夏野雨 2008年2月8日19時46分から2008年12月16日21時34分まで ---------------------------- [自由詩]アースシャイン/夏野雨[2008年2月8日19時46分] 一秒ごとに とどまる 時間が 抜殻として 輪郭を残し なだらかに 連なる 呼吸と 思考 いくつかは保たれ いくつかは置かれたまま ふりむけば うすい 半透明の 殻が ひとまきの 重なった レースの 模様のようだ 世界がいつもあたらしく目覚め続けるならば 受けわたされる熱は 熔けた 鉱石の 直視できない橙色で 空気にさらされ 表面に 皮膜を囲んでは こらえきれず こぼれる そのあかるいところ ぼくたちが 居る、とする 中心から 落ち続けて呼び合う 軌道 月は 毎秒0.136cmずつ 地球に落下し続けているが このふたつの天体が 衝突せず一緒に飛び続けられるのは 互いに引き合う力だけではなく 自らが目指した方向へ それぞれ進もうとする力が 同時に働いているためで 遠心力と それを呼ぶならば ぼくたちが 互いの姿を 見つめ続けるためには おのおのが ひとしく 生まれ持った孤独を どこまでも保たなければならない みあげる 月の 隠された あお にじんで ひかる アースシャイン 見えるだろうか 見えるだろうかそこから 満月より ずっと あかるい 碧が 水をたたえた ぼくの やわらかな孤独が ---------------------------- [自由詩]さんま/夏野雨[2008年3月15日19時09分] もつ煮込み屋で 黒ホッピーと さんまを食べる このはらわたをねえ 日本酒で食べたらおいしいんだよね それだったら、日本酒、たのめばいいじゃないですか そうだねえ そうなんだけどねえ もつ煮込み 砂肝 ハツ お客さん閉店ですから もう閉店ですから ぼくらは日に何度も まっとうな出会いと まっとうでない別れをくりかえして かけねなしの愛情と 死というものについて考え それはどんな遊びなの 遊びじゃないんです だってお金だってもうからないんでしょう 勉強なの 勉強じゃないんです じゃあ何なの はなうたみたいなもんです はらわた? はなうたです いっそはらわたでもいい 時間を切り売りして だいこんを買ったり 間違って包丁で指を切ったり お風呂入ってちょっとやわらかくなったりするはらわた 日本酒によく合うから もう大人だから どんな職業についたって 子どもをつくったって 家庭をつくったってよくて どこに住んだって 誰に会ったって どんなに遠くまで行ったって 帰ってきたって 帰ってこなくたって たえられるだろうか こんなに こんなにも世界が近すぎて 皮膚がうすくて なかみがすぐに でてしまうんです 氷のなかを泳ぐあいだは 銀色でいられる けれど ---------------------------- [自由詩]いつか、約束の/夏野雨[2008年12月16日21時34分] 小学校に行ったよ 山奥の 廃校になった なにもかも小さくて 洗面台なんかほんと低くて でも何でも揃ってて まだ、ひとの気配がした あんまり陽あたりがよくて 運動場も広いから ここに住むのもいいなって思ったんだ どの教室で暮らそうかな 音楽室か理科室かな でもピアノ弾けないし 骨格標本とか夜はこわそうだから 図書室がいいな たとえばさ たとえばね みんなで一緒に住むのもいいね まあ勝手なこというけど どうかな 歌が好きなきみに音楽室を 写真好きなきみに理科室を 手先が器用なあなたに図工室を紹介するよ 料理の好きなあの子は調理室に誘おうか もちろん ふつうの教室に住んだっていい 飽きるかもしれないから たまには引越ししたりして そうだ きみ飼育委員だったから うさぎでも飼う? あの子は旅がすきだから 社会科準備室 地図ばかりで邪魔くさいけど どうせ部屋に長くはいないでしょ 帰ってきたとき旅のはなしでもしてよ 僕は何をしようかな 花壇に野菜をつくろうか 調子にのって拡張して 運動好きのあの子と陣地争いしたりして でもここの土は茶色くて 雨もあんまり降らなそうだから ちゃんと育つかな にわとりを飼って フンを肥料に お風呂がないから困るねえ プールのシャワを温水にする? それとも思いきって屋上に でっかいお風呂をつくっちゃう? 最新のソーラーシステムさ そういうのきみ得意でしょ 子どもたちを呼んでさ きみに音楽を あのひとに理科を あの子に料理を あなたにダンスを 教えてもらって 僕は司書か園芸なら 大丈夫かな すこし勉強してさ もし お父さんとお母さんが 仕事で遅くなる子がいたら 授業のあと遊んだっていい 泊まっていったっていいんだ 夜に星座を教えてもらって 焚き火をしたり踊ったり そうだ芝居はあのひとにまかせて 君はギターを弾けばいい そんなふうに ずっと だめなのかな そんなんじゃ やってゆけないのかな いきていくだけで いいんじゃないのかなもう 野菜つくったり お風呂つくったり 小さい子と遊んだりしながら 年をとって それでも 新しい服が欲しくなったり 新しい街に行きたくなったり するのかなやっぱり 新しい地図は 魔法みたいにひかるから 今日ね ひとりでホテルなんて泊まれない、って 言ってるひとがいて へんなホテルじゃないよ ふつうの、旅行とかで泊まるようなホテルさ 僕の母親ぐらいの歳のおんなのひとだったんだけど いいなあって思ったんだ こわくて泊まれないわ、って 言うそのひとの幸福が まぶしくて どうかこの先もずっとこのひとが ひとりで旅にでるはめになりませんようにって こっそり祈った 小学校から帰る途中 夜を走るバスの つめたい窓硝子に 額を押し付けて 寝たふりしながら ねえ僕らはおんなじ夜にいるのかな 暗い道路を疾走するこの速度は きみに近づくあるいは遠ざかるこの距離は いつも均等なのかな あやとりの糸をひっぱるように どこまでも一本の線としてつながっているのかな さしだされたゆびのさきに 誰かの目に うつくしいかたちに 見えたりするのかな そうだといい ほんとうは ほんとうはね 山奥の廃校に一緒に住んでくれなくたっていい ただこころのなかで ただこころのなかでだけ そこにいて、一緒に 暮らしてよ 家みたいな学校みたいなその場所で 何かをつくったり 何かを教えたり習ったりお酒を飲んだり踊ったりしながら どんな季節も 越えて いてよ めじるしみたいに 変わらないで そうしたら そうしたらね どんなに長い時間が過ぎても どんな遠くの街からでも 僕たちはそこに帰ってゆける あやとりの糸を 遠くから見るみたいに うつくしいその場所に いつも必ず いつか必ず帰ってゆける ---------------------------- (ファイルの終わり)