チアーヌ 2004年6月23日10時59分から2004年8月12日11時56分まで ---------------------------- [自由詩]「小」/チアーヌ[2004年6月23日10時59分] 漢字の 「小」って お母さんが真ん中に寝て 子供が両脇に寝てる様子に 似てるね まいばん そうやって 寝ています ---------------------------- [自由詩]産卵/チアーヌ[2004年6月23日19時48分] どろりとした血のカタマリが ゆっくりゆっくり股間から滲むので 早く全部出ちゃえばいいのにと思う そうしたら生理なんて一日で終っちゃうのに トイレでじーっと次のカタマリが出るのを 待ってみたりする お産のあとは軽くなると聞いていたけど そんなことはないみたいだ でも大丈夫わたしにはバファリンがあるから ふたりの子供がトイレに座るわたしを覗き込む 小さな子供は母親が見えなくなることに耐えられないから トイレでもどこでも入り込んでくる 「ママ、血が出てるよ!大丈夫?(これは上の子)」 「大丈夫だよ」 「あー、あー、(これは下の子)」 「大丈夫だよ」 そうだねもしかしたら これは君たちの妹なのかもしれなかったんだね どろりとしたカタマリがわたしの中から流れ出た ---------------------------- [自由詩]満月の夜/チアーヌ[2004年6月28日13時13分] 心も体も逆立って どうしても眠れない 汗だくになりながら 何度も何度も寝返りを打ち 記憶を掻き毟る 流れる血の色は 見たこともない どす黒い色で こんな満月の夜にきっとわたしは いつか化物に変るんだろう ---------------------------- [自由詩]ストーン・サークルは僕が/チアーヌ[2004年7月1日20時25分] みんな石になる みんなみんな石になる おやきょうだいしんせき ともだちだんなおくさんこども ただのしりあいそしてしらないひとたち いつかいつかみんな石になる 何色のお墓にしようか 変った形で作ろうか でも時がたてば色も消えて形も無くなり やっぱりただの石になる みんないつかひとりで石になるんだから せめて輪を作ろうか それは僕が作ろうか 最後のひとつとなり ---------------------------- [自由詩]爆弾/チアーヌ[2004年7月1日20時33分] 「ほんとはね」 爆弾を仕掛けてるの あなたの急所を 探り当てたよ 遠まわしに少しずつ 見えないように わからないように 気づかれないように ねえあなた燃えちゃうよ 燃えちゃう わたしがスイッチを押したら そして 燃え尽きたあなたを コンビニ前のゴミ箱に 叩き込んでやる 信じてもいいし 信じなくてもいいよ どうせ同じなんだから ---------------------------- [自由詩]別腹の君へ/チアーヌ[2004年7月2日21時07分] 食欲と性欲はよく似てる お腹いっぱい食べても 違うタイプは別腹 だったりする 美形もいいが 知性も捨てがたい 体がいいのも魅力ですね たまには若くてかわいいのもいいし もちろんオヤジも素敵だ と、いうわけで 別腹していたら ある日 アヤシイ手紙が・・・。 全文紹介したいが とても書ききれない つまり長い しかも自筆 レポート用紙10枚くらいに書かれた それは まさに わたしの苦手とする 「論文」そのもの わたしには 書いてあることが さっぱり理解できない 面倒なので 放っておいたところ また、来た・・・。 同じくらいの 分量の 「手紙」という名の 「論文」 あのね、 理屈じゃ通らないこと 世の中にはいーっぱいあるのだよ それをわかってもらうため わたしはまたまた放っておいた まぁ、火をつけにくるほどじゃ ないだろうと タカをくくってただけなんだけど だって、一回チューしただけなんだよ? わたしだったら、一回チューしたくらいの男、 どうってことないんだけどなあ でもそれはわたしの理屈で 彼はそのことに 重大な意味を見出しているのだ あのさあ、 悪いこと言わないよ 君のその思いは 性欲だって割り切ってごらん ラクになれるよ 同じような想いを 男と女が 共有できることなんて ほとんどないんだ 共有していると思えるのは幸せな誤解 だから 立場でものを考えればいい 立場でものを考えることができるようになれば たぶん君はラクに生きられるようになる 立場はいっぱいあるから そのどれかに適当に自分を埋め込んでしまえばいい みんなそうしてるんだよ ね そして、それでも、 「立場」からはみ出してしまう かなしみや寂しさがあるとでも言うのなら そのときは 詩でも書きなさい 詩なら読んであげるから ---------------------------- [自由詩]母熊/チアーヌ[2004年7月2日21時49分] 子連れの熊だから 逃げ足が遅いの お願い 驚かさないでね わたし熊だから 大きな手に 鋭い爪があるの あなたの首をへし折ったついでに あなたの脳髄を掻き出しちゃうよ わたしはこどもを守らなければならないの あなたに構っているヒマはないの だから死んだフリしてちょうだい こどもを驚かせたくないの 鉄砲でドンと やらないでね そんなことしたら 恨んでやるから ---------------------------- [自由詩]全日本夜更かし選手権大会/チアーヌ[2004年7月5日16時20分] 「ママ、起きてよ!夜だよ!」 こどもたちの声がウルサイので、わたしはやっと目を覚ました。 こどもって、なんでこんなに毎晩早起きなんだろう。 そうか、夜か・・・。 そろそろ起きなくちゃな。 「さあ、ごはんを探しに行くわよ」 わたしはこどもたちに声をかけ、巣穴を出ると、 月に向い、長々と遠吠えをした。 ---------------------------- [自由詩]はりねずみ/チアーヌ[2004年7月6日23時00分] どうしたらいいのかよくわからない ので 眠れるように激しく どうか お願いします はりねずみをなでなでしてくれる 奇特なひとはいませんか 手のひらが血だらけになるかもしれないけど でも その程度だよ わたしは小さなはりねずみ 何もできないから せめて針だらけの体になって 近づくものを刺してやるの ちくちく ちょっとは痛い? そう、 うれしいなあ。 ---------------------------- [自由詩]チンピラ/チアーヌ[2004年7月7日9時48分] チンピラだ わたし 声がもう 濡れてる 夏の アスファルト 熱い マンホール 開けて 野良猫を 放り込んで 自分も飛び込みたい 人が恋しくて 誰かにしがみつきたい夜 声を濡らし 誘い込む 深い穴の底 誰でもいいんだ 子犬を走る電車へ放り投げ 自分も飛び込んでしまう前に チンピラになり 目に付いた欲望の対象を 人から見えない場所に引きずり込んで 押さえつけて 苦しめて 吐き出させて 何度も何度も わたしの気が済むまで わたしの気が済むまで ---------------------------- [自由詩]フェンディの112万のコート/チアーヌ[2004年7月11日23時08分] わたしがそれを見つけたとき わたしは28歳 離婚したばかり バイトを3つ掛け持ちし 年下の男と暮らしていた 年金なんて払えなかった でも先のことを考えると不安で 毎月5000円ずつ郵便局で定額貯金をしていた やっとの思いで健康保険を払っていた 病気をするのが怖かった 久しぶりに出掛けたデパートで 久しぶりに入ったフェンディ そのコートはウィンドーに飾ってあった とても素敵だと思った 色はベージュとブラウンを混ぜたような 裾と襟にミンクを使っていて デザインが古典的で わたしはひと目でそれが欲しくなった 「よろしかったらお取りしますが」 店員に声をかけられ、わたしは思わず頷いた 店員がわたしの肩にそのコートを掛けてくれた 鏡にそのコートを着たわたしが映った 自分で言うのもなんだけど それはわたしに似合っているように見えた どこの誰でもないなんの力も経歴もない 家出したばかり将来の展望もない何も見えない 仕事もお金もないわたしはただのウェイトレス でもそのコートを着た瞬間だけわたしは 10年前に戻ったような気がした または、遠い未来へ自分がスライドしたように思った わたしはそっと値札を見た 12万 だと思った それだって高い でも違った よく見ると、棒が1本多い 112万 それがそのコートの値段だった わたしは笑顔を作り店員にそのコートを返した その夜わたしはそのコートの夢を見た 朝目覚めると 別に悲しい夢じゃないはずなのに 胸が絞られるように悲しい感情が残っていた わたしは何度も考えた わたしの頭の中にはいろんな情景が浮かんだ そのコートを着てわたしは 薄汚い酒場へ行きたかった そして周りの人間にあきれられるほど酔っ払い 店を追い出されて道路で眠りたかった そこはたくさんの車が通る場所で 眠っている間にわたしは また別の想像 そのコート着てわたしは クスリがたくさん撒かれるクラブに行きたかった そこで思う存分頭をイカレさせたら トイレで見知らぬ男とセックスする あのきれいなミンクのファーを 精液まみれにして わたしは男の足元にしゃがみこむ その男は変態でイカレてる 手にはカッターナイフを握ってる 男は笑いながらわたしを あのコートさえあればわたしは わたしは今でも時折あのコートのことを思い出す まだあれはあのままあそこにあるのだと ウィンドーに飾られてわたしが腕を通すのを待っているのだと ぼんやりと考える ---------------------------- [自由詩]フリ/チアーヌ[2004年7月15日11時48分] わたしたちはお互い 愛してるフリ が得意 やさしい人のフリ も得意 でも馬鹿じゃできないそういうことが できるあなたが わたしは結構 ほんとに好きだったり するの だから大丈夫 ---------------------------- [自由詩]愛されたかった/チアーヌ[2004年7月16日19時31分] 愛されたかった わたし 壊れた 粉々に砕け散った もうどこにもいない 探しても 見つからない まるで4階から 地面に パソコン本体を 落っことしたみたい 音は聞こえなかった ゆっくり落ちて行ったよ ダメになった ダメに もう 元には戻らない 何度も何度も抱き合って 好きだよって 言ってくれた わたしあなたの体中 愛したよ 気持ちも繋がったと 思ったよ もう離れないって 二人は ずっと 一緒だって 思ったよ 思ってた ねえ わたしは変ったよ いろんなことは もう昔のことだよ 恨んでなんかいないよ わたしはもう おとなになったよ 30歳を過ぎたし 結婚したよ 赤ちゃんも産んだよ 普通の主婦で 普通の母親だよ 毎日くだらないことで 笑ってる 友達もいるよ 掃除 洗濯 お料理 こどもの世話 ペットの世話 ガーデニング そして わたしは 時折 隅っこにぽつんと置いてある 水瓶を 覗く わたしの水瓶の中は どんよりと腐った水が 悪臭を放っている わたしは 眺めずにはいられない そして その中で いろんなものが 腐ったまま沈んでいる 腐っているものを見るのは 気持ち悪いけど 面白いから わたしはじっと見る 明るい日差しも ここまでは届かない あなたのせいだよ 二度と わたしは 無防備に誰かを愛したり しない ---------------------------- [自由詩]3分間/チアーヌ[2004年7月19日23時55分] カップめんにお湯を注ぐ ふと見ると テレビの前に 男がごろんと寝ているので わたしも隣にごろんと転がってみる 意味なくいちゃいちゃする あっちこっち触ってみる 3分間 ---------------------------- [自由詩]夏のシャワー/チアーヌ[2004年7月20日14時41分] 夏の朝は暑い 水を撒く匂いと音が好きだから 枯れそうな花にもじゃんじゃんかけてしまう 息子はDVDを見たがってる しょうがないのでセット 明日もあさってもずっと夏休み 永遠に続く夏休み たぶん突然終わりに気づくのだろう 水に浸かっていなければ すぐに乾いてしまう わたしは子供と小さな部屋で水を纏い 外の枯れかけた花を眺める 来年は向日葵を植えようと 毎年思うんだけど お水をあげてもあげても、乾いてしまうね かわいそうだから またお水シャワーしてあげるね お水のシャワー、たくさん 水を撒く匂いと音 息子のDVD ああ、 なんて暑い 少しだけ 風をください ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]童話「なないろのつる」/チアーヌ[2004年7月20日21時13分]  ゆうなさんは、いつもと同じ道を歩いているはずでした。  だから、いつのまにか、自分が見たことのないところにいるのだと気がついたときには、本当にびっくりしました。  ゆうなさんは困ってしまいました。  もう会社に戻らなければいけない時間なのです。  ゆうなさんは、大きなため息をつきました。  そして、肩にかけていた、重い重いカバンを、そっと地面に下ろしました。  カバンの中には、化粧品のビンや、鏡のついたコンパクトやなんかが、たくさん入っているのです。  ゆうなさんは、もう十年も、化粧品のセールスレディをしているのでした。  ゆうなさんは困り果て、きょろきょろと辺りを見回しました。  もう、日が暮れかけていました。  すると、道の向こうから、誰かが歩いてくるのが見えました。  ゆうなさんはうれしくなりました。  その人に、近くの駅までの道を、教えてもらえると思ったからです。  でも、近づいてきたのは、なんと、大きくて、真っ白な鶴でした。  ゆうなさんは何度も自分の目をこすりました。そんなことが、あるわけがありません。  しかし、その鶴は、ゆっくりとゆうなさんの目の前に立ち、話しかけてきました。  鶴はちょうど、ハイヒールをはいたゆうなさんと、同じくらいの背丈がありました。  「こんにちは」  鶴が言いました。男の子の声でした。  「こんにちは」  ゆうなさんも言いました。  鶴と話をするなんて、変だとは思いましたが、他に答えようがなかったのです。  すると、鶴は、  「それじゃ」  と言って、行ってしまおうとしました。  ゆうなさんはあせって話しかけました。  「あの、ここは、どこなんでしょう」  すると、鶴は長い首をひねって、困ったように笑いました。  まるで、そのことを、あまり話したくないみたいでした。  「ところで、これは、なんですか?」  鶴は大きな羽で、ゆうなさんのカバンをふわりと撫でました。  「あ、これは」  ゆうなさんは気を取りなおし、大きなカバンを開けると、鶴に中身を見せてあげました。  鶴は目をぱちくりさせて、中をのぞき込みました。  「きれいですね。これは一体、何をするものなのですか?」  「これは、お化粧品です。これを顔につけると、色がついて、きれいになれるんですよ」  「なに、色がつく?」  「ええ、つきます」  ゆうなさんがそう言うと、鶴がばさばさと羽ばたいてダンスをはじめました。どうやら、とても喜んでいるようなのです。  「やった!やった!」  ゆうなさんがぼうぜんとしているそばで、鶴は踊りつづけています。  「ちょっとまって、鶴さん、どうしてそんなに喜んでいるんですか?」  ゆうなさんがたずねると、鶴はやっとダンスをやめました。そして、大きな声でいいました。  「実は、僕はいま、恋をしているのです!」  「恋?」  今度はゆうなさんが、目をぱちくりしました。  「そうです。相手はくじゃくの娘なんですが、このあいだ僕の気持ちを打ち明けたら、そんな真っ白な羽しかない男はいやだと言うんです」  ゆうなさんはなんといって良いかわからなくなり、黙ってしまいました。  そりゃ、くじゃくの娘にしてみたら、鶴は物足りないのかもしれません。  「そこで、です。その化粧品を使って、ぼくに色をぬってくれませんか?」  「え、でも」  「ところで、あなたのお名前は?」  「ゆうなといいます。あ、鶴さんのお名前は?」  「ぼくは鶴です。見ればわかるでしょ?そんなことよりも、ゆうなさん、どうかお願いします。僕に色をぬってください!」  「でも、あの…。わたし、そろそろ会社に帰らないといけないんです」  「それは、大丈夫です」  なぜか鶴は、自信たっぷりにうなずきました。  「こういう話になったからには、ぼくが何とかしましょう。まかせておいてください」  ゆうなさんは、しかたなくうなずきました。    ゆうなさんは鶴に連れられて、鶴の家に行きました。鶴の家は、ふつうのアパートの、ふつうの部屋でした。  「一人ぐらしなのですか?」  ゆうなさんがたずねると、  「そうですよ」  と、あっさりと鶴が答えました。  ゆうなさんはさっそく、カバンから化粧道具を取り出して、鶴の体に色をぬりはじめました。  思ったよりも、それは、とても大変な作業でした。  鶴の羽はつるつるとすべって、なかなか色が乗らないのです。  でもそこは、化粧品のセールスレディ歴十年の腕前で、ゆうなさんは、むずかしいお化粧を、なんとかこなすことができました。  何時間かかったのか、ゆうなさんにはわかりませんが、窓の外はまっくらになっていました。  「できましたよ」  ゆうなさんが、汗をふきながら言うと、鶴は立ち上がり、ガラス窓に自分の姿をうつし出しました。  「これは、すごいや!」  鶴は感動したようすで、羽を開いたり閉じたりしながら、自分の全身をながめていました。  鶴は、七色の鶴に変身していました。虹をイメージした色合いで、羽を広げると、あまりのカラフルさに、見ているこちらもクラクラしてきそうでした。  「お風呂に入ったら、せっかくの色が取れてしまいますから、早めに彼女に会いに行ったほうがいいですよ」  ゆうなさんがそう言うと、鶴はうなずいて、窓から飛び出して、はばたいて行ってしまいました。  ゆうなさんは、つかれてしまったので、その場に横になって、少し眠りました。  ゆうなさんが目をさますと、部屋の中は明るい日差しに包まれていました。  「おはようございます」  声のするほうを見ると、そこにはすっかり白い色に戻ってしまった鶴が、暗い顔をして、コーンフレークに牛乳を入れていました。  「あれから、どうだったんですか?」   ゆうなさんがたずねると、鶴は悲しそうに、  「不自然な男は、もっと嫌だって言われました。しかたないですね」  と、言いました。  ゆうなさんは、なんと言ってなぐさめてあげたらよいのかわからず、とりあえずコーンフレークを口に運びました。  「でも、ゆうなさん、ありがとうございます。ぼくの無理なお願いをきいてくれて」  「いいえ。でも、わたしも、鶴さんには、その真っ白な羽が一番似合っているような気がします。色がついていても、すてきだったけれど」  ゆうなさんがそう言うと、鶴は笑って、  「ありがとう」  と、言いました。  そして、少しはにかんだように、  「ゆうなさんって、やさしい人ですね」  と、言って、ゆうなさんを見つめました。  それから鶴は約束どおり、ゆうなさんを自分の背中にのせ、空を飛んで、駅まで送ってくれました。  誰一人いない、みたこともない駅でした。  鶴の買ってくれたキップを持って、やってきた電車に乗りこんだ瞬間、ぱちんと頭の中で音がして、ゆうなさんは、まわりの空気がすっかり変ったことに気がついたのです。  そこは、いつもの電車の、見なれた風景だったのでした。  ゆうなさんは、ちゃんと、もとの世界に戻ることができたのです。    そのあと、ゆうなさんには、もうひとつ不思議なことが起こりました。  いや、不思議といったら、ゆうなさんに失礼かもしれませんね。  春になって、ゆうなさんは、新入社員の男の子と、お付き合いすることになったのです。  ゆうなさんは、もう十年も会社にいるのに、一度も男の人とお付き合いしたことはなかったのです。それに、その彼は、ずいぶん年下の、体の細い、かっこよくて素敵な男の子なのです。  彼の背丈は、ハイヒールをはいたゆうなさんと同じくらい。  そして彼は、ふつうのアパートの、ふつうの部屋に、一人で住んでいて、朝になると、ゆうなさんにコーンフレークをごちそうしてくれます。  ゆうなさんは、彼と、もうすぐ結婚式をあげる予定です。  そんな彼の名前は、鶴田くんというのです。 ---------------------------- [自由詩]昼寝/チアーヌ[2004年7月21日23時24分] 暑いので 昼食のあと横になったら 二時間も寝てしまった どこにいるかわからなかった イモリの夢を見ていた 二匹のイモリの夢 ---------------------------- [自由詩]ゲーム/チアーヌ[2004年7月23日19時58分] 結局のところ ゲームなんだと思う 中心へ 行けば行くほど 血沸き肉躍る ゲームのためなら死ねる そんな感じ ---------------------------- [自由詩]刺繍糸を買いに/チアーヌ[2004年7月24日0時26分] 今思えば すべてのことは 半径二キロの輪の中で 起こっていた その中は やさしい 繭のなかのように 柔らかくて はじめて刺繍糸を買いに行った日のこと 鮮やかに覚えてる 刺繍で風景を描いていたから いろんな色が欲しかった 葉っぱの緑だって空の青だって 一色じゃつまらない お母さんに頼んでおこづかいをもらって はじめてひとりで三キロ先まで行った夏の日 わたしは5年生 人通りの少ない、住宅地を抜けた寂しい道 坂道を降りきるとパチンコ屋 その手前で ズボンを下げてにやにやとこちらを見ている 中年の男 最初はなんのことかわからなかった アブラゼミの鳴き声 歪んだ捌け口 猛暑 恐怖 吐気 半径二キロの輪の中から出てしまったあの日 わたしは わたしは 刺繍糸を買いに 刺繍糸を買いに ---------------------------- [自由詩]目に見えないもの/チアーヌ[2004年7月25日14時30分] それは目に見えない 見えないけれどある 確かにある 見知らぬ場所をお散歩中に 見つけた空き家 ぼろぼろの屋根の下から 黒猫が四匹 わたしを見つめ鳴く 知らない庭の 知らない犬 大きなむく犬 わたしを見つめ鳴く 泣いてるんだ 取り壊し寸前の空き家に 小さな水槽 緑の藻の中に 赤い金魚が一匹 ぱっくんぱっくん 口を開いて こちらを向いて 泣いてる 目に見えないものは ないんだって 思ってる 醒めた大人のわたし でも ね あるんだ 目に見えないもの だって あるんだ ぎゅーっと胸が絞られて 誰にも証明できなくて それでも あるんだ って ほんとはわたしも いつだって 泣いてる ---------------------------- [自由詩]よくある職場恋愛の顛末/チアーヌ[2004年8月2日15時49分] よくある職場恋愛で なんとなく付き合い始めた きらいではなかったけど 好きかどうかは判らなかった 暇でさびしいから そういう理由で男女はいくらでも 付き合えるから 慣れてくると いつものホテルで コンビニのお弁当食べちゃったりもする ダレた付き合い お互い疲れてるから 面倒はやめようと思ってた 誕生日クリスマス いつだってお互い仕事だったし 期待もしてなかった ラブホテルのまずいインスタントコーヒーを 平気で飲むような間柄で 気取ったってしかたない どうせ気取ったところに行くのなら 違う男がいいと 思ってみたり わたしは抜け目なく 避妊にだけは気を使う きらいじゃなかったけど やっぱり好きじゃなかったんだろう 暇でさびしかった 手近な男でしばらく間に合わせて そのうち向こうだって飽きるだろうと 適当に考えてた でもそんなある日 わたしの大嫌いな 職場の美人ちゃんと 彼が噂になったときはびっくり どうも二人は 気取った場所へお出かけし 彼女の誕生日には彼が ダイヤのピアスをプレゼントしたらしい びっくりして 悔しかった 好きじゃなかったくせに やっぱり頭に来た 人間って勝手だ 会社のトイレで涙しそうになった 理性でこらえたが その晩は荒れた バーでぶち上げ 知らない男とホテルへ でも名前を隠していたら 免許証を見ようとする嫌なやつで 一瞬で醒めて 部屋から逃げ出した 誰でもいいから 寝たかったけど 知り合いを誘うのも面倒な気がして やめた 最後に立ち飲みで 日本酒を一気 帰り道 道端で 吐きまくった さすがに もういいやと思った 泣きながらタクシーに乗ったら おじさんが優しくしてくれて うれしくて もっと泣いた 本当は ホテルでコンビニのお弁当食べながら 彼とダレた時間を過ごすと 癒された 誕生日を教えなかったのは 気を使わせたくなかったから 世の中が浮かれてるときに 浮かれたこともしてみたかったけど 恥ずかしくて 言えなかった 避妊してたけど もしも赤ちゃんができたら 産んでもいいと 思ってた きらいじゃなかった 好きだと自覚してなくても これぐらいは傷つく 自分でも嫌になっちゃう でも明日は平気だよ なんでもない顔で仕事の話も できるよ 君もけっこう やり手だったんだね 一緒にお風呂に入ったことも 腕枕で眠ったことも なかったことにしよう わたしの大嫌いな 職場の美人ちゃんと お幸せに さようなら ばいばい ---------------------------- [自由詩]子犬くん/チアーヌ[2004年8月3日19時02分] 田舎から出てきたばかり まだ都会に慣れていない デートの仕方も知らず ま、若いからあっちのパワーだけは全開 お金も持ってないし 住んでるところも地味 ついでに見た目も地味 でもよく見ればブサイクじゃないから 磨けばなんとかなるかんじ 仕事場に現れた かわいい学生のバイト君 少し遊んであげるよ 少しだけね わたしはいろんなことに飽きちゃって べつに行きたいところなんてないんだ だから気が合うと 君は錯覚すると思うよ 遠くに彼氏がいて 仕事場には不倫相手のオヤジ ただの男はそのへんで浮遊してる でもね ほんとは 今 一番近くにいるのは 君なんだ 彼氏が来るという日 何も知らない君は 勝手に風邪をひいて 仕事場に現れた 真っ赤な顔で 40度の熱で こっそり裏で 解熱鎮痛剤を手渡し 今日はもう帰っていいよと言うと さびしそうな目で君は私を見た 風邪のせいで赤く充血した目で ねえ、子犬くん 困ったな 今日は遠くから 彼氏が来るんだよ と 思ったけど わたしの口から出たのは 「おかゆ作ってあげるから、家で待っててね」 という言葉 子犬君は安心したように笑った 子犬に弱いママは 子犬を拾っちゃいました とさ ---------------------------- [自由詩]家族に会いに/チアーヌ[2004年8月4日11時55分] わたしは家族に会いたいなと思って 晴れた日曜日におでかけしました 家族はどんな人だろう わたしを愛してくれるかな 晴れた日曜日の道はゆらゆら揺れる ポストは赤い 空は青い 犬はわんわん 猫はにゃんにゃん 家族はどこかな 家族はどこでしょう 目の前に坂道が出現 そうかなるほど この坂道を上りきったら そこには家族がいるんだね 答え 坂道を上りきったところには 下り坂がありました 下り坂は楽ちん とっとこ歩く ポストは青い 空は赤い 犬は血を吐き 猫は道路で轢かれ いつのまに わたしは 誰もいない 十字路に立っていた わたしはひとり泣きました これが夢であったなら おとうさん おかあさん やっぱりわたしは だめでした ---------------------------- [自由詩]ドトールに行きたい/チアーヌ[2004年8月4日23時00分] 「俺って結構まじめなんだよ」 っていう男は多い ほんとに多い いったい何が言いたいのか さっぱりわからない 心の中では 「へえー」と答えてるけど 別に言わない 繁華街のホテルを出た まぶしすぎる朝 わたしはドトールコーヒーで ぼんやり朝食を食べたい 「俺って結構まじめなんだよ」 というあなた そんなことどうだっていいので 帰ってくれないかな わたしはまじめでもふまじめでもないよ きれいごとなセリフは聞き飽きているし だからなんだって言うの どっちだっていいよ 暇なときはまた誘って 気が向けば行くし 向かなければ行かない それだけのことだよ とにかく今は ドトールで朝食が食べたいの だからあなたは帰って くだらない話は一切聞きたくない わたしはぼんやりしたいの わたしはぼんやりしたいの ---------------------------- [自由詩]湾岸渋滞/チアーヌ[2004年8月6日11時38分] 湾岸道路を東京方面へ 助手席にへたり込むわたしと 渋滞に巻き込まれ不機嫌なあなたと つまんないラジオ聞きながら めんどくさいから話しかけない または 全然関係ないことばかり言う どうだっていいわたしと 短気なあなたは 意外にお似合い 話は全部途中で終わる だってどうだっていい話だから でも何も話さないよりも いいでしょう? 昼間入った 幕張のラブホテルの悪口と 昨日行った内科の医者の悪口 なんかを話していたら 不意に思い出して わたしはペットボトルのお茶で バッグから取り出した薬を飲む したかったよ こんなに体調が悪いのに あなたに会いたくて 出てきちゃったよ 大きな橋の上から バカみたいな夜景眺めて 「こういうの好きだろ」って そうだね、実は大好きだよ つまんない感じでキスしよう ゆれる橋の上で ---------------------------- [自由詩]窓のある部屋/チアーヌ[2004年8月6日11時48分] ずっとここに住んでいる ここがどこなのか わたしにはよくわからないけれど アル日 ここに 白い服を着た 顔のない誰かが わたしを連れてきてくれた わたしの手を引いて それからずっと わたしはひとりでここにいる 暑くなく 寒くなく 食べものと 水と ふとんがある 時折 携帯電話に メールが来る 「退屈じゃない?」 「元気にしてる?」 「こんど遊ぼうよ」 みんなわたしが 退屈しているのだと 思っているらしい そんなことないのにな だって この部屋には 窓があるんだもの わたしは退屈すると 床に敷いたラグマットを ひっくりかえす そこには 50センチ四方の 開閉出来ない 窓がある しばらくまえ 窓の下は海だった 暗い水の中 マグロが泳いでた 少し怖かったけど しばらくの間 わたしは見つめつづけた 何日かまえ 窓の下はゆうえんち メリーゴーランドが ぐるぐる回っていた わたしはずっと一緒に メリーゴーランドの 歌を歌った 昨日は 窓の下は高速道路で 車がびゅんびゅん走っていた 日が暮れると 赤いテールランプが きれいに見えた そして今日は ひとつの家族が 暮らしているのが 見える どこにでもある リビングダイニングルーム パパとママと 小さなこどもがふたり そんな ひとつの 家族が 暮らしている わたしは 一緒に暮らしているような 気分になる ここがどこなのかは わからないけれど わたしは たのしい 白い服を着た 顔の無い誰かが また迎えにきてくれるまで 窓はあるけど ドアの無い部屋で わたしは たのしい ---------------------------- [自由詩]祭りのあと/チアーヌ[2004年8月9日10時39分] 4歳のこどもを 正面から抱っこすると つい4年ほど前には お腹の中にいたことなど 信じられないほど大きい わたしたちひとつだったはずなのに 分裂したね さびしいけどもう元には戻れないんだよ もちろんそれが悪いわけじゃない いつかみんないなくなり わたしはひとりになる わたしだっていなくなる なに 大したことじゃない どんなに大きなビルだって 買ったばかりの新築マンションだって それこそ山や海だって 100年後にはなくなっているよ この世は時間という船に乗った ただの概念だから みんなただの乗客 周りの風景は次々変わっていって 通り過ぎて通り過ぎて ねえどんなことも ほんとは 大したことはないんだ 人は死ぬまで生きる ものは無くなるまである ただそれだけ 何かを守ろう 守られよう と思うことは 大抵の人を醜くする 出産はとても大きな喪失だ そしてだからこそ出産は フェスティバルになる 生物学的なことは知らない わたしはひとりだ わたしが死んだら わたしはおしまい ずっしりとしたこどもを抱く この感触は 臨月だったお腹を 抱きしめたときと似ていると わたしはいつまで思うだろう いつまで思うだろう ---------------------------- [自由詩]スイッチ/チアーヌ[2004年8月10日12時17分] 大事だったはずのいろんなものが どうでもよくなる スイッチ 普段は見えない あることさえも 感じない でもそれが見える瞬間があって それは 大抵 一回につき 何時間か続く タイミング が合えば たぶん押しちゃうだろう 一度押したことがあれば それを 「押すことができる」 ことがわかる だから、 ゾクゾクする 楽しくなんかない 楽しいけど 楽しくなるけど スイッチが見えることは 不幸なことだ 見えないほうがいいんだと思う たぶん ---------------------------- [自由詩]おかえり/チアーヌ[2004年8月10日15時52分] こんばんは 泊めてください って うちは旅館じゃ ないんですけど 帰ってください と言いつつ かわいそうなので 戸を開けると 彼が入ってくる なんでこのひと 毎日みたいに来るんだろうなあ と 思うけど 何もすることなんかなくて ごろごろするだけなのに チャーハンを作って スープを作って 二人で食べて もう帰っていいよって思うけど テレビ見てる背中に さよなら言おうかなって思うけど 言えない 今はつらいから かわりの犬を見つけてから 言おう 奥さんのところに帰りなよ って きっとほんとは あなたも そう思っているんでしょ わたしが次のわんこを見つけるまでって 思っているんでしょ わたしがさみしいと思って きてくれるんでしょ ごはんをいっしょに 食べてくれるんでしょ あなた毎日来てくれるけど わたし「おかえり」って言ったことない それを言ったら おしまい ---------------------------- [自由詩]逆説/チアーヌ[2004年8月12日11時56分] 受け入れることはたやすい おまけに気持ちいい 感謝までしてもらえる でもみんな みんな 置いていってはくれないの わたしにはもう 何も残っていないのに ---------------------------- (ファイルの終わり)