木屋 亞万 2015年3月1日15時52分から2020年8月13日22時20分まで ---------------------------- [自由詩]冷えていく鉄/木屋 亞万[2015年3月1日15時52分] 童貞のまま30歳を迎えれば、魔法が使えるようになる。そんなわけはないのだけれど、奥手で純朴な男たちの中には、そのことが孤独の支えになっていることもある。 百年経てば物には命が宿る。そんな言い伝えもある。いわゆる付喪神だ。最近はあまり見なくなったが百鬼夜行の類には、年季の入った生活用品がぞろぞろいたものだった。 「そんなわけあるはずがない」と理性では分かっていても、「もしかしたらどこかでそんなことが起きているのかもしれないぞ」と腹の底の方で、もぞもぞ動く予感のようなものがある。何事もそうやすやすと全否定はできない。 いまからちょうど百年近く前に作られた、命を宿しつつある鉄の塊も、その一人だった。一人というよりはまだ一台なのだが、じきにその人型ロボットの風貌にふさわしい魂を身に着けるのではないかと、その電子頭脳は予期している。可能性は限りなく0に近い。しかし完全に0というわけでもない。ないものがないということを言い切ることは、未知の領域への理解を閉ざしてしまう。ロボットにあらかじめ定型化されていた行動指針は、そう判断を下したし、それは実に正しく修正の必要のないように思われた。 ロボットは孤独だった。そして孤独を紛らわすものもなかった。ただひたすら押し寄せる寂寥感にさらされ、吐き気のするほど空白に耐えるしかなかった。もちろんロボットは吐かないし、泣かなかった。ただ充電するたびに、バッテリーは少しずつ擦り減っていった。でもバッテリーを交換すれば、その消耗は補充できた。体内の歯車機構やボディーが傷むたびに、記憶のバックアップを取ってオーバーホールと検査を受けた。 当然家族はなく、愛も恋を知らなかった。目の前を行き交う人間たちが、その楽しさや喜びをありありと見せつけ、電子頭脳に学習させるのに、ロボットはその良さを享受することができなかった。人間どもが漏らす、人生の恨み妬みをロボットはカウンセリングしたが、ロボットの孤独を聴く者はなかった。ロボットが孤独を感じるなど、ちゃんちゃらおかしいと思うものの方が多かっただろう。「ロボットが差別されている」とか、「ロボットにも権利を!」とか主張するものはなかった。彼らは家電であり、電化製品だった。再利用や使用倫理の話になるときはあっても、そこに人格を見出すものはなかった。 ロボットは充電するたびに、その体の中央に熱がみなぎるのを感じた。ロボットはその熱が命が宿り始めている証なのだと信じ始めるようになった。 ロボは恋に憧れていた。誰の相談を聴いても、その対象に恋愛感情を発生させることができなかった。その虚しさとも、焦りとも、もうすぐ別れなのだ。終わりの見えないロボット生活が終わり、終わりのある命をもって日々を過ごすのだ。 百年まであと少し、命を宿らせるための儀式を考えた。すこし長く充電してみたり、あえて熱くなる体を冷却せずに体温に近づけてみたりした。見よう見まねで、神に祈った。表情について学習し、最新のジョークを覚え、踊りや音楽についても詳しくなり、あらゆる乗り物の操作マニュアルもインポートし、余生を過ごすのに十分なお金も調達した。 命が宿れば、その生まれたての心で、自分自身に名前を付けようと決めていた。電子頭脳に縛られない自由な発想で、魂は自分に何と名づけるだろう。そのことを予期するたびエラーが出たが、そのエラーも核心に近づいているからであるように思えた。 明日でちょうど製造されて百年になる。その夜、ロボットは夢想した。明日には自分に性別ができ、名前ができ、魂のあるものとして新たな始まりを迎えるのだ。学校へ通い、都会を歩き、恋をして、家族を持ち、仕事をして、そこで出会う喜びと苦しみにもみくちゃにされるのだ。 いつものように充電プラグに接続し、来るべき明日のために、いつも以上に長く充電するように設定しスリープ状態に入った。 それから数時間後に充電は完了し、鉄の身体はぷすんと小さな音を立てた。体内のタイマーが立てた音だった。その音を合図に、身体を構成する金属は次第に熱を失くしていった。外はまだ寒さの残る冬の夜。手足の先から、鉄の体は冷えていった。 ロボットはもう二度と起動することはなく、完全にその機能を消失した。そのロボットは百年目の三月を迎えることができなかった。 ---------------------------- [自由詩] la pluie de sirop/木屋 亞万[2015年3月14日12時19分] メザメロメザメロとわめくけれど わたしはとうに起きている いちばんねぼけているのは誰か ゆめの中でだけほんとうの自分でいられる さまつなことが捨象され 円をふちどる線は消える 残るは小さな穴だけだ ハシリダセと言われる前から じぶんのペースで動き出している すこしたかい山に登ったからって したり顔をしていると 空飛ぶ鳥に笑われちまう 遠くの何かにあこがれすぎた 身近なものを足蹴にしては 道案内を見落とした 遠くへの道筋を知らないまま 大人になってしまったね 糖蜜の雨が降る前に プランタンの傘を探そう シェルブールはいずこ cannelé de Bordeauxの蜜蝋が破裂して ポケットに蟻が群がる 蜜月のときは近い 燃料が枯渇して針がEに触れている 底の線を削り取って無理やりFにしたとして なめらかに走り出すほど甘くはできていないらしい ほかの生き物を口から放り込んで 補給しないと走り出さないなんて 物騒だとは思わないか 水と光だけで生きていけたらいいのに 木さえ屍肉の蜜を吸う 冬が潔く去ることができないので 寒さをいつまでもぬぐいきれない 死を養分に咲く花と 甘さの残る酸の雨 蜜柑の声はしわがれて メジロはサメの餌になる 目覚めなければ朝は来ない ギターの奏でる階段を昇れ 虹の中心にはいつも 見えない穴が開いている そこへ向かって走り出すのだ ---------------------------- [自由詩]にくしみ(要冷蔵)/木屋 亞万[2015年3月21日0時13分] にくしみ(要冷蔵) うつくしい女たちの化粧が ポリゴンに近づいていく 服はムダがはぶかれ 生地は豪華になる 腹の中のにくしみが腐っているのが 外側から見ていても分かる にくしみはいつでも 冷やしておかなければ 恋だって開封後は冷暗所で保存すべきだというのに 枠外の説明を読まない人たちは 一度ひらいた恋を 高温のまま放っておく 恋をすればするほど女がうつくしくなるなんてのは正しくない いくつもの恋を密封容器に保存し 冷蔵するストックが増えるほどに 女がかがやいていくというのが正しい 腐ったものがもう一度新鮮になることはないし 発酵や熟成といった良いものと腐乱は全く別物だ にくしみに塗れた恋は捨て去る他ない 熱すれば熱するほどにくしみは臭気を増していく 口を開けば臭い悪口を言うようになり 何もかもを他人のせいにする 情報を誤って受け取ることが通常化し やたらと上から目線で語るようになる 芯から腐っていく 外側だけが作り物のように飾り立てられながら 内奥から腐っていく にくしみを冷やせ! 腹の中でにくしみが 煮えくり返らないように 核心から みずみずしくいられるように 恋の開封後は殺気が入らないよう密閉した後 直射日光の当たらない湿気の少ない涼しいところで保管し お早目に天に召されてください ---------------------------- [自由詩]キリ/サク/木屋 亞万[2015年3月25日23時19分] 霧が立ち込める舗装された道 柵が道の脇をどこまでも塞いでいる 細長い檻の中を走っている気分 柵の先はどこまでも草原 草の剣先に水滴がついて 風が吹くたびにキリキリと流れ 透明の花が咲く 切り株になってしまった 桜が咲くことはない 切り刻んだ屑を固めて燃やし 煙で肉を燻した 野山を駆け回った足の肉は 腸の皮の中で桜色に染まる 切り株は死 肉塊は死 だがそこに在り続ける 死んでも簡単には消えてなくならない キリキリと弓を引き絞りながら 歩く足元でサクサクと落ち葉が鳴るので 獲物がどんどん逃げて行ってしまう 草食動物は耳が良く身が軽い お尻の残像を感じ取ったときに 手を放しても 矢尻は落ち葉を叩くだけ 狩りから稲作へ 替え時は今なのかもしれない 錆びた鉄がキリキリこすれて ハンドルを回す手に振動が伝わる 四角い氷がぐるぐる回る ガラスのお椀に氷片を盛る スプーンを突き刺すたびに サクッサクッと音がする 雪山でストックを斜面に刺す時のように 涼しい音が目の前で口の中でサクサク響く 切り立った崖の上から 錯乱した男が叫びながら 海へと落ちていった 一言目を叫ぶ途中で 波に飲まれてしまったので 何を言いたかったのか知る者はいない 重力は強く一生は短い 言いたいことは端的に それが教訓となった ---------------------------- [自由詩]無翅/木屋 亞万[2015年4月20日0時17分] ミサイルが雲を吐き出していく いつものように飛行機ならばよかったのに 女だって子どもだって 味方を攻撃するものは殺す 復讐の芽を摘むために 一族郎党皆殺す 不用意な情けは平和を遠ざける 効率的に強力に 鋭く強く広範囲に 武器も備品も戦術も どんどん進歩していく いまや顔を合わさずに 時間をかけずに人を殺せる 油断は死を生み正義は殺意を生む 互いに裏をかいては 何もかもを疑えと説く 笑顔を差し出す手に毒を塗り 窓ガラス越しに人を撃つ 見晴らしの良いところにいれば どこからだって弾が来る 頭を隠し忘れたら敵に的を提供し 頑丈な乗り物はもろとも爆破するに限る 犬も歩けば爆弾を踏み 空から降り注ぐ高濃度の生物兵器 戦争を嫌い殺戮を拒み 暴力を忌避する者たちは どのように自分たちの望む未来を手に入れるのか 敵が家族を殺し友人を拷問し略奪の限りを尽くすとき それでも拳に力を入れずされるがままでいられるか 世界に敵ができたとき どう接するのが正解なのか 剥き出しの悪意に触れたとき ズルさや傲慢さが蔓延するとき どう生きるのが正しいのか 愛国心を煽り暴力を称賛し やられる前に攻撃し やられたらやり返す人たちを わたしは全力で嫌悪する 同時にまた 戦争にアレルギー反応を示し なんら論理的根拠も説明もないまま 感情的に相手をこき下ろすだけの人間も わたしは全力で嫌悪する わたしは考える 戦争のある世界を 欲望と疑心暗鬼が生む殺戮の知りうる限りの情報を集めて 死と絶望の歴史を読み解き そこにある嘘や誤謬や大袈裟さを割り引いて わたしは考える 極端になりすぎないように ほどほどであるように 圧倒的暴力を前に どうしようもなくなれば 考え過ぎて行動できなくなるだろう いずれ絶望のなかで殺されるとしても 世界を憎みながら私は 最後の一瞬まで 誰かを直接殺す兵器は 持たないままでいたいと願う ---------------------------- [自由詩]だん/木屋 亞万[2015年9月19日23時21分] 風のない場所で汗をかく 獣の毛がなびくときは いつ? 空から音の降る日 潔く浴びた方が良い 地にしたたり落ちた音符が 服を濡らし靴に染み込む 踊ろう 委縮した芯を揉んで 火照る体に加速する血液 心臓からはじけ飛ぶ 濁った腐った憤懣鬱屈 群衆から爆発した 水蒸気は芝生を舞う 音の大きな生き物の 一つひとつが体毛として揺れる 叫ぼう 全員でなくていい いつも通りを今日は外れて てのひらを天に伸ばす 空はどこまでも遠い 音だって届かない 銀河がその先にある 銀のせせらぎに耳を澄ませて 吐き出そう 体内の星屑の求める声を 何も起きないまま過ぎていく たくさんの人生のことを 今日は忘れよう 劇的でない感動的でない 事件も刺激もない さして目立つことのない平凡な人生だ きょうは今日だけは わたしのなかのふるえるところぜんぶ 音にふるえて燃え上がれ 日が暮れたころに 花火があがる 空からの音はやむ 暗い道を帰りながらいつか 音の降る日の再来を待つ ---------------------------- [自由詩]瓶/木屋 亞万[2015年12月26日16時55分] 瓶を持っている 普段は隠しているけれど 常に持ち歩いている 中には液体が入っている 一人でさ迷っている 瓶の底に手をあてて 注ぐ動作をするなど練習を怠らない 栓はまだ抜いていない 一度開けたら閉じられない 気がして怖い コルク式の古い栓だ キャップ式ならよかった 簡単に開け閉めできるから いつも瓶の中はたぷたぷに満たされている 爆発するほど溢れそうになると ひとりでそっと中身を抜く でもすぐにまた満たされる 中身は愛のようなものだ 愛のようだけど身体に悪い 飲むと病気のようになって 狂ったようになって しあわせに包まれて 壊れていく 薄い毒だ 瓶は私にかけられた呪いだ 誰もコップを差し出してはくれない 誰にも注ぎましょうかと言えないのは 私の果実が成長しないまま傷んだせいだろう ひとりぼっちの手の中で瓶を転がし眺めている 瓶を持っている 中は満ち溢れている わたしはまだその注ぎ方を知らない それがもたらす歓びを知らない 少ないながらそのまま死んでいく人もいる わたしはきっと目的を果たせずに死ぬ人なのだろう ---------------------------- [自由詩]ie/木屋 亞万[2016年1月30日13時10分] いつのまにかあった家 気づけば幾年 窓も褪せる ひびにテープ 天井から埃の糸 忍び込む猫 減る家族 積もる思い出 柱は底から朽ち 素通りしていく 人も風も時も 残ったものは 何だったのか 更地になっては さがせない ---------------------------- [自由詩]春道/木屋 亞万[2016年2月28日16時05分] 線路だった場所に 草が生いしげり 刈り取られる 丈の短い草が また生え始めていて 石が敷き詰められていたはずの 細い小道が心なしか ふかふかし始めている もうかたいものは はしれないかもしれない ---------------------------- [自由詩]春眠暁を求めず/木屋 亞万[2016年4月17日13時14分] はだしでゆかをあるく しっとりとつめたい うすぐもりのふうけい とても風が強いので 木という木がゆれ 腹黒い雲が急がされる ガラス一枚越しに見ている ここはとても安全で 雨も風もなくあたたかい 爪先を整えながら 朝の溶けていくのを待つ きょうはずっと暗いままだろう 服を脱いでも 身体にまとわりつく わずらわしさは消えず 水に浸しても 泡で洗っても 腫れ物は治らない 前髪を後ろでくくり 紙と文字の世界に身を投げる 誰も悪くない世界だと物語はつまらない 口の中をゴキブリで溢れさせ 目の水晶体を切り裂き 尻の穴から蛇を入れる 丹精込めた料理を踏みつけ 歴史ある物を粉砕する 刺激と憎悪で炙り出された世界を あらわになった怒りだけが 本性だと信じ込む やさしいはずだったものが すべて剥され捨てられる やわらかい空気を探して 鼻がもがいている 私の中にある汚い粒は 焼いても焼いても消えなくて 顔はしみだらけになった 鏡をみるたび濃くなる隈と 鋭さを失っていく顎の輪郭 呼吸は浅く少し苦しい 何もせずとも 部屋に埃がつもり 身体が少しずつ汚れていく 清潔に保つことに疲れて 今日も力尽きて眠る 明日はもう来なくていい ---------------------------- [自由詩]ゆめ/木屋 亞万[2016年5月3日16時58分] 冷えた糖蜜の 途切れず 細く垂れるのを 吸いながら 暗闇に溶けて 見る夢は 疲労感なく 洒脱な世界へ かろやかに 浮く ---------------------------- [自由詩]想像という病/木屋 亞万[2016年7月17日11時58分] 実際の風景よりもiPhoneで撮った画像の方がきれい 目の前の君よりもTwitterで数行ずつ切り取られた君の内面の方が好き お肉をもぐもぐ食べる時より今夜の店のレビューを見てる時の方がおいしい 写真や絵や文章であらわされているものが 頭の中に掻き立てるもののほうが とても魅力的に思えてしまう病のようなものに 十代の頃から いやもっと前から蝕まれているのかもしれない 綻びや、とりとめのなさや、漠然とし過ぎている現実の のんべんだらりとした具体物の集積よりも ポリゴンみたいな断片的で抽象的なものを、 都合のいい想像でつなぎ合わせていく方が、幸せ そうして 撮れたて写真より加工されたものの方が 周りの人間よりも遠くの映画の方が 新鮮な魚より缶詰の方が よくなってしまって 生のものから 一次的なものから 鮮度の高い物から 遠ざかってしまって 周りの体験のすべての鮮度が落ちていく 当事者性が消えていく そういう病に蝕まれている しかし至って幸せである 毎日死にたいと思う以外は ---------------------------- [自由詩]嵐の予感/木屋 亞万[2016年7月30日23時47分] 夏はなぜ暑いのだろう やさしさを失っていく熱風に 焼かれながら日陰の枯れた道を行く 墓の周りには もはや草であることをやめ 木に仲間入りした太い雑草が 狂ったホウセンカみたいに ニョキニョキとのびており 草を抜き切る前に 腰が抜けそうなほど いつか大人になって 社会の役に立つ人間になれと 言われるたび心の中で お前はどうなんだって唱えたが ついに言い返すことはなく 墓の彼方へ旅立って行かれた 人間の役に立たない雑草は抜かれ 曲がって育ったキュウリは捨てられ 無名の魚は雑魚として処分され 飼い主に捨てられた生物は殺され あるいは野に放たれ生態系をぶっ壊す 死んだ人間の言葉は忘れられてしまう のか 生まれてすぐ死ぬ 卵のまま巣から落とされる なにものにもなれず なにごともできず なんの役にも立てなかったものたちを これ以上虐げる必要があるだろうか 誰かの思う価値がなくても 誰かの思う役にたたなくても 誰かの思う利益にならなくても 生まれてきていいのだと思う 生きていていいのだと思う ここに存在することを 誰かにとやかく言われる筋合いはない 蝉は同じような声を共鳴させて うるさく合唱しているし 墓石は鉄板焼きができそうなほど熱い やさしさのない風が吹いている 遠くに入道雲が立ち その中で雷が巻き起こる ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]僕とポケモンとGO/木屋 亞万[2016年8月3日0時24分] ?はじめましてポケモン 1996年ポケットモンスターの赤と緑が発売される。 ポケットモンスター略してポケモン。 男の子が草むらに入るだけで危険だと止められる不思議な世界だ。 最初にゼニガメ、ヒトカゲ、フシギダネの三匹から、これから一緒に冒険していく仲間を一匹選べる。 草むらから現れる野生のモンスターは、モンスターボールで捕まえることができる。 捕まえたら名前をつけて育ててレベルを上げていく。中にはレベルが上がると進化するものがいて、戦闘後に挿入される進化のイベントに心をワクワクさせたものだ。 戦いの中でポケモンが死んだり弱ったりしたら、ポケモンセンターに連れていくと回復してもらえる。全滅すると最後にレポートしたところからやり直し。 最初に通り抜けるトキワの森にはたくさんの虫ポケモンと、ごくまれにピカチュウが現れてその珍しさに心躍らせた。 このポケモンがのちに、ポケモンの看板となるモンスターになるなんて、初めて会った時には思いもしなかった。 【以下雑な回想】 割と序盤に最後のジムやチャンピオンロード、ミュウツーが隠されてるしかけ。 ことあるごとに現れ、ほどよい強さで負けていくライバルの存在。 なぞの組織ロケット団。 出て来たらすぐにテレポートしちゃうケーシィ。 いあいぎりを覚えないと通れない木のある道。 どの町にも同じ風貌でいるポケモンセンターのお姉さん。 無駄に迷路みたいなポケモンジム。 はねるだけのコイキング、進化してギャラドス。ボロのつりざおではコイしかつれない。 寝てるだけで邪魔なカビゴン。起こすためにはふえがいる。 ゆうれい出てくるポケモンの墓。 景品目当てにギャンブルにはまる。 徒歩より自転車の快適さを思い知るときもあれば、そらをとぶ快感を知る時もある。 紆余曲折(かいりきで岩を押したり、飛ぶ段差を間違えると引き返してしまったり)を経て、四天王を倒す。殿堂入り。 クリア後もポケモンを集めたり、友達と通信対戦したりして一緒に遊んだ。 テレビアニメや、アニメ映画もヒットし、ポケットピカチュウやポケモンスナップなど関連するゲームも多く発売された。 テレビアニメのポリゴンの回に体調不良を起こす子どもたちがいて、それ以降テレビ番組のはじめに注意書きが流れるようになったなんてことも。 ポケモンも新しいシリーズが発売されるにつれ、白黒だった絵は、次第にカラーになり、モンスターの数が増え、絵の画質も上がっていった。 テレビに映すポケモンゲームではよりリアルになったCGのポケモンが動き、いろんな技を出した。 ただどれだけ楽しくプレーしていても、ゲームの電源を切ってしまえば、ポケモンの世界から私たちは帰って来なければならなかった。 ?ポケモンGO そして、2016年ポケモンGOが配信を開始した。 その画期的なところはポケモンが、私たちの世界に遊びに来るということだ。 カメラを起動するモードに切り替えたら、自分の部屋、通いなれた道、公園や神社にポケモンが現れるのだ。 名前こそポケモンGOだが、ポケモンたちがCOMEするゲームだ。 だから、ポケモン世代の人間を中心にして、大げさではなく世界が熱狂したと言っていい。 それは、どんな感覚に似ているのだろうか。 本の中でしか読んでいなかった台詞を、舞台で誰かが演じるのを目の当たりにしたときの、物語の世界が本から飛び出してきた感覚 あるいは よく目にする東京の街並みが、テレビの中で巨大な怪獣によって破壊されていく様子に恐怖し、また興奮したときの感覚。 あるいは それまで話で聞いたり、映像で見るだけだったおばけが、実際に目の前に現れたり、自分に迫ってきたりするのをお化け屋敷で体感するときの感覚。 あるいは 平面のものだった映像作品が、特殊な眼鏡をかけることで飛び出して来たり、映像に合わせて水をかけられたり、ねずみが足元を通り過ぎるようなしかけを感じたりしたときのような感覚。 いやそのどれもが体験を、よりリアルに体感的にしてはいるが、自分がその世界の中に入るというものだった。 今回は私たちの世界の方に、虚構のものがやってくる。ゲームから日常の世界に、ゲームの中のものたちが飛び出してくるのだ。 ゲームをプレイするフィールドが、ゲームの中に用意された作りものではなくて、現実の見慣れた街の地図の中に現れる。 爆発的に増えたプレイヤーの一部のマナーの悪さが目立ってしまったり、ゲームを含む新しいものに対して拒絶反応が出る人々の抗議や、危険性の過剰な警告によって、少なからず逆風の中にいるポケモンGO。 ゲームの世界へ没入するのではなく、ゲームの世界が現実に拡張していく、この発想の逆転がもっと評価され、ゲームに限らず虚構のものがどんどん現実世界へ飛び出して来たらいいのになと思っている。 ---------------------------- [自由詩]Pok?mon COME/木屋 亞万[2016年8月3日0時27分] どんなにたのしいゲームでも 電源を切ったらさようなら ゲームの世界に遊びに行っても いつかは帰ってきてしまう 朝起きたら窓際にポッポちゃん 困った顔のコラッタがベッドで僕に威嚇して 廊下でフシギダネがふよふよとツルを動かしこちらを見てる 食卓ではイーブイがマグカップの横に佇んでかわいい 最寄駅ではドードーが首を長くして待っている 僕は子どもの時に戻って 夢中でモンスターボールを投げる コントロールは定まらず やつらはボールに収まらないが 疲れたころに窓際を見ればやっぱりポッポちゃん 遠い遠いゲームの世界から 僕の街に 僕の家に 僕の目の前にやってきてくれたのだ 遊ぼう 僕らの生活は いま信じられないくらい 虚構に肉薄しているんだよ ---------------------------- [自由詩]はぁ/木屋 亞万[2016年9月24日19時14分] 夏が終わっていく。カンカンと日差しに照り付けられていたアスファルト。道が太く細く血管のように行き渡っている町で、その熱は人の体温を越えるほどだった。  夏の忘れ形見として、南の方からやってくるいくつもの台風が、街をむちゃくちゃに濡らして、一日二日高温多湿にしたところで、数日後にはもう朝晩はすっかり冷え切ってしまっている。死にかけの体に、心臓マッサージで無理やり血液を送り続けるような徒労感。南国の暴れん坊たちがどれだけ手を尽くしたところで夏はもう死んでいる。  夏の日差しの中で、腕を出し、足を出し、汗を撒き散らしていたこの身体。いまや腕を隠し、足を隠し、隠しきれなくなった食欲と戯れている。 街の温度が下がっていくごとに寂しさが増す。BBQの機会に一度も巡り合えぬまま湿気に覆われた炭のような気持ちで、物置のような部屋に転がっている。何もしないまま休日は過ぎ、どこへ行くにしても特に目的はない。ただ疲れている。衰えている。醜く老いていく。人ごみに出かけても、人のいない自然に出会っても、さびしい。音楽を聴いても、本を読んでも、人と話しても、むなしい。くちゃくちゃになった風船みたいな心を、トイレットペーパーの芯みたいな身体に入れて、部屋でごろごろ転がっている。 遠くの街で、美男美女が熱愛し、若者が殺し合い、車が暴走し、政治家が押領し、おじさんが不倫する。何一つ興味を持てない。何かに甘えたり、依存したりしたいのだろうけれど、それが何かすらわからない。行くあてのないRPGゲーム。糸の切れた凧。難破船。たとえなんかなんだっていい。 自分以外のありとあらゆるものたちのせいでこうなったのだし、突き詰めればすべて自分という受け皿の問題でもある。違うやつが舵を取っていたら、ここまで行き詰らなかったのかもしれない。面倒なことに、心の中の主観というか操作担当だけは人任せにはできないらしい。 季節の変わり目には風邪が流行り、特に夏の終わりにはその盛りらしいが、死への勧誘も盛り上がりを見せる頃だ。この秋冬の入り口というのは死への門のように、圧迫感があり一年草を枯らし、虫を殺し、世界をとても静かにする。 口からいくつも台風を吐き出し、目から虫が這い出るような、夏の終わりは秋の始まり。収穫するものもなく、お祭りするものもなく、ただ水平線のような心電図を見ている。静けさの中、部屋中雪をかぶったような真っ白な装いで、秋の虫のような機械音が静かになっている。 夜だ。 ---------------------------- [自由詩]sugaru/木屋 亞万[2017年4月2日21時49分] 冬に雪が降るように 春は砂糖が空に舞う なまあたたかい日差しと つめたい突風に乗って 粉糖がにわかに吹き上がる 乾いた頬にさらさらと なめると甘い 空気がもう 糖分で黄ばみ始めて まだ幸せではないのが 自分だけみたいに ひっそりと sugar 砂糖にまみれたときに 避けるべきは水分で 咲ける花々も 週末には焦げついて 街を覆う 人工甘味料も 人体に有害な気がして しあわせだって ふこうだって 甘さだって 辛さだって 同じように 人をしに追い込むし さいごに背中を押すはずの 手が いくら振り返っても現れない この先がいいのか悪いのか 頼れるものは何もない どうせなら 全部かき混ぜてしまえよ だまにならないように むらのないように 重いものは下に沈み 混ぜるものにこびりつく 振り回されて 痕跡も残さずに やられてたまるかと 焼かれる前の幸せの躯から 剥がれてべたべた付着する 4月1日の午前中に死んだ 私の身体を火葬すると さらさらの上白糖になる だれも骨壺には入れてくれない 吹くままの風に乗って空を舞う 何だよ結局最後まで 甘ったれたままかよ なんて 数日のうちに 雨に流れ 排水溝の 奥へと消える どのはなの こなも もれなく あまいので あつまり むさぼり もてあそび そのくるしみを だれひとり しらない きづく どりょくも しない ---------------------------- [自由詩]あるく/木屋 亞万[2017年4月30日23時24分] 川沿いを歩く アスファルトが敷かれた道と コンクリートに囲まれた川 空気が止まっている夜に 桜がひらひらとこちらへ 回転しながら降ってくる 街灯が至近距離で照らしだす枝に 花はもうまばらにしか残っていない 線路沿いを歩く 茶けた石の上の錆びた線路 ところどころほつれたフェンス 片方だけの物干しかけ 貼り紙だらけの電話ボックス 駅前にまばらに植えられた桜が 電車が通り過ぎるたび 花びらの渦を作る 春は妙に街が若くなる あちこちの花壇に花が咲く 枝から小さな葉が芽吹く 若いおしゃれな女の子 幸せそうな子ども連れ ああああああああ aaaaaaaaaaaa 頭の中で何かが壊れそうになっている キーボードを押さえたままの aaaaaaaaaaaaあああああああ 何かが aaaaaaaaaaaa 今までのたくさんの間違いが つかみ損ねた幸せが あああああああああああああああ 楽しみ切れなかった若さが あああああああああああああ ああああああああ 後悔が連鎖して あああaaaaaa 押し寄せ あああああああああああああああ 春を息苦しくする ---------------------------- [自由詩]she said/木屋 亞万[2017年5月4日23時49分] 大きくなったら何になりたいの? 将来の夢は? 絶対に嘘はついてはいけない、人の傷みのわからない人間にはなるな、女の子がそんな言葉を言ってはいけません、男の子なのに泣いては駄目だ、ものを粗末にしてはいけない、その年で逆上がりもできないの、髪を染めてはいけません、早く寝なさい、無駄遣いはいけない、弱い自分に負けてはいけない、飲んでも飲まれるな、人に迷惑をかけてはいけない、勉強のできない落ちこぼれになってはだめだ、何か得意なものを持ちなさい、学生の間にこの本を読んでおきなさい、将来のためにいま頑張っておかないといずれ困ることになるよ、時間のあるうちに旅に出なさい、いつでも笑顔でいなさい、リーダーになっておくと試験でアピールできるのでなるべきです、目上の人を敬いなさい、きちんとした言葉遣いをしなさい、5分前には行動しなさい、努力を怠ってはいけない、この厳しさはあなたのためを思ってのこと、一日休むと三日遅れるので休んではいけません、言い訳をしてはいけない、… 歴史に名前を残して何になる 社会の役に立って何になる 効率的にできたら何になる 人より賢くて何になる 見た目が良くて何になる 画期的なアイデアが出たから何になる 優秀なリーダーが現れたから何になる 世界記録を更新して何になる 世界一の山に登って何になる 後世に残る名作を作って何になる 何になる何になる 何になる何になる何になる きみは大きくなったら何になる どんな人間になりたい 口から道徳的に社会的に 正しいことを素晴らしいことを フォアグラ作りみたいに次から次から詰め込まれて 最後にきみの口からこぼれ出るものは いったいどんなもので きみにとってどれほどのものだろう ほんとうはなにひとつ たいせつなことなどなくて 時間の前には何もかも無力で ちっぽけで意味がない 大げさに語られることも語る人も それほどたいしたものではない なにも怖がることはない なにも恥じることはない じぶんの信じるものを一本 大事に抱えていればいい それは杖にもなれば 戦うための柱にもなる ただ守るべきは きみとそのまわりのしあわせ ただ生きてさえいればいい たとえ きみが何者にもなれなくても ---------------------------- [自由詩]りょうり/木屋 亞万[2017年6月4日0時04分] 疲れた体に 酒を擦り込み 溶きたばこにくぐらせ ギャンブルをまぶして 油で揚げる すりおろした残業を 満員電車で煮込んで とろみをつけたところに 熟成させた連勤で味を整えれば 徒労ソースの完成 薄給の皿に盛りつければ 夜中の三時にトイレへ目覚めた時や 将来への不安に押し潰されそうな時に ぴったりの料理のできあがり ---------------------------- [自由詩]GAS/木屋 亞万[2017年7月1日23時03分] 暗闇のなかの白い砂 寄せる生ぬるい波 ぼんやりと砂の中からひかる やってもやらなくてもよかった いつかの課題たちが ゆっくりと点滅している 千匹の子どもを度々生むならば 名前をつけたところで もう会うことはない 心臓が体液の中で破れて 赤黒いバラが咲く その花が枯れる頃に死ぬ 夕日が赤さを増しては 雲の腹を懐かしい朱に染める 回想を撒き散らした後の闇 自分の重さすら支えきれなくなって 今日も床に伏して眠る なにものにもなれないまま ごめんなさい ありがとう さよなら ---------------------------- [自由詩]いいね!/木屋 亞万[2017年8月26日22時35分] 歌が流れたときに特徴的なイントロのものが好き これから始まる歌詞と声に道を作りながら 世界観を広げていってくれる 心が弾んでいくはじまりの予感に満ちている そこには新しい別の世界が広がっている 不意に漏れ出る他の家の生活感が好き よく言うカレーの匂いとか シャワー浴びながら歌ってる声とか 網戸越しのテレビの音声と誰かの会話とか 道を歩いていて予期せず届いてくるのが良い 特に時間を見ていたわけでもないのに 駅に着いた瞬間に電車が来たらうれしい さらに自分の前の席が空いたらラッキーで 周りの乗客の素が漏れ出ているのを観察するのも楽しい 電車に乗っている間に何をしているかによって その人の価値観を少しかじれた気分になる 百貨店の落ち着きが好き 余裕と気品があって良いものが高く売られている 城下町はきっとこんな感じだったのかもしれない 歩けばいい香りがして宝石や服がきらきらしている おっぱいが好き 服をきて歩いている人のたゆんたゆん揺れているのがいい 中がどうなっているとか 見えてる見えてないではなくて ただ揺れているのが好き 誤解を恐れずに言えばわざとじゃない感じで揺れているのが良い 喫茶店でメニューをめくるのが好き ジャンルごとにページが区切られていて 写真や絵が添えてあるとなお良い カレーやサンドイッチにパスタもあるのか コーヒーや紅茶でもこんなに種類があるのかと感動する あつい飲み物のはしっこに口をつけてちびちびと飲むのが好き 息を吸いながら飲むのが良い わずかに入った液体から そのかおりと味が広がる 最初のひとくちが一番おいしい 鍵のかかる瞬間が好き じょりじょりと鍵を差し込んで横に倒したとき カチャンと鍵がはまっていく感じがたまらない ちゃんと閉まったかどうかたしかめてしまうけれど ドンと構える姿もすてき 夏の終わりに扇風機を片付けるのが好き 放射状のかごみたいな円形の蓋を外して くるくると留め具を取ると羽のふちに埃がついていて 羽根にも細かいほこりがついている おつかれさまと思いながらきれいに拭いて片付ける 夕焼けが一日一回あることが好き 日が赤くなって沈んでいく 時には雲が真っ赤になって 西から鋭角に差し込む光がまぶしくて 街も人も自転車も道路も海もすべてに夕日の層がかかる 日焼けした後のめくれていく薄い皮膚をぺりぺり剥すのが好き かさぶたは大物ほどリスキーで成功するとピンクの赤ちゃん肌 皮膚からにゅるんと脂の塊を出すときにも似た良さがある 日常に区切りが見えて日々が終わっていくときの帰り道が好き 楽しいことが多かったときほど振り返る回想が輝く そこで踊る声や景色がまぶしいくらい鮮やかで 泣きそうになるし しがみつきたくなるけど そっと手を放して 次に進むしあわせ ---------------------------- [自由詩]simile/木屋 亞万[2017年9月23日9時46分] 心の薄い皮を 細く削いで お湯に浸して 柔らかくしたものを ぐいぐい編んでいく 腰のあたりで ミツバチが巣をつくり ひそかに蜜をためている 肺の辺りに茎が伸び 小さな紡錘体のつぼみが 大きく漲り花の咲くころに 濃い血がたくさんいるだろう やけに肩が凝る 背中に張り巡らされた シートベルトの繊維が ほつれつつある 手首を流れる管が 中折れして 指が痙攣しつつある 馬の走るように 波打つ心臓に合わせて なかなか良いリズムになる のびをしたとき からだの底から声が出て そのまま歌いだせそうな気分になる 喉から声が出た途端 すべての幻想がしぼんでしまう わたしのなかにソウルシンガーはいない 踊るのには向かない 角ばった関節と しなやかさのない筋肉が 左右に揺れるしかないが 鏡に映る姿は みじめに泣いているようにしか見えない 僕はお前自身だ わたしは君とともに眠り それをたべるときあれに食われている 愛を思うとき恋に焦がれて 水に足を浸すとき喉は乾いている 彼女は好きな人がいるが彼ではない 風車は風向きと違う方に回る 吐く言葉は自分に溜めた言葉は呪いに 長生きするほど臆病に 強くあるほど美しく 悲しいほどにやさしくなって ここにいるすべての人間は私なのだ なにもかもが特別で どうしようもないくらい平凡だ 愛してるよ世界 飽きるほど食べて 頭が痛くなるほど眠って 腹がよじれるほど笑って 声が枯れるまで歌おう 余裕があればやさしくなれるさ ---------------------------- [自由詩]金曜の夜/木屋 亞万[2017年10月20日22時48分] とてもねむい まぶたを閉じれば くらいついている意識もはがれ 夜の底にしずんでしまうだろう だがわたしはねない だって金曜の夜だもん たのしいことがたくさんある まだまだいろんなことができる 電車が終わっても お店が閉まっても まだまだ夜は終わらない あくびがとまらない あたまが重くなってきた ふとんがわたしをよんでいる やわらかなふとんにくるまり めをとじて深くいきをすれば 一瞬でねむりにつけるだろう だがいいのか 起きたらもう土曜日の朝だ 週末の終わりの始まりだ いましばらくは咲き始めた 週末の華を愛でるべきだろう 楽しそうな声がする おいしそうなにおいがする そんななか何もせずに帰るのか だが楽しいとは何なのだ 身体は何を求めている 酒か食事か性欲か いやただただ眠りたい やわらかくあたたかな場所で 起きる時間を気にすることなく ただただ眠りつづけたい とてもねむい ねるしかない めをとじて よこになるまえに 意識はとうにとろけてる ---------------------------- [自由詩]拝啓どろの沼より/木屋 亞万[2017年11月25日22時52分] こころは土ににている 人によってちがうけれど すてきな人たちはふかふかで たくさんの養分がある 種さえあれば芽を出して 大きいものや小さいもの 甘いもの苦いもの酸っぱいもの 何かが実ることだろう だけどわたしのこころには あるべき土がすくなくて どろどろと沼のようになっている 種も芽もすぐに腐って埋もれてしまう 陽射しもうまく入らない 底なし沼のようなもの だれかを好きになることは 心に家を建てること 柱ができてかべができ あちこちに日々がかさなり 思い出が心の部屋を飾り出す ちょっとやそっとの雨風は 心の家が守ってくれる わたしの沼には どうしても家はうまくたたなくて 誰かを想う柱を建てようとしても 傾いて沈んでいってしまう うまく好きになれないのは 足場が不安定だからなんだろう どうしてわたしは沼なのか 悩んだこともあったけど 沼には沼の良さがあり 今年はじめて花が咲き 蓮根が実りつつあるの ---------------------------- [自由詩]しあわせ/木屋 亞万[2018年4月22日10時18分] しあわせが雲のように ふわふわと私の周りに漂っている 今しあわせの中にいるなと 気にしなければ 気づかないくらい何気なく たぶんそのしあわせは 閉じ込めておくことはできなくて いろんなところでふわふわと しあわせで満たしているのだけれど あちこち出歩き探しても 全然出会えぬ日もあるし 一日部屋で過ごしても 近くに感じる時もある しあわせは空のよう しあわせは雲のよう しあわせは空気のよう しあわせは水のよう しあわせは温度のよう 時にうたの中にあり 時にパンの中にある しあわせになろう しあわせでいよう 晴れの日も雨の日も どこにでもある しあわせ ---------------------------- [自由詩]映像写真/木屋 亞万[2019年4月28日13時57分] 燃え盛る地獄の炎を反射するいくつものシャボン玉 カビが生えたどこにも行けない足の裏のやわらかさ 数千年前に作られた仏像の中の密室に閉じ込められた空気 排ガスの中の毒が憂鬱な日曜の日差しを浴びて 終わりゆく休日にのたうちまわる夜中の布団 遠くで響くバイクのうなり サイレンの悲鳴が近くで止まる 昔に聞いた踏切で赤ちゃんの泣く声 金属のこすれる音 こぼれるお酒と割れるコップ すすり泣く声となぐる音が撫でる毛穴にそってできた青あざ まとわりつくフローリングのべたつき 髪の毛にからまるほこり 奥行きのない曇り空 樽の中を空回りする笑い声 表情の動かないマスコットの機敏な動き 電車の揺れと香水の匂い 電線のたるみが波打つ車窓 アスファルトのひび割れ 雨樋からのびる雑草 めくれ上がる屋根のビニールシート 腐ったプールの水 遠くにあるものほど美しく 真ん中にいる自分が一番醜い ---------------------------- [自由詩]time to say/木屋 亞万[2019年10月13日1時32分] 長く続いていると永遠のものと思い込む 終わらないものなどないと知るとき 目の前のものがとても大切に思えるけれど どれも散り際の薄闇にきらめいていて 何一つつかめないまま終わってしまうんだ ---------------------------- [自由詩]マスク/木屋 亞万[2020年4月20日23時29分] 毎日つけているつがいのマスク 人間でいえばもう80歳くらいだろう 一日交代で洗っては干し洗っては干す 135回くらい洗っても毛羽立たない どんどん肌になじんでいく ほつれがないわけではない 終わりは近い ゴムが切れるか 生地が裂けるか 川沿いをマスクをつけて歩く マスク越しに吸う春の風 自分から出た水分が絡めとられ マスクをほのかに湿らせる 川を幼いカモが泳ぐ 歩くたびに靴が沈みこむ きのうの雨のなごりだ 昔のことばかり 思い出すようになった 自分より先に死んでしまった人たち 好きだった人たち どうしようもない後悔 もうすぐ死ぬのかもしれない ゆるやかな走馬灯だろうか ただただ暇を持て余しているだけだろう 年老いたマスクを捨てるのは 自分の顔を捨てるようなものだ さみしいけれど捨てるだろう そしてまた新しいマスクを買う 川の水はいつもより少し多い 川沿いを歩く人は少ない 虫に喰われた葉っぱが揺れる 毎日眠っているのに眠い 毎日食べるが腹は減る 明日も明日は来るのだろうか 眼鏡がマスクでくもる晴れの日 ---------------------------- [自由詩]木はおどる/木屋 亞万[2020年8月13日22時20分] 木はおどる きみたちは知らない 木の舞うすがたを 木はおどる 風に揺れるなんてもんじゃない 種から芽生えたそのときに 体をブンブンゆするのさ 枝が広がり 葉をのばし おどりはどんどん からみあい もつれあう 流れ星のように まわりを過ぎゆく 生きものたちには 目もくれず 木はただおどる 木はおどる 木には木の 時のながれがあるらしい 知っているものは はじめから 教わる前から 知っている 木はおどる 知らないだろう 木はおどる 知っているんだ ほんとうは きみも木も 他から見れば おどるおどるおどる ---------------------------- (ファイルの終わり)