手乗川文鳥 2007年11月10日6時35分から2015年9月5日1時03分まで ---------------------------- [未詩・独白]夜の目/手乗川文鳥[2007年11月10日6時35分] 孕まないことにすがるのはよせ、と 男は背中にいろいろな武器を背負う 産卵を邪魔しないで、と 女は腹にいろいろな楽器を抱える 部屋の中がけむくじゃらになって お互いの顔も見えないのに どうしてモップでモップを擦り付けるような行為を 幾夜も繰り返すのか 今はもうない雑貨屋で買った アメリカンデッドストックの灰皿が 口をしけもくでいっぱいにしてもごもごと喋る お前の飼い主は、馬鹿者だな、 男が頼まれもしないネクタイを締めて家を出る 女が期待もされない生ゴミをまとめて捨てに行く 擦り切れた、ワイシャツのボタンの糸を、付け替えたのも、高熱にうなされて、それでも飲みに行かれるのも、シーツに経血の跡、精液の跡、 いつか慣れると思い続けて 夜 窓の外 自分を敗残兵だと言いながら携帯電話で話す老人の声に 二人は耳をすました ---------------------------- [自由詩]ペダル/手乗川文鳥[2007年12月30日21時34分] 情緒に問題あり、と 言われた、三者面談で 帰り道、お母さんが 泣いていた、自転車の 荷台で、情緒の意味を 分かりかねていた テンイヤーズオールド 西日のまぶしさだけ 息が詰まった ノートに書きためた、詩を 読んで、と言われて 読んだ、特に何も 思わなくて、黙っていたら 彼は、自転車を蹴ってった わたしは、車道に転げた セブンティーンイヤーズオールド 排気ガスの高さで 呼吸していた どうしても、と言われて 酔った友だちに、押さえ込まれた 学祭で買ったばかりの、ピアスが 片方なくなって、翌朝 友だちは、何故いるのかと問いただした ナインティーンイヤーズオールド 11月の歩道が 朝日を反射していた 陽動する、記憶を拡散して、もう一度固めたら、また同じになるだろうか、わたしが話さなかった言葉、為さなかった行為、砂壁に塗り潰して、まだ私は同じだろうか、(同じだろうな)、夏に海で泳がなかった、盗まれたのは青い自転車、線路が一瞬柔らかくなって、また正気に戻った、春が憂鬱なのは何故なのか、とか、考えてみてやっぱりわたしが悪いのだと納得する、優子ちゃんが折り紙を少しずつわたしの机から取り出していたこと知っていた、引き出しの中はハサミだけ、切るものなんかない、後輪と前輪が、刺し違える、サドルが真っ二つになる、 ありきたりな上京で、結局 病院通いになった、君は 死ぬなら止めないからその前に会いに来い叱ってやる、と言った わたしは、 泣いたから、 死ななかった トウェンティワンイヤーズオールド 自転車の後ろで 今も必死にしがみついている しなやかな 背中 ---------------------------- [自由詩]革命前夜/手乗川文鳥[2009年2月16日21時36分] 始めに朝があった 僕たちは扉を開けて 靴音鳴らして別れてった 「自分に自信がある男程SEXが下手なんだよね、何故か分かる?努力しなくても良いから。自分に卑屈な男の子の方が自分に卑屈な分だけSEXが上手になっていくの。そのどちらが良いのかも幸福なのかも私にはどうでもいい事柄なのだけど事実として今ここに断言してみちゃった。 「今更可愛らしいラブソングなんて唄えないよ、唄えないこともないし人から見れば私は可愛らしいラブソングを歌うのが似合うのだろうけど自分に嘘ついてまで歌を唄えないです私。 革命は既に起こっていて―根源的に、或いは内在的に―けれど私の革命は未だに不穏な前夜のまま。私は革命の予感溢れる夜の街をあてもなく歩き続けている 「あの頃の彼が好きだったバンドも歌ったでしょ、彼らの絆をウッドベースの4本の弦に例えたけれど、その後彼らは、あの4本の鉄線は始めからなかったよって歌ったし現に解散しちゃったし私もその彼と別れたし 「田舎だったからさあ、間接照明って言葉だけで恋をしてしまったのよ、まだ18歳だったし本当の意味で何も知らなかったし、 「いやだ、今私禄でもない言葉を使ったよね、そうだよね 「映画を一緒に観ると楽しい人、音楽の話をすると楽しい人、一緒に買い物すると楽しい人、一緒にお茶すると居心地いい人、勝手気ままに人間を振り分けていって全員が統合しちゃえばいいのにと思ってすぐ止めたの、それってつまり私じゃん!って。結局私は私を捜しているのかなあ。 「ねえ、今鳥が鳴いてる。」 やがて陽が落ちて 窓辺には月の灯 向かいの雑木林が風で唸る 「病院…。病院なんか行かなきゃ良かったのかもしれな 「ねえ今外を通った子供の会話聴いた?きっと将来私なんかより素敵な詩人になる。だけど大概の子供はそれに気づかないままなんじゃないかなあ。 「エアコンの温度上げていい?ここは少し寒いね。私の部屋より寒いのかもしれないね。 「私が花になったら名前は退屈ってつけてね。花言葉?なにがいいかなあ、怖いなあ、うん、答えを期待されてるのがありありと伝わるのでこれ以上は言わないでおく 「コンタクトがズレたみたい。洗面台借りるね。直してくる。 「それにしてもこのポスターはないと思う。うん。ないわ。 「―人生じゃあ、在り来たりだし、やっぱり、私、にしておいて。…なんでもないなにも言ってない 「私まだ東京に来てからしてないことが沢山あるの。えっとね、山手線を一日中ぐるぐるすること。あとはね、あとは、あと 私たちは今ここに対面してはいるけれどそれも通りすがっていく流れの一つ。直線は直線のまま交差するのは一度きり、私たちは今もゆっくりと分岐しているだけ。 「半袖の赤いワンピースと白いサンダルで冬の海辺を歩きたいかも 「宮崎あおいもいいけど私は二十歳の黒澤優がずっと一番好きだな。譲らないね。 「あ。鳥が飛んでいった。」 倦怠は真夜中 僕たちは足の裏の皺を 伸ばしたり滅茶苦茶にしたり 「透明になることと乖離すること、私はいつも作り物の体を操縦しているのにその私ですら操縦されている。 「ねえ、この身体で一番柔らかい部分を、抉っても良い。 「見えないけれどある、見えるけれどない 「瞼に模様をつけなくちゃ電車に乗り遅れるんだ 「この街で一番高いビルや鉄塔にいつも私がいる 「どの場所へ行っても紐を結ぶに適した所を探す 「あ、家なりだ。 「ねえ今貴方、私じゃなかった?私は今、貴方だったような気がしたの。 やがて朽ちていく退屈の花弁を貴方は粉々にするだろう、或いは窓辺で、或いはテーブルで。私はそれを懐かしく思う。永遠に過去へ向かう意識。この先私と貴方は二度と会わないだろう。つまりこの感傷の正体は懐古。 「吐息が漏れる度に私は絹糸を紡いで針を指に刺し小さな小さな血が人差し指に滲んで 「あの柱の向こうにね―ここに来たときからずっといるの―私がいるの―私はここにいて貴方と抱き合っているのに柱の向こうに私がいるの―知っている、本当はただ間接照明が作り出した影だと―けれど私にはあれは私と違う私で私はその私がさっきから気になって仕方ないのにあの私は―彼女は―ずっと虚空を見つめている、こちらを向いているけれど虚空しか見ていなくて―本当ならば彼女こそ虚空のはずなのに、今私は虚空の彼女にとってただの虚空にもならない― 「嗚呼!鳥が落ちた!失速したんだ!!」 「僕は、螺旋がいい。そうすればきっと― 白い手が翻り 部屋は沈黙で翳る 僕たちは始まり 朝 身体中を真っ赤にした君は真っ青な眼で 一度も振り返らず帰っていく 本当は振り返ったのかもしれない 別の方向へ向かった僕の方こそ 一度も彼女を振り返らなかった 「桜文鳥の雛を死なせてしまったこと、今になっても忘れられない。」 「ねえ、あの鳥は飛べば影を私に落としたかしらね?」 「無責任な言葉で、私を慰めても良い。」 今世界中の信号が点滅して、人類が一斉に歩き出す。私はその中にいない。私は点滅する信号の中の―光の粒子でありたい。 ---------------------------- [自由詩]赤い砂漠/手乗川文鳥[2009年3月4日12時32分] 白いのかもしれない全部 ざらざらしている、 ソプラノ歌手の不安だ、工場の煙突から湧き出る、 砂を噛んだ黄色い音が、中空で消滅していく、 私の陰は深緑、ウォータカラーの群衆を踏む、白い踝、黒いパンプス、 目隠し鬼に昼間はないのです、 実存主義の羊たち、 実在しない羊飼い、 濃霧、埠頭、トタン屋根、乱痴気騒ぎ、 誰かが腰に手を回す、私は誰かの胸を撫でる、誰かが後ろで誰かの首を撫でる、 何処に眼がある、何処に唇がある、触れなくとも分かるのに貴方が誰かも私が誰かも、 分かりはしない、霧笛、舌が舌を這う、 やはり此処もざらざらしているのですね、 曖昧をどうやって愛すのだろう 群青の海と褐色の砂浜で 少女が一人で遊んでいる 駆け出しながら服を脱ぎ捨てて 少女は躊躇いもせず海へ飛び込む 誰もいない海と砂丘で どこからかソプラノが聞こえる 誰もいない海と砂浜で どこからかソプラノが聞こえる 誰もいない海を囲む空からも誰もいない砂浜から続く森からも ソプラノが聞こえて 少女は塞がれていく 現実はとても白い、 私の眼差しを、 貴方は汲み取ってくれるのですか、 私の手から、 貴方もこどものように離れていくのですか、 溶けてしまった質疑応答から、 貴方の望む解答を掬うのは容易ですが、 私をどこか遠い国へ連れていってください嘘です私は独りではありません、 貴方が私を刺しても、 私は痛くありませんが、 このように全て白いことも、 私は受け入れる所存です、 煙が黄色いのは毒だからです、 その上を鳥が飛ばないのは鳥は知っているからです、 本当は知っている 徐々に崩れていく離れていく見たことのない色が 見える 誰の声も届かない無人の砂漠に 少女は辿りつき 独りで歩いている 向こうでそれを少女が見て 去っていく どうか私に錆び付いたパンを ---------------------------- [自由詩]牛乳特選帯(仮)/手乗川文鳥[2010年1月25日11時39分] 台風の季節は 内川の水かさが増えて びゅんびゅん橋が流されていく 毎年流されていく 助手席に深く座って 国道11号線のヘッドライトを目で追う 期待や倦怠で満ちた車内を MJQのヴィヴラホンが笑う 五十鈴神社 五色浜 夜光虫 桜三里 ホテル伊台城  奥道後よりもっと奥へ字の如く迷走 大学生のモラトリアム以前の幼稚な抑鬱 訪れた場所全て鬼門になる思い出 この指があんなに太い弦を弾いていたなんて今じゃもう信じられない 大学生は一種の病気だ ずっと発熱していたから 大阪へ進学したカナちゃんは彼氏と大人のオモチャを買って遊んだことやお尻の穴についての話を手紙で書いてよこしてきた なんて返事すればいいのか本気で分からなかったがとりあえず「ほどほどにね」と書いておいた 高校と大学の友人たちは 就職活動の頃から殆どが音信不通で 私とモラトリアムを繋ぎ止める関係は もう機能していない 40代になってお互い結婚していなかったら結婚しよう とか 妹みたい なんでも話せる とか 俺も彼女と結婚するつもりだし 責任感がないなんて言われる筋合いない とか 思い出してウンザリするようなセリフをアンタらも時々思い出して自己嫌悪してください バイバイ松山 帰る場所なんてどこにでも出来る 今の私が帰るのは東京都練馬区 メゾネットハウスの2階、せまい和室、湿った布団の、君と猫の隣 流れていったびゅんびゅん橋 諦めた町内会 新しく川にかかる橋はコンクリート製で もう流されることはなくなった どこまでだって行けるし ずっとここにいることだって できる 答えは好きか嫌いかだけじゃない そんなものずっとわからない それが答え 関西弁が混ざって余計イントネーションがおかしいけど これが私の標準語 どこまでだって行けるよ だけど まだここにおるよ ---------------------------- [自由詩]オンナノコちゃん、さようなら/手乗川文鳥[2010年1月29日17時11分] 月曜日 欲望の匂いがしてオンナノコちゃんは目が覚めた 窓辺に刺したガーベラは9ヶ月前からとっくに枯れてしまっている 乾燥した花びらは触れると粉になって オンナノコちゃんは蝶々は綺麗じゃない、気持ち悪くて不潔だと思った 火曜日 オンナノコちゃんはテレビが大好きだからいつもリモコンを手放さない 今日は露草が背伸びをして欠伸をしてそうして瞳を潤ませたのを見た オンナノコちゃんは黙ってじっとそれを見ていた 水曜日 サイケデリックな模様に誘われてパーティーへ出掛けた オンナノコちゃんはミニスカートのお喋りを盗み聞きするのが大好き 奪い取ったその高い声を手のひらで弄んで襟元のフェイクファーに押し当てると ため息のような声が潰れて死ぬから大好きなんです オンナノコちゃんはそれに夢中だからダンスに目もくれない 知らない人の手を取るのはオンナノコちゃんの手に失礼だしそれに本当はね本当は本当なの 天井で踊り狂うのが本当でねなにも本当などないけれど本当はずっとオンナノコちゃんはただ一人とではなく誰も彼もと一緒に同時に踊れるときっと良いのにと思ってるから 手をいっぱい生やした神様になりたいの 木曜日 今日は黒いワンピースの気分。 オンナノコちゃんは生きるも死ぬも関係なく哀しいと思うし祈っていたい。 金曜日 顕微鏡が届く。 土曜日 顕微鏡を覗く。 オンナノコちゃんはレンズの向こうで二人のオンナノコちゃんに分裂していた 嬉しいオンナノコちゃんと憤るオンナノコちゃん それからまた分裂 哀しいオンナノコちゃんと楽しいオンナノコちゃんと困ったオンナノコちゃんと眠いオンナノコちゃん オンナノコちゃんは次々と際限なく分裂していって どれもこれもオンナノコちゃんであるのにどれもこれも本当のオンナノコちゃんではなくって覗いているオンナノコちゃんは困ってしまってだけど自分は困ったオンナノコちゃんではなくて一人の完全なオンナノコちゃんだから困ってはいけないと思うけれどやっぱりどうしていいのか分からないからオンナノコちゃんはオンナノコちゃんは本当でオンナノコちゃんは一人だけだしだけどレンズの向こうにはたくさんのオンナノコちゃんが次々と生まれて顕微鏡の台から小さな小さなオンナノコちゃんが溢れてしまってとうとうオンナノコちゃんの小さな可愛いお部屋は小さな小さな小さなオンナノコちゃんでいっぱいになってしまって本当のオンナノコちゃんは小さな小さな小さな小さなオンナノコちゃんに飲み込まれて息ができなくて埋もれてしまって窒息してしまいそうよオンナノコちゃんそれは嘘 日曜日 小さな可愛いお部屋に黒い顕微鏡がぽつんとある 顕微鏡のレンズの向こうにガーベラの乾燥した花びらが粉になっている 花柄のミニテーブルにはメモが残されていて そこには オンナノコちゃん、こんにちは と書かれている 私は裸のままでベッドに潜りこんだまま朝から夜へ滑っていく ---------------------------- [自由詩]音楽/手乗川文鳥[2010年2月8日2時18分] 1 ピアノ 誰もいない地平で 黒いこども達が踊っている 輪になって 誰もいない地平で 黒いこども達が歌っている よその国の歌を どこに置き忘れたのか 私の鍵盤は 全て白い 2 チェロ 罵る言葉さえ 美しく見えた 過換気により 真夜中は部屋の隅へ 毛布をケープにして 煙草に火を灯し 聞きかじりの歌で 祈っている 3 ウッドベース 高い鼻筋が頬に触れる感覚、が 失われた見えないもの、を より強く 確かにするだろう やがて私の爪にも 赤いネイルが塗られる 強く固められた両手の指先も 細胞は私をただの女に戻す 君の人となりを 如何に引用しようとも 信号は 二度と変わらない 4 喉 聞き慣れない音が これから日常の靴となる そう思って 居心地の悪さに竦んだ すっかり履き潰してしまったが 新しい靴を手にする予定は 不思議とない ---------------------------- [自由詩]無題/手乗川文鳥[2010年2月8日2時26分] 恥ずかしい生命 僕はこれから全ての季節を殺しに行く ようやく開いた花弁を 飛び交う鳥の嘴や羽根を 丁寧に剥ぎ時には乱暴に毟り取る 地面を這う影を燃やし 壁に貼られたポスターを破り 視界から溢れ出た文字を分解する そうして僕は何もない場所に出ていき もう戻ってこない 君のいる季節では 新緑は色を変えることを止めない 日差しは決して腐ることなく ウルトラバイオレットが君を刺し続ける 荒廃しないビルディングを 君がどうやって傾けるか 僕はもう見届けるつもりはない 全てのこどもたちに手渡された 絶望の種子を 僕は略奪する 全ての大人たちが育ててきた 倦怠の樹木を 僕は薙ぎ倒す 僕はもう帰ってこない そこにいるのは丁重に新調された身代わりの僕だ 君は変わらず新しい僕を愛し続けるだろう 身代わりの僕はそれを拒絶しない 与えられたものを飲み込む用意ができている そして帰らない僕の葬列を 新しい僕たちがくらい顔で作る 君は笑っている やがて世界は惰性で動くことをやめる その前に僕は空を撃ち落とし 海を捲り取る 身勝手な思想で 僕は銃声を響かせる 楽隊の風貌で 美しいと声を出し 途端に恥ずかしくなった生命に 僕は逃げることから訣別する 一足先に行こう 次は君に 季節を殺す武器が渡される 選択はご自由に そのパンの味だけ 僕は忘れずに出ていく そうして二度と 戻ってこない ---------------------------- [自由詩]知らないし君の尋常/手乗川文鳥[2010年2月8日3時09分] ギトギトの君を、 ギトギトでヌメヌメの君と、 ギトギトでヌメヌメでベトベトの君が、 好きすぎて近寄りたくない気持ちを 恋と呼んでいいものか悩むから もう夏だ 私は赤いニットのカットソーを握りしめて、 汗が布地に滲んでいくのを感じる   どうでもいいけど部屋が汚くて死にそう   てゆうか死んでる   知らない人が   死んでる クリーミーマミのスティックは調子に乗って振り回してたらどこかにぶつけて割れた 3つ下のユキちゃんはテクマクマヤコンをテクマヤコンって言う わぴこのラッパは里奈ちゃんがどこかにやってしまった じたばたごまちゃんはもうじたばたしない うさぎのぬいぐるみは赤い満月の夜に月に帰ったりしない つまり私はもう大人になってしまった 全ての人に愛されなくていいから大好きな人たちに嫌われたくなーい! そう思った瞬間に 胸のタイマーが今さら鳴り始めて、 私はもう地球にいられない だから私たちは最後まで結婚しない 疎外しあうのが、好きだから!   てゆうか部屋が汚い   死んでる   わたしが おばあちゃんの最後の言葉は「パンおいしい」だった 健康を考えてお母さんが玄米のご飯を炊くと 戦争中に嫌ほど食べたもんをなんで今食べないかんのじゃと頑として食べなかった 拒絶されたお母さんの厚意は 私たちへ降り注いで 成長を促したり 阻害したりした お母さんの三人のこどもたちは みんな家を出ていった 最後に 私は逃げるようにして お母さん、申し訳ないのだけど、 ここから先、お母さんは通行止めになっております お母さんは引き返すか、回り道をお願いします 義理のお母さんも立ち入らないでください お母さんのお母さんも 全てのお母さんは皆立ち入り禁止です わたしが、その先で処女を喪失しているから ……あぁ! 母音に濁点をつけてまだ足りなくて首筋を噛む 処女の走馬燈のようです、お母さん! お母さんの小さな群れがユニゾンで叫ぶ 「わたしは喪失なんてしない、私は解放するの!」 するのー! するのー! のー、 のー、 、 、 米粒みたいなお母さんたちを 人差し指で潰して ティッシュで 処理して いつも 終る わたしが生き延びるために捨ててきた古いわたしの死体が散乱していて 部屋から 腐臭が します 今赤いニットのカットソーを握りしめたまま どこにしまえばいいのか途方にくれている私も 明日にはこの部屋に散乱する死体になる お母さん、東京は 空に花、海に月、床にしかばね わたしはもう SEXのことをエッチと呼ばないし お母さんになるあても なくはないのです ---------------------------- [自由詩]寄せる上げる潰す破裂/手乗川文鳥[2010年6月4日0時20分] 牛です私決めました出産ですお立ち会いのもと牛です私牛です出産です決めましたお立ち会いのもと出産します牛ました私です決めました私牛を出産します。 産まれました 白と黒の牛は仔牛と呼ばれます私は乳を与えましたそれを母乳と呼びます私は呼びました「仔牛。」仔牛は答えました「ぎゅう。」 仔牛なので。 主人が雨の中私を迎えに来てくれました。 フラミンゴの折りたたみ傘をさしていました。 いえ、折りたたみ傘のフラミンゴだったかもしれません。 映画を観に行こうと言いました。私は仔牛を抱いてついて行きました。雨が降っていました、仔牛は小刻みにふるえていました、産毛がとてもあたたかでした。私もそうしてふるえていました。      またもや牛。 新宿はもはや牛でした。出産したので私が、山手線には緑の牛が連なり中央線にはオレンジの牛が連なっており誰一人として運ばれて行きませんでした。ただ牛が列をなして鳴いているだけ。「ぎゅう。」 牛なので。 私の十月十日を牛が歩いていきました 私は主人の手綱を引きました。主人の首に、カウベル。「ぎゅう。」 牛でした。 男牛と仔牛と私の食卓。だんらん。にく。焼かれるのは牛か私か。主人(牛)が卓を叩いて叫ぶ「ぎゅう。」仔牛が泣く「ぎゅう。」私は黙る。人なので。私は食べる。母なので。もはや、 交差点には赤と青の牛がいる。誰が手綱を引くのか、私の。どうか産まれませんようにと願った十月十日前の私が無邪気に山びこ遊びをして、産まれたくないから、私は脚ではなく口を開いた(どうか無事に産まれませんように)(誰も何も私から)(剥がれてしまいませんように) 挨拶を、しよう。 「ぎゅうー。」 人として、 私は牛の乳を飲む。それを「もうにゅう」と呼ぶ。低温殺菌を白衣で、白い歯の笑顔、とても高い背とカルシウム。貝殻を拾い集めて、再構築する私の出産、母なる海というあやまち。私はただの母から産まれた為なんの関係もないのが海。そして巻き貝を耳に当てる。きこえる。「ぎゅう。」 またしても牛。 一リットル一九八円の清潔な紙パックに詰められた母。手に取りカゴに入れてレジに通す。バーコード「ぎゅう。」 どこまでも。 いつか仔牛は牛になり、私は抱きとめることが出来なくなる。 仔牛は私の力の及ばない場所へ出ていこうとする。 荒野を行く仔牛。星空を目指す仔牛。私は引きずられながら、私と仔牛の旅路、いえ、仔牛と、私の。 私はやがて母でも私でもなくただの肉片となる、 雨に打たれて洗われる肉。太陽に焼かれる肉。腐っていく肉。 そして肉から悪臭となり汚れとなって、仔牛に染みついて離れられない。あの黒い斑点のどれかが、かつて私と呼ばれるものだった。 沁み一つ無い真白な乳を出すごとに、また少し濃い沁みとなって、 そうして仔牛は乳牛となった。 私と一切関係のない場所で。 抱かれていろよ、牛。 ---------------------------- [自由詩]夜(は液状に波及する)/手乗川文鳥[2010年8月2日18時52分]  地球上のすべてのおともだち  起きていますか  これが世界の夜です  想像しうる限りの細く高い断崖を  脳の荒ぶる日本海に築いてください  その先端で風に圧されながら  体育座りをしている人  それが夜明けを待つあなたです 告白しよう 私は片付けられない女だ つまり捨てられない女だ 部屋の中は年中死屍累々だ 昨日、腐りかけた男を姿見の後ろに見つけた 私の父親だった 恋人は飲みに出てから帰ってこない 私が家で待っているからだ  地球上のすべてのおともだち  これが夜の雨です  あなたがたが眠っている間  雨は戸口を叩いて  あなたがたの睡眠を試します  決して眼を覚ましてはなりません  空と地上が  逆さまになっていると気付いて  そのまま空の底へ落ちてしまうから 早く片付けなくちゃ 到来するのよ、私の新しい国が 追いやられていく私と屍の大移動 猫が 窓辺で目を細めている(迷惑そうに) 「はたらきたくない!はたらきたくない!」 大学ノートを埋め尽くした文字が ページから飛び出し部屋中に舞う 「もう紫蘇でいい、わたし紫蘇になりたい!」 雑念から雑念へ 巣から落ちて干涸らびた鳥の雛が やがて骨だけになって コンクリートにへばりつき 模様になる、庭  家と、家と、家とを、  線で閉じていく、交わらないように、  わたしが夜中に叫んでも届かないように  台無しにしよう、夜中に、  わたしが恋人を罵っても、照らされないように  家中の柱が意志を持って  わたしの頭が打ち付けられるのを避ける 到達する、波。 此岸はみるみるせり上がり、 みちみちた海水が泡だって降り注ぐ、 かき消える声と声、 錠剤ならばもう捨てた、次は何を捨てるのか、 揉まれながら解けていく精神を押しとどめる、 (恋人の性器にぽえむと名付けたのも) (ずっと昔のことだから) 肉体を縁取る名前をもてあそんで、 流れ出てしまったものになんの注意も払わなかった、 これが真夜中) 「まだかえってこん、まだかえってこん、」 姿見の後ろを見ないようにして もっと深く目を閉じる あれは父親なんかではなくて、/沖縄で育った友人が/海で泳げなくなった理由を/思い出す/水死体の膨らみ方について/老人と思ったそれは/観光にきた大学生であったことについて/ より濃く腐食していく影、 帰ってこいよ、なんでも(いいか、ら 夜明けの圧力が散漫した部屋で居直っている 散って!/象形文字を気取った埃が/崩れ落ちて/遂に声から意味を奪う/更に透明度を下げる部屋/ 顔も分からなくなって/ ようやく、 私は優しくなる 甘いものをあげようか、      (ぽえむと名付けた)  本当に、眠ってしまって。  雨、ばかり降ってて空が逆になる。 ---------------------------- [自由詩]分解するのが男の子、解剖するのが女の子/手乗川文鳥[2010年8月30日14時27分] 雨ざらしの、皮膚の、角質層に浸透しない乳液と、老廃物で崩れ た二重と、汗ばんだ呼吸で、余計に湿度を寄せて、抜け落ちた獣 の毛が、二人の表面に貼り付いてとうとう一対の獣になって、本 当に獰猛に、唇を合わせながら途絶えた。 グロテスクな蝶は大きすぎた、写真に残すために、つっかけで追 いかけていった妹は、妹のまま戻ってこなかった、いってくる研 磨っとって、文字化けする約束、通信し続ける指が、節から折れ て粉になった。 むごい夢を見て、人に伝えた、その人にむごい夢がうつった、接 触を恐れて、むごい夢は隔離されて、その人は静かに怒りながら 死んだ、という夢で、それが本当に夢ならばなにも悪いことはな かったのだけれど。 山を越えて、海があって、岬があって、灯台もあるけれど、原発 があって、台無しになった町へ、行ってなにをするでもなく帰っ た日は、顔の色の彩度と明度が低くて、どこにいてもなにもかも 明るくてまぶしい、風車はとてもうるさい。 お母さんは起こしてくれるけど、目覚まし時計ではないから、分 解して、もう一度組み立てても、もう二度と男の子を起こしては くれないし、男の子はもう二度と目覚めることが出来ない、ここ はそういう森でした。 BTB溶液を落として、青くなったのが教室で、私は全然納得がい かないので、新しい教室で何度もやり直して、それでもやっぱり 青くて、酸のありかを求めて、黒板睨んでも睨んでも窓の外で銀 杏がくさくて今日はもう帰る。 森は、燃えて、樹が、西に倒れた。食堂で椅子にもたれながら、 だれもいない空洞に露は溢れた、交差する赤い靴の軌道を計算 しながら、秘密が保たれている、それが空洞で、外皮は硬くな りながら収縮して、恐らくわたしも燃えている。 嘘つきの男の子が、ずっと好きだった、わたしは女の子ではなか ったから、触れることもできなくて嘘もついてくれなかった、わ たしは消しゴムだった、机から転げ落ちて、嘘つきの男の子はわ たしを遠くに蹴って、潰えたのがわたしだから。 魚の腹を割いて、臓器を調べる授業から、ずっと水と鉄のにおい が落ちなくて、脱皮の季節を知る、午后はとても眠いので、鉛筆 が震えて、剥かれていくわたしが絶筆した、鐘が鳴りわたしは更 新されました、はじめまして、まだ眠い。 ヘミホルドラ、魔女の唇の動きは昆虫の輝きに似ている、美しく ない猫を見つけにいこう、そして道に迷って、誰か知らない人の 家に住もう、美しい猫しかいない世界において醜いわたしは、等 しく美しく年老いていくだろう。 ノートに描いた、女の子の絵が、ウィンクして雷雲は蛍光灯の点 滅、つけたりけしたりしたら、怒られるから注意してあげなくち ゃいけない、終わりの会で言わなくては、先生、放課後男子が電 気で遊んでいました。 塾にいきたくないこどもばかりが集まる公園で、張りつめたボー ルがとんで、やがて巨大な男の子と巨大な女の子のベッドが生ま れた、果物が熟して、誰も摘み取らないまま落ちて、踏みつぶさ れていて、わたしたちはそれをとても恐れた。 へてへても、へても、へてへてもへても、それだけで完成される 会話を交わした、発生して間もない女の子と、発生してぶつぶつ だらけのわたしと、このまま密林で甘く熟していけばいい、蹂躙 を経て経ても経ても。 男は電動ドライバーを、わたしは俎板を欲しがった、自由になる ものの、少なさと小ささが、時を経たわたしたちが得た全て、こ んな狭いところに全てがあって、軒下まで伸びたドクダミの根を 抜いてその長さに二人で驚き笑う日曜の午后。 ---------------------------- [自由詩]異子。亜子。/手乗川文鳥[2010年10月22日1時54分] あなたはわたしに「ななし」と名付けた それ以来わたしは薄い皮膜を漂っている小さな虫。 光らない星、開かない窓、結ばれない紐、濡れない傘、 ない。ない。ない。ということでしか 語り得ない(ない。) 対象はいつも 椅子に座っていて姿が見えない(ない!) 臙脂色のビロードの椅子、へと、語りかけて、 ビロードの表面は鮮やかに色を失う、その織目にわたしは海を見つけた、 海底の砂にまみれる、頑なな貝を見つけた、 そして貝は小さく気泡を洩らしながら、砂に隠れてしまった、 とじ合わせた中に、わたしの本当の名前があった/指先が触れる/ ビロードの起毛、四つ足の椅子を抱く、潮騒は遠のいて、 吐く息が中空で破裂する まぶたのないわたしが群れになって泳ぐ 泡のない朝と昼と夜と、円環の水槽、 白波の向こうで(椅子の声)あなたがわたしを呼ぶ、 わたしはななしだから応えることが できない/ない。 穴ぼこから出て穴ぼこを埋めて自分の穴ぼこに触れるみちすじ 夏の終わり、あなたはわたしを夜の海へ連れ出して 誰にも言わないで、と言いながら、わたしを砂浜に沈めた、 海面では緑色に光る小さな虫が浮いていて、あなたはわたしではなく虫をすくい上げて、 わたしはそのまま損なわれてしまった、 「虫は、光らなくなりました」 「あなたは、つまらなさそうに、虫を海に戻しました」 「そして手を取って、帰ろうかと言うのです」 「あなた、それはわたしではありません」 虫。 手を引かれていくのはわたしになった虫、 波打ち際でよろめいて光っているのがわたし(消えそう) それからは、いかなる場面においてもわたしはいて、けれどそれはわたしではないので、 空白に。行間に。睡眠に。暗闇に。重力に。 わたしは溢れながらこぼれ落ちて這い上がってきりがない、 地面が崩れて裂け目からたくさんのわたしが顔をだしてすぐにわたしで満たそうとする、 埋めたい!埋めたい! ありとあらゆる隙間と空洞を埋めます わたしで満たされます、 いつか隙間や空洞はわたしと呼ばれます けれどわたしはななしなので 隙間や空洞も名前を失っているのです あなたは困り果てていつか アレ と呼びました 「「「「こんにちは、アレです」」」」 網戸にしがみついたりします、窓を全身でノックしたりもします 光沢のある身体の色に名前はあるのか知らない わたしの腕をむしりとり、 わたしの脚をもぎとって、 わたしの頭をひねちぎり、 わたしの中には、なにもなくても、 中身を確かめる、あなたの視線がわたしを貫いた瞬間 わたしはただの空洞では、なくなったので、 あなたの靴底に踏みつぶされても良いです わたしの破片がソールにくっついています なんども地面に擦りつけて、または擦りつけながら歩いて、 わたしの窪んだ細胞を、どこか遠くへ連れて行って、 そしてわたしがわたしでなくなっても、あなたはまた新しいわたしを見つけて、 そしてひらりとすりぬけて、 わたしは一斉に震えるでしょう、 空白が、行間が、睡眠が、暗闇が、重力が、 フルフルフルフル。 ◇ 小さな虫が浜辺に浮いている 緑色に光っている/(それ以上、行ってはいけない) わたしは「夜光虫」、と言って、あなたは虫を手に取って、 光るのをやめた虫が死んでしまいそうでそれであなたは海に戻して、 そっ、と、/(伝わらなかった振動。波間から月明かりが人の顔をしてこちらを見ている。) そのようにわたしに触れてくれれば良かったのだと 虫に嫉妬したときからわたしは 名前のない虫に分類されたのです ---------------------------- [自由詩]乱視/手乗川文鳥[2011年1月10日2時10分] 家の中で一番大きな窓に身体が映る わたしの本当に美しい姿は ピアニストになり損ねた青年の指にゆっくりと裂かれるとき 離れていく右半身と左半身が完全に分離する寸前に 皮膚が結露に触れて濡れた部分が汚いと感じる わたしは窓枠について考える 刺してやりたいな、ひと思いに その感触がいつまでも手に残って、思い出す度にぐったりとなる気持ちを、わたしはあわあわの卵にして家中に産みつける、どこもかしこも、あわあわ。 わたしたちは手を繋いで動物園へ行かなかった 晴れた平日に家を出てそのまま電車に乗らなかった わたしたちの自主性はわたしたちを都市から遠ざけた わたしたちの足跡は雪の日の道路に残らなかった そのようにして、わたしたちのこどもは、うまれなかった /山に囲まれた集落で祭があった/わたしはそこで全然可愛くない黒髪の人形を買ってもらって少しも嬉しくなかった/ここの神様は/とても寂しがり屋だから/帰ろうと口にしてはいけないのだと/母が言った/行こう/と言わなくてはいけないのだと/言った/だから/行こう/色とりどりのヒヨコたち/行こう/赤い金魚と黒い出目金/行こう/狐の面の行者たち/行こう/全然可愛くない黒髪の人形/行こう/おとうさんとおかあさん/行こう/かみさま/行こう/寂しがり屋のわたし/アスファルトが敷かれていない/土の参道を行く/見知らぬ土地で一度だけ行って/そして/行った/わたしのお祭/母は幼い頃/この祭に行く途中で狐につままれたのだと/後で話した/わたしは車の中で/おとうさんとおかあさんは/どうしてこんなに可愛くない人形を買い与えるのか/そのことを考えながら/人形とにらめっこして/そのうちに/眠った/ 曇りの日にわたしたちは服を脱がずに性行為をしてそのまま眠った 真水のようなおとなと 無味無臭のこども 祖父の妹は耳が聞こえなくて喋ることができなかったが わたしには彼女が伝えたいことが分かっていた だから彼女のお葬式は少しも悲しくなかった 彼女は死んだけどこれは別れではないと知っていたから 幻灯が棺のある部屋を走り回って私は模様を追いかける その向こうに彼女がいてほほえんでいる/手にはきっと甘露飴を持っていてそしてわたしはそれを受け取る/いつものように/やっぱりおいしくないなと思いながら/舐めて/おいしいと言う/彼女も飴を口に含む/棺の底で冷えていく/彼女の言葉を/わたしは/聞き取ることが/できなかった// とても安らかな骨 とてもしずかないくさがあって とてもしずかに、人は殺され、焼かれ、灰になった、 そしてしずかに、人が泣いて、怒り、人を殺した、 指で、弦を弾くように、人が跳ね飛び、人に巻かれて、人を欺き、人を罵倒した、 しずかな戦争、しずかな裏切り、しずかな強奪、しずかな排斥、 えいえんに訪れない和解、欠乏しているのは目に見えるものの中にも、目に見えないものの中にもあって、掬いきれないから、飲み込むしかなかった、それが、飲み込まれることと同じであっても、融け合いたいと願うことと、その拒絶が、掛け違いになったボタンのように、ループして、終わりがないので、それは、和解などあり得ないのに、なのに融け合いたいのでわたしは。 全部丸ごと身に纏う いずれ ひとけのない墓地となるので 都市は 喪服を探している 仕立ての良い黒い影を 落として その上を 用心深く歩いていく おとなたちと 死にたくはない こどもたち わたしは横断歩道の白と黒の境目を 縫うようにして歩くルールで 行って そして 行った / / /昔/山に囲まれた集落で祭があった/祭へ行く途中/少女は狐につままれた/いくら歩いても真っ暗で/世界はもうすっかり/眠り落ちてしまって/少女ばかりがひとり/目を閉じたまま歩いていて/もうもとの世界には/帰ることができないのだと/もう/行くしか/残像の手が/少女の手を引いて/行って/棺のある仏間/幻灯の模様/を追いかける/模様になったわたし/ずっとあの模様に届かなかったのは/わたしも同じく模様であったから/部屋の中央でそれを眺めている少女が/ずっと母であったのに/追いかけることに夢中で/気付かなかった/ 咥内で溶けていく飴/ 明滅しながら走る 窓の外がひかりはじめる (あわあわ ようやく祭が終わって 少女は母になる 次はわたしが 幻灯を眺める /大人たちが口々に「おかえり」と言うので/ 帰らざるを得なくなるまで/ そのようにして、うまれなかった、わたしたちのこども 晴れた休日に、わたしたちは、どこへも行かずに 服を着たままで、息を潜めながら/ (ぶれる /身体の向こうに見える/(もういかんといかん 二重の窓枠/ 夕方 一階のシンクで 貝は砂を吐いて死んだ/ ---------------------------- [自由詩]川は蛇行して背を伝う/手乗川文鳥[2012年8月9日18時15分] まりまりと育った 踏みつぶされて死んだ 夕方の河原で妹たちが裏白い顔で揺れている 剥がれない瘡蓋 喉元を細い波線が貫いて 噴き返る血流と漏れ出す呼気の 擦れ合う音 こんにちは、会釈をして もう二度と会わない人と 記憶の中で刺し違えている、何度も 全身を充血させて もう二度と会わない人を 本当に会わないようにする もう二度と会わない人は 不思議と私と似た表情を作る 真似するなよ 胸元を最後に突く 深夜に 家の裏の暗渠に立っている かつての川岸はそのまま生け垣になっている 苔むした石を積み上げては 浮かばれない子たちが 暗い眼で夜空を見上げている 月もでていないのに 眩しそうな素振りをして 私はあの子たちのつるつるの頭を 一つずつ撫でてやりたかった 吹き出た汗は冷えて 皮膚はひりひりしながら膠着する 腹部や陰部の体毛が濃くなって 体温は高いまま からだは日々老廃物を排出する 垢なり、毛なり、皮脂なり、澱なり、 その一環として受け取った生命を 今必死で排出する準備をしている おまえ、既にいつか死んでしまうことが分かっているのに 生まれてくるのか なにも持たずに 手を握りしめて 沈黙のまま膨らんでいく腹から 重みばかり主張して 私は本当に殻になるのかもしらん 道ばたに半透明の殻になって 倒れて踏みつぶされるのかもしらん ずっと一緒にいたい人や もう二度と会いたくない人たちが 皆一緒くたに死んでいったあとで 積み上げていつか崩れた石が 緑色に苔むしながら 川底で冷やされている こどもらの小さな裸足が 水面を弾いて光に灼かれている ---------------------------- [自由詩]椀のなかの尻/手乗川文鳥[2014年2月22日3時26分] 後ろから浸り、百日紅に槍、吾の坊の棒もしなり、左、見遣り依頼、落雷の方に猿とモヒカンが卑猥に絡まりY・Y・Yの字、袋小路に去り、然りとて頭髪を剥ぎ、貼り、裸足から抜いてもぎもがき、解ぎ、炎の仄かの放り解ぎ、紛れもあり塗れ、揉まれ鹿尻、つるてとした尻々。その尻皮を剥ぎ、皮を浸した真水が真緑。紛れもなく真緑。迸り網走、筋の張った尻が走り今治、非理と非理が虚空を有して吾の嬢の黒髪真緑に。 黒い数列の群、やがて灰たる蕗の薹に紫の唇が重なる。つかまれ、しずかな夜の端に。とまれ、ざわめく暗い眼。 吐く息、吸う息、緻密に詰め込まれた瓶詰めの雪が、くるしんで降る、くるしんで降る、くるしんでしんで降る雪に麻痺する、去る坊と嬢が両手で手を振る、去る爺と婆が眼を瞑る、去る父と母が手を取る、手を取ろうとして、消える、崩れ落ちる階段に縋る、がらんどうのお堂で一人うずくまる。暗黙。 沈丁花けぶる、くすぶる煙管に紅が差して煙が陽光に傾く、悠長な睫毛が濡れる、踏み交わして伸びた影の縁に踊る娘らが沢山いる。あちこちに緑色にくるくる回って腕を広げて。ほつれて。 穿つ肺臓に祈祷を通し、尻皮を剥かれた鹿が裏山で鳴く、清廉と呼ばれた家は潰れ、自慰を知らずに育まれ、疎まれ、やがて炸裂する反言、反言、滲み月面が楕円、白々しく吐く嘘は可憐。 よるべない緑に娘ら降る。 よるべない畔に娘ら溢れる。 よるべない滅びに娘ら舞う。 よるべない人は娘ら抱く。抱く。抱く。抱く。抱く。抱く。抱く。抱く。抱く。抱く。抱く。抱く。抱く。抱く。 裸の娘らが雪の中倒れる。 白い肌の娘らが雪に埋もれる。 娘らの尻に降る白い雪。冷えた尻。凍る尻。血の気の失せた雪がうたう。 卵も虫も眠り落ちていく夜に永久凍土とほのめかす。 圧縮された塵の中で安らかに潰える、無人の廃工場地帯に灯る火、手のひらの椀に収まる災禍を見つめる眼に別離が揺れる。遠雷に燃える森と西日に染まる産毛にしがみついた吾子の指が力絶えて落下する、あぁかぁさぁたぁなぁはぁまぁやぁらぁわぁ、を、ん。復唱して、二度と分かれない性別を手にしたら、もう一度お前を授かると決めた、防ぎきれない光線を浴びて腐食を殺そう、攻めては守る反響に外耳から内耳へ蝶の舌が伸びていく。 乳を踏み踏み跨がれて越えていく海峡に沈む肋、股を割り腹を裂き絡み合い咲き繁る野薔薇、禁じて閉じた蔵に息を潜めて眠る子を、葬ることなく鳥居は歪み、母、転じて私は歩み、止まることなく形を亡くして忘れたことさえ忘れる、 了 ---------------------------- [自由詩]星野屑子の冒険/手乗川文鳥[2014年2月27日1時33分] 「カスタネットを叩く小さな手が、乾いた音を空間に弾かせて赤と青のあわいにある星を見つけようとする。白眼は青みがかっていて世界中の秘密を引き連れてまだ秘密を作ろうとしている。カーテンの裾に広がるまだら模様の彩光が、知らない街のジオラマになる。きみんちはどこ。」 手渡された箱の中にはなにもないと はやく教えてもらいたかったのかもしれないし 死ぬまで知りたくなかったかもしれないようなこと、 早く家に帰りたいがために わたしが君の大事なものを盗んだと 名乗り出た嘘を辿る指が湿り落ちる かけ離れていく季節の辻褄をあわせるように風が吹き抜ける 最新型の高校生には目にもとまらない、瞬間を、奪い取る (わたしたちはただ一瞬だけ、世界を照らしながら生まれ、 世界に反射されて両眼を潰し、涙を流して光ることをやめた、 ひずみに吸い込まれていく残光が、白衣に映しだされて、 物語の終結が手を差し伸べる、 ) 想像の中で何度も君を刺した、 かたちを失っても君は喪われなかった、 あわい、と口にして気が済むような詩人が嫌いだと、言え オノマトペの鍵盤を乱暴に、弾け できるかぎり卑猥な音楽を、夢想しろ /存在しない国の/言語の/少年の名前が耳に残る/((フィノシカ))/フィノシカ、君は確か一年の殆どを雪の中で過ごす土地で産まれて/皮膚は薄く白く/緑に近い金髪の巻き毛の少年/雪原には君の足跡しかない/フィノシカ、/何も映らない群青の瞳/わたしと等しいものは白眼くらいしかないんだ/いいえそれだって、/誰かが手で時間をかけて編んだ重いニットに乾燥した雪が張り付いて溶けないでいる/フィノシカ、/君は死にに行く/これはわたしの負け試合/ 君は傍観することをやめた/だから雪の中でどれだけ熱を保てるか/賭けをすると決めた/まだ君の精神は未熟だから/それを愚かだと/思うことが愚かなのだと、君は、/ 今朝、裏庭に繋がれたまま犬は倒れた/痙攣する犬を抱いて/青白い靴音が白夜を締め付ける/犬の熱い息が君をあたためる/フィノシカ、もうどこにも帰れないよ/// 世界中の毛布が濡れて、跡形もなく蒸発する夜 わたしたちは星座から一等星を見失う 何億年もかけた痙攣を終えて 無音の中で爆発するのは 冗談みたいに烈しい老衰 放課後のグラウンドで金属バットが硬球を撥ね返す 運動部の掛け声を飛び越えた先で 右手で掻き毟るようにして、性器を 境界を喪ってしまえば 裂けた茎の断面は正しくうるおい、 衣擦れて皮膚に落ちる冠水、円い穴に蓋をして生き埋めになる だれか大切な友達の死を忘れている気がする、(でも友達なんていないょ?) グランドピアノの舌を転がり落ちて、スカートの襞に潜めた砂なり、涎なり、青春と呼ばれるものを存分に股の間で汚した、舐めとっても洗われなかった、乳白色のくるしみ、たいせつなともだちにさよなら、600光年も遠くで死んでいったともだち、 別れの手を振るわたしのひかりが 君のくらやみに吸い取られて なにも変わらない (記憶の中で教室は、いつもわたしだけがいなくて、 (あのこたちはとても楽しそうだから、 (記憶にもならない閉じたドアの向こうで、 (わたしが入ることもできずに蹲っているよ、 (かまわない、 (つづけて 願うならどこでも 立つ地点は君の薔薇色の頬だ 架空の少年が死に続けようと影を踏むかぎり 真新しい光線が必ずわたしの瞼を貫く いま、下腹部になにもないことを宿したよ、 朝だよ、(おやすみなさい) ---------------------------- [自由詩]稲妻市へ/手乗川文鳥[2015年9月5日1時03分] ホームの柱には角丸ゴシックで神とだけ印字されたステッカーが貼りついていた その柱にもたれながら乗車する予定の新幹線を待つ 正確には夫と娘が帰省するために乗車する新幹線を待つ とうの二人は並んでホームの椅子に座り乾いたサンドイッチを頬張り 車内では騒がないこと アソパソマソやプ利休アを歌わないことを特に念入りに 言い聞かせていたが 娘はスカートに溢れおちた玉子に夢中で 二人きりで完全な一組の親子でいるところへ とても入ってはいけず わたしは足元にカバンをおろして神にもたれていた プラスチックで丸くて人工物であると無邪気に主張する青い座席が黄緑がかった電灯のひかりを跳ね返している あちらこちらへ無軌道に跳んでいく三歳児のキャッチボールが 園庭の砂埃の中で笛の音に合わせて行われている ほとんどリズムを無視して やわらかいボールがとびかう そして上空から音がして指をさす しんかんせんやー 白い流線型の乗り物はすべて新幹線で 彼女は今から飛んでいくわけだ いまからどこへ行くの さんだー! サンダー 電撃は かつてわたしも感じていた ふるえることを頼りに走ることは勿論覚えている そしていつも一人だった わたしは、だれもかれもの言葉がわからなかったし だれもかれもが、わたしの言葉をわからなかったから いまではその意味がわかる          わかるよ 「わたしは君の母親ではなくて、君とともだちになりたかった。 そして君と手をつないで、いつまでも同じことばを繰り返して笑いあうような時間を過ごしたかった。 午後三時の陽を浴びて、ぐんと伸びた影を見ていたかった。」 ベルが鳴り ゆっくりと動き始めた新幹線の丸い窓から二人は手を振る なぜわたしは一緒ではないのかと言いたげな娘の視線を残したまま 加速した新幹線は空を飛ぶことなく走り去っていった 振り返ると丸い角の神がいて わたしはインスタグラムに写真を投稿した ---------------------------- (ファイルの終わり)