山中 烏流 2011年3月19日1時25分から2016年1月30日13時42分まで ---------------------------- [自由詩]川底/山中 烏流[2011年3月19日1時25分] 似たり寄ったりな景色が並ぶ町で わたしは、言葉を持たない 認識のそれぞれが 役目として語られるには 少し 役目を過ぎている、という気配 適当なリズムで鳴るヒールに 鴨と鯉が群れて それをいぶかしむひとがいる 愛が、見当たらない ---------------------------- [自由詩]初夏/山中 烏流[2011年4月19日2時31分] 例えの一つ それは「きみの手が背中に触れる」こと 二つ 「葉桜の下で覚める、今年のつつじの鮮やかさ」のこと 三つ 「平穏の走る音」のこと 雨宿りをしたくなる季節に 置き去りの傘を思い馳せて、 今日からのフィクションをきみに 語る ---------------------------- [自由詩]コード/山中 烏流[2011年4月30日4時05分]       押さえ方は思考中で 今日も、少なくて手に余る弦を 行ったり来たりしている 進行は常に楽を目指したい 多分その通りに 作られていそうなのだけれど 多忙を気取る私は 今日もそれに、気付きたがらず ひとの言うことに 耳を塞ぐのだ ---------------------------- [自由詩]一方通行/山中 烏流[2011年4月30日23時13分] わたしはついさっき きみを忘れた すぐに思い出すこと/その過程/は 随分と、昔から 変わらないのだけれど ひとびとはそれを指す わたしは、たった今も きみを忘れていた 終には思い出すのに きみは、かなしいと言う ---------------------------- [自由詩]レストルーム/山中 烏流[2011年5月1日22時10分] それは腕でした ベッドは空を飛ぶいきものになったので わたしのライフカードからは にんげんが外れました それは腕でした ブランケットの内でまどろむわたしを抱き 耳を塞いで 窓を越えました 彼はいきものです わたしもいきものなので 来年の今頃には いきものが生まれます 這い出してくる腕(へり)や脚(はしら)に唇を咬んでも 空が白み行くことに変わりはないので これから、の話をすることは 既に 意味がありません それは腕でした やがて、たどり着いた水面で わたしの唇を濡らしながら 緩やかに掻き出しました それは腕でした 戻すものも無くした背を撫でながら 合わさる呼吸の果てに 瞼に糸を渡しました 眠るわたしの傍らに 空が、近づいてきます ---------------------------- [自由詩]カロリーオフ/山中 烏流[2011年5月10日23時46分] 面倒なことを喋る縁 男女の関係  (憶測 通りすがりの意識に残るわたしを美しく飾るため きみの、その、言葉があって 縫い糸は池を泳ぐ スプーン「いっぱい」の愛だとか 空を抜いてしまった朝だとか わたしは話してないことばかり きみはまた、言いがかる ---------------------------- [自由詩]ハッピーダイアリー/山中 烏流[2011年5月23日23時00分] 毎日は平和です幸せですとりたててやるべきことも無く平凡です 起床時に布団を畳むことが面倒なので、昨日からベッドの購入を検討しています 重くのしかかる頭で考えることといえば どうしようもない国政や環境、それからどうでもいい趣味の話 東京の空は低く暗く大いによどんでいますが 私のカップで泳ぐコーヒーは水道水産です 幸福は思ったよりも長く続くものだと近所のおばさんが話していました 高そうな犬を抱いた、きらびやかなその姿は確かに幸せそうだったので そんな彼女がそう言うのならきっとその通りなのでしょう 生き物はいつか居なくなるので嫌いです 生きていない物は、いつか壊れるので嫌いです 嘘を見抜けない人々が私を心配する姿はとても笑えるので 繰り返すことを良しとしなかった人は 私の前から姿を消してしまいました  よかったね(しんでしまえ)  おつかれさま(しんでしまえ)  すごいね(しんでしまえ)  おめでとう(しんでしまえ)  ありがとう(しんでしまえ)  だいすき(しんでしまえ) 私に向けられる好意的な言葉や行動は九割方嘘なので つまり私は幸せで幸福で不自由なく素晴らしい人生を送っています わたしはしあわせです わたしはしあわせです しあわせですから放っておいて下さい 端に寄せられた布団を被って、風変わりなサイクルが今日も終わります 時間と曜日の概念を無くしてからカレンダーは捨てたので いつからか年始の出費が少なくなった気がします 生き物はいつか居なくなるので嫌いです 壊れたり繋いだり直したり繕ったりすることをやめて その姿を許す彼や彼女、それからあなたも 私は、嫌いです ---------------------------- [自由詩]めまい/山中 烏流[2011年5月30日5時14分] 要は啄む真似なのだ 唇やら首筋やら鎖骨やらに 私の都合のみで捧げる雨のことを 正しく呼ぶ必要はない 同等に返る行為に名前をつけて 例えば、嬉しがるのは子供 もてあそぶのが大人 手首を締める圧と温度のために 鼻で笑うことを覚えたのは 、わたし ---------------------------- [自由詩]生活/山中 烏流[2011年6月1日1時58分] すきなものがたくさんあった ある、女性歌手はそのふうけいのさきに ひとりきりのみらいをみた  * すきな人がたくさんいても 私のことをよくしる人はひとりもいなかった それは私のせいであり 人々のめはつねにもうもくをたもつから はいりょは追跡者でなくてはならなかった  * きせつのふしめでかわる、よそおいのなかで めまぐるしくかわるはだのいろに 君はふたをした あかるいへやのなかで、しあわせそうにねむる君の どこにもふれられないてで 母親は 自分をなぐさめることをしった  *  少年は英雄になれないことにきづいて  はたらかないくせに、えらぶったり  ひとりぼっちのさっかくをしんじ、ひたったり  人のいるふうけいに、きづいたり  自分にむけられたことばに、きづかなかったり  よくにた人をみつけては、誰かにかさねたり  した  * ねいきをたてるくびのじょうげに ゆびをおしこんで、私ならそれっきりなにもできない 君のいったとおりにしているのか 君のいったとおりだったのか ついにわからなかった  * つたわったとしても、こうかいはつきない 女性歌手にはんろんしたところで とどきはしない  * たくさんの人にかこまれても、そのぎゃくをいきても ついてまわるしせんは 私がおわってもついせきをやめはしないという とおくて、むしあつかったあのひにみた 少年のふくざつそうなえがおに なにかをみいだした君がいうのだから きっとまちがいないのだろう もうすぐせみのこえにふさぎこむきせつがきたら このはなしは、おわり  *  今日も  生きてる / 思いつきの種(敬称略) 椎名林檎「月に負け犬」/syrup16g「デイパス」/BUMP OF CHICKEN「レム」/FoZZtone「HELLO,C Q D」/メレンゲ「忘れ物」/the pillows「Black Sheep」/FoZZtone「Shuni-Hum-Yoro-Kobiwo」 ---------------------------- [自由詩]おやさいについての五品/山中 烏流[2011年6月3日4時11分] *こんさい 想像に難くない範囲で 丸々としていく姿に見とれる 絡まったり 時に、何かに潤されたりしながら どこかの食卓に並ぶ あんまり嫌われることもないから それに甘えたりして 気付けば部屋の隅に 根を張ったりする たまに芽が出たりすると 競い合うようにして抉られるから 正直な話 早く食べて欲しかったり するのだという *きゃべつ 緑色のショートカットで原宿辺りを歩いてる子って キャベツって呼びたくなるよね レタスでもいい気がするんだけど キャベツって言ってみたい気持ちが勝つんだよね わざと色を抜いた白髪とかには そのまんまネギ頭とか言いたくなるし 見た目って大事だよね どうでもいいけど、 キャベツの千切りってたまに食べると美味しいよね 付け合せじゃなくて そのまま生で食べるんだよ レタスか、 レタスは駄目だなあ ネギは嫌いだからパスだし やっぱりキャベツだよね *とまと 山本山 新聞紙 トマト このぐらいしか回文は作れません 声にすると、山本山には違和感しかないけれど 小学生の頃からの洗脳なので うっかり解けることもありません 赤いと言ったら、のマジカルバナナで 大体最初の方に出る名前だとか フルーツトマトの匂いが無理だとか 包丁で薄切りにしようとすると難しいとか それぐらいしか トマトのことは知らない私です トマト、という言葉はたくさん喋ってきたけれど トマトがトマトでトマトだからトマトです *すいか 縁側の置物として名を馳せるスイカの 名産地に住みたいか、と聞かれれば別段そうでもなく 塩はかけない派の私ですから 食材そのものの味を楽しんでいる と、いうわけでもなくて 近い国で爆発したスイカさん可哀想 そんなドリーム思考も用意していません 砂浜の風物詩として名高いスイカ割りの 思いつく限りでの惨状に沸いたことは 記憶の中に一度くらいはあるけれど どこのシーンにも 小さな虫がたかっているから スイカの種は 暖かくなるにつれ、ゆっくりと孵化するのです *いんげん 好きな理由を挙げるなら 独特の青臭さと、食感 答えを聞いた君は少し変な顔で それ以外に特徴無いよね、と言う 緑色なところとか 赤ちゃんの爪程の大きさの豆とかが 好きな人もいるかもよ、と返せば でもそんな奇特な人いるのかな、とまた 一人一人尋ねて回れば もしかしたら見つかるかもしれないけど 私達にそんな気力はないから 毎日の食卓に 今日もいんげんは、こっそりと潜んでいる ---------------------------- [自由詩]夏の日のポートレイト/山中 烏流[2011年6月4日12時46分] とぼけた顔で写る、家族写真の度 食卓には痛み止めばかりが並び 学生はいない 当たり前に 不親切な人の群れは総じて新宿方面に流れるから 指差し確認の習得は必須条件だった 肌の燃えた日に、少しだけ足は遅くなって 私は水飲み場に消えた ビート板を細かく千切ったのは、先生、僕です 今月三回目の検診を終えた工藤さんの机は汚い 有名なブランドの鞄の中は 真っ白な海 いずれ大きくなる体を憎む君が ゆっくりと東京行きの電車へ歩いていく 朝に震える日を繰り返しながら 木漏れ日に沈んで 浄水場で数えた烏の数を 忘れても 忘れても 走る児童の影を追いかけて数年 コップの中身が見当たらない 心臓も肺も、その他諸々も痛むこれから 待合室の匂いが つん、と一刺し ---------------------------- [自由詩]黙祷/山中 烏流[2011年6月14日22時19分] 朝は深く、 ただ中空に泳ぐあなたの意識に 射し出された火が寄り添っている 瞼の内側で退化し続けた羽に気付いた夜のこと 終に 全身を震わせて飛び立つのだろう あなたよ、  そこにはほの温かさだけが置き去られて  わたしの瞼は開かぬまま 白み行く、空に思う ---------------------------- [自由詩]ジュブナイル/山中 烏流[2011年6月18日2時07分] 必要性に応じて生きている 大人たちの叫ぶ声で 雲の影は去った 君が泣かないために 氷砂糖と毛布を買って 家に帰るけれど 本当は、君の好きなものを知らないし そもそも 君なんて居ない * 海になりたい、と言う 彼女は 私の腕を引き連れて ゆっくりと沈んでいった 朝に ざわめく、生い茂る私にもがきながら 小さな口で その、身体を、細かく、千切っては 砂の街 幼い頃の彼女に似た女の子は 笑う 蜃気楼のような波が立つと ほとんどのものが 遠くの方で手を振り出すから 波間には 彼女の声だけが残り 例えば髪や、爪、耳も匂いも 街へ 消えた * 次の駅で始まるのは緩慢な物語で と、彼は話し出す そこに間に合うため 背負った鞄を線路へとほうって 時計の針を 三秒だけ止めると 支柱の麓に用を足す男が こちらを見つめて 笑う そして彼等は手を繋いで どこにも停まらないと評判の電車へ乗り込み そのまま 帰ってしまった * 小さな器のような 叩きつけると、音もなく割れる 生き物 さよなら、 私は君のことを 愛しているなんて言ったけれど 多分その言葉だけは 嘘に違いない * 紫の空だ 風船に似た 危なげな船の上で抱き合って そのまま 生きることを止めなかった 僕等に それはよく似ていて どんな場所からも すすり泣く声が聞こえるから どこまでも どこまでも 君は、歩いていった ---------------------------- [自由詩]素描/山中 烏流[2011年6月19日1時16分] 囁くような 耳元で 部屋を抜けて行く、風の 足踏みの音 甲州街道を過ぎた頃だろうか 君の走る跡を 閉じた瞼の隅で追う 雨の匂いが止まない日にばかり 鈍い痛みを思い出すから 君はいつも、画用紙の奥に消えた ---------------------------- [自由詩]グッドナイトダイヤル/山中 烏流[2011年6月20日22時47分]   ゆるせないものたちの   正しい呼び方を   毛布に包(くる)んで   抱いて眠る   おやすみ、      受話器の向こうの   どこか分かりえない場所で   静かに上下する胸を   昨日   夢に見たんだ ---------------------------- [自由詩]熱中症/山中 烏流[2011年6月21日23時09分] 正直な話 黄緑のスーツは無いな、と パンツ一枚で団扇を泳がせる 三日間カフェインを絶って 頭痛やだるさが私を捉えたら カフェイン中毒のサインらしい でも コーヒーを失った毎日なんて 生きていける気がしないから 試すつもりは無い話 少しずつ 露出の増えた肌と、比例するその黒さ 束ねられる程に伸びた髪が 首筋を 余計に保温する 今年だか来年だかの年末に また、世界は滅亡するらしいね 笑いながらそれを話せるうちは 多分 大丈夫じゃないかなあ そうだといいね、なんてことを言い合って 日付を跨ぐ日々 ああ、 暑いなあ 暑いねえ ---------------------------- [自由詩]会話/山中 烏流[2011年6月30日10時11分]  そこには、ひとつもない  うらがえしてみると  ふたつもある  ななめからみようとすると  たくさんのかげにはばまれて  くちをとじられる  めをつむると  ひとつだけみえるけれど  てがとどかないから  そこには、ひとつもない ---------------------------- [自由詩]mash mellow/山中 烏流[2011年10月2日22時40分] 指の腹で押し潰す頬の、 薄皮一枚先を流れ去る 君はすっかり青ざめてしまって 嘘のような住宅街に漂う金木犀の香りと ぶら下がる総菜屋のコロッケは いつだって口論を止めずにいるから たまらずに 家を飛び出して 君は空を飛んでいった 飛び越えた塀の向こうで 指切りをするための指きりをしよう 一回交わったら朝で 二回交わったらもう終わる程度の 毎日のために 血生臭い、いくつかの秒針の間を抜けて そこに君はいないのだけれど 甘くて柔らかい 火を近付けて溶かしてしまえばいいのに 教会のステンドグラスは 割られるために作られたと言うし 誰かが、   /焚き火の焦げた煙 角の数件先の庭で燃えるのは 繋ぐことに疲れた私たちだというのに 君がいつまでも戻らない 雲が切れていく 甘い、香りがする ---------------------------- [自由詩]クロール/山中 烏流[2012年1月19日4時40分] 急かすほどに緩まる手綱を 持て余しながら 黒目がちに揺らめく人々の波を掻いて 少女は 遠く、海を目指した * 蹴り飛ばす買い物袋から、無精卵が弾け飛んで 方々に散る殻を 嗚咽の波が浚っていく 目を塞ぐ手を掻い潜って 後に駆ける子供らの声を背に 少女は 最初の、息継ぎをする * 言葉はどう足掻こうと言葉なのだから、 そう呟いた少年の 髪の毛を引き千切って 払い除けたのは右腕 初めての呼吸のように 耳を劈いた その安堵の証拠を 握りつぶしたのは左腕 *  駆け抜けたゴールテープを繋ぎ直して  持ち直す役目は、君たちに譲るよ 少女は 迫る壁を、蹴る ---------------------------- [自由詩]相談/山中 烏流[2012年1月20日2時11分] どこか、遠い、ある日に作られた柔らかな言語で その柔らかさよりずっと柔らかく、けれど反響する言葉で 夕立が襲う屋根の下の静寂のように あるいは待ちわびるスピーカーのざわめき、そのように その淵で待つ、垂らされた糸の 穿たれたように目覚める光、 焦点を探す視界の先、飛び跳ねては掻き消える歓声 わたしは、わたしの欲しかったものを見た 際限無く飛び交う賛同を掻き分けて ひとつの、哀れみだけ、 それは指を掠めた一瞬に 凍りついてこびりつくもの。 きみはカーテンを閉じて、口を開いた 一瞬、わたしたちは吐息を交換する 何もかもを持って生まれた私たちは この部屋の何もかもをも知らない この距離を渡るよりも早く きみの言葉は酸化していく、 剥き出しの肌に錆び付いて、 それでもう、二度と取れなくなるのに  奇数行:山中烏流  偶数行:ブロッコリーマン ---------------------------- [自由詩]水槽部屋/山中 烏流[2012年1月22日0時08分]  いっそのこと  君が死んでしまえばよかった    血生臭い、たくさんのやり取りの果てで  私が  産み落とそうとしたのは  いつか君に  捨て置かれた、壁際の  ひび割れにも似た      床に散らばった、ドライフラワーを  踏み荒らして  窓に虹が架かるよ、と  投降を  差し迫る君の声は、紛うことなき凶器で    弾け飛んだ  第一ボタンの行方を知るより  もっと  早く、唐突に  私は  背中を押された、その腕に  爪を立てて      いつの日か  死んでしまった  言葉にすらなれなかった、私たちの  産声を  集めた君が  今  ここで  括ろうとした首  ひたすらに朽ちようとする  この部屋を這い出して  伝えようとした、細い腕に伸びる  傷  酷く優しい、だなんて  言うなよ、だなんて  なあ        擬音ばかりを口に運ぶようになった  あの日  君を  殺してしまいたかった    いっそのこと  君が死んでしまえばよかった      室外機の低く唸るような子守唄に  頭を打ちつけながら  玄関を叩く  何もかもより、君を選んで  私の  湿りきった  たくさんの、幸せな未来を描いた、言葉で  君を  溺れさせてしまえば  唇を噛み合った  君の背景が、途端にふやけていって  遠くで  澄み切った鐘が鳴る    窓の外に架かる虹を指して  君は  何度も、繰り返し、  投降を叫んでいる ---------------------------- [自由詩]入浴賛歌/山中 烏流[2012年2月8日6時35分]  音を立てながら崩れていく我が身の  なんと愛しいことか  (耳、口、指、踵、その諸々から浮かんでは消えた   その事実に「 」をそばだてて  浴室の蒸れた空気の中、私は   恍惚と。眠りにつくようなざわつきに塗れて  心中を企てる)  底の方で芽吹いては揺らぎながら深海魚の真似に耽る私と  窓の外から覗く大きな帽子の影  排水溝に絡んだ髪の束がつく、溜め息に寄せて ---------------------------- [自由詩]生者の行進/山中 烏流[2012年4月16日6時05分] まるで、舌なめずりのように生きた彼女は 東京の隅の方に好んで住んだ 茶色くて背の高いルームランプと うぐいす色のカーテンの側で 彼女の歌に返るものは 目の前の壁が、低く唸る声だけだった 朝食は決まってパン パンのない日は一日中を家の中で過ごした 一年に一度だけなら、その他でも許された 薄く濁った もう、何度目か分からないティーバッグの水を切って かじかんだつま先が足踏みをする 今、何時だったかしら 彼女の呟きに、世界中の時計が耳を傾けてその針を揺らす 足早に過ぎる季節を見て その部屋の鍵は一つ、また一つと増えていく 玄関の蕾はまだ開かない 彼女はそれをすみれだと信じたまま死んだ ついさっきのことだった 小さな鉢植えにも似た、この狭苦しい部屋で 遂に咲くことを諦めた彼女は 新しいティーバッグに手をかけてしまった 玄関の蕾は、まだ開かない 蕎麦殻の枕に染み付いた涎の匂いがこだまする その空気に寄り添うように生きた彼女は 愛されたい、ということを 終ぞ愛していた 冷蔵庫に鎮座する、数年前のジャムを掬う笑みのために 靴下を履いた彼女は ありふれたものばかりを手招いた 花火のような呼吸ができたら、いいのに よく似合う花柄のスカートを翻して 彼女は大袈裟にカーテンを開ける 迎えに来た木曜日の手をとって、踊り出した彼女の その背を見ていた ずっと、ずっと見ていた ---------------------------- [自由詩]リバース/山中 烏流[2012年12月25日7時02分] あの子は大人になってしまった 彼女は虹のたもとで まだ じょうろを握り締めている *** 鈍色のカーテンを引いて 人々は眠りについた 張り詰める風もなく、ただ澄み切った空気の中で たくさんの忘れられたものが 街にひしめいた あの子は大人になってしまった 彼は出窓から見上げる銀河鉄道を 必死に指でなぞった *** ことばは どこかに去ってしまって いつしか きみの 名前すら 失くしてしまって ほとんどのものを 殺しても 殺しても 戻らないそれを きみは 、とよんだ *** 冷たくなった缶コーヒーを片手に 口笛を吹いて あの子は帰路を辿る きらきらした、どろどろしたものは もう どこにも見なくなって 這いずったり 縋りついたり うそぶいたりしながら あの子は *** あの子は大人になってしまった きみは そう言って背を向けて いつか遠い日の夢の先に 駆けて いってしまった ---------------------------- [自由詩]明くる日の丘/山中 烏流[2013年2月5日3時13分] 風に騒ぎ立てる木の葉の影を踏んで、はしゃぎまわる 子供たちを見ていた 庭先で香る金木犀を指して あなたは今日も 幸せそうに、笑う * 恥ずかしいものばかりを選び取って 名前を付けては 過ぎ去っていく/遠くなる 日々、 思い思いを口走った彼らが 瞬く間に消えていってしまうのを わたしたちは いつも、いつまでも、いつになっても カーテン越しに見送った 耳鳴りのように それ は、すぐ近いところで わたしの名前を呼んでいる 残像のように あなたの手を引いて、丘を下るわたしの影と 綺麗な花が揺れていた たくさんの忘れられなかったものたちが 付きまとい続けるから わたしたちは どこまでも、丘を下っていった *  歌を歌うように  息をするように  言葉をなぞるように  手を触れるように 安物の、ありふれた言葉使いで 何よりも愛したかったものが あなたでも、わたしでもなかったとしたら どれだけ幸せだったのだろう  思いをしたためるように  パンを口に運ぶように  空を見上げるように  あなたの名前を呼ぶように * 薄く窓を開けて 空を行く鯨の群れに手を振った ちりばめられた光源すら寝静まった夜に あなたは そっと、目を閉じる ---------------------------- [自由詩]居残り/山中 烏流[2013年2月9日2時44分]  目が覚めるほど愉快だった国で  いつか帰る予定の町へ向かう、片道切符を捨てたあの日  ぼくは  お母さんを、お袋と呼ぶようになって  いつか恋する予定だったあの子は  上野の古びたビジネスホテルで、産声をあげて  黙々と教室の窓を拭いていた  きみは  上手にスカートをはためかせながら廊下を走って  それきり、戻ってこなかった ---------------------------- [自由詩]まどろみ/山中 烏流[2013年3月16日4時12分] 難しいことを ムズカシイことのまま、放って そらを仰いだ  窓から細く伸びたひかりの帯に  ひるがえる  わたしの頭から、逃げ出していったものたちが  裸足のままで  猫を追いかけたりもしている 今日はいい天気だった 明日もきっと、そうに違いない ---------------------------- [自由詩]世界のはじまり/山中 烏流[2013年5月28日6時20分] 記憶の足音がしたから きみを差し出して 代わりにぼくを貰った あいつは 自分のことを神様と呼んだけれど どうだってよかった 毎日が消費されていく 時計の針が重なる度にそう思っては 忘れることを繰り返した きみが居ても 当たり前のように、そこに居なくても ぼくは朝食を摂るし バイトにも行く 誰かの匂いが染み付いたシーツを抱いて 眠るぼくときみ その姿を ひっそりと思い浮かべりして (世界のはじまりに) きみが知らない顔で 知らないぼくと歩いていく 振り返っても もう、何処へも行けないから その姿を追っていく ---------------------------- [自由詩]プリペイド/山中 烏流[2014年4月12日16時34分] 失敗を許すのは三回まで 三回を過ぎたら、期待ごとゴミ箱へ 仏の顔に倣ったのはいいけれど あんまり正確にしていると 神様と見間違う 私の優しさは有限です 愛も有限です 怒りには多大なエネルギーを使うので あんまり見る機会もないでしょう 心の残高が尽きたら チョコレートとコーヒーを並べて こうやってみると 私は、機械によく似ている 好きなものは好きなだけ、という理想論 話題にも限界がある 同じものを見て 同じように覚えた感動は 新しくないものだから すぐに通り過ぎてしまう 私の心は有限です 物事を考えるのには少し足りないかもしれません 興味がないことには 指先一つ動かすのも億劫で 霞を食べる真似をして 神様気取りだ、とあげつらう 心の残高が尽きたら 次は何をしよう 「チョコレートとコーヒーを並べて」 決まり文句はいいから もっと、別の何かを ---------------------------- [自由詩]きみに寄せる詩群/山中 烏流[2016年1月30日13時42分] 1. ある日 ふと思い立って きみの世界に寄ってみた そこではきみが 四足歩行で用を足していたり 三色に光りながら交通整理に励んでいたりして それは 何一つ変わらない いつも通りの光景だった * わたしたちは いろんなことが ほんのちょっとずつすれ違うから 何よりも 体に触れようとする そこら中に溢れるきみたちが 背伸びしたり 跪いたり 目配せをしているのを わたしは倣ったり 蔑んだり 疎ましく思ったりしている * 檻や水槽の中で 笑いながらこちらを見ているきみに 花壇に散らばった、小さく千切られたきみ つまみ上げては 戻したり 放り投げたりして、遊ぶ * きみとわたしは 本当に 隅々まで違う形をしている 重なり合いたい時もあれば 近付く指をへし折りたいときもある きみを愛している たまに どうしようもなくなりながら きみを、愛している 2. きみが わたしの名前を呼ぶとき ごく稀に わたし以外の誰かが 顔を覗かせる きみは気付いていないし わたしが気付くのは 何もかも 過ぎ去ってしまったあとだから どうしようもない うん、そう、へえ この三言を器用に使い分けて 彼女はかくれんぼをしている いじわるな喋り方で きみのくちびるが尖る瞬間や わたしの 目や耳を塞いで きみに気付かなくしてしまうのが好き そうして きみが真面目な顔をする頃に すっ、と隠れてしまうのだ 3. その姿は信仰によく似ている わたしの耳を滑り 上下する胸の奥にひっそりと根付いて 遠く いつか、呼吸の波が去る頃 組まれた指から 芽吹いては枯れるような わたしたちの * わたしの優しさは わたしのためにある ただ黙って話を聞くこと 船を漕ぐ頭を撫でること 蹴り剥がした毛布を掛け直すこと たくさんの きみに向けた優しさは いつでも、わたしのための きみに 嫌われないための * ただ少しの起伏すらない日々に潜む 祈りにも似た所作 瞼を閉じた先で きみの作った朝食を食べて 適当なスーツに身を包んで 仕事に向かう、わたしの夢をみた 数ある未来の中の 一つの話 確実に衰えていく身体から 半歩ずつ 遠ざかっていく心を 羨ましげに眺めている (わたしたちはどこまで行けるだろうね) いつか 腰を下ろす、その時が きみと同じであればいい 内緒の話だ 4. あの日 眺めていた空が遠ざかる 空想はいつだってわたしの傍に居て 手を繋げば 飛び去る魚だって見えた、空 たくさんのものがわたしを蝕むから ここではない何処かへ行きたかった 何一つ満足にいかないから わたしだけのものが欲しかった たった一人の友達は わたしの目と耳を塞いで そうして、 短い夢を見させた * あの魚はもういない 夕日に飛び込むことはできないし ベッドじゃ月まで飛べない 家族は海藻にならなかったし エウロパは遠い (きっとわたしは死んでしまうだろう 幸せは心を鈍らせる、と誰かが言っていたように 目も耳も塞がない手が 今は繋がれているのだから そのうちに 死んでいくのだろう) きみが頭を撫でている わたしは長い 長い、夢を見る ---------------------------- (ファイルの終わり)