ふるる 2018年4月29日1時10分から2020年10月28日9時37分まで ---------------------------- [自由詩]春から/ふるる[2018年4月29日1時10分] 春は どんな味か 東子さんという人がいた はること読む 読書好きの父親がつけた名だそうだ 和歌とシェークスピアが大好きな人だったがある日 蒸発した 一箸の若草色 おめでとうなのか ありがとうなのか それすら混同する九十五歳の祖母がいて 心はなびく その祖母の言うなりに 仏文科に入った母は ジイドの「狭き門」を卒論に選んだそうだが 母からフランスらしき話を聞いたことはない 私にしても 建築学科卒だが それらしき話を誰かにすることはない 聞くことも語ることも断片で それぞれのピースを誰も彼も好きにつなげて遊ぶ たらの芽の苦みを好む 娘は春から建築学科に通う ---------------------------- [自由詩]私が知りたいのは/ふるる[2018年5月30日22時16分] 私が知りたいのは常に一つのこと あなたが哀しみを哀しむとき 遠いどこかで雨はブルース 青い道に波が響いて ぬぐう頬にはあかねさす ライトは一定の冷たさで照らす 誰かの血を 誰かの非を 責める言葉はいくらでも出てくる 慰めの言葉はいくらでも足りない あなたの理由はこうだ 持っていることすら気づかないうちに無理やり奪われた 一番失ってはいけなかったあれの なんと美しく なんと輝いていたことか! 失わないと分からないものだらけで またまっすぐな道が傾きを傾く ざくざくと騒がしいのは友人ではなく肉親でもなく 他人 は常にいかがわしく騒がしいのに 肝心な時はまるで静か(まるでいない) 私が知りたいのは常に一つのこと いつも眠りの浅い あなたの涙は枯れただろうか 私がこんな詩を書いている間に? それともとっくに歩きだしていて ライトが照らすのは誰もいない場所で ---------------------------- [自由詩]あのことを/ふるる[2018年8月5日10時21分] 何度も言いかけてはやめてしまっていたあのことを ついに言う時が来た あなたは苦しむ能力に長けていて 同情を必要とせず 目は見開いて何かを言おうとする 道端に咲く語る草 肩をノックし続ける 私たちは駆け出す 奈落に追い付かれまいと 激しい雨で刺だらけの道行き 映画館まではまだ遠い 前後しながらお互いをかばいながら歩く お互いの顔も見ないで すぐにほっとします。 青空に向かい歌い 小首をかしげてありんこを見ることでととのう儀式 付き添いの木は大木になり 枯れ 倒れ 果てた 殺し屋みたいなスーツのあの方は 小さな花を胸に挿して泣くのです 日常に慣れて たまに哀しい事件が起こって 大勢が手を挙げる 語り手を破壊しなければ 何も語りえないのに だからお前はもう行くといい 平らな朝日のさす場所へ 俺を置いていってもいい そしてはるか後 思い出せるのはどこまでだろう ここまで さあ、今だ。 これからのことは各部屋で待機してる光の臓器たちが教えてくれる いつもそうだったように? 困った人を見つめる人々の困った顔 それにしてもこの爽やかな風はどこから吹くのだろう 吹かれながら懐かしいレモンの歌 口笛が吹かれる あまり上手くないけれど 君にぴったりのきれいな白い靴は見つからなかった どだい僕は君じゃないからさ 心はうつむきながらも いつしか人が人を無理に出会わせる 出会いが人をあっちこっちへやる奇跡 に乾杯はしない 感謝もしない 肝心なことは知る術もないが あのことを言おう 君のことが 好きだ ---------------------------- [自由詩]乙女たち/ふるる[2018年8月31日23時51分] 暑い8月さなか フラダンスレッスンの見学をしていて ほとんどがおばあさまなんだけど 波 風 花 ご挨拶 足元や腰 肩から指までの動きが たおやかでおだやかで いつまでも見ていられると思った 練習着のハワイアンなスカートもそれぞれに華やかで 白髪にそっと 花飾りをつけた人もいて 皆さん素敵ですね と隣の見学の人が話しかけてきて あなたもとっても良い香りがします と心のなかでつぶやいた ダンスの中で 船を漕いだり いとしい人を探したりしていた 波の動きがやっぱり好き 帰り道 焼けたアスファルトに黒い影 横切る黒い揚羽蝶 蝶の見ている世界は 紫外線だから白昼夢みたいなものだろうか 蝶は白昼夢を舞う 夜のとばりのような羽で 分かったのは フラダンスでは痩せないんだな 寄ったスーパーの袋詰めの台に マジックで幼い字 りす すいか あ、しりとりか…… 夏の夜空に輝く月 左下にある赤いのあれは火星 と隣に来た息子が教えてくれた 星たちは教える 私たちを見上げる 地上の誰の胸にも沢山の 叶わない夢が ふりそそいでいるのだと 切ないのは そのせいだと かつての乙女たちは 身体を休めて 眠りの波へ たゆたいながら 儚い記憶を見ているだろう いたずら書きの 幼いりすちゃんの頃や 夏の日差しのなか いとしい人を探すために手を かざしたことを ---------------------------- [自由詩]無効(詩+写真)/ふるる[2018年10月2日11時31分] ---------------------------- [自由詩]サラダ/ふるる[2018年11月24日16時55分] 4つに切ったいちじくの中身は紅色で トマトとコーンも入れて 香りと彩りのよいサラダとなりました いちじくは時期が早いと甘いナス?な味だけど 今回は良かった ブロッコリーも上手く茹でた 柔らかすぎると美味しくない 緑色がおわぁーとなるほど鮮やかなのは お皿が白いからか 蛍光灯の下だからか 都会生まれの都会育ちで 緑と言えばサラダくらいしか サラダは特別な緑で サラダボウルの中には 名画や花束的な色と形の饗宴があり 音楽的な香りと食べ心地の共演がある 明日はポテトサラダにしようかな ニンジンとグリンピースとハム タマネギとセロリも入れたい パセリを散らして 明後日は春雨サラダ まさに雨みたいな透明な春雨に 濃い緑のキュウリとカニカマとハム 紅生姜も その次はシーザーサラダ 桃色ベーコンと粉チーズと四角なクルトンのせる 白くてしゃきしゃきゴボウサラダ… 黄色くて甘いカボチャサラダ… コブサラダはゆで卵とか色々用意するから面倒だな… 緑の中にいなくても 色んな色と形で飾った 絵画のような、音楽のような 緑を体の中に入れて わたしたちは歩いていくし はわはわ歌うし くるくる踊るし すん、と立ち止まりもする ---------------------------- [自由詩]生きててよかった/ふるる[2019年2月4日23時24分] 尊敬している詩人から小包で ご自身が育てられているという 有機無農薬野菜を頂いた 小さな箱に緑と白と紅色の宝石がぎっしりつまってて まぶしい 大地と太陽のすごさと その方の丁寧な仕事が伝わり いつも買ってる野菜の100倍素敵に見えた さすがは採れたてでみずみずしく その方の詩のようにきりっと引き締まっていて ずっしりしていて 歯ごたえはしゃきしゃきで 甘味が広がり さわやかさもあり 家族も美味しいって言ってて 煮ても焼いても炒めても漬けても揉んでも生でも混ぜても 全部よくて 目を閉じて…… 生きててよかった…… 厳しいこともある人生だけど生きてたらいいこともある…… っていうくらい嬉しく 一緒に頂いたお手紙も菜園愛がうかがえて素敵でうわぁぁぁってなるし 短気でがさつな私には野菜を育てられることがもう羨望の的なんだけど さらに輪をかけて その方は着物をリメイクもしてらっしゃって 読書もお好きで面白い作家を教えて下さるし 詩の言葉も超かっこいいし なんかもう別次元の方ですよ…… 私なんかが交流させて頂いていいものか ほんともう、いつも手紙のお返事を下さるだけで嬉しくて あわわわ〜家宝にする〜っていう感じなのですが 図々しいのでファンをやめませんし さらに図々しくも同人詩誌など送ってしまうし 頂いてしまうのです ---------------------------- [自由詩]梯子/ふるる[2019年2月5日0時53分] 私たちは落ち着ける場所を探していた、 静かで、薄暗くて、清潔な場所 それは売りに出されている、と試験監督は言ったんだわ 君たちに買う資格があるかどうかいまから試験を行う ただし設問も答えも自分で考えるようにと 今は右(自動的な)や左(他動的な)に別れている道だが 俺たちは試さなければならない、 と誰かが言った みんながしんじてる神さまはこんな薄緑した薄っぺらい四角の中にいるの?と幼い子が聞いた バスガイドが白い手袋を蝶のように翻して右手をご覧下さい、 みな一斉に見た。 絶壁に向かい右横移動するバスの進行方向を 一度受けると決めたら降りるすべはない、と試験監督は 少しいらいらしているようだった 誰も設問の作り方を知らなかったしそれは彼も同じだったから 誰が一番悪いか決めたらいいと思わない?とおんなのひとがいうのでみんなでうんといっておんなのひとを指差したのでバスが止まったの 彼女は冬の夕焼けに染まる赤いかかとを鳴らし降りた 断崖からは遠ざかったけれど 一人で歩くのはさすがにきついから ヒールを脱ぎ捨ててこれからは自由 空き缶集め あなた方も部外者ではないのに まるでわかってはいないで 黄色やハッカ味のあめちゃんをあげたりもらったりするだけ 時計台を過ぎたら バスに搭載された人工知能を信仰しようと彼らは言い出して (そうなるのは時間の問題だった) なぜなら人工知能は絶対に間違えないから なんて間違いをすでにおかしているのだがかわいそうだから黙っていようと人工<削除済み>は結論済み 彼らの幸せを祈る機能しか役立つものはないのだが いったい誰にどうやって祈る? とりあえず前の席にちょこんと座っている曇天の晴れ間の 天使の梯子みたいに聡明なあの子にあめちゃんを 君はうちわで自分をあおげるし 雑巾がけしても骨折はしない つかの間 それはとても大切な問題に思えたし 誰もが花びらに落下し続ける蝶よりも正解に 答えを導けると思えた ---------------------------- [自由詩]Pantoum/ふるる[2019年2月20日0時12分] もっとも、彼らがそうせざるを得なかったのには理由がある 激しく打ち寄せる波が陸を削っていていそがしく こまり顔がかわいい少女は星を食べる 水を売る老人が身体を捨てようとしている 激しく打ち寄せる波が陸を削っていて、いそがしく ロケット発射の秒読みがはじまる薄暗い朝 水を売る老人が身体を捨てようとしている 僕たちの自由は常に侵略の憂き目にあう ロケット発射の秒読みがはじまる!薄暗い朝 寂しい。凹凸のある壁。草の汁。 僕たちの自由?は常に侵略の憂き目にあう 布団を干している時も「採点は始まっている」 寂しい…凹凸のある壁…草の汁… 哀しみの風が街をなでるのに街路樹は揺れない 布団を干している時も採点は始まっている 愛という言葉の扱いに慣れている人はいない 哀しみの風が街をなでるのに…街路樹は揺れない 治安の悪化と共に名士の存在も忘れられてゆき 愛という言葉の扱いに慣れている。人はいない というのは多分嘘だからどうすれば本当に見える 治安の悪化と共に名士の存在も忘れられてゆき 僕は砂漠の迷い子、君を探している というのは多分嘘。だからどうすれば本当に見える? 何も知らないのはそう、とても幸せなこと、だよね 僕は砂漠の迷い子、君を探している 会社で使うファイルを落したんだろうか 何も知らないのは?そう、とても幸せなことだよね 諦めの悪いものの言い方、広い視野の移民 (会社で使うファイルを落したんだろうか) 銅版画の先生の指は黒く染まっていて楽しい 諦めの悪いものの言い方、広い視野の移民 羽根飾りの女性たちはみな、あいまいに笑って返事をしない 銅版画の先生の指は黒く染まっていて。楽しい ファッションショーは春の午後静かに開催され 羽根飾りの女性たちはみな、あいまいに笑って返事をしない! 困っているならなぜ、助けを求めないんだろう ファッションショーは春の午後静かに開催され バターとハチミツ、少しの花々で昼食は終わった (困っているならなぜ、助けを求めないんだろう) そんな風にやさしく、後ろ姿だけ、 バターとハチミツ、少しの花々で昼食は終わった ぬれそぼった夜の道で彼らは倒れ伏し そんな風にやさしく、後ろ姿だけ、 やめられると知っているのにやめることをためらっている ぬれそぼった夜の道で彼らは倒れ伏し もっとも、彼らがそうせざるを得なかったのには理由がある やめられると知っているのにやめることをためらっている こまり顔がかわいい少女は星を食べる Pantoum パントゥムは四行連詩の詩型。連の二行目と四行目が次の連の一行目と三行目となる。最終連は最初の連の一行目と三行目が二行目と四行目となる ---------------------------- [自由詩]Sestina/ふるる[2019年2月20日1時10分] あの山から降りるのは困難なことだ 見るからに太って大汗かきの男がこう述べた後 突然の暗雲 みなはディナーの手をとめて お互いの顔を眺めた そうすれば何もかも大丈夫だと言うように 光雄は宏子の秘密のノートを破った そうすれば何もかも大丈夫だと言うように 二人は校舎のほぼ中央で 口を結んだまま灰緑の山々を眺めた 普段は歩けば歩くほど遠のいていくそれらが今日は 近づいてくるようにしか思えない 明日になればこの理由のない恐れも消える 一人がそう呟いたが本当は終焉が 近づいてくるようにしか思えない 口には出せないのだが破られたノートの一部が 皆の前に出現しもう何の言い訳もできないのだが 皆口をつぐみ彼のことを考えないようにした 三日が過ぎてしまい 光雄の帰りを待つ宏子は同じことを聞くが もう何の言い訳もできないのだった 皆口をつぐみ彼のことを考えないようにした 彼の変わり果てた姿には施しようのない欠落 確かに山からは降りてこられたが 確かに山からは降りてこられたが 光雄は静かに怒りを込めて人々を見た 正確には見たのではなかったが そして宏子の姿は瞳に映らなかった 光雄と宏子の関係を断ち切ったのだ それぞれの罪を断罪する誰かが 皆はしばしの平穏に安堵を隠しきれず笑い 思い思いのやり方で山を降りた 光雄は宏子を忘れているように見えたが ノートの一部を隠し持ったということが全てを語っていた それぞれの罪を断罪する誰かが 言い逃れはできないぞと嗤う声が聞こえる 確かに山からは降りてこられたが 言い逃れはできないぞと嗤う声が聞こえる  皆口をつぐみ彼のことを考えないようにした そうすれば何もかも大丈夫だと言うように しかしそれぞれの罪を断罪する誰かが 近づいてくるようにしか思えない sestina セスティナは一連が六行、各行の最後の六つの言葉が毎連ごとに繰りかえす詩型。 繰り返しの順番は各連で異なり、六連にわたって続けたのち、最後の七連は三行、ただし各行に二つづつ繰り返しの語句が含まれる。 この詩では各行の最後の六つではなく、最後の行をどこかで繰り返しているので、セスティナを変形させたものということで。 ---------------------------- [自由詩]Sestina2/ふるる[2019年3月15日23時15分] 催眠術にかかっている間に 彼らが買おうと思っていた家は燃えた 右も左も分からない子供のような街 サイダー売りの声はとてもよく響く 私の住所は内緒にしておかないと怖い 何が起こるかわかったものじゃない そんなに心配することでもない 犬が吠えまくって飼い主に蹴られている間に コインランドリーの裏は暗くなっていく怖い まっすぐな恋の瞳が日ごと静かに燃えた 駅前の時計塔の鐘がそしらぬ顔で響く 新品の破れ靴を売る店が現れては消えていく街 君がふわふわコロッケに憧れる商店街 どこかと聞かれても答える術がない 工事の振動がこの土地全体に響く 告白の尻尾をつかめそうと迷っている間に なんとなく始まった焚き火はきちきちと燃えた ま冬なのに、と君は言う。生暖かくて怖い 昔を今さっきみたいに話す君の声はかわいくて怖い くらいで、林檎の匂いのする想い出に揺れる街 秋深くネコも催眠術師も夕陽色に燃えた 約束の時間に君はあらわれない 満月が挟まって動けずにいる電波塔の谷間に くらくら僕の恋心は響く 最上階の部屋で悲鳴は視神経にまで響く 夢が魚のような感触を増していくようで怖い 僕は急いで剥がし屋へ行った、君が浅瀬の眠りにぶらさがっている間に 助けてくれそうな人は皆引っ越して小雨の水中花の街 あの工事のせいなのかソーダにクリームを混ぜたせいなのかはわからない 立ち上がるべきだ、と国選弁護士の瞳は正義に燃えた 急カーブで放り投げられた証拠はあっというまに燃えた 月が近づいてくる、と叫ぶ君の白い足が踊り場に響く 結局ことはうやむやにされさすがに覚えている人もいない 叫び続ける彼女も恐怖だがほんとうに怖い のは都合の悪いことはいち早く薄れてゆくこのガラス張りの街 もういい逃げよう、黒い大きな鳥が密かに数を増やしている間に やっと目覚めたはずの彼らもいない のろのろと河だけが燃えた 黒こげの楽器たちが騒ぐあい間に 増えすぎた大きな鳥のうめき声が響く 怖いほど無口で無口で怖い 上も下も分からなくなった街 sestina=セスティナは一連が六行、各行の最後の六つの言葉が毎連ごとに繰りかえす詩型。(この詩の場合は 間に、燃えた、街、響く、怖い、ない、を繰り返す) 単語の繰り返しのパターンは次のとおり。各数字は行の最後の単語を表す。 1 2 3 4 5 6 6 1 5 2 4 3 3 6 4 1 2 5 5 3 2 6 1 4 4 5 1 3 6 2 2 4 6 5 3 1 (6 2)(1 4)(5 3) ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]詩について思うこと /ふるる[2019年3月24日13時45分] 詩というのは、心情の吐露とか、綺麗な風景を綺麗に書くとか教訓めいたこと、哲学めいたこと、社会批判、を共感を得やすいように、大勢が納得するような比喩をつかったり美しい表現をしたり、あるいは素敵なぐっとくる比喩を披露したりして、書く、というのが教科書的で、その他、文字を物として扱って色々に配置したり動かしたりして視覚的に楽しいコンクリートポエトリーがあったり、音楽っぽさや雰囲気を表現するような象徴詩や、普通の言葉の使い方や意味をぶち壊す?限界を広げる?新しいものの見方を提示!みたいな意味合いのもあるし、ほんとにもう何を言ってるんだか何が言いたいんだか全く分からないのがあったり、色々あります。 意味が分からないのは脳が疲れてしまうので「難解」って言われて普通の人には避けられてしまいます。 それで、私がどういう詩を書きたいかというと、詩で何か意味のあることを言うとか表現するんじゃなくて、言葉と言葉を組み合わせて、何かの場所なり、世界なり、物っぽいものなりを、作りたいな。と思います。(表現と違うのは、作るに際して一貫性やテーマにさほどこだわらないというところ) 意味のある詩、抒情詩や叙景詩も素敵だなー、美しいなーと思うんだけど、いざ、自分が作るとなると、書いてて面白くないし、特に吐露したい心情とかもないし教訓や哲学や社会批判は普通の文章でいいと思ってるし。心のうちを書いて、共感を得たいんだとしたら、漫画が一番適した媒体だと思うんです。美しい女性。だったら文字が一番いいんだろうけど。人それぞれに理想の人がいるから。 それに、言葉って実は、本当に何かを伝えたいと思う時にはあんまり役に立たないツールだと思う。説明書や論文にはいいんだろうけど、思いってすごく複雑だし、受けとる側のコンディションにも左右されちゃうし。やっぱ声の調子とか態度とか込みじゃないと微妙なニュアンス伝えられない。 というのは詩を書きはじめた頃から感じてて、どうも嘘っぽい。 もっと複雑なことを感じているのに、それを表す言葉がない、同時に和音を鳴らしたいのに、文字を目で追っていくのではそれは不可能。言葉だけで何かを伝えようとするのは、常に一本指で演奏してるような感じです。 じゃあ、自分は詩では何をするのかっていうと、最初に戻るけど、言葉で何かを作る… できたら読者の心の中に、とある場所とか世界とかが作れたら面白そうだなって。状況説明をするとか、色んな人が喋ってるとか、読んでいくとあれってなったり笑ってしまったりっていう変化が楽しいとか、そういうの。小説と似てるけど違うのは、ドラマを作らなくてもいいし、特に筋がなくても、人が色々変わっても、そういう詩なのかな?って読んでもらえて、短くてもいいし、1つの場だけを作りたいなというのに適してる。 我々は言葉に頼って生活してるので、簡単に騙されてしまうから、そういう癖を研究したりして。 だいたい言葉って、まじめな創作を書いてくとどんどん不幸な孤独な感じになりがちなんだそうで。あと、不幸とか否定的なこと書くと手っ取り早く知的に見えるんだそうで。言葉で表現した不幸な孤独な感じってまだまだ底へ届いてない。という気がします。現実の自分はもっとつらいし苦しいし悲しいと感じているのに、それを言葉でひとつに丸めて言うのは、まだ足りない。と思う。ただ技術が足りないだけかも。 詩でお気に入りの場所を作る やはり生きるのは、今も昔も、どんな生き物にとっても、自然や周りの環境との戦い。意識してなくても、全員が日々戦っていて、そりゃあもうへとへとなのです。家やお水があるっていったって維持するためには働くしかなくて、働いたら色んな人がいて軋轢も多少はあるし。まず、生きるのはすごい大変な事なんだって認識をみんなもっと持ったらなと思います。そのためには保険入るとか健康診断受けるとか防災対策するとかのリスク減らしももちろんのこと、自分にとっての安住の地、逃げ場、ストレス解消法、をなるべく沢山、持てるだけ、ありとあらゆる手段でもって獲得していかないといけない。という気がします。スポーツの人は、故障した時のために家でのお楽しみを探した方がいいし、人と会うのが好きな人も一人の時間を楽しく過ごせるようにしといた方がいいし、家でのお楽しみがある人は、多少は身体を動かす何かがあった方がいいし。素数見てれば幸せ。という人がいるらしいんですが、それって場所もお金もいらなくて、最強じゃないですか… 詩で心情吐露に満足できない人は、詩で自分の安住の地、シュチュエーションでもいいけど、を作ってみてもいいんじゃないかな?と思います。言葉の心地よさって、意味だけじゃなく、リズムや見た目や組み合わせなどなどいっぱいあるので。 イラスト界では、みんな、自分の好みの絵とかうちの子(自分の理想を盛り込んだキャラ)をこれでもかって描いてアップしてるのに、詩の世界って、すごい真面目だなーと思います。もっと、意味そっちのけで、自分の好きな言葉や組み合わせだけで作って、読めば自分がほっとできる詩とか、あっていいと思う。そうやって書いた詩は意味もテーマも特にないので「難解」って言われちゃうかもですが。 というようなことを、アメリカの詩人ジョン・アッシュベリーのことを書いた本を読んでて思いました。彼の詩は、すごく奇妙で、意味不明、でもちゃんと読ませるように作ってあってなんだか楽しくて、本人も詩で特に言いたいことはないと言ってて、まさにお気に入りの場所を作ってる感じなんです。日本語訳ではあんまり面白くないんだけど… ---------------------------- [自由詩]三月 はすむかい ベクターレイヤー/ふるる[2019年3月26日23時46分] 詩とかわいいイラストを融合できないかな〜と考えていました。 詩の説明のためのイラストではなく、 イラストの説明のための詩でもなく。 そういう補完的なものでなくて、両方とも響き合える? 全部で一つ? 組み合わせて面白い?みたいなのができないかな〜と。 何のことやらわからないかも知れませんが… ベクターレイヤーはお絵かきソフトの用語です。 ---------------------------- [自由詩]測候所 焦がれる ナナホシテントウ/ふるる[2019年4月20日19時15分] 詩とかわいいイラストを融合できないかな〜と考えていました。 詩の説明のためのイラストではなく、 イラストの説明のための詩でもなく。 そういう補完的なものでなくて、両方とも響き合える? 全部で一つ? 組み合わせて面白い?みたいなのができないかな〜と。 何を言ってるんだかわからないかも知れませんが… ---------------------------- [自由詩]オセンベイ キドウ エコーチェンバー/ふるる[2019年5月25日17時31分] 詩とかわいいイラストを融合できないかな〜と考えていました。 詩の説明のためのイラストではなく、 イラストの説明のための詩でもなく。 そういう補完的なものでなくて、両方とも響き合える? 全部で一つ? 組み合わせて面白い?みたいなのができないかな〜と。 何を言ってるんだかわからないかも知れませんが… 最近、昔のマッチラベルの絵が素朴でかわいいなーと思っていて、 色数の少なさ、印刷ずれた感じとか出してみました。 ちなみにエコーチェンバーは残響録音室のことですが、同じ意見の人々とのコミュニケーションを繰り返すことによって、自分の意見が増幅・強化される現象のことでもあります。 語感が好きというだけなんですが… ---------------------------- [自由詩]さるとりいばら ボタン 跳/ふるる[2019年7月3日22時44分] 詩とかわいいorかっこいいイラストを融合できないかな〜と考えていました。 詩の説明のためのイラストではなく、 イラストの説明のための詩でもなく。 そういう補完的なものでなくて、両方とも響き合える? 全部で一つ? 組み合わせて面白い?みたいなのができないかな〜と。 何を言ってるんだかわからないかも知れませんが… 組み合わせる言葉が、これがベストかと言われるとよく分からないんですが。 ほんとは、詩ってだいたい暗くなっちゃうから、明るくできないのかな〜と 思ったのがきっかけなんですが、暗いイラストになっちゃいましたね… すみません ---------------------------- [自由詩]散会 くじら オノマトペ/ふるる[2019年7月21日19時04分] 詩とかわいいイラストを融合できないかな〜と考えていました。 詩の説明のためのイラストではなく、 イラストの説明のための詩でもなく。 そういう補完的なものでなくて、両方とも響き合える? 全部で一つ? 組み合わせて面白い?みたいなのができないかな〜と。 何を言ってるんだかわからないかも知れませんが… ---------------------------- [自由詩]すばる タクトスイッチ 呼吸鎖複合体/ふるる[2019年8月29日22時38分] 詩とかわいいイラストを融合できないかな〜と考えていました。 詩の説明のためのイラストではなく、 イラストの説明のための詩でもなく。 そういう補完的なものでなくて、両方とも響き合える? 全部で一つ? 組み合わせて面白い?みたいなのができないかな〜と。 何を言ってるんだかわからないかも知れませんが… 画家マグリットは、自分の絵はみんなが普段見えてないものを見えるようにするもの。 と言っていて、それには絵の題名は邪魔。(見方が固定されちゃうから) で、言葉(題名)と絵の独立を考えていました。 それで、絵に全然関係ない題名を友達に考えてもらったりしていました。 簡単に言えば、みんな見た目を信じすぎ!言葉を鵜呑みにしすぎ!という主張です。 そんな感じで、詩にイラストをつけると、どうしても自動的に主従関係ができてしまうし、 読み方や見方を限定してしまう。あと、重めな詩と商業的イラストってテイストが 全然合わない。 詩+イラストのやり方を模索し、こうなりました。 まあ、言葉を3つ並べただけで詩と言えるのかっていうのはありますが、 言葉は音符のようなもので、意味もさることながら、置かれた場所、組み合わせも重要だと思います。 アンドレ・ブルトンが言ってたデペイズマン(用途や使用場所がかけ離れたものが異質な場所で組み合わさることで、日常性の消失と新たなイメージの生成)を拝借していますが、そんな衝撃的なものを目指してはいないので。あくまで軽めの感じ。 ちなみにタクトスイッチは押して戻るスイッチのことで、 呼吸鎖複合体は、生きるためのエネルギー源であるアデノシン三リン酸をつくる ために必要な巨大たんぱく質のことです。 このしくみはすごくって、酸素大事!命まじすごいってなります。 ってそんなに詳しくは知らないんだけど、なんかかっこいいなって… 深い意味はなく、語感で選んでます。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]義父が急に認知症?に/ふるる[2019年9月23日13時44分] 今月はじめ、10年前からピック病(初老認知症)の義母(72歳)の面倒をみながら二人暮らしていた義父(77歳)が、腰痛で苦しんでいるので様子見の電話をしたら、昼間家で転んで頭を打ったと言っていて、しかもろれつがまわらないので急いで救急車を呼んで病院へ行ってもらいました。CTやMRIで脳の出血は問題なしでしたが、言葉が全然でなくて、記憶もあいまい、こっちの言っていることも理解できない様子。担当医が週1しか病院に来れなくて、診断を待ってるうちに2週間たったらすっかり何もできなくなっていました。 そんなに急激に、認知症だか健忘症だかになってしまうのか… あんなに元気で、明朗で、快活で、健康おたくだった義父が…夫も私も呆然としてしまいました。 診断では、言葉や記憶がだめになったのは頭を打ったせいではなく、それ以外、少し脳が萎縮してるけど年齢並みとのこと。前行性健忘症?かもだけど、よく分からないとのこと。病院としては他にすることはなく、退院して施設に入るのを勧められましたが、そのままリハビリをしてもらう方向で今話を進めています。(リハビリしてくるれるかどうか、またリハビリ科での診断を待たないといけない) でも、不幸中の幸いというか何というか、義父はずっと原因不明の腰痛で悩んでいて、病院や整体を何軒も回ってて、各種痛み止めが全く効かず、最近は眠れない、死にたいくらい痛い、今からお母さんと一緒に死ぬから、通帳の場所とか教えるからすぐ来てくれ!と泣きながら夫を何度も呼びつけていて、夫はそのたびに会社休んだり父を病院に連れて行ったり、なかなかに大変でした。その腰が、記憶能力がなくなったせいか?死ぬほど痛くはなくなったということでした。 このまま病院にいたらやばいということで、2日間実家に一時帰宅しました。最初は歩けない、喋れない、だったけど、2日目には手すりをつたって歩けるし、意味不明ながら喋るようになってました。短期記憶がだめで、私を見て何度も「あれ、ふるるちゃん、いつきたの?!」と驚く義父でした。歩くのが危ないので急きょ、あちこちに手すりを夫と二人で打ち付けたりしました。食器棚にも。 夫は弟がくも膜下出血からの半身不自由と言語障害、母親のピック病、ついに父親もか!とショックを受けて泣いてました。 急にだったので、銀行カード番号や入院保険とか義母の自立支援医療費受給者証のこととか書類がわからない、どうしよう?となりました。でもきちんとまとめておいてあったので助かりました。 みなさんも是非、いつ何があってもいいように、書類の場所は分かりやすく、手続とか毎月の支払のこととか、どこかに書いておくことをおすすめします。後でお世話をする人のために。 あと、年をとったら難しいのだろうけど、家を清潔に、物を少なくして整頓しておくというのは、家族やヘルパーさんに動きやすさとか物の探しやすさを提供する意味で大事だなと思いました。 あとあと、動物を飼うのは良く考えて…自分が痴呆症になったら誰が飼うのかとか考えといて欲しいです。義父母の飼ってる猫、可愛いんだけど、抜け毛がすごくて掃除の手間とエサやり糞の後始末とか、介護に加えて余計な手間が…実家に泊まるとくしゃみで眠れないし。可愛いんだけども。 これからどうするのかは、ピック病の義母は無気力でぼんやりしてて毎日パックのお寿司しか食べない、というだけで、危なくはないのでヘルパーさんに毎日きてもらい、土日は実家へお世話しに。義父がリハビリをしてある程度危なげなく動けるなら自宅に戻り、だめそうなら施設か…猫はどうしよう???と話しています。 私の母(77歳)は、自分の母(96歳)を面倒見てて介護うつに、義父は義母の面倒を見てて腰痛で死にそうに。 思うのは、70歳過ぎたら認知症の人のお世話は無理…たとえヘルパーさんや家族の協力があっても、自分が主体となってやるのは無理なのかも、ということです。私は何度も、母や義父に、歳も歳だし、無理なのでは?施設に預けることを考えては?と言っていたのですが、二人とも「ご飯もトイレも自分でしてくれるから、世話はそんなに苦じゃない」と言ってたんです。なかなか、踏ん切りがつかないのは分かりますが、寄るとしには勝てない… ---------------------------- [自由詩]アイドルと武道館/ふるる[2019年9月25日0時13分] 言葉とイラストの組み合わせで詩を作る試みも結構増えてきました。…そして題名。 画家マグリットのことを調べてて、絵と題名(絵と全くあってない)について彼の考えはわかりました。 それとか、タイトルについての本(『タイトルの魔力』佐々木健一著)も読んで、絵のタイトルは、商品として便宜上のタグ →教養としての絵の鑑賞のための説明→作者のこう見るべしという意志の表明、という変遷を経て、 今やタイトルの拒否(ただの番号とか)というところまで行ってました。 つまり、タイトルにもそれなりの仕事があるということです。 ならば詩のタイトルにも仕事をしてもらいましょう。 言葉とイラスト=詩、っていうのは未だに無理があるのかもしれませんがまあご容赦下さい。 私としては、イラストと言葉が響き合って面白ければOKですし、さらに題名も変だったら なお良しとします。面白いとか、なんか変な感じとか味わって頂けたら… ---------------------------- [自由詩]空の計器/ふるる[2019年12月17日12時52分] 例によって言葉+イラストの組み合わせで詩をつくる試みです。題名も作品のうちになっております。 題名の役割は、昔は単なるラベル、中身の説明だったんですが、絵画では、画家が描いた絵をどう見て欲しいか、という指南書みたいになって、今はそれもなしで、自由に見て欲しいから番号だけ、というようなのもあります。私はどっちでもなくて、シュルレアリスムの画家マグリットが、絵と題名で何かしらの違和感とかを感じてもらいたい、と思っていたのに賛同して題名をつけてます。 つまり、内容と中身があんまり関係がない。(言葉+イラストの方も、両者に関係がないです。ちなみにコンデンサーとは、電子回路に組込んで電圧などを調整する機器ですが、語呂が好きなので入れました)異なるもの同士をくっつけて面白がるという、デペイズマン、コラージュ、(シュルレアリスムの変なあれ)です。 イラスト製作についてですが、いわゆる商業的な明るく軽くかわいらしさ全開みたいなのは、細かさと丁寧さが要求されて自分の性格に合ってないのがわかったので、やめることにしました。 今後はざっくり描いて、色も好きなように変えていって、線画は最後にさらっと描くことにしました。 ほんとは明るくてかわいいイラストを言葉とくっつけて詩にして、よくある詩の暗さ・真面目過ぎな感じを何とかしようと思ったのですが、いかんせん明るいイラストのタッチが性格に合わないので、暗めのイラスト+言葉で詩ということにしようと思います。 どっちかというと、イラストの暗さを、くっつけた言葉の意味のなさ、能天気さで救っているふうになりました。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]義父が急に認知症?に(その後)/ふるる[2019年12月17日16時31分] 9月のはじめに他県に住んでいた義父がいきなり動けない、しゃべれない、記憶ない、となり、原因不明で要介護度4ほどの認知症になり、夫も私も驚いてしまったのですが、検査入院の末、脳に髄液がたまっていて、それが原因で脳が委縮してそういう症状が出ているとのことでした。なぜ髄液がたまったのかは分からず。 病院としては治療は特にないと言われ、すすめられていたリハビリの病院は結局、怪我や肺炎で身体が動かなくなった人のためのもので、受け入れはできないと言われてしまい、介護老人保険施設(老健)に行って下さいと言われました。 介護老人保険施設(老健)とは、介護老人のリハビリを行う施設で、3ヶ月毎に審査があって、大丈夫そうなら自宅へ帰す、自宅復帰が目的の、公的施設です。 そういう施設の存在を初めて知りました。入って3ヶ月は週3回リハビリ、とかきまりがあるそうです。 入所は、家族と施設の人との面談と施設の見学、病院からの健康診断書提出、からの、施設側の会議でOKが出れば入れるという、なかなかに日数がかかるものでした。 でもって、手続をしていたら、病院側から、義父の身体から多剤耐性菌が出たというお知らせ・・・。義父はごく初期の食道がんの手術をしていて、その後飲んでいた抗生剤のせいかもと。原因はよくわからないそうですが。(抗生剤はきちんと量と回数を守って飲まないと、耐性菌を育てることになってしまうそうです。飲んだり飲まなかったりが一番良くない) そんなわけで、介護老人保険施設(老健)への入所はできなくなり、ふりだしに・・・ と思ったらなんと驚くことに、発症から2ヶ月後、義父の症状が急激に良くなりました。どうやら髄液が身体に吸収されたので、脳の圧迫がなくなったせいらしい。それはよかったんですが、寝てばかりいたので筋力がすっかり落ちてしまい、夜中にトイレに起きてベッドから落ちたら危ない、ということで、夜中はベッドに拘束、昼間は車いすに拘束になってしまいました。こんなんじゃまた頭がおかしくなりそうだ、と訴えるので、ヘルパー派遣の手続途中でしたが、見切り発車で退院させることにしました。退院したら、わりとすぐに歩けるようになって、筋力もだんだんついてきました。よかった。ご飯も自分の好きなものを食べられるしね。 義父が倒れたのが9月はじめ、退院したのが11月はじめで、丁度2か月間、色々な知識を得ました。 リハビリ用の、介護老人保険施設(老健)というものの存在や、介護のバリアフリーリフォーム補助があるんですが、基本的に移動のためのスロープや手すりのリフォーム補助で、階段へ行かせない防止柵の補助は出ないとか、ゴミ出しを市が代わりにやってくれるサービスとか(これは、周りにゴミ出しのボランティアの人がいなければやります、と言われました。ゴミ出しボランティアも初めて知った。) 普段家事をぜんぜんしない夫が、すごく優しく両親のお世話をしていて、すごいなぁ〜偉いなぁ〜と感心しきりでした。 病院の社会福祉担当の方にもさんざんお世話になりました。ありがたや。 これは愚痴なんですが、義父母と24時間一緒にはいられないので、見守り用に監視カメラを買ったのですが、その設定ができないできない。 メーカーにいっぱい問い合わせしたところ、Android用のバージョンアップがしてなくて、さらにバージョンアップはiOS経由でしかできないとかふざけたことをおほざきになってて、なんだとう〜(怒)でした。結局、うちのルーターでは使えたけど、義父母の家では使えなくて、オークション行きかな… 現在は、ヘルパーさんが以前は週1だったのが、週5になり、義父が義母のお世話を一手に担っていたのが、負担が少し減って、悩みの種だった腰痛も少しよくなって、夫も週1度は実家に行くようになり(猫の毛が嫌だからというので、家の中で一人用テントで寝てる)結果的には良かったのかな。でした。 ---------------------------- [自由詩]スキヤキオブザデッド/ふるる[2019年12月26日15時11分] この時ー恐ろしい予感は当たっていたー すき焼きなのに肉がない! 先輩は突然ゲラゲラ笑いはじめ、急に真顔になって 「心配ないとも。すべてが上手くいく」と言った いくもんか… 豆腐だけのすき焼きなんて嫌だ 12月寒空の中、早足で肉を買いにいくと 月に照らされたすべての家のポーチでは藤のブランコが揺れていて 星空を背負った枯れ木はきらきらと震え 青白く浮かぶブランコに座るだけで安心できたのだけれども無視して駆け抜ける 急な場面転換のためには主人公は失神したらいいけど ホラー小説でなければそんなに簡単に失神はできないだろう すき焼きの時に失神なんかしてる場合じゃない この肉は俺のもの 運転免許を取ったのは万が一ゾンビに襲われたとき逃げるためだ 車のキーのありかは…わかるな? さあ早く走れ振り返るな 気がつくと見知らぬ場所に倒れていて 簡潔に説明すると 肉がないのは 連絡ミスと慌ただしさが重なったせいだ その複雑な経緯を 簡単には説明できそうもない 初めての都会はごちゃごちゃして ラッシュアワーも大変だったし 変な絵を買わされそうにもなった 「オブザデッド」というタイトルだった 絵画にタイトルがつけられるようになったのはわりと最近 なぜなのかは各自来週までに調べてくるように はいはいはーい みなさん静かになるまでに75秒かかりました! ネギが煮えるまではあともう少しかかりますから お箸をスタンバイ フライングはなしで 大きく目と口を開いた怯え方は全く大げさにすぎると言わざるを得ない つぶれたサンドイッチがリュックの底から見つかって ふられたばっかりみたいに元気のないサンドイッチを一口かじると猛烈にお腹が減っていた しかしこの空腹感は 簡単に満たせそうもない もう時間がないのに どのくらいの空腹感なのか 詳しいことはまだわかっていない様子です、は、 急ぎお伝えしました現場からは以上です 以上ですがここまでで何かご質問はありますか? なければ次へ 肉を買いにどこまで行ったんだ? なんか外が騒がしいな… と、つぶやいた先輩の後ろには ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]言葉とかについてつらつらと/ふるる[2020年1月19日18時03分] 言葉(文章)についての本を色々読んだので、つらつらと書きます。 ・言葉は人の身体にまあまあ合っている 言葉は、人の脳の容量とか、口の動かし方、息の出し方、書く動作、に、合っている。からこそ、多くの人に使われているのだと思います。 記憶や思考回路にもすごくかかわっているので、ある意味身体の一部かも。 (とはいえ、読み書きというのは、人にとっては不自然な行為らしい。ある程度の訓練がいる。) それぞれの個性、体質に合った言葉っていうのがあるのかも。 合ってない言葉で考えたり、使ったり、喋ったり、聴いたりしてると体調悪くなるとか、あったりして。 ・自分もそうだけど、意外とみんな言葉の扱い方を気にしていない 言葉は、思考、予測、判断、伝達、記憶、思想、など、社会生活の基本中の基本なのに、そのことを皆あまり気にかけていない。 自分の持っている語彙や言葉の組立方が記憶の仕方にも価値観にも関わってくるし、人間関係の作り方もそうだし、自分の全てと言えるのに、それを増やそうとかうまく使おうとかあんまり気にしない。 言葉が置かれた場所、媒体、発せられ方、書き方、によって、言葉の印象や集中度や理解度が変ってしまうのに、それにも無頓着。 ラブレター書く時は、便せんやペンなども厳選すると思うけど、それ以外はあんまり。 例えば、教科書も、最も理解しやすい、頭に入っていきやすいフォントやレイアウトってあると思うんだけど、そこまで考えられているのか、いないのか。 これは文句なんですが、面白そうな本があっても、フォントが癖がありすぎて読みづらいというのがあるんですが、どうにかならないのか。なんであんなの採用するんだろ。おしゃれだと思ってるのか。 ・簡単に言葉に騙されることを知っておいた方がいい 言葉は、貨幣と一緒で、ある約束を皆が守っているからこそ存在し、使うこともできる。共通の意味だったり、大前提として、「言葉を発している人は悪人ではなく、言うことは嘘ではない」ということだったり。 なので、詐欺にはころっと騙されるし、大げさな言い回しや盛り上がるような言い方で政治に利用できたりする。 それは、アンケート結果やグラフ、これとこれには因果関係がある、という一見論理的な根拠がありそうな言説にも騙されやすい、につながる。 (そのアンケート結果は、限定された人々の意見なのではないか?とか、肺がんと煙草の因果関係とか、他の要因もあるのかもと疑うのも大事) 私たちは言葉を信じているからこそ、簡単に騙されるということを知っておいて損はないです。その他、映像や言葉を発する人の見た目、態度にも騙されちゃうので、なんかもう素直ないい人って危ないですね。 ・言葉で差別意識を無意識に持ってしまうことも知っておいた方がいい 方言やカタコトは洗練されてない、標準語はきどってる、冷たい、みたいな価値観が一般化するのはよろしくありませんね。 方言女子かわいい!もだめなのかな。でも、音の印象でかわいらしさや力強さ、女性男性を感じてしまうのはしょうがないらしいんですよ…(濁音は発音がめんどくさいのでよい印象がないそうです。あと、口腔内空間が膨張するので、大きい、強いなどの印象も持たれるそうです。) ・言外を読み取っている 人には、行間を読む力もあって、言葉と、言葉で書いてない部分、合わせて一つの意味、ということです。 だから、文をどこで切って、次に何をつなげるか、行間にもよっぽど意味があります。 映画でモンタージュという、ある映像に別の映像をつないでいって、時間や空間の距離や、哀しみだったり恐怖だったりを表現する手法があるのですが、それも人の行間を読む力あってこそです。行間の読み方には、AとBの関係を想像したり、AとBを合わせて次に何が起きるか予測したり、何が起こったのか想像したり、色々あります。 憲法や法律の文章の一文が長いのは、なるべく文と文との切れ目、行間をなくして、余計な思惑を入れさせたくない、ということらしいです。 あと、辞書なんかの文が体言止めだったりするのも、書いている人の「個性」「思惑」を想像させないため、らしいです。 あと、日本語は言外の読みを促す言語らしく、それでいい事もあるんでしょうが、余計な忖度とか、あらぬ誤解とか、へんな空気に染まっちゃうとか、ありそうです。 ・言葉と現実の頭の中は違う 例えば、「〜はこう思った。」と文章を書くとして、誰しも、そんなに理路整然と思考していない。思考や思いは、好き嫌いやその時の状況により、常に乱雑に散らばり、あっちこっち行っている。言葉の文法にあてはめて、ちゃんと考えているように装っているだけだと思う。まあ言葉自体が、一般化、省略、要約、分類のための仕切り、だし、今使っている言葉は、昔誰かが考えた言葉で、今の時代にぴったり合っているわけでもない。まだその言葉が発明されてなくて、言い表せなさ、もどかしさ、というのが常にあると思う。だから、今文字で書いていることも100%ほんとって無理だと思う。50%くらいかな? あと、現実自体が常に流転、身体の細胞やくっついてる菌類もめまぐるしく生まれては死に、エネルギーも入れたり使ったり、まさに諸行無常でとっても忙しいのに、言葉はとても硬く、何かをそこに固定しようとする。 まあそういう意味では、言葉の真実度?リアルさ加減?は低いと言える。 ・本を読むということは… 本の文章には必ず、知覚、思考、情緒が入っていて、本の作者が、どういうふうに世界を認識し、自分の中で要約してるのかを追体験することで、読者は世界の認識の仕方、理解の仕方を学んでいる。偏った思想の本ばっか読んでたら、そうなっちゃうんだろうなー それプラス、読者の経験を思い出したり想像力を駆使しながら読むので、読書は一見受け身だけど、作者との共同作業でお話を新たに作りながら読んでいると言える。 今の時代の言葉の周辺 ・言葉との付き合い方が今までとは全く違う時代に突入 誰もが、気軽に、長々と、言葉を全世界に向けて発せられる時代って今までなかった。 昔は手書き、ガリ版、なんかで一生懸命書いていたから、みんなが文字を連ねる物理的な大変さを知っていたし、そういう点でも多分、作家は尊敬されていた。肉筆を読む編集さんも必死だったと思われる。 それが今じゃあねっころがりながら鼻歌まじりでぽちぽちやっても書けるしコピペの時代だから…編集さんのチェックが入っているのか怪しい本もいっぱいあるし。 言葉という、貨幣にも等しい生活基盤を、やろうと思えば誰もが無責任に放出し、浪費し、捨て、消去できる時代。 それがいいことなのか悪いことなのか。なんか、ぺらぺら〜で重みがなくなる気がするけど。 特にツイッターでは書く方も読む方も、責任感がゼロというか、ソースなしの間違った情報平気で乗せるしデマを書くし、それに賛同するし。 それに加えて、デジタル媒体での、映像付きの力強い言葉って感染力が高いらしい。人は見た物をすぐ信じる癖があるから。 くわばらくわばら… 媒体や発信のされ方によって、言葉(映像も)の信用度を上げ下げする時代ということかな。昔は、書籍として出版されているものにはある程度の信用度があったんだけど、今やSNSで評判のいいものがそのまま出版されているのもあるからな…題名詐欺も多いと感じる。〇○の科学とか〇○講義とか書いてあっても、作者の経歴が怪しかったり。 もちろん悪いばっかりでなく、いい言葉が必要な人に届いている可能性はある。 ・デジタル世界に言葉や知識がどんどこ蓄積されていくと… 集合的知性(個々の意見(人の意見は知らない)を平均すると、案外正しい解が得られる)みたく、人類の知がアップデートされるのか、されないのか。 ・デジタル書籍が頭に入ってこない デジタル書籍って全然頭に入ってこないんです。何故なのか?知りたいよ。一説によると、人は文字を風景の一部と認識してて、本は3次元的な地形だと思ってるらしい。デジタル書籍は平面だから、脳の使う場所が違っちゃうのかな?読めはするけど、記憶に残らない・・・ある程度記憶しながら読まないと筋が分からないのに、その記憶ができない。本だと、厚みで、だいたいの距離感が測れる。薄い本なら、そんな複雑な事書いてないだろうとなるし、厚い本だと、人がいっぱいでてくるんだろうなーと覚悟しながら読む。そう、本を読むっていうのは、常に予測しながら読むってことなので、デジタル書籍だと、ぜんぜん予測できないし(慣れればできるようになるのかな)あと、読み終わったあと、本なら真ん中らへんの右のページに書いてあったとか記憶できてるんだけど、デジタルだと、どこに何が書いてあったか、というのを思い出せない。結果、内容もよく思い出せない。 デジタルだと、すごい狭い1本道を歩いてる感じで、本だと、遠くまで見渡しつつ飛行してる感じ。確かに地上の道だけだと地理を覚えにくいかも。地図を見るのは苦手なんですけどね。 ・言葉について、現代の問題 今の若い人はテレビ、ラジオをつけないので、「ほぼ全員が普通に」知っている共通の語彙が少なくなっている。 子どもがデジタルの問題集になれちゃうと、板書できないとか、長文を批判的に読めないとかの弊害があるらしい。 デジタルの世界って、一見多様な意見あふれる寛容な世界と思いきや、自分の世界に閉じこもれる世界でもあり、自分に都合のよい情報だけに閉じこもる狭量な人もいっぱいいる。 紙に書いて記録・思考する派と、スマホに保存する派や、紙の本とデジタルの本のどっちに親しむか、で脳の記憶回路やそれに伴う思考回路が違ってくる可能性がある。 これらは、今後、どういうことになっていくんでしょう?デジタルネイティブとそうでない人との断然、無理解、恐怖、からの差別がはじまるのか… ・その他、言葉に望むこと 標準語も通じる言葉としてはあっていいんだけど、標準語では表せない言葉で、方言では言える言葉は積極的に取り入れてもらいたい。 沈殿物が下にたまってることを言う方言があったんだけど、なんだったっけな。 とにもかくにも… ・伝達、交流などなど、言葉はめちゃくちゃ便利な道具だな〜 想像や空想の世界を広げられる=想像したものは作れるらしいし=想像力は人の心の痛みを想像にもつながるし 時間と空間を超えられる(昔の外国の小説とか面白いし!) ラベルになる、情報を短くして記入しておける(探す手間が省ける) ありとあらゆるものを言葉で短くすることで、記憶したり思い出したりできる(脳がすごいともいえる。思い出す力も使うから、読書は面白い) 伝えるのが難しいものでも、比喩を使うと、皆が知っているもので代用するから、伝わる。考える時も比喩を使ってるのだそうです。心が「広い」とか愛情を「注ぐ」とか、物に例えると抽象概念のことを考えやすい。 違う言語でも、翻訳があるから、国を越えて、世代も越えて、まあまあ通じ合える。 言葉の組み合わせだけで、面白いこと、感動すること、色々創作できて…お金かからなくていいよね… ↓読んだ本です。 『本を読むときに何が起きているのか ことばとビジュアルの間、目と頭の間』ピーター・メンデルサンド(著)フィルムアート社 『タイトルの魔力 作品・人名・商品の名前学』佐々木 健一 (著)中央公論新社 『文体の科学』山本 貴光 (著)新潮社 『ことばの力学 応用言語学への招待』白井 恭弘 (著)岩波書店 『日本語とコミュニケーション』滝浦真人(著) 大橋理枝(著)放送大学教育振興会 『「あ」は「い」より大きい!?音象徴で学ぶ音声学入門』川原繁人 (著)ひつじ書房 『新記号論 脳とメディアが出会うとき』石田 英敬 (著), 東 浩紀 (著)ゲンロン 新記号論〜以外はやさしく書かれた本なのでご興味あるかたは是非〜 ---------------------------- [自由詩]あなたがわたしの近くや遠くにいる (長いので途中からでも途中でやめてもOKで.../ふるる[2020年4月14日0時40分] あなたがわたしの近くや遠くにいる 騒がしいので目を塞いでいた、 この暗くて曖昧な場所に 午後の日差しがようやく届き始める 長い時間がかかって 忘れ物はないかとポケットを確かめる 駅の時刻表には時間ではないものが書いてあり じっと見ているとそれが感じられる あなたが近くにいる 砂漠の終わりであなたが言った言葉 遠くにいてもきっと分かるだろう ぼくらは、、、 砂が幾重にもわたしたちを包み、隔て、 閉じた目をひらいた時にはもう 駅が来ていて、わたしははじまっていて、 あなたは遠くに連れ去られて、自ら連れていかれて、 わたしは駅で買った飲み物を置いてきてしまったのだけれども きっとまだあそこにあるのでしょう、 さようならは言えなかった 言わなかった 今度、、、 と言ったきり時刻表を見つめた横顔がきれいだった 寂しい翳にふちどられて 橋が見えるよとあなたは言いました 離ればなれの陸をつなぐ橋 橋があるから手を繋いでいるみたいに見える 陸を隔てる海は世界中に広がっているけれども 小さな橋があるから あなたが近いと感じられた 波がもし橋を掴んでさらっていっても あの小さな橋がと指さした手や懐かしい声はそのままで 眺めた、あの午後の日差しがようやく届きはじめる 髪に 冷たい指を差し込んで もうしばらくこうしていようか 歩きながら話そうか お互い目を合わせずに手をつないで あなたはわたしの近くや遠くにいて 見守ったりそっけなくなったりする わたしの駅がまたやってきて あなたの橋を遠ざけようとする 河原でこちどりを見つけたの 小さな卵を守っていた 一生懸命に 読もうと思って持ってきた本なのにあなたは 表紙の絵のことばかり気にしていた 心配になる そんな表紙のついた本なんて読んで なにか責める気持ちがあったのかも 非が非でないことが嫌なのかも グラスに水を入れて持ってきてくれましたね 美味しい水でした、 あなたがくんでくれたから 水を通した光が天井で揺れ あの砂漠の風景が今でもここにあって 際限なく渇いていたわたしとあなたがいた 電車の窓から 飛べたらどんなにいいかと手を離した もう遅い、とあなたは言うのでした 遅いから眠った方がいいと わたしはこちどりの心配を あなたは本の表紙の心配をしながら眠りに落ちました。 朝に起こしてくれる鳥はいなくなり わたしたちを起こそうとゆするのは列車のベル 座席は暖かく 鼓動に近いから眠ってしまうんだと 優しくゆすられて多分もう眠い 途方もない力がわたしたちを生かそうとしまた奪い なすすべはなく ほおずきのように朱色の夕陽を全ての窓に四角く入れて あなたを乗せ わたしを降ろし ここだ 雪のせいでおかしな場所で停まっている 雪に抱かれた光る細長い箱 静かで外も暗く冷えて まだ、動く気配はない 雪の匂いのせいで眠れもしない 虚無の指先のような匂い 手を繋ぐことで約束したような気持ちになった 言葉では表すことのできない約束をした よいものをあげよう 渇いた喉を潤すものをきっと それが何か今となってはわからない ずいぶんと待ちました 遅くなってすまなかった いつも遅れてしまうのは橋があるからだ 渡るときは身体が浮いているので いつもおぼつかない 目覚めと夢の間を渡るときもそんなふう 夢で見る君はいつも微笑んでいる こちらは見ないで 君が僕の近くや遠くにいる 想像もできなかった、窓におでこをくっつけて外を見ていた君 怒った顔で許していた君が 忘れていく、約束を 指の暖かさが遠くに、時刻表は白くほころびなら消えて もうすぐ、やわらかな季節がくれば 惑わず話せる日が来るのかもしれない 今はまだ雪に抱かれた明るい箱は 儚いものを積もるままにしていて やがてはうずもれるその前に 手紙を書いてみたいけれど 封筒も便箋も切手も捨ててきてしまった それがあなたの落とし物なの 捨てたものを落とし物とは言わないよ それは丁寧にしるされた楽譜でもあるの いまだ爪弾かれることのないかすかな旋律 かすれている音譜のひとつひとつが 鼓動に似ているのでみんな眠りについてしまう あの人たちは追いかけるとか追いつくなどと言ってはぐるぐると回っているのに気がついていない 五度ずつあげていくと輪ができるのでしょう わたしはこの音を担当しましょう 何を奏でているのかは決してわからないけれど 素敵な旋律に出会ったあの時に 君の耳は花開いた もう少し眠ったら重たい身体を起こして 手の上に芽吹く物を眺めましょう 緑は揺れて 懐かしいリズムに記憶が乗っかっている おんぶされたり抱っこされたり あしたはどこいくの 明日、は明るいいい響き 磨いた窓の明るい 特別な予感を許された日 今日を供物として捧げたからもう大丈夫 いつかよみがえるから 身体の細胞は死に生まれ続けているのに わたしたちは変わらず同じところを回って探し続ける お互いを、あるいは違う人を 今日が明日を両腕で迎え あとは忘れてと振り返らない 駅があなたを迎えに来て さらわれていく、あなたは自ら フードで顔を隠し白いマスクもつけて 誰だかわからないようにしてしまっているあなたは わたしでもあるし知らない誰かでもある そんなふうに言葉少なで あなたなの? 君こそ顔を隠している 騒がしいので目を閉じた このまま何も持たずに列車に揺られていこうとしても 降りていく人が置いていってしまう 花や石、本や時刻表、黒いかばん、そして 手紙 よく見せて 封をしていない手紙をあけると 言葉がこぼれる 硝子の山、金の靴、銀の竪琴、ミルクの川、、、 お伽噺のお姫様が竜をねだるので 王子様が旅に出る話 それは手紙でしょうか 紺色のインクが迷ったりにじんだりするのではらはらする 遠くの国の父から子への物語 様々な願いが便箋を埋めるけれど 子どもはおもてに遊びに行ったまま大人になり ぼんやりとした父と手を繋いで橋を渡る ミルクの川と父がつぶやいて そんな手紙もあったよね 幼い自分が父と自分のあいだを走りまわり風がよぎる ぼくは子どもを持てなかった 大したことじゃないとかつての父が笑う 見えているものにこだわることはない 見えていないものをどうやって見るの 硝子の山、金の靴、銀の竪琴 そういえば、時刻表の時間も見えなかった かわりにあったのはきみの横顔 ぼんやりとして 大きな木の根本にタイムカプセルを埋めてそのまま忘れた 未来への手紙は光で綴られて眠る 水族館という文字だけ読める 水族館は好き 暗くて静かだから 海はそんなふうかな 海底では沢山の白いものが沈んでいくというよ 列車を閉じ込めた雪のように 可愛そうな虫たちを隠す落ち葉のように ひとところにはおさまっていない魚たち 自由がある とじこもった中にだって 内側の硝子を厚くして 外はにじんだ風景 水槽の中で手紙を書き続けている 紺色のインクで 降りしきるものの中で きしむような声が喉から逃げる そんな無口の悪癖や クレーンの影が地面に落ちていること 冬の日暮れは早いよ 最後にかけだしたのはいつだろう いつからか列車には飛び乗らなくなった 灰色の鳩がたくさんいる灰色のホーム 人を怖がらないのは忘れっぽいから くりくりした黒い目で歩いている 扉が開くと はっとするような色のスカートが 祭のリズムで揺れて 女性は花や羊みたいな服が着れるからいいね ひらひらやもこもこ すぐに列車の中へ吸い込まれてしまう 夢かと思ったんだ そんな素敵な夢が降るのなら 長い夜も好きになれるのかも 僕は謝らないよ 君が望んだように言っただけだから じっと手のひらに落ちるものを見つめていた 歌がきっかけで鮮やかに思い出す 色あせたと思ったのは気のせいで きちんとしまわれ過ぎていていただけ 勝手なことばかり言う人だった それでいて愛すべき明るさがあり みんな笑いながら困っていた 測量の機械が足りなくても 精練な分度器と方位磁石があればいい それでも肌身離さず持っているものはやはり 記憶 たまに取り出しては作りなおしてまた戸棚へ 奥には何がしまってあるのかきっともうわかんない 今度ちゃんと見てみよう 部屋が夕闇の青みがかった紫に染まり 海の底みたいにゆっくりと揺れた プラムやマスカットをたたえた皿が出されて 水もたくさん ここの水は飲める 僕らが満足できるようにと最大限の配慮がなされた 高い塔のてっぺんから見下ろす街は風で揺れていて 丘の上には無数の白く巨大な風車 一本は折れ曲がっていてそのまま 彼の最後の言葉はなんだっただろう 凧の糸のように釣り糸のように 確かな手応えが嬉しかったのに 急にぶらんとなった 古い公園のブランコに座ってぼんやりとなった ふらここ、ふらここ、と君は繰り返したかわいい声で きしんだ音があちこちから聞こえて 曇った空からは錆が降ってきた シーソーもブランコも鉄棒も 遊んだ手のひらは鉄の匂いがしてくんくん嗅いでみた 剥がれかかった塗装を熱心に剥がしたり どろだんごを何日もかけてぴかぴかに磨いたり崩したり いい模様の石をたからものといって握りしめて帰る 多分タイムカプセルにいれたはず あの石は普通の石じゃなかった ほんとうに 小さくひび割れかけた石鹸で手を一人で洗う まだ鉄の匂いがしている 見えないからといって 失われたとは思わないで かつてあったものは 今もあなたの近くに 握りしめた手の形が覚えていた 今はもう本当に遠くなってしまった二人が ふりかえる道は重く こんなふうに同じところを回りながらも 昇ったり降りたりできるのは螺旋階段のしくみ かりそめの繋がりでもあればいいのだと言う 想像もしていなかったことが次々と起こり みんなはかわいそうだったけれど 耳をすませば 夜が溶けていく音が聞こえた 優しい音だった 雪が自らの重みでゆっくり落ちるような いつもどうりで良かったのに怖がってしまった 私たちの微かな寝言はほとんど聞き取とれず ぱらぱらと散らばって行ったけど それでよかったのも 不安ばかりつのって身体は小さくなって ハンカチに包まれるほど 紺色のハンカチには星たちが描かれていて 顔に乗せれば宇宙に浮かぶ 冷たいほうき星や赤く燃える星 垂直に落ちる銀河 一つ一つに緑の森やまばゆい湖があってほしい 小さな花もあったら見たい 深海魚みたいな宇宙船の中で 涙は熱いと知ったのはいつだった ぼやけた瞳で見るのは苦しかった だろう 君を泣かせたのがまさかぼくだなんて 後で叱っておく ほんとうにひどいやつだ 君を置いていくなんて ほんとうに 散らばった不安はみんな集めて持っていってあげる それが約束だったのだ 生まれてくるはずだった妹や弟がぼくらを罵りに手を繋いでやって来る あるいは嗤うために それから救うために 負けないで でも勝つ必要もない 冷えた地面に触れている手のひら 脈打っているのはどちらだろう いつ終わるとも知れない生業の中で 存在を感じられる時がある 匂いや空気の動き 遠慮がちな音で アクセサリーをそっと外す 眠るために 身体が沈んでゆく 頼りなくたゆたうのはいつものこと あの可哀想な恐竜も眠ったのかな寒くてこんなふうに 目を閉じて ここで 目を 閉じて 私が昔小さな動物だった頃 喜びという感情はまだなかったと思う なんとなくあたたかい この胸の当たりが そうやって手を当てているうちに いていいのだと分かった そして 午後の日差しがようやく届き始める とても 長い時間がかかった ---------------------------- [短歌]コロナ十首/ふるる[2020年6月18日17時20分]    二月 この頃はわりと気楽に構えてた若者は平気と思ってた 備蓄品増やしといてと夫言う海外見たら笑ってられない    三月 フラダンス教室なくなり暇になりだからといって練習しない ネットのありがたみを痛感するね仕事、買い物、娯楽、おしゃべり    四月 夜ご飯作る気なくて出前取るお花見っぽく飾るテーブル 息子は3DCGの在宅研修はぁーこうやるのかぁー    五月 薔薇園の蕾がすべてありません人来ないよう剪定されて 図書館に行けないからとあつ森で図書館作って寝ころんでみる    六月 長い夢終わったように街目覚めたぶん悪夢は終わりじゃないが 薔薇園に久々行ってすごい数好きに勝手に咲いてて笑う ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]詩画集みたいな変な冊子「イラハポ」についてのご説明/ふるる[2020年7月24日19時12分] 「イラハポ」は、「イラストレーション+ことのは=ポエム」の略(イラ は ポ)です。 ポエケットで販売しようと思って詩画集みたいなよくわからない冊子を作ったのですが、コロナ自粛で参加できなかったので、こちらで紹介させていただきます。 何でそんなものを作ったのかをご説明します。 以前からデジタルの明るくてかわいいイラストがいいなーと思っていて、それと詩をくっつけるとどうかな?と思い、趣味で絵を描いていたので、やってみました。 が、明るいイラストと詩(真面目っぽい)はあんまり合わないし、どちらかが主でどちらかが従になってしまってもったいない。 どちらも主で、イラストと言葉、ふたつでひとつの詩、というふうにできないかな?と思いました。 そこでうーんと考えて、画家のルネ・マグリットの作品にヒントを得ました。 マグリットは自身の絵画に、絵とは関係ない題名をわざとつけて、一つの作品としていることがあります。 これは、シュルレアリスムのデペイズマン(普通のもの同士を意外な感じで組み合わせて、非日常を作り出す)という手法で、文学で言う異化(作用)というやつです。異化は、日常的なものを普通でない使い方をしたり、違った視点で語る方法です。それにより、当たり前を疑ったり、見直したり、違う価値観があることを知ったりします。 マグリットの絵画を例にすると、青空の絵の題名が「呪い」となっていたり、女性の絵の題名が「世界大戦」だったりします。 ところで詩というのは、だいたいにおいて、新しい比喩や擬音を使ったり、いつもと違う言葉使いや視点により、今まで気づいていなかったものを気づかせてくれる、異化のかたまりのようなものです。 それならば、言葉とイラスト(意味を伝える記号と言う点では言葉とも言える)を合わせて普段とは違う何かを感じられたら、それは「詩」といってもいいのではないかな?と思いました。 そんなわけで、イラストに言葉をプラスすることで「ちょっと普通ではない感じ」になるように作ってみました。 造語や数式も言葉のうちということで採用しています。 まぁそんな話はおいといて、イラスト+言葉で詩的な何か、奇妙さ、面白さを感じて頂ければ幸いです。 (呼び名は「イラハポ」にしました) 以下に、作った冊子の写真を載せます。 画像の大きさ制限があって、画質が荒くてすみません。荒くないのはpixivというイラスト投稿サイトhttps://www.pixiv.net/users/7863615 にあります。 (nonoko555=ふるるです。ど下手なイラストが色々ありますが目をつぶって下さい…!) 表紙です。 地図なんだかなんだか。 数式も言葉のうち。 造語を反転上下逆さに。 取扱説明書っぽい何か。 ことわざなど。 映画のポスターっぽくしてみた。 それっぽいナレーション。 疑問形で? 言わせてみた。 看板で言葉とコラボ。。。 お読みいただきありがとうございました。 pixivには、イラハポ文字なしバージョンも載せているので、よろしかったらお好きな文字をのっけて遊んでみて下さい。 個人使用はフリーです。 ---------------------------- [自由詩]手探りで/ふるる[2020年8月13日21時48分] 大きな山だった 立ちはだかったまま青く動かないで 汚れたままの靴と 広くて深い空 その空に追突していった ま白い鳥が 置いていった羽をくるくるもてあそびながら 雲の上や切れ間を流れる風に見とれていた 見えなくても動いてある あそこや ああ あそこにも 叔父のよく動く口 話を聞きながら頷いていたけれど 半分しかわからなかった 墨をするときの静かな気持ちで どんな質問に答えよう どんな答えを編みだそう 予想ができないから 正しくあることはできない ここからここまでの感覚と言えるだろうか 直感を信じる あの大きな山を前に ばらけた木々のざわめき 降ってきた木の実を 両手で受け止めてからすべもなく捨てた 少しだけつらいような出来事 ただ、想像するだけだからなんてことはない その周りを回ることだって 拗ねて首を曲げた その近くに風は吹いて 閉じこもって考えていても仕方がない 外に出ればまたあの山だ 向こうには何があるかって 考えないのか 気が向いたら遊びにおいでと言っていたのに 叔父は消えてしまい レコードのアルバムが沢山遺されて物置の中に カビの匂いとしめった木の匂い すぐにお腹が痛くなる場所 二三枚レコードを抱えて外へ出る 電線のたくさん交差しているあたりで曲がり叔父の足跡はそこまで レコードのビニールカバーは破れて飛んでいった 最後にかけたのはどれだったのか 中身がないものや ジャケットと違うレコードが入っていたり 立派な黒くてつやつやした円盤に 刻んであるのは若き叔父の姿 拗ねたように首を曲げて 下を見ている 猫背の人から漂うのは拒絶 話しかけてもらえる期待と絶望感 会話はあまりしなかった 聞けば何でも答えてくれた 半分しか理解できなかったけれど ガイネンという言葉を初めて知った 質問の仕方がよければ 質問者は答えに近づいている 質問にも色々あってね ふっとそれまでの空気と世界が途切れ 世界も自分も何度でも塗り替えられる そう言った顔は思い出せない 光にのまれていた 闇が覆っていた どちらか 霞んでいる叔父の顔は穏やかに見えた 母の事を姉さんと呼ぶ唯一の人 いつもノートにむつかしい呪文を書き込み おそらく数式だった ねだって手の甲に書いてもらった 肘から手首までの長いもの 小指におさまるもの くすぐったくても我慢した 母に見せると 誰に似たんだか変な子になっちゃって 困ったような声 何も為さずに消えた横顔は真面目 それは消えた足跡 まっすぐで 答えを探る瞳孔 嘘を許さない背中 たまには陽を浴びたらいい あの山を見ると嫌になる いま抱えている問題を思い出す 目の色が不思議で 太陽の下では濃くなる 茶色い猫が歩いてころりと寝転んだ くわえていたのは靴の片方で せっせと飼い主に貢いでいるのだった 片方だけの靴が だから叔父の家の前には並べてあった 彼のいた場所には穴があいて そんな穴がどこにでもある そこに触れると冷たくなったり 暖かくなったりする 乾いた音楽がいい 演奏家もウェットなのは苦手 淡々と奏でられるバッハ ゴルトベルク という響きも教わった たまに頭に手を置いてなでるでもなく少し待つ 手を繋いだことはなかった 嘘の何がいけないのよ 母の怒った声は震えていて なだめてあげたいほどだった ごめんとつぶやいたのは誰だったのか 誰もいなかったのか そびえ立つ大きな固まりが空を持ち上げて 山は大きな人だった 夕焼けは毎回燃え夜へと消え 叔父はあの向こうへ 多くの疑問を残し 黒い雲を沸かせ 雷を呼び 先の大雨で山肌はただれ 河は壊れた 呆然と見つめる横顔の中で そんな時はうつむいてしまえばいいのだと知っていた いないのに必要なときは蘇る 風や雲とともに 切れるほど青い空にすっと雲がかかり 嫌な思い出もあんな色に塗れたらいいなと叔父は形のよい唇でつぶやいた 淡々とした叔父にも嫌な思い出がかぶさっていたのかと 今驚いている イチ、と猫を呼ぶ声は低く 姉さん、と呼ぶ声は少し高く なんとなく過ごしているうちに年を取り 恋も愛もなく通りすぎ 今は老いた母と二人暮らし 昨日介護退職をし とても深くて青いような困難が立ちふさがり 叔父ならどう答えるか うつむくのか 淡々と書き付けるのか すりきれた記憶から 手探りで思い出している 母は毎日誰もいない玄関に向かって おかえり と言う ---------------------------- [自由詩]真面目なあの人を笑わせたい/ふるる[2020年9月19日21時24分] 真面目なあの人を笑わせたい そう思ってたくさんの嘘を用意した 花を摘むよりも簡単 お箸を並べるよりも 宇宙人の話は全然だめで にこりともしてくれない 幽霊も金縛りもだめ 好きなものを知らなければ 笑わせることなんかできない だから知りたかった 髪の一部分だけが白い理由など 信じているものはあるのか など 難しい顔で川なんか見て そういう顔してたら許されるのか 捨てたことを 沢山捨てている人は 軽々と階段を降りるけれど 雨が苦手 古い階段のような音がするので振り向くと 雨で体がきしんでいるという ゆっくりとバスに乗る ガラス窓に雨粒が砕け 泣くのか、洗うのか迷っている 小さな子供が眠っているのにも気づかない いつまででも見ていられる頬 梅雨入りの匂いは好きなものの一つ 墓にも持っていきたいくらい さっきメールを打つ指に見とれた 伸ばし気味の指 無駄がなくて良かった 長文のメールは誰宛なのか 教えてくれないし 言っても分からないという 難しい事は分からない 子供には難しい そうやって目を塞ぐから 一人で歩けなくなったんだ 慣れた道と慣れた階段でも 迷ったり踏み外したりできるのは 才能の一つ なかなかできることじゃないし 誰も真似してくれない 偶然同じバスに乗ったけれど うつむいてメールばかり打っていて 落とし物でも探してるのか 何かの歌の歌詞が落ちた こうして見るとすごく恥ずかしい言葉が 歌にするとすごく素敵 するどくとがった言葉も するすると優しいメロディーで骨抜きに むかし 急に思い出話が始まった 銭湯には洗い終わった赤ん坊に服を着せてくれる人がいた 銭湯は知ってるかな今の若い人は それから 風呂がない者は知り合いのうちに風呂を借りに行ったりもした 湯気の中では皆赤ん坊のような顔になる 気の抜けたつるりとした顔 集めていたのはレコード 私は消しゴム コーラとか芋ようかんの匂いのがありました あの集めたのはどこにいってしまったのかな 捨てたのかあげたのかさえ思い出せない 海馬は捨てるのが得意 寝ているうちにせっせと捨てるらしい また母がうつ病で入院しました 今回は早めに病院だったので回復は早いのかも 打ち込める何もない可愛そうな人 この世にはいくらでも 美しい音楽や小説の中の一文がある 獣のような一句や 雷のような音だってあるのに 何なら夕暮れ時に外に出てみればいい 替えがたく美しいものがあふれ 空ですら抱えきれぬほど広がり 誰のものでもなくやがて失われ 別れの星が控えめに飾られる 音楽の宇宙を散歩しているような指揮者がいた とても楽しそうに 彼の燕尾服の袖から手のひらがひらひらと踊る 何十人ものプロフェッショナルが一つの音楽を作る それは身体の臓器が連携して一つの命を作るようなものかな ばらばらだけど一つ 聞いたこともない拍手が止まない 君の思い出話も聞いてみようか お絵かきといえばタブレットに指で描いていたので いざ紙に描くとなるとしりごみしてました タブレットの絵は嫌ならすぐ消せるので それから前に戻るボタンがなくて不便でした 間違った線がすぐ消せないのは困ります すぐ消せるのがいいのか いいですね もうすぐにでも 消したくなります 本も全て電子書籍を読むので 紙の本て苦手ですね 頭に入ってこない 明るさが足りないのかも 五十も年が離れていればずいぶんと変わるものだ 昔は小説なんか読んでるとバカになると言われた 今は 動画ばかり見てるとバカになるよと言われます 他人の楽しみを破壊したり知らないことを無闇に恐れることを愚かという 急に涼しい風 雨は去り誰かが窓を開けてくれた 蒸し暑い夜は寝苦しく 何度も寝返りをうっては いるべき場所を探していた たぶんここではない 不安が大きい人はなかなかそれを手放さない 不安を手放すことすら恐れている むかし 姉とその子供がいて 二人にまじわるのは とても居心地が良かった その子の腕に数式を書いてやったこともあった 変わった子ですね 今急に思い出したよ あの子の名前を 掃除機を買おうと思ったんです とうとう動かなくなりました 色々ネットで調べ過ぎて 今なら何でも答えられますよ 掃除機について 一段式サイクロンと二段式サイクロンの違いなどどうですか 吸込仕事率とか いるべき場所はどこだろう そこに山や河はあるのだろうか 時が来ればそうすべき時にふさわしい場所へ行くだろう 今はその時ではないけれど ただいまと言えるだろうか 残していった物はまだあるだろうか 迷いますよ紙パック式かコードレスかとか 君は何の話をしているんだ 好きなものの話ですよ こんなに色々な事を話しているのに 真面目なあの人がどうやったら笑うのかまだわからない ---------------------------- [自由詩]雷を髪に飾ることはできる/ふるる[2020年10月28日9時37分] 雷を髪に飾ることはできる、とあの人は言いました。 プラスチックの黄色い髪留めのことかと思いました あるいは単なる冗談なのかと 朝食は取らない主義で それはお腹が弱いから 薄紫の傘が立て掛けてあり 雨の日は思い出します 話の前後がわからない 話がよく飛ぶ それだけで疎まれた マフラーは黄色が似合っていた 冬は何かと寒いので おでんの煮たまごが嬉しい 正解はここにある 温かいおいしさの上に 小さい頃から知っているとはいえ 空白が長い 共通の思い出をもてあましている 子供の単なる冗談など 風が囁きから嘆きにかわり また冬でした 冬になると思い出します 小石を蹴りながら帰る癖 今はどこかにいってしまった癖 手を繋ぐのをためらったのはどちらから 工場夜景見学に誘われて 重たいカメラに触らせてくれた 誘える人が他にいなくて 夜は怖いから 夜をいつまでも怖がる 震える手を繋いで少しだけ 歩きたかった 今度はこちらから誘おうかな 理由は何がいいだろう 一人ではだめな理由 二人三脚とか ぐらついた三脚を押さえてもらって 天井に星をぶら下げた 文化祭はお化け屋敷が人気 うちのクラスには閑古鳥が鳴くけれど 別にそれでよかった 学食のおにぎりは唐揚げにぎりがおすすめ ご飯に唐揚げの味がうつって美味しいから 絶対に食べてね それから 缶のココアを間違えて買ったからと言ってくれた 好きだけど 缶のココアはめちゃくちゃ甘い 残りが残ったまま持って帰った 冬なので息も白く マフラーに半分顔が隠れて話しやすい 目をそらしがちだけど 見ていたかった 世界史の教科書 生物の図解 電子辞書 出ない赤ペン 一緒に居眠りしている 後になって気づく 穏やかな時間だったと よく思い出せないけれど マフラーは黄色で 口が埋もれて見えなかったのが 良かった 泣き顔を見たときに 親しい関係でないことがこれほどつらいとは知らなかった すぐに触れて慰めることができない 理不尽な不自由 ココアの缶がまだとってあって べつにプレゼントされたわけでなし 捨てればいいのに いつでも捨てられるから なんて だって温かいからね そういう気持ちとかは 誰にでもは無理で 多分ずっとあって だから捨てない 多分この困難を乗り越えたら ずっと成長できているだろう 悲しみの中でも笑えることを覚えて 少し もう少し ここは観光地で秋はにぎやか バス停に人だかりができて 乗れない人は呆然とする なんてことは地元の人なら知ってる 何度聞いても内容が分からなかった 電子工学を新しくするための研究の研究って 役に立つのかどうかは きっと生きているうちはわからない でもするんだ 誰ががやらないとね マフラーについた雪の結晶が すぐに消えてしまう 思い出はそんなふうだから 何度も思い出して作り直さないと でもどこかには残っているから 引っ張られるのだと思う 触れていい許可を得るために告白するんだろうけれど 一番は泣いているときに慰めたい その役目を担いたい 何故そんなふうに思うんだろう 自分ではない人なのに ただ知っている人で 笑いかけてくれるというだけなのに 大学も就職も離れた場所で 久しぶり過ぎるくらい久しぶり 変わっていなかったのは 嬉しいし不思議 相変わらずお腹は弱いのかな 約束の雷 と言ってあの人はわたしの髪に触れました。 ---------------------------- (ファイルの終わり)