なを 2003年4月13日22時47分から2011年10月20日13時41分まで ---------------------------- [自由詩]薔薇の花/なを[2003年4月13日22時47分] 地下鉄で あなたは手首だけの幽霊と手をつないでいる。 もうさびしくないね、よかった。 あなたを慰めるためだけにこの世界に生えているてのひら。 それはまるで、 薔薇のよう。 ---------------------------- [自由詩]ハニー。/なを[2003年4月20日23時46分] 野良猫を抱くようにして可愛いひとの痩せた腰に触れる 赤茶けた髪はうすめられた不幸と暴力の匂いがする わたしたちの知る世界の あまねくすべての場所にたちこめるその匂いを よく生える蔓草のようにそこやここを這いまわり わたしがなにによって生えているかわたしじしんが知らない あたたかいほうへ身を捩らせてぬるい水を惚けたように味わう 生乾きのわたしたちをおりまげたたむように髪と肩と ゆびと骨とかさねあわせてじっと目を閉じて 濡れた髪が乾くまでのあいだの 所在なさがわたしに与えられるうちでいちばん甘い蜜だ あなたがわたしを養う蜜ならばいいのに ---------------------------- [自由詩]甘いパン/なを[2003年5月8日19時25分] かわいた草むらをかきわけて歩きながら、 甘いパンをわけあって食べる。 ふくらんだあなたの頬をながめていると わたしたち死ななくてもいいのかもしれない、 だれかから許してもらったみたいな気ぶんになる。 草むらがとぎれて砂におおわれた道へ出る。 ゆびのやわらかいところでもっとやわらかいところを撫でる。 パンくずをはらいのける。無心に。 あさはかなわたしたちのお祈りはパンくずのようで 歩くうしろに鳩が群れる。 ふりかえりふりかえり、あなたは笑う。 無心に。 わたしたちもしかして死ななくてもいいのかもしれない。 あなたと甘いパンをわけあって食べる。 パンくずをはらいのける。 これがお祈り。 ---------------------------- [自由詩]徒歩旅行/なを[2003年5月8日20時04分] ここはまるで火星みたい しずかでひろくていい天気ですよ あなたがわたしに仕事をくださったのでわたしはあなたになまえをさしあげて、そうしてふたりして手をつないで、ソトへ 行きました。ほとんどのお話しは疾うに終わってしまっていましたが、わたしたちはへいきで砂まみれで空っぽのバス通り を走ってゆきました。かつて唄いつくされたうた、唄われなかったことのなかったうた、をひとつずつ唄いながら走ってゆ きました。バス通りは晴れた空のしたで永遠のように長く、どこまでもつづくようでした。(うそ、永遠とかって、ありま せんよ)ソトへ。と、わたしたちはつよく望みました。ソトへ。歩いてゆけるところへならどこへでも行こう、と思いまし た。天国でも戦場でも、世界の果てでも。世界は空っぽで、そしてわたしたちにはいくらでも時間はあるのです。 このように草のうえに立って居るとかつてわたしが亡命者であったことを思いだします。 このように故郷を懐かしみそうして泣いたことをそしてその 涙が ふるい 小説を読んで流す涙の様だったことを わたしたちはわたしたちの永生に、さいしょの十年で疾うに倦んでしまっていました。 両のてのひらのあいだであなたのてのひらをもてあそびます。最上級生の優等生の女の子のように額を出すかみがたのあな たの、汗ばんだゆびにゆびをからめます。回送バスの窓にはパノラマが燃えるのがきっとうつるでしょう。だれが火をつけ たのか知らない。それはローマ人の都みたいにあなたの、華奢な骨格の檻のなかで燃えていた火です。その火をみてわたし はきっと酷く幸福です。 空白には絵を描いてくださるととても嬉しい。あなたはきっと絵がじょうずで、殊に赤塚不二夫の模写なんかがとてもじょ うずだと思います。じぶんかってな思い入れをします。あなたのなまえはきっとFではじまる。フランチェスカ。水をたくさ んのみます。それはあなたの血です。とてもとても淡いあじのする水。 永遠に永遠に永遠に。 いくら流しても死なない血ならうすいおりもののようなたよりない塩のあじがするでしょう。花が咲いている匂いがする。 満たされているような気がする。酷い幸福。だれもが目を背けるようなありさまでわたしたちはこんなにも幸福でうつくし いのです。 (永遠とかって、ぜったいに) 海までの道は草に埋もれてわたしたちはかつて亡命者であったことを懐かしむ このばしょはどこからも どこからも どこからも とても遠いねえ? ---------------------------- [自由詩]テーブルのうえのフランチェスカ/なを[2003年6月18日7時04分] 裏庭のトマトをもぐようにわたしはわたしになまえを いくつもつける (たとえばフランチェスカ、など) そこにいるわたしテーブルのうえのわたし わたしがすでにいないところにいるわたし テーブルのうえの皿のなかの 、と。のように存在する 鳥のうたのように ながくながく続くうたのようなそのなまえ いいお天気のまひるの道を 歩きながらひとくち食べてだめにしたトマトを なげすてて歩く きちがいがうたうようなうたを うたいながら 100も1000も貰ったなまえ を パンくずのように世界中の鳥に食べさせてしまったよ いつかはわたしのなまえだったなまえの鳥と鳥と鳥たちが 空を飛んだり波をよこぎったり裏庭のトマトをぬすんだり 明け方の道路で死んだりベランダで巣作りをしている みっつくらいの女の子のいる家の きのうのおひるの甘いチキンカレーもわたしなのよ ---------------------------- [自由詩]ツイステッド/なを[2003年8月4日19時46分] 「この 坂道沿いをだらだら歩いていくとあたしが 去年死んだ犬を拾ったのはもう十八年も前で そのころ不倫、 不倫とゆうことばもそのころには無かったね、そういえば その、不倫相手の奥さんを まちぶせして殺した女のせんせいの家があってね 不倫相手もおんなし学校のせんせいで、で、その 女のせんせいが去年刑務所からでてきたの で、ね犬を 飼いはじめたのは連続放火じけんがあってその 用心のためだったんだけどすぐに犯人 は捕まってそのひとの家も坂道沿いにあって そのひとも去年刑務所から出てきたの犬が死んだ年に」 ね ずっと忘れてたことがほんとはずっと終わらずに続いて いたってことをきみはしってる?  風がふいてるよう わかる? ---------------------------- [自由詩]愛ある生活/なを[2003年8月4日19時47分] なにもしないひとになってなまえはてんでに好きなのをお たがいにえらんでちょっとだけいいこいいこ、って撫でて もらってから投げ捨てられたい それかスープの具になり たい 歩きながら食べられて捨てられるくだものの種にな りたい 時間がすぎるのをいちびょうずつぜんぶ数えてそ れしかせずにまいにちをすごしてのこりの人生を充実させ よう 髪の毛みたいに絡まろう う、ふふふふふ、ふとか 笑ってきみに きみわるいよ、とかいっておこられたいな おひるまでねむって目が醒めておはようっていって笑われ ておやすみの日の匂いのする蔓草と葉っぱになってねこが おしっこする土から生えて壁をつたって 屋上までのびて いきたい 雨を待ってじっと空を眺める 階段のとちゅう でともだちのまるい綺麗な膝にキスしたいなあ、ておもっ た かんじやすいきみ かんじやすいことでいままでなに かいいことはあった の (だれかのゆびが皮膚にふれて  体温がうすく線のようになめくじの粘液のあとのようにの こったことをまだわすれられずにいるだけのこと) 尖っ た歯であたしたちおたがいを噛りあっていい気ぶんになる  あたしのことなんかベツにわかってもらわへんでもええよ そのかわりに ね来年の七月はとても忙しくしてようとお もう 屋上で炎天下でランチ あぶったチキンみたいに内 臓のなかにのこった発熱 ここまではやくはやくはやく生 えておいで かんじやすい蔓草 なつやすみの匂いのする 葉っぱ おやすみおやすみ、おやすみなさい。 肋骨でスープをつくってくつの革をかじって 砂粒をかぞえてまいにちをくらして 300歳くらいまで生きたいな。 それから おはよう。 (おはよう) ---------------------------- [自由詩]ハロー、ハロー。/なを[2003年8月21日21時31分] わたしたちさいしょの十年で永生には疾うに飽きてしまった。 心臓がことことと鳴る。ハロー、ハロー。はじめに頬に落ちた雨が恩寵のようだったことをまだおぼえている。産まれてすぐ吐瀉物のように泣き出したことをおぼえている。肉のなかで骨がかたかたと鳴っている。川のむこうへ。鉄塔の向こうへ。 さいしょの十年で永生には疾うに飽きてしまった。 疾うに。 鉄塔まで歩く。ランドセルのなかで骨がまだ、かたかたと鳴っている。 ハロー、ハロー。 はじめましての挨拶をなんどもくりかえす。たんじゅんな物語。その甘い味、ゆびで食べるナッツとキャラメルのアイスクリームよりももっと。 ハロー、ハロー。 ---------------------------- [自由詩]なぞなぞ/なを[2003年8月21日21時33分] あたしのかわいいおひいさま 濡れたあしで廊下のはしにたって なぞなぞ あたしあしもとでうずくまって ふしぎ、ね さんびゃくねんもずっとこうやっているような 気がするわ 井戸でしんだ娘 エレベーターのなかで 酷いことになった娘 くさむらに落ちたロボットの脚 答えはさんばん あたしのしっぽで撫でてあげようね ---------------------------- [自由詩]そらみみひめさま/なを[2003年8月21日21時34分] そらみみひめさま センチメンタルなかんじ わらうの つごうのいいことばかり云って くつはぴかぴかの  はしたないくらい ほらほらほら、って はしっていっておっかけたくなる ような  うきうきするあかいくつ そらみみひめさま そらごとばかり 空みて花がふるふる しろいのとあかいの 商業的な行為をしましょうか街灯のしたにたって おいくらですか そらみみひめさま ---------------------------- [自由詩]おかあさん/なを[2003年9月4日20時16分] おかあさんおかあさん。 腕がいっぽんしかないおかあさん にほんあるおかあさんさんぼんしかないおかあさん よんほんもあるおかあさん無数の おかあさん。 本を読むうたをうたう食器を洗う道路工事をする 詩を書く詩を書かないごはんを食べてばかりいる おとうさんとおとうさん以外のひとと性交する 脱糞しながら分娩するひゃくにんくらいいっぺんに産む ひとりだけそうっと産む 更年期障害の、まだ初潮のこない おかあさん。 あたしあたしあたしあたし、ねえ。 おはなしするおはなしするおかあさん。 (おとうさんもお話しするよういはあります) ---------------------------- [自由詩]ものがたりする人の/なを[2004年2月20日1時56分] ものがたりする人の 褪せたシャツのすそに手を伸ばして でも  そういえばわたしの ゆびは枯れ木のようにあっけなくもぎとられて 食べられてしまったのでした (ええ、じゅっぽんとも) だからシャツを掴めない 枯れ木のように (まるで果実のように?) もぎとられるのならきっと ハンティングワールドの兎が走る そのめくるめく雪のうえの足跡と血痕 これがわたしの身体に充溢した水 綺麗ね おねがいその水のおはなしをして。 さびしいときにねぶるゆびがもうないので ものがたりする人の膝にもたれて こんなふうにものがたりを乞うのです ---------------------------- [自由詩](とびたつしゅんかんのとりのかたちの)/なを[2004年7月23日21時04分] わたしはかつて とてもあまくて湿った土から生えて 花を咲かせることをゆめみた 猫が足元におしっこして とてもあたたかくてしあわせだった ちがう土から生えてそだつわたしたちは たがいに手もつなげないくらい とてもとおい国にいる わたしの足もとのあまい土と あなたの膝までうめるにがい土と どちらがきれいな花を咲かせるのでしょうね と、ささやく (でんわをするてがみをかくめーるをおくる) 聞こえる? 六月の 雨の日々のはざまの さらさらさら、と乾いた空気の 階段 そのいちばんしたにそっと座る 片目の潰れた猫とからっぽの駐車場にいて 魚肉ソーセージをわけあってたべる なまえも知らない (とびたつしゅんかんのとりのかたちの) 花が ほら、わたしの枝に 咲いているのをゆめみる わたしの産んだのではない子供たちの 声は、あの、電線のあたりで消える いまここにあるものだけでみちあふれて たりないものが思いつかない 蜜とミルクのようにみちあふれて かきむしるてのひらからあふれる 黒い髪の流れるようにみちあふれて  たりないのはなに たりないのはなに いまここにあるものだけで みちあふれて たりないのは 聞こえる? ほら、 あの、とびたつしゅんかんのとりのかたちの あんなふうにきれいな花 (初出/「miel」藤坂萌子発行) ---------------------------- [自由詩]こどものバイエル/なを[2004年9月11日22時49分] いまそこにピアノ教室があったの、って 水銀のけむりのようなわらいかた こどものバイエル 残酷な風景に寄り添う 音楽 あなたが舌のうえのやわらかいスイッチを押す (どんどんだめになる) 循環バスが駅前のロータリーをゆっくりと左折する チョコレートバーの銀紙を無心に剥く あなたはもうほろびて居るのよ、せもたれのうしろから うでをまわして錆びた色の髪を撫でて どこかどこかどこか、で、いまも とても酷いことが行われているとささやく (わたしがいまして居ることがそれだ) 循環バスのまえからさんばんめのシートにずっと座っている チョコレートバーを舐めてうっとりと汚れたゆびを舐めて 錆色の髪を西日にひからせて ちぎられたからだのはんぶんを こどものバイエルにさらしながら 死んだらこんなふうな幽霊になりたい ---------------------------- [自由詩]埋葬幽霊/なを[2004年9月11日22時50分] ふ、 と、きづくと腕やら腹やら裸足のあしのうらやらに、 うっすらと血のにじむ傷がむすうに 花の咲く木のしたに裸足の幽霊がつまさきをそろえて べつになんでもかまわへん、とゆうような顔をしてたって居るので 御供養するのはよしにしました 冬のあいだは土にもぐって居ると幽霊は云います 死んで幽霊になってべつのいきものになってしまった様で ほしいのはくつなんよ と、云う そういえば裸足だった 埋めたとき そういえば裸足だった  せやけど可愛いらしいあしやったよ22センチくらいで中国のおんなのひと みたいやった、と おしえてあげると 御供養になったのかな とうとう消えてしまいました。 ---------------------------- [自由詩]親密なHello/なを[2004年10月12日21時50分] もう出会うことのない 未来の恋人たちに かすかに血の匂いのする親密な Hello 自転車の荷台にフランチェスカが座る バスタブのお湯がフランチェスカのぶんだけあふれる 回送電車の内側にひかりが満ちて床に流れる フランチェスカのスカートみたいにね、Hello 無言電話のむこうでフランチェスカが呼吸する Hello,hello,hello (遊泳場の沖には黄色いブイ) 神戸あたりはきっと風の吹きはじめたころ 京都あたりにはもう雨が降り出して わたしはまだ降らない雨を まちながらTシャツの裾から手をすべりこませて クリーム色の乾燥した肌を 撫でて、死んだ子供のことを考える すみやかに大量に死んだ子供のことを ゆっくりと孤独に死んだ子供のことを 親密なHello, の、ように乳と蜜の匂いのする髪を噛んで 死んでしまった子供のことを考える。薬品と清潔なシーツの匂いのなかで 死んだ子供のことを。糞尿と血の匂いのなかで死んだ子供のことを わたしはあなたのうつくしいかたちのてのひらをつかんで あなたの歪んだ身体と感情に溺れるように 黄色いブイのむこうまで泳いで 死んだ子供の重さのせいで海の水があふれて フランチェスカ あなたの足首まで苦い水が浸して ごめんね ぜんぶわたしのせい、だなんて 自分勝手なあまい言葉は砂糖漬けのチェリーのようで アイスクリームが溶ける 死んでしまった子供たちに 無為なお祈り 砂のうえにチェリー 遠い雷にみみをすます 無言電話のむこうの呼吸音が ふたり乗りの背中で弾む あふれる世界のバスタブの 親密なHello Hello, Hello (初出/「miel」2号 藤坂萌子発行) ---------------------------- [自由詩]もういちど/なを[2004年10月12日21時56分] たとえばあなたが もういちど と、 あふれるように願ったなにかで、 きっとこの世界の半分はできている 誰かのへたくそなギター 雨と雷と虹 ひかり満ちる午後の電車 屋上のラジオ 割れたレコード バナナケーキをきりわけるナイフ Happy birthday song ゆびとうでと肩 汗のにおい まぶたのうらの蝶々 はためく青いシャツと ことばにできない、ということばしか捧げられないくらい うつくしい微笑み もういちど と、あふれる血のようにあなたが (あまねくこの世界にみちるすべてのあなたが) 祈ったなにか で、 この世界の半分はできているはずなのに (初出/めろめろ31号 改稿/「miel」2号 藤坂萌子発行) ---------------------------- [自由詩]Linda/なを[2005年10月25日13時52分] わたしにゆるされることは手をかさねること 六月の墓地でしゃがみこんで草笛を吹くと わたしの手はやわらかい土のように 生まれたてのなめらかな手を覆う (ささやくのはありふれたうたのような) 六月生まれの娘は草むらのあいだの道をあるく 雨は掃射砲のように草をちぎり 娘ははずむ息で低い空を見上げて呼吸がつまる胸をだきしめる 緊密な空気をかたいパンのようにして喰いちぎる 雨もひかりも掃射砲のように しろいふくらはぎの六月の娘をちぎる 六月の娘はひとり ひとりであるく ひとりで長距離バスに乗る ひとりでパンを食べる ひとりで生まれる わたしにゆるされることは手をかさねること かさねた手のしたで なにもかもなにもかも、なにもかもが 何千回も、きっと百万回も ひとりで 雨も掃射砲もまるでひかりで ちぎられるからだもひかりで 痛みも病むことも降る雨のようにひかりで ゆくことももどることもできない 六月の娘はひとりで生まれる 誕生日のお祝いにかたいパンを持っておいで しろいふくらはぎをひらめかせるおまえの わたしは遠くでその名前を呼ぶ (ささやくのはありふれたうたのような) (Cliche) (その名前) なにもかもなにもかもなにもかも きっと何千回もくりかえされたことで きっとなにもかもなにもかも なにもかも、きっと百万回もいわれたこと 初出/藤坂萌子発行「Miel」3号 ---------------------------- [自由詩]Sugar raised ver.3.0/なを[2005年10月25日13時59分] わたしたち砂にまみれた膝をいとおしむ わたしたち砂にまみれた膝をいとおしむ わたしたち砂にまみれた膝をいとおしむ これは骨のかけら それとも砂糖つぶ はちみつのようにとろりと濃い夜が明ける そして すべての青空のしたのありとあらゆる屋上で わたしはわたしのうつくしいひとを抱く ゆっくりした音楽ででたらめなステップをふむ うつくしいひとの腰を抱く オレンジジュースのストローをやわらかく噛む うつくしいひとを抱く 砂にまみれた膝とスカートを ゆっくりと払う砂粒  砂糖のかかったドーナツ うつくしいひとの唇に砂糖つぶ  砂 この場所は髪を切った女の子のようにとてもあかるい この場所は髪を切った女の子のようにとてもあかるい この世界は髪を切った女の子のようにとてもあかるい 気がつくと真昼はいつでもあたらしい 菓子パンの袋を剥くようにして ありふれた味のあまいパンをひざにこぼして バスのいちばんうしろのシートで あんなふうにおおげさに手を振ってごめんなさい かわいた草むらをかきわけて歩きながら、 甘いパンをわけあって食べる。 ふくらんだあなたの頬をながめていると わたしたち死ななくてもいいのかもしれない、 だれかから許してもらったみたいな気ぶんになる。 草むらがとぎれて砂におおわれた道へ出る。 ゆびのやわらかいところでもっとやわらかいところを撫でる。 パンくずをはらいのける。無心に。 あさはかなわたしたちのお祈りはパンくずのようで 歩くうしろに鳩が群れる。 ふりかえりふりかえり、あなたは笑う。 無心に。 わたしたちもしかして死ななくてもいいのかもしれない。 あなたと甘いパンをわけあって食べる。 パンくずをはらいのける。 これがお祈り。 孤独をかたちづくる砂つぶが洗われて さみしいきもちの 芯があらわれるのをうっとりと眺める きれいな膝をした親切な娘たち ひざまづくことを知らない娘たち 寒い海辺 遠くでひかる黄色いブイ 光がただ匂うようだ。 はんそでのシャツのうつくしいひとは フェンスにしがみついて夏薔薇に似ていて はんそでにはまだはやい薔薇の季節にはまだ すこしはやい あなたはいつもいそぎすぎだ 雨はまだ降らないからどうかゆっくりあるいて わたしの骨はあなたの骨は わたしたちの骨は 砂糖菓子のようにやわやわともろい だからかんたんに水にとける 走ったら壊れる 走らないで かなしみにすらふさがれないわたしの空洞に ましていとおしさなど 砂糖つぶのようで とても甘い 誰かのへたくそなギター 雨と雷と虹 ひかり満ちる午後の電車 屋上のラジオ 割れたレコード バナナケーキをきりわけるナイフ Happy birthday song ゆびとうでと肩 汗のにおい まぶたのうらの蝶々 はためく青いシャツと ことばにできない、ということばしか捧げられないくらい うつくしい微笑み に、砂糖のように砂がまみれる わたしたち砂にまみれた膝をいとおしむ わたしたち砂にまみれた膝をいとおしむ わたしたち砂にまみれた膝をいとおしむ これは砂糖つぶ それとも骨のかけら はしらないで。 ---------------------------- [自由詩]夏の朝ははやばやと起きて/なを[2005年11月9日12時03分] あのころ とても好きだったのは Mと云うおさない綺麗なひとで ピアノを弾くひとでした むきだしのあしををちいさいおとこのこども のように 黒い椅子のうえで揺らして居たのを覚えて居る 重い鎖のような時計をはずしてわたしの手に預けて 夏の朝ははやばやと起きて 道がふたてにわかれて居るところまであるいてゆく そうして、そこに 花の咲く木があることだけをたしかめておいてようやく安心して ベッドにいそいで戻るまだだれもめざめないうちに その枝には幽霊がひっかかって居てあれは くびをくくって死んだひとの幽霊だなんて ずいぶん陳腐なことを云うものだわ、なんて ほんとうはわたしこころのなかで笑って居たの Mは膝を出すぶかっこうな服を着てあまいべたべたした飲みものや 食べものをそのうえにこぼすから わたしはハンカチを貸してやるんだけれど どうせ汚すことがわかってるのにどうして 白いシャツを着た日にケチャップのかかったオムライスなんかたべるの バカなこども、とおもって こころの底から嫌になって それから わたしたちがならんでそとを眺めていると わかれみちの木にはいっぱいに花が咲いて居て枝には幽霊がすずなりになって居て なんて綺麗 なんて綺麗 綺麗だねえとMが阿呆(あほう)の子のように笑うから そのやわらかい頬を眺めて そのとき わたしおもったの わたしがMを好きなようにMがだれかをあんまりにもすきになって 嫌になることはあるのかしら、 こころの底であざ笑ってバカみたいとかおもってうんざりして そうしてそとを眺めて花や星やいぬやねこやとりや、 なにか、 綺麗なよいものをみつけてそしてそれがそのだれかとそっくりで (でもわたしいがいはそれをしらない)いたたまれないような 祈るような気もちになることはあるのだろうかしら、って そうだといいのに  ねえ あなたの  お祈りのことばは どんなふうに床に転がるのでしょうか ピアノのよこで髪にキスをする幼い子のような 跳ねる笑い声を時計の鎖で絡めとる Mを抱いて (花のように星のようにいぬやねこやとりのように) 失禁のようにぼんやりしたぬくみが両膝に挟んだ脚からいまだに滴りおちるのです まだあの夏の朝がつづいて居る様に ---------------------------- [自由詩]無数の。/なを[2006年2月3日15時10分] ねこや青空や荒野を ねこや青空や荒野と なづけたひとにあなたのなまえを なづけなおしてもらいにゆくのなら てぶらで部屋を出て ふいにバスをとちゅうで降りる もう二度と帰らない旅行へ出かけることができる (そしてそのなまえをわたしだけの秘密にする) ときどきとりだして それから詩を書く わたしだけのあなたのなまえでよごれた 紙ナプキンに 詩を書いてそっとみせる わたしは あなたに ここは地下鉄の3番出口を出たところ ここから1000万光年歩いてもわたしの部屋には帰れない 不思議なことはなにもない (いずれの場所もわたしの部屋ではなかっただけのこと) かつてわたしのいたあの部屋 ながい旅行のはじまりの部屋をなつかしく思い出して うつくしいみどりが あふれる 往来にあふれる 無数のあなたを呼ぶ だれも知らないあなたのなまえで 無数のあなたのうちでだれひとりふりかえらないあなたに 無数の ねこであり青空であり荒野である あなたに ---------------------------- [自由詩]魔法と非魔法の間で/なを[2011年10月20日13時41分] 移動は主に徒歩 もしくはバス もしくは自転車 あまねく地上を忙しく移動しながら 伝言を残すのが魔女の仕事 図書館の本にメモを挟む (決してページに書き込んではいけない) 日記に連絡帳、職場のホワイトボードに スーパーマーケットの「お客様の声」 さいきんはもっぱらインターネット 昔は駅に伝言板というものがあって とくにぜつみょうな魔力を保っていたものよ と、ふるい魔女の、これは昔話 おやゆびでひらがなをえらぶ キーボードを叩く ボールペンで または鉛筆で けばだったサインペンで ものすごいスピードで拡散していく世界中に伝言 あしたの朝には消えるかもしれない蜘蛛の糸を伝う わたしたちは ときどきこだまのようにどこかの誰かの伝言を受け取る かんたんなジャムのレシピや 薔薇の育て方の秘訣や とうの昔に死んだひとの書いた物語の いちばん底に丁寧に隠された 魔法の呪文を ---------------------------- (ファイルの終わり)