チアーヌ 2004年8月23日12時25分から2004年10月14日13時34分まで ---------------------------- [自由詩]夜の海で/チアーヌ[2004年8月23日12時25分] 夜の海で眠る 夜は海だ ゆらゆら揺れる波の上で 何度も投げ出され 海に飲み込まれる 人は ほんとうは誰もいない というかわたしもいない わたしは小さなばらばらになる 隙間に水を含み膨張し広がり どこまでも海になり 小さな点は砂粒となって 海の底へ沈んでいく もう誰の体かわからないよ ---------------------------- [自由詩]わるいゆめ/チアーヌ[2004年8月23日15時50分] わるいゆめを何度も見たい 何度も 何度でも 口から血を吐き 股間から血を吹き 血じゃないものも吹き わたしは裏返る そんな わるいゆめ を わたしは わるいゆめが好き それが ゆめならば ---------------------------- [自由詩]ホテルフリーダム/チアーヌ[2004年8月25日12時35分] ダサい名前 酔っ払って あんた誰?みたいな中年男と 駆け込んだボロい部屋 例えばそこで 一発済んだあと がたがた動くベッドに不審の念を持ち マットレスを上げてみたら ベッドの下に 真っ暗な地下へ降りてゆく階段が 出てきたとしても わたしは驚いたりしない 降りてみるよ 枕元の有線チャンネルから 流れるドゥービーブラザーズ 景気づけにでかい音で鳴らして ねえあなたもどう 一緒に降りてみたい? どこまでも もう忘れるくらい 階段を降りてゆくと そこには古びたドア さあ開けてみようよ? もしかしたら フリーダムかもしれないじゃん? わたしは開けるよ そこは道路 舗装された道路 まっすぐな道 両側は空き地 ふとみると いつのまに 隣の男が若い わたしは子供 なるほど このくらいの年の差が あったわけね ここはどこ まぁ、いいか 後で考えよう 後で フリーダムかもしれないし ---------------------------- [自由詩]ガードレール/チアーヌ[2004年8月25日12時57分] 車で高台へ ここは帰り道 あなたは疲れてる 中途半端な夜景が 二人にはお似合いで やめるしかないのかな 今のうち アイスが食べたいって言ったら あなた買ってきてくれた 甘いものはやさしい あなたもやさしい どっちだっていいんだと思う たぶん あなたにとっては キスするたび激しくなる きもち ひとりだけつらいのがいやだから いっそあなたを巻き込もうかと 思うこともあるんだよ これでも ねえ少しは わたしを怖がってよ アクセル一杯踏み込んで ガードレールをぶち破ることなんてできないと あなたは思っているでしょうけど わたしはできるんだよ しないだけ だから お願い 私を怖がって 私を怖がってよ ---------------------------- [自由詩]蓮/チアーヌ[2004年8月28日14時43分] 踏み込めばどこまでも沈む そんなどろどろの泥沼 汚い水には蟲が湧き ぬるりとした感触でわたしを包む ここで根を張り 蛆虫も糞便も全部栄養に変えて吸収し 汚れた大地と腐れた水の上にぽっかりと わたしは咲いてやる 大輪の花となって 汚れた大地で天上を夢見る そして種をはぐくんで その種が落ちていったら わたしは気味の悪い空洞となろう そしてわたしはまた汚れた水に戻り 蟲と糞便にまみれながら 水上で咲く日を夢見る 蠢く蟲にまみれ ---------------------------- [自由詩]嘔吐/チアーヌ[2004年8月29日18時52分] 裏返る感じがして げぼっと吐いた ごめんなさいごめんさないと つぶやいてみたけど ほんとは誰もいなかった いないのはわかっていて わたしは必死で謝る ごめんなさいこんなことしてごめんなさい こんなことしないと満足できないわたしをどうかどうか どうかゆるしてください げぼげぼげぼげぼげぼげぼ ああごめんなさい 道路を植え込みを街の片隅を車の中をホテルのトイレを 美しいはずの夜をこんなにも汚してしまって 汚い汚い汚い汚いわたしをどうかゆるして おねがいゆるして ください ---------------------------- [自由詩]言葉はいらない/チアーヌ[2004年9月5日13時49分] どうすればいいか と思ったとき できることは 考えることではなく ぎゅっと抱きしめること だけが 何かを救うから あなたを胸に抱いてぎゅっと あなたが苦しがるまで ---------------------------- [自由詩]静かな夏休みが終わった/チアーヌ[2004年9月9日11時22分] 静かな夏休みが終わった 波の音や 山の木々の葉ずれの音 動物の鳴き声 テニスボールがぶつかる音 のんびりした鈍行の行く音 渓流のせせらぎ それからなんだっけ 釣りをしているおじさんの、魚を上げる音 カブトムシを捕りに行く音 プールで泳ぐ水音 などなど そんな音がしない、 静かな夏休みが終わった こどもたちに訪れるだろう たくさんの音たち こどもたちは聞くだろう 記憶を作るため わたしの耳はもう 違う音を聞くだろう 同じ場所にいても ---------------------------- [自由詩]チャームポイント全調査/チアーヌ[2004年9月10日9時21分] 当たり前だけど 「性格がいい」なんてことや 「思いやりがある」なんてことは 二の次三の次 目の前にズラーっと並ぶ モデルのお姉ちゃんたち さあ始まるよ 審査審査オーディション 上司が質問する 「あなたのチャームポイントはどこだと思いますか?」 これがけっこう、みんなはっきり言うんだ 「目がきれいだね、って言われます」(そっかぁ?) 「天然ボケなところです」(天然ボケが自分のこと天然ボケっていうかぁ?) 「足です」(よし、見せて、付け根までね) わたしはメモを取りながら、上司の方を盗み見 笑いもしないけど、声はやさしくモデルちゃんたちをねぎらう 「今日はありがとう。結果は後日、事務所の方に連絡します」 モデルちゃんたちが帰ると みんなで話し合う どの子が良かったか 半分くらいは つかいものにならなそうで却下 残りの半分を 見た目と受け答えで審査 バカでもいいけど 下品じゃ困る そしてひとりを選ぶ あんなにみんなキレイなのに 世の中はキビシイ チャームポイントってなんだろう とりあえず 調べたりするもんじゃないだろう ふつうは そう、ふつうは調べたり、申告したりするもんじゃないんだ 「お前のチャームポイントはどこだろう?」 不意に話しかけてくる上司の声に、 「見えないところにあるんですよ」 と笑って答えてみた 上司も笑った ---------------------------- [自由詩]弟/チアーヌ[2004年9月14日12時17分] 夢で見る弟を追いかけてしまう 弟は時折現れる でも触れることはできない わたしがピアノとフルートの伴奏で 歌を歌った夜 弟は会場の一番後ろの席に座り わたしを見ていた 「弟だ」 と思った 演奏が終わったとたん追いかけたけど もう弟はいなかった あわてて会場を出て 必死で息を切らし なりふりかまわず追いかけたのに どこを探しても弟はいなくて もうだめだと思った 誰もいないしんとしたロビーで わたしは床に伏して泣いた 大きな声を上げて泣いた わたしには弟はいない そんなことはわかってる でも追いかけてしまう 弟はどこにも いないのに ---------------------------- [自由詩]暗い道に落ちているもの/チアーヌ[2004年9月18日21時29分] 暗い道に 落ちているもの 気になるけど 拾わない これまで何度も 何度も 拾った それらは拾って持ち帰ると どれも 黒くなった わたしは悲しかった 暗い道に 落ちているもの もう 拾わない がまんする そして家に 帰る 真っ黒な家に 帰る ---------------------------- [自由詩]ともだちの夜/チアーヌ[2004年9月18日21時33分] ゆっくり服を脱いで ここは最上階で ほくろの位置は秘密で わたしはあなたとベッドに入る 暗い暗い部屋で わたしはわたしを 見せたくない あなたはわたしのともだち 外の夜景を見るには 灯りは不要で あなたの暖かい肌触りは 記憶の中の誰かと同じ すべすべしてるね 気持ちいい ねえ あれから何があったの ひとつづつ話して 夜は長いから やっと通じたね こんなに簡単なのに むずかしいね 今夜この空間に 入れるのは ホテルのボーイさんだけ だね やさしい眼で見つめて 恋人を見るように 今夜だけは 悲しい出来事も みんな 忘れるくらい たくさんのことを共有しても ともだちでいられる そんなともだち わたしのだいじなともだち わたしのだいじなともだち ---------------------------- [自由詩]楽しい一日(新宿編)/チアーヌ[2004年9月20日13時27分] きのう ゾウガメに乗って 都庁へ行ったら 穴がいっぱいあいててさ モグラはみんな1メートル ふさふさした毛で ごあいさつ 鉄筋も コンクリも 大好物なんだってさ かわいいね わたし抱きしめて チューしたよ 今日は何しにきたのって言うから パスポート更新しにきたのって 言ったら はいどうぞって くれた ぴかぴかのやつ ありがとう さよならって わたしはゾウガメに乗って 今度は 素敵なホストクラブへゴーゴー やさしくしてね きれいって言ってね なでなでしてね うそでもいいの 楽しくしてね 楽しく 最後に わたし お礼するね ディジリドゥを吹いて プレゼントしてあげる 仲良くしてね みんなみんな ありがとう ありがとう ---------------------------- [自由詩]記憶装置が壊れるまで/チアーヌ[2004年9月22日20時08分] あなたは電車で言った こんなこと長くは続かない 続いたことはあるかと わたしは答えられなかった 続いたことなどなかったから 答えはいっこだけ 答える必要などなく いつか終わる けれどだからといって 二人のきもちを 消したりできない あなたはタクシーでわたしの手を握り わたしはさっきまでふたりのあいだで 行われていたことを思い びくん と 体を震わせる ふたりのあいだに 何もなくなることを 恐れてなどいない 記憶装置が壊れなければ 思い出すことはできるよ わたしは覚えていることはできる 悲しいことに たぶん忘れたりしない でもそのころには たぶん悲しくはないんだ わたしの中には あなたがまだいるよ 5年たっても10年たっても びくん と 体を震わせた記憶は まだわたしの中にある あなたは昔のあなたで わたしも昔のわたし だからあのことは あそこで止まってしまったと同じ もうどこにもないそのことは 二人の記憶の中だけに 記憶装置が壊れるまで わたしたちのことはあるの たくさんのあなたと たくさんのわたし たくさん流れた何か そして押し流されたあとに残った小さな記憶の 核の部分をわたしはけして忘れない 続いたことなどなかった 続けたことなどなかった 続けられるはずもなかったこと の記憶は 今もわたしの中に それをときどき取り出してわたしはまだ涙を流す 続けられなかったこと 続かなかったこと もう取り戻すことのできない安心 所有などできないのに していると思うから 人は狂う わたしは何も持ちたくない わたしはなにもいらないの だからわたしは泣く 何もない場所で 誰もいない場所で どこにもゆくところのないまま ぐにゃぐにゃした地面と ぐにゃぐにゃした壁と 薄い空気 必死に呼吸を繰り返しながら わたしは泣く あなたはどこにいるの あなたはどこへいったの あなたはどこからきたの あなたは あなたは あなたなんていない あなたはほんとうはいない どこにもいない どこにも ここはどこ ---------------------------- [自由詩]リラックス/チアーヌ[2004年9月26日14時03分] その場所は小さな木造モルタルのアパートで たぶん1980年代のどこかで建てられたもの 疲れていたので 迷いはなかった 部屋に入ると 中は2DKらしいのだが ごちゃごちゃと荷物が多く 狭く見える きれいじゃない 片付いてない その人と 少し話をした後 コースを告げられた 金額も 結構高いけど 疲れていたので うなずいた わたしは楽になりたかった 言われたとおりに寝巻きに着替え 外の物音や通りを走る車の音が 結構聞こえるので がっかりしながら わたしは 「はい、そっちに頭を向けて」 その場に寝転ぶように言われ わたしはうつぶせになる 不思議なにおいがして どーん と 何かが落ちてくる でもここなんとかならないの 頭のすぐそばには電子ピアノの足 気になってしかたないよ こんなところで、 ねえ でもすぐに 腹から変な温かみを感じ ゆるい振動がわたしを包む その人がわたしを床に付けるように 背中を押した わたしは ぐるり、 と眠くなった 自分でも信じられないほど急に 怖いぐらいに 眠くなった だめだ眠っちゃいけないと思った途端 窓の外からいろんな人が 話しかけてきた 最初は子供、そして老人、おじさん、おばさん、若い男、女 わたしの背中を押すその人は みんなと話をしている 眠っちゃいけないいけない そのうちに温かい水が口元に寄せてきて 苦しさを感じないままわたしは溺れて行く ねえたとえばこんな感じ たとえばって 何? わたしは目を覚ます 誰もいない やっぱりひとりだ やっぱり お母さん お母さん ねえちゃんと覚めたい この夢から覚めたい 覚めたい ---------------------------- [自由詩]忘れられた女/チアーヌ[2004年9月27日9時19分] 覚えていますか と 問いかけるのは怖い そして無意味だ わたしはあなたにとって 最初から存在しなかったと 同じなんだと 確認したところで 一体なんになるだろう 覚えていますか と 尋ねたくなったときは それは飲み込んで 「わたしは覚えている」 と それだけを思う ことにしてる 傷つかない ためじゃなく 事実を確認するため あなたがわたしを忘れようと わたしはここにいるのだ と ぐらぐらする地面に 腹這いになって 冷たい地面の奥の 熱を必死に求める たとえ冷たいままでもいい このまま凍えてしまっても 求めている ことだけが わたしを救ってくれる もう何もなくても あなたがわたしを忘れても わたしはもういなくても ---------------------------- [自由詩]コンビニ/チアーヌ[2004年9月27日22時13分] 「笑わなくていいよ」と 店長が言ったので わたしは笑わなくなった 一本調子で値段を読み上げるだけ 夜のコンビニに、エロ本を買いに来る男を 警戒するようになった バイト終了時間の待ち伏せが怖い 一度でもそういうことが起これば そういう目で人を見るようになる ほとんどがそんな人じゃないと思っても 男だけじゃない 女だって、エロ本は買う 買って読んで捨てる、資源ゴミの日に、新聞に混ぜて 男はどこに捨てるんだろう みんな、おなかが空くと 監視カメラから隠れた場所で適当に店のものを食べていた 暗闇の中で明るく煌々と 屹立する夜の避難所 懐かしい、懐かしくて吐きそうだ どうだっていいけど店長 奥さんがいない間にわたしに触ろうとしないで もうぜったいに 笑わないから ---------------------------- [自由詩]たくさんの双子/チアーヌ[2004年9月27日22時18分] おじいちゃんが双子だったの やさしいおじいちゃんだった あなたも双子なの?偶然ね ねえお兄さん連れてきてよお兄さん 弟なの?まぁそんなのどっちでもいいよ さあ、天井を眺めて、あ、空か、 ここ外だからね 空は青く見えるね、そうじゃないときもあるね、 でも良く見てると嫌になってくるの 外でするのは好きじゃないの、痛いし、わたし肌が弱いから できることなら中でしましょ、そう中で、中で、中でね いやべつにどこでもいいよ でも できれば毛布くらい敷いて欲しいなあ ねえ あなたが吸血鬼だったらいいのにな 一度死んで吸血鬼になれたら どんなに幸せだろう ああでもほんとはわたし一度死んでるの 今、死んでるのよほんとは 死んでる最中 ねえだからたくさんやさしくしてあげる たくさん だからあなたもやさしくしてね あ、でも双子は好きなの 大好き いつも双子ばっかりだよ 俺は双子だよって言われたら わたしすぐにOKなの でも、もうひとりの方には一度も会ったことがないの いつもひとりだけよ、でもみんな双子だって言うの みんな言うの みんな おじいちゃんの弟も 見たことなんかない 全部嘘だったのかな みんな嘘ついてたのかな なんか、 さびしい ---------------------------- [自由詩]名前/チアーヌ[2004年9月29日16時57分] わたしは誰でもなく なんとでも呼ばれる 身近な人には 名前で呼ばれ 子供には ママと呼ばれ 昔の知り合いには 旧姓で呼ばれ 離婚したことがあるので そっちの名前で呼ばれ 再婚したので こっちの名前で呼ばれ ニックネームで呼ばれ ハンドルネームで呼ばれ 幼稚園にお迎えに行けば 子供の名前にママがつき ところ変われば 名前が変わる 遠い関係になれば くくりがどんどん大きくなって 日本人で 女で 人間で 宇宙人からすれば 地球人だよ わたしって誰 とりあえず ハンドルネームだけは 自分で決めました チアーヌ 自分で決めた名前は これだけ ただの記号 ---------------------------- [自由詩]かわいい匂い/チアーヌ[2004年10月4日9時23分] 泣いているこどもは 湯気が立っていて かわいい匂いがする 抱き締めて 頭に鼻をくっつけて くんくん嗅ぐよ 産まれたてのときは わたしの内臓の匂いがした 今も少し する ---------------------------- [自由詩]ゆきちゃん遊ぼう/チアーヌ[2004年10月5日21時41分] ゆきちゃんを迎えに行くと 金木犀の香り 静かなおうちの中には 病気のおばあちゃん 少し日当たりの悪いお庭に咲く 石蕗や 柊 藤袴 「お勉強するから遊べないの」 そういって、優しく断るゆきちゃん 学校から帰ると 斜め向かいのゆきちゃんのおうちに わたしは誘いに行くけど ゆきちゃんはほとんど出てこない ゆきちゃんのおばあちゃんは わたしのことが嫌い 静かな子が好き お勉強のできる子が好き こどものわたしにも ちゃんとわかってる ゆきちゃん遊びに行こうよ ゆきちゃん遊びに行こうよ ---------------------------- [自由詩]ゆめ/チアーヌ[2004年10月6日0時35分] 暗闇の中の大きな木 紫色の花がぼんやりと咲く 濃い緑と紫の混ざった匂いの下 わたしは靄のかかった月を見上げる これはぜんぶ いまわたしだけ ---------------------------- [自由詩]コスプレ/チアーヌ[2004年10月6日9時20分] 毎日毎日コスプレだ! どこに行くか・誰と会うか・どんな自分で通すか 簡単なこと 幼稚園ママとしての目立たない格好はどれだ! 公園デビューにふさわしい格好はどれだ! とりあえずサリーとかを着ていっちゃだめだ インド人ならOKだ 街で隠れて暮らしたい 若作りもしたくない 合コンならば10人中4番目に位置 スタートは少し遅れ気味で そっといけないことする のに ふさわしい格好で ベーシック ---------------------------- [自由詩]いない場所/チアーヌ[2004年10月7日10時37分] よる寝ていたら 彼が帰ってきて ひどく酔っていて わたしは体を起こした そしたら女の声がして 女もひどく酔っていて 大きな声を出してる 「もう帰れないんだし泊めてよ」 髪の長い 白っぽい色のスーツを着た女 わたしがそっと 影に隠れて 覗いていると 彼は女を押し戻して 「さっさと帰れよ」 と足蹴にしそうな勢い 「なんでよいいじゃないの泊めてよ」 二人ともよれよれに酔っていて お互い理屈が通じる状態じゃない 「わかったよいま金やるから帰れ」 彼はどかどかと部屋の中に入ってきて テーブルの上に置いてあったわたしのバッグを乱暴に開け 財布を取り出して札を抜く 「これで帰れよ早く行け」 「なんでよめんどうだし帰りたくないの泊めてよ」 「バカいいかげんにしろ」 わたしはふたりをじっと見ている 息を潜めて 隠れながら ---------------------------- [自由詩]ダイエット/チアーヌ[2004年10月7日12時47分] もしもあのころのスタイルに 戻れるとでも言うのなら 悪魔にだって魂を売るつもりなのに わたしの汚れた魂なんかいらないらしく 悪魔もわたしを助けようとなんかしない がまんすればするほど つのる食への欲求 それは正に体の底から突き上げる欲望 「食べたーい!!!」 負けてたまるか まるでスポーツ漫画のヒロインみたいに 歯を食いしばるのだが ひとたびチョコレートを口に入れたとたん 無くなるまでやめられない どうしてもやめられない 止まらない 神さま仏さま どうかわたしを助けてください わたしは弱い人間です わたしは自分の欲望を抑えることができません 食べ物禁制の山に篭り 滝に打たれて煙に巻かれて 修行しなければならないのか 「心頭を滅却すれば火も亦涼し」 心頭を滅却すればおなかが空かない わけがない 悪魔よわたしの魂を売ろう 実は切り売りしすぎて もうあまり残っていないのだけど 今月のノルマがあと少しなら 協力できたりするよ? お願い元の体に戻して 女優さんみたいにきれいになりたいなんて 言わないから あと5キロ よろしく ---------------------------- [自由詩]嵐の夜/チアーヌ[2004年10月9日16時23分] 嵐の夜 魚は水底に 沈む ---------------------------- [自由詩]黄色い線の内側/チアーヌ[2004年10月9日16時37分] 黄色い線までお下がりください 下がってますよはいはい 車掌さんいつもありがとう 風の強い夜 電車は黄金色に煌々と輝き 静かにわたしの前に滑り込む ドアが開く 乗らないでいると 後ろにいたひとたちが次々 わたしの肩を押して 電車に入っていく みんないってしまった ---------------------------- [自由詩]フルメイク/チアーヌ[2004年10月9日20時49分] シャワーを浴び 体をすみずみまで洗って 髪をつやつやにブローし 化粧水 美容液 下地 コンシーラー ファンデーション 粉白粉 ここまでがベース 眉を書き アイシャドウを入れ アイラインを入れ まつげを持ち上げるように 丁寧に丁寧にマスカラをつける 最後に リップクリームを塗ってから 唇の輪郭をリップペンシルでなぞり 口紅をつけて チェリー色のグロスをつける そして 今日のために 新しく買ったお洋服に 手を通したら さあ出来上がり 恋してる女の出来上がり でもそのとき 頭の中をよぎった一抹の不安 こいつ期待してるなんて 思われたらどうしよう いやほんとはしてるんだけど 恥ずかしい やっぱりそんなのいやだ 口紅をぬぐい アイシャドウを落とし 着古した服で 会いに行く なめられたくない男に ---------------------------- [自由詩]一日の終わりに/チアーヌ[2004年10月11日9時33分] ぐるぐる回る 思考を止めて 自分を殺す 冷たい水が ぬるま湯になり 手を沈め 足を沈め 最後に頭が沈んでいく ごぼごぼごぼごぼ 何もない場所へ 落ちる ---------------------------- [自由詩]むかしのはなし/チアーヌ[2004年10月14日13時34分] むかし 街外れにあった ログハウスみたいな喫茶店で 冬になりかけた秋の日 あなたと二人 熱いコーヒーを 挟んで 何も考えていなかった でも永遠だとも思わなかった そのころは恋愛関係の ことなんか よくわからなかったから 関係は 長く続く場合と 続かない場合があって 恋愛関係というのは その中でも特に 続かない場合が多い関係である なんてこと 考えるほど のこともなく その喫茶店は暖かくて 静かで こぽこぽと音がして そして 窓の外には 冬が近づいてきていて わたしとあなたは 外に広がる林を見つめ しあわせだった ---------------------------- (ファイルの終わり)