nonya 2015年3月4日17時59分から2019年2月21日18時37分まで ---------------------------- [自由詩]かものはし/nonya[2015年3月4日17時59分] 心地良い朝を吸い込んだら 迷子のオキシダントが 途方に暮れているのが分かった 悔しすぎて歯軋りしたら 心配性のフィブリノーゲンが 身構える気配を感じた 本当を言い当てられて黙ったら お節介なノルアドレナリンが 貧乏ゆすりを始めた 恐る恐るキスしたのに 彼女のエストロゲンが 笑顔で後退りしようとしていた 生まれつきとんがっている 僕の唇は感度が良すぎて 余計なことまで分かってしまう でも得したことなど一度もない 食品添加物の痛みや 窒素酸化物の苦さが 分かったところで嬉しくない 僕はクロマトグラフィじゃない おまえは卵で産んだの 母親に告白されたのは15の秋 その時は笑う気にもなれなかったけれど 今じゃ笑い事でもないみたいだ ただのあだ名じゃないことに気づいたのは 彼女との水族館デートの最中だった 彼女はかなりウケていたけれど 僕は水槽の前で凍りついていた 日に日に鋭くなっていく爪は やがて彼女を傷つけてしまうだろう くるぶしに溜まった毒は いつか誰かの暮らしを奪ってしまうだろう スーパーで魚の缶詰を買い込んで 僕は自分の6畳間にひきこもった 母親は今頃心配しだしたみたいだが 心配しても運命の足しにはならない 感情は簡単に麻痺してくれたけれど 部屋に差し込む西日だけは 敏感な唇に染みてたまらなかった 僕は涙のかわりに詩を垂れ流した 天井の木目は数え尽くしたけれど キーボードはもう叩かない ネットは溺れたがっている者と 助けるふりをする者のためにある 缶詰の買い置きが底をついた日に 僕は意を決して家を出ると 近所のつまらない橋の上から 何のためらいもなく身を投げた 体が軽くなった 誰かが叫んでいた 意識に水かきがついた 誰かが駈け出していた 目を閉じているのに何もかもがよく見えた サイレンが近づいてきた 誰も僕を助けないでくれ 浮輪なんか投げないでくれ 誰か僕を捕まえてくれ 捕まえて水族館の名札のついた水槽に 放り込んでくれ ---------------------------- [自由詩]呪縛/nonya[2015年3月8日12時02分] 1km四方のプールの真ん中で 溺れたふりをしている男 水深はせいぜい膝小僧くらい 懸命すぎるバタ足で 足の親指の生爪を剥がしたのは まったくの誤算だった プールサイドのデッキチェアで 南京豆を食べている誰か そこから見る男の姿は 退屈なブラウン運動 双眼鏡を手に取る価値もない まったくの茶番だった 溺れたふりにも飽きた男が ヌラリと立ち上がった瞬間 プールの水は跡形もなく蒸発して 1km四方の砂漠になった 今度は乾いた喉を掻き毟る男 嫌というほどプールの水を飲んだのにね オアシスの展望露天風呂で 葡萄酒を飲んでいる誰か 遠くから聞こえる男の声は 執拗なドップラー効果 マイクを差し出す優しさなんて 持ち合わせている必要もないよね 喉を掻き毟るのにも飽きた男が うっかり蹴飛ばした フンコロガシの背中を破って 生えてきたのは牛丼屋 男は躊躇なく店に入り スーパー特盛牛丼のツユダクを注文した ものすごい偶然を完全武装して 男の横に座っている誰か 溶けたバターのような微笑みで しきりに繰り返す「おかえり」が どうやら「おかわりに」聞こえるらしく 闇雲にスーパー特盛牛丼をすすり続ける男 試しに「さよなら」って 冷めたコーヒーのような口調で言ってごらん これ見よがしに牛丼屋の丸椅子から 転がり落ちた男は性懲りもなく 1km四方のプールの真ん中で 溺れたふりを始めるに決まってるから 本当にこんな奴 早く死ねばいいのに と呪ってはみるものの うろ覚えの呪文を書いたメモは 男のパンツに挟まっているのだから まったく始末に負えない ---------------------------- [自由詩]器/nonya[2015年3月11日18時51分] たいていは 洗面所に置いてある プラスチックの小さなコップだ うっかり注ぎ過ぎると すぐに溢れてしまう もちろん 茶碗や湯飲みでもあるけれど 哀しいくらい量産品だから いつ取り換えられても 気がつかないだろう ときには 気障なティーカップになって ゆったりと湯気を立ち上らせたいし たまには 洒落たパスタ皿になって クルクルとフォークでくすぐられたい そんな 身の程知らずの夢を 白菜の古漬けを抱え込んだ 小鉢になって想い描いてみるけれど せいぜい 使い込んだぐい呑みに 知らず知らず入ったひび割れから うかれ水を染み出させるのが 関の山だ いっそのこと 無骨などんぶりになって 来るものを拒まず 汚れることを恐れず 堂々と箸と渡り合いたい と気張ったところで けっきょく 鏡の前の長すぎる物思いは プラスチックの小さなコップを いつものように 溢れさせてしまうだけだ ---------------------------- [自由詩]菜虫化蝶/nonya[2015年3月15日16時19分] 菜虫化蝶 なむしちょうとなる 不思議な夢を見た とある晴れた休日 ソファーの上で腹這いになって 私は時代小説を読んでいた 時刻はたぶん八つの頃 カーテンから漏れた 春の日差しに温められたせいか 背中が無性に痒かった 手を回してポリポリやっているうちに ふうわりと意識が遠のいた 気がついた時には 私は何故かソファーに腰かけて いや 腰かけているにしては景色が違う 何気なく視線を落とすと 私はもうひとりの私の上に腰かけて いや 腰かけているのではない 無粋ないびきをかいて寝入っている もうひとりの私のぱっくり割れた背中から 私の身体は生えていた 私は羽化しようとしていたのだ 慌てて手足を動かそうとしたが どれが手だか足だか分からない 必死に助けを呼ぼうとしたが つぼまった口からは声が出ない 諦めたようにあたりが暗転した 次に気がついた時には 私の身体は宙に浮かんでいた 視界は白と青と赤の万華鏡 色と明暗が反転した花畑 肩甲骨のあたりが忙しなく動いて 風景がゆうらりと上下した 私は蝶になったのだ そう思った瞬間 私の目の前には無数のガラス窓 無数のカーテンの隙間から見えるのは ソファーの上に転がった無数の青虫 よだれ染みのついた無数の文庫本 背中が無性に痒くなって 私は目が覚めた 青虫が蛹の夢を見ていたのか 蛹が蝶の夢を見ていたのか 蝶が私の夢を見ていたのか 私は本当は青虫なのか 分からない おそらく 夢から醒めたらまた次の夢を見る そんな不確かな繰り返しだけが 私の一生なのだろう ---------------------------- [自由詩]原風景/nonya[2015年3月18日21時58分] 妄想と暴走の果てにある 方眼紙の平野には フタコブラクダの形をした山が 文鎮がわりに置いてあった 緑の色鉛筆で マス目を乱暴に塗り潰すと 山を駆け下りてきた風が それを青田の漣に変えていった 青の色鉛筆で マス目に沿って用水路を描くと 力を入れ過ぎて折れた芯が 幼い僕のように転げ回った 白の色鉛筆で 母親の似顔絵を何度もなぞったのは もちろん祖母には内緒だった Y軸をマイナス方向に伸ばした先に 母親の方眼紙はあると聞いた 橙の色鉛筆で 余白に悪戯書きをしていたら 鬼ごっこはいつの間にか終わっていた コンパスで円を描くように 逃げ回る君を僕はまだ追いかけていた 赤の色鉛筆で 微かな傷跡を辿っているうちに 方眼紙の端から転がり落ちた僕は まだ鬼のまま今日を彷徨っている 黒の色鉛筆で ひとつずつ夢をぼかしながら 自分の物心が生まれた方眼紙に しきりと帰りたがっている ---------------------------- [自由詩]わからないこと/nonya[2015年3月22日20時25分] 君の笑顔の反射率    と 僕の視線の屈折率 君のあどけない未知数     と 僕のくたびれた無理数 君の心への直線距離     と 僕の言葉の射程距離 君と喧嘩した後の滞空時間      と 僕が謝るまでの所要時間 君のきまぐれを許すための容積       と 僕のわがままを広げるための面積 君の涙を信じ切るための浸透圧       と 僕の言訳を信じ込ませるための空気圧 君の明日に追いつくための肺活量        と 僕が昨日から逃げ延びるための排気量 君が君でいるための温度      と 僕が僕でいるための湿度 ---------------------------- [自由詩]ヨシノさん/nonya[2015年3月25日18時58分] ヨシノさんは江戸末期の 北豊島郡染井村で生まれた 生まれながらにして容姿端麗 娘盛りには五枚の花弁を振り撒いて 道行く人を虜にした 染井村のヨシノさんを なんとしても手に入れたい 新しもの好きの江戸っ子は いっそのことヨシノさんの クローンを作ってやろうと企んだ かくして ヨシノさんそっくりの クローンなヨシノさんは 次々と作りだされ やがて 日本の春の津々浦々で クローンなヨシノさん達の 可憐な立ち姿を 見かけるようになった 南から北へ 約束を果たすように 土手の上に一列に並んで 校庭の端に静かに佇んで ビルの谷底で踏ん張って 里山の霞んだ空を仰いで 川面に無常を浮かべて 出会いと別れを縁取って コンクリートを上気させて 薄紅色の風の音符になって 人のときめきとぬくもりで作られた クローンなヨシノさん達は 人の喜びを うららかに微笑み 人の哀しみに やわらかく寄り添う 今日のさくら公園の クローンなヨシノさんは 奥床しい三分咲きだけれど 彼女のおちゃめなDNAは 少し目を離した隙に 満開になってやろうと 目論んでいるんだろうな ---------------------------- [自由詩]春の航海/nonya[2015年3月29日20時20分] 華々しく出航したはずの 船の羅針盤は いつの間にか壊れて 勿体つけて差し出された 六つ折の海図は ほとんどが嘘っぱちで 最初は威勢が良かった スクリューには 得体の知れないものが 幾重にも巻きついて 今日も昨日も明日も 義理と人情と夢のままに 空と海のあてどない狭間で 未来に船首を向けるふりをする 自由と勝手をはき違えたのは 何処の港だっただろう 難しい言葉で得意気に交信したのは 誰の船だっただろう 目的地など無いということを 彷徨うことが航海だということを 思い知ったのは最近だった 同じような波に弄ばれて 同じような島に縋りついて 何度も塩辛い水を飲まされた 迂闊な航海士に それでも季節は何度も巡った 今年も途方に暮れた背中に 春が降り注ぐ 凍えていた素っ気ない指先に 血潮が満ちていく はしゃぐ光に ことさら顔をしかめながら お節介な温もりに 大袈裟な溜息をつきながら ついうっかり 何かを始めようとしてしまう そんな迂闊な 春の航海 ---------------------------- [自由詩]波打際/nonya[2015年4月5日14時25分] ザザ ンブ ララ ア ルル ルウ ザンブ 寄せては返す 奪ったら返してくれない 怨んでもシオマネキ 黙ったら塩辛い ザザ ンブ ララ ア ルル ルウ ザンブ 寄せては返す 要らないのに返してくれる トラウマはイトマキヒトデ 錆びついた人でなし ズザ ンブ ラア ラ ルル ルン ンザザ 陸の瀬戸際と 海の不手際の 腐れ縁の果てで 砂の城は崩れ続ける ズズ ザン ブラ ア ルン ンン ズザズ 馴らされていく想いに 寄生する僕の 別れ際が泡立ちながら 寄せては返す ザブ ンラ ララ ア ルウ ンザ ンブラ 均されていく叫びに 固執する僕の 往生際が逆巻きながら 寄せては返す 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区の清掃工場になっている かつてその場所には 日本一の温水プールがあり 冬場はスケートリンクに姿を変えた 夏休みと冬休みの日記帳のネタであり いくつかの想い出も作ったような気もするが もしかしたらただの妄想なのかもしれない やれやれという感じで踵を返し 逃げるように出口へ向かっている時 「讃岐うどん」の懐かしい暖簾が目に入った なくしたジグソーパズルのピースが見つかった 慌ててすがりつくように列に並び 月見うどんを注文した 巨大な円形テーブルの端で うどんを一口すすって頭を上げる 真正面には真っ白な煙突 もう一口すすろうとして うっかり箸の先で月を破いてしまう どんぶりの中の月明かりが夕焼けに反転して もはやこれは月見うどんではない 仕方なく夕焼けをすすって頭を上げる 真正面には真っ白な煙突 いや オベリスクか 最後まで月を残せなかったという どうでもいい後悔をすすって頭を上げる 真正面には真っ白なオベリスク いや 墓標か 月と月明かりと夕焼けと感傷と天かすが入り混じって すっかり正体不明になったどんぶりの中から うどんのようなものをすすって頭を上げる 真正面には真っ白な墓標 いや やっぱり フレンチトーストにしとけばよかった ---------------------------- [自由詩]指/nonya[2016年1月19日18時23分] 風を読もうとして 青空の中に人差指を立てた 風上から風下へ 紙飛行機は滑っていった 時を堰き止めたくて 夕焼けの中で小指を絡めた 川上から川下へ 笹舟は忘れ去られた 水面に浮かびながら 約束に薬指を捻じ込んだ 日常から日常へ あやとりは続けられた 季節に肩肘張ったら 温もりが中指から零れた 明日から昨日へ 竹とんぼは墜ちていった 前を向いていたくて 青空の中に親指を立てた からからからと かざぐるまは回り始めた ---------------------------- [自由詩]消耗品/nonya[2016年1月27日19時51分] あまりにも悔しくって 青空の端に噛みついたら 前歯が少し浮いただけのこと 決して笑ったんじゃないよ 蹴ろうと思った空缶を 君が先に蹴っちゃったから 握り締めていた拳を開いて 左右にすごすご揺らすしかなかったんだ 言いたくもなかった 「ありがとう」を言ったら 冬風が唇に染みた いったい あと何回 僕は負けるんだろう 勝ち負けじゃないと 言い張るヤツは いつもチャンピオンベルトを巻いている 「こんにちわ」より 「さよなら」の数のほうが 多いに決まっているけれど そんなこと分かりすぎているけれど 慌てて駆け下りた地下道は どこも工事中で 出口を見つけるのも容易じゃないんだ 僕の後をどこまでも ギシギシとついてくる足音 また何処かが摩擦しているらしい もう痛みはないんだけどね たぶん 空だって消耗しているんだから 僕なんか ひとたまりもないんだろうなあ 唇が 落っこちそうに見えるだろうけれど 笑ったんだよ ---------------------------- [自由詩]透明な手/nonya[2016年1月31日14時02分] あなたが笑っている あの頃とちっとも変わらない笑顔で 透明な手が拍手している わたしの胸が温かくなる あなたが俯いている 心無い言葉の礫に打ちひしがれて 透明な手が拒んでいる わたしの唇が凍えている いつからか見えるようになった 透明な手 わたしが迷った時は しなやかに手招きしてくれて わたしが塞いだ時は ふわっと背中を撫でてくれる 本当はわたしが あなたを選んだ瞬間からずっと わたしの傍に佇んでいてくれたのだろう 透明な手 なかなかそれが見えなくて ずいぶん遠回りしてしまったけれど 今は透明な手を信じる ほんのり甘い風よりも きらきらした石ころよりも 正しすぎる道標よりも 透明な手にたくさん 拍手をしてもらえるように あなたの笑顔を守り続けたい わたしが透明になる日まで ---------------------------- [自由詩]虹の後始末/nonya[2016年2月3日20時46分] 真っ赤な嘘っぱちを 誰も見抜いてくれなかった 橙色の夕日にとろけそうな もはや追う者もいなくなった 逃亡者の長過ぎる影 気味の悪い戯言を並べた ノートの頁は哀しく黄ばんで いつまでも緑葉であろうとして 枯れ枝の先にしがみつく未練 真っ青な空に猫背を向けて 風に逆らうこともなく 卑屈に折れ曲がった道を歩いた 肋骨の下の藍色の闇で 消すに消せない埋み火が嗤うから 紫がかった諦観のようなものを これ見よがしに羽織って 今日を生き長らえてみる とりあえず生き長らえてみるのだが くしゃくしゃに丸めた 夢や憧れや妄想の始末書を ただ片付けるためだけに 休日の大半を費やしたくないのに 気がつけば初回特価で またしても虹の起点を買っている 情けなくも愛おしい自分がいる ---------------------------- [自由詩]単焦点/nonya[2016年2月7日14時46分] 単焦点のレンズをつけて 春を探しに出かける 低い雲が垂れ下がった街は 名前の無い色合いで マフラーの内側の囁きは 聞き覚えの無い言語で 嫌なものは ぼんやりとしか見えない 単焦点だからフォーカスしなければ 薄汚いものは ぼんやりとしか見えない いや 小綺麗なものと判別がつかない 行先も混沌とした人らしき流れを 拙いクロールで掻い潜って やっと見つけた お稲荷さんの狛狐の下で うっかり咲ってしまった小さな花を 切り取る 角のとれた石段の上で 野良猫の鼻の頭にとまった光を 切り取る 近づいて しっかりとフォーカスしなければ 見えてこない温もりと匂い あなたの面影が浮かんでくるのを 苦笑いで遮る 春は「そのうち」やって来る でも 「そのうち」がなんとももどかしい もうやって来ないのではないかと たまに心配する 「そのうち」を なんとかやり過ごすために とびっきり明るいレンズで 春にフォーカスする ゲシュタルト崩壊するほど 春だけにフォーカスして 寒過ぎる景色と言葉を ぼんやり遠ざけていれば 「そのうち」はいつか 「かならず」に見えてくるのだろうか ---------------------------- [自由詩]君が教えてくれた/nonya[2016年2月12日19時08分] なんとなく 気配を感じて振り向くと 君は精一杯まん丸い目をして じっとこちらを見つめていた 一番好きな映画の 一番良いシーンを横目で追いながら 僕は君の真っ直ぐな視線に負けて しぶしぶ立ち上がる カリカリを皿に注ぎ込むと 君は当たり前だと言わんばかりに ガツガツと食べ始める 相変わらず鳴かない君は ひたむきな瞳でたびたび 究極の二者択一を迫る まだ幼かった頃 君はおぼつかない足取りで 部屋中の匂いを嗅ぎまくっていた 姿が見えないと大騒ぎした時は すっぽりと仏壇におさまっていた やんちゃ盛りの頃 君は思いもよらない高さから 人間観察をするのが好きだった 買ってきたオモチャには見向きもせず ケーキの箱を括っていたリボンに いつまでもじゃれついていた 最近の君はというと 胃腸の病気で何日か入院したり 左前足の腫瘍が原因で 指を一本切除したり さすがに衰えが目立ち始めた 長生きすることが 君にとって幸せかどうかは分からないけれど 長生きを望むことは 人間のエゴなのかもしれないけれど 君の世界一扱いやすい下僕としての僕は 君のいない暮らしを想像することができない 有意義な撫でられ方 何をしても許されてしまう甘え方 後腐れの無い爪の立て方 箱の詰まり方 有無を言わせない見つめ方 極めてさりげない距離の置き方 善意と悪意の嗅ぎ分け方 逃げ足の磨き方 触られたくないオーラの出し方 心地好いスポットの見つけ方 叱られても折れないプライドの保ち方 完璧な熟睡の仕方 反省しないという生き方 全部 君が教えてくれた 僕は猫になるつもりはないから 何の役にも立たないけれど そんな君も 今日でちょうど11歳 人間の歳に換算すると 還暦だ ---------------------------- [自由詩]ユラユラ/nonya[2016年2月20日10時30分] 脚の細い象の背中で ユラユラしている私の 広すぎる糊しろは 饐えた臭いを放っていた 何も企てない午後を ユラユラ生き延びた私の 丸すぎる背中には 錆びた罪が生えていた 心地良く曲がりくねった 鈍痛の九十九折には もはや造花すら 微笑むことはないけれど それでも瞳だけは 明日を探しているように ユラユラと揺らぎながら 虚空を映していた 柔らかすぎる時計は 四年前に食べてしまったから ユラユラし放題の 私の自由はどこまでも ほろ苦い ---------------------------- [自由詩]ポンコツ/nonya[2016年2月26日23時24分] 指で感じて 頭で捏ねくり回して 指で嘘をつく 唇で感じて 頭で探し切れず 唇で誤魔化す 背中で感じても 頭は留守で 背中は語れない 爪先で感じても 頭は迷子で 爪先は帰れない 高感度のセンサーは 低速のアナライザーに 繋がっていて 低速のアナライザーは 鈍足のプリンターに 繋がっていて 書いても 書いても 追いつけない もどかしさのインクは 色数ばかりが増えるけれど いまだに虹すら 伝えたことがない ---------------------------- [自由詩]桃始笑/nonya[2016年3月10日20時45分] 桃始笑 ももはじめてさく コートを脱いだら 沈黙していた鎖骨が 独り語りを始める ポケットから出た あてどない指先が 止まり木を探している 音符を思い出した 爪先が奏でるのは メンデルスゾーンのイタリア ふうわりと解けた 毛細血管を満たしていく 輪郭の不確かな母音 風のカーニバルが 前髪をさんざん弄んだ揚句 明るい色を忘れていくけれど むず痒い粒子に 憑りつかれてしまった 優しすぎる粘膜がうらめしい 堪え切れず 遊歩道に轟かせた くしゃみ に 驚いて振り返ったあなたが 桃色に咲った ---------------------------- [自由詩]春って/nonya[2016年3月15日19時52分] 空から 剥がれた薄皮が ふうわり落ちてきて 森と街と人の あらゆる隙間を 滲ませる 君から 届いたLINEが 妙に素っ気ないのが どうでもよくなるくらい 僕の指と吐息は 重くって 名前も知らない さえずりに釣られて 思わず窓を開ければ はちきれんばかりに 膨らんだ蕾に 欲情する始末 春って なんか 生き物のにおいがするよ 春って なんか 土の呻きが聞こえるよ せめぎ合いという 祭りが 僕を追い越していく ふりをして 何処かで 待ち伏せしているよ 春だねって 僕が 嫌々微笑むまで しつこくつきまとうんだよ 春って ---------------------------- [自由詩]雀始巣/nonya[2016年3月19日21時47分] 雀始巣 すずめはじめてすくう 佐藤さんちの玄関の パンジーの寄せ植えから オハヨウを拾い上げて 鈴木さんちのベランダの 古い室外機の裏側から サビシイを探し出して 高橋さんちの軒下の 自転車のバスケットから イソガシイを掠め取って 田中さんちの屋上の 中華鍋のようなアンテナから ツマラナイをほじくり返して 伊藤さんちの空っぽの 犬小屋の暗闇から アリガトウを見つけ出せずに 渡辺さんちの郵便受けの 折り重なったDMの隙間から サヨナラを引っこ抜いて 山本さんちの二階の 雨樋の割と迷惑な辺りに 僕は巣を作り始めている えっ? それって詩じゃないかって? いやいやこれは巣だよ マイスイートホームなんだよ 見てくれはそんなに良くないけれど れっきとした暮らしの器なんだよ やがて 卵が産まれ 雛が孵り 餌を運び 巣立ちを見守る そんなありふれた色彩の さりげない時間の流れを そっと受け流す雨樋 じゃなくて巣なんだよ えっ? もしかしてまだ疑ってる? 中村さんちのカーテン越しに 見かけたことがあるけれど その詩ってやつは 見映えがとても大事らしいね 中身は何が入ってるんだろう? 僕には皆目分からないし 分かる必要もないことだよね だって僕は 雀なんだから ---------------------------- [自由詩]発条式発泡詩 <1>/nonya[2016年4月9日10時23分] 「思春期」 疎ましく膨らんで 悩ましく弾けて 狂おしく奔って 暑苦しく押し黙って 思春期なのか 四月は変拍子 狼狽える前髪で 躊躇う指先で 彷徨う吐息で 蹌踉めく鼓動で 乗り切れたなら 光と風の五月 「誕生日」 ハッピーバースデー 滑らかな自動走行で 三途の川の河川敷に また1マイル近づく ハンドルは肘掛と化し アクセルは踏み方を忘れ あんなに抗っていたブレーキには もはや足も届かない それでも ケーキを頬張る頃には ほのかに嬉しくなる ハッピーバースデー 「土曜日の春」 敷き詰められた コットンの空から 歓声を上げながら 雀が零れ落ちてくる 切り揃えられた 赤目垣の結界を すり抜けて来るのは 程好い温度の鼻唄 旋回するヘリコプターの 執拗なつぶやきを 左耳で聞き流しながら 滲んだ市街図の端で 私はゆったりと錆びていく ---------------------------- [自由詩]当り前/nonya[2016年9月23日22時27分] 僕の東側から 今日も君が昇った コーヒーの香りが ほんのり温かい 他愛無い話に マーマレードを塗りつけて 右目は美人のアナウンサー 左目は君の笑顔 ベーコンエッグは 半熟が正義だけど それを振り翳そうとすると たちまち君にたしなめられる 天気予報を気にしてる 君の横顔を眺めながら コーヒーを飲み終えて ご馳走様をつぶやく 降水確率50% 叶う日もあるし 叶わない日もあるけれど 見慣れたテーブルの上に コーヒーやトーストや サラダやベーコンエッグの ピースを正確に嵌め込んで 君は毎日 当り前を完成させる 感謝してるなんて 口が裂けたって 言わないつもりだけど 当り前が当り前じゃないことを 時々思い出すことが 僕に与えられた最大の任務 ---------------------------- [自由詩]家/nonya[2018年5月20日20時20分] ときどき旅に出る バスあるいはロマンスカーで 目的地を通り越して 家に帰るために ごくまれに家出する 抵抗あるいは革命のために 気恥ずかしい迂回の末 家に帰るために 家には磁力がある 暮らしという馬鹿力がある 私は今日も 磁力に逆らって 玄関のドアを開ける 家に帰るために ---------------------------- [自由詩]蛇口/nonya[2018年6月1日18時05分] ぽたり 心の壁の左下の しみったれた蛇口は しまりが悪くて 思い出したように 言葉が滴り落ちる 気紛れに 小さな器で受け止めて 液晶の畑に撒いてみるけれど 発芽するのは 詩のような雑草ばかり いっそ全開しちまえと 力んだところで しみったれた蛇口は とっくに錆びついていて ぽたり ---------------------------- [自由詩]距離/秋/nonya[2018年9月26日20時17分] ふうっと 息をつくと こびりついていた何かが テーブルの端まで 遠のいた そおっと 見渡すと 微かに青みがかった指先が 木の葉を鳴らすのが 見えた 自由になった 意識が 空と私の間に生まれた距離を 測りにいく さらさらと 降ってくる 言葉の欠片を拾おうともせずに 遠い目をして ただ 微笑んでいた ---------------------------- [自由詩]川/nonya[2019年2月2日8時53分] 岸辺を撫でる さざなみは 私にいくつもの 音を書かせる 川面で弾ける きらめきは 私にいくつもの 色を撮らせる 私の中には 川が流れている 花弁を浮かべ 渡り鳥を映し 雨を受け止め やるせなく濁る そして ときどき 渦巻きながら 私に意味を 問い続ける ---------------------------- [自由詩]肋骨/nonya[2019年2月9日8時27分] 左側の 下から二本目には 幼い過ちが 絡みついている 右側の 上から四本目には 小狡い鳥が 棲みついている 左側の 上から三本目に 温かい実を 結びつけてくれた人 私は初めて 「暮らし」を知った 背中は語るけれど 肋骨は黙り続ける 私は背中に 喋らせながら 肋骨で こそばゆい秘密を 守り続ける ---------------------------- [自由詩]答え/nonya[2019年2月21日18時37分] 答えを探している 答えは至る所に 極めてさりげなく あるいはこれ見よがしに 散りばめられているのに コインを拾うように 極めてなにげなく 自分のものにしてしまえば 楽になれるというのに 答えを探している 何処の岸辺にも 泳ぎ着けずに 何処の岸辺にも 泳ぎ着きたくなくて ---------------------------- (ファイルの終わり)