不可思議/wonderboy 2008年5月29日2時29分から2010年2月28日4時34分まで ---------------------------- [自由詩]ケムリ/不可思議/wonderboy[2008年5月29日2時29分] ジャンキー、ジャパニーズ、群れるドミトリー 一人になれないやつが集まり つまり どこに行ったって同じさ、 自分からは逃げられない 万物、世界の広さにひれ伏した俺は  大都会背後から迫り来る恐怖に 今日ふっと目を覚ましただけの背中のけだるさ 行き場を失った心と体 雲がかった近未来と何も映さないミラー 迷路のど真ん中で立ちすくむ心境 劣等感であふれる日本列島 救われない精神的ゲットー 自分の弱さを目の前に叩きつけられる感覚 選択肢という幸せ 幸せという選択肢 全てを白紙に戻し一から学び確信 精神の内面を深くえぐり出す作詩で かくして隠し持ったリリックというナイフで 毎日を切り裂くもいまだ未来は見えません だが絶えず答えを求め 湧き出る訴えを声にして歌え! 一匹の蒼き狼となり噛み付く 過密して見尽くした大都会と大人に 一匹の蒼き狼となり噛み付く 過密して見尽くした大都会と大人に もしもアダルトな世界がわかるとするなら 鋭く黒く光った瞳の果てに 派手に彩られた情熱の墓場 そう見えてるんだ今の俺には ジャンキー、ジャパニーズ、群れるドミトリー 一人になれないやつが集まり つまり どこに行ったって同じさ、 自分からは逃げられない ---------------------------- [自由詩]先生、あのね/不可思議/wonderboy[2008年9月12日8時00分] 先生、あのね アメンボ赤いなあいうえおっていうけど 僕は黒いアメンボしか知りません 先生、あのね 今日もお父さんはいろんな人を裁きました テレビの前で、ビールを飲みながら、ニュースを見ていろんな人を裁くのです 大忙しです 今日は、大麻を吸っていた力士を裁きました 突然辞めてしまった総理大臣を裁きました カビの生えていたお米を売っていた人を裁きました ロシアと戦争をしている国を裁きました 巨人はお金で選手を集めていると言っていました お父さんは正義の味方です お父さんが僕になにか話しかけました でも僕は何を言ってるかよくわからなかったのでシカトしました お母さんは精神安定剤を飲んでいました お姉ちゃんは他人の車にぶつけたのに塀にぶつかったと嘘をついていました 先生、あのね 僕は宇宙になりたい 宇宙を感じたいとか、宇宙のような音楽を聴きたいとか、宇宙のことを研究したいとかそういうんじゃなくて 宇宙そのものになりたいんだ でもまだ家族には言っていません だって恥ずかしいもの そんなの無理だって言われるかもしれないもの でも先生は夢はでっかく持ちなさいと言っていたからきっと応援してくれると思います 先生、宇宙になるにはどうしたらいいですか 何か資格をとったほうがいいですか 一回普通に就職して社会経験を積んだほうがいいですか 法律は勉強したほうがいいですか そうですね、ビッグバンは覚えたほうがいいですね 先生、あのね 帰りの電車の中で座ってたら、僕の前にそれほどかわいくない女子高生が座りました それほどかわいくなかったけれど なぜか無性にその子のスカートの中が気になりはじめました その女子高生のスカートの中にまっさらな真実があるという気がしてなりませんでした 僕はスカートの中を見ようと全神経を集中させました 最初は暗くてよくわからなかったのですが、僕はあきらめませんでした 先生がいつも「決してあきらめてはいけない」と言ってくれるのを思い出しました すると光の差し込み加減も幸いして、なんだか白いものが かすかではありますが、はっきりと、見えたのです でもまだまだ真実にはほど遠いという印象を僕は受けたので 凝視をおこたりませんでした いささかまわりの人の目が気になる気もしましたが、 先生がいつも「まわりの目なんか気にせず、一生懸命やれ」と言ってくれるのを思い出しました 僕は勇気が湧いてきました すると、どうでしょう スカートの奥に見えた白いものはなんだか扉の形をしているではありませんか ドアノブの形まではっきりと見えます さらに驚いたことには、扉の前で手をこまねいている者がいるのです ウサギさんです! まあなんと 童話の世界でしかその姿を知らなかった僕ですが こんなところでお目にかかることができるなんて やあ、ウサギさん、はじめまして 彼はにっこり微笑むと、おもむろに扉を開けました すると、おそらくスカートの奥の真実と、こちらの世界では気圧がずいぶん違っていたのでしょう 僕は思いっきり女子高生のスカートの中の白い扉の中の世界(おそらくそれは真実だろうと僕は思います)に吸い込まれ、頭を突っ込む格好になりました 僕はそこに宇宙を見ました いくつもの星が生まれては消え、生まれては消えする真っ暗闇の中 僕は四つんばいで頭を突っ込んでいる格好なのにもかかわらず、あおむけになっている気がしましたし、ぐるぐる体が回転しているような気もしました 地球が見えました  月が見えました ウサギさんは手を振っています 僕はひどく地球に嫉妬していたように思います 宇宙に嫉妬していたように思います これほどに美しい惑星たちを無言のうちに包み込む力、優しさ 宇宙からは学ぶべきことが無限にありました と、僕は突然外から強く、それは暴力といってもいいくらいの強い力で引っ張られるのを感じました 僕は男たちに羽交い絞めにされていました 女子高生は泣いていました 「やめろ、僕は真実を見たかっただけなのだ」と叫びました 駅員に突き出されました 警察が来ました 僕は警察に言われた通りありのままを話しました 殴られました 先生がいつも「自分に正直でなくてはなりません」と言ってくれたことを思い出しました その言葉だけが僕の支えでした 警察は紙に「私は変態です」と書かせました 先生、あのね こないだディズニーランドに行ってきました ミッキーマウスの中身は人間なんだよ、ほんとだよ ---------------------------- [自由詩]人殺しのカクテル/不可思議/wonderboy[2008年9月17日23時04分] 人殺しのカクテル 絞め殺した女の子の幽霊と交わる ブルーレイよりも鮮明な快楽へ導く 一字一句なぞるようにディック握る手つき目つき 突き出した唇の内に住む堕天使 精神と生と死を整頓したいがために ビデオカメラセットし、ことに及ぶベッドシーン しれっとするも幽霊とは思えない舌使い 悪戯に微笑む顔に興奮を隠せない そもそもあれは殺人と呼ぶには静か過ぎた 驚かすも何も彼女は一言も発さなかった 僕といえば慣れた手つき初めてなのに躊躇せずに 自然に、不自然なほど自然に首を絞めた 湿ったシーツの上で硬くなったその死体を 額に汗しながら土を掘って山に埋めた 愛とは死の向こう側にあることもあるのだ 死とは愛のために積極的でさえあるのだ 地下の通り街角、沈黙を裂くラブラドール ふかす煙草空き箱、足跡は消したはずだと はじめからこうなることはわかっていたんだ それは後悔ですらない幸か不幸かただの過去だ 不恰好なままで訪れた行きつけのカウンター まぶた閉じたままで運ぶ酒を流し込んだ 混んだ店の中のどんな声も音に聞こえず 濁った海の中を一人歩くような気分さ 口塞ぐ道草、今日からは一人だ いくら飲んだって俺に文句言う奴などいないぞ 溶解して溶けて消える今日と明日の境目 壊滅的な意識辿る宙泳ぐ赤い目 儀式的一杯目 意識的二杯目 三杯目以降はどれも同じ味がするぜ 数センチの泡に写る屈折した自画像 自尊心は歪むやめろ、これは俺じゃないぞ 叫ぶ声はかすれる、時が経てば忘れる 言い聞かせれば言い聞かせるほど彼女の顔が浮かぶ ビートニクの朗読と盲目のピアニスト 目の前の演奏が遥か遠くに聞こえる 違う、俺は自由だ、俺は自由なんだと 言い聞かしていることで正常を保てる いくら飲んだって俺に文句を言う奴などいないぞ 叫ぶ声は虚しく なぜか涙溢れる 窓の外を眺める 冬の雨は冷たく 濡れた石畳が写す街頭が導く 必要以上の沈黙が明日を閉ざす監獄 やっぱりこの部屋は一人では広すぎる しばらくの間ソファで寝てたんだと思う 一時間だったかもしれないし、一日だったかもしれない ベルが鳴ったので玄関から外を覗き込んだ 死んだはずの彼女がそこに立ってたんだ 「まぁ中に入れよ、ずっと待ってたんだ」 人目で彼女が幽霊だということはわかった 「何か飲むだろ?簡単なカクテルでいいかな」 「好いわよ」雨で濡れた髪が奇麗だった 彼女には足があったし、触れることもできた でも間違いなく彼女は幽霊そのものだった たった一つ殺す前と違いがあるとすれば 死ぬ前よりずっと、生きてるみたいだった 絞め殺した女の子の幽霊と交わる ブルーレイよりも鮮明な快楽へ導く 一字一句なぞるようにディック握る手つき目つき 突き出した唇の内に住む堕天使 精神と生と死を整頓したいがために ビデオカメラセットし、ことに及ぶベッドシーン しれっとするも幽霊とは思えない舌使い 悪戯に微笑む顔に興奮を隠せない 朝日が胸に刺さり、ふっと目を覚ました すでに彼女の姿はどこにもなかった 不確かな彼女の確かな存在感が 部屋の中にかすかに残っていただけだった ---------------------------- [自由詩]深夜のコンビニバイトと宇宙の言葉/不可思議/wonderboy[2008年9月17日23時08分] たぶん、あの夜の、ファミリーマート狭山台南店は 俗にいう時間のねじれに迷い込んでしまったせいで 風に飛ばされたトランプみたいにいろんな感情が それは、言葉というフォルムをまとう前の姿で、むき出しで 店中に散らかってしまったんだと思う。 太陽系、第三惑星、地球の、ファミリーマート狭山台南店の 八月二十一日は、あったはずの記事を探しても探しても 見つからないときの雑誌みたいに、宇宙空間に放り出されてしまった。 どこかに消えた八月二十一日というエピソードの1ページは 長い時間(それは僕らの時間感覚から言えば「永遠」と言ってしまってぜんぜん差し支えないほど長い時間)宇宙空間を旅したあげく、遠い遠い地球と似たような星(それはアンドロメダ銀河をちょっと右に曲がったところにある)の、考古学者フィリプス氏によって発見され、当時の、特に八月二十一日の地球の人間がどういった生活を営んでいたかというとても貴重な民俗学的資料として、学会で発表されたのち、世紀の大発見として、世界から大注目をあびることになる。 今から語られる物語はそのほんの一部である。 * 「山口センパーイ、ちょっとちょっとー、月と地球が付き合ってるって知ってましたー?」 「いやー、それはないだろー、月は土星とできてるって話だぜー、あの輪っかがすごくイイらしいぜー」 「いやいやだって今週のフライデーに月と地球がディープキスしてる写真が載ってんすよー、ガチですよー」 僕は宇宙のコンビニ狭山台南店のレジ打ちバイト始めて半年になるが、ぼけーっと客を見ていると、僕の知らない人は全員変態なんじゃないかと思うことがある いや、でも実際は僕だけが変態なのだろう 宇宙のコンビニファミリーマート狭山台南店にはいろんな人がやって来る 例えば火星人 火星人は自転車でやって来るなり「自転車の空気入れない?空気入れ」などとわけのわからないことを言ってくる「パンクしちゃって乗れないんだよー」パンクしてるんならチャリでコンビニ来るなよーと思いながら、空気入れを探す振りをして、適当に「ないっすねー」とか言うと「ないかなぁ、パンクしちゃって乗れないんだよぉー」などと、とてもめんどくさい ようやく帰る気になったかと思うと「これ、あけて」と言って日本酒のフタを僕に開けさせる。火星人は日本酒が大好きだ。だからいつも臭くてたまらない 他にもたくさん紹介したい人がいるのだけれど、八月二十一日はちょっとそれどころじゃなかった、というのも僕は今までにないくらいの性欲の波に襲われていたのだ きっと僕だけが変態なんだと思う 僕はレジを打ちながら、僕のペニスは激しく勃起していた そう、僕のペニスは激しく勃起していたんだ 非常に、完全に勃起していた フルボッキだった 僕はレジにやって来るかわいい女の子とはだいたい頭の中でセックスした 「彼女ほしいっすねー」とか言って本当は彼女なんてどうでもよかった はっきり言って、僕は、いや、ここは絶対はっきり言わない方がいいに決まってる 言葉を濁した方が、オブラートに包んだ方が、詩的に表現した方が絶対に… 「セックスがしたいだけです!」 あぁ、言っちゃたよぉ、別にそんなの言わなくたっていいのによぉ、 そんなの周知の事実だし、暗黙の了解じゃんかよぉ 言ったらおしまいじゃんかよぉ /// 僕のペニスは天井を突き抜けた /// 「僕のペニスは天井を突き抜けた!」やったぞ!でかいぞ!新記録!金メダル! 金メダルはペニスにかけてもらわなきゃなぁ 「おーい、雑誌出すの手伝えよ〜」 「すみませーん、山口センパイ、ペニスが天井突き抜けちゃって動けませーん!」 「おいおい全然言い訳になってねーぞー」 そんな中かわいらしい女子大生ライクな女の子がおにぎりを買いにレジに来たので、僕はどうにかごまかそうとして、ちょっとこう、腰をかがめてみたりしたんだけど 「全然だめー!!」 突き抜けちゃってるから 女子大生は見て見ぬ振りをしていました 僕の性欲は、とどまることを知らず 宇宙空間に放り出された僕の亀頭はどんどん硬く、力強くなっていき、まるで漆黒の海で 暴れまわるドラゴンのようでした 僕のドラゴンのようなペニスはどんどんどんどん膨張して突き進みました 「土星を、土星を犯すんだ!」 僕のペニスは光の速さを超えて突き進んだ もはや誰にも止められなかった いくつかの隕石が当たったが、隕石の方が砕け散った 流星群は自ら足を止めた 「あの輪っかがイイんだよ!最高だよ!」 僕のペニスはついに土星に辿り着き、一突きで土星を破壊した 「あぁ、最高だよ」 僕の精液は天の川へと注ぎ込んだ 「僕は来年、小学校の先生になるんだぁ」 ---------------------------- [自由詩]タマトギ/不可思議/wonderboy[2009年1月10日16時04分] 遥か昔、人々がまだ目に見えぬものを信じていた頃、タマトギは島に一人はいたものだという伝承が南方の島々にだけ残っている。 涼しい夜を 選んで歩く 月夜が照らす 道を明るく  男は行くあてなどない旅の身 それでも確信的な足取りで 「何かが導いてるのだろうか」 方角は不思議と定まりゆく うずく 何か 左胸のあたり 意思すら感じる 体の中に その時だった 男のそばを 一筋の光が通り過ぎる 蛍だろうか 蛍にしては いささか光が大きすぎるな 好奇の心 男はすでに 光を追うのを抑えられない 景色は開ける 言葉を失う 村 一面に 光の群れが 今日も老人は魂を研ぐ あらゆる風景が生死を説く 旅人は繰り返す毎日を問う 月や波が音を纏う 今日も老人は魂を研ぐ 嘘のない心が錆びぬようにと 旅人は繰り返す毎日を問う 膨大な時間に足すくまぬようにと あらゆる風景に神様が居た頃 道具や厠にも神様が居た頃 儀式や祈りが意味を持っていた頃 目に見えぬものを信じていた頃 人々が自然を愛していた頃 人々が家族を愛していた頃 人々が恵みに感謝していた頃 誰にでも帰るべき居場所があった頃 水面に映る 満月の晩に それぞれの魂は旅路を急ぐ 生ける者 死す者 ありとしある魂が 一人の老婆に集まり来る 魂たちは行列をつくり 互いに共鳴し 光を放つ 連なる輝き 一つ一つが やがては一本の大河となる 今日も老人は魂を研ぐ あらゆる風景が生死を説く 旅人は繰り返す毎日を問う 月や波が音を纏う 今日も老人は魂を研ぐ 嘘のない心が錆びぬようにと 旅人は繰り返す毎日を問う 膨大な時間に足すくまぬようにと あらゆる風景に神様が居た頃 道具や厠にも神様が居た頃 儀式や祈りが意味を持っていた頃 目に見えぬものを信じていた頃 人々が自然を愛していた頃 人々が家族を愛していた頃 人々が恵みに感謝していた頃 誰にでも帰るべき居場所があった頃 ついに男は老婆に会う 幾重にも重なる光が取り巻く 無愛想が似合う 表情の中から 何かを知ろうと言葉を待つ 「私はタマトギ 魂を研ぐ者 光の塊は 魂そのもの」 老婆の声は井戸より深く 男はなぜか一歩も動けず 「私にそれを預けてはどうか」 老婆の両手は男の胸に 男は倒れる かすかに聞こえる 生死の間に境は無いと 今日も老人は魂を研ぐ あらゆる風景が生死を説く 旅人は繰り返す毎日を問う 月や波が音を纏う 今日も老人は魂を研ぐ 嘘のない心が錆びぬようにと 旅人は繰り返す毎日を問う 膨大な時間に足すくまぬようにと あらゆる風景に神様が居た頃 道具や厠にも神様が居た頃 儀式や祈りが意味を持っていた頃 目に見えぬものを信じていた頃 人々が自然を愛していた頃 人々が家族を愛していた頃 人々が恵みに感謝していた頃 誰にでも帰るべき居場所があった頃 ---------------------------- [自由詩]続・素顔同盟/不可思議/wonderboy[2009年5月25日0時35分] 注) 続・素顔同盟 先生は社会を教えていた。 「……つまり、市民が仮面をつけだしたことによって、人と人との摩擦はすっかりなくなり、平穏な毎日を送れるようになった……。」  先生は教壇の上で仮面に笑顔を浮かべ、熱弁をふるっている。 「……この便利さを、一度手にしてからは、元に戻るわけにはいかなくなった。やがて、この仮面は法令化され、制度として確立されるようになった……。」  僕は隣の友人の顔を見た。必死にノートをとっている彼の顔もまた笑顔だった。それと同じ笑顔が四十個(僕の笑顔も含めて)先生に向けられているのを、先生が同じ笑顔で受け止めている。 「……きみたちも現在、義務として仮面を着用しているわけだが、不便を感じたことがあっただろうか。考えてもみなさい。もし、きみたちが仮面をはずし、喜怒哀楽をそのまま表したりしたら……。」 「……仮面をはずすという反社会的な行為が、人々に不安と恐れを与えるのは当然だ。そのような者を排除して、健全な社会を保とうとするのは……。」 「ねえねえでもさ、みんなの仮面の下に隠しているのが本当のぼくたちの姿じゃないのかな。」 「おい、そこ。さっきから、うるさいぞ。静かに!」 と先生は笑顔で僕に言った。 あれから10年、俺はサラリーマンになっていた。この、高度に仮面化された社会において仮面の技術はさらに進歩し、幾百もの笑顔を人々は使いこなせるようになっていた。  そのかいあってか、この10年間、人々の間で争いとよべるほどの争いは起きていなかったし、それどころか、街中でけんかするような輩さえ俺は見たことがない。 俺がまだ小さくて、もの心も付いていなかった頃は、素顔同盟原理主義という地下で活動する団体が何度かクーデターを起こそうと、大学をバリケードで封鎖したり国会議事堂前を長蛇の列でデモ行進したりしたこともあったが、もはや世界的規準となろうとしていた仮面社会の前に屈せざるをえなかった、という話を親から聞いたこともあった。だがそれも今や、昔の話だ。 仮面の技術が進歩すれば進歩するほど、この国は豊かになっていくと誰もが信じてやまなかったし、実際にこの10年間この国のGDPは右肩上がりであった。 今から語られるのはそんな幸せそうな社会を生きる青年の物語であり、感情を走り書きしたような雑多な詩のようなものである。 今晩も一度落ちてしまったら持ち上げられないくらいの超重量級のため息をつくのだ 満面の笑みで 煮え切らない人生のやるせなさを嘆く 満面の笑みで 満面の笑みでバスに乗り  満面の笑みで 将来の不安を友達に相談し 満面の笑みで 僕らはどこからきてどこへ行くのだろうと月夜を眺める 満面の笑みで 日曜の夜にしがみつく が振り落とされる ああ俺はもっとドープでアングラでハーコーだと思っていたのに ベッドにもぐりこむたびに羊を数えなきゃいけないんじゃあ その辺のサラリーマンと同じかそれ以下の適当な有機物に過ぎないってわけか ああ今日も月が出ている ああむかつく あいつの言っていることは正しいからむかつく 非の打ちどころがないからむかつく 非の打ちどころがないやつを俺は愛せない 正しいことを言うことは決して正しくないのに みんなそれに気づいていないんだ 地球がメツボーしてから泣けばいい そうだあいつを訴えよう 「裁判長、あいつは正しいことしか言いません!懲役五年でどうでしょう! とても真面目で努力家で、誰にでも優しくて、仕事ができて 謙虚で笑顔の素敵な彼を牢屋に放り込んでください!」 と言った俺が今独居房でこうして詩を書いていることを 不条理と言わずして何と呼ぶのだろう 先生にほめられたい!先生にほめられたい! 先生を怒らせたくない!先生の安心した顔が見たい! しーずかーにーしーろーよー先生が話してんだろー お母さんにほめられたい!お父さんにほめられたい! 滝弥さんにほめられたい!ユーリさんにほめられたい!三角さんにほめられたい! 遠藤ミチロウさんにほめられたい!俺はしかられたくないんだ! って言うと、お客さんは俺がそう思ってると思うと思いますが 本当はそんなこと微塵も思ってなくて 実際にはお客さんがそう思うと思ってわざと 俺はこんなことを言ってるのかもしれません さあどっちでしょう どっちなの?どっちだって良い!と思うならそれでも結構 だが事実、あなたはすでに、もう俺のパフォーマンスを信用できなくなっている! はーい、らっしゃいらっしゃい安いよ、安いよ〜 仮面の大安売りだよ〜 おいおいお兄さん、どうしたの〜 笑顔がひきつっちゃってるよ〜 それ何世代前の仮面? そろそろ買い換えたほうがいいんじゃないの〜? ほら、今はね、すごいの出てるから。 K904iシリーズの最新版 これはね、あなたが「こんな笑顔が良い」って思っただけで 仮面に内蔵されたセンサーがそれを敏感に読み取って なんと300種類以上もの笑顔を自動的に作り出せちゃう優れもの! ポケモンの種類より多いでしょ! え?今は493種類なの?ごめんおじさん赤と緑しか知らないから まあいいやお兄さんのその素敵な笑顔に免じて 通常価格25000円のところを今ならこの羽毛布団もつけて 19,800円のご奉仕価格! お!お買い上げ!まいどあり〜! YouTubeの動画が逆さまに映って見づらい夢を見る ライブで歌詞を思い出せない夢を見る 叫んでいるのに声が出ていない 不思議なライブ会場で審査員が旗をあげて勝敗を決めている様子を 俺は虫カゴの中の虫を見るようにして見ている 役に立たない夢ばかり見て俺は その辺のサラリーマンと同じかそれ以下の適当な有機物に過ぎないってわけか ああ 今日も月が出ている 5月22日 本日もきれいごとを並べ立てまつり候。 新しい彼女に早漏であることをごまかすために 「ゴメン、今日疲れちゃってさぁ」と申し上げたてまつり候。 5月23日の会話。 「ねぇねぇ石田くんってさぁ音楽やってるんでしょお?」 「僕ですか?うんまぁそうですねぇ…やってますねぇ…」 「バンド?バンドでしょ?楽器弾けるの?え?ボーカル?あ、わかった。ボーカルだぁ。 ボーカルっぽいもん!」 「まぁ、ボーカルちゃあボーカルみたいなもんです…」 「ジャンルは?ジャンル?」 「ジャンルですか?ジャンル?はえーっとお…、ポエトリー…いやラップかな。まぁラップみたいなもんだと思って頂ければ…」 「え〜石田くんラッパーだぁ!Yo!Yo!やってよやってよYo!!Yo!!Yeah!!」 「YO!とかは言わないです。Yeah!!とかも言わないです、今時言う人いないですよぉ〜?やめてくださいよぉ〜。」 「いや、でもわかるよ、俺もさ、こうみえても昔はバンドやってたんだから!コピーバンドなんだけど、GLAYとかラルクとか、俺らの頃はめっちゃ流行っててぇ」 「えー、かっこいいじゃないですかぁ!」 5月24日 俺は社会人になってからも、PSPよりもワンセグケータイよりも 優れものであるこの仮面を肌身離さず持ち歩いている。 今日も懐に仮面を忍ばせていつなんどきも笑顔を作れるようにしている。 そんな日のある昼休みのことだ ブサイクな同期の女が向こうからやってくる。  髪の毛はつやがなく縮れ、目はきれいな一重まぶたで、鼻は上を向き、口元はカエルのようにだらしなく、いつも全世界の不幸を一人で抱え込んでいるような顔をしている。  たまには微笑みかけてやろうと思って微笑みかけたらシカトされた。  あいつは素顔同盟の一員じゃあないのか、なんて冗談を同僚と言い合う。  * 「ワンダーボーイさん、それでは取材のほう始めさせていただきます。ワンダーボーイさんの1stアルバム不可思議奇譚がインディーズから発売されたにもかかわらず オリコンヒットチャートの4位に食い込むという歴史的な偉業を成し遂げたわけですが今のお気持ちをうかがってもよろしいでしょうか。」 「いや、気持ちってゆうか、気持ちもなにも、みんなただホンモノを求めていただけってゆうか、うん、まぁだからさ、当然の結果っちゃあ当然の結果なんだよね。」 「なるほど。今のシーンにおいてホンモノの音楽というのは非常に少ないですからね。 でもワンダーさん、今回のこの事件、あ、いやもうこれは事件と言ってもいいでしょう 。この事件の本当の凄さというのはワンダーさんのやっているこのジャンルにあると思うんです。なんていうんですか?これは。ポエトリーリーディングというかぁラップとゆうかぁ、スポークンワーズってゆうんですかねぇ?どうなんですか?」 「ふんふん、ふんふんふん、うん、それね、すげぇ良い質問。やっぱさ、みんなちょっとジャンルにとらわれ過ぎ?いろんなもん聴かないと、ラップだけ聴いてラップしてるやつってやっぱつまんないじゃん?うんポエトリーリーディングも聴いて演劇も見て落語とか講談とか?ほら、お経だってあれある意味ラップじゃん?だからそういうのをぜーんぶひっくるめた上でラップなりスポークンワーズなり一つの表現に落とし込んでいく?そういうのが必要?今のシーンには。うーん」 「なるほど〜深いですねぇ、そもそもスポークンワーズをはじめたきっかけっていうのはなんだったんですか?」 「きっかけ。そこにあったんだよ、言葉がさ。」 「言葉のアルピニストですねぇ。ワンダーさんはヒップホップ嫌いなのにどうしてラップもされているんですか?」 「そうだなぁ…使命感?」 「では最後に、あ、これは聞かないほうがいいなぁ…。」 「いや、なになに言ってよ。」 「いやちょっと」 「大丈夫だから」 「え、わんだーさんってぇ、ラップ…うまくないっすよね?」 そんな夢を見たり あのブサイクな同期の女にシカトされてからというもの俺はなんだか調子が出ないのだ こうしている間にも俺はあのブサイクな同期の女が気になって仕方がないでいる。 いつも可愛く微笑んでくれるガールフレンドのキティちゃんやミニーちゃんが充満する カワイイお部屋で、あのブサイクな同期の女のことを考えている。 彼女は今、夕ご飯をつくってくれている。 キティちゃんが俺に微笑みかける。 ミニーちゃんが俺に微笑みかける。 彼女が俺に微笑みかける。 俺のペニスはいつの間にか彼女の中に入っている。 俺のペニスが彼女の中に入っているというのに 俺は同期のブサイクな女のことを考えている。 俺は同期のブサイクな女のことを考えながらも 彼女の口の中に指を這わせている。 俺は息を切らしながら彼女に問いかける。 「ねえ、君の、今の、表情は、迫真の、演技?」 「迫真の、演技よ、決まってるじゃ、ない」と 言った彼女に一体俺はどう思ってると思われているのか。 彼女はどうしてそんなことを言ったのか。 本当は素の表情だったから恥ずかしくて迫真の演技だと言ったのか。 いや本当は、本当に迫真の演技だけど素の表情だったから恥ずかしくて 迫真の演技だと言ったと思わせたくて迫真の演技だと言ったのか。 いやいや、本当に本当は素の表情だったんだけど、実際は迫真の演技で 素の表情だったから恥ずかしくて迫真の演技だと俺に思わせたいと思って 迫真の演技だと言ったのか! ああ!今一本のペニスでつながる君と俺との間には 100万光年の距離があるとは言えないか! そのときだった! 俺は彼女の顔に思いっきり手を突っ込み彼女の仮面をベリベリと剥がしはじめた! まるで岸部露伴のヘブンズドアーみたいに! ねぇどこなの?どこなの?本当の君はどこなの? 何枚はがしても何枚はがしても何枚はがしても次から次へ新しい仮面が出てきて ついには何もなくなってしまった― むかついたのでキティちゃんに手を突っ込んでミニーちゃんに手を突っ込んでベリベリ と剥がす。 すると中からおっさんが出てきて 俺の彼女なんかより全然リアルで 俺は泣いた。 満面の笑みで。 部屋中に彼女の笑顔が散乱していた。 おっさんだけが悲しそうな顔をして俺を憐れんでくれた。 俺たちは、素の表情なんて一つももってやしないんだ!! 俺は喪失感や、少しの怒りや、諦めやとにかく複雑な気持ちで出社した。 でももちろん顔は笑顔だった。 技術は進歩しているのだ。 会社に着きエレベーターに乗るとあのブサイクな同期の女と乗り合わせた。 二人きりだった。 髪の毛はつやがなく縮れ、目はきれいな一重まぶたで、鼻は天井を差し、口元はカエルの ようにだらしなく、相変わらず全世界の不幸を一人で抱え込んでいるような醜い表情で あった。 が、しかし俺は同時にこの女を見ていると心が休まる自分がいることに気付いた。 それどころか俺はこの女に惹かれているような気さえする。 今ならこの女に挨拶してやってもいい気がして挨拶をすると シカトされた。 だが女は少し微笑んでいるように見えた。 エレベーターのドアが開く直前に 「ねえ、あなたは素質があると思うわ」 と女は言った。 「素顔同盟に入らない?」 注)冒頭 すやまたけし『素顔同盟』から一部引用  ---------------------------- [自由詩]朝起きると雨が降ってたんだ/不可思議/wonderboy[2009年6月14日20時54分] 朝起きると雨が降ってたんだ。 休みの日に雨が降っていると僕はすげー落ち着いた気持ちになれるんだ。 でもその日はダメだった。なんだか頭が痛かった。 そうだ、すげー憂鬱な夢を見たんだ。きっとそのせいだ。 僕は幸運にもPerfumeのライブ会場の設営のスタッフに選ばれたんだ。 僕はライブ会場のスタッフだからライブ中にお客さんが悪いことをしないか 見張ってなきゃいけなかった。 そうは言ってもみんなPerfumeが好きで見に来てるから 悪いことをするやつなんていないし 僕は「ケータイカメラでの撮影はご遠慮ねがいまーす」とかしか言うことはないはずだ。 でもその日は違った。 始まったときから変な雰囲気だったんだ。 みんな三人が登場しても全然盛り上がらないし、 座って見てる人もいる。それどころかとても不快そうな顔をして ヤジを飛ばす人さえいる。 僕は頭にきてそいつを会場からつまみだした。だってそいつは あからさまに僕の大好きなあ〜ちゃんの悪口を言っていたからだ。 そんな言葉ライブ会場で聞きたくなんかないし、みんなそう思ってるはずだ。 でもおかしなことにみんなそいつに対して何も言わなかった。 それどころかそいつの言うことを煽るやつまでいる。 一体どうしちまったんだ。 しばらくしてからもっとおかしなことが起きたんだ。 会場の西側半分の照明が明るくなって 西側のお客さんが帰りはじめたんだ。まだライブは終わってないのに。 それでもPerfumeの3人は笑顔で踊り続けた。嫌な顔一つ見せなかった。 なんとかフィナーレを迎えることができたが最後の最後までまったく盛り上がらなかった。 ライブは終わりスタッフの僕らは片づけの前にいったん集合した。 真ん中にはPerfumeの3人がいて、あ〜ちゃんがスタッフの僕たちにねぎらいの言葉をかけてくれた。 ライブが盛り上がらなかったのは僕たちスタッフの責任もあるはずなのに、スタッフのみなさんはとても頑張ってくれた、とあ〜ちゃんは言った。僕はとても嬉しかったし、ますますあ〜ちゃんのファンになった。 そうだ!あ〜ちゃんにデモCDを渡そう! 僕は普段スポークンワーズをやっていて結構僕の曲をほめてくれる人もいるんだぞ! なかには絶賛してくれる人もいるし、なんどかスラムでも優勝してる! ん〜でもあ〜ちゃんはスポークンワーズとかラップには興味ないかもしれないな そうだ、じゃあ女の子でも聞きやすい「銀河鉄道の夜」と「世界征服やめた」だけをCDに入れて渡そう!そしたら、あ〜ちゃんも聞いてくれるかもしれない! 実はもうそのCDはバックの中に入っていたから、バックからCDを出してどうにかしてあ〜ちゃんに近づいてそれを渡すだけだ!よし!絶対に渡そう! あ〜ちゃんが僕のCDをCDプレイヤーに入れて再生ボタンを押すところを想像しただけでわくわくした。 でもそのときだ。 僕はスタッフの中の偉い人に呼び止められた。 「おい、お前は水槽の中のワニを殺しただろう」 「…水槽の中のワニ?」 僕は彼が何を言ってるのかわからなかった。 なんでPerfumeのライブ会場に水槽なんかあるんだ? 百歩譲って水槽があったとしてなんでその中にワニが入ってるんだ? 二百歩譲って水槽の中にワニが入っていたとしてどうして俺がワニを殺すんだ? ってゆうかどうやって殺すんだ?この細い腕で。 でも確かにその男が指差す方向には水槽の中にちゃんとワニが入っていたし、 ちゃんと血だらけで死んでいた。 「みんなお前がやったと言っている。」と男は言った。 「殺してしまったことはいいんだ。仕方がない。もう過ぎたことだ。誰にでも過ちはある。 だがお前は後始末をしなければならない。ワニを処分して水槽をきれいにするんだ。俺の言ってることはわかるな?」 わからない。ぜんぜんわからなかったが、その男には有無を言わせぬ雰囲気があったし、周りのスタッフが俺のほうをちらちら見ながら侮蔑の視線を送っていた。 僕は何も言い返せずに、水槽を片づける羽目になった。 僕は水槽からワニを引っ張り出し、タワシでごしごしと血だらけの水槽をこすりはじめた。 ワニの血は水槽のガラスにこびりついてなかなかとれなかった。 なんでこんなことをしなけりゃならないんだ。 僕はあ〜ちゃんのことを考えた。 あ〜ちゃんはあとどのくらいこの会場に残っているのだろう。 早くしないとあ〜ちゃんは帰ってしまうかもしれない。 僕はタワシでこすりながら会場を見渡した。 あ〜ちゃんはどこだろう。さっきまでは近くにいたんだ。 もう楽屋に戻ってしまったのだろうか。 アルバイトのスタッフが黙々とステージを崩していた。 あ〜ちゃんの姿は見えない。 水槽にこびりついた血はどれだけ強くこすっても落ちることはなかった。 僕は思いっきり泣きたくなった。 なんで! なんで!なんでこんなことをしなくちゃならないんだー!!!! そこで目が覚めた。 僕は昨晩の悪い夢をひきづりながらもパソコンの電源を入れてインターネットを開いた。 そう、昨晩のっちの熱愛が発覚していたんだ。 ストレイテナーというバンドのボーカルとのお泊まり愛がフライデーされていた。 2ちゃんねるやミクシーは大荒れだった。 多くの2ちゃんねらーはのっちのことをビッチと吐き捨てていた。もっとひどいことを言っている人もいた。 ミクシーではこのニュースに関して、1700件以上もの日記が書かれ 2ちゃんねるほど言葉は汚くないにしろ、同じようなことが書かれていた。 「どこにでもいそうな女の子」が売りのアイドルが実際にどこにでもいるような女の子であることがわかった瞬間に世間の目は、いや誰よりもファンが一番冷たかったのだ。 あれから1年後、Perfumeの人気は急速に落ちていた。 ちょうどその年の6月の中旬のことだった。 その朝のことは一生忘れないだろう。 その日は休日で朝から雨が降っていた。休みの日に雨が降っていると僕は落ち着いた気分になれるんだ。 でもその日はダメだった。頭がひどく痛かったし、吐き気すらした。なんだかとても嫌な胸騒ぎがした。 そのどうにもならない気分を引きづりながら僕はテレビをつけた。 見慣れた名前がすぐに飛び込んできた。 「Perfumeののっちこと大本彩乃(20)死亡。自殺か。」 のっちが住んでいたと見られるマンションの前に多くの報道陣が詰めかけていた。 レポーターはその場の緊迫感を伝えるには十分すぎるほどの表情をしていた。 どのチャンネルを回してものっちの自殺で持ちきりだった。 一瞬何が起きたのか全くわからなかった。 でも次の瞬間には何が起きたのか、わかりすぎるほどにわかっていた。 男は僕に 「おい、お前は水槽の中のワニを殺しただろう?」 と言った。 「みんなお前がやったと言っている。俺の言っていることはわかるな?」 わかる。とてもわかる。わかりすぎるほどだよ。 と僕は心の中で言った。 ---------------------------- [自由詩]銀河鉄道の夜/不可思議/wonderboy[2009年8月2日15時20分] カーテン越しに差し込む光で目が覚める 心臓に手を当て今日も生きてることを確かめる 窓を開けても見慣れたあの風景はないけど その代わり見えるのは青く光る地球だ このステーションに来てからもう一ヶ月が経ちます 銀河鉄道のレールは着々と延びていきます 無重力にも宇宙服にも慣れたけど 君のいない朝にはいまだに慣れることができません 出発前日の君の表情を思い出すたび 家を出る直前にくれたお守りを握り締めるたび 何度となく胸がしめつけられるけど 許して欲しいこれが僕の夢ってゆうやつだ 銀河鉄道のレールをつくるっていうこの仕事は 想像していた以上にやりがいのある仕事です あらかじめ決められたレールをただ走るのではなく 自分でそのレールをつくっていけるのだから はからずともこの仕事に人生を重ね合わせて どこまでもどこまでも続いていくこのレールを 見たときに太陽の光を反射して輝く その光景の美しさを僕は言葉にできません ちょうど今も地球がはっきりと見下ろせる 日本は夜だから君はぐっすりと眠っているのかもしれない 宇宙の片隅で君の寝顔を想像するなんて そんなこと10年前に誰が想像しただろう! この人類初の銀河鉄道が開通したらすぐにでも 君を連れてもう一度ここに来ようと思ってる この神秘的な奇跡を次は2人で見たいから もう少しもう少しだけそこで待っていてくれよ 人類初の銀河鉄道が開通したらすぐにでも 作業場で拾った一番星を持って帰ろうと思ってる この神秘的な輝きを君にも見せたいから もう少しもう少しだけそこで待っていてくれよ こんなふうに離ればなれになってしまうことは 寂しいけれど決して悪いことばかりではなくて お互いを成長させたりもするから今は ありがとうとかまた会おうとかありふれたことが言いたい こんなふうに離ればなれになってしまうことで 君の大切さが身にしみてわかるきっかけになってる たくさんの言いたいことがあるはずだったけど今は ありがとうとかまた会おうとかありふれたことが  言いたい カーテン越しに差し込む光で目が覚めます 心臓に手を当てるあなたの癖を思い出します 窓を開けるといつもと変わらない風景だけど 近頃は逆に私を安心させてくれます あなたが行ってしまってからもう一ヶ月が経ちます 銀河鉄道のレールは着々と延びているというニュースが こちらではひっきりなしでもう慣れましたが あなたのいない朝にはいまだに慣れることができません 出発前日のあなたの表情を思い出すたび 私の心は不安で壊れそうになりますが いつだって向こう見ずなあなたのことです それがあなたの夢なら私の夢にもなります 銀河鉄道のレールをつくるという仕事はいまだに 私にはとても想像することもできませんが どうなってしまうのかさっぱり想像できないところが よく考えればあなたの人生そのものに見えます こちらではもうすぐ七夕がやってきて 天の川がまっさらな夜に星の橋を掛けます その下では子どもたちが短冊に祈っているそんな 当たり前の風景をあなたは覚えていますか? 何本もの花火が何もない夜に咲きます こうして空を見上げていると不思議な気持ちになります なぜだかわからないんだけど涙があふれてきて ねえあなた本当にこの空の向こうにいるの? あなたがこの地球に帰ってきたらすぐにでも 手をつないでいつもの風景の中を歩きたい 宇宙について熱く語るあなたの笑顔を見たいから いつまでもいつまでもこの星で待ってる あなたがこの地球に帰ってきたらすぐにでも あの場所に寝転がって空を見上げ話したい ささやくように語るあなたの声が大好きだから いつまでもいつまでもこの星で待ってる こんなふうに離ればなれになってしまうことは 寂しいけれど決して悪いことばかりではなくて お互いを成長させたりもするから今は ありがとうとかまた会おうとかありふれたことが言いたい こんなふうに離ればなれになってしまうことで 君の大切さが身にしみてわかるきっかけになってる たくさんの言いたいことがあるはずだったけど今は ありがとうとかまた会おうとかありふれたことが  言いたい たった今君の声が聞こえた気がしたんだ こんな宇宙の片隅で たった一人たたずみ 立ち止まった僕のそばを流れ星が追い抜く とっさに手を合わせ繰り返す僕の願いよ 届け! ---------------------------- [自由詩]世界征服やめた(保存用)/不可思議/wonderboy[2009年8月2日15時23分] いつの間にかサラリーマンになっていた 立ったまま寝る通勤電車も少年ジャンプを読むおっさんにも慣れっこになっていた まさかと思うじゃん もう慣れた 慣れたよ もしも誰かが「世界を征服しに行こうぜ」って言ってくれたら履歴書もスーツも全部燃やして今すぐ手作りのボートを太平洋に浮かべるのに こういう日に限ってお前からメールは来ないんだもんなぁ 俺はお前がそう言ってくれるのをずっと待ってたんだぜ? でも世界征服なんて無理だもの サラリーマンより忙しいもの 別に偉くなりたいわけではないもの 「もしもし、あ、俺だけど最近なにやってんの〜?」 「いやちょっと最近迷路にはまっちまってさぁ、すぐに抜け出せると思ってたんだけど なかなかそうもいかなくて、あ、でもさっき道を聞いたら交差点に出るたび左に曲がれば大丈夫だって言ってたから、もうきっと、きっと、すぐだよ。」 「なんだ、早くしろよ、みんな待ってるぜ」って言ったところで電話は切れてもうあいつは帰ってこないんだってことが、はっきりとわかった もうやめた 世界征服やめた 今日のごはん 考えるのでせいいっぱい もうやめた 二重生活やめた 今日からはそうじ洗濯目いっぱい もしもお前が世界征服しに行こうって言ったら 履歴書もスーツも燃やしてすぐにでも太平洋にくりだしたよ なのにそういう日に限ってお前はメールをよこさないし 貸したCDも返ってこないままだ 俺はお前がそういってくれるのをずっと待ってたてゆうのに でもしょせん世界征服なんて無理だし サラリーマンより忙しいし 偉くなりたいわけではないから 知りたくない 知りたくない 知りたくない 何も知りたくないんだよ実際 いくら知識がついたって 一回のポエトリーリーディングにはとてもじゃないけど勝てないよ 果てが無いくせに時おり夢をちらつかせてくる人生や 一日限りの運勢や どうにも抵抗できない運命みたいなものをいっしょくたにかかえ込んで宛名のない手紙を書き続ける人間の身にもなってみろよ 「もしもし、俺だけどみんな待ってるぜ?」 「あー、すまんすまん言われた通りに交差点に出るたびに左に曲がってるんだけどなかなか抜けられなくて、でも大丈夫だよ、きっと、すぐだよ」 「いやお前それってさ、思うんだけど…」 ってところで電話は切れて結局何も伝えられない 詩や歌にするのはとても簡単なのに 直接言葉で伝えることがこんなにも難しいことだとはと知らなくて それなのに知らなくていいことばかり増えてしまって自分の一番近いところにある風景がこんなにもかすんでしまっていることに気が付きもしないなんて! 「人生がもし流星群からはぐれた彗星のようなものだとして」 とお前は言ったんだ 「俺たちはもうどこから来たのかもわからないくらい遠くに来てしまったのかもしれないな」 「そして、どこへ行くのかもわからない」と俺は付け加えた 「まっくらな宇宙の中でどこかに進んでるってことだけがはっきりと、わかる」 わかる 人生はきっと流星群からはぐれた彗星のようなもので行き着く場所なんてわからないのに命を燃やし続けるんだよ だから、だから十年後のお前は今のお前を余裕で笑い飛ばしてくれるって 十年後の俺は今の俺を笑い飛ばしてくれるって 間違いないよ 果てがないのに時おり夢をちらつかせてくる人生や、一日限りの運勢やどうにも抵抗できない運命をかかえこんで俺はまだ書き続けるから 詩を書き続けるから やめないぜ ---------------------------- [自由詩]もしもこの世に言葉がなければ/不可思議/wonderboy[2010年1月28日19時06分] もしもこの世に言葉がなければ もしもこの世に言葉がなければ もしもこの世に言葉がなければ なければなければなければなければ 誰も傷つけず何も押し付けず 定義もなければ解釈すらなく 何よりこんなに悩まなかったでしょう 悩む術がないのですから ですから僕はこうしてここで 言葉などというつたないツールで つまり塩素まみれの汚いプールで 溺れて見せましょう 詩の朗読やラップが一番 大切じゃなくなったその時には ごめんなさいと謝りますから… かすかな可能性として僕が 明日から声が出なくなったとして 果たしてそれを悔やむでしょうか 言葉なんて信用してないのに 都会の森で見えない檻で ひそやかに暮らしていくだけならば 誰も傷つけず誰もだまさず 生きていけるのではないのでしょうか おそらく僕は今まで人より 多くの言葉を吐いてきましたが 一体それが何だったでしょう 知ったふりをした無形の産物 詩の朗読やラップが一番 大切じゃなくなる時がきっと 来るでしょうなぜなら今でも一番 大切かどうかわからない でも もしもこの世に言葉がなければ もしもこの世に言葉がなければ もしもこの世に言葉がなければ なければなければなければなければ あなたに逢うことができたでしょうか あなたにあの日、口づけたでしょうか 世界に散らばるどんな遺跡より 六十億分の一の奇跡 もしもこの世に言葉がなければ もしもこの世に言葉がなければ あの日の夕日や風景、驚き 感動、共有できたでしょうか 独りで部屋で泣きじゃくる僕に あなたから一本の電話がかかる… ---------------------------- [自由詩]きみ(能動的3年間)/不可思議/wonderboy[2010年2月28日4時34分] 女は言った。「Hit!ランキングの命は短い」 女は言った。「衝動的洗脳だけども3年経ったら早くも懐メロ」 君は思わず砂時計を逆さにする。時間が滑り落ちていく。 カサカサの手のひらはもう言い訳をしない。 君はもう、しっかりとそれを握りしめている。 オナニーで痙攣する。 人生はもはやポエムだから 余白とか空白とかを恐れずに自由に書きなぐってやればいい。 誰よりも気持ちのいいオナニーをして セックスよりも気持ちの良いオナニーで 飛び散った精子で周りに迷惑をかけてでも 手にしたい快楽がある。 真実ってやつがこの世にない限り 君は君を証明し続けることができる。 数式も、専門用語も使わずにだ。 それは凄いことだぜ? 論理的でないことを恐れる必要なんかない。 自由ってやつが いかに醜くて、稚拙で、ダサくて、不自由かってことを ぜんぶわかった上で挑むスカイダイビング。 余裕で死ねる。 人生はもはやロングストロークのオナニーだから やり方次第で誰よりも気持ち良く果てる。 与えようなんて思うな。 交わろうなんて思うな。 自分で気持ち良くなれないやつが誰かを気持ちよくできるはずなんて無いんだから。 セックスを超えるオナニーで デッサンを凌ぐ塗り絵で 具象より明らかな抽象で プロフェッショナルを圧倒するアマチュアリズムで 撃て。 ---------------------------- (ファイルの終わり)