服部 剛 2020年9月20日22時36分から2021年7月22日20時55分まで ---------------------------- [自由詩]詩人達の夜/服部 剛[2020年9月20日22時36分] ずっこけて、転がって、這いつくばっては 立ち上がり(瞳はぎらりと、ぎらつかせ) またずっこけて、膝擦りむいて、血糊を なめ、それでもまだ夢を見て、今宵の夢 を見たくて ―この世界に恋がしたくて― 走り出さずにいられない。  ああ僕はもるもっと!  人という名のもるもっと!  可哀想じゃないか、人間どもは  この地上に放り出されて  西暦二〇二〇年のコロナ禍の渋谷を行き 交う人々の幸福は、空気中に溶けている。 溶けてしまった幸福の風の行方に目を細め 辿るようにやってきた久々の渋谷道玄坂・ ルビールームに集う詩人達の夜(ここでは 人間の吐息と、朗読の声音(こわね)が飽和する)  今宵はなぜか一人ひとりの  赤いルビーの心臓が…脈を打ち  自分色の、光を放つ        ---------------------------- [自由詩]某駅の伝言板に/服部 剛[2020年9月28日23時38分] 書かれたチョークの白い文字 「 孫が悟った、空の色 」 ---------------------------- [自由詩]黄色い蝶 /服部 剛[2020年10月5日18時01分] 鎌倉の甘味処・無心庵の窓辺で 手の届きそうな垣根の外に 緑の江ノ電は がたっごとっ と通り過ぎ  殻を割ったピスタチオの豆を 口にほおばり、かみしめ  麦酒を一口 また窓外に 江ノ電は通り過ぎ  豆と麦酒を、もう一口  ――かつてこの店を友と尋ねた   あの女(ひと)が病で世を去り、時は流れて 夏の終わりの由比ヶ浜 今日も波は遠くへ すう…と引いてゆく ふいに踏み切りが かんかん、鳴り出(い)だす ガラスの机に映る空に 夕染めの雲は流れる いつのまにやら…麦酒に頬は赤らみ からだを脱いだあの女の 懐かしい笑い声 心に響く  店の外につるされた 「氷」の布は、風にはためき  通りすがりの酔いどれの 目蓋の裏に 黄色い蝶のおもかげが 横切った  ---------------------------- [自由詩]Poetry Road ――ある朗読会の夜に――/服部 剛[2020年10月7日19時01分] テレビの中の壇蜜さんが言った 「コロナウイルスの影響で  私たちは人生ゲームの双六(すごろく)の プラスチックの車に乗せられた エノキみたいに顔の無い人形になった」 元来、僕等はエノキじゃない  今も体に血は巡っているし 声も出る  知らないうちに乗っていた プラスチックの車から下りよう  今すぐに  そして、ひとりの時間に紡いだ 詩の言葉の欠片(かけら)たちを美しく、吐こう あなたの言葉 私の言葉  彼の言葉 彼女の言葉 喜びの詩 怒りの詩 哀しい詩 楽しい詩  音程の無い音楽の言葉…言葉…言葉… 人間だけが発し、惑い、願い、語る  生けるエノキたちの言葉よ それぞれの思いが交差する  令和2年10月11日の、二度と無い夜  閉じた目蓋の裏のスクリーンに 僕は視る  遠い青空にひとつある あの浮雲の方角へのびてゆく 旅人の道  プラスチックの車から下りた この足で?今・ここ?から始まる 本当の人生ゲーム   ---------------------------- [自由詩]歌姫の墓前にて/服部 剛[2020年10月9日18時46分] 病と闘うあなたが  病院の廊下を歩き 自らの動悸が乱れた時 どんな思いが過ぎったろう? お母さんが見舞いに訪れ 病室を去った後 頬に涙の伝うあなたは 窓外の青い空をみつめ、呟いた ――風を浴びたい         * * * あれから十年の時は流れ あなたの面影は 朝になるといつも あの日のままの部屋にいて 「おはよう」と、ドアを開ける お母さんを待っている ある日、お母さんは 詩の道を歩む僕と 駅の改札で待ち合わせ 近所の喫茶店で珈琲を飲みつつ 夢の続きを語らう内に 母と娘の二重の声が、胸に響いた ――あなたなら…できるわ   * * * それから 日々の旅路を巡る僕は ふいに風が吹き、葉が横切ると あの二重の声を思い出す  歌姫が世を去って  十年の命日 花々に囲まれた墓前に立ち 両手を合わせる  ――あなたの分も、僕は生きる   ---------------------------- [自由詩]死紺亭兄さんへの手紙 /服部 剛[2020年10月14日23時59分] 私がその男を目撃したのは、19年前の夏。 井の頭公園野外ステージのオープンマイク。 オレンジ色のTシャツに、黒縁眼鏡、銀ぎら ぎんのプラスチックのマイクを握りステージ に立った男は「OK〜〜〜!」と、叫んだ。  何がOKだか、分からなかった。 が、眼鏡 の奥の眼光は残像となり、焼き鳥屋の煙漂う 帰り道で〈彼は一体何モンだ?〉と呟いた。 あれから時は流れ、私共はそれぞれのぬかるみ に足を取られては、抜け出して、何とか歩いて いるうちに……いつしかオッサンと呼ばれる齢 になっていた。 ある晩の Twitterの 架空の 『詩人バーむらさき』のカウンターで兄さんは ぽつり言う。「Dead or alive」と――。 死紺亭の「死」は「生」につながるクモの糸。 ――闇に貼られたクモの巣は一瞬、光を帯びて、 今夜の「ときわ座」の過渡期の時の只中に集う 僕等は、いつのまにか掴まって、眼鏡をかけた 死紺亭柳竹ならぬ死紺亭クモを中心に、なぜか 笑みを浮かべて喰われるのを、待っている。 ――というのが今宵の「ときわ座」の夢であり ます。夢と現は背中合わせでありまして思えば あれは15年前、大阪で朗読ライブに出演する 私共は、新宿発の深夜バスの待合室で語らい、 兄さんは自分の大事な生い立ちを分かち合って くれたのでした。 あの頃ずいぶんガンバッテ いた兄さんは少々草臥れていたけれど、バスが 出発すると、いつしかすやすや寝てました。 そんな記憶も今思えば夢のよう。今夜の「とき わ座」もいつかは夢になるでしょう。晴れの日 ばかりじゃないけれど、どうせ見るならイイ夢 を。皆の言葉でつくる、今夜の「過渡期ナイト」 という夢を――。 朋よ、君が柳の時、僕は竹    君が竹の時、僕は柳        この心の空洞に耳を澄まし    風にそよそよ、吹かれよう 芸歴30周年、ポエトリー20周年、おめでとう。 あの夏に歩き始めたPoetry Load 旅の続きは、これからだ。   ---------------------------- [自由詩]Avanti/服部 剛[2020年11月7日23時59分] 詩人の友の「活動二十周年」を祝う 朗読会に出演した   それぞれの闇を越えて、再会を祝う ステキな言葉の夜だった  トリの朗読をした彼が 最後の詩を読んだ後 客席の後ろにいたほろ酔いの僕が  頭と頭のすき間から 「あんこ〜る」の声を届ければ  会場に手拍子は高鳴り 「しょうがないなぁ」と照れながら 彼はもう一篇の詩を、手にした  その朗読で彼は 若くして世を去った詩人を惜しみ説教をした 「死んじゃうってことは、才能がないね」 「生きてるってことは、可能性だね」 それは金八先生を彷彿とさせる 語りであった やがて朗読ライブがはねて もう一人の出演詩人と、三人で 高田馬場のうまいラーメン屋の カウンターに肩を並べ 味噌ラーメンにニンニクを少々入れて レモンサワーをごくり、とやった 帰り際の交差点で 二人の肩に手を置いて 「三本の矢って、折れないから  僕もがんばるからさ」 そう言った後、僕が以前に 「ぽえとりー劇場」という朗読会の司会をした BensCafeの跡地へ行き ひとり佇んでいた (懐かしい、言葉の夜の賑わいと  もういない幾人かの詩人の面影を視ていた) コロナ禍の二十三時 すでにシャッターは下りていた 現在の店の名前は「Avanti」 暗がりに光るスマホで 僕は電子の辞書を引く 気づくとなぜか しょっぱいものが目に滲(にじ)み、拭いていた 「Avanti」 前へ、前進、もっと先へ   ---------------------------- [自由詩]コトバの剣/服部 剛[2020年11月12日0時01分] テレビを点けたら そこはアメリカ合衆国 ホワイトハウス前  バイデン推しの国民と トランプ推しの国民が まっ二つに入り乱れ  ポリスマン達は眉間(みけん)に皺を寄せて にらみを効かせる この娑婆(しゃば)に あの日 誰もが おぎゃあ と生まれてきた以上 時に闘いは避けられぬ、のか 僕等は傷つけ合う為に生きる、のか なんてホザけば ほらもう、この爪が  誰かの心を引っ掻いている 今日だってわたくしは この朗読会のリングで コトバを愛する者たちと コトバを通して闘っている 詩人という名の 役者達も  たった独りの時間には ノートの白紙に 無数の言葉を産卵する うようよと うようようよよ うようよよ 白紙に羅列されてゆく言葉の卵 うようよと うようようよよ うようよよ ホワイトハウス前のアメリカ人 うようよと うようようよよ うようよよ Go to 旅先の日本人ウィズコロナ 詩人はノートの空白に 行き場のない蟻の群衆を 視るでしょう  この手に握るペンが 光る剣(つるぎ)でありますように 人の血を流す為の剣 ではなく  今、こうして 朗読者として立つ私から  あなたへ そっと告白する 日々の証として    ---------------------------- [自由詩]三色の流星/服部 剛[2020年11月14日23時25分] あの日、若くして病に倒れ この世を去っていった歌姫よ あなたは姿のない絶望の闇と向き合い  動悸の乱れる日も 副作用で口の中が傷だらけの日も 死の不安に独り…震える深夜も 最後まで、生きることを求め 歌の道をつらぬいた いのちの軌跡はいつか星となり あなたの墓前で手を合わせた、数日後 命日に見上げた夜空に一瞬、光が流れた 今まで見たことのない 赤と、緑と、金色の 三色の流星 愛と、平和と、希望を歌に託した あなたからのメッセージ ――今年で歌姫が世を去り、十五年 今もあなたが眠る墓の周囲は 色とりどりに微笑む花々が、そよ風に揺れ 墓石に刻まれた直筆の「ありがとう」は囁く  「Live for life」 病床であなたが呟いた 最後の願い 令和に残された僕等の時代は このまま色褪せてゆく日々じゃない  世界にたった一人の私よ 空白のあらすじの中を 風の吹くまま、往くがいい いつか物語の本を閉じる日まで 目を閉じれば今も夕暮れ 秋風に立つあなたの姿 かけがえのない死者と共に ?二重の時?を、私は生きる    ---------------------------- [自由詩]お告げの鐘/服部 剛[2020年11月18日23時59分] 久々に浅草の 老舗(しにせ)の喫茶店「アンジェラス」に行ったら すでに閉店していた  「アンジェラスの鐘」は「お告げの鐘」 もう鳴らない、その鐘は やがて記憶の風景に響くでしょう  昭和から平成へと渡る幾年(いくとせ)の 無数の日々に訪れた 作家は思案に耽(ふけ)り、珈琲カップを傾け 友と友は語らい 恋人たちの手はそっと結び合う   レトロな三階建の 古時計の音(ね)が今も聴こえそうな 懐かしい空間よ  さようなら  時は常に流れ あったものはすでになく あの友の面影さえも、今はない  今宵は胸に懐かしい  異国の風景の塔の中 あの鐘は揺れている   さようなら、さようなら の先に、新しい日は訪れ  あなたの思いを越えたある日 合図の鐘は、冬の澄んだ青空に響くでしょう  その日が早くても遅くてもいい 私は物語の合図を待ち 今日もそっと 目を閉じる   ---------------------------- [自由詩]life for a reason/服部 剛[2020年11月19日19時21分] 僕の存在理由は nothing 君の存在理由も nothing そう思っていた 僕の頭の空洞に 風は吹き  風は滝のように体内の通路を下り 魂の器の底に渦巻けば 遠い記憶は……甦る  今日出逢う 君の瞳は僕の鏡 小さな星を 互いの瞳に映している  薄っすら体の透けていた 僕という存在は取り戻され 魂の器に焔(ほのお)は、揺らめき  ゆっくりと目は開く 脳内は、この手に、できることを 目の前の場面から検索する  燃焼セヨ――?いのち? 燃焼セヨ――頭脳 燃焼セヨ――思考 燃焼セヨ――胴体  燃焼セヨ――両手 燃焼セヨ――両足 燃焼セヨ――性器 燃焼セヨ――僕  燃焼セヨ――君  燃焼セヨ――世界 燃焼セヨ――?夢? 血の巡る脳内に浮かぶ……白い文字  「life for a reason」 エネルギーの風が体内を巡る  時を燃やし 時を忘れて 僕は 緩やかに加速する、今を往く   ---------------------------- [自由詩]「車窓」/服部 剛[2020年12月5日21時34分] 線路は明日へ、延びてゆく 明日の線路は、過去へ至り 過去はまた道の続きへ 二度とない今日の日を経て 旅の列車は走り始める 恋に傷んだ、町を過ぎ 日々の重さに憂う、町を過ぎ 0・1秒のいまを過ぎる 車窓 ビル・ビル・雲・学校・工場 過去・過去・いま いま・いま・明日 明日・明日・いま いつしか――山・山・霧 の向こうに透ける白い太陽 全ては やがて 思い出になるだろう 旅の列車の 前に座る、女子がふたり ささやかに語らう 日々の恋の懊悩(おうのう)よ いつか今日の場面は 額縁に納まる 一枚の絵 になるだろう 遠い空の下にいる友よ あの日の君も、僕も、弱かった 人生とやらに 耐えかねて だけどいま思う その源の? 思い出?という地点から 物語の頁の余白に 作家の文字は走り始める ウイルスの蔓延(はびこ)る この地上に瞬く星を探す 旅の始まり あなたと私のサークルは 日常に宿る 宇宙の輪 道は続いて、延びてゆく ---------------------------- [自由詩]岩の顔/服部 剛[2020年12月10日20時36分] 岩には、顔が隠れている 口を開け、叫ぶ顔は恐そうだが 岩の本人は、そうでもなく 案外あかるい、無音の呼び声なのだ 岩と岩のつらなる下に 崩れた岩の口元から、源泉の湯は流れ 心身を温める 男がひとり その頃、女湯では 妻と障がいをもつ幼い息子が うっかり忘れたシャンプーを 隣り合わせたお婆さんから、借りている  天国でも地獄でもない世の中で 日々のニュースは暗くとも そんなに悪くはないさ、と思える場面は 今日もこの町の何処かにあり    ざばーん  と、湯舟から上がった男は お湯の出る 崩れた顔の岩に、一礼して ゆげのぼるからだを、タオルで拭(ぬぐ)った   ---------------------------- [自由詩]Slow Boat/服部 剛[2020年12月30日23時19分] この街には 音のない叫びが無数に隠れ 僕の頼りない手に、負えない  渋谷・道玄坂の夜 場末の路地に 家のない男がふらり…ふらり 独りの娼婦の足音が、通り過ぎ  酔いどれた僕の足音が、通り過ぎ 男の潤んだ赤いまなざしから 一瞬、僕は目を逸らす 人の傷みも背負えずに 自分の傷口が少々沁みる夜には、せめて 絆創膏(ばんそうこう)をぺたりと、心に貼って 生ぬるい夜風の撫でる 道玄坂の人波を下りてゆく 思い出すのは十年前、この坂を歩いた 酔いどれの目線の先に思い浮かべた  あの輝ける不可思議少年という詩人の姿  若き言葉の旗手だった彼は もう世にいない この街には 無数の叫びが隠れ 頼りない僕の手には、負えない  だけどたまには思い出したように この街角で仲間と落ち合い  カウンターに肩を並べるくらいはできる 昔の詩人は言った 「心に少し、余分な場所を」 今日、僕とあなたがこの世界で出逢った 素朴な奇跡を祝い 互いのグラスを重ねれば  頬の赤らむ夜更けには あの丸いお月様を乗っけた 葉っぱの舟が ゆっくり…ゆっくり 明日へ漕ぎ出してゆく   ---------------------------- [自由詩]野球場の夢/服部 剛[2021年1月7日20時19分] 令和三年・一月三日  三が日の間に息子孝行しようと思い  周(しゅう)の小さな手を引いて 川沿いの道をずんずん、歩く 野球場の芝生を 解放していたので そのまま手を引いて ずんずん、入ってゆく たたたっと走り出す  少女の手から、糸を引く  飛行機型の凧は揚がり 少年はサッカーボールを蹴り 父親と青年はキャッチボールをして グローブで球を取る、乾いた音が 正月の青い空に響いた ――羨(うらや)ましいなぁ 九才で言語を知らない周の パパである僕は声もなく、呟く  正月の野球場は 無数の家族に彩(いろど)られ 二度目の緊急事態宣言を待つニッポンの 霞がかった平和な午後の賑わいに コロナ禍さえも夢のよう   かたん!  パパの手を解(ほど)いた、周が ひと握りの勇気を出して 誰かが掘った穴に架かる 板のまん中に乗って、よたっと 一メートル先のフェンスの網に、掴まった  (ときめく目線の先に  女の子の微笑みが横切っていった…) 周よ、パパはな  お前とキャッチボールをするのが 夢であるが それがずーっと先の 明日であってもかまわない もし、パパの夢が叶わなくとも  お前は世界にたった一人の我が子だから 家に帰ったら、ママに宣言しよう 今年の目標 『〇・一秒のコミュニケーション』 パパとママと周が歩む かけがえない日々の キャッチボール  ---------------------------- [自由詩]夜の信号/服部 剛[2021年1月20日18時49分] 今日もふらふら 音のない家へ帰る男の背中は 言葉にならない寂しさを醸(かも)し出す   〈人生はひまつぶし〉と嘆く男の一日は 二十四時間ではなく  長さの計れぬ夜なのだ  この街の所々には  独りの人がいて  それぞれの胸に灯る信号は、点滅している  ある散歩者は人気(ひとけ)ない夜道をコツコツ歩き  隠れた人の心の信号を、そっと見つめる  ――誰もこの手ですくえない そう呟(つぶや)きながら、散歩者は  日々聞き流されてゆく、独りの声を拾おうと  夜の静寂(しじま)をコツコツと往く  ---------------------------- [自由詩]ひと影/服部 剛[2021年1月24日23時53分] 机の上に延びる 湯呑みの影が お地蔵さんの姿に視える、夜 ――もしや 目に映る風景の あちらこちらに宿る 心というものか ---------------------------- [自由詩]風を待つ/服部 剛[2021年2月2日18時32分] 仕事を終えた電車の中で ついポケットから取り出すスマホの画面に 誰かからメッセージはないかと、探す 家に着いて ポストの蓋を開けては 誰かから便りはないかと、探す 忘れた頃に届く 心のこもった手紙を 両手で受け取りながらも  日々に追われ 壁にかけた暦(こよみ)は知らぬ間に…捲(めく)れゆく  ――私は一体、何を待つ? 生涯にたった一度あるような 淡い恋文  ずっと色褪せない  友情の絆  または 明日の道をそっと照らす、知恵の言葉 幸いを探して虚空を弄(まさぐ)る 寂しい手よ 待つことの秘儀を、私は知りたい  音の無い夜の部屋に 身を沈め  そっと目を閉じて 透きとおる感性のアンテナを立てる 自分という器(うつわ)を、空っぽにして  ---------------------------- [自由詩]鈴の音/服部 剛[2021年3月2日19時22分] 川の向こう側にある 瓦屋根の 民家の壁に、ひとつ 白いマークがありました それは鈴の姿をしており 風が吹くと 小さな余白の中から 音のない音が聴こえます  ちりりん ちりりん  十人十色の人々が 主役・悪役・脇役を演じる、この街で  何かを知らせるように ?風の合図?は吹き過ぎて 今日もそっと 白い鈴は鳴りいだす ---------------------------- [自由詩]風の吹く午後/服部 剛[2021年3月6日22時47分] あなたの形見のランプは、魂の姿に似て 夜になると書斎の椅子に腰かける 僕の仕事を照らし出す * * * あの日 この世の時間と空間を離れ 自らのからだを脱いだあなたは 明日も 何処かを吹き渡る風の歌になり うつむく人の傍らで、そっと囁く * * * そう想いながら 土曜の午後の川沿いを ゆっくり・・・走っていると 公園で女の子のストローから、生まれた 大きなしゃぼん玉が目の前に 近づいて ぱっ と消えた ---------------------------- [自由詩]ジャズマンの指/服部 剛[2021年3月11日20時39分] シーンを変えろ 問題の周囲は幻で 那由多(なゆた)の日々の中心点は いつも自分自身  いたずらにふり回される前に 指よ、鍵盤の上を踊れ  瞬時を歩む、ジャズマンの手のように ---------------------------- [自由詩]日々の音楽/服部 剛[2021年3月31日18時44分] 晩酌は水割りのグラスを手に ピスタチオを口に含み わった殻を小皿へ落とせば  ちりん、と鳴る   世界のあちらこちらに 美しい雑音たちは 今も 音を鳴らしている さあ明日も ひと匙(さじ)の知恵をポケットに入れて ドアを開き、耳を傾け、往こう 胸の鼓動と、人々と セッションする 日々の音楽を探しに   ---------------------------- [自由詩]道しるべ/服部 剛[2021年5月28日0時10分] わなわなふるえる ひびの、よろこびかなしみよ それがこの世のさだめなら 汝のコインに息を吹きかけ  明日の行方へ、投げてやれ! くるくると…裏表見せる 放物線のその先は 道のない道 コインが落ちた地点から  ---------------------------- [自由詩]ありがたや/服部 剛[2021年6月7日20時39分] トイレットペ−パーの残りを 使いきり、ちんと鼻をかむ  残った芯に 印刷された ありがとうございます の文字に 僕も呟く ありがとう 最近は鼻づまりがひどくて なかなか寝つけずしんどかったが 昨夜は鼻うがいが功を奏して すっきり、目が覚めた ああふつうに 呼吸できるのは ありがたや 僕は忘れていた 日々無数の あたりまえ に 支えられ、立っていること ありがたや 妻と息子と今日会う誰かに 食事とトイレと布団に この詩を書くペンを作った人に あの日の挫折に 時々うまくいく瞬間に 五文字の 念 をおくります いつか−−この人生に ふかく頭(こうべ)を垂れる日まで 続いてゆく道の途中 この両手に受け取る 今日という一日 ---------------------------- [自由詩]田舎司祭の伝言/服部 剛[2021年7月4日23時58分] 或る映画ほど、日々に笑いもなく 或る映画ほど、日々に涙もなく ――ならばこの世は、何処ですか? ――悪女に聖母の宿る部屋  ---------------------------- [自由詩]日々の土産/服部 剛[2021年7月4日23時59分] 久々にひとり旅で、箱根の宿の土産コーナーに 指でたたくとんとん相撲があった ――九才のダウン症児とやったら    お相撲さんをつまんで、ポイだなぁ… 翌日、小田原城の中には 玩具の刀がキラリと光った ――息子に持たせたら   ぐるぐるふり回し、危ないなぁ… そんな息子にも できることが、ひとつ パパはママの重荷を少々減らそうと 家に帰り、息子と入った風呂で 「むすんでひらいて」を歌い パパが両手をゆっくりひらく 息子のとびきりの笑顔もひらく 花と同じくらい、いや 花よりも嬉しそうに もし、息子に土産が分からなくても 何でもない日々からもらっている パパと、ママと、君が そこにいること ---------------------------- [自由詩]石庭/服部 剛[2021年7月7日16時18分]      少年と少女      青年と恋人   おじちゃんとおばちゃん                今    世界のいたる場所から聴こえる      くちづけの音に     ぼくは耳をすます                あ                今    遠い明日の並木道で お爺ちゃんとお婆ちゃんが 〇 〇 〇       ***    石庭の石に腰かける      旅人のぼくは  もう一度、世界に恋をしたい ---------------------------- [自由詩]南天ノ声/服部 剛[2021年7月11日23時59分] すうっと細く、立っている 南天の赤い実たちの中に 一人 空のお日様を 小さく映すものがいた かわいいね っていうと、風にゆれ 緑の葉たちも、風にゆれ ひそやかに舞う 互いのこころ ---------------------------- [自由詩]盃/服部 剛[2021年7月12日0時00分] この街に 人はたくさんいるのに なぜ、ふいに ぽつんと独りいるのだろう 読者よ 友よ この紙の向こう側にいるきみよ わたしの音の無い声は その耳に届くだろうか? 願わくば 今宵のきみと 交わしたい 互いのからだを温める 一杯の酒を ---------------------------- [自由詩]温泉プール/服部 剛[2021年7月22日20時55分] 旅先の温泉の 露天風呂から上がり 室内の入口で 横を向くと だだっ広い温泉プールがあった どぼん、と入り ぴょんと跳ねれば、ふわり もうひとつ跳ねれば、またふわり さらに跳ねれば楽しくなって ペンギンのような気分になってきた ぴょんと跳ねるたびに 最近太り気味のぜい肉が 上から下まで、どこもかしこも お湯とともに たぷん、と動く プールのながーい反対側に辿り着き  こおろぎ君に似た者が  水面(みなも)でじたばたしてるから えいやっ と手のひらですくえば 不思議なことに、姿を消した  ながーいプールを 跳ね続け、一周した後 プールの外の椅子に 腰かけて くつろいでいるところに  紺の作務衣(さむえ)を身にまとう おばちゃんが姿を現し  はっ! と思わずタオルで前を隠す 「あのぉ…ここ、水着着用なんですよ」 そう告げて、赤面する僕をみて  はーっ はっ はっ   と笑いつつ、去っていった (まずい…そうだったのか  一刻も早くここを出なければ) そう思うと今度は灰色の作業着の兄ちゃんが 現れて、お湯の温度を計り始めた よし――あの兄ちゃんが背を向けてる間に 今だ! たっ たっ たっ たっ たっ ---------------------------- (ファイルの終わり)