吉岡孝次 2005年3月15日21時03分から2005年6月24日22時00分まで ---------------------------- [俳句]快癒二句/吉岡孝次[2005年3月15日21時03分] 熱抜けて祝日の雪新たなり 同室を見舞う娘の声や春 ---------------------------- [自由詩]明日、和える/吉岡孝次[2005年3月16日21時20分] ゴシック体で 明朝の予定を 書かれても それで 洒落がわからないとか言われても はみ出した一日の ここいらが潮時 面識どころか 要は そろそろ 冷蔵庫のライトも消して ---------------------------- [自由詩]百代の過客/吉岡孝次[2005年3月18日20時57分] 「樹齢」とあるが 墨で書いてあるから、先がかすれて読めない。 注連縄は幾重にも新しく 度重なる、史実に残る落雷に維管束をぶちまけながら 幹ばかりで、枝を短くひょろつかせた神木は それでも春にはまた若芽を絞り出し 氏子の移り変わりにも特に興味を示さぬ風で やっぱり幹ばかりで立っている。 「こればっかりは創れねえや」と思うことなく 敗北する。 ランチタイムの、よく晴れた旧街道沿いの一画で。 ---------------------------- [川柳]失態/吉岡孝次[2005年3月19日14時05分] 我が道を行ったつもりが大通り ---------------------------- [自由詩]二人は三親等/吉岡孝次[2005年3月21日21時34分] 空き地は誰のものでもないと思うのは間違い だから持ち主に黙ってそこで遊ぶかわりに 持ち主に黙って くっきりとした明るい枯れ草を見ていよう 片隅にはえている一本だけの雑木林に寒さを忘れよう きみが受け取っている、この熱のないひかりは きっと いつかきみが困ったとき きみを清めてくれるけど さあ、行こうか ひょっとしたら僕が楽しんでいるだけかもしれないし 今は竹林公園が二人を待っている ソムリエのように滑り台を冷やして 埼玉育ち その、生きる極意 ---------------------------- [自由詩]最悪の習慣/吉岡孝次[2005年3月23日21時30分] 朝 目を覚ますこと。 ---------------------------- [自由詩]二十世紀少年/吉岡孝次[2005年3月26日9時59分] オイルショック! うら若き社宅住まいの母たちは 共同浴場のボイラー焚きを二日に一度にすべきか談義していた。   モノクロの   猟銃の暴発で湧き上がる油田の、アメリカンドリーム・・・ 「パン工場」と名付けられていた空き地を 赤土を ひとりきりで掘り進んだ。 蔓草のうねる埼玉県岩槻市の、木屑のようなパレットの 傍らで。 ---------------------------- [自由詩]虹がひめ/吉岡孝次[2005年3月28日22時08分] 好むところのものは人それぞれ とにかく芋虫を愛でることにおいて人後に落ちない姫君あれば 一方 天守閣から身を乗り出し 城下の賑わいに消え去るまでは、ずーっと 虹を飽かず倦まず眺めつづけている姫君もいて 人呼んで「虹ヶ姫」。 英訳にあたって"Rainbow Princess"と表記されたその少女は 今では二十二カ国語の子供たちと 新しい雨を待っている。 ---------------------------- [自由詩]閉鎖の報せが届いたら/吉岡孝次[2005年3月30日20時51分] 灯火を消し・・・ ぬるい辻札を覗き回っているくらいなら、きみも あの管理人に倣って決断してはどうだ? 命運を晒すこと と 力尽きること とは終には 近づく。宣告がなければ思い至ることのないそれまでの「尽力」。 迂闊さに身を固くしたあとこそ、きみが かつてない営みに身を躍らせる妙機じゃないのか? あの管理人は決めたぞ。 きみは 決めないのか? ---------------------------- [自由詩]銅貨の響き/吉岡孝次[2005年4月1日22時05分] 受話器を上げて、 銅貨を放り込み、 ダイヤルを廻して、 さて、何処へ危難を告げようと云うのか。 誰と繋がりたいのか。 ---------------------------- [自由詩]二時間前の二時間後/吉岡孝次[2005年4月3日8時13分] 睡れない蓮のように 首を立てている。 (揺れないよ、風には。) 泥の中に横たわる、 水没に備えた部位にさえなれない。  左頁に辛うじて  ノート取りの片鱗が沈むから 「開く」とかじゃなくて 夜の水面は さざなみ ---------------------------- [自由詩]penciled/吉岡孝次[2005年4月4日23時33分] こんな重い光に 書き込まれて 僕という一冊のノートは 売り物にならなくなる。 燦然と。 ---------------------------- [自由詩]靴/吉岡孝次[2005年4月6日20時45分] ルールやモラルではないが やってはいけないことというのがあって セオリー ほんとうは「踵」と書きたかった そこから始めたかった ---------------------------- [自由詩]フライブルクの朋友/吉岡孝次[2005年4月8日21時05分] 帰り際 コネクションは自壊した 赫く列んだ椅子と 刃のような筆跡が 心象を綴るノートの上で交錯する 剥ぎ取った便箋は生きている 立ち止まれないからこそ誰もが道を誤る まるで譲られた肌寒い神学を抱え込むように 目していた苦悩からさえ 誰何されぬまま 離れて あの情熱の射手が パースペクティヴを失ってしまった 思い出して呉れ ひとは懸命でも そうでなくても許されていいのだ 天与を越えた課題を果たそうとして 身丈に合わない服に傷つく謂れなど ないのだ 僕等はこの後も何度か書簡を交換するだろう 互いの仕事に何処かで触れる機会もあるかもしれない 切れ切れの困惑が一つに繋がる 雲のように   「文通を絶って」とまで書いて   自叙伝は 逡巡する   比喩一つとってみても   アプローチの傾き具合が違っていた   ひそかに削った一行のなか   眼鏡を直して話を終えたきみは   いつしか重い扉を見つめていたようだった 揃わぬ拍手が両翼からきみを嗤っていた ---------------------------- [自由詩]来訪者たち/吉岡孝次[2005年4月10日18時10分] 或いは あらかじめ奪われてしまっているのではないか、 こころにもある肌で 季節を 風を 汲み上げる名付けようのない時間が。 古いノートの粗描きの若さは 覆いがたいほどの未熟さと生硬さで 見上げれば降り注ぐ夜空の底の果てしなさを 新書の呪いをくぐり抜けた諸世紀に 配しては お膳立てに勤しむ復讐者気取りの か細い詩句を 引き抜いてしまった、 誼みを 誰にも頼れなかった焦燥へと括りつけて。 だから判る、とは烏滸がましいが 並べれば 自ずから 来歴を欠いた百葉の鉋屑を透かしては 浮き上がる意匠にはしゃぐ来訪者たちの 筆先で擦り出す至らないガイストの厚みが 疑われてならない、とまで口中を 乾きで溢れさせてくれるので何も言えない。 だから?来訪者たちは手の内を曝し合うのだ。 背骨を置き忘れて ただ薄く 裏さえもないのかもしれない怪談の、「耳なし」として ---------------------------- [自由詩]悪の詩集/吉岡孝次[2005年4月16日18時06分] さりげない傷口にシビレながら 日曜に組む章句は手癖にまかせている。 逆賊の治世に生まれながら詩を どこに塗り込めるつもりなのか、本物の悪も知らないままで。 配収のめども立たず木目に埋もれてゆくポスターでいいとは 笑わせてくれる(痛み止めをくれ)。 罪をきっかり悪と取り違えるようなドラマ酔いの、 会員証でも発行しているのか。あの どんな背景も持たない行員さえこの国に敗北(ま)けている。 僕までもが名門校の学童のように信じていた。 革に籠もる薄刃。学区外の騒擾。どうして手錠の軋みなのか、 悪のたたずまいはそんなところにはないというのに。 「善悪、と並び称されても背中合わせよりは寧ろ」・・・ で解らなくなる。なぜ詰まる? 時間をおいても 言い聞かせてみる俚諺/テーゼは思い浮かばず とどまることのない落葉ゆえにいつか胴切りにされてしまう街路樹へ その黄色い路上へ 答え合わせを投げ出して、小憩に 述部がすげ替えられる理由は あっても 知らない。 結局は 大雨が降っても 数日で乾いた空気がよみがえるように 秋の気配は 黒い装幀の、黒い帯に巻かれた黒い装幀の 底流を 閉じる、蓋のような中断と   何であれ   生きること。公園ででも、   辻でも。 その、 もたらす寂寥に縫い込まれて 別の一冊にも いつかなるだろう。 ただし悪は栞ではなく タイポグラフィーの余慶にも書かれていない。 悪の詩集は焚かれたことがなかった。 読まれることはあっても読み捨てられることはなかった。 伏せられることはあっても忘れられることはない、と 綴られる前から判っている。 また「寂寥」か。 「生きてゆくことの寂寥」か。 一代限りで詩人を襲名するのがそんなに嫌か? でもお前は「そんなの」だ。 同時刻をやり過ごす誰それとも荷は等重量で、 一呼吸あたりの長さもそんなには変わらないのだ。 信書である筈がなくとも 鏃に塗った毒の出処は少しも違わない。 毒の味わいを 深めてゆく。 あしたも晴れるしかない秋の日のように。 ---------------------------- [未詩・独白]かわいくない病気/吉岡孝次[2005年4月24日7時44分] 蒸し暑い布団のなかで 抱ける女の身体を思っている 止まって見える天井に 愕然とする 同姓の先達のように晩婚 書くことは掻くことだ 掻こうか掻くまいか 「死ぬまで秤に掛けるの?!」 こういうとき妻帯のひと達は・・・ 詩に時事を折り込むのは流儀ではないが 昨日 十数人の遺体が救い出された ああ俺は一人に呆けてしまってるのではないか 父性愛が筆を鈍らせるように みんな冬が怖いのさ だから死んでしまうのさ ---------------------------- [自由詩]濁流/吉岡孝次[2005年4月29日7時04分] 読者は地熱に埋もれている 毒蛇は先年の先年から透きとおっている 対比に肥えることなく 懐柔も望めない 自らをつきやぶった芽の、理学に 再び覆いかぶさるようにして 罅にしみこむようにして 徴の溶融をこととする知が 古を 擬える   「さがさないでください」   家出したがり屋さん   この世界から 上梓され 封切りされるまで もてあまされる閑暇 あたしは女で俺は男だ 偽典を漁り 溺れ方を修得する あるいは出立に溺れる 透きとおった毒蛇を呼びこむ お伽噺は覚えられるだけの短さ だから愚説、では終わらない 長く 馴染みぶかくなった奇譚は お行儀の良い列席者 旗の下に集う寄進者 読者は地熱に埋もれてはいない 毒蛇も 漉きあがる坑道の見取り図 系をなさない小紙片の蒐集 嚥下される悦びの獣脂 看過される綻びの転写 これは培養ではない 悪びれたところのない、幾重もの淫蕩 ---------------------------- [自由詩]あ、宇宙/吉岡孝次[2005年5月2日21時04分] 調べを許しあう乾次元と湿次元の潮目で なめらかに噛み砕かれ 時計神の血肉となる「震え」 くびれよりの滴りでしかないのに 濃度差で上/下に分かたれた空間から 現と過とが 在と去へと 翻ってゆき みずから言祝ぐ許婚たちは 「夥しい、ってこうか?」と 履歴を なれそめからの加速度で お互いに埋め尽くして きよらかに 濁して 夥しい《くびれ》よりの 真新しくも夥しい一粒ごとの《産卵》 光から闇へ 闇から光への 無数以上の無数の反転(スピン) 最小の虹のカクテル 最大の秘儀のマグマ 溶鉱炉ごと覆す、生のままの 密祭 認知を、「我こそは完遂者なり」と詐称する人狼の非を 手折って もうお終いなんだと はじめから裏返し 熱も色調も滑らし 流刑もここまでくれば喜悦だ! なかったことにする なかったことにした 舌がすることに《くびれ》が興じる 囀り 味わい 励起する欲望のまま もつれさせ はからわず 導き あ、宇宙 際限もなく許しあう乾次元と湿次元の潮目で 時計神の血肉となる「震え」 おのずから 歌へ ---------------------------- [自由詩]帰郷/吉岡孝次[2005年5月5日23時29分] 一つの葉から もう一つの葉へ 魚は限りなく 像を写していく もうすぐ夏が来る ---------------------------- [自由詩]フィレオフィッシュ イズ ブルー/吉岡孝次[2005年5月7日10時32分] 県知事選は 外食派にとって悪くないイベントだ 恋人選びほどの痛みも 伴わないし (でも できることなら恋人を選びたい) 第一号店のフェイクたる戸田公園店のパラソルの下を 雲よりも素速く悔恨が流れてゆく いつまでも読み慣れない経済紙が 持っていかれそうになる ---------------------------- [自由詩]寂滅の唄/吉岡孝次[2005年5月8日14時09分] 1. 沖に沈む雲が 死を選べ、と 囁く。 いにしえの 鳥のように。 2. 空の色を薄める日輪の とどまりを 眠りに入る一瞬として、見ている。 ---------------------------- [自由詩]皮/吉岡孝次[2005年5月14日9時09分] なめしてはいけません 撮影するだけにしてください これから売り出してゆくので 少女の胸 に弛緩してしまうデジタル一眼レフ 平べったく 平べったく ---------------------------- [自由詩]パイン/吉岡孝次[2005年5月21日6時53分] むしゃぶりつきたい相似形 「あなたの食欲は 少し歪んでいるように思う」 ぼくの夏休みのトポロジー 鳥居までの長い階段を見上げる受け口 指先で 毟りとる鱗片葉 (我等、固き獣肉なりせば ── ) 横にして 頭を落とし 二つに割って そこから四分の一にまで整え 筋を除き 皮から剥がして いただきやすいように刻んで 取り込むからには もう 殖えることは ない もう あの貧しさには ---------------------------- [自由詩]六月第一営業日/吉岡孝次[2005年5月22日18時09分] 1. OL夏仕様。 2. 帰宅したら、部屋がムッとしていた。 「・・・怒った?」 ---------------------------- [自由詩]答え/吉岡孝次[2005年5月28日13時54分] 風は 一心に捜していた 「ないぜ」と言ってやったら 泣き叫び 僕を かきむしっていった ---------------------------- [自由詩]視聴者は今/吉岡孝次[2005年6月5日8時52分] さて、世界の存立構造についても 恋のかがやきについても消息を尋ねなくなった不惑の手前 まだ父母になついていた時分のテレビに流れていた スポンサーの懐具合がにじむテロップに感じていた寂寥を 暇な折々、自分なりに仕上げてしまおうか。 僕は今ではさみしくない一人の蔵書家だ。 あの頃のほうがずっと怖いくらいにさみしかった。 きっとあの頃に もういろんなことは決まっていたんだ。 僕等の人生は十代の残像 ---------------------------- [自由詩]Guardian Free/吉岡孝次[2005年6月11日20時29分] あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る(額田王) 夕闇を下地に敷いた、この 明るい領域(テリトリー)で あなた そんなに手を振っちゃいけないわ。 天使に見つかっちゃう ---------------------------- [自由詩]ボート・デイズ/吉岡孝次[2005年6月22日21時49分] 使い方も覚えた ようやく 夏が乾き 昨日へと遡ってゆける余裕が生まれる 抱えたことのない問題によって ひとは計られるとするならば 誰も 誰一人として 濃い青空や 水に濡れた感熱紙に 値しない 拾い上げることに 僕が本来見い出すべき意味を きみは 告知した オールの重さを腕に伝えた波は 木陰へと 到り 僕は 丸められ にじんでしまった詩は後で作り直そうと考えている いや 考えてはいない 何もかも一緒に感じているだけなのだ 風の上 中 下で 取り返すものはあらゆる関連 そして 屈託のないきみだ 冷たい雲があった 何かきみを喜ばせるようなことを言いたかった ---------------------------- [自由詩]汚れた棒縞のドレス/吉岡孝次[2005年6月24日22時00分] だけど淋しさからくる欲望は  娘のあたしにはうけとめられるものじゃなかったんだ            塩森恵子『ハーフ・ムーン2』 父が帰ってきた 灯下に目を凝らせば 服が 濡れている 「何でもない」 と 一言で片付け 狭い階段を上がっていった ああ この後ろ姿は前にも見たことが あるのではないか 広い肩幅がべっとりと疲れ切って (今日もまた 父は病を冒してきたのだろうか) などと 血の慣わしにも踏みしだかれた統辞法で 考える 黙っていても 構図のなかの父は いかにも文人らしい冷ややかな 狂気を噛んで 急行を一つ先で降りた駅から遠く 葉擦れの音しか聞こえない (月下の) 茂みへと 一人の女を沈めてきた孤独者だ 雲の切れ間からのぞく理性のひかりを 存分に 裏切り それが父の欲望の起点である棒縞のドレスを ぬかるみへと きっと献じてきたのだろう パーティーが終わり それからずっと付け狙っていた時の長さを 結実させるため 汚れた棒縞のドレスを 彼なりに愛し その一日の答えをきっと得たはずなのだ 靴を揃えて明りを消し あたたかな家庭の味をかきたてようとビーズの暖簾をくぐってゆく 蛍光灯の紐を引いた直後のどこにも属さないひとときに 思った ああ 「次」は うまくタイミングを捉え きちんと背広を脱がせてあげたい 問い質すこともできないほど聡明な 娘 として 小石で掻いた傷を手当てしてあげたい 枯れ草の切れ端を払って でも堪え切れないように「どうやって?」 と 聞いてもみたい 私もその日一日を意義あるものとして 床につける晴れやかな夜を 持ちたいと願い 鍋を底から覗いて コンロに 丸く火を点けた (疲れも とれるといい) 私の欲望は ガスの燃える匂いにいつか 変わった 私をそのままにして ---------------------------- (ファイルの終わり)