佐々宝砂 2004年8月10日2時15分から2004年10月18日20時57分まで ---------------------------- [自由詩]コクガ(百蟲譜46)/佐々宝砂[2004年8月10日2時15分] 夏バテしちゃって ソーメンばっかり食べていて しばらく米を食べてなくって 米びつの米はほっぽらかしで へんだなあとは思っていた 締め切りの部屋に小さな蛾が群れ舞うから 妙だなあとは思っていたが 米びつの中がやつらの天国だったとは 夏バテなんか知らないらしくて せっせせっせと米粒食べて 米粒つなげて繭までつくって さてどうしよう今さらどうしよう 米を三合研いだだけで 幼虫が十匹は浮くのです (未完詩集『百蟲譜』より) ---------------------------- [自由詩]夜の秋/佐々宝砂[2004年8月10日4時50分] 夜が終わろうとしている 真夏午前四時半の空は青ざめて ほのかに光るシリウス さっきまでは見えていたプレアデスは もう見えない コオロギが鳴いている いちばんよく響くあれは たぶんエンマコオロギというやつで ときに派手に ときにゆるやかに 揺れながら鳴いている 切れ味よく鳴いているのは ミツカドコオロギだろう 最近あのへんてこな顔を見てないけれど 私の庭に生息してはいるらしい 遠くから野太く聞こえるのは ウシガエルの声 田舎の夜はこんなにも騒がしくて 騒がしいけれど さみしい ちいさなころ 牛のいびきで目を覚ましたことがある あれはなかなかやかましいんだ いまこの家では 牛のいびきが聞こえることはない すこし さみしい 夏盛りの夜明け前 ひっそりと足音も立てずに ゆうるりと 秋がやってくる いちばん好きな季節のただなかで さみしくてたまらない 夏を惜しむ という言葉では どうしてもまだ 何か足りないような気がしていて ---------------------------- [自由詩]単純な喜びについての単純な唄/佐々宝砂[2004年8月14日0時06分] 1 夜の庭で 白い米を 黒ずんだ木の升で三合量る 最初のとぎ水は 庭に撒く 立秋を過ぎたので コオロギが鳴いていて いるか座が光っていて だから私はしばらく庭にいた 2 蒸しパンの匂い 新しい本を借りてきた お金はないけど 時間はたっぷりあるので 引き出物の砂糖と 特売の小麦粉と 近所の農家にもらった卵と牛乳で 蒸しパンをつくって お茶をいれて 本を読みながら 蒸しパンをたべる 蒸しパンの屑が 本にこぼれたら悪いなと思いながら 3 夕暮れの川 日がかげりはじめて 淵の青は濃さを増してゆく ちらちらと白くひらめくのは 鮎の背 もう泳いでいる子供はいない まだ蝉は鳴きやまないけれど そろそろ帰ろう 帰ったら母と夕飯をつくろう 4 赤い舟 稲刈り間近の田んぼに 幾本も立つ赤い旗 風が吹けば 金に緑に波が立ち 赤い旗は舟となり どこにもゆかない赤い舟は 私を乗せて旅に出る 5 月光の庭で 月の光を見ながら眠りたいのだと だだをこねて 一夜 庭で寝た こんなに月光があかるいと きっと眠れないと思った 眼を閉じても 月光は頭蓋にしみこむようだった 6 西瓜とそらまめ 大きな西瓜を井戸で冷やして 八人で食べた 井戸のふちには なめくじがいっぱいいたのだけれど 七人には内緒にしておいた 畑からそらまめを採ってきて 一時間かけて殻を剥いて塩ゆでにした そらまめには 白い芋虫がいっぱいついていて これは内緒にしておけなかった (初出 詩人ギルド だいぶ昔の作品です) ---------------------------- [自由詩]彼女が望んだように/佐々宝砂[2004年8月21日4時15分] 手伝ってあげたのはわたし 猿ぐつわをはめて 両手を後ろに縛りあげて うきうきと心弾ませて飛び込む 井戸のくらがり よい井戸姫になるのだよ 井戸の底は竜宮に 天に通じるのだからね よい井戸姫になるのは 簡単なことではないよ 努力するのだよ 白い肌はあおぐろい鱗に変わるだろう みどりの黒髪は藻に覆われて本当に緑になるだろう でも愛らしい人魚になってはいけない 井戸姫になるのだから 爪を研いでおきなさい うつろな牙には毒を満たしておきなさい 無論ヒトの心などとっとと消しておくこと これは必須事項 さてそれではわたしも井戸の底へ あなたもご一緒にいかが? ---------------------------- [自由詩]歓喜の海/佐々宝砂[2004年8月21日4時16分] 最後の夜なんだからどうせなら もっといい男と過ごしたかったよと言うと そりゃ俺も同感だもっといい女がよかったよと 答えたその男をみると なぜかそいつは夫でも昔の恋人でもなく 遠い昔に仲がよかった同級生で どうしてそうなんだか知らないけど まあいいや 手をつなげばつないだだけ暖かい 悪意の熱風を想像して アナウンサーは泣いている もう落ち着けと叫ぶ気は失せたらしい それでもまだ放送を続けてるなんてさ 日本人ってまじめだよねこんな状況下でさ と言いながら私はホテルの壁にもたれる ホテルの向かいには 略奪のあとすさまじいコンビニ しらじらと明るい店内灯が 倒れた陳列棚と 誰にも愛されなかった商品を照らしている 北へ逃げろと誰かが叫ぶ 明滅する帯電した埃を散りばめて 夜空は複雑怪奇な色彩 それを東西に両断する水蒸気の柱 低いうなり声が大気を揺らす 銀色の雨がアスファルトを融かす ひとの群は南へと移動してゆく 昔の恋人も同級生も もう見分けがつかなくて ただ誰もが笑っていて 裸で 幸福で 部屋を片づけてなかったなあと思いながら 私も嬉しくてたまらない 熱くないあかい炎が 私のすべての指先に灯る なんてきれいなのだろう これまで私は こんなにきれいだったことがない 南へ南へと叫ぶのは誰だろう そうじゃないとそうじゃないと呟くのは何だろう 腐ってゆく海馬に電気を走らせても 私の足はとまろうとしない 南へ! 南へ! 南へ! ああああああああああ! 心をひとつに 足並みそろえて走ってゆく 暗い太平洋には 歓喜が待っている そういや私は三流怪奇詩人でしたので、 ちょっと初心にかえって昔の詩を投稿 ---------------------------- [携帯写真+詩]仮寝の宿/佐々宝砂[2004年8月26日5時06分] 精霊が戻る夜 移動する鉄の塊のうえ 眠れない君は きちきちと鳴く (携帯苦手だ) ---------------------------- [自由詩]午後の喫煙/佐々宝砂[2004年8月26日17時15分] 三十はとうに越したが 精神年齢がそれほどいってるかは疑わしい とにかく子どもは二人ほどいる 「ほど」の部分に何があったかは想像に任せる 下腹はよれたTシャツを膨らませ ジーンズはさっき下の子がこぼしたアイスに汚れている お盆まっただなかの遊園地は 当然ながら人でいっぱいで 仕事の方がラクだとしみじみうんざりしている 子どもとその母親は クーラーの効いた土産物屋で何かを物色している 聞きたくもない演歌がガンガン聞こえる 連れてきたくもなかった自分の母親が 古ぼけた日傘の中で暑いわねえと繰り返す サイダーか何かでべとべとするベンチに坐って 温もったスーパーマイルドのキャスターを ジーンズのポケットから引っぱり出す ちょっとでなくひしゃげている どうにか一本取り出して ぎらぎらする日ざしの下 熱くなった百円ライターで火を点ける 火がでかすぎて眉を焼きそうになる 軽すぎる煙を すでに充分タールで冒された肺に吸い込む 深々と吸い込む すべて憤懣やるかたないものを吸い込むつもりで吸い込む 涙など流せないまま吸い込む 隣のベンチのカップルが煙に顔をしかめるが 吸い込む権利があると信じて吸い込む 腹を減らした子どもがメシを食うように吸い込む ---------------------------- [自由詩]置手紙/佐々宝砂[2004年8月30日6時49分] さっき何となく星が見たくて外に出ました曇りなので星は見えま せんでした街灯ばかりがあかるい淋しい夜です何がしたかったの かわからなくなって家に戻りました家の中は静かなようでいてじ つはいろんな物音でいっぱいです冷蔵庫がうなり湯沸かしポット が思い出したようにうめき私は脈絡なく死にたいと口にしますあ なたにこんなことを言うのはとても久しぷりですねでも心配しな いで私は死にません私はなぜだか死なないように思うのです星座 がくずれ海が沸きあがり山々が噴火し隕石が落ち地震が起きて奇 妙で醜悪な病が世界を覆うときも私はきっと生きているだろうと 思うのですもちろん溶岩につつまれたり頭に石が落ちてきたりし たら熱かったり痛かったりするだろうとは思いますがそれでもた ぶん私は生きているでしょう私は死にませんだからあなたは安心 して死んでいてくださいでは私はそろそろでかけます ---------------------------- [自由詩]愚かなる恋の顛末/佐々宝砂[2004年8月30日6時50分] 新字新仮名編) 憂いと恋を取り違えし愚かなる女あり。 己が憂いは詩人の言の葉ゆえと逆恨みして、 詩人の口に轡を填め己が耳に大鋸屑を詰めしが、 詩人の指ひらひらと動きなお言の葉を綴りたり。 されば女、出刃包丁にて詩人の指を切り落とし、 己が両眼を瓦斯の炎にて灼きたれど、 詩人の言の葉の数々、女の脳髄を駆け巡り、 夜も昼も五月蠅(うるさ)ければ眠るを得ず。 消えやらぬ言の葉にようやく己が心悟りて、 女いよよ錯乱し乱れたる髪もそのままに、 夜の街を経巡り彼の詩人の姿を求めたり。 されど彼の詩人すでに西方に去りしかば、 もはやこの世にては出逢うこと叶わず。 あわれ言の葉ゆえ詩人は死し女は狂せしとぞ。     正字舊假名編) 憂ひと戀を取り違へし愚かなる女あり。 己が憂ひは詩人の言の葉ゆゑと逆恨みして、 詩人の口に轡を填め己が耳に大鋸屑を詰めしが、 詩人の指ひらひらと動きなほ言の葉を綴りたり。 されば女、出刄疱丁にて詩人の指を切り落とし、 己が兩眼を瓦斯の炎にて灼きたれど、 詩人の言の葉の數々、女の腦髄を驅け巡り、 夜も晝も五月蠅ければ眠るを得ず。 消えやらぬ言の葉にやうやく己が心悟りて、 女いよよ錯亂し亂れたる髮も其の儘に、 夜の街を經巡り彼の詩人の姿を求めたり。 されど彼の詩人既に西方に去りしかば、 最早此の世にては出逢ふこと叶はず。 あはれ言の葉ゆゑ詩人は死し女は狂せしとぞ。 ---------------------------- [自由詩]Shaman's Love Song 1/佐々宝砂[2004年8月31日3時59分] 南西からの風が荒れて 夏は終わりかけているらしい それでも温度は32度あるし 湿度ときたら80%を越えようとしているし 気圧計はどんどん下がる一方で そのくせ雨はちょっとしか降ってなくて 意外に薄い雲を透かして月が見えて ニュースをみるまでもなく 台風が近づいてきてるのは知ってる もうちょっと 気楽に考えてみよう 月が見えるからには 台風が来ようとも 星だって消えてはいないんだろうきっと 私が星を信じていられる限りきっと 忙しさにまぎれてとりわすれた畑のゴーヤーが すっかりオレンジに熟れて 甘い南の匂いをさせている 南西からの暴風が こんなにもなつかしいのは 私が南の生まれだから ではないと思う 私が北の生まれだから ということももちろんない 湿度はいよいよ80%を越えて 不快指数はうなぎのぼり 裸足で 裸で 雨に打たれて 踊らなきゃならないと思うのだけど だれかわかんないだれかさんがそう命ずるのだけど 軽犯罪で捕まるのはいやだから 薄くて長いタンクトップ一枚はおって 外に出て 雨に打たれて でたらめに喋りながら でたらめに踊りながら 南西の風に乗って きてください 南西の風にのせて 連れて行ってください 祈る相手がわからない 星が見えない 月はうすぼんやりとみえているのだけれど あの呼び声は今も私の脳裏にひびいているのだけれど 呼ぶのはだれ ここまで来いと命ずるのはだれ 私を自由にしてください 私はあなたの名を呼び得ません もうちょっと 気楽に考えてみよう と思ってはみるのだけど あの呼び声にこたえないではいられない ほら オレンジ色のゴーヤーがはじけて 真っ赤な実がとろりと落ちる 私 たぶん 死にかけている ---------------------------- [自由詩]Shaman's Love Song 2/佐々宝砂[2004年8月31日5時04分] 私は知っていた この部屋に積もる埃全てに意味があることを 皮膚をかきむしってもかきむしっても 私の皮膚がぽろぽろとこぼれるばかりで わずかに血がにじむだけであることを 睡眠薬の眠りは決して 私を望む旅路には連れ出さないことを ドアはいつも目の前にあり ドアはいつも閉ざされて 私は知っていた 歌わねばならないということを 未生のこどもたちのために 月に昇ったまま帰らないこどもたちのために 歌わねばならないということを 銀色の梯子は声を伝えないので できるかぎり声を張り上げなければならないということを 目を閉ざせば砂浜が広がる どこまでゆけば海にたどりつくのか そもそも私の足は砂を踏まない 風紋は私の足に乱されない 私は歩いていないのだ コンクリートの壁がたちはだかるなら 他愛なく乗り越えてゆけた (そうだ私には翼があるのだから) 濁流が行く手をさえぎるなら あっさりと跳び越えてゆけた (そうだ私は重力を無視できるのだから) けれど私はこの部屋から出られない この部屋のドアを開けることができない 目を開いても砂浜が広がる 海が見えたら 海が見えたら 海が見えたら 潮の匂いを髪にしみこませて ただ私は叫び ただの一歩も動かずにいる ---------------------------- [自由詩]シャマンの唄/佐々宝砂[2004年9月1日10時24分] 降りてくる。 それは不意に、 エスカレーターで、それともエレベーターで、 あるいは手すりのない広い階段を。 鏡に映るわたしの姿が歪む。 墜落する軽気球。 わたしは呼ばれている、 トンネルは暗い、 でもその向こうにほの見える景色は明るい。 砕けたグラスの輝き、 極彩色にきらめく鱗、 うねる蛇、巨大な。 呼吸を乱してはいけない、 叫び声を上げてもいけない、 裸足を地面につけて、 目を閉じて、 耳をふさいで、 見ろ、 そして聴け。 命じているのは誰だ。 ああああ。 咲き乱れるヒヤシンス、 滝の飛沫、 草原と崖、 見えない世界から吹いてくる風。 深い空にわたしは落ちる。 熱い大河がわたしに流れ込む、 わたしは膨れあがる、 わたしの手はなくなってしまい、 わたしの脚は遙か彼方に遠ざかる。 疼痛。喪失感。繰り返す落下。 わたしはシャマン、 現実に穴を開け、 事象を切り裂き、 言葉を伝える。 わたしはシャマン、 命令された通りに、 歌い、踊り、くるくるまわる、 息をするのさえ自由ではない。 ---------------------------- [自由詩]そんな背中なんて見ない/佐々宝砂[2004年9月4日10時10分] ひとり入ったいつものスナックで 私は少し怒っている はじめて会う客の唄声が耳につく 頼むからひとりでデュエットをやってのけるなよ それってもう長いこと私の十八番(おはこ)なんだから 見れば 私と髪の長さが同じくらいで それを安直に素っ気ないゴムで束ねていて 私と同じようなアーミーハットかぶって 腕の太さも私とあまり変わりがなくて 声域すら私とほとんど同じで 背格好だって いや私よりほんのすこし背が高い あっちを観察してるのに気づくと こっちにウインクしてのけるので また腹が立つ 腹立ったまま こっちもひとりデュエットをやって聞かせる 男の声も女の声も私には出せるさ きみだけじゃないぜ 誰が席を移動したのか知らんけど いつのまにか隣にいる 少し話をしてみる 同じ歳で同じ月の生まれで 私と同じ工場労働者で ギャンブル嫌いでドライブ好きで わりと几帳面で のんべえなわりにきちんと働き 部屋にはゲームとマンガが散乱していて つまり私と莫迦さ加減がちょうど同じくらいで などという知りたくもないことを知る というかわかる 訊く前に知ってる ような気がする いらいらする 滅法いらいらする あんまりいらいらするから もう二度と会いたくない 会ってたまるか あんなやつ先に帰ってしまう きっと帰ってしまう 予測した通り帰ってしまう そんな背中なんて見ない そんな背中なんて見ない 帰ってしまう背中なんて でももう一度あの声を聴きたい もう一度 こんなの間違っても恋ではないぞ うん 絶対違う ぜーったい違う うん もう一度あの声を聴きたい ただそれだけのことさ ---------------------------- [自由詩]夜を恋する人/佐々宝砂[2004年9月5日23時57分] 私の身体はやわらかい、 私の身体に剛い毛は生えない、 私の頬は滑らかで、 私の胸は満月の丸さ、 私の下腹には毎月ひとつの卵が生まれ、 そして死ぬ。 音もなく霜の降りる夜半、 私は三つ揃いの背広を着て、 赤いネクタイを締め、 四センチ背が高くなる靴を履き、 誰もいない河原で、 気障っぽく煙草に火を点け、 真っ白な煙を吐く。 私の骨盤は広く、 私の胴はくびれている。 何のために? 誰のために? すがりつくものは何もない。 ただ満月だけが明るい。 吐き出した煙はとうに闇に融け、 私はひとり夜と向かい合う。 夜よ、 相手が何者であろうとも、 おまえは気にしないで呑み込む、 夜よ、 私を受け入れてくれるのはおまえだけだ。 (萩原朔太郎『戀を戀する人』のネガとして) 「戀を戀する人」 萩原朔太郎 わたしはくちびるにべにをぬつて、 あたらしい白樺の幹に接吻した、 よしんば私が美男であらうとも、 わたしの胸にはごむまりのやうな乳房がない、 わたしの皮膚からはきめのこまかい粉おしろいのにほひがしない、 わたしはしなびきつた薄命男だ、 ああ、なんといふいぢらしい男だ、 けふのかぐはしい初夏の野原で、 きらきらする木立の中で、 手には空色の手ぶくろをすつぽりとはめてみた、 腰にはこるせつとのやうなものをはめてみた。 襟には襟おしろいのやうなものをぬりつけた、 かうしてひつそりとしなをつくりながら、 わたしは娘たちのするやうに、 こころもちくびをかしげて、 あたらしい白樺の幹に接吻した、 くちびるにばらいろのべにをぬつて、 まつしろの高い樹木にすがりついた。 (「月に吠える」より) ---------------------------- [自由詩]夜風に吠える/佐々宝砂[2004年9月15日1時33分] おれが人間味を失いはじめる 二日月の一日 おれは昼行性のホモ・サピエンスらしく 眠ろうと試みている もうすぐ明け方になるらしい 九月なかば エアコンのない部屋は こんな時間にもまだまだ蒸し暑く 窓を開ければ生ぬるい夜風 薄明るい それとも薄暗い どちらともつかぬ空に二日月 星よりも頼りなげに 夜風にさえ揺れるようで しかしそんなかぼそい月ですら おれをあやつるのだ 月あるゆえに おれのなかの3%の獣性が 吠えたがり おれのなかの97%の人間性が それを押しとどめ のをわある とをわある と 吠える犬は人である と 月に吠えた詩人は言ったが おれはなんと吠えたらいいのか 今夜おれは月に吠えたりはしない 少なくとも二日月に吠えはしない それでもおれは ほんのすこしだけ遠吠えをしようと思う 月になど吠えない 夜風に吠えたい 応えるものなどないだろうが そうだよ おれは変にロマンティストだよ 夜風よ おれの切ない遠吠えを どこかとおくに伝えてくれ 3%だけ狼に変身した おれの情けない遠吠えを ---------------------------- [携帯写真+詩]妖怪電車/佐々宝砂[2004年9月18日12時51分] 鉄の箱の天上に はりつけられて どこにも飛ばぬ 翼たち (境港にて) ---------------------------- [自由詩]安心できる人/佐々宝砂[2004年9月20日15時11分] 安心できる人に出会ったので、 すこし、うれしい。 あなたが今おもったような意味ではなくて。 私はその人を放っておける。 ほっといても心配しなくていい。 私がバカげたことをしても、きっと 適度にスルーしてくれそうで、 そういうかんじがとてもいい。 私が酔っても介抱なんかしないでほっといてくれるか、 それはわからないけれど、たぶん 私の方がお酒に強い。 そこにいてくれたらいいので、 私はただ喋りたいときに喋りながら、 とおくでみているから。 かまわないで、いたい。 ほっとけば私は手酌で酒を飲む、 ほっとけばまた日が昇る、 さよなら、 私のことならもちろん、 ぜひほっといてくださいませ。 ---------------------------- [自由詩]死にも詩にもならなかった断片二つ/佐々宝砂[2004年9月30日0時26分] 僕の腕には骨のない子ども 僕の隣には乳房の三つある少女 骨のない子がくねりくねりとうごめくので 僕の両手は自由にならず 電車が揺れるたびよろけて 少女の乳房をわざとではなく肘打ちしてしまう 進行方向隣の車両では宴会の気配 今はまだ新鮮な肴と音楽 猥雑な野次と嬉しげな嬌声 進行方向反対の車両からは労働の気配 油臭い空気 規則正しく人に命令するピープ音 明滅する赤と青の光 そしてこの車両では春と秋の風みなぎり 椎の花 稲の花 桜花 びっしりと産みつけられた虫の卵 ふくふく匂う堆肥 やかましく鳴く雛たち 胞衣を食んでいる母牛 僕は口を使って 胸のポケットから水色の切符を引っぱり出す 行き先は「→いやになるまで西」途中下車無効 *** 私たちは死ぬだろう 荒々しくも豊かな海に飲まれて 猛々しくも包容力ある雪に埋もれて いやそんな美しい死は もう私たちのものでない でも私たちは死ぬだろう 突然の爆発に手足を千切られ血を噴き出して 悪意の閃光に灼かれて崩れて いやそんな弾けるような死さえも もう私たちのものでない 私たちは死ぬだろう 油くさい真っ黒な汚泥に浸かって たっぷりの酸でのどと鼻を灼かれて 私たちを抱きとめる大地も海もなく 劇的な爆発も閃光もなく 死体が豊かな土壌に変わることもなく ただ冷徹で無機的な化学変化のもとに 私たちの身体は変質してゆくだろう 破滅はぐずぐずとなし崩しに訪れるだろう 星への道は二度と私たちに還らないだろう いっそその日が早くくればよい と 願うことの罪深さを 罪深いとも思わぬままに 私たちは死ぬだろう 未完なので最初は未詩に登録しましたが、 批評禁止ではないので、 自由詩に登録を変更します。 ---------------------------- [自由詩]鏡の国からの強迫/佐々宝砂[2004年9月30日1時45分] 昨日を映す鏡がある。 鏡の中の私は コーヒーカップ片手に 煙草をくゆらしている。 煙草の煙が文字を描く。 危険 と読める。 昨日の私はいらただしげに カップを持っていない方の手で 空気をかきまわす。 煙は消えない。 消えないで 今度は 不可能 という文字に変わる。 その文字に背を向けた昨日の私は テレビをつける。 青白い画面に 私が映っている。 テレビの中の私は スクール水着を着ただけの姿で 氷山がいくつも浮かぶ北海を 泳いでいる。 冷たい海水をかくてのひらは もう赤く腫れている。 そのてのひらが 氷山の一角に触れる。 てのひらが 氷に貼りつく。 泳ぎ疲れた私の 視線の向こう 閉ざされた氷のなか 目を閉じて眠っているのは 私。 氷に縛られた私の 夢のなか 絶壁をよじ登る私がいる。 道具はなにひとつない。 指の爪は すっかり剥がれている。 その指で 無謀にも 岩をつかもうとして つかみそこね 落ちてゆく。 落ちてゆく私は 氷に閉じこめられた私に激突し 凍りついた私ごと氷を砕き 砕かれた私の破片は 泳ぐ私の胸に穴を開け 泳ぐ私の血潮は テレビを見る私を赤く染め 血だるまになった私は うらめしそうに 鏡の外の私を見る。 ---------------------------- [自由詩]ブラジルサントスの珈琲は/佐々宝砂[2004年9月30日2時15分] ブラジルサントスの珈琲は飲む人の注意力を増し キリマンジャロだかブルマンだかは飲む人をリラックスさせるのだそうで でもそんなことどうでもいいなカフェインが欲しいだけだよと 夜九時半の駅前ローソンで眠眠打破を買い 慢性寝不足のねぼけまなこが煙草くわえて送迎バスを待つ 仕事があるだけましだ 日雇いだけれど 明日の仕事がなんなのかすらわからないけれど なにはともあれ今夜は夜勤で 一日に一万円ちょい稼げる予定 無駄な知識 無駄な肌の美しさ 無駄な大声 無駄な脚韻に頭韻 私というかなりどうでもいい人間に属する どうでもいい無駄ななんやかや と もしかしたら無駄ではないかもしれないわずかななにものか そのわずかなもしかしたら存在しないかもしれないほどにわずかな わずかななにものかは未だ換金されたことがない しかし経済は動いている動いていてその証拠には 隣に座った若いのが夢中でパチスロの話をしている ごくごくたまにしか儲からねーだろうに 何が面白いのか私にはさっぱりわからないけれど そう 少なくとも パチスロは世間に必要とされている 今夜は少しばかりメロウだ なるべくきつい仕事がしたい もちろん一日たちっぱなしか歩きっぱなしで 15キログラムくらい詰まった洗剤の箱をパレット積みするとか 落とすとクビになるような高級携帯電話1000個箱を運ぶとか きついったってその程度のきつさだけれど なるべくきつい仕事がしたい 額に汗して何も考えないでハイテンションで鼻歌でも歌って 鼻歌歌ったからって怒られて それでもみごと仕事はこなしたぜと口答えしたい 夜のバスに揺られて 暗い窓に映る間抜けた口元を見ながら 今夜の仕事はなんだろうと考えている 眠眠打破でもブラジルサントスでもなく ほのあまいジャスミンティーの香りをふと懐かしみ 間抜けた口元をさらに間抜けにゆがめてみる 明日は夜勤がないけれど 私はきっと眠らないのだろう ---------------------------- [携帯写真+詩]おはなし/佐々宝砂[2004年9月30日21時03分] 駅のホームに オクラがひとつ おはなしは あなたが考えて (夜勤前に愛野駅にて) ---------------------------- [自由詩]橋下さん/佐々宝砂[2004年10月6日17時18分] うちの近所の橋の下に ホームレスのおっちゃんが一人住んでいて 橋下さんと呼ばれている 橋下さんは五十代半ばくらいで よく釣りをしている 釣れた魚は焼いて食うらしい 釣りをしていないときは 自分の居場所を確保するべく 土手の雑草をまめに抜いて それから土手に寝転がっている モンキチョウが汚い髪にとまっていたりする わたしは毎日土手沿いの道をあるく 橋下さんと一瞬目が合う 合わないことももちろんあるが わたしは働きに行くのだし 橋下さんは橋の下で寝るのだし 合うほうがふしぎだ わたしは一生懸命土手沿いの道をゆく 意地になってとっととあるく おりゃ働いてんだと妙に気張って ついでに土手の雑草をひっこ抜いてみたりする ---------------------------- [自由詩]わかりやすい最古の商売/佐々宝砂[2004年10月6日22時36分] 雨は降りそそぐでしょう禁じられても 大地は受け止めるでしょう嘲られても たとえ何億回囁かれたとて 愛は愛でございますとも たとえ道端で売られていてさえ 人は人でございますとも あたくしは売りましょうこのあたくしを あなたの言い値で売りましょう お買いになります? 変幻自在にあたくしは あなたの夢を再現しましょう 雨のように大地のように ええもちろんときには看護婦のように あなたのご趣味がそういうものであるならば ---------------------------- [自由詩]Fifty and one. No.1/佐々宝砂[2004年10月12日21時50分] 01,3,2,1.02,2,0,0.03,2,0,0.04,2,0,0.05,3,1,1. 06,3,0,1.07,3,0,2.08,1,0,0.09,3,0,1.10,2,0,0. 11,2,0,1.12,1,0,0.13,2,1,1.14,3,0,2.15,1,0,0. 16,4,0,1.17,2,0,1.18,1,0,0.19,1,0,0.20,2,0,0. 21,4,1,2.22,3,0,0.23,2,3,4.24,2,1,4.25,1,1,0. 26,3,1,1.27,1,0,0.28,4,0,0.29,1,0,0.30,4,1,2. 31,3,1,3.32,2,1,2.33,3,1,2.34,2,2,3.35,3,0,2. 36,3,0,1.37,2,0,0.38,2,1,2.39,2,0,0.40,2,1,1. 41,2,0,0.42,2,0,0.43,1,1,0.44,2,0,3.45,1,0,0. 46,2,0,2.47,1,2,1.48,2,0,0.49,1,1,0.50,3,0,2. 51,1,0,0. ---------------------------- [自由詩]わたしがシャンブロウだったとき/佐々宝砂[2004年10月15日0時29分] そら、なのか から、なのか どっちでもいいけど 「宙」と書いて「そら」と読ませるよりも 「空」と書いてなんと読むのかわからない そんな曖昧さがわたしはすき そら、だったのか から、だったのか どっちでもいいけど あのときわたしはシャンブロウで わたしの食べ物が何かくらいちゃんと知ってた あなたの言葉がわたしに通じないってことも知ってた からかいからまりからくれない わたしは髪を赤く染めていたことがあって わたしの髪は蛇みたいにいつもくねくねで わたしの瞳は草の緑ではないけれど わたしの目を覗きこんではだめ わたしは吸血鬼ではないけれど わたしのキスを待っていてはだめ そらごとそらみみそらなみだ そら、かもしれない から、かもしれない 夕暮れのそらには今も火星 その赤い光に背を向けてわたしはねむる わたしはもうシャンブロウでない わたしの食べ物が何かなんてわからない わたしの言葉があなたに通じないこともわからない そら、と唱えて髪を結い から、と唱えて眼鏡をかけて わたしは北西のそらに幻の惑星をみる ごめんね わたしはもう シャンブロウじゃないの あなたがまだ あなたのまま逃げ遅れているとしても ---------------------------- [自由詩]いと/佐々宝砂[2004年10月15日23時07分] 赤ちゃんがあまり泣くから頭が痛くなってしまって 鎮痛剤を2錠飲んだのだけれど治らなくて もう2錠飲んだらついうっかり眠ってしまったの 目をさますと 部屋中に片づけてない洗濯物 たっぷりウンコのおむつのにおい 流しにあふれる汚れた食器 そんな手のつけようもない部屋に坐りこむ ボサボサ髪にノーメイクのわたし   ああ 泣きたい   どうしたらいいのかわからない   助けてください どうしたらいいか教えてください すると すい と 糸がおりてきたの 銀色の糸 ほそいけれどきっぱりした糸 ああこれがわたしの命綱なのだと思ったら すいすいと身体が動いたのよ それでね 部屋も片づいたしお料理も完璧 赤ちゃんもすやすやと眠ってくれたのすてきでしょう だから今夜は薄化粧してヘアスタイルも変えてみた そのせいかしら あなたがいつもと違ってわたしとおしゃべりしてくれるのは? これからわたしたちきっと幸せになるわ ええ わたし嬉しいのよ あなたと同じになれたのだもの あなたの手足から天に向かってのびているその銀色の糸 あなたを操りあなたを動かすきっぱりした糸 それをわたしも手に入れたのよ ---------------------------- [自由詩]狐座リング状星雲のあなたへ/佐々宝砂[2004年10月15日23時10分] 指にはさまれた紙片はガラスの破片のように鋭利に あなたの皮膚を切っているらしかった あなたの体液はきっとすこし酸っぱいのだろう あなたの指を舐めている蛙は 横に広いはずの口を丸めている いたって事務的な態度 が理想なのだが 理想は理想 ぬるくなってきた珈琲に ちらほらと混乱の痕跡が浮かぶ 狐座リング状星雲からはるばる来てやったのにとあなたが言う そんなのしょせん銀河系内部じゃないのと答える それじゃあ今度はそっちから狐座まで来てみろとあなたが言う 私の髪をカミキリ虫が切り落としてゆく あなたはそれを止めようとはしない 私の膝には短い髪の毛が蓄積してゆく あなたの髪にはあかるい陽射しがあたっている と思ったらそうではなくて あなたの髪はすっかり白髪になっている 何をしても足りないのだと わかっているので 何もしないでいる それを言う必要さえないので だまっている ---------------------------- [自由詩]雨の夜なら/佐々宝砂[2004年10月18日17時14分] もう少ししたら 貴方はきっとねむってしまうから ひとりで町に出ようと思う あかるい黄色のみじかいワンピースを着て 下着はつけないで 雨の夜なら 私の足に 白い粘液が伝って落ちても きっと誰も気づかない そんなこと思っているベッドのうえ 貴方は緩慢に煙草を吸っている パキーネ(Pakiene)名義で発表の過去作 ---------------------------- [自由詩]夜の笛/佐々宝砂[2004年10月18日17時15分] 口に含むたび かみ切ってやろうと思うのに かるく歯をたてることしかできない こんな瞬間でさえも生殺与奪の権をにぎっているのは貴方なのだから 泣き出す寸前の子供みたいな顔で 貴方が嗚咽するとしても わななく夜の笛が 私のためではない旋律を歌うとしても 私はずっとここにいて いくどでも 夜の笛を吹くから 私の手をそんなにきつく握らなくていい。 パキーネ(Pakiene)名義で発表の過去作 ---------------------------- [自由詩]プライヴェート・エンド/佐々宝砂[2004年10月18日20時57分] This is private きみだけが判ってくれていた気がするけれど それは錯覚だったかもしれない きみはこんなところまで来なくていい きみは温かい部屋で笑っているのが似合う 柵を飛び越えて 冬の森を駆け抜ける 生き物の影はない 凍りつく下草に身を投げ出せば この身体はじんわりと背中から腐ってゆく でもこの身体はママの思いのまま スパンコールを散りばめた黒いドレスが どこにいても覆い被さってくる ママの猟犬は鼻が利く そうでなくても血塗れのこの身体はひどく臭う だから あきらめた 逃げ道がないと悟るまでに こんなにも時間がかかってしまった でも もう 逃げない 夜風よ いくらでもこの頬にナイフを当ててくれ     少女は詰め襟の学生服を着た   靴下を三枚重ねて履き   二サイズ大きな靴を履いた   それから玄関の鏡を見て   烈しく泣いた   少女は自分の部屋に戻り   服を脱いだ   胸を切り取ろうとナイフを当てたが   痛みに耐えきれずすぐにやめた   だが少女の胸には   長いこと細い傷が残っていた 悲鳴のような風に混じって 耳もとで聞こえてくるママの声 「怖くないのよ 死ぬわけじゃないのよ」 そうだね ママ それはわかってる 明日は温かい部屋に戻ろう でも 一晩だけ この誰もいない森で 精神というやつを再構築しておきたい 痛みも恐れももう心を苦しめない なくしたものは一人称代名詞に過ぎない きみを愛することもできるだろう でも きみは こんなところに来てはいけない きみはやわらかくてやさしいのだから こんな汚れた身体からは遠ざかるべきだ 螺旋が胴体を取り巻く 連綿と続く鎖が腕をいましめる どろどろの赤黒い塊が脚にまとわりつく 死ぬことを知らぬ血みどろのママが微笑む そして ついに 屈服する わたしは女だ これでお気に召すのかい くそったれのママ もうすぐ夜が明ける わたしは顔が洗いたい どうやら生きてゆかねばならないらしいので This is private そして 世界は続く ---------------------------- (ファイルの終わり)