吉岡孝次 2011年5月2日19時25分から2019年4月27日13時28分まで ---------------------------- [自由詩]亡国のパワースポット/吉岡孝次[2011年5月2日19時25分] 清濁を 決める、のは人。 撓んだ「板」は割れるか、 跳ね上がるか。 吃音ではなく 軍を成す身震いが 国籍を求めて 腹を曝した和やかな州嶼に打ち寄せるとき メガロポリスの風上で 手探りの、第一世代の起爆装置が 高らかに密告する、 「この地の民は生を覆せない、そして死も」 と。 事象の裂け目より 噴く、不可視の 力能。幼い俗耳へと染み入る、無声の 凱歌。   悼む自由に刻まれながら永い「序」を   亡びを、老いてゆく。   だが幾度とない血の入替えで 終わりはしない。 異境から嗤われても。 末代から祟られても。 半身から断ち切られても ---------------------------- [自由詩]エコゾフィー/吉岡孝次[2011年7月9日9時08分] 万事 往還し 命の報せは「我」を啓く 清勤せよ 求めずに ---------------------------- [自由詩]時の成り立ち/吉岡孝次[2011年10月18日22時00分] 「からだ」には「すみか」 「たましい」には「いのち」 「からだ」は「こころ」のすみか 「たましい」は「こころ」のいのち 「すみか」と「いのち」は《むかし》 「からだ」と「たましい」は《いま》 「こころ」は《これから》 「だれか」はどこにでも ---------------------------- [自由詩]ルビの振り方/吉岡孝次[2011年11月28日0時04分] 丹念に時間(とき)を運ぶ。 笑い転げたくなるようなティータイムにも 窓の外では 大きく風が吹いている。 絵のように。 通俗的な手法。 辞書には載っていないが、 古い雑誌の付録でよく 見かけた。 十年位はかかったか。 それもいい、と思えるまで。 ---------------------------- [自由詩]白日/吉岡孝次[2012年3月25日22時26分] 愛、に背を向けていたのに。 不意打ちだった。 雲一つない青空の下で。 ---------------------------- [自由詩]クローバー/吉岡孝次[2012年4月12日23時27分] ええ、その歌は聴いたことがあります。 まだ友達のいなかった頃、 クローバーの惨劇の指揮者として。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]自殺ホテル/吉岡孝次[2012年7月5日21時11分]  「ホテル・ニルヴァーナ」。礼二は夏期休暇の一夜をそこで過ごすためにチェックインしていた。興味本位の、好奇心を満たすために。  自殺者が出た家屋やマンションは、それが賃貸であれ分譲であれ、訳あり物件として格安物件になってしまう。ましてや、死後の発見が遅れれば、屍体は腐敗し、その原状回復も容易ではない。そのことを嫌う良心的な(?)自殺者であれば、終焉の地に戸外を、すなわち鬱蒼と茂った森林や海に臨む切り立った岩場などを選択せざるを得ないことになる。だが、それでも屋内で死にたい、浴槽に電動シェーバーのコードを垂らして感電死したい、睡眠薬を過剰摂取してベッドの上で中毒死したい、あるいは縊死した骸を獣や虫に喰われたあげく排泄物にされたくない、といったインドア志向は厳として存在した。そんな自殺者たちの最期の願いを叶えるられる場所として「ホテル・ニルヴァーナ」(通称「自殺ホテル」)は、半ばネット上の都市伝説と化しつつも、自殺者たちの志向と同様に厳然と存在し、そして自殺者たちの営みと同様に年中無休で営業していたのである。  フロントで料金を前払いすると、カード・キーが渡された。事後の後始末に掛かる手数料分とこの期に及んで倹約に努める必要のなくなった利用者の気前良さが上乗せされた料金は、やはり割高に思えた。礼二のような一般客も宿泊できるが、それでも夜中に気が変わって事に及んだりするかもしれないので、料金が前払い制なのは、まあ当然と言えば当然であろうと彼も考えた。  普通のホテルと違うのはそれくらい、だったはずだった。  部屋は、何と言うか、素晴らしかった。内装が豪華だとか眺望がロマンチックだとかいうのではない。入室前は、もっと凄惨な、おどろおどろしい、いかにもといった気味悪さを思い描いていたのだが、怪談めいたものは全く影も形もなく、ただただ清潔で心地よく清々しかった。最期のときを快適に迎えてもらいたい、そんなホテルのもてなしの心映えをさえ思った。  (リピーターがいてもおかしくないな。すると自殺客に回す部屋が削られるわけだ。結果、サービスの質が落ちてゆき、リピーターも自殺客も減るってか。で、廃業に追い込まれると。自殺ホテル最後の利用者はオーナーでした、というオチだったりして)  エレベータでも廊下でも誰にも会わなかったが、周囲の部屋に客がいてもおかしくはない。こうして寝転んで天井を眺めながら連想に興じている間にも、各々のやり方で、各々の人生に幕を引いているのだろうか。そこに想到すると、彼の胸中に自己嫌悪の念が湧いて来た。 (我ながら悪趣味なことをしに来たものだ) (ころしに来たものだ) (しに来た)  夢の中で、礼二は目を醒した。目を醒した、という夢の中にいることは自覚できていた。  (いつも通り、無茶できるわけだ)  時刻は午前零時。ドアを開け、廊下へ出ると、まずは向かいの部屋のドアを蹴破った。鉄製の扉はふっ飛び、だが音もなく倒れた。  「お邪魔しますよ」  おやおや、これは二十代の女性ではないですか。あなたも興味本位の、好奇心で泊まりに来た一般客ですね。いけませんよ。いけないお客様ですね、あなたは。逝きなさい。  自分の部屋の左右隣りには同時に、今度は壁をすり抜けるような瞬間移動で到達した。夢なので、異なる空間に同時に存在できるのである。  「どうだい、SFだろう?」  何だ、どっちにもハンガーに背広が吊るされてるじゃないか。サラリーマンの出張かよ。「自殺ホテル」を何だと思っているんだ。何だその目は。おかしいのはそっちだろ。それに吊るすのも、背広じゃなくてさー。  (そろそろ抜けるか)  礼二は目を醒した。午前二時。起き上がり、洗面所でコップに水を注ぎ、飲んだ。ベッドに戻ろうとしたその時、ドアの方から風を感じた。振り返ると、蹴破られたとおぼしき鉄製の扉が音もなく倒れていた。  「他殺ホテルへようこそ」 ---------------------------- [自由詩]After June/吉岡孝次[2012年7月5日23時17分] 「囁いて 灰にして  探索機って ネガティブか聴き込んで  水着の上から流行るトリックで 七夕  罰せられた二人を潮風に裁かせて」 ---------------------------- [自由詩]かつてない荒野に/吉岡孝次[2012年9月5日21時30分] 祈りが  あんなにいちめんに花開いている 施された 呪いのゆたかさで ---------------------------- [短歌]黄色い豚の屠殺場/吉岡孝次[2012年9月10日21時08分] この国は黄色い豚の屠殺場 豚の悲鳴に豚耳塞ぎ 自殺するまた自殺する自殺する今年も三万匹もの豚が 仔豚啼く 毒に腫れたる腺なれば喉裂きて取れ喉裂きて取れ 豚ならば鼻を鳴らせばよいものを占領国語のカンバセーション 煽るなと不安・猜疑を煽るなと云ふ 厚顔と無恥が頬寄せ 今も猶国家を持たぬ種族あり夷狄の人類学紹介に そのわけを知らぬはオーウェルばかりなり避難区域は動物農場 二つあるうちの一つの院もまたやがて危ふき動物農場 この国に撒かれし毒をも糧にしてうねる地下茎その名は「絆」 備へ欠く国いにしへは無きものを この国は超古代国家か 放射線照射を選ぶ自死もありレギオンに取り憑かれたる豚 平和より孤島を選ぶ自死もありレギオンに取り憑かれたる豚 独裁に票を投ずる自死もありレギオンに取り憑かれたる豚 豚ならば飢死にだけはせぬものを母子は骸のまま痩せ果てゐたり 旨味知る故に訪ねし屠殺場カルトとファシズム手を携へて ---------------------------- [短歌]くれなゐの肉を/吉岡孝次[2012年10月2日21時00分] 上野なる動物園にかささぎは肉食ひゐたりくれなゐの肉を(齋藤茂吉『赤光』) 生きるとは命をいただくことだけど罪深くても長寿でいたい 「必要な部位のみクローニングせよ」カーツワイルの博愛工場 口にする一片のため一頭の全き命を絶たねば飽かず 食むことを不思議と蔑ろにして現象学者は身体を説く 朝夕の食事まかなう歳月に老女は到る聖餐哲学 図書館は書物を喰らうカササギか埴谷雄高の『死靈』を贈る 捕食者が被捕食者に延々と告発されて物憂き『死靈』 深夜まで皓々と照る下車駅の屍体売場におんなは熟れて 空腹をソブラエティの敵として食欲もなく独りうろつく 一目見て恋したひとの頬の色 誰が購う紅の肉を ---------------------------- [自由詩]残され給食/吉岡孝次[2012年10月14日20時32分] にんじん 牛乳 そりが合わんのだ ---------------------------- [自由詩]朝からクワガタ/吉岡孝次[2012年10月15日22時38分] 家にはないが (ないから) ホットケーキにはメイプルシロップ! 樹液!樹液! ---------------------------- [自由詩]副班長集合/吉岡孝次[2012年10月17日20時55分] 「ひそひそ」 「ひそひそ」 「ぷっ」 「いやいや そんな」 ---------------------------- [自由詩]トカチェフの具合/吉岡孝次[2012年10月18日21時23分] 「大丈夫?ずっと心配してたのよ」 ・・・おまえ、誰? 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