かんな 2019年6月3日17時15分から2021年11月27日11時34分まで ---------------------------- [自由詩]夏を投げる/かんな[2019年6月3日17時15分] 水面にキス、をした波紋の先に血液が流れる事実が愛しい、見上げる、あげる、ね。あの星々から落ちた涙と身体に雨が滴り落ちる、夏の夕ぐれ。何もない綺麗もない汚いもない、陽射しに目を細めて少しだけ君が小さくなる。雨上がりの虹を探したいと言う君の、焼けた首筋、誰にもあげない、振り向きざまに夏を投げる、あつい、受け取って。 ---------------------------- [自由詩]はじまりを脱ぐ/かんな[2019年6月6日22時11分] あさ、 と呟いたことばを ひと呼吸おいて窓辺に置くと 射し込むひかりに反射して きらきらとひかる うとうととする あさ、のとなり クロワッサンがやさしい匂い ぼおばる月のかけらが 少しだけあまい 鏡の中で しずかにほほえみ はじまりをひとりでにまとう あさ、という服を 脱ぎたいわたし ---------------------------- [自由詩]まちあわせとやさしさと夏の呼吸/かんな[2019年6月18日18時39分] しろく印した約束 違えないようにと 丁寧に付箋をはがす いつかの夏のはじまり まちあわせを繰り返すきせつ 出会わないやさしさ みどりに染まるかげを ひたすらに踏みしめてあるく ひざしから溢れるすき。 あおぞらから逃げ出して掴む あなたの呼吸をそっと ---------------------------- [自由詩]夕陽の虫籠/かんな[2019年6月21日19時46分] 朝日を小瓶に捕まえて 蓋をしめて逃さない 泣き出した夜に雨が降る 綺麗すぎて汚くて正しすぎて間違いで かけがえのないものを掛け違えるまいにちに 夕陽を虫籠に入れる 幼い記憶を餌にして 孤独すぎて依存して愛しすぎて誰もいない 悲しみや苦しみが憤りや嘲りが 止めどない絶望が 群れをなして飛んでいく 綺麗に咲いて夏の空 私が眠るあなたの傍 ---------------------------- [自由詩]かける。/かんな[2019年6月24日21時36分] かけてはいけない。 おさらがかけたらつかえない。 かけるひとは かけてしまうことで、 かけそうなこころを おとしてはいけないのです。 ---------------------------- [自由詩]No spring chicken/かんな[2019年6月30日7時31分] 朝が来ると鏡の前でこい。を頭の中で漢字に変換をする。雑踏を歩くと踵が痛い、世の中に埋没する生き方を足し算し続けると、私は空を見上げない、結局地面を見下さない。黒板の文字がぼやけて、目を細めると現実がかすむ。授業では教えない、バランス感覚って何なのか。右と左、大切なものを天秤にかけることの愚かさに気づいていても結局失う。もう若くない。という言葉を誰かがチョークで書くと、日直の私はその文字を消し続けている。?ぃぃぃん、と人生の粉を吸い込み続ける夕焼けが、今日はやけに綺麗だ。 ---------------------------- [自由詩]さよなら。あなたの細い右腕/かんな[2019年7月6日21時30分] ねえ、さよならをしよう 後ろ向きに流れるメロディ 誰かが世界のしあわせを歌うよ アスファルトを強く蹴る 自分ってなにか 求めすぎて自販機で炭酸飲料のボタンを押す すべてが泡となって足元を濡らす コンビニで正解を買いすぎて 売り切れちまった煙草をふかす 海辺と書いてひとりぼっち 夜中の電話は誰も取らない 夜道のかげぼうしがついて来る 月が照らしだす間違いや後悔を スケッチブックに書き殴る自分の残像 ねえ誰か聞いてくれよ 知ったかぶりの言葉たちを かき集めるしか脳がない くだらないから意味があるって 思いたくて明日が来る 待っていたって誰も来ない夕ぐれ 公園のベンチでひざを抱える ひとりよがりでこどくなふり 泣いたふりして傘をわすれる ねえ、さよならを言うよ しあわせを歌う誰かのとなりの 言い訳がましい人間のふりした自分に 傘をさしだしたあなたの右腕が 細くて白くて泣いてしまったんだ ---------------------------- [自由詩]ことばだけが夏に欠ける/かんな[2019年7月24日16時58分] 静けさが鼓膜に当たる しとん。と打ちつけるひとりの音 風に耳をつけるたびに聴く 傍らに佇むような誰かの鼓動 暗やみを角膜が吸い込む ひたん。と拡がるひとりの気配 窓辺に佇むと街灯が眩しい 隣の誰かの影を追いかける瞳 残り香が鼻腔を通り抜ける しゅるん。と消えるひとりの面影 換気扇に向かって思い出が揮発する 誰かと誰かが擦れ合う瞬間 塩っぱさを舌先で舐め転がす ぴしょん。と溶けるひとりの時間 製氷機が自動で冷えた生活を作る 固まらない誰かの気持ちが揺らぐ夏 雨が通り過ぎて ひしゃげていく道の途中 温もりが右腕に摩擦を起こす じとり。と壊れていくひとりの私 布団の中綿を水分が湿らせていく 触れたいあなたにただ触れたいわたし 伝えられないことばだけが夏に欠けていく ---------------------------- [自由詩]冬の朝の光が痛みをうつくしくする/かんな[2019年11月28日17時30分] その膜を破ると きらきらとこぼれ落ちる 母の痛みがうつくしかった。 ぎゅっと身体を縮める 握りしめられないものを握りしめ 抱きしめられないものを抱きしめる ささやかな抵抗を繰り返した先の 空はひろく、きっとひろく そこにあるのだろう 水たまりに薄くはった氷が割れて 冬が歌いはじめる 朝の光が反射して目を細めるその一瞬に 母を思い 母の痛みを抱き そして、母を忘れる ---------------------------- [自由詩]ほどけないことばの結びの中で/かんな[2020年2月17日0時49分] この冬に するすると ほどけてゆくことばを つむぎ合わせることを わたしが わたしとして母に伝えるのは 愛が 愛のふりをして また愛のようなかたちをして そして 愛としてのことばをつむぐこと 生きて 母は母として生きて 時に苦しみの中で死のうとすることを わたしもずるずると 子どもとして苦しみの中で生きたことを 生きて どうか生きて わたしはただ母の 母のしあわせを願うことしかできずにいる やはり子どもで わたしは 生きていて愛が 愛のかたちをしていなくとも 生きつづけることばの ほどけずに残ってゆく結びの中で 誰がそれを疑うのか 信じて わたしは信じて冬を 溶けてゆくときを ほら そこに春が きているからどうか呼んで あたたかな あたたかな声を 母は母として生きて わたしは子どもとして生きて ただ苦しみの中を生きて 愛が 愛のふりをして また愛のようなかたちをして そして 愛としてのことばをつむぐとき 生きて わたしはわたしとして生きて 今 母が生きたことを わたしが生きたことを その愛を ここにつむぐ ---------------------------- [自由詩]こころとか記憶とか生きていくとか/かんな[2020年3月4日15時53分] 知らぬまに 小石を投げつけてわたし、わたしに その水面の波紋は かたちを歪ませて、きっと こころとか 生きていくとか そういうものの足元を崩していく きいてほしい話は きいてほしくない話と きっとずっといっしょ、 あの湖の 真ん中にむかしむかし沈めたもの いくら洗たくをしたって きれいにはならない 記憶とか 死んでいくとか そういうものって 過去は過去でしょ。 誰かのつよさって かんたんにひとをきずつけるよね、 わたしもよく知ってる 拾いあつめた貝がら もちろん中身はなくて 耳にくっつけるとむかしむかし 深く沈めたわたしの声 ききたくない話は きかなきゃいけない話と きっとずっといっしょ、 夕日が沈んでいく あたりまえに ただあたりまえにきれいなことが わたしをひどくかなしくさせる 涙をながすたび きっと湖は深さをましていくから ---------------------------- [自由詩]夜の月が祈りのかたちを照らすとき/かんな[2020年3月23日11時52分] いたみから 目を背けられない夜の月のような 白く甘いこどくと カップの底に残ったままのココアは あの手が握りしめたやさしい日々の ちいさな祈りをいくつも いくつもつないで 告げることの 知らない苦しみを 本棚の傾きだけが 崩れないまま教えてくれるから 窓辺にしあわせをそっと 置き忘れたままきらきらきらきら それは きっと水のように生きつづける やさしいひとはつよいひとは きずつかないひとは かなしいひとはよわいひとは きずつけたがるひとは 伝えることは この夜のおわりまで耐えていけるという あたたかな眠りを明日まで運んでいくための わたしの祈りのかたち ---------------------------- [自由詩]わたしについてのわたし/かんな[2020年4月2日13時25分] むかしの歌をきくたび 過ちは目の前でかげをつくる おもかげを残した ふるさとのあの道で立ちすくむ かなしみ、なげき、いきどおる わたしはほほえんでいたのか あのとき、あの場所で やまほどの 伝えたいことばを燃え尽くしていった あの日の夕焼けを 冷え切った夜だけが知っていた どれほどとざされても ふかい眠りはいつしか 鮮やかすぎる朝のひかりに溶けてゆくのだろう わたしはわたしに問いつづける むかしも、今も、これからも ひとりぼっちの意味を 愛することのむずかしさを それゆえに 壊してしまうあやうさを 悩み苦しみつづけたことを 傷つけすぎたあなたやわたしを 欲したものや失ったものを そして、しあわせを あの海の底で 絡まりつづけた記憶の糸の さいごにほどけてゆくひどくしなやかなこころを わたしについてのわたしを ---------------------------- [自由詩]静けさの残り音/かんな[2020年4月23日10時00分] 窓ぎわの一輪挿しに 雲の合間から洩れた光があたる 人の群れの片隅に 置かれたままの孤独には 今にも途切れそうな蛍光灯の橙色が 仄かにあたっている 本棚の蔵書の間に あなたに書いた手紙が挟まっている 記憶も感情もいつしか 紙のように褪せていくことを わたしの人生が証明していく 命は儚い 生きることは容易ではない まっすぐに 見据えた瞳の奥に あなたは深い悲しみを密かに飼っていた 人は並んで歩いていても 同じ場所に向かうとは限らない 花びらが音も立てずに床に ひらりと落ちていく 静けさはしん、と音を立て それはあまりにも悲しみの音と似すぎている わたしは本を手に取って手紙を見つけると パタンとわざとらしく音を立て 元に戻した ---------------------------- [自由詩]空が落ちてる/かんな[2020年5月20日21時34分] 名前が 水たまりに落ちてて のぞくと君が宿った 空のひろい方を 私は知った ---------------------------- [自由詩]ソファで夢みるように三月のわたしは鍵をあけた/かんな[2020年6月21日6時35分] 三ヵ月前に母に送ったてがみをゴミ箱に捨てた いま、どれほどの痛みに横たわったのか いくつかの記憶にいくつかの窓、いくらかの空といきばのない言葉 ぽっかりと浮かぶ月からあふれ出した涙と 「助けて」が空中分解をくりかえす 天空の城ラピュタのムスカならいったのかもしれない こころがゴミのようだ。捨ててしまえれば楽だ おまえは誰だ。死んでいけるほど強くもないんだろう 生きていけば夕暮れにながした涙の跡など 湿り気を帯びた夜の空気と寝室のドアの閉まる重低音に挟まれて あっという間に消えてしまうのだから 理不尽なほどにわたしを愛してくれました。 ありがとう。母ののぞむ言葉が星空になんと美しく輝くのだろう きらきらして、きらきらしてるから、虫の音に耳を研ぎ澄ます それはあの日のラジオなのか、早朝五時の電話なのか、祖母の死を知らせる 三月に取り残された母の、力尽きたこころがふわりと生ぬるい風にまいあがり ペーブメントにいとも容易く叩きつけられた  ーもう、行ったきり、戻らないんだ。 子どもとして生きつづけるための解釈の柱がそびえたつ いくつもの壁にいくつもの窓、いくつもの嘘、いくらかの希望 たとえばガウディなら たとえばサクラダ・ファミリアなら、長い歳月の果てに完成の日を見たのだろう 神を信じたのではない、ただわたしを信じた そしてバベルの塔の崩壊のごとく、わたしもろとも崩れていったのか 空っぽのわたしが海の底で眠っている。 木の陰で息をひそめている。かがんでいる。足を痛がっている。泣いている。 疲れている。マグカップでコーヒーを飲んでいる。 薄手の毛布にくるまっている。きれいな日本語を話している。 三面鏡に向かって暴言を吐いている。煙草を男に渡している。 夢を見ている。空を飛んでいる。いつものように飛んで、そして落ちていく。 バケツに生首を入れて運んでいる。 逃げる逃げる逃げても逃げても逃げきれずに、  ーようやく、朝がきていた。 わたしと十七歳のわたしとが祈りのような言葉を交わす いったいどこに流れていく。もう幸せを歌って暮らしていけばいいだろう わたしの人生も、誰かの人生と、手と手を、手と手を重ねるほどに 真っ暗な夜道を歩いていても かき集めてすくい上げて抱きしめて、叫べばいいだろう きっと愛すれば、その愛ゆえに苦しみ、その愛ゆえに苦しめてしまうのか 玄関前のプランターに水をあげるように、ただシンプルにただやわらかに ただ思いやりをそっと、傍らに置いていく日々を ---------------------------- [自由詩]隣のワタナベくんと焼きそばパン/かんな[2020年6月24日19時02分] 教室で黒板を見つめていた 隣の席のワタナベくんは遅刻をしてきて コンビニ袋からおもむろに 焼きそばパンを取り出して食べはじめた イスを傾けて教室の後ろの壁につけてもたれていた 倫理の担当は臨時の若い女性の先生で 泣き出しそうな顔でその焼きそばパンを見つめていた ノートに、自由。と書こうとしたら シャープペンの芯が最後のほうで上手く出てこなかった カチ、カチ、カチ 最寄駅の前にミスタードーナツがあって わたしはチョコファッションが好きで 学校まで行けなくて制服でコーヒーを飲んで休んでいても 放っておいてくれるその店が好きだった あ、ドーナツの穴は自由。ふと思った ドーナツを一口食べたときに これで自由は無限に広がるのか それとも自由は形をなくして消滅するのか 考えはじめても答えは出ないまま チョコファッションを食べおわると学校へ向かった もう昼休みになっていて ワタナベくんがコロッケパンを食べていた ---------------------------- [自由詩]夏の黒点のようにわたしは過去へ走る/かんな[2020年8月5日13時13分] 木漏れ日の熱源には 黒ずんだ記憶をひとつ落としていく 君のなまえも季節に置き忘れていくから 自転車を漕いで走り続ける 子どものように生きたかったから 立ち止まることは あたらしい夏の眩しさのようで 幸せは憧れるだけでもう目を細めてしまう 足もとに広がる いっそう濃くなった陰にも かなしみはたくさん浮かんでいる 砂浜で掴みかけた貝殻は 波に消えていくきっと何度でも この景色の水平線の向こうに 求めているものはないと気づいたら 走っていて走るために走っていこうと せいいっぱいに わたしを置き去りにした ---------------------------- [自由詩]すこし背中がまるいかも/かんな[2020年8月19日16時16分] なんかなくしていって 傘の色が透明だと便利だけど コンビニで買ったりして 適当に置き忘れたりして なんでもそうかもって 好きだった本とか 場所がないから売ったりして Kindleで読むことにしたりして それでもいいのかもって あまり会えない人とか 機会がないし今コロナだし LINEもZOOMも使いこなしたりして なんかあしたは晴れだって 傘はいらないのかも スマホも置いていくか なんにも持たないで歩いたりして すこし背中がまるくなったりして ---------------------------- [自由詩]夏が繊細さを手放すとき秋は虫の音を抱きしめる/かんな[2020年9月21日23時09分] ある日の繊細さが 風鈴の音の揺らぎで夏を作り出したように きっかけという名を 古ぼけた電話帳で探したときに 故郷につながる道の霧が晴れていった 生まれてきたという引き金は 生きてきたという検索履歴に 数え切れない予測変換を生みだす 悲しみを拾うように 苦しみを掬うように 恐れを包むように 怒りを放つように これからと書いてしあわせと続けることに ためらいを覚える違和感を置き去りにしていけたら 秋のはじまりは夜の静けさに共鳴する虫の音を あたたかく抱きしめるだろう ---------------------------- [自由詩]立ち止まるわたしは停まる電車に乗れない/かんな[2020年10月23日19時31分] 窓越しに今日を見て 誰かが向こうへ手を振ると 明日へと勝手に動きはじめて 頼んでもいないのに席が空いて ここがあなたの場所だと告げるから 大丈夫です。 みたいな曖昧な返事が降車駅まで必要になる 隣の人と後ろの人と つり革とシートの汚れと 自分のことを守るの下手なんだよねって がたんごとん あ、すみません。 日常は勝手に動くけど結果には運んでくれないから ノイズキャンセリングでいろいろ塞ぐと 生きるのがすこし楽になる どこか遠くへ行きたい みたいな週末になるたび 布団から抜け出せずにスマホ画面を見るから 行き先がわからないあの電車の 停車した駅に置き忘れた わたしの明日を回収できずにいる ---------------------------- [自由詩]ことばは秋に枯れていく/かんな[2020年11月8日15時19分] むなしい と声に出ることはなく ことばは秋に静かに枯れていき 地面に落ちては たくさんの足音に踏みつけられ 悲鳴にもなれず 冷たい風にたやすく飛ばされる ここで ここで腐りたくはない 雪の白さが覆い隠すのはいつも 埋もれては生きていけないものたちの 痛みだ 明日は溶けるのか 溶けることのないこころを 春はことばだ 風はあたたかさだ 咲いているのは悔しさだ 敷き詰められた花びらが形作るのは 守れなかった約束だ 西の空と夕暮れの海に いつもわたしは許される 過去の気配にうつ伏せて せいいっぱいに泣くのだから ---------------------------- [自由詩]十二月は踊るように繋ぎ、傾くように綴る/かんな[2020年11月15日21時16分] いっぴきの魚がキラッと 跳ねていく月の 一日には海辺が朱色に染まり 水平線で傾げる夕日に向かって あなたへ告白の橋を掛ける 物語りが夜半の寝息に 幕を下ろた七日に 閉め忘れた扉をノックすると たちまち夢は ぬいぐるみのリボンに幸せの魔法をかける 庭で育ったラズベリーの棘が 女の子の小指に傷をつけた十四日は 窓ぎわでカーテンに包まり いつかは愛してくれる という祈りを地面に投げつけるしかない 透明と白とグレーを行き来する二十一日を 染めるように歩くから 歩調とあなたとキスを行き来しても 辿り着けない明日を 引き寄せるまで暗がりで抱き合いたい ウィンドウの向こうはきらきらした二十八日で 売れ残りの愛だけ 値引きシールが貼られたみたいに 価値とはなんて検索すると スマートフォンの向こう側へ行ける 三十一日は踊るように 誰も彼もやさしさもさみしさも繋ぐから あの家の屋根みたいに 少しだけ傾くように わたしは帰りたいと綴る ---------------------------- [自由詩]眩しさから逃げるように春を/かんな[2021年3月13日23時34分] あたたかさはいつも 敵わないほどに傍らで咲いて 叶わないたびに散り 地面をひたすらに覆い尽くす   しあわせという匂いにむせて 風のつきあたりでは くるくるくるくると 止むことなく空へと祈りが舞う いつしかあなたは黙って 摘むのか千切るのか重ねるのか この花びらを ---------------------------- [自由詩]あたたかい日に私はここにいる/かんな[2021年4月3日8時22分] あたたかい日には 春の歌が口ずさまれる 恋や愛には光が降り注ぎ 出会いや別れには桜が降り注ぐ ここから離れたい それでも離れたくない いつしか 光は嘘や矛盾さえも包み込み 桜は過去の痛みさえも包み込む あたたかい日には 君の歌を口ずさむ 恋や愛には君が隣にいて 出会いや別れには君と手をつなぐ あたたかい日には 私の歌を口ずさむ 恋や愛には言葉をつづり 出会いや別れには言葉を贈る ここにいたい それでも私はここにいたい ---------------------------- [自由詩]春の海に小石を投げる/かんな[2021年4月20日15時09分] 水面を何度も跳ねる小石のように 弾けて走って抱きついて頬を合わせて 近づいてまた離れていく潮のように 傍にいてでもそのままひとり自由でいて 嵐の中でうねる波が静けさを取り戻すように 圧倒的に敵わないけど泣いてたら頭を撫でて 夕日が水平線ぎりぎりで沈まないように 今を生きて明日まで生きてそれで朝は起こして 空と海が果てしなく広く深く見えたとしても 世界は結構狭いから早く出会ってしまいたい ---------------------------- [自由詩]南へ進んで愛まで歩いて/かんな[2021年7月28日23時59分] 北の先まで歩いて 呪いを解くにはことばを 刻まないといけないらしい 包丁を研ぐには暴言が必要で 持つ手には温もりが必要で 橋を渡るときに気づいたけれど 川は流れていないことに 歩くのは怖い 怖いというのは出会いたくない と言う私がいるから 洞穴にも崖にも鳥の巣にも 靴ずれにも指の軋みにも 悲しみは住処を作る 食べ物に正しさを練り込んだような 昨日の夕食を思い出す あの家には誰かが居ただろう 私がいて 私という誰かがいる 君は本の中にいて 君はスプーンの曲った所にいる 南へ進んで 北の先まで歩いて 呪いを解くにはことばを 刻まないといけないらしい 名前を刻んで そして私を呼んで ---------------------------- [自由詩]砂浜でことばを砕く/かんな[2021年8月17日9時26分] 砂浜であたたかな光を浴びながら 私たちは貝殻に閉じ込めたことばを砕いている 細かい粒子がキラキラしては手のひらで 掴み切れないものをかろうじて掻き集めて拾っている 足の裏に微かな熱を感じるときは こどくを振り払うように 一歩一歩重たい足を動かしてはもがく 荒波に深い渦に飲み込まれたい衝動は いつも隣に歩いているから いっそ手をつないでしまえばいい なんでどうしてと 小石を繰り返し投げつける水面に 映るのはただ私で ただ私たちだ いつだって死にたい いつだって死にきれない いつだって生きてはいかれないから いつだって生きたいと私は願う 私たちは祈る それはまったく届かないみたいに 星の数だけ儚く光り 砂の粒の数だけ脆く崩れる 苦しみは表し切れない この祈りは願いは届かない わかってもなお そこには伝えるためのことばがある だから私たちは今も 砂浜でことばを砕くんだろう ---------------------------- [自由詩]ことばと生きる/かんな[2021年10月17日0時03分] ふとした陰りに 降り落ちてきた雨に 足元の不確かさに 救うように 連ねた文字列のその先に わたしは生きている 温もりを失った瞬間に 光が差さない海辺に 沈みゆく夜の深さに 耐えがたい命の重さに 祈るように 紡いだ文脈のその後で わたしは生きている ことばは寄り添って わたしと歩き わたしと生きている ---------------------------- [自由詩]雲の切れ間から愛を掬ぶ/かんな[2021年11月27日11時34分] 遮るもののない青空に憧れ 背中に砂のあたたかさを感じて 自由を願った幼さは いて良い場所が欲しかっただけなんだと 膝を抱えて震えながら泣いた 夜の暗闇を望んで ディスプレイの光の中で生きた 私だけ救われてはいけないなんて 母を助けてほしいの 誤変換なんだと キーボードを叩いて 詩を書きながら気づくんだ 家から逃げ出しても 過去からは逃げ切れなくて 血が滲むように 私が私を傷つけ続けた日々の痛みが あの日の七夕の短冊に 揺れたままで 夢は叶わないでいたから 走って走って走って 走ることが世界を変えるんだ なんて祈っても結局 走れなくなった私が見た風景は 途方もない絶望が 浮かんだ空で沈んだ海だった ひとりでは生きられない なんて気づきたくないんだよ 気づいたら誰か助けてって 沈んでいく夕日に向かって 私は泣き叫んで 掴んだ砂を投げつけなきゃいけない 手をつないで 手をつないだら離さないで 君と一緒に生きたいと願ったときに 帰りたくなったんだ 帰りたくなって 帰る場所がないことに気づいて 私はせいいっぱいに泣いた 愛に気づいて 愛に傷ついて傷つき過ぎた日々に 叶わない夢に、そして母に その愛に、さよならを言うよ 今、そのままの苦しみを 抱きしめてその痛みに耐えながら 私は愛を掬んで 私の幸せを願うよ ---------------------------- (ファイルの終わり)