千月 話子 2006年6月22日23時24分から2009年10月12日16時45分まで ---------------------------- [自由詩]戯れ/千月 話子[2006年6月22日23時24分] 男を好きになる度に 彼女の体から火薬の匂いがするの 情熱はジリジリと  へその下から入り込んできて 体中を燃やして行くのよ  だから いつも 骨の焼ける匂いのする 彼女の手を取って 2人して水道水の流れに 肘まで浸かる午後3時には 光りの屈折で 私の体にまで熱が伝わり 同じ気持ちになってゆく  そのうち 熱された私の胃の中のニューデリーから 香辛料の香りがするの 夏の体は あまり好きではないから 天辺で束ねた髪を解いて シャンプーの花の残り香で 暑苦しい匂いを覆い隠すのよ  ただ それは 南国の花の下で食べるココナツカレーの 複雑な香りに変わっただけなのだけれど  『濃厚な匂いのする  インド綿のスカーフを  私に掛けてくださるならば  誰だって構わない  今なら あなたを好きになるわ』 燃え尽きて横たわる 彼女のしゃくに障る爪先の 青白い親指を軽く噛んだの  代わりに 冷たい床に広がった 私の髪を軽く引っ張られたけれど 2人して「あ 」と小さく悲鳴を上げた頃 私達の慈愛は ゆっくりと目覚めて行くのよ 手を繋いで さあ行きましょう 私達の身勝手な残骸を洗い流しに 乳白色の石鹸を繊細に泡立てて 彼女の肋骨へ重ねてゆけば 美しいドレープのように波打って  そのうち 私の生まれ変わった胃の中のギリシャから 青い 青い 海の香りがするの 彼女は私の髪を泡立てて 「春の匂いね」と 耳元で囁いた 暖かく共鳴する私達の 楽し気な笑い声は 小さな窓から風に乗って 世界の男 世界の女へ 分け隔てなく飛んで行くのだけれど それを どう受け止めようとも 私達には 関係ないのよ 戯れて重なって 戯れて溶けて行く 愛の世界へ どうぞ お好きなように     お好きなように ---------------------------- [自由詩]月と黒猫/千月 話子[2006年7月19日23時08分]   (誰かが泣く夜の 月は足跡だらけ) 夕立の30分後の車の下の 猫 濡れねずみで のの字にくるまり もうすぐ月のやって来る夜 あの子の心根から 零れ落ちましたよ リン と 赤い首輪の共鳴する鈴 涙の形で 月は櫛 三日月ならば 黒髪を 梳いて光る 半円になる 黒猫の鳴く 蝉の啼く 月夜を横切る 切ない流星 願い事さえ 聞こえない空 かつお節ひらひらと 煮干しふるふる あの子の白い手 蒔いて(舞いて)は呼ぶよ 爪には 半月 息を止めて5秒間 夜空は見守り ちりとも言わず 心通わせ 「あそこにいるね」 「ここにいるよ」 金の目と 黒い目の出会って 少女の髪留め はずれたら 流れ落ちるの 三日月は 中空で引力  月母も探していたので みんな 幸せ 縁側で月見しよ 後ろの正面 黒猫と 黒髪の女の子です 三角形の 月と 猫 ね子       ---------------------------- [自由詩]ジュラシック・パーク/千月 話子[2006年8月8日22時55分] 日焼けした かき氷屋の主人の 肩から流れ落ちる汗が 石床に着地すると 閉じ込められたアンモナイト等が ゆっくりと 泳ぎ出す 冷たい水しぶきを追いかけ 飛び回る子犬の様子を伺いながら 淡水と海水が入り混じる 浅い水辺は 客席まで広がって 人々の足裏で 逆さまのジュラ紀の 海 海 海 になる 喧騒が床凪を揺らし さざ波になろうとも 人々の興味は いつも上方にあるので 今だ 誰も気付かないけれど 子犬は 聞いていた 巨大魚が飛び跳ね 散乱する水しぶきの音を 不思議な気持ちで その頃 話し好きな少女の 虹色の かき氷が ガラス皿の縁から 溶けて流れて行く先は 深海 色の見えぬ生物に いつもと違う 水 水 水の 纏わり付いて 「冷たい」と 発光する体 美しい体 そのようにして 過去と未来が ここで繋がった瞬間を 誰も知らない 嘘か本当か 本当か嘘か いつも誰も知らない 暗闇が 深過ぎて 日焼けした かき氷屋の主人は 定休日の 深夜に 発熱した右腕を ギシギシと外し ビニール袋に入れてから 冷凍室で 翌朝まで凍らせる 今夜は 氷河期 古臭い 霜の奥で 指先の指紋から アンモナイトが浮き出して ガタガタと 震えていた ---------------------------- [自由詩]寂しかったんだね/千月 話子[2006年8月24日23時27分] 冷蔵庫から ほろ苦い コーヒーゼリーを取り出した 冷風吹きすさぶ 一番上の段 甘いフレッシュの上で 体育座りしている 君を見つけたのは 午後3時  ああ、寂しかったんだね  今日はまだ   一言も 話してないんだ 絞り切れないモップから 水臭い匂いがした 淀んだ教室の窓を全開にして 掃除用具入れを開けると 隅っこのほうで 君が 泣いていた  ああ、寂しかったんだね  喧嘩した昨日 振り返らず  振り返らずに 今日も過ごした 顔見知りと言葉を交わす 夕方 あちこちで談笑していた 朝よりも穏やかに歩く歩幅で 少し冷めた風を受けながら 行く 足元に いつも触れるものは何か 今日こそはと 目を凝らす 同じ歩調で歩いているので 手を添えていた 懐かしい君と 目が合った  ああ、寂しかったんだね  バランスを崩して  爪先で踏んづけた  「きゅう」と鳴く君  でも すぐに笑った  恥ずかしそうに  くしゃっと 笑った 本当は少しだけでも 話したいんだ 本当は もう怒ってないよと 手を繋ぎたいんだ 本当は 君に手紙を書きたかったんだ いつも いつも いつも ああ、寂しかったんだね 私達 分かり合えた 今日の風は爽やかに吹き 何となく 思ったんだ 秋の夕暮れは 心 健やかな時に見るのがいいと 君もきっと そう思うよね ---------------------------- [自由詩]幸福な九月/千月 話子[2006年9月17日23時50分] あなたが優しく息を吸い ふい と息の根を止めた時 私は とても幸福でした 流れる雲は川面に映り 青い空を魚は流れる 錯覚しておいで この手の平の陽に 飛ぶ魚よ 飛ぶ鳥のように あなたが麗らかな日に そっと 息の根を止めた時 私は とても幸福でした 静かに風の通り抜ける小さな部屋で 踊る少女の足首を見ていた 細く柔らかに上昇する ピアノの丸い音が 彼女の細い首筋から 螺旋を描くように降りていくので あなたが瞼を暖かくして すー と息の根を止めた時 私はとても幸福でした 夕立の少し過ぎた季節の夕立の やって来た道は ほの暖かく 私とあなたの好きな川面を揺らし 魚は水へ 鳥は空へ 私は橋を渡って温かな家へ 帰って行きます  泣いていたのですか?  あなたの帰る場所は もう あなたが寂しくも潔くもして とたん と息の根を止めた時 私はとても幸福でした 晴れた空に虹は架かり 私の目の前で道になっても ああ、、美しい と思うだけ  手を振っていたのですか?  旅立ちを知らなかったので まだ  ずっと続いていた思い出を慈しむ日々 あなたが遠い日に しん と息の根を止めた時 私の今日も幸福でした 懐かしい風のふいに吹く午後 聞いていた歌から愛の言葉が 繰り返し 繰り返し 愛しいと ああ、、勘違いしそうです 歌唄いの声が呪文のようで ああ、、勘違いしそうです ジャケット写真に写る異国の人が 似ているようで  忘れないで と言っているのですか? 今年も甘い花の香りを連れて来て 私は いつでもここに居るから    ---------------------------- [自由詩]おタマヶ池/千月 話子[2006年10月6日23時29分]  にゃんにゃこりんの にゃんにゃこにゃ〜  にゃんにゃこりんの にゃんにゃこにゃ〜 どこからか鈴の音と 日向が窓辺に 秋祭りだろうか 風にあんずの匂いを乗せて 午後三時 コタロがお腹を空かせて鳴くものだから カリカリを少しだけ小皿に乗せた 私もせんべを一口かじってみたけれど 擦り減った犬歯では あんなに鋭い音はしない 共有した固形物は魚と醤油の臭いを混ぜて 部屋の真ん中で ゆらゆら 南の窓から早く甘い甘い花の香りがしないかと 遠い庭園の 低い木の黄色を夢見る ムートンのカーペットに頭を乗せて コタロの耳はペタンと眠る 手足がうまいこと 右に左に向いているので 彼の秋祭りは もう始まっているようだ 柔らかい陽に照らされて 気持ち良い猫の 白いお腹の縞の島から お魚が飛び跳ねて それは小さな おタマヶ池  お前 いつも秋になると教えるのね  私が昔 猫だった頃のこと  ・・・・・・・・・・・・ 水仙の花咲く池のほとりで待ち合わせした 白い綺麗な猫を ナルシスと呼んでいた 私は小さな蝶々を追って 向こう岸で 飛び跳ねて飛び跳ねて ザブン と池に落ちたのを彼は 緑色のビー玉のような瞳で見ていたのだろうか 沈む私の手の平は 慌てるでもなく サヨナラ と揺れていた  にゃんにゃこりんの にゃんにゃこにゃ〜  にゃんにゃこりんの にゃんにゃこにゃ〜 秋祭りには おタマヶ池をぐるりと回る 猫 猫 子猫 の肉球が 静かに踊り 可愛く笑う 今頃 どこの家々も 眠る子達の手足の形  アンバランスに踊っているよで 微笑みの絶えない 人 人 子供の 皆が幸せ 真横で眠る ごろ寝と午後猫 コタロの白いお腹の 縞の島から お魚が飛び跳ねて 窓の外から 季節外れの水仙の香り  ナルシス もうすぐ会えるね コタロがふにゃん と微笑んだ おタマヶ池が静かに 波打つ ---------------------------- [自由詩]ドリアンの正しい遊び方/千月 話子[2006年10月27日23時35分]  この町が余りに寂しそうなので  一人遊びする 例えば 跳ね橋の上でドリアンが食べたい 皆に嫌われているので 誰も居ない明け方食べたい 橋のあっち側に好きな人がいるから 反対側で食べたい 橋のこっち側に意地悪な人がいるから こっち側で食べる フランスの橋の上で ド・リアン伯爵が アメリカの橋の上で ドリー・アンという少女が こっそりとドリアンを食べたように 日本の跳ね橋の上で 道理 杏という女が ドリアンを食べようと 堅い実と痛い棘に ナイフを射した瞬間 「もうすぐ船が通りますよ」と 警報が 鳴り出した  世界が危機から救われたようだ 「諦めますね 私」と言って 彼女はドリアンを橋の割れ目に置いた もうすぐ真ん中からパックリ割れて 橋のクジラの大きな口へ落ちてお行きよ ゆっくりと ゆっくりと 開いていく跳ね橋の先端にドリアン 高級果物店で貴婦人のように大事にされたから 「わたし 死なないの」 意思表示するように天辺から 回って転がって回ってこっちにやって来るから 女は 転んで弾んで転んで 蹴っ飛ばして 生き延びた 強い芳香を放ち 気高く生きているドリアンよ まだ眠っている商店街の 錆びた空気を追い払っておくれよ 三日三晩熱にうなされて 翌朝 この寂しい町が一変するまで 跳ね橋の上でドリアンを想う お弔いは 食物連鎖 あらゆる生物に手を合わせ 賑やかな街でドリアン饅頭を食す  道理 杏の娘は  一人遊びが上手 ---------------------------- [自由詩]ナイチンゲール/千月 話子[2006年12月7日23時53分] あなたの花開くようなお口へ 鈴の音の鳴る金のスプーンに 一さじの杏ジャムを載せて 含ませたいの  とても穏やかな様子で わたくしの はやる気持ちを隠して 柔らかな顎に そ と手を添えてみたのよ あなたは しかめ面して いやいやを したのだけれど 温かさの通わない わたくしの指先は 嘘つき 小さい あなたの 大きな 瞳が 『まだ だめよ』と言っていた 溢れ出る生命の雫が 窓ガラスを通り抜けて 日陰になった白い壁に キラキラと チラチラと 瞬く光 瞬く・・・光り 鏡持つ子供等が 冬の日の晴れた太陽の温もりを 家々に届けながら 楽しげに 笑っていた あなたの蕾のような お手手が わたくしの整然とした指先に そ と触れては やって来るのよ  慈しみは いつも 尖った先端から温かさを連れて 内へ 外へ その時はやがて わたくしの 桜色の手の中で ミルクティーのように 柔らかな鈴の音の調べになって あなたのカリフォルニア・オレンジのようなお口へ 光り射す 再びの杏ジャム 笑顔から 春の陽が零れて ミツバチの羽音のように わたくしと あなたの部屋に 早くも五月は やって来る 生と生が 跳ねるようにぶつかって 冬から春へ 春から初夏へと ---------------------------- [自由詩]気功師になれるかもしれない/千月 話子[2007年1月13日0時24分]   「修行」 午後には温かくなる体 ベビーピンク の爪の肌 血が通いましたよ 私 今日も祈るように手を合わせ 指先に軽く接吻する 上瞼は慈悲深く閉じられて 朝靄の消え行く間に間に 光り射す気配を感じ 蕾のように太陽を待つ 呼吸は静かに浅く深く やがて登り来る温もりは 手の平に満たされて 指先がじんじんと疼くものだから ゆっくりと開いて行くのです 右の平 左の平から引っ張られるのは 手の形に伸びた蜘蛛の糸 私の指がもっと長ければ とても とても 美しいのに・・・ うらぶれながら 引き千切られる寸前の肩幅で 送電しながら 送電しながら 待つ身を整えれば 蜘蛛糸は やがて形状を変え 空洞の円筒形に熱い層となり 押し 押しては 反発する弾力を 薄々と感じるのです そのような日の 私の体内には 私が程好く充満し 美しい火花を放電する 気功師に なるのです 飲みかけの炭酸水の気泡が ゆらゆらと 浮き上がろうとしています 布地に包まれた羽毛が わらわらと さざめいて破れそうです 私の手の指は ふわふわと ・・・・しそうです 一通り楽しんだ腕は くたびれて 徐々に閉じる距離を縮め 逃げそうなゴムボール型を 押し潰すように押しつければ 指先ぎりぎりで熱くなる手の平 目を閉じて 見えない奇妙な弾力を 思う存分 楽しむのです  さぁ もう離してあげますよ 溢れる熱を外界に放ち 渦巻くように上空を飛ぶ水鳥の 群れを私の手の平は 少しずつ水辺へ戻して行くのです  さぁ もう許してあげますよ   「治療」 私が立派な気功師に なれるかもしれない明日には あなたの頑なな胸に風穴を開けて 背中に回したこの手の平で 弾力のある背筋を掴んでは 熱い私であなたを満たそう あなたは 私の乳房を掴んで その痛みに耐えればいい 微笑みながら   絶えればいい ---------------------------- [自由詩]桃緑/千月 話子[2007年2月15日23時08分]  春子はミントの葉を散らし  踏みしめている 半睡眠で 如月 彼女の足の裏は いつも薄緑に染まり 徐々に褪せていく まるで季節を旅しているようだと 裸足のかかとをくぅと縮め まどろみ笑う口元に 波打つ髪が優しく揺れる  春子は夜 丸い月の銀盆に  丸い果物を重ねて食べる 桃の月 柑橘の月 葡萄の月 西瓜の月・・・は重すぎて 手から滑り落ち 悲しむ春子の手に残る 赤い果肉を 夜啼き鳥(ナイチンゲール)は 慰め ついばみ 「明日はライチをお食べよ 明日はライチーをお食べよ」と 西洋の名を持つ小鳥は 東洋の歌を歌うように高音で鳴いている 丸い月を鳥籠にして  春子は晴れた日に 雨の降る  不思議な時間に散歩する と 太陽が真正面を照らす頃 いつも 道は右に折れ いつも 濡れている白猫に いつも 小声でにゃあと鳴く 白い背に光りは当たり 屈折 今日は全ての色が揃って見えるから 「虹 と呼んでもよろしいかしら?」と 首を傾げて尋ねてみますと 大きな瞳に虹を映し 猫は 跳ねるように寄り添い歩く  傘の雫を避けてお入り 廃線になる線路に真昼のかげろう 行ったり来たりしている 青い電車 赤い電車 こっち側で 満開に梅は咲き 人々の最後の賑わい あっち側で 満開の桜は咲き乱れ 声だけが風に乗り 草野原の錆びた線路をゆっくり走る 春子と虹は 弥生 桃緑の電車に乗って 北へ北へと飛んで行く 波のように長い髪を さらさら揺らして   ---------------------------- [自由詩]ひと夏/千月 話子[2007年3月28日23時51分] 干乾びた小動物の 骨を拾って土に埋めた 湿った赤土の上を ゴム製の靴底で踏みしめたから 今度生まれてくる時は 強い動物になるのだと思い込んで きつく きつく 手を合わす 仕来たりなど知らなくて 飾り花もお供えも 何も無くて 静かなお墓の前で 何となく踊った くるくる くるくる ありすは それを木陰で見ていた 静かに 静かに 見ていたもので 食べ忘れたアイスから 流れ落ちる 甘いミルク 土臭くない森の中 集まる虫は 際限なく 際限なく 止められもせず 腹を潤す 翌日には動けなくなり 干乾びて 土に帰る準備をするので 森は思う 何となく嬉しい と 「お帰り ありす」と あんりは言った それから何も言わなくなって 美しい子供の姿をして 彼は笑う  輝く金の穂をさわさわと撫で あんりの子供の手から 大きな太陽の温もりを移し移して 悲しいから泣くの?優しいから泣くの? 青い目から海は溢れて 金色の目が それを乾かして 2人して窓辺に座り 空を見ていた  るるる とありすが歌うから  ららら とあんりも重ねて歌う  白い小鳥の歌を 作って ぼくは 遠い木陰から どうしてか 静かに静かに 窓辺を 見ていた 2人して居なくなるだろう明日を思って 木の枝を螺旋に動くリスの口元から くるくる くるくる 木の実が落ちて ぼくは 小動物の骨を拾って 沢山のお墓を作って泣くのだろうか 誰に怒られてもいい明日 羽枕を引き裂いて 何度も拾って 飛ばして 踊ろう 僕は小鳥 お墓の上で踊りながら泣くのだろうか ねえ 森よ あの子達は何処へ(飛んで)行ったんだろう 黒髪に 風が通り ぼくは思う 何となく悲しい と ---------------------------- [自由詩]背中/千月 話子[2007年5月8日23時00分] 赤い夕日が広がって 誰かの背中が燃えている ゆっくりとオレンジ 急ぎ人が赤々と 今日の日よ さようなら 夕食の炎と共に 醜い私達 燃えてしまえ 赤い夕日が広がって 誰かの背中で花が咲く あまりに美しいから見続けた 私の白目が燃えている 赤い花びらが散らないように 背骨の茎を折らないでいて 夕焼けを歩く私 夕焼けを歩く 隣の家のお姉さんが 庭で ちろちろ と燃えながら タンポポの綿毛を ふ と飛ばしているよ 頑なに白を示す種も 浮き上がれば 夕焼け火の粉 私達が遠い国から順番に燃えていく 「彼女の背中を見てはだめよ」と母が言う お母さん あなたも燃えているじゃない 体中が ふつふつ と 燃えているじゃない  醜いものは 誰が決めるの?  皆 夕日で燃えているのに 金色の朝日が広がって 可愛いお花が おはようを言う 光りが欲しい 光りが欲しいよ 空を仰いで 揺れている カーテンの隙間から射す薄い光り 私達の程好く丸い背中に絡まる まだ ほどかないでいて 金色の朝日が広がって 水面にさざ波は立ち いいえ あれは朝花の散った跡 咲き誇るのが早過ぎて 誰も見てはくれないから 朝顔よ あなたにあげる 一番最初の花の 名前を 朝焼けに眠る私 朝焼けに眠る 隣の家のお姉さんが 赤ん坊を産んだ朝 2人して繋がったまま赤く燃えている 泣いたら愛しい 血だらけでも可愛い 光りから降りてきて 光へと進む子供 「背中に羽根が生えているみたいね」 と 母が言う お母さん 私達も出会った頃は 2人して 羽ばたいていたね 私は飛ぼうとして  あなたは抱き締めようとして 一生懸命 羽ばたいていたね  美しいものは 誰が決めるの?  皆 朝日で輝いているのに ---------------------------- [自由詩]輪廻の雨/千月 話子[2007年6月15日23時41分]   ヘンリー 私の膝の上でお眠り   窓辺に当たる雨の音を聞きながら      時々は 可愛い耳をぴくんとさせて   解った振りをしてくれれば いい   ひとり言を 話すから 中庭で 遊ぶ子供等の声は無く 池の波紋は 色映す魚の機嫌を損ねてしまい 小鳥の羽は 濡れてしまった 墜落する雨の縦線が  突き出た洋館の丸い屋根を囲むように 鳥かごを作って  私達は つがい 寝息を立てて上下する柔らかな背中に 頬ずりをしてみる 手に取る本は ハイネが良い お前が昔 私に詠った詩を読もう その内 背表紙を持つ手の平から 一番ほのかな桃色が浮き上がり 世界中のつがいが 私達のいる方角を見つめる  「幸福が感染する一瞬」 ただそれだけの事で 私達の美しい 病 向こう側の窓辺で少女が笑う 両手を胸の辺りで合わせ そして 小さく手を振る 彼女も探しに行くのだろうか 見通しの悪い雨を開いて 美しい指先を 隙に差し込んで 開いては踊るように 開いては歌うように 行ってしまうのだろうか 雨はもう雨ではなく 恋を探す少女の紡ぐ銀糸 世界中の東屋は 銀色に光る 鳥かご 雨の降る日は そっとしておいて 膝の上であくびする ヘンリー・・・ お前もいつか柔らかい身体を輝かせ 雨夜の雫をはじきながら 私の元から行ってしまうのだろうか 代わりに 道々へ ダイヤモンドの欠片を残しても 私はそれを 受け取らない ヘンリー ヘンリー あなたの可愛い子供を頂戴 そうして 雨の朝やって来る ほの白い小さなあなたを両手で包んで 丸い西洋窓の傍に座る 「ヘンリー 私の膝の上でお眠り」 雨が2人を 垂直に囲う ---------------------------- [自由詩]クランベリー フラワー ソング/千月 話子[2007年8月7日23時43分] 白薔薇よ 白薔薇よ 僕の下で 咲いておくれ うつ伏せで溶けていく熱い腹に 鋭い棘を突き立てて 僕の赤い    赤い懺悔を吸い取ってしまえ ベッドサイドには 欠けた花瓶 無造作に挿した(赤黒い) ビロードの薔薇 数本 薄い壁の向こうから 耳障りな掠れた女の声がする  彼女は失恋の歌を 歌っていた 茨の絡まるような感覚 身動きできない僕の腕は ガラスの器に切り分けられた 瑞々しい桃の果肉を鷲掴み 見知らぬ男に遮られ 遮られては ひどく 喉が渇いて仕方ない ・・・ちくしょう! あんたなんて 必要 ないん だ 手の平から内側に流れ伝う 甘い汁を 舐めながら 大人になりかけた声で 隣の部屋の女とは正反対の 歌を 歌う ラヴィアンローズ ラ ヴィアン ローズ 人生は 薔薇色・・・ ああ、、どうしてか涙が溢れて止まらない ねぇ 見知らぬあなた もしも僕の背中から 鮮やかな 鮮やかな ケシの花が咲いた時 死ぬほど いたぶって そして 身体ごと 燃やしてしまってよ ・・・・・・・・・ そうして僕は 快楽に酔いながら 極彩色の深い淵へと 落ちていくのさ 気だるさの残るベッドの中で いつも見る夢 父さん 父さん 僕はあなたの先端で 取り残された 宙吊りの雫 ほとばしる事も出来ずに その内 干乾びて粉々になる運命 父さん・・・ お父さん・・・ 僕は一体 何なんだろう いつか 僕が屍になって 野ばらの下に 葬られて 小鳥の巣から ヒナが落ちて 少女の唇から クランベリージュースが零れて みんな 土に吸い取られて 幸せが ここから始まればいい うつ伏せの 僕は  幸福な事だけ考えている もう 錯乱しない ねぇ あなた  今(夜)の僕は とても甘いでしょう? ---------------------------- [自由詩]帰りの道の少女/千月 話子[2007年8月28日23時10分] コッペパンを3分の1 残して 思案する 枝豆とチーズを少し 小さい親指で ぎゅぎゅっ と 押し込んで 可愛い子 口角が少し上がっているね 『よくできました』◎ 「ちゃんと食べてよ」 班長に注意されたって 構わない 午後の楽しみ 赤いランドセル  銀の鈴の付いたやつ 遠くでカラスがうるさく鳴く から 急いで走る お姉ちゃんのお下がり マグネットがあまくなってて パカパカするよ 子馬みたいに飛び跳ねて 違う物になれるから  ちょっと 素敵 つぶつぶのたくさん付いた お米の田んぼ 穂がお辞儀してるみたい 真っ直ぐな畦道 おじいちゃんが 言ってた 神様に ありがと ありがと 小走りの子馬 お辞儀しながら 教科書が 踊ってる 神様の口角が少し上がった? 午後3時 お寺に向かう階段の途中 座り込んで 口笛を吹く 斜めに居る太陽が 山の稜線に光映すのを 眺めながら ひゅるるるる 蝉の抜け殻が さざ波のように折り重なって 夏は少しずつ 子供の手の平で 溶け出している みたい コッペパンを3分の1 ランドセルから取り出して 小さくちぎって 空高く 放り上げる 高い木の枝から トンビ 美しい姿勢で風に乗り 掬うように食事する  くるる くるる   上空は 良い匂い 赤いランドセルが弾んで 銀の鈴が楽しく鳴って 小さい手の平は 空っぽ ご馳走様 と手を合わせたら 空を旋回する トンビ 柔らかに降りて来て くちばしで 鈴を鳴らす ご馳走様 の合図 『今日も上手に出来ました』◎ 名前は無いけど トンビ 仲良くなれて 嬉しい 誰にも言ったりしないから 高い 高い 空の上から 私を 見つけて まあるく 回って ---------------------------- [自由詩]小鳥の巣/千月 話子[2007年9月21日17時31分] 四角い鳥かごの小鳥を 人差し指という小枝へ導く みなみは細く圧迫される指を 目線まで上げて 「この部屋も 鳥かごみたいね」と言う 秋とは名ばかりのあやふやな風が吹き込む 窓辺に吊るしたままの風鈴がチリンと鳴って 東へ傾く太陽の日差しが 表で遊ぶ子供たちの声を 緩やかに 空遠く消し去って 消し去って を繰り返している 小鳥の名は カナリア オレンジ色のを選んだ みなみの名前と相性が良いのか 彼は 情熱色の羽を波立たせ 美しい声で求愛するのだ 表札に知らない男の名前を書いた 9月 私達の部屋で 密やかに木々の育つ音がする 四角い窓から小鳥の群れを眺める 逃げ延びて繁殖したセキセイインコの木 葉桜の緑の合間から新種の花が咲いて 国花の木が ざわざわと不安げに揺れていた みなみはカナリアの形無い耳元で 「ここは どこですか?」と聞いてみる 彼の口ばしから丸い粟が零れ落ち 古い畳目に埋もれて ああ ここは小鳥の巣になるのだ と 南国の湿った空気のような溜息をついた 人の身体では暑過ぎる日々 みなみは背中で眠る小鳥が上下して オレンジ色の炎のように揺らめいているのを 鏡越し 横目で見ていた 四角い窓の外 取り壊されるアパート 微かに聞こえる 小鳥の声 羽音 用意されたクレーン車に吊るされた 丸い鋼鉄の上には 幻のように白いカラスが止まっていて 大きく揺れる一撃の前に 高く 高く 鳴くのだろう そうして 隙間だらけのアパートから 最後の住民達が一斉に舞い上がり 色鮮やかなひと塊となって 新しい巣を探し飛び立って行くのだ 夢見るみなみの部屋の薄いカーテン越しに 大きな鳥の影が横切る 「みなみ みなみ」優しく呼ぶ声がする 四角い鳥かご 狭すぎてまだ巣は作らない 私達の自由 私達の美しい羽を風に晒して 明日 この部屋は空っぽになる ---------------------------- [自由詩]「青い春」と呼ぶ/千月 話子[2007年10月19日17時34分] 両の指を痛い位絡めて 錆びたフェンス越しに友を見ていた 立ち入り禁止区域 思い切り高く遠くへ放った 僕達の鞄 一瞥して走り行く 君の ズザザと力強い 足元の埃 駆け上がるフェンス上 危険な有刺鉄線をかわし 友よ 手の平に少しばかり 傷を付けただろうか 赤く腫れた頬 拳の傷 自分の痛みを知り 君にも深く分け与えた 放置された草むらで 飛び上がる虫を目の端で追いながら 君を 見失う 上空で低く飛行する旅客機 ジェット気流が 色の変わった草を揺らし 僕は 察知する 両の指を痛い位絡めて 錆び付いたフェンス越しに 高く 叫ぶ 「伏せろ!伏せろ!伏せろ!」 と 記憶を少しばかり欠いて 轟音が静寂を生む 呆然と立ち竦む僕の周りの無音 映画のように景色が回る 疲れ果て しゃがみ込む鼻先に 緑踏む青臭い匂いがして やがて 帰って来るだろう 友の放り投げた 鞄の痛みに傷付けられても もう 何も返さない ただ黙って 腹に拳を打って 肩を抱き合い 危うい 生を確かめる 僕達の事情は 半透明な船に乗ってやって来る それは 静かに足元でさざ波を起こし 春の嵐のように心を沸き立たせ 春雷にビクつき 咲き始めた花の香りにふら付く 青春なんてクサい言葉は使わない 青い 春だ 澄んだ薄青の空に流れる 複雑な形の雲 間に間に 一本美しく伸びる 飛行機雲を見つけては 口の端で軽く微笑む 僕たちは そう 生き始めたばかりだ 生き始めたばかりなんだ ---------------------------- [自由詩]秋の金魚と揺れる水/千月 話子[2007年11月17日23時42分]   暑くもなく 寒くもない   昼と夕の変わり目に見る太陽は   ぼうやり として   霞み懸かった空の川を   漂うように 浮かんでおりました このように 繊細な秋の日には 水草揺れる金魚鉢を穏やかに持ちて 上手に水を入れ替えてあげましょうか 私はまるで お作法のように 丸いガラス器を両手で挟み すり足で そっと縁側に運びます 紅緒さんは 「ああ もう七つ夜を過ぎたのですね」 と理解しているかのように さほど びっくりするでもなく たぷたぷ と 揺れに身を任せておりました 石畳に沿って歩く 木製のつっかけが カララン コロロンと 高音を鳴らしますと 驚いた小さな雀が柿の木で跳ねて 上方から私達を そっと覗きます  柿の木には数個だけ実を残しておりますので  お詫びに どうぞお召し上がり下さいな 銀ダライは紅緒さん用にと お祖母様に頂きました 少し凹んだタライに程好く水を張り 同じ色の銀の柄杓に水を入れては 高所から流し入れ 流し入れを繰り返しますと 冷たく堅い水は いつしか 優しく緩む水へと変わって行くのです 私は両手で直に紅緒さんを掬い 暴れないように ようし、ようし となだめながらタライの丸い水へ ゆっくりと浸してゆきます  ようし、ようし、良い子だね ガラス器の金魚鉢の水は半分取っておいて 馴染みある匂いを半分残します 玉砂利に絡みついた沈殿物を きれいに 洗い流し流してゆく時に 細いミミズの塊が最後に流れて行きました  紅緒さんは お肉が嫌いですか?  なら ひらひらのを差し上げましょうね 銀ダライで スイスイ泳ぐ小さな金魚を 飛び出してしまわないかと目の端で追いながら きれいに洗った金魚鉢に 紅緒さんの居た 古い水と 紅緒さんの居る 新しい水を 交互に入れ 水草を入れて 庭の秋桜が 軽い風に触れて みんな みんな 揺れています 縁側に置いた金魚鉢が 淡い光りを屈折させて 板張りの古い廊下に 淡い虹を描き ぼう と眺めてみたり 手の平に映してみたりして このように穏やかで ほの暖かい日も もうすぐ終わりですね と 移し変えた紅緒さんの 大きく映った可愛い顔を 覗き見ては ぷくぷくと ふたり言を言うのです 紅緒さん 紅緒さん  冬の日の水替えは七つ日より  少し遅くなりますが  暖かい日を選んでは  ゆぅくりと陽を浴びて過ごしましょうね  ゆぅくりと ゆぅくりと  笑いながら 過ごしましょうね ---------------------------- [自由詩]彼等のためのソナタ(香りつき)/千月 話子[2008年1月26日0時11分]   「オルガン」 オレンジみたいな涙を流すから いつも泣かされてばかりいた 優しいね キミは唇を頬に寄せて 流れる柑橘涙を上手に受け止める 夏の子供用プールはレモンの匂いがするね キミからは 桃の匂いがしたよ ボク達は手を繋いで ゆらゆら浮かぶ 暖かいね 今日の空 太陽の日差しが背骨を伸ばす  充満した果汁が手の平から零れ落ちた キミの目が きらきらして ボクの柑橘を掬い取る 世界一甘酸っぱい水しぶき 独り占めして 独り占めしてさ キミ一人だけ綺麗になっていく  「フルート」 校庭の隅にある藤棚は 塗り替えられて 真っ白 薄紫の小さな蝶たちは 何処に 消えて行ったのかな 五月には この棚を住処にして 綺麗に並ぶ香り良い花 蝶よ 真上でいつも誰を待つの 藤棚の下で歴史の教科書を開く少女 指先は日本史のページへとさらさら動き 花々が ふさふさと揺れて 花びらがひとつふたつ落下して 付箋紙 一房を砂糖水で煮詰めて作った 甘紫 一枚一枚口に運んでは  微笑む 黒髪の少女よ 千年以上も昔 ここに居て 文机の上で 何を詠むのか 藤の花は 少女の連なり 時を旅したいのなら 此処へ来ると いい  「ヴィオロン」 「は」はガラス窓の為のレクイエム 伝えたいなら 伝えてあげるよ 君の好きな窓の住所を聞いた ブルーベリーガムの甘い息 曇りガラスに丸い文字 数秒したら消えてしまうし 何度でも「は」と言うよ 君の想いが伝わればいい 何度でも 何度でも 寒い朝 窓ガラスには 昨日書いた住所が半分 この窓にも あの窓にも ボクの好きなカノジョの四角い窓にも 深い想いが少しずつ浄化していく 水蒸気は とても甘い香り ---------------------------- [自由詩]ご挨拶/千月 話子[2008年3月20日23時50分] 庭に植えた橙(だいだい)を 隣のいい年頃の娘が じぃと見ていた 熱視線で家が燃えるわい・・・ と小声で冗談を言いながら 剪定ばさみを手に持って 「家のは少し酸っぱいんだけどねぇ」 と呼び止めて 5・6個両手に抱えさせた 嬉しそうな娘の顔は福よかで 優しい観音様のようだった 冬の名残の冷たい空気を 小鳥のちいこい翼が 北へ北へと押し上げて行く (うぐいすが隣の家の低い垣根の上で綺麗に鳴いた) ホウ ここの娘が ホケキョゥ 子を宿したんだとさ ケキョケキョ なんと結構なことだろね 何となく分かっていたさ わたしは 時々 酸っぱい果実をもぎ取って 食べきれない頂き物などを風呂敷に丁寧に包み まぁまぁ どうぞどうぞ などと挨拶がてら 様子見をしていたんだよ 彼らは 家で漬けたたくあんを 特に気に入ってくれたもんだから せっせと漬けては いそいそ出かけた (娘の腹を触りたいんだ 子のある女は観音様 誰にも内緒の願掛けに) ・・・・・・・・・・・・・ 突然 こんな夜中に一体誰だい とんとと 板戸を打ち鳴らすのは それは見知らぬ小さな おとこ子だった そいつは妖怪でもなさそうな可愛らしい顔で 「腹が減ったー」とわたしの着物の袖を引っ張った もしも 幽霊だったとしても構わない・・・ そんな穏やかな空気をまとっていたのさ 坊は「やらかい物が食べたい」 と 一丁前に注文をつけるのだけど 何となくニコニコしてホイホイ作ってしまうんだ 食卓には 粥と胡麻豆腐 玉子焼き 坊はもぐもぐ良う噛んで美味しそうに食べた わたしは その横でポリポリたくあんを噛んでいた 心地良い音が気に入ったのか 左右に動く口元をじぃと見るもんだから 「茶を含ませてたくあんを食べると甘いんだよ」 と 上手そうにポリポリ ポリポリ食べてやった あははは 堅いもんは食べられんやろ あははは あははは 不思議な話はそれきりだ 隣の娘も おとこ子を産んで わたしも時々面倒を見た 月日が経って 隣の坊が5歳になった頃 わたしの家で昼飯を食べていた 「黄色いたくあん 沢山たくあん」 妙な歌を歌いながら 坊は始めて たくあんを食べたんだ 茶を飲みながら 「ほんとに甘いんだなぁ」ニコニコ笑って 遠い昔の出来事がふぅーと頭にやって来て ああ と微笑む顔を見た 坊は しまった!という顔で 肩を少しすくめたが わたしは ああそうかい と 軽く頷くだけだった もっと たくあん沢山お食べよ ---------------------------- [自由詩]清月の薔薇/千月 話子[2008年5月16日23時15分] 蓋を開けたオルゴヲルの回転軸につかまって 羽の付いたお人形の足が ルラルラ踊る 君に会いたくて 君に 会いたくてね 手を離して 一緒に飛んでしまいたい 箱の内側には白薔薇を 何度も詰め替えて 行ってしまった君を 再生する 青白く光る月の青という言葉を 誰も使わない日があればいい 明日の空には 清純に輝く白い月がある 神々しいほどの漆黒に 揺れ動いて 揺れ動いて やがて凄艶の月になる 満ち欠けは花びら 約束したよね 私達の 手の平から白い花の香り 擦り合わせて匂いをつけた 体中から溢れ出す 君を探して 私を見つけて 夜花になる 私達の純潔 朝日が眩しくて 夕日が悲しいと 共に覆い隠した 接合部の無い日の出来事 階段の一番下の段差の高さを 飛び降りられない私達の真上で 純白が崩れ始めて白薔薇のような月 下方には光る棘を尖らせて 痛みの無い痛みを知ってしまっても 今は 手を離さないでいて 私達の身体をぎゅうと触れ合わせて 私達の凹凸を堅く結ばせて 薔薇の月が閉じるまで 薔薇の月が落ちるまで ---------------------------- [自由詩]お米をこぼした日/千月 話子[2008年7月21日23時35分] 空になった米びつを 流し台下の収納から取り出すと 初夏 扉裏から日陰がやって来て 「今日は暑いですね」と作業を急かされる 10キロ袋の角を少し切り よいこら 持ち上げてから うまいこと長方形の箱に入れ替える ぶらーん ぶらーんして 平均に しゃわら しゃわら 良い音出して でこぼこを手の平で平らにして したくせに 手指を突っ込んで ぐっと突っ込んで ひんやりと米の感触を楽しんだら 掬い上げて さらさら落とす 清潔な砂遊び お米に失礼の無いようにして 隙間無く綺麗にならした あきたこまち 一番神聖な真ん中からカップを崩し入れ きしきしと音を立てたら 私  の背中から 金色の穂が生えて 窓の隙間を通る風に 2人して揺れていた 狭い台所の無法地帯 何があっても 誰にも気付けない まだ明るい夕方の空を見上げながら 手に持ったぎしりと詰まる米カップ 思い出すのは あの時の切なさ      「お米をこぼした日」 暑い日の西方から 早馬のように暗雲がやって来て ゴロゴロと小言を言いながら ほんの少しも雨を滴らせずに いきなり ドッカ!と怒りをぶちまけた 忌々しい雷の轟音が 私の頭の天辺からゾゾゾと伝わって 全身を痙攣させて ぶれる指先 持ち上げたカップが滑り落ちたら さようなら 美しかった米達よ 台所に愕然としゃがみ込んだ 私の唇の絶望に似た切なさを 今は誰かに知ってほしい 跪いた膝関節から止め処なく 「おばかさんね おばかさんね」 と 煽り立てるので 心は 心は 玄関を飛び出して 公園のブランコを探して ただひたすら 風に揺れる 空になった私の身体の非常事態に どこにあるのかスイッチが入る 「心が無いなら米を詰めろ」 と鳴り響くので さんざ散らばった埃付きの米を やはり無心で拾い集めた 世界中のどこかで 誰かが米をこぼした日 台所には 小さな灯がともり 誰にも気付かれずに 1人 頑張っている人が居る 汚れた米をきれいに洗って 洗い過ぎて 栄養分が少し減ってしまっても 「おいしい」と 言ってほしい 家出した心を迎えに行って 「帰ろうよ」と微笑みかけて 2人して自分を誉めてあげたい お米をこぼした日 切なくて 切なくて 少し誇らしいを知った 日 ---------------------------- [自由詩]「僕の村は戦場だった」を傍らに置いて/千月 話子[2008年8月30日0時12分]   「愛あるいは天使のような」 どこまでも続くかのように広がる 白樺の森を抜けて 僕は行くよ アナスタシア 揺り椅子で眠る 君の失った右足の膝下に 赤い 赤い 靴を置いた はにかんだ笑顔が空に登る さようなら 僕の可愛い・・・ 朝靄に浄化された白い森を 男と女が 隠し絵のように駆け抜けて行く 霧がレース状を形取ったものを アムール(生まれたばかりの)と呼ぶのなら 彼らに纏わり付く 甘い濃厚な花の香りを エロス と呼ぶのだろう 僕達のアムールは 未成熟のまま 戦場の黒い煙の立ち込める 汚れた空へ消えて行ってしまったのだけれど 爆風で脱力した僕の右手に握られ焼き付いた 君の髪飾りの淡く色の残った小さな花束を 生きた左手が力一杯持ち上げて 静かに揺り 振る 僕たちを 許してくれますか? ******* 美しい村だった 子供らの靴音を弾ませた歩道は 山のような瓦礫に覆われ 高く鳴く小鳥の巣が 燃えた風に散り 命も無くなって 呼び鈴と扉だけが残った家の リビングという所から 初老の男が現れる 堅いパンとコーヒー 家族の写真を連れて 火にかけられた小鍋から 湯気が立ち登り アムールが そこから生まれ続ける 彼はここを 決して離れない ******* 湯浴みする僕の細い背中を 湿った土色の軍服を着た男が 何かを探すように じっと見詰める 僕の翼は何処へ行ってしまったのだろう 折れた小鳥の羽のように ズキズキと背中が痛くて 何度も 何度も 見えない血を洗い流した 明日僕も この男と同じ格好をして 手も足も 背中さえ汚して 君とは違う場所へ 行ってしまうのだろう 君に教えてもらった 美しい異国の言葉を ひとつ 心に持って この 堕ち行く戦場で 殺める時も救われる時も お前の名前を呼んでいた アムール・・・ アムール・・・ と (僕達の村が戦場だった頃生まれた お前の名前)     ---------------------------- [自由詩]キミノコエ/千月 話子[2008年10月24日0時02分] 今日 キミの夢を見た もう居ないくせに 「いつも見てるよ」と言うのだ 薄曇の外光が窓から入り込んで来て 中途半端な空間を作るので 夢の端っこを掴んだまま手放そうとせず 意識が行ったり来たりしている その続きが欲しいんだ 丸まった身体のまま身動き一つせず 手の平で大切な言葉を拾い集めて 胸の中に仕舞って眠る 自転車で通り過ぎる若い男の背中に 「行かないで・・」 という言葉が乗っていた 心なしか安定の悪い車体 まもなく転倒するのだろう 切なさと幸福が 私の両肩で水のように揺れている 今日は低い段差によくつまづくのだ アンバランスな身体の重さを調節して うまく歩く事を覚えなければ と 思いながら 自分の姿をガラス越しに映してみる ほの暖かさが胸の奥からやって来て 身体が右に傾く キミの面影が強くある方だ キミが愛しかった 自分が愛しかった 空を戯れる二羽の小鳥が 戸惑いもなく高い声で鳴く 「好きだよ 好きだよ」と 私達には ただの音でしかないのだけれど 羨ましいんだ 人の声では直接過ぎて 隣にキミが居ない 手の平を添えて 愛を伝える事も出来ない なら 今日 キミの夢を見よう もう一度 声を聞かせて 今日 キミの夢を見よう 幻想の生き物になって ・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・・・ 私達の 声 なんて 優しいんだろう ---------------------------- [自由詩]消しゴムを忘れた日の歌/千月 話子[2009年1月9日0時13分] コロンと鳴った 耳の下の方で聞いた なんで気が付かなかったんだろう ハネた髪の毛が鏡に映ったりして 食パンの焼ける匂いを嗅いだりして 振り向かなかった 振り向かなかったんだ 行ってきます 今日は新学期 青い空に飛行機雲 長く伸びて ランドセルがカタカタ鳴って 小気味良いのでタンタン跳ねた ポチが鳴いて ミーがあくびして 妹が手を振って スズメがトントン歩いて 向日葵がこっち向いて お巡りさんだ笑ってた 僕はお尻を突き出して 変なポーズでご挨拶 本棚にギャグマンガ 子供の手の届かない所 こっそり見つけた いたいけな大人達 ご機嫌な子供達 学校で席替えした 胸の奥の方がザワザワして 窓際の一番後ろの席 お隣にあやかちゃん 心臓が飛び出してスキップしそう 先生が言った 算数のテストです 一斉に机がガタガタ鳴った 高い声が教室をグルグル回った 再生紙の答案用紙がパサパサいって 皆の筆箱から良い匂いがした 先生 先生! 僕のかっこいい戦隊の筆箱に 大切なメンバーが足りません 地球の環境を守ってる 戦隊グリーンはいったい何処に ペパーミントの香りも消えて 耳たぶが熱くなって 鼻の奥がツンとした 助けて!筆箱の戦隊レッド 僕は心の中で叫んでた 目の端からピンクの可愛い四角い消しゴム 微かに苺パフェの匂いがした これあげる とあやかちゃん 学校一の優しい子 君は僕の戦隊ピンク ぎゅっとしてチュっとしたいけど うんと頷いた 下向いたままで 50+50=100 答えを書いた途端 僕の答案用紙から数字が飛んで行った 100%の気持ちが 黒板にぶつかって もうすぐ君の耳元へ到着するよ 笑ったんだ 何故だか君が くすぐったそうに ふふふ ピンクの消しゴム握り締めて 100点の答案用紙 明日見せるよ きっと そっと 帰り道 お巡りさんが手を振って 向日葵がお辞儀して スズメが電線に並んでて 妹が走って来て ミーがあくびして ポチがしっぽ振って 足元でコロンと鳴った ペパーミント色の消しゴム 机の中に一緒に並べたピンク色 あの子と一緒に爽やかな世界 明日 僕の大切な バナナクレープの匂いのする消しゴムを プレゼントするよ 僕のお腹がキューと鳴った 戦隊ヒーロー達が 今日も悪者を退治する 夢の中で僕はレッド君はピンク 主題歌がかっこいいぜ ---------------------------- [自由詩]ニューアンティークバード/千月 話子[2009年2月20日23時55分] 買ったばかりのアンティークの電気スタンドを眺める フレアスカートのように広がった ランプシェードに住む小鳥は 確か2羽 反する木の枝に止まっていたような 月と星 あるいは惑星と呼ばれるものが 今夜 もっとも近づく頃 何気なく手に取った 古い純愛小説など読んでみる 左指がページをめくると2人は出会い 右手の平が危うさを受け止める ゆっくりと流れる時間が もどかしい と読み進める21世紀の現在 最終ページで2人は初めてキスをした 枕元を照らす丸く柔らかな光りの中で 作り物の小鳥が(確かに)チチチと可愛く鳴いた 物語は朝焼けの雪道に残る足跡を輝かせ 静かに終わりを告げ 西洋からやって来た名も知らぬ小鳥が 絡まるように 2羽 小さな窓から逃亡した(あるいは駆け落ちというのか) 徐々に寄り添っていた2つの羽毛も また 密かに純愛していたのだろう そして アンティークショップの心地良い時代を経て この 小さな部屋で完結する 生きているものだけが生きているとは限らない世界を知った 窓の外では何も変わりはしないのだけれど 少しばかり顔を上にあげて 目を閉じ 耳を澄ませる 時の流れる音が聞こえるかもしれない 一番愛していた頃の あの ランプシェードの木の枝に知らぬ間に巣が作られて 私は何度繰り返しただろう 新しい命を孵化させて それを この部屋では 少しずつ収集した古い古い本の あらゆる背表紙から 小さな花の芽が生え始めたばかりで 私の肩甲骨は浮き上がるように重くなっていく もう いいでしょう 私のを産み落としたいのよ 私の新しい命を 明日から背中の割れる音がした 古い家は様々な花や草に覆われて 私の長く尖った爪を突き刺して 窓の隙間から切れ込みを入れると 青い空が広がっているだろうか 私もまた殻を破り続けて 長い夢を見続けるのだろう そして 現実と非現実の世界を 過去と未来を 飛び続ければいい ---------------------------- [自由詩]私達の美しい獣/千月 話子[2009年4月15日0時20分] あの頃 私は叙情の生き物で 君の全てが詩歌であった 差し出された手の平に 丁度良く収まる この手を乗せると 合わさった部分は いつもほの暖かく 淡い色合いの空気が ぐるりと囲む気配がした 私達の体温は 3月のような春で さくらんぼの香りが 鼻先を通り過ぎ 誘い出された私の手が 君の手を離れると 寂しげな平から 白い蝶がさらさらと 1羽生まれ舞い上がるのだった 数歩ほど離れると そこは冬の始まりで 追い付いた白い羽から 零れ落ちるのは ぼたん雪 凍える息を吐きながら ようやく我に返ると 日溜りに咲く花のように 柔らかく君が微笑んでいた 素直にただいまと言えない 代わりに君の手を取って 2人して目を閉じた 目の奥から濃紺がやって来て 次第に鮮やかな青に変わると 互いの心臓から 1日で1番穏やかな波の音がした 私達の ぎこちなく繋がれた手の平は やがて記憶を取り戻したように 私の手が君の形に 君の手が私の形に 変わって行くのだった 繰り返される季節を歩き いつか君を失くしてしまっても この手は君を忘れない 私の叙情の生き物が この平を棲家にして また 美しい歌を詠うのだから ---------------------------- [自由詩]ふさわしい言葉/千月 話子[2009年6月22日23時30分]    人でなし 森が忙しく葉を揺らす カッコウが巣の上で木々を見渡していた 小石のような小鳥の卵を 一つ二つと落としていくのだ 真ん中に一回り大きな卵を産むと 愛しむこともなく さっとどこかへ飛んで行った まだ見ぬ君よ まだ居ぬ君よ 何も知らなくて良いのだ 森を吹き抜ける風が 卵を撫でるように通り過ぎて行った 本能は空を映す湖のように 薄青色の真っさらな塊で 見ず知らずの親鳥の 小さな腹の中で温もりを感じていた 「産まれたい」「生まれておいで」 お前が人であるならば 見合う言葉もあるのだろうが 夏の日は希望に満ちてやって来る カッコウよ  お前のことなど もう どうでもいいのだ        身代わり 男が 漆黒 という名の犬を呼んだ 目も鼻も全身真っ黒で美しい 散歩はいつも夜で 小高い丘の上を目指して歩く 月の光りが滑らかな黒色を滑り降り 上空からは美しい宝石の 零れ落ちる様が見えるのだろう 丘の上で落ち着くと 漆黒は空を見上げ 男は彼女の瞳を見つめ そこに映った星の一つに 違う名を呼ぶ クゥ と鳴く犬 首筋の長い毛を掴んで 抱き締めると 温かな舌で頬を舐めるのだ そんなに優しい声で鳴くな お前 漆黒はまた クゥと鳴いた 人と人ではない この悲しく優しい行為を 何という言葉で呼ぶのだろう   ---------------------------- [自由詩]忘れられた馬/千月 話子[2009年10月12日16時13分] 彼女は まだ眠りを欲しがらなかった 寝室を暗くして 何も無い空ばかり見ていた 私は 彼女の束ねられた黒髪を解き 指で梳かしては 滑らかな別夜に 星を探し 月を探した 私達は それぞれの世界に浸り 眠れない夜を旅するのだ やがては夜の果てが見えるのだろう 私は そこに白い馬を見つけ その輝きに はたと目を覚まし 隣でいつの間にか眠ってしまった 彼女の 丸まった背中を恨めしく見つめる 黒い馬を先に見つけた彼女の 髪に纏わり付いた 夢の花 月下美人の白い花の残り香を 嗅ぎながら・・・ 少しばかり眠り遅れた夜の草原を 私の黒い馬と共に翔る 夏草の青い香りが消えるまで 調教された夜は未明 私達を受け入れて 濃紺の空を散らす ---------------------------- [自由詩]覗き見る月/千月 話子[2009年10月12日16時45分] 夜の始まりの冷めた月から 白い涙が零れ落ちるように 白鷺が降下する 静かな寝息を立てて眠る彼女は 広いベッドの左側で三日月になる 睡眠不足の瞼はぎゅっと閉じられて 月明かりに照らされた 身動き一つしない体が 大理石のように美しいと感じる 空けられた左側の乳白色のシーツには より一つなく 凪のように滑らかなそこに浸ってみたくなる 尻からそっと沈んで さざ波のようにゆっくりと 水面を泳ぎ 彼女と同じ三日月に擬態してみる 寄り添った私達に月明かりは無く 窓際のそれに憎憎しく言ってみた 「崇高な月よ 嫉妬なんかするな」 対岸で鳴る激しいサイレンの音が 大火事を予想させても ここには穏やかな自分が居る 興味は彼女の首筋にあり そこから匂う整髪料の香りを感じながら 翼の名残へ二つの胸を押し当ててみた 男と女の間を飛び交う蝶の夢でも見ればいい 心の中で苦笑する 彼女の薄く開けられた唇から くすくす と笑いが漏れたような気がした 甘ったるい夢の外で 赤く燃える月が 煙のような雲に飲み込まれ 消失した 身体が眠りを欲しがって 薄い布の中で 私達も燃えていた 通りがかった灰色の飼い猫が 薄緑の瞳をきらきらさせて 私達の放り出された足先を じぃと見ていた もしかして それは 月・・・かも・・・知れない・・・ 曖昧な覚醒が 錯覚を起こす ---------------------------- (ファイルの終わり)