チアーヌ 2005年9月13日10時40分から2005年10月26日11時46分まで ---------------------------- [自由詩]非常時/チアーヌ[2005年9月13日10時40分] 森の中に聳え立つ 巨大なホテル とてもメルヘン 入り口には着ぐるみが立っているの 「いらっしゃいませ!」 くま うさぎ ねこ いぬ ありがとうありがとう わたしとあなたは すっかり疲れています レストランでは口もきけない 今日のごはんは今日食べないと 明日は食べられるかわからない だから食べておかないと わたしとあなたは 夢中で皿を空にする おかわりちょうだい もっともっと ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]ムカシ話/チアーヌ[2005年9月14日10時25分] ムカシ、ムカシ。 目がひとつだけだった頃、家というのは全部が布と革で出来ていました。 壁は革張りで、屋根は布を何重にも重ねて、一番上にはオーガンジーやサテンなどで美しく飾るのが一般的でした。 雨? そんなものは降りません。 川も湖もありますが、雨なんて降りません。 不思議ですか?そうでもないでしょう?簡単なことです。とても簡単な。 これは目がひとつだけだった頃のお話です。 あるきょうだいが、家の前で遊んでいました。すると、弟が変な歌を歌いだしました。 「骨  骨  骨  踏み潰せ  肉  肉  肉  踏み潰せ  僕は死んだら家になる  僕は死んだら家になる」 そばで聞いていた姉はびっくりして、 「そんな歌はやめなさい」 と注意しました。 けれど、弟は歌をやめませんでした。 「骨  骨  骨  踏み潰せ  肉  肉  肉  踏み潰せ  僕は死んだら家になる  僕は死んだら家になる」 姉は不安になって辺りを見回しました。すると、さっと何人かの人影が姿を隠すのが見えました。 「本当にやめなさい。もう遊ばないわよ」 姉が脅すと、弟はようやく歌をやめました。 しかし、もう、手遅れでした。 その日の夜、お父さんとお母さんが言いました。 「あなたたちには壁になってもらうことになりました」 姉はびっくりして泣きましたが、弟は平気な顔をしていました。 次の日、姉と弟は、集まってきた村の人に殺されました。 お父さんとお母さんは、たくさんのお酒を飲んで、にこにこ笑っていました。 姉と弟は、目をくりぬかれ、体の皮を丁寧にはがされ、中の肉と骨と内臓は棍棒で砕かれ、ビニールシートの上で丁寧にぐちょぐちょに踏み潰されて骨交じりのミンチになりました。 村の人たちは皆お酒を飲みながら楽しそうに、交代でがんばりました。 そしていよいよ、それらのミンチ肉を、特別な壁材と混ぜ、少し古くなってきていた壁に塗りこめました。 そして最後に、姉と弟の皮を伸ばして貼り付け、家は見違えるほどきれいになりました。 「これでこの家は安泰だ」 お父さんもお母さんも大喜び。 そして二人の目玉は、最後に家の前で焼かれました。 目がひとつだけだった頃のお話です。ムカシ、ムカシ、の。 ---------------------------- [自由詩]鳩の恋/チアーヌ[2005年9月14日13時43分] わたしたちは もう離れないと誓いました 空に 風に 緑の木々に そして 大きなビル群にも これからは 飛び立つのもいっしょ 羽を休めるのもいっしょ 暑い夏 アスファルトの照り返しの中 お寺の屋根の隙間に眠るときもいっしょ 寒い冬 震えながら体を膨らませ 駅舎の天井に潜り込むときもいっしょ 公園に行くのもいっしょ 最近はエサをくれる人が減りました どうしてかなあ でもいっしょ 死ぬまでいっしょ ぼろぼろの空き家の 崩れかけた壁の間に 巣を作りました 卵を産みました もうすぐ赤ちゃんが生まれます 元気な子だといいな 暑い 寒い でもだいじょうぶ いっしょだから 毎日チューをします 毎日体を寄せ合います ときどき結ばれます もう離れないと誓ったから ずっとずっと いっしょなのです ---------------------------- [自由詩]棲家/チアーヌ[2005年9月18日22時54分] 毎年几帳面に 庭で鳴く虫たちも ただ手をつくねているのではなく 住みよいほうへ 住みよいほうへ 移動しながら 運を天にまかせて 鳴いているのだろう こんな十五夜の晩には ---------------------------- [自由詩]サイレン/チアーヌ[2005年9月20日10時43分] 十字路に140キロで突っ込む 同じくらいのスピードで 左側から来て頂戴 大破しましょう 公道の真ん中で ---------------------------- [自由詩]繋ぎ止める自分/チアーヌ[2005年9月21日23時37分] 自分は何人いるんだろうと 数えていたら 頭がぼんやりしてきて それで もっとぼんやりするために お酒を飲んだり する そうすれば わたしは誰かになって だから あんなことや こんなことを 平気でできるようになる 境界を 無くせ そして かき混ぜろ スイッチひとつで ---------------------------- [自由詩]脚の間/チアーヌ[2005年9月26日10時43分] 大きな顔が地面にめり込んで 裸の女の人を見ている なめらかな肌に形の良いおっぱい 大きな顔が片目を閉じて 片目を開いている その近くには大きな花瓶があって 直径4メートルくらいの花が一輪 ドーベルマン犬が花に寄り添う 夜になると三日月が燦々と 裸の女の人は芝生の上でゴロリ ねえわたし怖いものなんか何も無いのよ 好きなようにしてちょうだい? そのすぐ傍らで 市松人形を抱いたおばあさんがにこにこしながら 50センチくらいのキノコに埋もれている きれいね きれいね 空はピンク色 奥まで覗いてね 一体何が見える? ---------------------------- [自由詩]駅までの道/チアーヌ[2005年9月27日16時34分] 気がついたら明るくて 「しまった」と 後悔した土曜日の朝 昨夜はあんなに寂しがっていたのに 男は嘘のようにあっさりと眠っていて 寂しかったのはわたしだって同じだけど 一人で目覚めると 少し騙された気分 もちろん 自分が不覚だっただけだって わかってはいるけれど 夜には雰囲気良かったのに 朝になったら興ざめなくらいに散らかった ただの汚い部屋 デリバリーピザの残骸にせめて蓋をして 眠ったままの男を置いて 外に出ると太陽が目に沁みて 階段を下りてアパートのゴミ置き場を通り過ぎ 犬の散歩をしているおじさんに駅までの道を訊く 途中の道端にあった自動販売機で ミネラルウォーターを買う ごっくん ごっくん 水がおいしい 太陽の光と水分を補給して わたしは 一足一足 元の自分に戻って行く そうだよな 寂しかったのも 誰でも良かったのも わたしだって同じなんだ ---------------------------- [自由詩]夢見る人へ/チアーヌ[2005年9月28日18時45分] 夢見てたのね なんて言えるうちは幸せ でも 不幸の始まりのとき 対策を考えておくことは 必要です それを 計算高い とは 言いません ---------------------------- [自由詩]午後のリビングでのリアル/チアーヌ[2005年10月2日20時38分] 心地よい風が吹き 国道近くの喫茶店は おしゃべりで満たされてる 空気みたいだった あなたとの時間は あのあと一年くらい 続いたのだったかな だからそう まだ大丈夫 とてもリアルにあのときのココアのカップの模様や カウンターにおいてあったコーヒーミルの形 電灯の傘 丸太で出来た椅子 の上に置いてあったクッションの模様 隣のカップルがしゃべっていた内容まで わたしが覚えているのは どうしてなんだろうな このまま追憶を続けてなんかいたら あなたとの別れの場面までリアルに 思い出してしまいそう あのときの車のダッシュボード 流れていた音楽 あなたが捨てた煙草の吸殻の形 ネズミ捕り警報機 今はもうない缶コーヒーが二つ あなたのつけていたコロンの香り あなたの指の形 そして爪の形 わたしはうんざりしつつ悲しくて わたしがこんなにうんざりしちゃったのは わたしのせいだけじゃないはずなのに 別れを言い出す羽目になったその原因はわたしが 他に男を作ったからで やっぱり一方的にわたしが悪いみたいで それでも わたしはあなたと別れることが寂しかった そういう自分勝手な話 でも最後にキスを迫られたとき 全身で拒否しちゃって あなたは泣いたんだっけ 9つも年上のあなたが泣くなんて わたしは思ってもみなかったの 恋の終わりなんて 当然残酷なものだから そう だからそんなことを 手に取るようにリアルに 思い出す前に 追憶はやめたいの あなたとは 秋が深まった頃国道沿いの喫茶店で ココアを飲んだときのまま その一年後のことなんか 思い出したりしないで ---------------------------- [自由詩]あなたの重み/チアーヌ[2005年10月3日14時11分] わたしよりも弱く 儚く 人生の計算問題ができない そういう人を守るため あなたは去っていった 「君ならひとりで生きていける」 よく聞くセリフを生で聞いたよ でも そうかな? そうかもしれないね わたしは秤を取り出して あなたを乗せてみる すごく重い でも、ため息をひとつついて 気を取り直し わたしの想いをあなたから丁寧に剥がして よく水で洗い 乾いた布で拭き もう一度乗せたら 意外に軽かった とても悲しいけどもう平気 想いは剥がしてしまったから そうせざるを得ないし そうすることがわたしとあなたの幸せのためで それに あなたの儚い人は そういうことが できないのだと あなたは言うのだから あなたは弱く儚い人と生きていけばいい わたしを捨てて わたしは平気だよ ---------------------------- [自由詩]あなたはわたしを手に入れたい/チアーヌ[2005年10月3日17時11分] しだいに近づいてくる足音 ずしん ずしん わたしにはわかる あなたが来ているのが あなたはわたしを手に入れたい それが幻想でしかないとわかっていても あなたはわたしを手に入れたい それが肉体を伴った現実であることから乖離して 体内に深く楔を打ち込んだつもりで それが相手を手に入れたことになんかならないこと 百も承知で あなたはわたしを手に入れたい 手に入れたい 手に入れたい 手で触れられる全てのものは幻想でしかなくて それらはすべて現実の塊 深く息を吸い込んで もうこの一息しか空気が残っていないみたいに わたしはあなたに最後の幻想を与え あなたはわたしに現実の塊をぶち込む それが正しいかどうかなんて 関係ない 天から降り注ぐすべてのものを幻想の構築に利用せよ そして この渇きを潤すものを愛と呼んでください どうか ---------------------------- [自由詩]間奏/チアーヌ[2005年10月3日23時51分] 思い出させないで とても苦しくなるから 思い出はいつも 甘くて寂しいもので 平和で平凡な 毎日を少しずつ侵食する でも それ以上でもそれ以下でもなくて だから寂しい もう二度と戻れない時間 もう二度と会えない人 もう二度と確かめられない手触り そんなものを抱えて 人は生きて行く 何も残さずに 残すこともできずに ---------------------------- [自由詩]ここは誰かの土地だから/チアーヌ[2005年10月5日23時10分] ここは誰かの土地だから 入ってはダメよ ほら2センチはみ出して 男の子がひとさし指を削がれたよ にこにこ笑いながら 誘うおじいさんとおばあさん ダメよ入ったら ほらまたはみ出して きれいな女の人が 鼻の先を5ミリ削がれたよ ここは誰かの土地だから 大きなパチンコ屋が入り口で がちゃんがちゃんがちゃんがちゃん 刻んでいるよ 何もかも粉々だよ 折れた骨は治るけど 粉砕されたら治らない ここは誰かの土地だから 内緒で静かに歩こうね 見つかったら大変だよ 2時間シチューを煮込んだよ ぐつぐつぐつぐつ 指の先や鼻の先をぐるぐるとかき回し さあできた食べましょう ここは誰かの土地だから ほんとはシチューは禁止だけど ここでなら大丈夫 明日のことは明日話そうね 夕方になったら夕立が降るよ こんなに嫌だと言っているのに 一杯に広げて 鼻先を突っ込むように 覗いているあなた なぜそこを見ているの? そこに何が見えるのか どうか教えて ください ここは誰かの土地だから 削がれた一部は 誰かのものだから ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]黒い神様と黒頭巾ちゃん/チアーヌ[2005年10月7日0時01分] 黒頭巾ちゃんが聖句を聞いたときのお話をします。 そこは、盛り場のはずれの、薄汚れたラブホテルのベッドの上でした。 黒頭巾ちゃんは、黒い神様と、何度も何度も抱き合いました。 そして、それが済んだ後、黒い神様は言いました。 「黒頭巾ちゃん。これから1000人の男とセックスをしなさい。そのときに、けしてお金や物をもらってはならない。そうすれば君は幸せになれる」 黒頭巾ちゃんの体の中を、その言葉は何回もぐるぐると回りました。 黒頭巾ちゃんは答えました。 「黒い神様。わかりました。その通りにします。でも、これだけは聞いてください。わたしは幸せになれなくても構いません。それよりも、どうか、もう一度わたしを抱いてください。わたしには、黒い神様しかいないのです」 黒い神様は言いました。 「そうか。わかったよ。それじゃあ僕は、たまに黒頭巾ちゃんの近くに来ることにしよう。いつも違う姿をしているかもしれないけれど、きっと黒頭巾ちゃんはすぐに僕だと気がつくだろう」 そういいいながら、黒い神様は、黒頭巾ちゃんの髪の毛を撫で、ゆっくりと煙草に火をつけました。 黒頭巾ちゃんは、だから時々、黒い神様と会うことができます。黒い神様は遠くにいたり、近くにいたり、宅急便を持ってきてくれたり、タクシーを運転していたり、一緒の電車に乗り合わせたりします。黒頭巾ちゃんが合図をすると、黒い神様はすぐに気がついてくれるのです。黒頭巾ちゃんは黒い神様ともう何度抱き合ったことでしょう。黒頭巾ちゃんは幸せなんかいりません。でも、黒い神様は、幸せにしてくれるというのです。まだ1000人には届きません。黒頭巾ちゃんを抱いてくれる男性が現れてくれるうちに、約束が果たせるのかどうか、黒頭巾ちゃんは自信がありません。 しかし、聖なる言葉は、絶対なのです。 ---------------------------- [自由詩]クリニック/チアーヌ[2005年10月7日16時22分] 住宅街を奥へ奥へ あの角を曲がれば一階が医院で 上は青灰色のマンション 隣には水色の薬局 植木鉢は全部新品の胡蝶蘭 薬剤師さんはみんな魚みたいな 目をしていて ゆらゆらと動く ここは水の底だ 秋晴れの夕方は ここではないどこかが 少し懐かしい アレルギーはあります ロキソニンが飲めません 水の底ではみんな少しずつ溶けていくから 別に怖くはないんです お薬をたくさんください とてもおいしい ---------------------------- [自由詩]屋上の巨木/チアーヌ[2005年10月7日16時38分] 3階建ての小さなおうちの 屋上にはたくさんの巨木 桜、こぶし、メタセコイア もうすでに巨木 ねえいつか潰れてしまうよ そのいつかは今かもしれないよ 中に入れば階段は細く長く 途中にはたくさんの人、人、人 お茶を飲んでは注ぎ飲んでは注ぎ 胃袋は今にも破裂しそう トイレはいつも満杯 いつ逆流するかな 屋上に上れば巨木が健やかに 風に葉を揺らす 秋空はあくまでも高く 桜の木に鳥が巣を作り こぶしの根元にはカブトムシの卵が産み付けられ メタセコイアは30メートルもの高さまで成長し まだまだこれから わたしは眩暈がする 後ろから奥さんがにこやかに近づいてくる 変わりない笑顔で 「大丈夫です、それらは全部イミテーションなんです」 「そうなんですか、良く出来ていますね」 「ホームセンターで全部買って来ました、素敵でしょう」 「ホームセンターで」 わたしはもう一度梢を見上げる 巨木は悠久の時間を刻んでいる ---------------------------- [自由詩]かみさまようちえん/チアーヌ[2005年10月10日16時05分] かみさまようちえんはお空の上にあります 今日は楽しい運動会 お母さんもお父さんもいませんが こどもたちはみんな元気です かみさまようちえんにはお花もおやつもおもちゃも たくさんたくさんあります おともだちもたくさんいます だからさびしくありません せっかくの運動会ですから 園長先生はたくさんのかみさまたちに 招待状を出しました みんな喜んで来てくれました 最初に園歌を歌います 「あかるいひかりおそらのうえに  みんなよいこであそんでいます  おいしいごはんをありがとう  きれいなおはなもありがとう  みんなでなかよくあそんでいます  たのしいたのしいかみさまようちえん」 そしてお遊戯がはじまりました みんなみんなたのしそうです どのこもみんなよいこです かみさまようちえんはお空の上にあります 園児は募集していませんが いつもたくさんのこどもたちでいっぱいです     ---------------------------- [自由詩]ブロックの街/チアーヌ[2005年10月10日16時19分] 昨日の晩空を飛んだよ 久しぶりにね 夢じゃないよ 嘘じゃないよ ほんとは飛べるんだ 隠してたけどね 僕は君に夜景を見せてあげたいな 空からみるとね 都会はおもちゃのブロックでできてるって よくわかるよ 地面に立ってちゃわからないし 飛行機からでは遠くてよく見えないよ 自分で飛ばなきゃだめさ 都会はみんなそうさ ときどきブロックをそっと組み直したくなるよ だから僕と一緒においで 地面に立っているのは時々つらくないかい? 3段に重なった高速道路の上や下を自由に飛び回るのは とてもいい気分だよ 何も怖くないよ 僕がいるんだから ビルの間をすり抜けたら ブロックでできた白いホテルに行こう そこはワンダーランドなんだ だから僕たちも行こう 何も怖くないんだよ 嘘だと思ったら 明日僕のところにおいで 君がそろそろ 地面に立っていることに疲れていそうだから 誘っているのさ ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]赤頭巾ちゃんの訪問。そして、黒頭巾ちゃんとおおかみの電話/チアーヌ[2005年10月10日23時44分] 黒頭巾ちゃんのところに、赤頭巾ちゃんがやってきました。 「あら、お久しぶり。どうしたの?」 「そ、それが・・・。緑頭巾さん。聞いてくださいよ。わたし・・・」 赤頭巾ちゃんは来たときから暗い顔をしていましたが、いきなり、泣き出してしまいました。 ちなみに、緑頭巾さん、というのは、黒頭巾ちゃんのことです。黒頭巾ちゃんは、普段は緑の頭巾をつけているのです。 黒頭巾ちゃんは、赤頭巾ちゃんがろくに物も言えず泣いているのを見て、ピンときました。 あいつです。これは、おおかみのしわざに違いありません。 先日、二人は、黒頭巾ちゃんを介し、知り合ったのです。けして、紹介したわけではありませんが、手の早いおおかみのこと、どうせろくなことにはなっていないはずです。 「一体、どうしたの?とりあえず、温かい紅茶でも飲みましょうか。さっき、庭で取れたローズヒップでジャムを作ったの。ロシアンティーにしましょう」 赤頭巾ちゃんはしばらく泣いていましたが、ローズヒップジャムを入れた紅茶を飲んでいるうちに、少し落ち着いたようでした。 「緑頭巾さん、ありがとうございます」 「赤頭巾ちゃん、大丈夫?昨日焼いたパウンドケーキがあるから、それも持って来るわ。ちょっと待っててね」 そういって、黒頭巾ちゃんはリビングを離れました。 キッチンの側で充電していた携帯電話の表示を見ると、やっぱり着信有りになっています。見ると、おおかみでした。 用事は大体見当がつきます。 黒頭巾ちゃんはお皿にケーキを盛り付け、目を赤く腫らした赤頭巾ちゃんのところへ持ってゆきました。 「さあ、ケーキよ。ちょっとね、お砂糖が足りないかもしれないけど。甘さ控えめにしてみたの。良かったら食べてみてちょうだい」 「ありがとうございます・・・」 黒頭巾ちゃんは、自分も紅茶を一口飲みながら、一体どうするかしばし考えました。 まぁでも、赤頭巾ちゃんの出方にもよりますから、様子を見ることにしました。 ローズヒップのジャムはまぁまぁ良く出来ています。今度は、もう少し、蜂蜜を多めにしても良いかしら・・・・。 「実は・・・先日紹介していただいた、おおかみさんのことなんですけど」 紹介なんかしてないわよ、と思いながら、黒頭巾ちゃんはうなずきました。 「ああ、おおかみさんのことね。あの方が、どうかしたの?」 「あの・・・。お話はしていなかったんですけど、実はあのあと、わたしたち、お付き合いしていたんです」 「あら、そうなの。知らなかったわ」 「それで・・・。あの・・・。最近わかったんですけど、おおかみさんは、わたしの他にも付き合っている人がいたんです。それも、たくさん。わたしが泣いて怒ったら、実は婚約者もいるって言い出して。素敵な人だと思ったのに、ひどい」 黒頭巾ちゃんは、一呼吸置いて、言い出しました。 「あのね、最初に大事なことを聞くけど、いいかしら?」 「はい・・・。なんですか?」 「赤頭巾ちゃん、体のほうは大丈夫かしら。避妊はちゃんとしてた?もしもしていなかったとしたら、妊娠の検査はもちろん、性病の検査にも行ったほうがいいわ。放っておくと、将来、赤ちゃんが産めなくなるかもしれないわ」 「えっ。妊娠は・・・・。あ・・・。そうだ・・・。不安になってきました」 そうでしょ、そうでしょ、あいつは生が好きなのだ。妊娠と性病は、まず確認しなければ。 「あのね、赤頭巾ちゃん。おおかみは確かにちょっと素敵だったかもしれないわ。お金も持ってるし、毛並みはいいし、連れて歩いて見劣りしない美男でしょ。でもね、あのおおかみと付き合うのは、まだ赤頭巾ちゃんにはムリだわ。赤頭巾ちゃんは純粋すぎるもの。おおかみには悪気はないのよ。だっておおかみなんだもの。あれはもう仕方ないの、ほうっておくしかないのよ。それを上手く防御できない赤頭巾ちゃんが悪かったのよ。だからね、今後のことなんだけど、まずは病院に行くことよ。心に傷が残るだけなら大したことじゃないけれど、体に一生残る傷がついたら、それこそ大変よ。何年も何年も、赤頭巾ちゃんはおおおかみを恨んで暮らす事になるわ。それはね、純粋に、時間のムダよ」 赤頭巾ちゃんはびっくりしたように黒頭巾ちゃんを見つめ、何事か考えていたようでした。 「緑頭巾さん、心当たり、あります・・・・。いろいろと、不安になってきました。これからわたしがしなきゃいけないことは、まず、病院にいくことなんですね。それと、やっぱりわたしは、おおかみさんに騙されていたんですね・・・・。わたしはこんなに、好きだったのに・・・。本気だったのに・・・・」 赤頭巾ちゃんは、うなだれたまま、言いました。 黒頭巾ちゃんは、ふと思いついて、お庭に咲く花を切って、花束を作り、赤頭巾ちゃんにプレゼントしました。 「これ、おうちで活けてね。だいじょうぶ、赤頭巾ちゃんはこんなにかわいらしいんですもの。これからいくらだって、良い人に恵まれるわ。赤頭巾ちゃんのこと、わたしは大好きよ。だからお願い、あんなおおかみのことなんかで、あまり悩んだりしないで」 赤頭巾ちゃんが、しゅんとしたまま、でも、来たときよりは顔を上げて、玄関を出て行ったので、黒頭巾ちゃんはほっとしました。 そしてしばらくすると、黒頭巾ちゃんの携帯電話が鳴りました。 「あ、俺。しばらくだね」 「ほんとね」 「あのさー、赤頭巾ちゃんのことなんだけどさ」 「来たわよ、さっき」 「え、そりゃずいぶん早いなあ」 「あんたね、いいかげんにしなさいよ。女だったら誰でもいいくせに、ああいう純粋な子まで傷つけて」 「たまには俺だって清らかな子と付き合ってみたかったんだよ」 「まぁ、別にわたしには関係ないからいいけど」 「そう冷たい言い方するなよ、黒頭巾」 「泣いてたわよ、赤頭巾ちゃん」 「あいつはいつもメソメソしてるんだよな、そういうところがうっとうしくてさ。で、上手く言ってくれたんだろ?」 「上手く言うってどういうことよ?ま、あんたがサイテーだっていうことだけは言っておいたわ」 「ひどいなあ」 「本当のことなんだからいいじゃない。仕方ないでしょ。で、話、終わり?切るよ」 「なんだよ、久しぶりなんだからもう少し話そうぜ。っていうかさ、たまには遊んでくれよ、黒頭巾ちゃん」 「あんたとはごめんだわ。病院にでも行って、性病じゃありませんっていう証明書でも貰ってきたらどう?」 「へえ、じゃ、証明書貰ってきたら遊んでくれるわけ?」 「どっちにしてもお断りかもしれないけど」 「冷たいよなあ。なんでだよ、昔は楽しかったじゃないか。黒頭巾も家でちまちまと主婦業なんかしててヒマだろ?たまにはぱーっと遊びに行こうぜ、好きそうな所に案内してやるよ」 「まあね。確かに今の生活は面白いわけじゃ無いけど、あんたが思ってるほど、ヒマでもないのよ」 黒頭巾ちゃんはぶち、と電話を切りました。 もう日が暮れかかっています。黒頭巾ちゃんはこれからバラの剪定でもしようかと、リビングのソファから立ち上がりました。 ---------------------------- [自由詩]時間つぶし/チアーヌ[2005年10月13日15時33分] ぐらりと目が回り ぼんやりとしゃがむ 誰も見ていない場所で アスファルト道路は何回も塗り直されて ガタガタ 風はひんやりと涼しく 音のしない住宅が立ち並ぶ 遠くで轟音のような車の音がする 一歩中に入ればまるで迷路のような散歩道は すべて大きな道路につながっていて 逃げる場所などありはしない 幻想はここだけさ だからわたしは慎重に内側だけを回り続ける 夢など見ていない ぼんやりとした目線の先に 赤トラの猫が一匹 蹲っている 一緒に遊びましょ わたしもあなたも 時間つぶしの最中だね ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]銀ぎつねさんのお店/チアーヌ[2005年10月18日23時29分] ある日、黒頭巾ちゃんは、傷心の赤頭巾ちゃんを連れて、お出かけすることにしました。 おおかみとのことで、赤頭巾ちゃんは、大事な赤頭巾をずいぶんと汚してしまったみたいで、少しワインレッドの頭巾になっていました。 黒頭巾ちゃんは、赤頭巾ちゃんと一緒に、どんどん夜の盛り場の奥へ入っていきました。 「緑頭巾さん、お詳しいんですね」 「そんなことはないわ」 黒頭巾ちゃんは、緑の頭巾を被っていますが、夜の暗闇の中では、それはとても黒く見えるのでした。 「さあ、ここよ」 黒頭巾ちゃんは、赤頭巾ちゃんを、地下へ降りる階段が長い長い、深い地の底のお店に案内しました。 重い木のドアを開けると、そこには落ち着いた雰囲気のバーがありました。 「いらっしゃいませ」 中へ入ると、とても素敵な男性が近づいてきました。 「久しぶりだね、黒頭巾ちゃん」 「ほんと久しぶり。銀ぎつねくん、素敵なお店ね」 「やっと来てくれたね」 「遅くなってごめんね。そうそう。紹介するわ。こちらは赤頭巾ちゃん。わたしのお友達なの。赤頭巾ちゃん、こちらはね、銀ぎつねさんと言って、わたしの昔のお友達なの。最近、ここにお店を出したのよ」 銀ぎつねさんと黒頭巾ちゃんは昔、勉強中に知り合ったのですが、銀ぎつねさんは事故で勉強をやめ、バーのバーテンになり、そして途中からホストクラブへ移り、そこでずいぶんたくさんのお金を稼いで、自分でお店を開いたのでした。 「素敵なお店ですね。あのピアノは、銀ぎつねさんがお弾きになるんですか?あれ、フルコンですよね」 赤頭巾ちゃんが店の隅においてある大きなピアノを指差して言いました。 「いや、僕は弾きませんよ」 銀ぎつねさんが言いました。 黒頭巾ちゃんは、久しぶりに会った銀ぎつねさんの指を、じっと見つめました。 昔、とても好きだと思った指なのでした。 けれど、もう、それはずいぶん昔のことなのでした。 赤頭巾ちゃんと、銀ぎつねさんのお話が盛り上がり始めた辺りで、トイレに行くふりをして黒頭巾ちゃんはそっと銀ぎつねさんのお店を出ました。 秋口の風は冷たく、黒頭巾ちゃんはちょっと震えながら月を見上げ、ゆっくりと体にショールを巻きました。 こんなに月の明るい晩には、黒い神様は現れないに違いないわ、と思っていたのですが、帰る途中にふらりと立ち寄ったお店に、神様はいたのでした。 黒頭巾ちゃんはお店の隅で、神様とキスをして、二人で手を繋ぎ、そのお店を出ました。 神様、今夜もありがとう。わたしは神様を愛しています。黒頭巾ちゃんはぼんやりとそう思いました。 ---------------------------- [自由詩]川に入る/チアーヌ[2005年10月19日11時11分] 川に入る 日差しは柔らかく 水はひんやりと冷たい 落ち葉が流れ 水の音が響き ここは とても静かで 誰もいない わたしはわたしを洗い流す 髪を洗い 顔を洗い 乳房を洗い そして子宮の中まで すべて洗い流す 勢い良く流れ込む 水で ---------------------------- [自由詩]営業トーク/チアーヌ[2005年10月20日10時41分] 眠っていたら、声がした 隣の部屋に、営業が来ている マンションは鉄筋コンクリートだから 声がとても響く 内容はわからないが誰かが営業している わたしはドアの側まで行き耳を押し当てる 明るい昼間、営業は営業トークを繰り返す 何を営業しているのだろうか 隣の人の声は聞こえない 気配もしない わたしは胃酸過多で苦しい胃を押さえ 毒息を吐きながら耳をそばだてる しだいに声は遠のき営業は終った 足音はわたしの部屋の前を素通りしていった ---------------------------- [自由詩]花の影/チアーヌ[2005年10月20日22時34分] 板壁に花の影が映っていた。 花は微かに揺れていた。 もうすぐ冬になり枯れてしまうから、 寂しくはないだろう。 古びた板壁も10年以内には崩れて無くなるだろう。 でも今はまだ花は咲いていて、影を持っている。 ---------------------------- [自由詩]あなたなんか嫌い/チアーヌ[2005年10月21日22時49分] あなたなんか嫌い だから きれいな女の子を紹介してあげるわ わたしの知り合いの中で 一番の上玉を紹介してあげるわ きれいでしょ かわいいでしょ どうぞお好きなように あなたは 性格が良くて きれいな女の子ならば 誰でもいいんでしょ だから紹介してあげるわ さあどうぞ お好きなように あなたなんか嫌い ---------------------------- [自由詩]飛行機は頭上を飛ぶ/チアーヌ[2005年10月24日10時34分] これから先何年経っても忘れない そう思ったことさえ忘れてしまう あなたもきっと忘れてしまった お互いに忘れてもう二度と会えなかったら 死んでしまったことと同じ わたしはきっと忘れない 血を吐くほどそう思った 思ったことは事実だ いつかきっとまた会いましょう 二度と会えないかもしれない人に何度もそう言った 夜の空港はまるで空気清浄機がハイテンションで まるでビニール袋を被ってしまったみたい わたしは息が詰まる わたしはけしてあなたを忘れないと 何度も何度も何度も それはもうずっと昔の話 そんなことを思い出した もうなんでもないわ どうしてかしら 「ここで止めて」 そう言ったら彼は車を止めてくれた 高速道路を降りてすぐのネオンサインまばゆいホテル街 少し離れて 彼は煙草に火をつける わたしは車のドアを開け夜の中に降りる 飛行機が低い場所を飛んで行く 二度と会えない場所に もう誰も入れない だからわたしは優しくして上げようと思う 優しくしようと思う人には 昔はそんなことできなかった もう忘れてしまった もう死んでしまった 飛行機は頭上を飛んで行く 涙なんか出ない 泣くべき場所でも泣くべき時でもない でも 喉が渇いた ---------------------------- [自由詩]長い夕暮れ/チアーヌ[2005年10月25日13時10分] 目が覚めたら旦那さんが二人いて二人は友達でとても仲が良い。この世では女が一人に旦那が二人、それは当たり前。二人以上は許されない。それは不倫。 どうして3人でできないのかしら?わたしは不思議で仕方ない。3人でしたっていいじゃない?わたしは平気なのに。結婚7年、ねえもうセックスも飽きたね。だから巨大なトリプルベッドを買って、みんなで寝ようよ。窓は全開でね。 わたしは朝起きて朝ごはんを作る。あなたたち、ごはんよ。ひとりは卵サラダがないと怒るし、ひとりはウィンナソーセージがないと悲しい顔をする。だからわたしは毎朝パンを焼き、コーヒーを入れ、卵サラダを作りウィンナーを焼く。 二人が仲良くスーツに着替えて会社へ行くと、わたしもお化粧をして着替え、お仕事に出かける。わたしの仕事は図書館の司書。図書館の匂いが好きだから選んだの。坂だらけだから疲れるんだけどね。 仕事は好きよ。わたしは長い坂を上り下りして本を本棚に戻していく。坂は長すぎて上も下も見えない。とても疲れるけれどいいの。これは気持ち良い疲れなの。やるべきことを一日分、一日かけてやるだけ。ひとりの人間にそんなにたくさんのことはできないのだから。 コーヒーをちょうだい。わたしにもちょうだい。とても良い匂いの。そろそろ家に帰って晩ごはんを作らないと。あなたは誰ですか?小学校のとき、一年間だけ一緒だった男の子、そうだわ。思い出した。わたしあなたのことが大嫌いだったの。仕方ないからこっそり遊びましょうか。今なら大丈夫、誰もいないよ。 日曜日は家具屋に行くの。わたしたちはとっても幸せな家族。大きなベッドを買いましょう、わたしが真ん中で、旦那二人は両側に寝てね。乳房は二つあるから、一個ずつ握ればいいわ。でもわたしの分はないの。 図書館は坂だらけでねえ、と誰かがつぶやく。そうよ。上を見ればきりがなく、下は暗闇の中。わたしの職場はとても素敵なところよ。さあ、ビバルディでも聞きましょう。口の中に突っ込んであげるわ。 仲良く生きていきましょう。仲良くできるうちはね。欲しいものはありますか?命より?それならば今すぐに。神様はいつだってあなたの敵です。 ---------------------------- [自由詩]バカにすればいい/チアーヌ[2005年10月25日17時44分] わたしが毎晩家にいると 友達がみんなバカにする 約束も無いのに男を待っているなんて 負けてる証拠だとバカにする お風呂の扉の前まで電話を持ち込んで シャワーの間も電話がかかってくることを期待して びくびくと待っている わたしをみんながバカにする その男に奥さんがいることなんか知ったら きっともっとバカにするんだろうな 奥さんがいる男に遊ばれて それでも会いたくて期待して 彼がふとドアを開けてくれるんじゃないかと そう思うとコンビニにさえ行けない わたしをみんなでバカにする 恋に勝ち負けがあるのなら 完全に負けている そんなことわかってる 彼はそれほどわたしを好きじゃない みんなが言う通りだよ そうだよ バカにすればいい 笑えばいい わたしはちっとも恥ずかしくない わたしは彼が好き この気持ちがいつかどこかへいってしまうまで わたしは毎日ここで待ってる どこにも行かない 彼が好きな献立を毎日整えて わたしはここで待ってる バカにしてもいいよ ---------------------------- [自由詩]ほんとうのこと/チアーヌ[2005年10月26日11時46分] 田舎から出てきたばかりで 胸膨らます新入生 4月からどこに住むのかな 不動産屋は待ってます みんなが喜ぶ学生さん 重要事項説明書 ひらひらさせて待ってます これでもわりと良心的なほうよ 物件に掘り出し物はありません 業界の常識 そこへやってきたかわいい子羊ちゃん とってもカワイイわたしのタイプ さらさらの髪の毛に切れ長のおめめ お姉さんがんばっちゃうからね 「お金を節約したいので少しでも安い部屋がいいんです」 「そうですか、じゃあ少し郊外でもいいですか」 「大学には近くないと困ります」 「お風呂は共同でもいいですか」 「それはちょっと困ります」 「変形のお部屋で収納が無くてもいいですか」 「収納はないとちょっと・・・」 「じゃあ北向きの部屋ではどうかしら」 「日当たりが悪いのはちょっと」 「うーん」 それじゃこの予算でこの場所には借りられないよムリムリ そう思ったとき子羊は目を輝かせ張り紙を指差した 「あ、あれ、あれがいいです」 大学から徒歩4分駅から徒歩5分バストイレつき高級賃貸マンション 大家さんにもよくよく頼まれているたぶんこの子なら入る いける騙せるこっちには責任ない ふと目線を感じて振り向くと主任がガッツポーズ わたしは車の鍵を持ち立ち上がる 「それじゃあご案内しましょう」 カローラは明るい昼間の街中をすべるように走るよ そしてすぐに着いちゃった 「わあ、すごく豪華な建物ですね」 築12年だけど鉄筋コンクリート八階建てタイル張りの建物はまだまだいけてる 買うわけじゃないし賃貸だから余計そう思うだろう エレベーターに乗ると7階のボタンを押す 部屋に入る 「明るいですね!それに広い。キッチンがダイニングにできますね」 「そうですね、広いですね。それに南向きで前は公園ですから、眺めもいいですね」 営業トークしながらわたしの心は暗い 「もう決めます」 やっぱりそうか 本当ならすぐに事務所に電話して部屋を押さえるところだけどわたしは迷う 本当にいいのか 昔見た映画のシーンが目に浮かぶ 「シンドラーのリスト」 うーんあんな大げさなもんじゃないがしかし わたしは意を決してかわいい子羊に向かい合う 「あの。お化けは好きですか?」 「は?」 「お化けは平気なほうですか?」 子羊は黙ったまま何か考えてる風 「あの、それは、もしかして、この部屋は」 「わたしの口からはこれ以上言えませんが」 あのねこの部屋はね去年の12月そうよたった3ヶ月前に首吊りがでたばかり それにねそれは初めてじゃないのこの部屋に入った人はなぜか例外なく死ぬの 理由はわからないお祓いなんか何回もやったのよ 12月の首吊りの前はね6月に飛び降りが出たの 布団を干してて落ちて事故だって言われたわ その前はね単身赴任のお父さんがここで心臓発作起こして 大体一年はもたないのよそれでもいいのかしら確かに家賃は安いわよ ここはねここはねここはここはここは お化けが出るかどうかは知らないけどここはねとても 子羊ちゃん覚えておいたほうがいいわ 不動産物件に掘り出し物というのは ないの ---------------------------- (ファイルの終わり)