いとう 2005年1月22日15時40分から2005年7月5日10時35分まで ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]輪郭のない自由/いとう[2005年1月22日15時40分] 「やがてぼくらは輪郭のない自由になる」に寄せて http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=10962 R.D.レインという精神医学者がいるのだけれど、 彼の用語の中に、「存在論的不安定」という言葉がある。 自己の存在、自身のアイデンティティが確固たる存在感を持ち得ない状態であり、 それを補強するために、「他者」という概念、存在を アイデンティティ成立条件として持ち込むと、 初めから不安定な「自己」が、その持ち込んだ「他者」に侵食されていく、 「自己」が「他者」に引き裂かれていく、という理論だ。 輪郭のない自由。 この言葉は、その対極にある。 輪郭は存在しない。 すなわち、「自己」と「他者」が絶対的に孤立した状態として捉えられておらず、 その結果、侵食などといった概念から解放されているのだ。 区分がなければ侵食は起こらない。 あるいは、侵食こそが私たちを私たちたらしめる。 この詩は「ぼく」と「エム」の物語ではなく、 「ぼくとエム」の物語だ。 エムがぼくを形作る。そして、ぼくがエムを形作る。 ぼくはぼくであると同時に、(エムの一部ではなく)エムを形作る一部であり、 エムはエムであると同時に、(ぼくの一部ではなく)ぼくを形作る一部であり。 そのような世界。そのような自由。 そして最終連、この自由は、地球すべてに到達する。 すべてのあなたが私を作り、 すべての私があなたを存在させている。 そのような世界。そのような自由。 自己の存在を制限、孤立させるのは、自己でしかあり得ない。 自己の喪失は他者によって引き起こされるのではなく、 自己が他者をどのように捉えるかによって発生してしまう現象だ。 世界は自己と対峙していると同時に、自己もまた世界を形成する一部であり、 そのように、世界はいつも開かれている。 ---------------------------- [未詩・独白]水平線の濁りについて/いとう[2005年2月2日0時13分] 鈍色に、はぐれて まやかしの夢を見る 空の重さに耐え切れず 落下するものを/ (そは、ありなんや /握り締めて 熱の、かけらに酔う 鈍色の、底 契るべきものなく 呼吸する夢から覚める 泥の濃さにしがみつき 微細に揺れる背中/  さも、ありんすに) /に/ (さわら、さわら、) /触れる、境界 ///やはらかなこえがしました    それはきえていくすべてのものをだきしめ    みづからもきえていくもののやうでした /// (ざわら。ざわら。) ---------------------------- [未詩・独白]船旅のアゲハ/いとう[2005年2月5日10時35分] 蛹の時代は終わったと 鱗粉まみれの陽光を謳歌する ここには花が少ないからと 蜜の代わりに蜂蜜を 葉の代わりに デッキチェアを さようなら、また今度、遊びましょう、晴れの日に。 そのうちね、しばらくは、この船も、海の上。 蛹の時代は とうに終わった きれいなままで 旅は続くよ 君がいても いなくなっても 船は海の上 さよならは、出会いの種。そのうちは、拒絶の根。 この船が、岸に着く頃、君はもう、死んでいる。 雨の日のアゲハ いつでも飛び立てるよう 湿った羽の手入れに余念なく 夢を抱えて ため息すら娯楽に ---------------------------- [未詩・独白]さよならの挨拶を/いとう[2005年2月15日14時29分] 子供たちの手はあまりに小さく 死を乗せるには頼りない 持て余された欠片は 静謐な砂漠の砂のように 足元に溢れ 踏み潰され 「見た? 見えた?」と誰かが囁いている 「アレかな? よく見えないよ」 「あそこ、なんか囲まれてるよ」 背の低い児童が慌ててジャンプする 「静かに!」と怒号が聞こえる さようなら 君のその行いは 君の思うとおり もちろん誰にも届かず 君にも届かず その距離はあまりに遠く その意味さえ失われている 「今日はもう帰れるんだって。先生が言ってた。ラッキー」 「警察来てるよ。パトカーだよ」 「すごい、また来ないかなぁ」 「ヘリコプターうるさいよ」 「テレビ映るかも。帰ったら見よっと」 下校の時間です せんせい、さようなら みなさん、さようなら 厳戒の中、どこかでシャッター音が鳴る その瞬間だけ 緊張が走る 「かもざき先生死んだって」 「うそ? マジ?」 さようなら 手のひらに残った一片の 欠片の ---------------------------- [未詩・独白]セックスの話をすると腕が痺れるのでセックスの詩を書こうと思う/いとう[2005年3月2日0時17分] 遠く、遠く、遠い場所で 何かが揺らめいている ように見えるんだ そして消えるんだ 追いかけないんだ そこにいるんだ 交接、の前の 寂しさが好きだ 触れる直前の、一瞬の孤独 「二人」という言葉には わたしとあなたは違う そんなせつなさが隠れている そう。 すべてがせつなさから始まる それが世界のロジック ありふれた 微細な揺れが やがて波になり、波動になり、 伝わり、包む。包まれる。 その揺れがせつなさだ せつなさはいつも揺れている 僕の目の前で 僕たちの目の前で そして僕たちの背後で 接合、という言葉が好きだ 組木細工のように 合わさって、繋がって 僕たちは落ち続ける雫のようだ 揺れるひとつの魂になるのだ そしてその 揺れが見たいんだ ぴったりと合わさった 魂が見たいんだ 消えていく運命が 僕たちをなぞらえるなら その運命に 祝福を受けるんだ その運命に 祝福を授けるんだ それがセックスだ 僕たちはそこにいるんだ たとえ魂が消えてしまっても 腕の痺れを残していくんだ ---------------------------- [未詩・独白]動物園 2/いとう[2005年3月7日17時49分] <雪見カンガルー> どうしても雪の白に溶け合わない 自分の体を恨めしく見下ろすと 袋の中で子供たちが 凍えながら見上げている <嫌がるラクダ> ラクダのコブは脱着可能だが ラクダが嫌がるので外されることはない ラクダはコブを欲しがっている できるなら 100個くらい どんなに小さな コブでもいいから <武装する象> 象の武器は 長い鼻でもなく 鋭い牙でもなく 重い足でもなく あの、つぶらな瞳だ この瞳によって 象に逆らうことはできない <錯乱フラミンゴ> こんなに集まらなくてもいいだろうと 誰もが思っている 群れるのは嫌いだが 一人では生きていけない そのジレンマで バシャバシャ水面を叩く 誰もが錯乱している <考える猿> 我々は進化する すべてを見て、すべてを語り、すべてを聞く 芋も洗った、温泉にも入った だが、パンツはまだ履くべきでない <サイレントサイ> 眠りにつくものと起き上がるものが交差する 陽が昇る直前のわずかな時間に 今日はどれだけの生き物が死んだのか サイは瞑想する この地には例外が多すぎて 死んだものと生き残ったものの数が合わない 懐かしのサバンナ 死者はすべて生者の血肉 苛立ちながら瞑想を止め サイは静かに 突進を始める 例外の象徴 檻に向かって ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]侵食と同化/「某日」に寄せて/いとう[2005年3月23日0時09分] ふたばさん「某日」に寄せて。 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=33259 真夜中に一人というシチュエーションは、 石垣りんさんの有名な詩を思い起こさせる。 まずここで全文を引用しておこう。 シジミ 夜中に目をさました。 ゆうべ買ったシジミたちが 台所のすみで 口をあけて生きていた。 「夜がアケタラ ドレモコレモ ミンナクッテヤル」 鬼ババの笑いを 私は笑った。 それから先は うっすらと口をあけて 寝るよりほかに私の夜はなかった。 生きること、生活していくことは、とてもタフな仕事で、 いろいろなものを犠牲にして、同時に犠牲となって、 それでもやっていかなくてはいけないことで。 「シジミ」では、 何かを犠牲にしなければ生きていけない事実と、 同時に自分自身も何らかの犠牲となっていることを自覚する苦しみ、 その両義性が夜の出来事に集約されている。 言わば加害者性と被害者性の共有が描かれているのだが、 「某日」ではこのうち後者の被害者性に意識が集中され、 加害者性はほぼ意識されていない。 ただしもちろんその点がこの作品を貶めるわけではなく、 (それを欠如と捉えて作品を貶める行為は読者の傲慢だと個人的に思う) 意識の向く角度が、「シジミ」と「某日」では異なっているだけだ。 「某日」で表現されている(話者の)意識のポイントは侵食感にある。 それは「火」であり「音」であり、総体的象徴として「夜明け」であり、 > やがて夜明けが部屋の隅々から > しみこんでくるでしょうね に集約されている。 そしてこの侵食感に対する抵抗として、 話者は「同化」という行為を行う。違う、行おうとする。 「同化」あるいは「同化しようとする行為」とは、 侵食してくるもの自体になることによってその侵食を食い止める行為であり、 この行為は、自身を侵食するものと対峙するための手段であり、方策であり、 同時に逃げ道でもある。そして、作品内における同化の描写で最も重要な要素は、 > ただの火か音に > なりすましているかのよう この一節の、「なりすましている」にある。 「なっている」のではなく「なりすましている」のだ。 「なりすます」ことは厳密に言えば「同化」ではない。 「同化」ではなく、「同化しようとする“作為”」だ。 我々はもちろん真に同化することなど不可能であり、 この「なりすましている」というフレーズには、 「同化しようとする行為」が持つ厳密な意味での不可能性を、 端的に(あるいは無意識的に)示していると考えるのは深読み過ぎるだろうか。 ここには、そうやってやりすごすしかない不器用な姿がある。 器用にそのものと同質になることができず、 とりあえず皮を被ってそのフリなどしてやりすごす。 あるいは、 「今はそのようにしているがそれは私の本質ではない」という意志表示のための。 ここで言う“作為”とは、そのような、不器用であるが故の意志だ。 同化についてもう少し。 同化は視点を変えれば、自身の強制的異化であり、 それにはあたりまえのように苦痛を伴う。 (もちろんその苦痛より耐え難い苦痛から逃げるために「同化」はある) その苦痛は、 > かんがえないように > かんがえないようにして という何気ないフレーズに集約されていて、 また、前述の不器用な姿の裏付けにもなっている。 (器用にやりすごせるのなら、このような苦痛は発生しない) この連に含まれる話者の心情を汲み取ることができなければ、 この作品の本質は見えない。 「作為」についてもう少し。 「シジミ」での同化は「口をあけて」で示されている。 話者はシジミと同様に「口をあけて」寝ることで、 シジミとの同化が果たされている。 もちろんこの同化は侵食への抵抗として行われるものではなく、 そこに“作為”は存在しない。 「寝るよりほかに私の夜はなかった。」という最終行は、 「私にはそれしか残されていない」という意味を含み、 「意志・作為」よりも、そうせざるを得ない「状況」がある。 「意志を以って作為として進まざるを得ない同化」と、 「状況としてそれしか許されない同化」。 どちらがより不幸であるのか、私にはわからない。 ---------------------------- [未詩・独白]美しい夜に/いとう[2005年3月30日0時49分] 美しい花が咲くよ 飲み込めないものを置き去りにして 美しい花が美しく咲くよ 思い出を糧に 忘れられた形を残して 美しい花が咲く美しい夜に 僕たちの魂は震えているよ 僕たちの魂は淡雪のように中途半端に 震えながら落下するよ 夜の淡雪は美しいよ それは誰にも気づかれずに降っているよ 夜の淡雪が美しく降るよ 僕たちは落下しながらそれを見るよ 見ていることに気づかないまま 淡雪のようにそれを見るよ 思い出はいつも美しいよ 美しいものだけが残るのではなく すべての思い出が美しくなるよ 僕たちの魂はそれを糧に 美しく美しく落下するよ 淡雪のように 忘れられた形を残して ---------------------------- [未詩・独白]釣りをするひと/いとう[2005年3月30日14時42分] かわいいとか好きとかそんな 実態のないものを餌にすると 飢えてる人ほど よく引っかかります 花束とかプレゼントとか 疑似餌(ルアー)がよく効く人もいます 小魚はリリース。 たいてい集団で動いてるので 後をつけると大物に出くわします 小魚についていけば警戒心も緩く 乗り換えるふりをすれば プライドが満たされるせいか 独りでいるときを狙うよりも よく引っかかります 釣った後で持ち帰るのなら 定期的に餌を与えましょう 餌を与えないと 愚痴愚痴うるさくなります 餌は市販のもので充分です ときどき釣ったつもりが 釣られてたりするので 気をつけましょう ---------------------------- [未詩・独白]あけみ/いとう[2005年4月8日17時44分] 他の女と遊んでるとすぐに怒って そのくせ 中指を突っ込んでやると 悲しそうな声をあげながら すぐに抱きついてきた 寄ってくる女を全部食ってた頃の話 たぶん好きじゃなかったと思う 包丁を持って迫ってきた時も まるでTVドラマのようで 思わず笑いそうになった 刺されてもいいな そういうのもアリだなと放っておいたら 何もせずに泣き崩れた それで終わり 喧嘩にもならなかった 何を求めていたんだろう? 何かを求めていたのは確かだけれど それは人に与えられるものではなかったはず 「誰のせいでもないのよ」が口癖で そう言いながら安定剤を噛み砕く ベッドの中で一度だけ 寝た振りをしている僕の耳もとで 「本当はあなたのせい」と呟いた 泣く資格がないのは知っていたけど 一人になってから泣いた 泣いている自分に驚いた 何かが怖かったんだと思う 今では少しわかる 最期はあっけない 予兆もなくビルから飛び下りて死んだ 自殺だった 僕は現場近くの交差点まで行って それ以上一歩も動けなかった 僕が殺した でも泣かなかった 結局彼女のために一度も泣かなかった 自分のために泣いたことはあったけれど その涙は彼女に届かない ---------------------------- [未詩・独白]窓/いとう[2005年4月8日17時45分] 「あけみ」という女の子の話。 違うかもしれない。もしかしたら僕の話かもしれない。 あけみが僕のそばにいることに気づいたのは彼女の一周忌の夜 彼女にはとても好きなカクテルがあって 僕は供養のためにそれを作り 机に置いてそのまま寝たのだけど 翌朝目が覚めると グラスは粉々に砕けていた もちろんカクテルは空で 濡れた形跡もなかった ねぇ、あけみ 君はそういう子だった よく覚えているよ 君もまだ 覚えているんだね                                    そう                                 覚えている また別の頃の話。 当時同棲していた彼女は霊感が強くて ときどき部屋の隅をじっと見つめたり 突然、「大丈夫よ」って 僕の手を握りしめたりしていたのだけど ある夜                  さっきあなたの隣りに髪の長い女の人がいて                        あなたの話を熱心に聞いてたよ そんなことを                           サッキアナタノトナリニ                       カミノナガイオンナノヒトガイテ か細く                              アナタノハナシヲ 言うものだから                            ネッシンニキイテタヨ 泣きそうになってしまった                                    そう                                 覚えている                                 いつまでも                                 覚えている あけみは                 飛び降り自殺だった 遺書はなかった                               でもそれは僕が                                  アナタガ                 殺したのだ                                コロシタノ? でも本当に そうだったのだろうか                                ワカラナイ? わからない                          ワカラナイ? わからないんだよ あけみ                            ワカラナイ?                 (遺書はなかった)                               …コロシタノ? そしてさらに何年も後の話。 寒い冬の夜 僕の部屋 アパートの4階 で 深夜窓を叩く                           トントン 音がするので 怖くなって                        トントン 布団をかぶっていたのだけれど           トントン その音はどんどん大きくなっていって    トントン 怖くなって            トントン ついに          トントン 開けてしまった  トントン      トントン  トントン ガラッ                     あけみだった。 何故かきれいなままで 僕と目を合わせて 無表情で か細い声で                               タ 何故死んだのだろう                           ス 僕は                                  ケ 生き残って 泣かなかった                              テ あけみは いつも 泣いていたのか                             タ 苦しんでいたのか                            ス                                     ケ                                 タ   テ ごめんね                           ス とは言わない                        ケ                              テ 言えない 助けられない                           タスケテ                  タスケテ          タスケテタスケテタスケテ イ  レ  テ 僕はじっと見つめるだけだった       イ あけみのいる場所は                  タ この窓の外は              レ 本当にとても寒そうで                    ス 月明かりが照らし出すあけみは     テ 手を触れられるほど近くにいるのに                 ケ それでも 窓の内と外は                  イ           テ まったく違う場所なのだ 僕はまだ              レ 生きているのだ       テ       イ                       レ ねぇ、あけみ。               テ (僕の声は震えていて)       イ 君はもう、死んでいるんだ (あけみは不思議そうな顔で)   レ わかってる。僕のせいだ (僕たちは見つめあったままで) テ 君を悲しませるようなことを僕がしたから (僕たちは隔てられていて)  イ 君は死んだんだ (月明かりはあけみだけを照らして)      レ あけみはいつまでも不思議そうな顔をしている          テ 僕はまだあけみを見つめながら でも大丈夫 覚えているよ 僕が いつまでも覚えているから 君のことは 忘れたりしないから ずっと一緒にいるから                         そう                                 覚えている 僕はいつのまにか泣いていた                   いつまでも あけみはいつのまにかいなくなっていた              覚えている 僕は窓を閉めて 泣きながら眠った                               …コロシタノネ 朝 目が覚めると 窓に 血糊の手形がついていた そんなことしなくても覚えているのにと 少しだけ 苦笑いした ---------------------------- [未詩・独白]すべての世界はつながっているというのに/いとう[2005年4月8日17時45分] もうずいぶん昔のことなのに 最近になってもあけみは 僕の前に現れてきて 彼女はまだ 忘れていないらしい         僕が彼女を忘れていないように            それは確かな事実として 最近の彼女の決まり文句がこれまた冴えていて 「こっちにくれば 安心なんだよ」 なんて たとえば とても悲しくて寂しくてやるせないことが身の回りで起きて それこそ 本当にどうしようもない時に あけみの言葉を思い出して つい そう、"つい"なんだけど 信じてしまいたくなることがある 確かに 僕とあけみのラインはいつもあやふやで よくわかんなくて だからこそ 彼女は僕の前に現れるんだろうけど でもね あけみ 本当に 確実に 死んだら安心できるのかい? 死んでも独りぼっちなんじゃないのかい? 僕が与えたその悲しさと寂しさとやるせなさは 君にそのまま貼りついて 離れないんじゃないのかい?         僕が彼女を忘れられないように            それは確かな事実として 雑踏の 僕の視線の彼方 彼女の頭だけが見える時があって 立ちすくむと 頭だけが近づいてきて 怖くなって 目を閉じて すると余計に 近づいてきて 「こっちにくれば 安心なんだよ」 耳元で そんなふうに 「こっちにくれば あけみは          安心なんだよ」 なんども          安心なんだよ」 囁くけれど          安心なんだよ」 あけみ 君はそんなにも不安なのだろうか 君はそんなにも寂しいのだろうか 今も そして これからも 僕の世界と 君の世界と 自分自身で線を引きながら 君はなんだか 死んでからのほうが饒舌で 死んでからのほうが 僕と深く こんなふうに 深くつながっているというのに        僕が彼女を忘れたくないように           それは確かな事実として ---------------------------- [未詩・独白]深海の生物は涙を知らない/いとう[2005年4月27日0時11分] 雲が波なら 僕たちは深海魚だ 深く、深く、 差し伸べられた手も届かない場所で 温もりも知らずに 窒息している 月明かりは マリンスノーに似ている それはただの幻想で 本質は 死体だ 死んだものたちだけが 魂を揺さぶる権利を持つ 僕たちはただ 生きているだけだ マリンスノーの降る世界で 空を見上げ 生きることしかできない ---------------------------- [未詩・独白]パンの憂鬱/いとう[2005年5月1日23時52分] あなたがトースターなら わたしはパンになりたい あなたの熱でわたしは焦がれる あなたの想いを体に刻んで あなたがトースターなら わたしはパンになりたい あなたが刻んだ熱を残して わたしは食べられる あなた以外の誰かに あなた以外の それでも あなたがトースターなら わたしはパンになりたい あなたの熱を受け取る その数分に頼って 体に刻み込まれる 痕跡を辿って ---------------------------- [未詩・独白]まだ早い/いとう[2005年5月3日15時21分] 「ノーミスの人生なんてつまらない」 という川柳なんだかアフォリズムなんだかわからない しかし断じて詩ではない 言葉、を 得意になって語る人を 先生、と 呼ぶ身にもなってくれ 教職員の出身大学リストを ちょっとしたアレで入手して なんだよ ほとんど島根大学(偏差値50)じゃんか そんなのが60とか70へ進もうとしている人間を 教えているのか 教えられているのか くだんない なんて失望するほど 若い以前のくだらないガキ、 と言うと餓鬼に失礼だよ君。 救いようのないという言葉はこういう時に使う とある教育実習生が 酸化還元反応の実験前に成績の悪い生徒に質問する 問題提起の後に実験に入り裏付けを取る つもりがその生徒、正解してしまう 正解するのは別にかまわないが とある教育実習生としては指導要綱から外れて困るが 直後、ひとりの生徒がこうつぶやいた 「正解するのはまだ早い」 ま、そんなもんだ。 小三の理科の授業で 「地球は球形ではない」と独り訴え馬鹿にされたり (自転の遠心力によって赤道半径のほうが長いのだ) 中一の社会の授業で キリストの墓が日本にあると言って馬鹿にされたり (実際に青森県にあるのだ) 知識を語ることは往々にして関係阻害の要因となると 理解した人間は口を塞ぐ 伝え方を学習せずに 口を塞いですべてを馬鹿にしてまだ早いとつぶやき続ける姿を 省みることもなく 本当に、救いようがないね。かわいそうに。 ---------------------------- [未詩・独白]大江戸線のホスト/いとう[2005年5月3日15時22分] 大江戸線のホストは 千代田線に乗ることができない みどりの色の まぶしさにうつむいて 落ちていく その先に 大江戸線のホストは新宿で降りて それから 鼻をかんでみる すると携帯が鳴って 女がやってくる 女は 千代田線かもしれない ---------------------------- [短歌]二人なのかな/いとう[2005年5月6日11時18分] 昨日の夜チャットにて即興。 一生懸命やってる方には申し訳ないです。そんな感じなので、見逃してください。。。 お題あり。4つ。 (灯篭) 灯篭の中にお化けいるよ 嘘ほんと嘘嘘どっちだよ 知らないよ (蚊取り線香) 効かないよ蚊取り線香 蚊帳の中いっぱいいっぱい愛しあった (草履) ウルトラマンのための草履 履けないよ無理履けないよ無理 (団扇)(←うちわ) 何やってんだよおまえ えー 団扇二つでタケコプターぐるぐるる ---------------------------- [未詩・独白]武装放棄/いとう[2005年5月9日22時32分] 言葉で武装してはならない 言葉を武器にしてはならない 争いは銃からではなく 言葉から始まることを知らなくてはならない 言葉で武装してはならない 言葉を武器にしてはならない 言葉の扱いが巧い者だけが生き残る世界にしてはならない 銃を持つように言葉を持ってはならない 傷つけやすいものをさらに尖らせてはならない ただでさえ尖っているものを凶器になるまで尖らせてはならない 放っておいても人を傷つけるものを 傷つける意志をもって手に取ってはならない 言葉を武器にしてはならない 決して言葉を武器にしてはならない 身を守ることを正当化してはならない 身を守るために言葉を使ってはならない 身を守ることより 相手を慈しむことを選べ 身を守ることからすべての争いが始まる 居場所を求めることからすべての争いが生まれる 正しいことを証明するために言葉を使ってはならない 間違っていることを責めるために言葉を使ってはならない すべての正義から争いが始まる すべてが正義で すべてが間違っていることを知らなければならない 言葉で武装してはならない 言葉を武器にしてはならない そして 武器にしてしまう者を責めてはならない 傷つけられたことを叫ぶために言葉を使ってはならない 争いはそこから生まれる 言葉はそこにない ---------------------------- [短歌]保存用/いとう[2005年5月11日17時43分] (以前書いた即興短歌。2001〜2002) 催涙ガス食らったみたいに笑いながら泣く君見て笑う僕 目の前で起こったことではない あれはテレビの中 あれは11日 名も知らぬ野花を土足で踏みつけてうつむきながら「花」と名付ける 仰ぎ見る空を隠して泣く人を花は名付けることができない お互いがお互いを敵と言い続け 平行線は闇の間に間に さよならをしたいしたいのあいだもも 大好きだから黒木香も 超えてしまうとわからなくなるもの哀れ たとえば超音波哀れ おはようのちゅーする頬をはたかれて今日も元気に行ってきますを ---------------------------- [未詩・独白]やみまつり/いとう[2005年5月16日16時47分] 帰る場所のない人こそ一点に留まる 寂しさを解体して 目を瞑る うつむかない 前を見ない 定まらないこれは 警鐘なのかもしれない 孤独とは つながらないことではなく むしろつながりの中に顕れる かそやかに流れる電流の 一瞬の並列のようにこれは 痛みと名付けられる さよならを知らない 別離は心の中で生まれる だからさよならを知らない 地平の彼方で見えなくなる姿 あれは、わたしだ わたしと呼ばれるものだ だから知らない 知ることができない 留まる姿に似せて ときどき嘘をついてみる それこそが真実なのかもしれないと 肌が震えても 信じてはいけない 疑ってもいけない そこには何もない ---------------------------- [未詩・独白]さいとういんこさんのお腹が大きい5月22日/いとう[2005年5月23日16時39分] さいとういんこさんのお腹は大きい 大きく膨らんでいる さいとういんこさんの子供が大人になる頃 僕はもう59歳だ それまで生きているかどうかわからない 生きているつもりもないし 自信もない 夜の虹を思う。 月の輪を慕う。 魂と魂はいつもどこかでつながってわかれて 形として目に見えるものも見えないものもあって いつか見えてくるものもあるのだろう それまでは 僕たちは あえて僕たちという言葉を使うならば 僕たちは 見えない場所でこそ絡まりあっているんじゃないだろうか 複雑に とても複雑に 複雑というのは 理解できない場所にあるという意味で あるいは 理解しようとしない場所にあるという意味で ときどき魂の形について考える 形とは目に見える形だけではなく 匂いとか 手触りとか 空気とか そういう形について 魂、という言葉についても考える 安易に使い過ぎてるんじゃないかということも考える ここにある 僕の魂について さいとういんこさんの子供はたぶん女の子だそうだ 名前はまだ決めていないらしい エコー写真も見せてもらった 一昨日撮った写真 指をしゃぶっていた とても良い詩のステージを観た 三人のステージだ 彼らは清らかにそこにあって輝いている それはたとえば 何かのエネルギーが指向性を獲得して 存在として産まれ形として表出するような そういう輝きで それは一般にはおそらく「わたし」と呼ばれるものだ 「わたし」は 「わたし」であることは とても特殊で貴重なのだ 彼らはどういう仕組みで「わたし」を獲得したのだろう どういう魂が「わたし」でいられるのだろう もし彼らがポジなら僕は (その先は言わない) さいとういんこさんのお腹を 僕は怖くて触れなかった 何か 汚してしまいそうな気がして 在るということはときにそれだけで平然と何かを傷つける そんなことは幾度も体験している 傷ついたことも 傷つけたことも 数えることすら忘れてしまうほど そうやってつながってわかれて 大きな音でちぎれていく 夜の虹を思う。 月の輪を慕う。 それは僕にとって 何かの大切な象徴だ さいとういんこさんの子供のことを思う 僕がもう生きていない時間と場所で生きる ほんの少し、本当にほんの少しだけ 僕とつながっているのかもしれない さいとういんこさんの子供の魂のことを思う 時代の連環、あるいは世代のバトンタッチ そんなありふれた言葉でよく表現される思いについて そしてもう何万年も前から言われ続けているこのありふれた思いについて 僕の詩について話そう 技術とかそういうことではなく 僕の詩がどこにどのように在るかについて話そう 僕の詩は見ている 見ているだけで関わらない 関わろうとしない関われない 僕の詩はそこにあって そこで生きている それは僕がどこにどのようにして在るかとつながっている (もし彼らがポジなら) 魂の形について考える 魂の形について考える 見えるようなつながりがいっぱある どの魂がどのようにつながっているのか つながりたがっているのか そして拒絶しているのか 戸惑っているのか そういうのがわかる 見える 見えてしまう魂の輪について それはもう酷くわかってしまうので 加わらない 加わろうとしない 加われない 僕の魂の形について考える あるいは 僕の詩が生きている場所について考える どことつながっていて どことつながっていないかについて考える だからこんなの詩じゃないと思っている 詩と呼ばれなくたってかまわない 垂れ流しでけっこうだ どこかで何かを 捨てたのか、落としたのか 最初から持っていなかったのか それはよくわからないけれど 僕の魂の形について考えてみる たぶん僕は今 とても恥ずかしいことをしている 魂の輪は消えない 消えるのではなくちぎれるのだ ぶちっと 大きな音でちぎれて その音は痛みとして感じることができる 誰もが 同様に さいとういんこさんのお腹は大きい 大きく膨らんでいる それは魂のつながりの証であり結実だ さいとういんこさんの子供が大人になる頃 僕はもう59歳だ それまで生きているかどうかわからない 生きているつもりもないし 自信もない それどころか今 もう生きていないんじゃないかって 思うこともある たぶんどこかで僕は 僕の知らないうちに いなくなってしまったんだと思う ---------------------------- [未詩・独白]すくらっく、すくらっく。/いとう[2005年5月25日0時13分] くもり。非常階段へ続くベランダからは大き な白いビルが見える。本当は白ではなく薄く 濁っているそのビルの外壁には大きなヒビが いくつか、ひとつ、ふたつ、崩れ落ちるよう な気配。ジェニファーの俊足。サルラウンド の宴。日照りは起きない。あの、艶めく農作 物たち。植えられるもの、上回るもの。頭を 垂れて。動き回るのうさく ブラインドはガラス窓に無数の横線を引く。 それはヒビではない。赤と白のタワー。無数 に分割されて、そしてそれは事実ではない。 それはあずかり知らぬ預言のように空を突き 刺そうするいくつかの、ヒビ、矮小な                  嘔吐。 吐瀉物。内臓の中に何かいる気配がする。そ れは私より長い。渦を巻いて、嘔吐。そして 嘔吐。シュルツワインダー。スクラックワイ ウープ。しゅるつ・わいんだー。すくらっく、 すくらっく。 私が私であるという約束もなしに私でいるこ とができることの奇蹟。それは奇蹟ですか? いいえそれは疑問です。それは疑問という形 をした奇蹟と呼ばれるものですか? いいえ それは不安と呼ばれるものかもしれません。 すくらっく、すく         らっく。すくらっく。とり むゆっく。りと煙草を吸う。いくつかのヒビ、 崩れ落ちるビルをゆっくりと崩れるビルのヒ ビを吸って管。パイプ。給水塔。横線で区切 られる梯子は金属でできている。 屋上の給水塔からゆっくりと管が流れる。ヒ ビに染み込んで無数の亀裂を生む。生まれる 管。屋上の亀裂が無数の管を給水塔に染み込 ませて伝い流れるヒビを踏み潰す横線のブラ インド。タワー。赤。白。分水領のタワーに 生える農作物は横柄に動き回りたむろするビ ルの屋上のヒビに無数のタワーといくつかの、 嘔吐。渦。亀裂から噴き出すあれは、すくら っく。赤。白。私とは言えないものがある。 ---------------------------- [未詩・独白]葡萄の葉/いとう[2005年5月31日16時15分] 神様がやってきて 恥ずかしくて 無花果がないので 代わりに葡萄の 神様は通り過ぎて そのまま もう会えなくなった 股の下から 赤いものが垂れた日 ---------------------------- [自由詩]都市伝説/いとう[2005年6月7日17時51分] 知らない足音がわたしたちを追い越し 立ち止まっていることに気づく 群れるものたちのすべてが 居場所を持っているように見えて 小さな声でいることに 少しだけ疲れて 彩られた樹木たちは喧騒を映すけれど あの中にわたしたちはいない うつむいて、手をつなぐと どこかで汽笛が鳴って 夜の闇に 薄く迷う あなたの周りで死にゆくものが あなたに何も告げないのは あなたのために 死ぬのではないから つながれた手と、手の、隙間から 飛び立つものを拒絶する夜 わたしたちは静かに崩れ 揺れ動くことさえふいに 見捨てられたように 震えているのは わたしではなくあなただ わたしではなく あなたが震えているのだ 細やかなダイオードの束が 区切られた領域で明滅し 結びついた手と、手に、 一本の線を引く すべてのわたしたちは意味をなくし わたしとわたしではないあなた そのような 嘘が 互いの咽元で豊潤に震え 闇に溶け込んだ わたしとあなたの数だけ 汽笛となって増殖する あの汽車は 夜になると動き出し 死にゆくものの前で 汽笛を鳴らす 葬送のための手と、手を、 ぎこちなくつなぎながら わたしもあなたも 生きていないことに まだ 気づいていない ふりをしている ---------------------------- [未詩・独白]夜になると、魚は/いとう[2005年6月13日0時53分] 夜になると 魚は目を閉じて 消えていく泡の行く末を思う 消えていく 自らの姿に思いを馳せ 静かに 目を閉じている 夜になると 魚は目を閉じて 自らの見ることのなかった風景を見る 魚は野の花を知らない 魚は四つ足を知らない 木漏れ日も 雪の冷たさも 風に煽られる木のしなやかさも知らない 夜になると、魚は えら呼吸の刹那に溢れる深海の夢を一粒 そっと放り出し 立ち昇るその姿を見つめる 尾びれも背びれも 動かすことなく 消えていくその姿に 思いを馳せて 目を閉じたまま 闇の中でもう 朝を迎えることなく ---------------------------- [未詩・独白]ライト、ライト、レフト(ウィップ)、ヴァース/いとう[2005年6月22日0時10分] レッグウィップレッグウィップ。足元にじゃ れつくウィップ。遠ざかる遠吠えにウィップ。 深夜のアスファルトに水滴。薄い雨粒。オゾ ンの微膜が地表にはびこり地球を覆いつくす。 オゾンウィップオゾンゾーン。ディフェンス を固めて無頼の部類武者震いの無理の果てに よすがなく膜が突き刺さる、抵抗はしない、 できない、可能性を奪うオゾン。膜は自らを 破ることにより何がしかを生み出すこともな くむしろ破られる意識の上にそれは在る、ウ ィップ。 姉さん。ここで姉さんを出してしまう。姉さ んのウィップ。鮮やかな、そして辛辣な、棘。 トゲウィップ。トゲトゲウィップ姉さんの棘 はいつかまろやかな遠吠え。あれはきっと遠 く遠く彼方で吠え続けることによりさらに遠 ざかるウィップ。姉さんとウィップは混同し ない、できない、可能性を(以下略) ザクセンタルマイトバイドウィップ。造語も 出す。出すというよりは出るというとひとひ 雨あがり(by書肆山田)。動物園では珍しい 動物たちが哲学をしている、らしい。 レッグウィップライトウィップヴァース。ラ イトヴァースレフト、レフトウィップグルー ミング。猫の、主に子猫の。じゃれつく足元 にウィップ。みじめに皮を剥ぎ取って。寄り つかない。寂しさも寄りつかない。クールウ ィップ冷え込むオゾン。なれの果ての。そし てかの果ての。ウィップ、雨粒と膜。 ---------------------------- [未詩・独白]塔の上でワルツを踊る/いとう[2005年6月25日23時32分] 雲はかすかに薄い。満月はわずかに遠い。星 たちは月の輝く姿に目を細め身を寄せ合いな がらその眩しさを囁く。塔の下ではいくつか の波が押し寄せる。浸食は彼方の記憶。崩壊 は遥かな追憶。廻る者と廻られる者は対とな って塔の上でワルツを踊る。 完全な輪廻。不確かな手触り。塔の中では忘 れられた者たちの忘れられた祝宴が繰り広げ られ、忘れられた約束が生まれている。海峡 は水平線の彼方。水平線は闇の彼方。月の恩 恵も懲戒もそこにはない。届かない。新たな 契約は陰暦の隙間で交わされている。 もうすぐ凪が来る。終焉はわずかに遠い。塔 の機能は停止に向かい直進するが、塔の成長 はそれよりも速く直進する。塔の上でワルツ を踊る。塔の上でワルツを踊る。対となる者 はそれぞれの境界を越え、嗚咽もなく絶滅へ 向かう。不確かな手触りを元にお互いを確認 し合う行為の危うさ。凪が来る。凪が来た。 塔は満月に突き刺さる。塔は先端から崩れ落 ちる。塔の崩壊は根元からではなく先端から 始まり、魅惑的な直進は塔の崩壊によって停 止する。そして、完全な輪廻。星たちは囁き ながら、ワルツの痕跡を見下ろす。 ---------------------------- [未詩・独白]ランドサットの日曜日/いとう[2005年6月28日13時06分] 都議選の宣伝車が姦しく徘徊している。「お 願い」であるのなら人に迷惑をかけてもいい らしい。名前の連呼。連呼。夜に働く人たち の票は必要とされていない。連呼される名は 誰に名付けられたものなのか。あなたの名は そこにはなく、隠されているというのに。 空梅雨で蒸し暑い日が続くと田中康夫がやっ てくる。「田中康夫です! 田中康夫です! ○○を応援している田中康夫です!」立候補 したのあなたではない。ましてや○○なんて 知らない。知る気すらなくなる。夏の手前の くせにすでに空気は夏のふりをしていて、何 もかもが何かになりたがっている、そんな。 アスファルトの照り返しで蟻たちが燃える。 彼らの黒装束はそのうち穏やかな鈍い銀色に 変わっていくのかもしれない。環境がすべて を決定付ける。進化とはそういうものだ。そ こには意志よりもまず先に状況があり、私以 外のものが私を私足らしめる。物言わぬ葬列 こそが出会った者に嗚咽をもたらすように。 その黒い群れが嗚咽により熱を持ち燃え盛る ように。そこに眼はあるのか。何が何を見て いるのか。 ランドサットは日本列島を32枚のパネルに収 めるというが、ではこの燃える蟻たちを収め るにはいったい何枚のパネルが要るというの か。かつて漆黒と呼ばれた膨大な闇はその黒 装束を鈍く光る照明に変えた。これは進化な のか。これを進化と呼ぶのならば、いったい 何が進化したというのか。闇か? それとも 物言わぬ漆黒の闇に出会った者か。闇の名は 闇の中にない。名付けるのはいつも、それを 見る者だ。嗚咽する者だ。闇は燃える。闇は 鈍く燃え上がる。それが進化だ。 田中康夫が駅前で演説をする。雑踏に注視さ れる田中康夫はいつかその熱で燃え上がるだ ろう。ランドサットのパネルの中にそれは収 められない。収めるのは、収めるのはいつも、 それを見る者だ。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]良い詩人は、、、/いとう[2005年7月1日0時17分] 「私のひと押し詩人」というテーマでの依頼。 ひと押しというか、好きな詩人は、 1.有名で今さら紹介する必要もない人 2.ひっそりと書いていて紹介なんかされたくない人 だいたいこんな感じ。 なので、リンダ困っちゃうー状態だったりする。 あと、知り合いの詩人は一押ししない。 そういうことやるから馴れ合いだとか言われるし、 そのとおりだと思う。 死んだ詩人なら大丈夫だ。 良い詩人は死んだ詩人だ。 小山正孝。 この人は大正生まれだ。 でも、インターネットでこの人の詩を知った。   雪つぶて   かなしい事なんかありやしない   恋しいことなんかあるものか   さう思ひながらもあなたのやさしい返事を待っていた   まぶしいような雪の朝 路傍で僕は佇んでゐた   僕のうしろを馬車が通った   僕のうしろを人が通った   でも 閉ざされたままの白い二階の窓だった   強烈なものを信じ   自分がいいのだと思ひながら   昨夜までのあたたかいあなたの眼ざしと声をそのまま   僕はその時も待っていた   明るい日はキラキラキラキラかがやいて   するどく風がかすめてすぎた   閉ざされたままの二階の窓   僕は雪つぶてをつくつて いきなり どすんと投げつけた   こなごなの窓   僕は逃げた   さうしてあなたをあきらめた   全文引用。 第一詩集「雪つぶて」より。昭和21年刊行。 「荒地」なんてメじゃないね(笑)。 戦後詩は荒地だけから始まったわけじゃないのだ。 彼は晩年になってから評価された詩人で、 1991年に現代詩文庫から詩撰集が刊行され、 2000年に丸山薫賞を受賞している。 けれど、 高校生の頃に立原道造と交友があり、 大学生の頃に「四季」に参加している。 戦前、戦中、戦後を通じて、 ずっと、詩を書いてきた人だ。 いわゆる恋愛詩、あるいは性愛詩とも言うべき作品が中心で、 詩史からは外れまくり。 小山正孝さんの詩を読んでいると 歴史なんて、後世の人が都合よく分類してるだけだと、 そんなふうに思ってしまう。 時代時代に詩人はいて、 大きな流れなんかとは無関係に、 言葉と闘っているのだ。 言葉を愛撫しているのだ。 今これを読んでいるほとんどの人が「詩人」だと思うけれど、 たぶん、そんなふうに、 僕たちは死んでいくのだ。 良い詩人は、死んだ詩人だ。 小山正孝さんの訃報はメールマガジンで知った。 2002年11月13日。享年86歳。少し、寂しかった。 サイトはまだ残っている。 縁者の方が運営しているそうだ。 「感涙亭」 (http://homepage3.nifty.com/kankyutei/) ---------------------------- [未詩・独白]柔らかい殻/いとう[2005年7月5日10時35分] 揚子江の上流に見慣れない生き物がいて 現地の人は成人の儀式にそれを食べる 雨の降る夜はいつも 腹の中で卵が孵って 鼻の穴から糸が するすると 巻き付いて 柔らかな 殻になる 殻の中は暖かいらしく 雨の降る夜はいつも まるくなって うずくまって 夫婦は抱き合って眠る ひとつの殻に入るので 婚姻を結ぶことを現地では 「同殻」と呼んでいる 幼虫は糞と一緒に出るので 便所はなく 揚子江に垂れ流す 殻は湯で煮て 繊維をほぐして 織物に加工され 市場に出荷される ---------------------------- (ファイルの終わり)