけだ 遠い街の儚い白い花に繋がれた鎖を噛みちぎる 毛むくじゃらの生き物 噛みちぎるために生まれてきた奴等に 噛みちぎられないにはどうしたらいい? 日暮れを恐れて靴底がひどく重いから もう歩きたくないのに 遠くの街で孵る薄紅色の吐息を ぼくはいつまでも求めてやまない ---------------------------- [自由詩]カイト/橘あまね[2014年4月21日21時31分] 小さな凧になって 白い干潟の方へただよっていく そんな夢をみた 空はいつもの人見知り いそがしく雲がゆききして 染まるべき色を探している そんな風力2の午後だ ---------------------------- [自由詩]即興 真珠を真似るひと/橘あまね[2014年4月25日20時33分] きせつはずれの あなたは はなぐもり きたかぜを てまねいて ふるさとのにおいだと わらった せまくるしい すいめんに もうすぐ ほしのかがみが やってくるはずなのに あなたは まだ うたをはじめない かいがらをあつめて いちれつにならべた はなぐもり あなたとおなじにおい ---------------------------- [自由詩]真昼の夢に/橘あまね[2014年5月3日12時42分] 痛みのない世界の 封を切れば風は青白くふいて ビルの合間を見つけては 切先をくねらせる 光がこぼれるまで 誰も空を見つめないから ちいさな浄罪として 足元に種をまいても 温度はなく ひびわれた夢の中と同じに 風は青白く澄んでいる ---------------------------- [自由詩]夢、一夜/橘あまね[2014年7月11日9時16分] 涙をくみあげる ゆびさきの淡い痛みが枯れるときは来ない かぎりない往復は いくつもの色で潤滑されて かなしみの精度をふやし 五官のうつせみにくりかえされる干満 光のない静寂には 距離をはかるのをあきらめて 病んだつばさを休める 鳥たちのうつろな目がつらなる 人知れぬ森の奥底では 空を待つ火種のとぎれとぎれだけが頼りで いつの間に迷い込んだのか くらやみに息をこらしても 地面すら欠けているようで すべて疑わしい鎖を課せられて ぼくの身体は本当に重い 目的地があるとしてそこはだいぶ遠いのだろう くるおしい時制が渇きをあたえ 未遂の罪を置き去りにして道をいそぐけれど なくした予感を愛しんで ふりむくことは許されない 神経を模したほそい糸をたぐるために あたらしくつくられ 歌をききとるように 呼吸する白い花たちの 汚れのないまなざしが 高熱とおなじにおいの 海をはらんでいる 波の音が じきにきこえる ---------------------------- [自由詩]秋に寄せる/橘あまね[2015年10月5日11時09分] かすかな気体が母音をまねて つつましく 遠くの空をながめる子 瞳に映る季節、また季節 繰り返される慈しみ 陽射し 向こう側へ手をふる 帰れないと知っても 魂は旅をするかしら 平行線をたくさん引いて けして交わらないかわりに ずっと見つめあうような 色塗りに飽きては パレットを放り 乾いていくとりどりの うらめしい声をきく ちいさな体は風に飛ばされそうなのに もっとちいさなものたちを守らなければならないなんて ひぐらしの声がする 記憶 泣き止まない子を 泣きながらあやす子 安らぎはどこにあるか 誰も知らない場所にあるか つめたい板敷の木目を数える 天井と対の綾模様 終わらない夢をみているように ちいさなからだをちいさくまるめ おさな児に擬態する片道のあゆみ ---------------------------- [自由詩]真冬・空をまねる営み/橘あまね[2016年2月9日21時27分] 呼吸をさまたげるぬるい真綿と つめたいくさび 命には届くまいと言い聞かせて 悲しみが訪れてくれるのを待つ 何もかもを涙に流せる静謐 繰り返しの記号がとめどなく 胸腔を破ろうとさわぎ 神さま、ぼくはいけない子どもだったでしょうか 赦されない罪はどこからくるのでしょうか 手首に巻いた聖母のかたちの装飾を なぞるための指先は指先から失われ 何もかもは架空 この鼓動さえも雪色の幻視にすぎないとしたら 輪郭を作り替えられてゆく痛みは どこまで追いかけてくるだろう? ただしく交易されるはずの気体たちは 行き先を見失って 母をさがす乳飲み子の声で けだものに食われるときのけだものの声で 光をなくした貝殻の孤独 たいせつなものは何だったかしら? 一番に好きな歌も思い出せない ひどい混沌のはずなのに 靴音だけが整然と行軍してくる 先端を連ねた刃物の群れ 忘れたはずの悲しみが怖い でも今だけは 同じ悲しみがくるのを待つ 風のこぼれる刹那に 雪を溶かすための熱量が運ばれてくるのを待つ 左胸には右腕を その上には左腕を重ねて 確かな輪郭が戻るのを待つ ---------------------------- [自由詩]秋の傷あと/橘あまね[2018年10月12日22時29分] 血 死 傷 痛み 沁みこんで 真夜中に叫ぶ 狂おしい祈りの雨音 実 火 時 苦味 留まって 飛びたてない鳥 古ぼけた日めくりの呪い 血 死 傷 痛み 流れれば 永遠の眠り 消えていく足音を奏で 実 火 時 苦味 届かない 温かな記憶 指先に遺るひとかけら ---------------------------- [自由詩]未詩・秋のはじまりに/橘あまね[2018年10月20日23時09分] 石ころになりたかったんです 道のはしっこで 誰の目にもとまらないように ときどき蹴飛ばされても 誰のことも恨まないような ちいさな石ころになりたかったんです たいせつな物は思い出の中には何もなくて いつも何かが妬ましくて 焦がれる感情を押し殺して 何も感じないふり 考えてないそぶり ちいさな陽だまりがあったんです 十月のささやかな午後みたいな もうすぐ死ぬ虫たちが集まって まどろみの途中で そのまま終われたら いいね なんて さみしくないよ なんて ずっと夢の中です 生まれてからずっと 覚めない夢の中です 熱病にうなされるように ちいさな細胞たちが集まり 大きくなりたかったのに 未遂のままがいいんです 何を為すこともなく ただ道端のちいさな石ころとして いつか誰にも蹴飛ばされなくなって 静かな風景の一部として うずもれていけたらいいんです ---------------------------- [自由詩]バースデイ/橘あまね[2019年11月16日10時22分] はじまりの海は遠浅で かなしむことをまだ知らない透明なさかなたち 約束したはずの場所を ゆききする微熱の波 遠い遠い夢の話 記憶をいくつも交差させて 分かれ道をまどう ひとりあそび しのび歩き たどる糸は宝石ぐらい細い 星をみあげる作業 一連の火影にぬくもりをなぞらえて ちいさな呼吸をつづる 新しいうつわ お空の玻璃を はるかな目的地を 見つめつづけたなら 近づけるかしら ここが寒くなる前に とても寒くなる前に 明るさの来る場所へ 旅鳥がさけぶように 歌うことをやめなかったら 幼子のひとみには 虹の色がぜんぶ含まれている 透明な苗木に運ばれる命 どの色を選んでも いちばん尊い光がいつもそばにあることを 忘れないで 繰り返して ---------------------------- [自由詩]カウントレス/未遂/橘あまね[2021年3月17日22時29分] 雨の気配が春を連れてくるから 煙草の味がわからなくなるくらい 泣いてしまいたいのに 涙は出てこない 小さな井戸からかなしみを汲み上げても ここまでの距離は数えられないのだ どこかへ向かっていたはずなのに 3秒で目印を見失うみたいな そんな不確かなきもち 春がくるね 藍色に塗り潰されて窒息しそうだよ 溶け出してベトベトの 日付けをめくり続けるような作業を あと何回繰り返したらいいのか 繰り返してはいけないのか 教えて欲しいなあ 絡まる声で 星を流したりしながら 聞きたいなあ (濡れた雲間には光がやどる) 雨の匂いが近づいてくるから ぼくはもう眠ってしまいたい 胸が痛いから ここに少しの水分がほしい 煙草の味なんてわからないくらい 泣き疲れて眠ってしまいたいんだ 数えきれない 数えきれない やりすごせない 帰りたくない日付け ---------------------------- [自由詩]未詩・ちいさな弔意/橘あまね[2021年3月20日22時13分] ちいさく溝を掘って きのうまで咲いていた黄色い花を埋葬する 名前を考えているうちに いつのまにか旅立ってしまった 知らないうちに 抜け殻みたいに影だけが残った 通り抜けていったものは 空に上がっていったのか 地層の奥へ沈んだのか どっちなのか いや、どちらでもないのか ともかく抜け殻を土に埋めた 褪せて萎んで軽い切れ端を埋めた 葬ったつもり 見送ったつもりで ほんとうはいつもと変わらない景色に 新しい色を増やしたかったから ただ埋めてしまいたかった いなくなってほしかった 古い亡骸だなんて呼ばれる前に 夜中には雨がくるから 墓標もない みんないつか流れてしまうんだから 泣き疲れた子どもが 涙を拭かないまま眠ってしまうような 縛られているのに気づかないまま ちいさく身体をふるわすような 後には何も残らない 残せるはずもない はじめから何もなかった場所に 何かあったと思いたいだけだ 黄色い花は本当に咲いていたよ どこにでもあるようなちいさな花 数えたらきりがない 思い出だけふくらませても苦しいだけだと 誰かが言ったような気がする ---------------------------- [自由詩]雨に沈む/橘あまね[2021年5月13日20時43分] ざあざあと傘が泣いてる 交差点に人はまばら 忘れ物をしたようで振り向いたら 世界はどこにも無かった 息苦しさがどこから来るか 白く塗りつぶされる前に 見つけられたらいいのに ぼくは錠剤に逃げ込んでしまう つぶれたデパートやら 置き忘れられた領域に 雨水はどんどん溜まっていく あふれたぶんは誰も覚えてない 真っ白に変わってしまって 空へ膨らんでいく痛みを 新しい世界と呼びたくないけど ぼくは塗りつぶされた画用紙みたい もう余地がないのだ 交差点に人はまばら 傘も泣きやまない この雨音は永遠に続いて ぼくは 置き忘れられて 白く塗りつぶされて 新しい世界という 使い慣れた言葉に きっと 埋められてしまうんだろう ---------------------------- [自由詩]微熱の海/橘あまね[2021年6月12日16時45分] わたしをくるむあなたの器官を 海と呼んでみようと思う なまあたたかい夜の渚に 白く浮かび上がるのは 何の兆候なんだろう わたしは魚になってくるまれる 鱗のない最初の魚 満ちて、引いて また満ちて 静かに運ばれていく深みで 呼吸を忘れてしまう はんぶんの月 あたたかさはどこから来るの 昼のあいだに こっそり貯えてあったの たくさんの泡が 消え残って 星空みたい 散りばめたのはちいさな願いだから そっとしみこんでいけばいい 満ちて、欠けて また満ちて 遠いむかしの 始まったばかりの 赤っぽい夜の渚に 輪郭が生まれる前の細胞たちを 置き忘れてきたみたいだ ---------------------------- (ファイルの終わり)