mizu K 2007年6月23日8時29分から2008年1月27日2時56分まで ---------------------------- [自由詩]春に過ごす/mizu K[2007年6月23日8時29分] 目のまえがぱあと明るくて足もとのきんいろの草っぱらがどこまでも続いていると思ったら それはそれはわたしの夢のなかでのできごとで 目をあけるともうお日さまはずいぶん高いところにえっちらと昇っておられるのでした せっかくの土曜日の晴れなのにもったいない 三文損したかなあ、えーい、二束三文がなんじゃー 今日は晴れててごきげんだからわたしは気前がいいんじゃー おらおらー、くるしゅうないくるしゅうない、もってけもってけー って寝ぼけた頭でごにょごにょ言っていたら いつのまにか眠気をもっていかれて目がすっかりさめてわたしは 床の上に素足でぺたんと着地して、ぐうーんとのびをしてついでにあくびもひとつしたのでした 今朝はなんだか静かですねとけげんに思っていると 窓があけはなたれていて空の色 ざざざとハルニレの葉ずれの音 ざっくりめのカーテンがふわふわふわりん どこからかトイピアノの音がぽろぽろきこえるよ 今年もハルニレの咲く季節が巡ってきたのですけれど いつもいつも花を見逃してしまって 気づいたら知らぬうちに葉がわんさか繁っているのです 昨晩は手紙を書きかけてそのまま眠っていました サイドテーブルにご丁寧にペイパーウェイトで置いてあるのは きっと窓をあけて出かけられた人の気遣いなのでしょう 今は 風のすうと通る部屋にひとり、明るい光で床の影が踊っていて 食卓のリネンとシリアル、ミルク・ピッチャー、琥珀のはちみつ まるで魔法であつらえたように朝ごはんの仕度ができていて うむむ、三文のうち一文くらいは残っていたのでしょうか ベランダの鉢にはどこからか種がふわんと着地していたもようで セイヨウタンポポのきんいろな顔があって クリスマスに買った紅いポインセチアが寒さに弱いのを知らなくて寒い冬の夜、外で凍えさせてしまって そのあとそのままにしていたのでした 春になったら何か植えようかなあと思案していましたが そうしたらいつのまにかこのタンポポくんがひょっこり居ついてしまっていたのでした ずっといていいからねー、ひっこぬいたりしないからねー ここはわりと日当たりいいんだ、君はいいとこ選んだね、かしこいかしこい それから美人のわたしを毎日眺められるんだぞー、かしこいかしこい 指にはまだすこしクレヨンの匂いが残っていて ゴッホを模写というかなんというか、まあ「種まく人」をじいーっと見ていたら てきとうにうかんできたきんいろの草っぱらを クレヨンでぐりぐりスケッチブックに塗って そのままの手でマドリッドの友人に宛てて 手紙を書きはじめてそれからしばらく文面 をうんうん考えてあー綴りがわからんと辞 書を引いてうんうんうなりながらまくらを 頭からかぶってうんうん言っていたらいつ のまにかぐうぐう寝ていたもようでして/ 夢のなかにきんいろの草っぱらがでてきたのは このできそこないのクレヨン画が意識下に影響を及ぼした結果ではなかろうか と思うのですがどうでしょう 今日は土曜日で お日さまはまだ南東にいて一日はまだ十分あって 光が窓からあふれてあふれて、ふるふるあふれて 今日!いま!そして、いま! なにか新しいものが、なにか!生まれそう そんな予感がするのです 秋に蒔かれた種は寒い冬をのりこえて、これからきんいろに輝きだしていきます わたしは、これからハルニレとタンポポくんといっしょに 手紙を書き終えて宛名の綴りをこんどこそまちがえないようにして 光にあふれる春の日を過ごそうと思うのです ---------------------------- [自由詩]てのひらから/mizu K[2007年6月28日2時57分] てのひらから青い地球がころりとこぼれ落ち てしまったので、園児たちはみなぽかんと口 をあけて空の穴を眺めていた。外は真昼で季 節外れの台風のように雨が降っている。降っ ているのに空は晴れている。明日は気温が2 0度まであがるらしい。てのひらでころころ 転がっていた青い地球はひょいとこぼれ落ち て床にからんとはじけた。スザンヌはそれを "small blue thing" と名づけていた。階段を 転がりドアをくぐって歩道へ。打ち上げ花火 のように空へのぼり、雨が青くあおく、降る、 真昼の青い空から。室内から見る外は真昼で 庭では園児たちがぽかんとつっ立ってみな口 をあけて空の穴を眺めていた。 マフィとよばれている子の名前はまふゆとい って、それは村山さんの小説の登場人物とお んなじ名前なのだけれども、冬なのに季節外 れで20度まであがった外気はおよそマフィ というたたずまいとは異なる。ただ、銀座を 歩く年末の人びとは異常気象なんててんで気 にしていない風で、年の瀬のバーゲンセール で、いやあああバーァァァゲンンンンよよお おお、という感じで戦争している。本当に良 い商品がバーゲン品のときは、会場は潮が引 いたように静かだ。 そんな光景を眺めながら私は、聴覚障害の人 の集いで大勢の人がいて、人びとは久しぶり の再会にとても饒舌なのに、おそろしいほど 静かで、それはみんな口でなく手話で話して いるからだって。そういう話を聞いてカルチ ャー・ショックを受けたことを思い出してい た。それは、そう、今までてのひらでころこ ろと遊んでいた青い地球が何かの拍子にころ んとてのひらからこぼれ落ちたときのあっけ なさとおどろきとすこしの寂しさに似ている。 外は真昼で風が強くて落ち葉がくるくるまわ っている。風が強いので髪の長い人の髪もく るくるしている。髪の毛が飛んでいるのをな んとかつかまえようと追いかけているおじさ んがいる。スカートがマリリンみたいに飛ん でくれないかと期待したけれどオフィス街近 辺の女の人たちのスカートはみんなタイトだ。 園児たちはみんな手をつないで仲よく縦列に なってわいわい歩いている。枯れ枝をもてば ぼくは世界一強いんだ。ぼくは君を守ってあ げるからね、まりちゃん。そんな園児たちの 列にワゴンカーが突っ込んだ。 とびちるとびちるとびちるとびちる なにがとびちるかってそんなのわかるもんか このよのものでないようなおとがして ちいさなおんなのこのひめいがきこえて わかいせんせいがかばうように たおれてうごかなくなって ねえせんせいどうしたの どうしてしんだふりしてるの くまなんてどこにもいないよねえせんせい なんかちがとまらないでどくどくいってる しんぞうのおととおんなじように どくどくちがでてるよ ねえまりちゃんのあしが あしがへんなふうにまがっているよ あたまがいたいんだがんがんするんだ まま ままあたしさむいさむいさむいようまま のどにへんなかたまりがあって いきがいきがいきが 私は事故現場を歩いてみた。救急車が何台も やってきて走り去った後には小さな靴や帽子 が転がっていたそうで、歩道の点字ブロック がどす黒い。ブロック塀に前面をぶつけてワ ゴンカーが止まっている。ブレーキの痕跡は なかったらしい。ワゴンには早くもスプレー の落書きがあった。「人ごろし」 てのひらから青い地球がころりとこぼれ落ち てしまったので園児たちはみなぽかんと口を あけて空の穴を眺めていた。その一瞬の時空 のはざまに青い地球はこぼれ落ちてこどもた ちを連れ去ってしまった。なぜハーメルンの 笛吹き男のようにせめて陽気に楽しく山のふ もとへ連れ去ってくれなかったのか。私は呆 然として気温のあがりすぎた青空を見上げて いる。真冬というにはあまりにも不釣り合い な日ざし。太陽は年々凶暴になっていってる 気がする。60年前、この国には太陽が2つ 空に出現するときが2度あった。90年代の 終わりごろには世界はゆるやかな共同体に囲 まれ、たとえば日本海を囲む経済共同体がで きて、国家の枠組みなんてすこしずつ解体し て意味をなさなくなってくるんじゃないかっ てそんなことを思っていた。守るものなんて きみのてのひらを、やわらかくつつんでみる ことくらいしかできないのに。うつくしいも のは私のうちにあるもので、たぶん、それは きみとはまるで違うものだろう。もう、どこ にも地表を焼きつくす2つの太陽は。 さて、そんな話をしながら日も暮れてきたね。 話をてのひらの青い地球のことに戻そう。も しかしたら、そう、もしかしたらだけど、こ の広い世界のどこかに神さまがいて、その神 さまのてのひらの上で青いビー玉が転がされ ているとしたら。それはもしかしたら私たち が地球と呼んでいる星かもしれない。それを ずっと転がし続けるかひょいと床に落として しまうかは、それは神さましか知らない。そ う、この国は多神教だったね。八百万の神々 がいて、すべての物象にたましいが宿り、そ う、君の瞳にさえも君の腕時計にも。とか言 いながらお正月には初詣をしてお葬式は仏式、 クリスマスにはパーティをして、なーんてこ とは言い古されていることだけれども。スザ ンヌ、君はカソリックだし、マフィはどうし てか密教。私はゾロアスターだし。ってこれ はうそだけど。 さてシチューができたようだね。さあ、アイ リッシュ・シチューだ。食べようじゃないか。 ---------------------------- [未詩・独白]あをの過程/mizu K[2007年7月10日23時31分] あ から を までの過程をたどる 日本語というのは あ から を までの流れのなかで ことばが組みあわされ、いろんなおもいを伝えるわけで さいごに ん で輪を閉じる ん。っていったらしりとりで負けなんだよ わかった? うん。 あ から を までの過程をたどる あ ka sa ta na ha ma ya ra wa n い ki し chi ni hi mi   ri u  ku su tsu nu hu mu yu る e  ke se て ne he me   re o  ko so to no ho mo yo ro wo って、ほら、あ から る までことばが順ぐりに流れて る から を まではもうすこし る れ ろ わ を  そんな過程をたどる そして、ん で輪を閉じる あをのさん、 あなたは自分自身でみずからの人生を 閉じてしまったけど ぼくは、たぶん、あなたのぶんも もうすこしだけ 生きてみようと思います 遠い北の大地のましろい雪原に立って あなたはなにをおもっていたのですか なにをつかもうとしていたのですか なにがみえていたのですか いまどうしてますか ここにいますか ぼくは、ここにいます ここにいて、詩をよんでます 秋のある夜 西の都から遠くはなれたあるお寺であなたを あなたをおくろうとする人に偶然居あわせました だからぼくは、そのときいっしょにあなたを おくったんだと思います 石垣島では 南の風 風力3 天気曇 気圧1008hPa 気温29℃ 南大東島では 南の風 風力2 天気曇 気圧10hPa 気温26℃ 鹿児島では 西の風 風力2 天気曇 気圧09hPa 気温28℃ 足摺岬では 南南東の風 風力1 天気晴 気圧09hPa 気温24℃ 室戸岬では 東北東の風 風力3 天気曇 気圧10hPa 気温21℃ 潮岬では 東北東の風 風力3 天気曇 気圧10hPa 気温22℃ 八丈島では 東北東の風 風力3 天気曇 気圧10hPa 気温21℃ 御前崎では 北北東の風 風力3 天気曇 気圧10hPa 気温21℃ 函館では 東南東の風 風ところにより強く 天気晴 気圧17hPa 気温16℃ 根室では 北西の風 風全域で強く 天気快晴 気圧19hPa 気温05℃ 稚内では 東北東の風 風さらに強く 天気快晴 気圧17hPa 気温15℃ ハバロフスクでは 北北東の風 風さらにさらに強く 天気雨 気圧13hPa 気温19℃ テチューへでは 南東の風 風依然強く 天気雨 気圧07hPa ソウルでは 西の風 風非常に強く 天気雨 釜山では 東北東の風 風猛烈に強く 済州島では 北の風 北京では 北の風 大連では 北の風 青島では 北の風 上海では 北の風 アモイでは 北の風 香港では 北の風 マニラでは 北の風 父島では 北の風 かぜ、かぜ、かぜ、北の風、北の風、北の風 強く、つよく、つよく、さらにつよく、さらにつよく さらにさらにつよく、吹き荒れ、荒れ狂い、牙を剥き、爪をたて すべてをまきあげ、すべてをまきちらし、すべてを破壊し、すべてを持ち去り すべてを 、 そして去り行き そして 、凪 そして、静まる いつまでも降る しろい、ゆきの葉 北緯45度31分22秒 東経141度56分12秒 宗谷岬では いま、そちらは晴れてますか、曇っていますか 雨が降っていますか、雪が降っていますか 風が吹いていますか、波が立っていますか すごしやすい、ですか すごしやすかったら それはいいと、思います たまにはあそびにきてください まってます ---------------------------- [自由詩]コーヒープリン/mizu K[2007年8月3日23時43分] 翌日、ひーちゃんは見事に風邪をひいてきた 教室に入ってきたときからはなをまっかにしてずるずるさせて ずるずるさせながら席まで歩いてきて わたしの隣の机に座ってもずるずるさせて (ずるずる)お゛ーは゛よ゛ーっていって はい、ティッシュ あ゛ーり゛がーどー(ちーん) ひーちゃんははなをまっかにさせてもかわいらしければ そのちーんとする姿もかわいらしいものだから 罪な女だと思う わたしの手には読みかけの本 当然ひーちゃんは尋ねてくるわけで その本、なんていうの? 『悪魔とプリン嬢』 へええええ *** 昨日はなんだか天気がおかしくて 陽がさしたと思ったらくもったり、ぱらついたり コートからふとフェンスの向こうをみるとおおっきな雲のかたまりが あ、あれー、お、すげー、竜の巣じゃーん ひーちゃんがシータでわたしパズー シーーーターーーー! パーーーズーーーー!(ふたり抱きあう) とラピュタごっこをしながら また雨が降り出したしごろごろいっていたので女子はコートわきに避難 ふと男子の方のコートをみると 遊びの乱打がいつの間にかダブルス白熱戦になったらしく ラリーの応酬と超美技と炎のサーブ そして真剣勝負も佳境に入った折もおり サーブがまわってきた、こうくんが振りかぶって第1球! もとい、トスあげてラケットがボールをたたいたのと 空が割れて竜が火を吐きながら走ったような すさまじい音がしてかみなりがこうくんに落ちたのと ほぼ同時 ベースラインあたりに大の字になったこうくんの姿がなんだか遠くにみえて それにむかって ひーちゃんが駆けていく後ろ姿を 雨脚が強くなってコートを雨粒がたたき視界がけぶっていくなか わたしはぼんやりと立って眺めていた 幸いこうくんは命に別状はなく 頭がアフロヘアーになっただけ それはそれで彼にとっては大問題なのだけれど(アフロヘアー) 大事には至らなくってよかったね(アフロヘアー)と病室で (アフロヘアーの)こうくんの両親とひーちゃんとわたしとで (だってアフロだよー)笑いをかみころし もとい、ほっと胸をなでおろしていた *** かみなりにうたれて気絶した人には 伝説の勇者の魂がのりうつるので こうくんはこれから世界を救う旅に出発しなければならないのだ そうやってRPGのものがたりはよくはじまる 旅のはじまりは、ものがたりのはじまり はじまり、はじまり わたしは勇者に救われるお姫さまでなくってもよいから せめてピンチに陥った彼を回復呪文で「ヒール」する魔法使い くらいになっていつもそばにいたいけれど いかんせんわたしの役まわりは 勇者殿が旅の途中で立ち寄るなんの変哲もない村の小娘が関の山だ こうくんのお姫さまはひーちゃんだ わたしは勇者の御前にでると体がこわばって固まってしまう 勇者の前で身動きできないなんて 魔法で動けなくされた悪魔だ *** ねえ、土曜にまたお見舞いにいこっか、さしいれもって うーん、そーねー、うなぎとか それは「どよう」ちがい うーん、ぞーね゛ー(ずるずる) あー、また、はな、美人が台なし、はいティッシュ あ゛り゛がどー(ちーん) 優雅にはなをちーんとするひーちゃんを眺めながらぼんやり考えた さしいれかー、なんかつくるかー プリンなんていいかなー こうくんとひーちゃん(とわたし) が食べるから コーヒープリンでいいや ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]【小説】月の埋火/mizu K[2007年8月6日20時10分]  どどどう、どどどう。  耳鳴りで目覚めたように思ったがそれは絶え間なく聞こえ る潮鳴りであった。  どどどう、どどどう。  遠くか近くかわからないが、その音は聞こえる。遠くの方 で誰かが呼んでいるように聞こえるときもあれば、耳のなか で鳴り響いているように思えるときもある。  そうだ、耳鳴りのように思えたのだった。  目を開けているが天井は見えない。それほど深い闇はもう 久しく見ていなかった。床についてからしばらくちりちりい っていた囲炉裏も今は静かになった。寝息はどうだろうか。 聞こえない。それよりも潮鳴りのほうが近いのだ。沖合いに 少しずつ引き込まれる感覚がくる。呼んでいるのか。  どどどう、どどどう。  耳をすます。囲炉裏のむこうで横になっているはずの祖母 の気配はわからない。ぐっすり眠っているのだろうか。眠り は深いのだろうか、浅いのだろうか。もう何年、祖母はこの 潮鳴りをひとりで聞いてきたのか。  夜、囲炉裏端で月の話をした。  こちらにきてからずっと、夕刻に浜におりていくので、尋 ねられたことがあった。  月が出るところをみたいのです。  そう言うと、祖母はこころなし笑ったようだった。  食事時と重なるのでここのところ月を見にいっていない。 大潮も過ぎて数日もしたころ、夕餉の後に、茶をすすりなが ら月の話をした。  十五夜の満月さんを過ぎると、月の出が少しずつ遅くなる でしょう、それぞれ呼び名がありましてね。ああ、聞いたこ とがあります、たしか立ち待ち月とか。そうそう、それは十 七の月のことです。十六日がいざよい、十七日が立ち待ち。 では、十八日は。居待ち月、座って待つくらいのうちに月が あがります。その次は寝待ち月。寝て待つのですか。そうで すね。草っぱらに寝転がって待つのかしら。縁側でお酒を飲 みながら、ということもあるでしょうね。なるほど、縁側で 寝酒。煙草もぷかぷか。おだんごも食べたりして。くすくす。  そうそう月といえば、と祖母はくすりと笑った。ときどき こんな笑い方をする祖母に、私はときどき彼女の歳がわから なくなる。小さな女の子のような笑い方。おばあちゃんなの に。  月といえば、なんですか。  月を生け捕ったことがありまして。  あのう、いけどったって、その、いきてとったのですか。 はい。それは、そのう、李白みたいにですか。いえいえ、正 確には月の影なのですが。かげ。はい、影、つまり光です。  祖母が、今の私よりももう少し歳をとったころの話だそう だ。夜、流しで洗い物をしていると、ふと目の前が明るくな ったように思ったので、つと顔をあげると、格子窓のむこう に遅い月が浮かんでいた。何とはなしに台所の灯りを消して みると、皓々と月の光が射し込んでくる。その光のなかでま た洗い物の続きをしていると、お椀を取り落としてしまった。  流しの水を止めると、ほら、潮鳴りが聞こえてくるでしょ う。いつも聞こえているはずなのにね。でもそのときは、な ぜかしいんとしていて、床に転がったお椀を見ると月の光が あたっている――はずだったのだけれど。  伏さったお椀には月の光があたっておらず、なのにそのま わりの板の間は白々としていたという。不思議に思ってお椀 を取ってみると、床にころりとビー玉のようなものが転がっ ていた。おかしなこともあるものだ、と思って拾いあげてみ ると、ひんやりとしてすべすべとしていた。しかしその中か ら、ちりちりとした刺すような感覚があったという。  ――埋火。  うずみび、ですか。私がけげんな顔をしていたのだろう。 祖母はおもむろに火箸を取って囲炉裏をかきまわし、灰の中 からあかあかとした燠を取り出した。  こうやって火を絶やさないようにするのですが、その小さ な球が、火を宿しているように思えて。月に火があるのです か。月の光はつまり、太陽という火の玉の光が反射したもの でしょう。ああ。  あ、そういえば似たような話を聞いたことがあるような気 がします。でも、確かあれは、月の光ではなくて、月光でで きた木の葉の影を取る話だったような。*  あれ、同じようなことを経験なすった方がいたのでしょう か。不思議ですね。そういって祖母は笑った。  その球は大切にしまっていたはずなのだが、幾度かの引っ 越しのうちになくしてしまい、再びこの家に戻ってきたとき は、祖母はひとりになってしまっていた。  老いては子に従えといいますか、さりとて従う子はなし。 まあ、かわいい孫はここにいますがね。  やだ、かわいくないですよ。この前小さな子に生まれては じめて“おばちゃん”って声かけられましたし。  祖母はこころなし笑ったようだった。  どどどう、どどどう。  潮がうねり、砕ける音が聞こえる。今夜は遅い下弦のはず。 夜は長い。天井を見上げてじっとしていると、かすかながら ぼんやりと梁が見えるような気がした。囲炉裏の炭のわずか な光だろうか。大昔の人は火を絶やさないようにするの、大 変だったんだろうな。そんなことをうつらうつら考えながら 目を閉じた。  潮鳴りはやがて遠のき、いつしかざざざという潮騒にかわ っていった。                   (了) --- * 安房直子 「天窓のある家」『夢の果て』 瑞雲舎 2005. 題名だけのスレ8 小池房枝さんお題No.444 http://po-m.com/forum/thres.php?did=108491&did2=444 ---------------------------- [自由詩]ラ行のラ音/mizu K[2007年8月10日20時34分] *** ラ. ラメント 風、蕭々と吹くばかり/か 泣いているのかと思えばそれは 馬頭琴であった 海から遠いというのに 天地逆転すれば 空でひと泳ぎできるものを 土が塩からいのは 涙のせいではない イギルのラメントが 聞こえる *** リ. リン・デル・アンヘリート rin del angelito 柩が斜面をのぼっていく さきほどまで 白い衣に包まれて 台座に置かれていた影の なんと小さかったこと アンヘル、すなわちエンジェルは 小さなこの子、アンヘリート リンのリズムでうたっていたチャランゴ弾きは すでに小銭を受け取ったのかと どこにも姿が見えないのは *** ル. ルーシー ぼくのおばあちゃんの おばあちゃんのおばあちゃんの おばあちゃんのおばあちゃんの/を ずうっとたどっていけば るーしーってなまえのおばあちゃんに たどりつくんだけどどっちかっていうと るしんだ・うぃりあむずってなまえの おばあちゃんだったらいいのになあ なんてるーといっしょになるにあのあすらんの おえかきをしていたらきょうはだいやもんど ちゅういほうがでてるって るーのままがあわててた *** レ. レイ・ハラカミ プラネタリウムから 星がたくさんふってくるよ たくさんたくさん ふってくるよ もうすぐセミが鳴かなくなる おわりのきせつなんだ* *** ロ. ロン・カーター とぎすま/せ! されたし一音、いちおんの 呼続よ/ びつづけ、継続する/させる/させしむ あーあー、あーあー アーアー、Aーアー ラーラー、ラーLaー あーあー 、ああああ 屹立したアップ(ル)ライト ベースにあた(る)スポット ライト、一周してダイヤモンド 描いてホームランボー(ル)と/ト ニックに還元されると それは風船のように錯/綜していき/ソフォニスト フラット の一室でso what 加速するベース、ウォークング、トーキング、スト/レイト! no chaser. ロン・カーター マイルスはどんな 声をしてさ/けびつづ どんな/け/(ru)/ド D、ミ、ファ、ソ、Laー H、C/どんな トニー・ウィリアムズのレ ハンコックのシ コールマンのド 3弦の開放 呼続さ(せしむ)れ(ば)つづける 音!おと!おーと! --- * rei harakami 「終りの季節」(細野晴臣) 題名だけのスレ8 小池房枝さんお題No. 467 http://po-m.com/forum/thres.php?did=108491&did2=467 ---------------------------- [自由詩]ストライプゾーン/mizu K[2007年8月24日23時44分] 気づけば豪雨のような音響にぐるりと包囲されていた オグロヌーの疾駆するさま 出発するときは頼もしかった ごついジープも心細くなった ファインダーの向こうにあるのは、ゾーンだ    夕/立ち/日が    地平線だ、沈んでいた    のか、バオバブの/咲いた/花が    散逸した/ベクトル/一の方向へ/は    集合/集約/収束/収斂/一点/集中 シマウマの群れ ゼブラの磁場/集合体、ストライプゾーン    凝集した空白の/に    空間が拡大したその先は    たった一匹のベクトルがつっこんだ    拡散/散逸/逸脱/脱落/していく/もの    たちはシマウマの群れ    ハイエナが!)ライオンではない?)/つっこむ ハイエナは動物紀行番組でな いつもいつもわるものあくまないんけんな 腐肉をあさる卑怯なやつな 奇妙なゴフゴフした鳴き声でな ほら、ごらん、たとえ話にあるだろう?) 頭下げてばかりいていつも横取りする死神の申し子!) 否、ハイエナは優れたハンターだ 夜、腐りかけた肉をなんとかして 胃袋に押し込んで ジープのライトをつけっぱなしにして チェスをした チェックを重ねるうちにまぶたが重くなる 牛を刺すツェツェバエの夢をみながら ねむるねむるねむる なのにセレンゲティは夜も眠らず ライトの先に爛々と光る、目 血しぶきが、飛ぶ    集合体、ストライプゾーンは    それ一個でひとつの生命体    のようにも思えるがそれは    雲のストライプ、陸のストライプ    海のストライプ、楳図かずおのストライプ    星のストライプ、/ゾーンが    /反転し!)/収束して    一点に集約した!)    想像をはるかにはるかに凌駕した    超高温・超高密度の収束した球体セレンゲティは    燃えているのか?)、ゼブラ 針の先の一点に集約したゾーン、 ゼブラのバランスでかろうじて保たれていた わずかばかりの均衡は かすかなゆらぎののち 誤爆するアオゾラのように爆発!) 拡散していく拡散していく拡散していく ベクトルはその先端の指す時空へ 指数関数的ソラの膨張 真空と星々を生成しつつ炎が油を走る様 に拡大していく オグロヌーの疾駆するがごとく ハイエナの狩るまなざしのごとく それを人は ビッグバン、と呼ぶ 題名だけのスレ8 アオゾラ誤爆さんお題No. 447 http://po-m.com/forum/thres.php?did=108491&did2=447 ---------------------------- [未詩・独白]葦間さんの旅日記その1/mizu K[2007年9月17日18時48分] 2006年8月26日 旅の話 八戸へ向かう新幹線のなかでうつらうつらしながら びゅんびゅんうしろに走っていく景色をぼんやり ああ、この辺には岩手軽便鉄道が通っていたのだ と ふと思い出し 思い出したついでの途中下車 してみれば白いホームにぽつりと旅行鞄とならんで 気がつけば私は 銀河ステーションに立っていたのでした 透き通った空の下 線路はどこまでもどこまでも続いていて 遠くのほうまで延びています 新幹線ではぼんやりしていましたが すずめらしい・・・じゃなかった めずらしいのでホームをきょろきょろしていますと ぽつりぽつりと待合いの人がいるようです 割合い近くにいらっしゃるのは きょうの猫村さん・・・じゃなかった 黒猫顔のすらりとした紳士で まあ、すてき と まちの猫村さん・・・じゃなかった まちのお嬢さん猫がみんな目をひかれて 顔もいっしょにつられて 首もいっしょにニャーとひっぱられていきそうな そんなすてきな猫さんです ので 私もちょっとどぎまぎして緊張して つい喉からにゃあと声がもれ・・・じゃなかった はずかしいことに おなかがぐうと鳴ったものですから 赤面するやら湯気がのぼるやら もう温泉の湯上り気分で 心臓もどっくんどっくん するとそのすてきな猫の紳士は えっへん とせきばらいなさいまして それじゃあ私も えっへん と真似してみますと 黒猫の紳士の目がするりと細くなった様子を 目の端で感じました まあ うれしい と にこにこしていますと (はたから見るとにやにやかもしれませんが) すると空のどこかから 「ふります、ふります」 と 声がします あれれ。と思ってきょろきょろしていますと しばらくしてやっぱり 「ふります、ふります」 と 声が聞こえます なにかしらねー なんの声かしらねー と 思っていますとふいに 気のせいですよ と おとなりからすてきなバリトンの音が聞こえまして えっ と見ると 黒猫の紳士はやっぱりすらりとすましていらっしゃって でもすこしだけ目を細めたみたいで それからやっぱり2人ともホームの前をむいて 静かにたたずんでいたのでした ---------------------------- [未詩・独白]葦間さんの旅日記その2/mizu K[2007年9月25日23時16分] 2006年8月23日 - 24日 旅の話   -A to Z 展- ならららよしともさんという有名な現代美術家さんと グララフという集団さんのA to Z という展覧会 大正時代の酒蔵のなかに小屋をたくさん建てて 街をつくっちゃってます ずっといきたいいきたいようと思っていたので 入り口についただけで舞い上がってしまって わーい、わーいと大はしゃぎ お犬とわんわん遊んだあといよいよなかへ入場 きゃー すばらしい すばらしい すば・・・(以下永遠に繰り返し またこの展覧会ではかわわうちりりりんこさんという私の大好きな写真家さんの 作品もゲスト出展であり、 ましろいテントのなかに あ あの写真だー わーい、わーい という感じで カフェでだらだら、「悪戸アイス」 お店でお犬を購入し わんわん と抱っこしながら会場をなごりおしくあとにしたのでした いやー、でも扇風機だけで空調がないのは やっぱり北の国だからこそできるのかもしれません これから行かれる予定の方は なるべく涼しい格好をおすすめします 2日続けて行ったのですが全然飽きませんでした ひろろさきの街ではだざざいおさむむさんの通ったカフェーとか行ってみて ちょっと足をのばせばシャガールルルが見れたり そのお隣の遺跡をのぞいたりぶらぶらしつつ 午後からは別行動の方たちと合流するため あきたこまち方面へ 鈍行でがたんごとん ---------------------------- [未詩・独白]葦間さんの旅日記その3/mizu K[2007年9月28日17時46分] 2006年8月25日 旅の話 世界遺産になっているしらかみまくり山地にいってみよー ということで前日にお連れさん方と合流 わいわいやりながらレンタカーで走りました 私は後ろの席でぐうぐう寝てました 運転を担当なさった方々、おつかれさま しらかみまくり山地といえどもだだっ広く さて、どこに行きましょうか? 山登る?登りたい?いやむしろ登るぜ! という感じで 日本キャニオン?なんじゃそりゃ あ、池があるよー という感じで 要するに しらかみまくり山地に行くとは決めていたものの しらかみまくり山地のどこに行くのかは、はっきり決まっていなかったのでした 結局は遊歩道を行ってみますかー ブナの原生林もあるしー と決まり てくてく てくてく 私はちょうちょさんばかりおいかけ とんぼさんをつかまえ まんぼを川で見つけ …そんなわけないですね、まんぼ うひゃー、緑だわー、どこみても緑だはー あ、ちょうちょ、ちょうちょ うわー、へんなはっぱ うひゃー、池があおいよ、きれー んー、森のかぜ、ここちいいー と てくてく歩いていきますと 「登山口」があり ここで山登り隊はおっしゃーいくぜー と一部サンダル履きの無謀なツワモノをふくめ むぼーな登山開始 一部は途中でひーこらばてまして途中下山(私含む とりあえず山登り隊が帰還するまで 森の木々とたわむれるフェアリーごっことか 池のほとりでファースト写真集撮影会とか 森のくまさんと出会い頭ににらめっことか アカショウビン捕獲ツアーとか 池に石を投げて水鳥に命中させよう会とか いろいろおばかなことをしながら 山登り隊の遭難を期待しつつ あらーもう日暮れだわ 風がつめたいねーとかしゃべりながら 「ひろしましまとダサいたまからやってきた6名の若者のパーティが 無謀にも軽装で登山をして一部が遭難 捜索隊100名とヘリ5機、やじうま150名 山火事3ヶ所、ジェット機と戦車、地対空ミサイル が出動する騒ぎとなりときどき出没する森のくまさんと格闘しながら 夜を徹しての捜索が続いておりますが 発見は困難を極め、谷底で横たわっている3名の若者らしき姿をみた という不確かな情報も飛び交っており 情報もやや錯綜しておりこの原稿を読んでいるわたくしの頭も錯綜している模様です」 と勝手に連れの3名を殺害したニュースをでっちあげて けらけら笑いながらすごしておりますと しばらくしてから 死亡したはずの3名がいちおう無事に帰還して戻ってきました どうやらさすがに山頂までは行けなかったそうです 膝がかくかく笑っている人もちらほらいらっしゃいました まあ、山登りしたのも久しぶりでした マイナスイオンをざばざば浴びて帰った旅です ---------------------------- [未詩・独白]葦間さんの旅日記その4/mizu K[2007年10月9日5時54分] 2006年8月26日 旅の話 そういえばカプセルホテルに泊まったというのも初めてで なんだか蜂の巣みたいな感じを想像していて まあ似たりよったりの感じで にゃー、カプセルだー、ごそごそ と入ってごそごそ外に出て ぐーぐー寝て気がつけば朝 この日は大曲すぎて七曲というところで花火があるということで 先発隊は前日から徹夜で場所とり 後発隊はのそのそ朝から出かけました 会場にのそのそ行ってみると 川沿いに桟敷をつくり、土手にはレジャーシートの海 こりゃーすごいわーと圧倒され 先発はとてもとてもいい、すばらしい場所をとってくださり、感謝かんしゃ 晴れの日で木陰もなく夏日がじりじり なんとなくビーチ気分寝てますと あらら、まっかっかに日焼けしてしまいました あついよーあついよーとけるーしぬーぐてー と やりながら夕方になり まだ日も落ちてないのに明るいうちから花火開始 「昼花火」という珍しい花火だそうで 花火というときらびやかな色や光を想像すると思うのですが 昼花火は煙の色とか青空に散る火花とか そういうところを魅せるもののようで 拡声器から「だいーーいちーーごうーー」 というかけ声とともに、どどんぱ、どどんぱと 打ちあがり おおー、という感じで見ていました 明るいうちの花火もよいものです 会場には屋台もずらーっと出ていてお祭り感覚 けれども暑さで死にかけてアイスをぺろぺろしたくらいで 固形物はむりでした 牛ステーキとか焼き鳥とかあったのですけれど ちょっと残念 そんなこんなで日も落ちていよいよ夜の部 まわりのテンションもおおおーとかうひゃーとか ひゃっほうとかいやがうえにももりあがります もりあがったところで再びスピーカーの声 「だいーーいちーーごうーー」 どどんぱ ひゅるるひゅるる ひょー どーん おおーすげー 観客も拍手はくしゅ お隣のじんべえとゆかたの地元らしき若い人たちの集団は さけー、さけー、酒々、という感じ おもしろかったのは 花火が曲芸のようにそろってどどんとうちあがるもので びっくりするやらうれしいやら おどろきの連続に私たちもおおーと声をあげながら ただただ夜空を見上げるだけでした 私は途中で寝ました ぐー 帰りは大変な混雑でした おすなおすな ---------------------------- [未詩・独白]葦間さんの旅日記その5/mizu K[2007年10月13日20時34分] 2006年8月27日 旅の話 前日は連泊のカプセルホテルに午前1時ころ帰ってきて お風呂に入って布団にぱたり 気がついたらお午をまわっていました 同行した方々は7時ころ出発とお聞きしており もう出発なさっている模様 13時すぎまでごろごろしてチェックアウト ホテルの前で熟睡なさっていたタクシーの運転手さんをどかどかたたきおこして あきたこまち駅までー あ、はい、むにゃむにゃ、えと… と 危うく反対方向に連れて行かれそうになりつつ ああ、料金のメーターがあがっていく・・・ お客さんどちらから?ああそう こっちは田舎でしょー 国体がもうすぐで ホテルがばんばん建っていてねー ホテトルが大繁じ…むにゃむにゃむにゃ PTAの全国大会があってPTAの方々がいらっしゃってね ソープが大繁じ…むにゃむにゃむにゃ ああ こっちはあんな奴らがいてねー(とアメ車の兄ちゃんを嘆きつつ あ じゃあ着きましたよー それじゃー お気をつけて はい、ありがとうございました 駅に着いてみると上りの列車が3時間ほど待つとのこと うーん、それじゃあねえと荷物をごろごろ引きながらお散歩地下へ 塔円盤という某チェーン・レコード店をうろうろ おお、ちりめんじゃこ・パストリアスが500JPY! 買いませんでしたけど UAさんと某菊地?ジャズ?ふーん うろちょろうろちょろ 某激安洋品店と同名の楽器屋さんをひやかしつつ地上へ 北国とはいいつつ日ざしが強くて お嬢さんがたお肌むきだしすぎ? でも色白の人おおい… でも、でも、ナマ足率が高いのはなぜ? ああ、湿度はからっとしていて 暑いけど スタバババというカフェに避難 えーと、鴨…じゃなかった、モカを(最近モカばっか 荷物の多い私を 親切な店員さん ありがとう 帰りの列車の中 お気に入りのヘッドホンが壊れてしまったのは残念でしたが セロ弾きのゴーシュを読んでうるうるしたり ほけーと寝たり お隣の席のお姉さんを盗撮したり いろいろ退屈しませんでした さて、今回の旅の総括 はじめちょろちょろ なかぱっぱ おねんねしすぎてぐーぐーぐー てなかんじで ---------------------------- [自由詩]サンガツ/mizu K[2007年10月22日3時54分] サンガツ 山月にたなびく、かすみぐも 岩石層に堆積した破片から 雲母を削り出した 三月の夜 月は出ていた 犬が遠吠えていた 猫はこたつでまるくなっていた かもしれない夜 羊飼いが小山の頂きで パンフルートを吹き唄っている かすみぐも、たなびく 三月の夜 ごらん 夜空がなにもかも乳白色にみえる そんな夜は この世の理がどこか 地すべりを起こしている 起こしている 地すべりの断層の 破片 祖父が親父のためにつくってくれた 手づくりのシーソーが朽ちようとしている もうずいぶん前につくられたから 朽ちようとしている 朽ちようとしている木づくりのシーソーから キノコが生えている げにその生命力の強さ (実はワライタケ) 子犬のジョニーがころころ転げまわって きいろのかわいいちょうちょがひらひら飛んで ときどきぴょんぴょんウサギがやってきて モグラがもそもそ顔を出している そんな絵に描いたような風景を 絵に描いてみた 描いてみて それがどうも気に入らず 絵描きは自分の描いた絵を ばりばり破り捨てたらしい 三月の夜 (たぶんウクライナ)の話 そんな夜にも 月は出ている サンガツ 山月にたなびく、かすみぐも 岩石層に堆積した破片から 雲母を削り出した 三月の夜 から遠くかけはなれた殺伐とした 都会のビルヂングの上に 犬の遠吠え、やはり 猫はこたつでまるくなっていた かもしれない夜 山を下りた羊飼いが 都会のネオンの下で やっぱりパンフルートをストリートで吹き唄い その頭上には かすみぐも、たなびく やはり三月の夜 ごらん 夜空がなにもかも乳白色にみえる そんな夜には どこかの銀河の船乗りもまた かすみに針路を見失い 羅針盤と磁石をにらめっこ あとは自分の直感たより さて、あとは言うことをきかない櫂を直すだけだ こうやってぐにっと曲げてな まじないを少しかけてやれば 少しはまじめに働いてくれる このまじないはな 友だちの羊飼いが月夜の丘で 教えてくれたんだ 彼は今、どっかの街角で パンフルートを吹いているだろうよ 彼が吹いている曲のタイトルはたぶん 「自分の描いた絵が気に入らなくて ばりばり自分の描いた絵を食べてしまったある絵描き」とか 「月に向かって愛する人のために遠吠えている ラブ・ソングが実はただの近所迷惑の犬」とか そんなタイトルだろうよ サンガツ 山月にたなびく、かすみぐも 岩石層に堆積した破片から 雲母を削り出した 三月の夜 月は出ていた 犬が遠吠えていた 猫はこたつでまるくなっていた かもしれない夜 山にもどった羊飼いが小山の頂きで パンフルートを吹き唄っている かすみぐも、たなびく 三月の夜 ごらん 夜空がなにもかも乳白色にみえる そんな、夜には ---------------------------- [自由詩]ロケットの翼が高く飛べる日に/mizu K[2007年10月22日3時55分] 彼女は明るい細部をしている 指が超高精細ロケットの 明るい反射光にきらきら 光っていてまぶしいんだ 原っぱでみんな風船もって 色とりどりの風船もって さあとばそうよすぐとばそうよ そんなわくわくした気持ち ロケットにのって宇宙の果てまで ほがらかに飛んで 行け! オーランジェ、オーランジェ、高度は良好 翼は力強く疲れをみせずはるかな水平線の あのくもりのないガラス球のような水平線の果てまで 飛んでいけったら飛んでいけ 爆音ロケットで空の神さまをびっくりさせてやろう そして彼女は明るい細部をして 朝日のまどろみで ふと触れた指のかすかなしわまでも うつくしいと思ったんだ この朝日とともにあなたを ロケットの翼が高く飛べる日に ---------------------------- [自由詩]猫の脱却 そのことどもに/mizu K[2007年10月22日4時00分] かなしみに拘泥されない不確かな日常の 脱却ひとつ、その方法の すがた 今日をかなしまないためのほがらかな ひとつの、方法 そのすがた 脱却するそのすがた は 鳩の豆鉄砲くらった猫のように ひとつの、脱却、方法論 そのすがた 日常のほがらかな瞬間に舞い降りる ふとした瞬間かなしみの時間 、胸、が、つぶれ そう ねえねえ あたし たのしいんだよ 緑、みどり、みどりのまま枯葉 落ちる木々の枝 からから ほがらかに 鳴いている猫の静寂 豆電球のぽつんとうかぶ部屋の 、かなしみ、拘泥されない、 不確かな日常の不確定要素 一連の出来事にとまどいまどい ひとつの、方法、そのすがた まるで猫が逆立ちしたように この世に生まれる子どもたち いくら かなしんだって せかいは なにもかわらない ねこが ぞうが ひとが しまうまが しんでいく ねえねえ あたし たのしいんだよ すっごくたのしいんだ だってせかいはゆうえんちなんだよ どこまでいってもあそべるんだ おっきいおっきいゆうえんちなんだよ すごいねえすごいねえ どこまでもつづく地平線がゆらゆら揺れて 存在の証明に困ってカモシカが走っている ひとあしひとあし、あしあとひとつ、そのすがた そのうしろすがた、 影がずっとずっとのびている地平線 もとめた、日常のかなしみの根もと 飽くなきおそれ、また、ひとつ、ふたつ みっつ、よっつ、いま、いつつめの日常 不確かな猫の脱却 そのことどもに 子どもが泣いて生まれる かなしいのだと いちどきに、ほがらかな日を浴びて からからと風車がまわる まわるまわるめぐるめぐる日常の 不確かさを再認識せよと、来る ---------------------------- [自由詩]ブルー(reprise)/mizu K[2007年10月23日4時21分] ブルー このことばから導き出される感情 印象、心象、映像、記憶、追憶 日々流れていく風景は 車窓の景色が特急列車で飛んでいくように はっきりと認識することができず ぼんやりと視界のすみにとどまる そう、そして同じように記憶の片隅にとどまる ブルー このことばから導き出され、想起される映像は それは人によって様々であろうが 「ピカソの青」といえば あの青である あの青である そう、今日、実は、人びとで混雑した交差点で バケツいっぱいの青い絵の具をぶちまけた男がいた バケツいっぱいの青い絵の具をぶちまけられたので その辺にいた人は青い絵の具を頭からかぶって みんな真っ青な顔をしている それから横断歩道の白線にも 青い絵の具がいっぱいいっぱい広がったので そこはまるで、黒いアスファルトの上に突如 小さな青空が現れたよう そんな錯覚がおそってきて 僕はちょっとめまいがしてその場にしゃがみこんでしまった 強烈な青い色の絵の具はぶちまけられて バケツいっぱいぶちまけた男はどっかいっちまった そう、どっかいっちまった そう、どっかいっちまった そう、まるで空にすいこまれたように そう、まるで空にすいこまれたように そう、まるで空にすいこまれたように どっかいっちまった、どっかいっちまった、どっかいっちまった どっかいって、消えちまいやがった 見上げれば青い空が広がっている 目に、しみる ある、晴れた、日に ブルー 青い声をしている人がいる その人の声は、その声が聞こえる範囲のすべてのものを 青く染めてしまう 青い、青い、雨のように そんな青い声をしている人がいる それはたとえばスザンヌ・ヴェガの歌声だったりする 青い雨の日、青い朝、青いダイナーで、青いコーヒーを飲んでいる ガラス越しに外を歩く青い女の人が見える 青いスプリングコートを着た人が歩いていく 青い女の人がガラス越しにうつった自分の姿を見つめている その人のストッキングは伝線していて その人はそれを気にしているようにも見えるし ただガラス越しにこちらを見て、視線はどこか遠くを見ている そんな気もする ただ、豊かな髪が青い雨にぬれていく 青いコーヒーを飲んで、青いダイナーでぼんやりしている、僕 遠くで朝の、朝のカテドラルの鐘がひびいた 響く音の青さ 石畳にしみこむ青い雨、声、水、靴音、サイレン、クラクション、リフレクション もろもろの感情、印象、心象、映像、記憶、追憶 人びとの青い記憶 ブルー 君は今までどこにいたのか どこに行っていたのか どこをほっつき歩いていたのか どこをうろうろしていたのか どこをぶらぶらしていたのか どこをさまよっていたのか どこを徘徊していたのか どこを目指していたのか どこでギターを弾いていたのか どこで走っていたのか どこで声をあげていたのか どこで歌っていたのか どこで叫んでいたのか どこで泣いていたのか どこで倒れていたのか どこで倒れていたのか どこで倒れていたのか 路上で、駐車場で、ビルの屋上で、草っ原で、アパルトマンで 橋の上で、線路の上で、崖の下で 駅のホームで、公園のベンチで、石畳の上で モハーの断崖で、教会の前で、ダブリンのテンプルバーで どこでどこでどこでどこでどこでどこで ブルーブルーブルーブルーブルー 「ブルー、オレはあせりすぎたのか ブルー、オレはまだバカと呼ばれているか ブルー、オレは負け犬なんかじゃないから ブルー、オレはうたう、愛すべきものすべてに」 なんて尾崎豊をパロってみたい気分は そんな気分さ、つまりそれは気分さ つまり、それは、気分さ すばらしくてnice choiceな瞬間さ それは、そう、そういうことだ Fishmans! Fishmans! Fishmans! なあ、佐藤伸治よ あんたはなんで死んだんだ あんたはなんで死んだんだ あんたはなんで、なんで死んだんだ なんで空になっちまったんだ なんで青い空になんかなっちまったんだ 「アオイソラ」なんて別にAV女優のこと言っているわけではないんだ 僕はただ、横断歩道にぶちまけられた あの青い絵の具がつくり出した小さな青空のことを 考えているだけなんだ そのことについて語りたいだけなんだ そうだ、 横断歩道にぶちまけられたあの青い絵の具がつくり出した 小さな青空のことを考えているだけなんだ little blue sky little blue sky little blue sky そうだ、横断歩道なんてまるで墓場だ 人が目の前でばんばんはねられるし 鳩が目の前でばんばん落ちてくるし 和田アキ子もいつもじゃないけどときどきばんばん降ってくるし もしかしたら今度、黄色信号で突進してくるみのもんたにはねられて 青空になってしまうかもしれない ねえ、僕らは死んだらどこへ行くんだ 本当に青空になっちまうのか 本当に土にかえっちまうのか 本当に炭素になっちまうのか 本当に燃やされて煙になって空にのぼっていって雲にのって運ばれていって、雨になって 広島の原爆ドームあたりを歩いている あなたの肩に降りかかるのか そんなときあなたは手をいっぱい、大きく広げて空をみあげて いらっしゃい、って 雨になって散らばる僕を精一杯うけとめてくれるだろうか ブルー このことばから導き出される感情 印象、心象、映像、記憶、追憶 日々流れていく風景は 車窓の景色が特急列車で飛んでいくように はっきりと認識することができず ぼんやりと視界のすみにとどまる そう、そして同じように記憶の片隅にとどまる ブルー このことばが想起させるイメージは千差万別だ そうだ、人が経験した数だけブルー このことばが想起させる記憶はブルー もろもろに ブルー ダブリンのテンプルバーでバスキングしている ブルーズハープ吹きのじいさんが言っていた まあ、生きてりゃなんでも起こるし なんとかすりゃなんとかなるもんだ 何かにぶちあたったときは、さあ、どうするかね 上を見あげりゃいつも空がある 晴れてりゃ青空がある くもってりゃ雲がある くずれていれば雨が降ってくる でも、オレはここで、いつも音楽をやってるからさ 気がむいたらやってきな、聞きにきな、しゃべりにきな そうすりゃ、リトル・ブルースカイって曲でも ひとつ吹いてやるさ、雨降っててもな それでいいだろう? ダブリンのテンプルバーで 歯の少ないじいさんはそう言って笑った ダブリンの人通りの多いテンプルバーで 歯の少ないすかすかのじいさんはそう言いながら 今日もブルースハープを吹いている それを聴きながら僕はあの青い空のことを考えてみる ブルー、ブルー ありがとう、ブルー もう少し君を思うことで もう少し生きていけるような気がするんだ ありがとう ありがとう ありがとう ありがとう ブルー ---------------------------- [未詩・独白]長銃/mizu K[2007年10月23日4時22分] からす撃ちの銃だってよ なしてそげなもんで ほんにのう 銃口を口にくわえたまま倒れとったんだと あまりよい死に方ではないわな そうじゃそうじゃ もしわしだったらネコイラズを食べるな それもどうかと思うがの それより確実なんはな睡眠薬をがばっと飲むことや そらあかんわ兄さん崖から飛び降りはるのが一番や いやだわ恋をすれば誰でも死ねるのよああピーター おおルーシィ僕は君を永遠に… 阿呆お通夜の席で何いちゃついとる しかしまあからす撃ちの銃だってよ おかしいなあ奇妙だ変だ不思議だ奇怪だ怪奇現象だホラーだポルターガイストだ貞子だ そう変だなして散弾銃を使わんかったんか いやそうではなく じいさんの遺書がな うんうん 「からすうりが熟したので空は燃えるだろう」だと やりそやじんな (今の発言間違い) なんじやそりや かりゃしゅふりがひゅくしひゃんひゃらふがふがふが じーさんは黙っとれ いやあのうそれよか問題はさ?別のとこにあるじゃん?てゆーか? ほほう何や若造 誰が銃の引き金を引いたかってことさ ふうむ長銃じゃからのう 誰かに引いてもらったんでないの ああピーターァァァ ルーゥシィィィ おんどりゃ黙りくさ なんば言いよっとねあんた静かにせんね じいさんの手じゃ引けんよなあ まあ他殺ですねこの状況を鑑みれば ぬう、そうすっとややこしくなるなあ では簡単にしませんこと? トカレフで死んじゃったと なはるれふぉどおおお じゃけんじーさんは黙っとれ そうやな そやなそうしとこか 機は熟した さっさとじいさんを燃やすぞ ---------------------------- [自由詩]マンタレイの沈黙/mizu K[2007年10月23日4時28分] 街をひずませている調性のない 属性をもったビルディングが 太陽にむかっておじぎしている じりじりと今 風は耳をすます 調性のない音のうねりから こぼれおちるものをひとつ すくいあげてみる 夜 街の屋根の上に マンタレイは翼をひろげる 人々の寝静まった時間が マンタレイの 夜空にひろげた翼で 夜の海をしずかに すべる ---------------------------- [自由詩]途中下車 (再掲)/mizu K[2007年10月29日23時40分] あ いやん くすぐったいわ だめよ そんなところ さわっちゃ ママがかえってくるわ ああん いやん だめってばあん   あはん という本をとなりの座席 の人が読んでいたので なんとなくとなりから読んでいて なんとなく耳たぶあたりがぽかぽか していると 赤くなりましたね といって車掌がすたすた 通りすぎていった しかたないので次の駅で 降りてホームをすたすた 歩いていると人はみな 駅舎の柱をよじのぼっている くもの糸のようですね そう杖をついた人がいう 半透明の駅舎の屋根 あわいひかりでうすぐもり たまごのからのよう みな嬉々として線路上に横たわっているから ダイヤはいつもおおいに混乱しているから みな時刻表を火にくべて灰にしている 階段をからんころん 降りるときに あやまって足をすべらせた すべらせたのでしょうがないので わざと頭から飛びこんでみる あしたは晴れるらしい そうはればれとした顔で 階段から飛びこむのだ ホームで女の子が 風せんが飛んじゃったと泣いている 幸い駅舎の柱の上の方にいた人がそこから 風せんをつかんで 事は解決した はずなのだが始末の悪いことに 柱の上の方にいた人がそこから 風せんをつかんで飛びおりたので 消火剤がホームに飛び散って みんな小麦粉をかぶったように白くなって 目をぱちくりさせている 改札への道のりは遠い ---------------------------- [未詩・独白]aerial acrobatics 10/mizu K[2007年11月2日20時20分] *** 輪を固定して 定着させた 白い帆布の 裾野が原の 観覧車の膠着は等しく フィヨルドの陸へ *** 燐光時計が 循環するタービン 秋雨が網膜をけぶらせる 浮きあがる静脈の源は いまいずこ *** 不完全準自動式発条仕掛折々秋桜* 及ビ、猫 *** 未来の妻は ふりかける前から一、二度 くしゃみをしてから味塩胡椒の 調理実習の 四時限目と夢見がちなまな板の音 手もとがくるって流血事件 *** 化け猫のしっぽに燐光が灯る さぞ夜道は重宝するだろうと思いきや 熱いのでくるくるまわってしっぽにかみつく 化けても猫舌 今度は目をまわす *** cats on the catwalk talking about coffee break dispute about a espresso shot sometimes they fight then, A cat on the catwalk** *** 未来の夫は 隣の班のタマミにみとれて 包丁があさってをむいている 胡椒をぶっかけてやろうと振りかぶったら 自分にかけてしまった 仕方ないので煮えきらない感情といっしょくたに 鍋にどばっとふりかける *** コスモス畑で花火する 束にもってぐるぐるする ついでに花も束ねてぐるぐるする となりでミーもぐるぐるしている 見上げた観覧車が 秋桜の花かんむりみたいで あれくらいでっかいのを つくってあげたいと思った --- * ヨミ:発条(ぜんまい) **納浩一「a cat on the catwalk」(EQ “imperfect Completeness”所収)を聴きつつ。  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0001N1NDE(iTunesなんかでも1曲だけ買えたりします) ---------------------------- [自由詩]ロシアパンを売る少女(reprise)/mizu K[2007年11月6日23時58分] いいつたえられているむかし話がある むかしむかしあるところに 氷でつくられたある高い塔のてっぺんに それはそれはうつくしい緑の袖のお姫さまが閉じこめられておりました 「ロシアパンを売る少女」 という絵の傑作が かの古都プラハの国立美術館にある 市でにぎわう人びとの喧噪から ややはずれた位置に立って 質素な身なりをした少女が しずかにパンを売っている 彼女の背後には冬枯れの楡と 閉ざされた窓 バルコニーの花をつけていない鉢 石だたみにのらいぬ こねことこねこがじゃれあって 落ちる日のはやさにまけじと だれもが足早に歩く まちかど ひとり 立ち パンを売る その姿 夜には同じ場所で あいつらがロシアンルーレットに興じるのに その同じ場所で ああなんてことだ チェロ弾きがアニュス・デイを弾いている 冬枯れの午後 路上の絵描きが わら半紙に絵を描いて売っている たとえばそれは足早な人の顔 つばを吐きすてる顔 ゆかいに肩をならべて歩く酒のみ 赤子を抱えてつかれた様子の女 枝きれもって世界にこわいものはなにもなしの子ども ステッキをもち人生の夕べに三本足で歩く老人 ぺたんと座った絵描きの目の前を 多くの足が通りすぎていく その貧しいロシアパン売りの少女は 「ロシアパンを売る少女」という絵が 国立美術館にあることも知らず それが傑作とよばれることも知らず 今日の糧を得るためにまた街頭に立つ 市でにぎわう人びとの喧騒から ややはずれた位置に立って 野菜売りも花売りも新聞売りも 靴みがきさえも声をはりあげているのに なにも言わずにただだまってパンを売っている あの子は生まれつきしゃべれないんだってさあ 耳は聞こえるのかね そりゃ勘定はしっかりしてるし あたしはあの子のおつむを心配しているのではないのさ あれ わたしはありがとうと言うのを聞いたよ あらそうかいじゃあしゃべれるのかねえ それでさあ あの子にこっと笑うじゃないか ほっぺがちょっと赤くて うちの子がもうほれててさ オレがパン買いに行くからって 風が吹いた それじゃあね あいかわらず凍てつくね まあ冬はこうさ毎年のことだけんど 春にのぞむには こうした寒さがいいのさ おまえはなんということを! 王女さまは殺されましただと! なぜおまえは姫さまがすでにお亡くなりになったような口をきくのだ 神懸けて二度とそのことばは口にするな 王女は、幽閉されたあの方は すぐにでも太陽の光をご覧になるだろう! それはもうすぐくる春の光 春の太陽の光! 鳥がはこぶやわらかな風と 緑のいぶき、いぶき、いぶき! 凍てついた人びとの心をとかす、いぶき! 風が吹いた 市でにぎわう人びとの喧騒から ややはずれた位置に立って しずかにパンを売る少女はかすかに その風のなかにほんのかすかに 春の喜びがまじっていることに 気づいて ほおをすこし赤くしたのは 外気の寒さのためであったか おとこのこがパンを買いに来たからか 冬枯れの楡の枝にはもうすでに 芽吹きのための力をたくわえ 今はまだ力をたくわえ その日を じっとまっている ---------------------------- [自由詩]鬼の左手 (1/3)/mizu K[2007年11月18日14時47分] ひとつぶのしずくが、ぽおんと空から、落ちてきて、それは 鬼のまぶたにしみとおり、ひとみを濡らし、目からあふれさ せた、鬼は、目の玉からあふれるものをぬぐおうとしました が、左腕がないことにはたと気づいてうろたえていたのです 人の朝に起きて方々から笛や太鼓の音、耳には聞こえども今 のいままで姿は見えなかったもの、昼下がりさがった神輿を 担ぐ人びとの足のすきまから垣間見た祭りの景色の正体は、 鬼火、それをみた人は三日を待たずして連れ去られるといい ます 大路の大門は廃の場と化し、既に人の姿はまれとも見えず、 宵闇のひたひたと背を凍えさせる闇の音に、影の姿におびえ て閉じこもり、闇のなかをさらに黒い異形の姿が、松明にゆ らゆらゆらゆらしており、酩酊前夜の青白い女人の溺れたよ うに冷えきった指先のごとき秋水でひとなでされたとき、鬼 の左腕はその後の感覚を忘れ、今ごろ気づいてみれば、まな こからあふれるしずくをぬぐうことができないでいたのです 数えきれぬほどの子どものあまたのあたまをひとつひとつ喰 らいつくして、鬼は両の手をあかあかく、朱けに染めいし吉 野の山から洛京に流れてきたのでした 大路からずいぶんとはずれた、白蟻にくわれて崩れかけた木 戸がひしめく区画の一角の破れた格子戸の暗い穴をのぞいて みれば、足の細った幼子がちりりちりりと鈴を鳴らす音、土 間の暗がりは徐々にその範囲を広げていくように思われ、終 にはその家の内部を覆ってしまう日も来るやも知れず、鬼の 目が破れ目からぎょろとのぞくから、ゆめゆめ目を合わせて はなりませぬ、もし合わせたら、三日を待たずの宵のうちに 大路の大門の外に連れ去られて頭から喰らいつくされると、 母は脅すのです 水のない月であるから水無月というのか、もうひとしずくも 降らない日が何日も続いて日照り、もうじき疫病が流行りだ すだろう、といううわさ、また病の発する我らが町の者たち は洛外へ連れ去られて戻ってくることはないのでしょうか 鬼、鬼だ 鬼とは大門で待ち構えているものではない 人の心に巣食うのが、鬼だ 人の暗闇にらんらんと目を光らせ 祭りと政りの狂乱を眺め 歯を剥いてにたにた笑っている 飢饉ともなれば、鬼が大路といわず小路や町のすみずみまで 徘徊してまわる真昼の朦朧とした炎天下のなか、人の姿を装 い鬼の影を宿したものが、ゆらゆら、ゆらゆら、陽炎にうご めくのです もう幾度か宮の方角から白い煙が昇るのを人々は見ていまし たので、もしやそろそろ雨ごいの願がかなうのではないかと、 朱けあかい西の空になにかしらの兆しがないかと、うつろな 瞳をむけているのです、また明日も焦げるような暑さがやっ てくるのでしょうか 薄暗い土間にちょこんと座っていた足の細った幼子の小さな 鈴ふたつ、ちりりちりりと鳴る音が往来にもかすかに聞こえ る昼下がり、かすれた声は、あな、うたごえか、読経か、今 にも切れそうな細糸のようにか細く耳に届くのです さて、 (2/3)http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=140514 に続く *m.qyiさんのwebマガジン「the contemporary poetry magazine vol.3」参加作品 http://www.petitelangue.com/CPM3/index.html ---------------------------- [自由詩]鬼の左手 (2/3)/mizu K[2007年11月21日23時35分] (1/3)http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=140157 のつづきです さて、炎天とはいえ、日もかたぶけばわずかばかりの乾いた 風が通り過ぎるのですが、足弱の子が杖を持って戸口に現れ るのはまだ暑さに人の通りもまばらな刻のこと、ちりりちり りと鈴を鳴らして、壁づたいにそろそろ、緒は隣口まで、次 は塀まで、その次は辻まで、ひと息ふた息つきつつ歩を進め、 通りをきっと眺め、行き倒れの物ごいのまなこに止まる蠅を どこかぎらぎらした瞳にうつしているのでした あの子の首からぶらさがっている あの鈴はいったい何だ 亡父の形見か 牛でもあるまいに それ、まじないか 或いは所在を知らせるものでは 人通りが多ければ役立つだろうが しかしあの足は治るのか 何かのたたりでは 前世の報いでは あの家は、げに、よくないことが起こる 何れにしろ あのようなものを外に出歩かせるのは、 鬼を呼び込む 今朝は早くからひどく賑やかと思っていますれば、祭りのか け声が聞こえてきて、この飢饉の跫に皆おびえているのに物 好きもいるものだ、やれやれと思いながらはたと気づけば、 今日は縁日でもなく、よくよく考えれば物音は聞こえこそす れ、神輿衆の姿はどこにも見えず、隠(お)んでいるものの 姿は見えぬという、あな昼日中に鬼の祭りか、夜に百鬼が行 列をするという話はありこそはすれ、はたして、といった話 が噂され、宮の政ごとは腐敗が人々の口にのぼって久しく、 いったいこの都は正常に機能しているのか最早だれにもわか らず右往左往、その行きかう者たちの足は千々に乱れ、宮か ら立ちのぼる白い煙の元は雨ごいではなく、何かよからぬも のを燃やしているのではないかともまことしやかに噂される ようにもなりました 人の目はどうでもかまわない ただただ歩くだけ 願掛けをしたの 百と十日欠かさないと 日照りだろうとこぬか雨だろうと 辻まで往復する 百と十回往復する そうすれば、そうすれば、 足は/ 幼子が杖をついてちりりちりりと音を後ろに残して歩いてい ると、その残した響きを拾うようにして背に近づいてくる気 配、何者かもわからぬまま、汗の玉を顎からぽとりぽとり落 としてじりじりと前だけを見て歩いているのですが、ふいに 背後で鈍青のようなにぶい金属をすりあわせたような音色が し、それから足がひた、ひた、と近づき、若い男の、もうし、 もうし、という声がしました (3/3)http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=140913 に続く *m.qyiさんのwebマガジン「the contemporary poetry magazine vol.3」参加作品 http://www.petitelangue.com/CPM3/index.html ---------------------------- [自由詩]鬼の左手 (3/3)/mizu K[2007年11月25日19時28分] (2/3)http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=140514 のつづきです もうし、もうし、 この暑いさなか そこの杖のお方は歩みが難しいのをなぜ歩かれるのか 今日は祭りであるものを すこし休んで眺めていけばよい/ 休むわけにはいきません それにお祭りといいますがどこにも 担ぎ手はいないではないですか/ おらぬともよいのです いや、ここにはおらぬといったほうがよいか よろしければ見えるところにお連れいたしましょう/ いえ、それは、顔を知らぬ人には、/ おやおやなるほど、 それにしても相変わらずちりちり焦がす日です ときに、水をもらえるところは知りませんか 喉が渇いてしかたないのです/ それ、そこに 陽炎がゆらゆらしておりますが あなたさまの言うお祭りもそれと似たようなものでしょう どこに連れていこうとなさりたいのか知りませんが 今日も暑うございます、といって 気がまどうとでもお思いか/ 幼子が奇妙な視線で男を眺めます、見間違いか急に背が伸び たように思われます その左腕はどうなされた 傷口がそのままなのにまるで 平気な顔をなさっている/ 左…さあ、どこか怪我をしておりますか/ はて、おのがことがわからぬというのか 不思議な方じゃ/ 幼子、否、娘が男を眺めます、聞き違いか声音もさらに大人 びたように思われます もうし、なぜ笑っておられるのか/ そなたは 人ではなかろう ばっさり落とされた傷口から流れるものをそのままに 土を濡らして歩いておるそなたは 人では、ない/ これはこれは、めったなことを申されますと/ 鬼か/ だとしたら/ 言うが早いか男は娘の腕をむんずとつかんで、目には鬼火が 燃えているような色合い、はたしてその姿も先程とは異質の ものにて、陽炎の奥のようにゆらゆらとした立ち居、手にし た女を今にも連れ去ろうとしました、が、ばたりと倒れ伏し の、ど、が、か…/ 炎天にやられて動けぬようになったと思うたか その傷口から命が流れ出していることに気づかなんだか 枯れる前に腕を取り返さねば 死ぬぞ/ 女はしばらく倒れた男を見下ろしていましたが、沈黙したま まの姿に何か思案している様子、つと、呼び込んでしまった な、と小さくつぶやき、それから ならば我から滴りおちるこの汗をやろう/ ひとつぶのしずくが、ぽおんと空から落ちてきて、鬼のまぶ たに落ちて、それは鬼のまぶたにしみとおり、鬼のひとみを 濡らし、目からあふれさせた、鬼は、おのが左腕をどこに落 としてきたのかやはり覚えていないまま、茫然と水無月の空 を見上げており、まなこからあふれるしずくをぬぐうことが できないでいたのです 鬼、鬼だ その本来の姿は 蓑笠を被り、落ち窪んだ眼窩、ぼろぼろの衣、 錆のういた鉄杖、筋張った剛の腕 否、それは果たして異形のものの姿か 都の外をそぞろ歩くものだけの姿か 塀の下に横たわる それは人の姿を装った鬼ではない 人、ひとだ 人は己が中の深いところに鬼を棲まわせている 思い出した、鬼はあの夜あの刀の男に左をばっさりと切り落 とされて失ったこと、やっと思い出したのです、あかあかく、 あかあかく、大門の柱を、からからに乾いた柱と刀の男の喉 をうるおして、うるおした、うるおしたというのでしょうか、 そうです、うるおしたので、あかく流れるものでうるおした のであって、それはあたかも夕立ちたる空の光景に酷似して いたといい、眼窩の窪みからあふれるもの、それはまさしく 雨そのもの、乾き傷ついたものを癒す雨、そのものだったの です                   (了) *m.qyiさんのwebマガジン「the contemporary poetry magazine vol.3」参加作品 http://www.petitelangue.com/CPM3/index.html ---------------------------- [自由詩]僕らが死んだ、そのあとに/mizu K[2007年11月29日23時42分] フラスコ内部が一気に沸点を飛び越えた 頭上で炸裂した新型爆弾のあとは 巨大なキノコ雲がごうごうと 僕らは「それ」を見下ろしている 焦土と化した一帯に黒いスコールがたたきつけ それから 定点観測を続けた男の話によれば 雨後の筍のように バオバブが林立していったという ニワトリが逆立ちしたって 僕らはもうあとかたもない 題名だけのスレ ゆうとくんお題 http://po-m.com/forum/thres.php?did=108491&did2=788 ---------------------------- [自由詩]aerial acrobatics 11/mizu K[2007年12月3日22時13分] *** 夜行にならんで鳥が飛ぶ たれかが射落とそうとして きりりとしている 明けに向かって火球が 火走る *** しらないか、しらないか みっか憑くいきものを あらなんか、あらなんか めんとむかっていたけもののような影 またないか、またないか ふきのとうははだしだもの とおーく、とおーく *** クラスの女子の間であみものが流行りだした みんながみんな授業中休み時間に関係なくちくちくやっている クリスマスをねらってるのはわかるけど 僕はそんなこと気になるわけなんか あるけど 未来の妻は誰に贈るつもりなのか そんなこと、そんなこと、気になんか するけど そんなこと、そんなこと なんて思いながらほんのり上気して スダジイの授業をまったく聞いてない横顔を* 斜めうしろからぼけっと眺めていたはずだけど たぶんおもいつめたまなざしをしてたんだろう *** トマト煮ハーブの手足の先がじゅんじゅんじゅん しんぞうのふかいふかいみどりいろ 灯心草 *** 瞑想する大陸棚と螺旋する 人々のスカートの襞が 底をのぞいた光の届かぬ 白いイルカを探しにいった 沈没した風車が螺旋する *** タマミミがこっそり持ち込んだちくちく病が 全然こっそりじゃなくあっというまに女子連に蔓延して あみものしてなきゃ女子じゃないらしいので 誰かのためのふりをして 未来のダンナさまはどんな方かしらと心ははるか彼方 ダ、ダンナさま、実はあなたのために夜なべして… ああ、ダーリン、ぎゅううう あぁん、ダンナさま、すきすきすき と、一年目のクリスマスを妄想しつつ にやけた顔をしてトリップしていた(らしい)ら なんだか背後に不気味な視線を感じてふりむいた ら、すかさずスダジイに当てられた 未来の夫のせいだ、ばかっ *** 荒涼とした アポリネール螺旋立方体に出くわせば 鳥打ち帽の男と 挨拶する夕暮れに *** アプリコットのアップリケを アッチョンブリケとばかり言っていたのに いつのまに大きくなったんだろう 「とり刺」で二人酔いつぶれている *スダジイ:須田先生(57歳)つまり須田爺さん(全国の須田先生ごめんなさい) いちおう生物の先生です。最近ではこの歳ではおじいさんじゃないですよね… http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%80%E3%82%B8%E3%82%A4 ---------------------------- [自由詩]ゴーシュ/mizu K[2007年12月20日22時59分] 空の鋭角を切りとるように にじみ出した切りとられた 青い空のカメラ オブスキュラ 青い空の向こうの黒い宇宙 果ても見て 見ぬふりをして過ごした時間 時間のすきまに おとずれた空白の薄明のあわい 時間のすきまに ふとふみこんで足をとられた そんなとき 彼の人の名を呼ぶ ゴーシュ と 黒いくらい森の 緑黒い葉うらの日ざし ささぬ森の奥深く その黒い森の中心から くろい葉とくろい枝にかこまれて見えない 空のことをおもう そしてまた 名を呼ぶ 彼の人の名を ゴーシュ ほの暗き水の底のよどみから ゆっくりとかま首あげてゆらゆらぐ おりのように沈んだ水の底が ゆらゆらぐ、ゆらゆらぐ ひとりとして帰ってこなかった ほの暗き水の底のよどみ 数えきれぬほどの年月を堆積した 水の底のよどみから 今 ゆっくりとかま首あげてゆらゆらぐ その姿 祈りもて、ささげよ ゴーシュ かすみて弥生またその日 春かすみてようやくその気配 おぼろな影が一歩一歩 そのかすみにまぎれておぼろな影が 一歩一歩近づく おそれよ、おそれよ 異形のものの、その姿 もう一度また 彼の人の名を、祈りもて ゴーシュ 組紐に結いあわせもう ほどかるることなし インディオのキープのように その結び目に意味をもたせ その空を 鋭角に切り取り 切り取られることに意味をもたせ その空を 今 また おそれよ、おそれよ そしてまた 祈りもて、ささげよ また奏でよ ゴーシュ ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]【エッセイ】裏庭について – それからすこし家の話/mizu K[2008年1月8日0時18分]    裏庭について – それからすこし家の話  北里、という地名がある。しばらく住んでいた時期があるが、そこの風景を思い出そ うとすると、まず祖父の家の入口が面している道路から左手、道が急な下り坂になって い、くだりきったあたりは十字路と畑と川、それから道はまたなだらかにのぼりはじめ、 こんもりと覆いかぶさる木々のトンネルの下を通っている景色である。別のところには そでひき坂という名の急な坂もあるし、墓地や金比羅に行くにも急勾配の坂をのぼらな ければならず、それではその町全体に坂が多く、いわゆる坂の町かというとそういうわ けではない。おそらくそのあたりからぐるりとゆるやかに海に向かって沈んでいるので あろう。海岸まではまだまだ距離があるけれども。  祖父の家の入口も、道ばたからすぐに3mほどの急な傾斜をのぼらねばならず、のぼ れば車が2台とまれるほどのスペースくらいで、そこからはもう家屋であった。以前は 農機具や仕事用具などが置いてある棟続きの半開放の小屋というか下屋がまず手前にあ って、その奥が母屋、手前の右側が台所と、逆L字型の格好であったと記憶しているが、 いつのまに改築したのか小屋の部分は玄関と座敷と縁側になっていた。  その家には、裏庭といえるかわからないが、裏っかわに小さな庭があった。「庭」と いってもそう大したものではなく、とりあえず空間があるので、ツツジや水仙を植えて みました風情の、西日本の一般的な日本家屋によくあるなんの変哲もないものである。 そこではそれほど遊んだ記憶はないのだが、なぜだか柿の木に登っていた父か伯父を下 からぽかんと見上げていて、落ちてきた木片が目に入って大慌てとか、そういうことは あれど、いま考えればこぢんまりとしつつもなかなかゆたかな庭であった。空はやや南 西にむかってひらけていて、妙見と金比羅が見える。その空はたいてい晴れていたよう に思う。春には、金比羅の桜の群生がぼんやりかすんでほんのり白く灯る。 ***  「裏庭」というものはどの家や屋敷にあるわけでなく、あってもそれがすきな人、き らいな人、目にも入らない人等様々である。であるから必ずしも誰にでも必要な場所と いうわけではないが、それを切実に求めざるを得ない人がいることもまた事実である。 いくつかの文学作品には裏庭(あるいは外界から隔離された庭園、もしくはそれに類す る空間)は非常に重要な場と時間を提供するものとして現れている。代表的なものでは バーネットの『秘密の花園』があるし、ほかにフィリッパ・ピアスの『トムは真夜中の 庭で』、梨木香歩にはまさしくその名の『裏庭』がある。  これらの作品の共通項としていえることのひとつには、主人公またはそれに近い位置 にある人物が、心のベクトルがやや内側にむきやすい、いわゆる「内向的性格」を持ち、 身体的にも病弱であるこども(や大人)、が登場することが比較的多いようだ。そして 裏庭は、彼/彼女らにとって重要な役割をはたす。つまり、外からのはたらきや刺激、 圧迫に対して、まだその対処法を獲得しておらず抵抗力も持たず、たよりなげで、閉じ こもりそうになるこどものこころを育て、はぐくむための場としてのそれである。  一方では、外界から隔離されるということは内から見れば、閉じこめられることと同 義ともとれ、「囲われた場所」に対して閉塞感を感じるのではないかという見方もある だろう。しかし、この時点ではそれよりも「まもられている」という強い安心感のほう が彼/彼女らには大切であり、おそらくは、そこに閉塞感を感じはじめるならば、それ は裏庭をはなれ、外部、外の世界へ踏み出す萌芽が生まれつつあるということにもなろ う。そこからさらに外界で「確かな足どりで歩き出せる」かどうかはまた別の話ではあ るけれども。  さて、「裏」が存在するには「表」が必要になるわけで、それは「光」が存在するに は「闇」が存在しなければならない、という問題と似たところがあるかもしれない。そ れはどちらが先に「ある」かという、ニワトリと卵の話と同じでなかなか結論がでない ことであろうが、一方が存在するにはもう一方も存在することが必須条件なのは明らか である*。それらはコインのうらおもてや、手のひらと手の甲のような表裏一体の関係な のである。そして片方はもう片方で代替することは決してできない。  さらに庭に関していえば、「表」とは、外に面した「前庭」であるともいえるのだが、 本来、庭という場所がつくられるところには、ゆるやかであれ厳然としたものであれ、 一定の囲いや境界が存在する。なので前庭ももちろん庭であることに変わりはないので 境界を必要とする。そしてそれを隔てているものには生垣、石垣、柵、塀や壁によるこ とになるが、裏庭においては、それが「裏」であるが故に、ある特殊なドアや、比較的 狭い通路(そしてなるべく石造りかそれに類するものでトンネルのようになっていて、 苔が生えていたりやつるがぐるぐる巻き付いていたり薄暗くてコウモリとかいて、先の 方がぼんやりとあかるくなっていて水のさらさらと流れる音がきこえてそれからさらに なんともいえないいい匂いがしてくれれば、なおよい)をくぐってそこに入らねばなら ない。まったく外界から切り離されているわけではないけれども「適度に」隔離されて いなければならない。となると、牢獄のように高い塀ですべてを包囲されてはならず、 かつ光を、それも強すぎない光をおくり、庭の草木が在るための水や土壌その他一定の 条件が必要になる。いうなれば、庭が「呼吸」していると感じられることが肝要なので ある。  そして、それらの条件を満たすためには「家」との関わりが大きくなってくる(ホン トか?)。つまり裏庭は、それをゆるやかに取り囲む家とへその緒のように密接につな がるのだ。もちろん、すべての家屋や屋敷に裏庭があるわけではなく、さらに前庭もな いところもある**。それから庭というものを必要としない家というものも確かにあり、 同様に裏庭が必要ない家というものも確かに存在する。その必要のあるなし、要請の有 無の判断基準はどこにあるかというと、それを説明するのはなんともむずかしく、そこ に住まう人の生活方針に依拠するというと現実的で妥当な理由づけになるとも思うが、 家とは何世代にもわたって使われることもあり、貸家であればさまざまな人々が住むし、 そこでは庭をこのんで世話する人もいれば、興味もなく放置する人もいることと思われ、 とするとそこに住む人々によってそれが決定されるのではなく、それはおそらく、家の 醸し出すたたずまいであるとか、「家が、そこに求める気配」といったような、言語化 しにくい「なにか」なのである。今、「家が」と擬人化して表現したが、いってみれば 家という主体を核とする自律性のようなものであるのかもしれない。 ***  祖父の家に行くと、いつも独特のいいにおいがしていた。仏壇もあるので線香のにお いもまざっていたのだろうがそれだけではなく、どこかかんばしい、ふしぎと落ちつけ るものであった。柱や梁に使われている木材のにおいと思わなくもなかったが、もう何 十年も建っている古い家なので、新しい木材の発するにおいともまた違う。  幼少のころ、まだ表に小屋があったとき、そこには新築の家の柱にするのだろう、大 きな角材が横置きに固定してあったことがある。その木材の周辺や地面には、木目のう つった、なにか薄い紙のようなものが丸まって散らばっていた。あたりには、木のよい かおりがする。それから伯父がやってきて鉋を掛けるのを間近で見た。しゅーっ、しゅ ーっという音ともに魔法のように薄く削られた鉋屑(かんなくず)が彼の手もとからま るで鯨の潮吹きのようにざあっとあらわれる。実物を見たこともないのに、パピルスの ようだ、と思ったのを覚えている。そこには、木の生きものとしての気配が濃密にあっ た。その生きているものが職人の手わざと感応しあって何かを新しくうみだそうとして いる。ことばにすればたちどころに木くずにうもれて消えてしまいそうな「なにか」。  家は、まず地鎮祭のあと基礎をつくり、それから柱や梁を組み上げていく。棟上げが 終れば餅まきがあって、そのときは近所の人々も集まってにぎやかになる。餅が頭上か らまかれると、わーっと歓声があがり、我先に駆け寄って拾う。骨格だけみせている家 は、その光景を静かに見ている。すこしだけはじらいながら。  私は家というものがもつ気配を感じられるようになれたのだろうか。それはよくわか らない。それでも屋内を風が通れば、だれかがそちらからやさしく息をふっと吹きかけ てくれるような、そんな気がするときも、たまにあるだけである。 ■固有名詞は仮名 ■註: * 「光」と「闇」に関しては、私は闇にほうが「あった」と思うのだけれど、―もちろ ん、光=善、闇=悪という、粗悪な「ものがたり」によくあるような単純な図式をそこ にあてはめることはできない。闇とは、善悪もなくもっと混沌としたもので、「全ては 闇から生まれ、闇に帰っていく」(漫画版『風の谷のナウシカ』より)というようなこ とに近いのではと思う。 ** 物理的に土地がなくてしくしく、という側面はここでは置いておく。  なお、ここで誤解のないように言っておくが、この文章での「家」とは日本の慣習的 制度とその制度下での建物ではなく、近代以降の「住まい」としてである(日本が果た して本当に西欧的近代を経験したのか、じつは目に見える表層だけで深層を取り入れる ことは結局できなかったのではないかという疑義もあるがここでは言及せず、やや一般 的で社会通念的な意味での「家」である)。 ■文を書くにあたって参考にしたりうろ覚えに記憶していて文の底に置いたり、文中で名前を出したりした作品 ・梨木香歩 『春になったら苺を摘みに』, 『裏庭』, 「家の渡り1」『考える人2007年冬号』所収 ・バートン 『ちいさいおうち』 ・バーネット 『秘密の花園』 ・ピアス 『トムは真夜中の庭で』 ・宮崎駿 『風の谷のナウシカ』全巻 ・ル=グウィン 『ゲド戦記』全巻 ■参考文献 ・脇明子 『ファンタジーの秘密』 沖積舎 1991. ■ほかにもこんな作品とか文献とかあるよーとかこれ読んでないのはどうよとか これ読んでないのは信じられんとかこれを読めばかーとかいうのがあったら教えてくださーい 誤字脱字文法間違いご指摘も足軽に、もといお気軽に ---------------------------- [短歌]「風花、みぞれ煮ぼたん鍋」/mizu K[2008年1月22日23時50分] 【短歌八首】「風花、みぞれ煮ぼたん鍋」 猪を狩りて山の慟哭 ねずの空から 風花、みぞれ煮ぼたん鍋 かつをがマクドナルドに行きたしと言ひ 釣ざおかつぎてバケツさげ 赤くまたたく 夜空の飛行機 明けを研ぐ 放射冷却のこども 朝日に透かす金色の 麦踏みあとの霜柱 ざくざくと踏む マフラァでふわふわり 夢みるをとめの 寝床は樹海の枝の先 おしりがないと所在なくしてくるくるするカフェのスツール 繰り言 コオトのポッケで手つないでおあついの 行き先刑務所 あれ手錠 キリギリスたちの夜 あわあわとして カプチーノの泡先のベンズ* *縫美千代さんへのオマージュ ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]批評祭参加作品■ダイアリーポエム調の散文/mizu K[2008年1月27日2時56分] 批評祭参加作品■ダイアリーポエム調の散文  午前6時半、目覚ましの音で目を覚ます。目を覚ますが再び眠っていたらしい。再び鳴 ったベルの音に目を覚ます。目は覚めているのだがまだベッドの中でもぞもぞする。恋人 におはよーメールをする。返信なし。起床する。床がつめたい。ひやひやしている。さむ いさむいいいながら洗面所へ。顔を洗い歯を磨く。わずかに出血する。髭を剃る。剃り残 しがすこしあるがめんどくさいのでそのままにする。パンとインスタントコーヒーの準備 をしながら着がえ。メール着信あり。「おはよー、それじゃおやすみ、ぐー」つれない。 ネクタイがあさっての方向をむく。強引に直す。そしたらさらに曲がりくねったので、再 びほどいてしめ直す。絞めすぎて、死ぬ。ぎゅー。  マーガリンが切れている。ジャムだけ塗る。コーヒーを飲み干す。シンクにてきとうに 置く。水でてきとうに流す。放置。寒さで指がすこし切れている。腕時計をつける。靴を 履く。足がうまく入らない。靴べらを使う。ドアを開けて閉め、鍵をかける。首をすくめ る。数歩あるいて忘れ物に気づく。鞄を取りにまた室内に入る。また鍵をかける。階段を 降りる。すこしこける。ひやっとする。すこし霜が降りている。息をはあはあする。早足 で歩く。向こうから中年サラリーマンが歩いてくる。朝日に光っている。拝む。三叉路を 左に曲がる。前方を妙齢サラリーウーマンが歩いている。スカートがタイトすぎる。拝む。 横のアパートから小学生が駆け出す。ママーはやくしてー。いつもこの時間杖をついてた ぶんリハビリ中の老人とすれ違うようにして地下に吸い込まれる。向かい風。生え際を気 にする。階段をおりる。通路を歩く。だれもが不必要なほど大きく靴音をたてている。改 札を抜ける。エスカレーターでおりる。ホームのいつものところに立つ。アナウンス。悲 鳴のような轟音。ドアがあく。乗る。ぎゅうぎゅう押される。なんとか吊り革につかまる。 ドアがしまろうとするが誰かが駆け込む。再びドアが開く。「駆け込み乗車は...」録音音 声が機械的に喋る。走り出す。風きり音がひゅうひゅういう。携帯を取り出したいが痴漢 しそうなので動けない。目だけ動かす。前の座席の人は口をぽかっと開けて寝ている。 ぐーでもつっこみたくなる。後ろの男のなまあたたかい鼻息が襟にかかる。なにも感じな いことにして目を、閉じようとしたとき斜め前の座席の人の胸元が気になりだす。ちらち ら見る。いろいろ妄想しかけるが耐える。目を閉じ、ようとしたらまた妄想しだすので広 告でも読むふりをする。“某人気女優(バストxxcm)が脱いダ!”だそうな。“某マジカ ル・ミステリー・スピリチュアル・カウンセリング・セラピストの信じられない真実!!” だそうな。“超セレブの高木ブー”だそうな。  降車駅に着く。ドアが開く前から背中に圧力を感じる。たぶん背後の鼻息のおっさんが 押している。殺意を抱く。ナイスバディのおねーさんだったらいいのにと思う。ホームに 吐き出される。歩く。エスカレーターの右側を音をたてて歩く。改札を抜ける。ラッシュ に巻き込まれたご老人が駅員となにか話している。誰かの携帯が落ちて通路をすべる。だ れも見ない。また風が強い。地上にでる。出口でなにか配っている。空が、まぶしい。ビ ルにむかって歩く。歩きながら人間ウォッチングする。あのイケメンサラリーマンの靴は かっこいいと思う。すると自分の靴が気になりだす。今度の週末に買いに行こうと思う。 あいつらまた朝からよろしくやってる。殺意を抱く。バーコードのおじさんはいつも左側 を歩く。毎朝鬼のような顔をしてすれ違う人がいる。ビルに近づく。すると同じ会社の人 間が目につくようになる。それまでも同じ方向に歩いていたはずなのだが。しかし挨拶は しない。エレベーターのところでやっと今日初めて気づいたように挨拶をする。ぎゅうぎ ゅう詰め込まれて今度は階上へ。だれも喋らない。数字だけにらんでいる。あるいは携帯 を打つ音。  自分の席に着く。今日も上司のネクタイはひどい。メールチェックする。いくつか返信 する。いくつかは詫びを入れる。いくつかには高圧的に書く。恋人ににゃんにゃんメール する(こっそり携帯)。ミーティング。寝る。あとでいやみを言われる。アポの確認。昼 飯のことを考えだす。それから12時。同僚と颯爽と外へでる。定食屋へ入る。肉豆腐。 「あのxxがー...」「昨日のアレ...」「マジ?」「ひゃあひゃあ」「へらへら」等。用はな いがコンビニをのぞく。某新商品を買う。オフィスに戻る。サーバーからジュースをつぐ。 派遣の“お茶くみさん”と話す。「ハケンってけっこうたいへんなんですよー」「そうな んだー、はははー」「ジュースはセルフですけど、お茶はやっぱり人の手でいれたほうが いいですよ、ぜったい」「もうプロですもんね」  プレゼン資料の準備。1年目くんに無理難題をてきとうに指示。それから颯爽と営業に 出る。JRで移動。混んでいる。転職の広告に目がいく。ふいにベビーカーから泣き声。そ の子の目の前にはドブネズミ色のスーツがいくつか立ちふさがるように立っていた。そう いえば「車いすに乗った状態での視線の高さでは、黒い服装をしている成人男性が目の前 に立っていると恐怖感を感じることがある」と聞いたことをふと思い出す。まわりの乗客 にはきつい視線をそちらに送っている人もいる。あるいは渋面で目を閉じている人。次の 駅で降りる。  ホームでおばあさんがおろおろしているようだが、気づかないふりをする。ホームの端 の方で思い詰めた顔をしている人がいるようだが気づかないふりをする。階段をミニスカ ートのじょしこーせーが歩いていて、もちろん気づいてじーっと見る。ミニスカートのへ んなおじさんも歩いているが、むろん無視する。改札を出たところで颯爽とGPS起動。颯 爽と取引先へ向かう。なのに颯爽と道に迷う。颯爽と先方へ「電車のダイヤが乱れまして ー」と遅れる由、伝える。20分遅れで颯爽と到着。超美人の受付嬢に「xxのxxと申します がxx部のxx様に今日アポイントをとらせていただいているのですが」と伝える。ついでに ナンパを仕掛ける。涼やかにかわされる。笑顔のままだったが、目は「コイツコロス」と 言っていた。  15分も待たされる。「いやー、すまんねー、急用が入って、はっはっはー」「いやーこ ちらもですねー、いきなり人身事故とかがどっかであったみたいでー、はははは」「いや ー、それにしても寒いねー、はっはっはー」「まだまだ続きそうですよ。それにそろそろ 花粉が...」「いやー、花粉なんてのはね、軟弱なやつがなるんだよ、はっはっはー」「そ、 そうなんですかー、それはもううらやましいかぎりですー」ひどい花粉症なのでこの男に 殺意を催す。あと最初に必ず「いやー、」というのがムカつく。あと「はっはっはー」と いう笑い声もムカつく。むしろこの男の存在自体ムカつく。が、そろそろ本題に入ろうと すると、「失礼します」と“お茶くみさん”が入ってきて話の腰を折られる。「ちっ」と 思いながら“お茶くみ”さんを見るとこれまた超美人で、この会社の採用基準は顔か(! と思う。まあそんなもんだろう。  商談は「はっはっはー」の笑い声にうやむやにされ、ほとんど進展せずまた後日、とい うことになる。こりゃ上司にいやみ言われんだろな、と思ってへこむ。1Fの受付嬢の前も どんよりとして通る。強面の警備員に見送られてビルの外に出ると冬なのに意外に日ざし が強い。あー温暖化とかいうけどよう、でも風は冷たいんだよう、と悪態つきながら、ま あ気分転換が必要だ、とパチンコ、はさすがにアレなのでタリリリーというカフェに向か う。向かう途中、路上駐車している車でサラリーマンが寝ている。くそう、いい気なもん だ、とさらに悪態つきつつカフェに入る。が、「申し訳ございません、ただいま満席でご ざいまして、でへへ」と言われ、キレそうになるが、「お、お持ち帰りで...」と口が口走 る。「はい、ではメニューはこちらです」「えええ...っと...」相変わらずメニューが覚え られず焦る。じわっと体が熱くなる。「えええ...っと...カフェ、、ラテ...」「ホットになさ いますか?アイスになさいますか?(なんか汗かいてるよこのヒト、きもっ)」「えええ ...っと...ホホホット...で」「サイズはどうなさいますか?(じゃあ最初っからそう言えよ、 ばか)」「えええ...っと...、あのーそのーええー、ちゅ、ちゅうくらいのを...」「ではト ールサイズでよろしいですか?(サイズくらい知っとけってーの)」「あ、、はいいいい」 「かしこまりました、コンブリオ!(あーぁー)」  帰社。商談が進展しなかったので、こっそりと席に着く。いくつか入ってきていた仕事 をこなす。それから1年目くんに指示しておいたことがまったくやれていないので鬱憤た まってがみがみ言う。1年目くん窓から飛び降りそうになるのであわてて止める。あーぁ ー、いやな位置にいるもんだ、転職してぇ。ちょっと言い過ぎたかなと思い休憩室でコー ヒーをおごる。  定時。「おつかれさまっしたー」颯爽とタイムカードをきる。恋人からにゃんにゃんメ ール着信。にゃんにゃん返信。夕食を一緒ににゃんにゃんすることに。しかし、「それよ りもきみをにゃんにゃんしたいよ」と調子に乗って返信すると、音信が途絶える。心配に なって電話する。出ない。ど、どうしたんだーっと電話しまくる。十何回目かで彼女が出 る。「あ、ごめーん、今夜急用入っちゃったのー、じゃーねー♪」断線。つーっ、つーっ、 つーっ。憔悴して帰宅の途。再び満員電車。  家の近くのコンビニに晩ごはん調達に入る。酒コーナーにラブラブなカップルがいて殺 意を覚える。ハンバーグ弁当に目星をつけつつ、それにパスタサラダでも、と思っている と、その間に別の仕事帰りの同じく寂しい一人暮らしのサラリーマン風に最後の一個を持 っていかれる。そいつに殺意を覚える。仕方ないのでトマトとバジルとタンドリーチキン のオムレツ味噌醤油味付け中華風という得体の知れないものを買って帰る。夜道は電灯が 寒々としている。誰も歩いていない。空は曇っている。大方、付近の工場が夜になるとこ っそり煤煙を出すからだろう。東京は星が見えない、といったのはどの詩人だったか。  階段をがたがたのぼり、ためいきと一緒に鍵を出してドアを開ける。電気をつけるとま るで代りばえのしない室内だ。携帯をベッドのふかふかに叩きつける。すぐパソコンの電 源を入れる。起動する間に着がえる。そろそろ洗濯しなきゃな、と思う。パソコンの前に 弁当を並べ、“現代詩フォーラム”というサイトにいく。ログインする。“日付順投稿リ スト”を見る。最近“批評祭”っていうのをやってるみたいだがよくわからないし興味な いから関係ない。投稿リストを見ているとホンキートンクの女さんが投稿しているのでう れしくなる。さっそく読みにいく。(以下全文) 【自由詩】愛と情熱のセレナーデ          ホンキートンクの女 熱い吐息とこの脈打つ心臓は貴方のために ああ、わたしの命はすべて貴方のために燃えているわ! つれなくしないで! わたしを放さないで! 世界は今、二人だけのもの... この世界が生まれたときから わたしと貴方の運命はもう定められたこと... 今夜、貴方とお別れするの、とてもつらかったわ 貴方の炎のようなくちづけが... ああ、なんて甘美な瞬間! それからわたしは少女のように頬を赤らめて 白い階段をかけあがったの それはガラスの階段 わたしの心臓はとても熱く、とてももろい、 もし貴方がいなければ...  感動して涙がとまらなくなる。もちろんポイントする。コメントも書く。「今まで読ん だ詩のなかで一番感動しました!」間違いなくこれはトップ10に入るだろう、いや、現 代詩フォーラム始まって以来の高得点を得るだろう!そして、そして、その作品の価値を 見抜き、まっさきにポイントを入れたのはまぎれもなく...!  と、ひとり熱くなりつつ、ディスプレイの光と蛍光灯の下で中華風弁当とパスタサラダ を食べビールを飲んで、泣いていた。それからRT会議室でちょっと喋って風呂に入った。 恋人からは今夜はもう連絡がなかった。あーまた明日もあるのかよ、と思いながらベッド に入る。バタン・キュウ。昼にコンビニで買った某新商品はまだ鞄のなかにあった。 Rolling Stones "Honky Tonk Women" http://www.youtube.com/watch?v=faEEro38pEA http://www.youtube.com/watch?v=0RlMjjcYz-Y ---------------------------- (ファイルの終わり)