ロリータ℃。 2007年9月9日10時56分から2011年7月3日0時47分まで ---------------------------- [自由詩]なだらかな羨望/ロリータ℃。[2007年9月9日10時56分] 君なら何処までも行ける気がした 終わりを迎えた世界の片隅で 不純物を交えないその精神だけがまるで至福 崩壊を迎えた石造りの町の中で たたずむ君のスカートが退廃を孕み風に靡く 王族の城 幸せに大きく暮らした人々の小さな家並み たたずむ埃とそれを動かす不透明な風 人が暮らした跡 跡 跡 此処は墓場 君の白い腕が愛でるその小さなしゃれこうべ 君が触れる世界 見せる世界は どうしてそんなに綺麗なんだろうね この狭い世界で君は僕と同様様々な泥を浴びてきたはずなのに 君の潤んだ掌は全ての不浄を洗い流す そんな 綺麗に浮かびあがる君に嫉妬していたんだ そして愛していたんだ どうか僕が朽ち果てるとき 君が側にいてくれますように 大概勝手な願いだけれど もし僕が朽ち果て風に消える事も無く この町より醜い遺跡に成り果てたら 君のその潤んだ不透明な指先で僕の醜さを撫でて欲しい 例えその指が歪んでも それでも君は笑うのだろう? 儚く崩壊したこの町にも風は平等に吹き付ける 僕の荒れた心にも君という雨が降り注ぎ心地良い 僕を此処で終わらせてくれ 出来るなら君のその満たされた掌で 優しく引導を渡してほしい 君が何時しかいなくなって 僕が何時しか狂う前に 僕は此処から動かないまま 立ちすくむ 君なら何処までも行ける気がした 君は何処までも綺麗な人間だから 自分の醜さを直視できる筈もなかった 恐怖だけは何処までも僕の肌を滑るのに どうして君のその手を求めてやまないのだろう ---------------------------- [自由詩]初夏凛々/ロリータ℃。[2007年9月16日11時20分] 窓際の席はいい 空と風にいつでも触れる 特に今日はとても気持ちのいい天気 あたしは青と白の完璧なコントラストを ひだまりの中で見上げていた 女の子の髪は長いほうがいい あたしの髪を梳かしながらきのうの朝ママは言った ゆうべパパは泣きそうな顔をして あたしの手を強く握ってママを探した あたしは見つからないと思ってた 見つかってはならないんだと思ってた 空の色さえまともじゃない 五月の景色。 クラスメートのおしゃべりも風に流れる 風はあたしの髪を優しく梳かして ママとパパの顔さえも、風に流れて消えそうだった ---------------------------- [自由詩]メロウ/ロリータ℃。[2007年10月30日9時52分] 秋の潮風は私の髪をほんの少しだけ揺らすんだ それに乗じて過去が見えて 心の輪郭を少し溶かす お酒のにおい カテゴライズと笑い声 あたしは勝ってる? それとも負ける? そんな日々に少し疲れた 月明りは僕を照らして すべて投げ出したくなる葛藤 車を飛ばせば海が見えたよ 愛する人と見た夜明け 僕達、離れようとした (言えない言えないわかんない) ねえそろそろ 錆び付いてゆく私を離せよ もういいだろう 此のすべてを知っただろう 執着するのはもうよせよ 擦り切れてゆく 大切なものが見えていない 一人ぽっちのあたしだけ 此処にあって それしか見えない このままだと、僕はあなたに依存する お互い依存しあった僕らは 何回離れ、何度離れられないと認めるんだ? そのたびに再確認する 私が美しい生き物に成り下がったら あなた私を捨てるだろうか 愛するだろうか 過去の記憶の中ではあなた 美しい私を好いたはずなのに 今のあなた、誰の前でも隠している 素顔の私をただ憎んで愛でている ---------------------------- [自由詩]世間体/ロリータ℃。[2007年12月2日1時36分] ふわり ほろりと 繋いだ手がほぐれてく 愛情も 憎悪も 変わりはないでしょう 肌の温度は 二人とも同じで あまりにも心地良いから 惰性などとも言えなくて 生活や社会に 二人の感情が壊されてゆく 愛情と憎悪の 境目すらもわからぬくせに 刺しあった傷口を 私達は冷ややかに 塩をのせた舌で舐めあっている 薄れてく激しさを 私達は傍観している いつまで続くかわからない生に ほんの少し怯えながらも ふわり ほろりと 少しずつほどけてゆく命の結び目 あなたが死んだら私はきっと狂うだろう あなたがそこに生きているから 私を毎日を脅かされる 当たり前のようにそこにある 惰性となった等しい肌の温もりに ---------------------------- [自由詩]万華鏡/ロリータ℃。[2008年1月6日16時32分] 『歴史』 思い出と今は 本当のところどちらが重いのだろう 今が大事と叫ぶくせに 思い出に縛られて上手に動けない 『許し』 傷つけあって生きてきた 心が多分悲鳴をあげた 一番大事なものを捨ててしまった もう見落としなんてしないように あたしは汚れた大人になった 『雌』 赤いワイン シーツの海 汚れてしまう 憧れはまだ似合わない けれどもう似合わないのかもしれない 無邪気にか弱い野心を育てたあたし 『海』 体に寄り添う 誰もかなわないこの海を どうか奪わないでいてください なくした心の輪郭 その所在を知るために ---------------------------- [自由詩]海辺の街/ロリータ℃。[2008年2月21日22時40分] 生まれた街を歩いてみた 潮風が私の髪をなびかせた 腰の曲がったおばあちゃんが 歩道を歩く わたしはきらめく海の反射に見とれながら その美しい波の冷たさを知っていたよ あの日母と歩き集めた 貝殻がたくさんたくさんさらわれて 白い泡と一緒に見えなくなってしまう 海の底にはきっとあるのに わたしの扱う言葉のように 見えていたのに見失う けれどそれで良いのかもしれない 隣に佇む男にむかって ほんの少し笑ってみせた 差しのべられた冷たい手をとり 埋もれる無数の貝殻をわたしは忘れて 食事に向かう ---------------------------- [自由詩]病床/ロリータ℃。[2008年4月21日5時58分] 明るすぎる午前五時のお部屋の中で 動かない時計が微かに鳴いたような気がした わたしは声もたてずに泣いていて 壊れた人形のように抱かれてる 時も止まりそうなこの部屋で 身動き一つできないまま 君の鼓動を聞いている どうしようもないことだよと 君は言った わたしは信じていない振りをしたけど きっとそうなのだと知っていた 君の鼓動は確かにここにあるけれど 心の所在がわからないんだ だって大人になってしまったから 時間を止めてはいけないことも知っているんだ 君の首筋からは ひどく甘い香りがする 赤い花びらに悪意すら読み取って わたしは怯え 少し笑った できることなら その腕一本でも欲しいと思った けれど手に入れてしまったら わたしはその瞬間に 時を止めてしまうだろう そして人ではなくなって 君のことも忘れてしまうだろう ---------------------------- [自由詩]父へ/ロリータ℃。[2008年6月13日8時32分] あなたが嫌いだった 大きな体に 大きな声 私たちを日の届かない広い家へと閉じ込めた そこは泣き声と罵声だけが届く家 あの日あなたが たった一人愛した女が消えた日 あなたは私の手を握りしめ 雪の降る景色を 黙々と歩いた 私があの日 全てはただ消えてゆくのだと思った日 怖がる私を大きな手で支えながら ゆっくりとした速度のバイクに乗せてくれた あなたは 私と同じように育てられて どう愛したら良いのか きっとわからなかったのね ねえパパ 今度あの海へゆこうよ 私ね、好きな人がいるんだよ 今一緒に暮らしてる その人のこと紹介するよ バイクと車が好きな人だよ 大きな体に 大きな手を持った そんな人だよ ---------------------------- [自由詩]言葉は私をさみしくさせて/ロリータ℃。[2008年6月21日21時37分] 楽しい時間を名残り惜しんで さようならと家路を辿るその途中 柔らかくなったあたしの心 朝日を見た瞬間固まったんだ あたしの居場所は此処じゃないよって そんな言葉が胸の中でざわめいた あたしはとても自由だった かつて捨て猫だった野良猫のように。 しなやかな哀しみを纏いながら それでも自分を捨てないあたしは ささやかな誇りを持って生きてきた それに気づかれないよう あたしはいつも微笑んでいた そうしていろんな人に愛された それと同じだけ嫌われたりもしたけれど 愛してもらえるならどうでもよかった タクシーの中で見た朝日は それはそれはささやかに、鮮烈に そんなあたしの心を揺さぶった 本当は居場所なんかないんだよって 何かが胸でざわめいた かつて小さな迷子だったあたしは なけなしの勇気を振り絞って こうして此処までやってきたのか 今までずっと頑張ったのに それでもあたしは後悔してると叫ぶのか あの勇敢だった子供の頃から 本当はずっと知っていた 用意された居場所を捨てた人間は 水のように生きてゆかなければならない 何かを捨てるということは もう戻れないということだから 捨て猫が野良猫に変身したように 美しく気高く、孤独に生きてゆきたいなら そうでなければならないのだ 透明な夜明けは 私を少し弱らせる 哀しくなどなくても 胸のなかでざわめく言葉はいつも私をさみしくさせる 死に場所は 居心地よかったあそこが良かった 頬にひと筋流れた涙が きらり朝日にきらめいた ---------------------------- [自由詩]樹海/ロリータ℃。[2008年11月11日12時02分] 溺れたければ、どうぞ? 初めて笑った日のことを覚えてるよ 白い肌より白い包帯に血が滲んでた 君の無感動な眼差しに背筋は寒くなったけれど 君はたわいもないことを喋りはじめて 人のいい笑顔で笑うから 大したもんじゃないしなあって、だから笑えたのかな 二人で見る死体の森は それはそれは残酷に朱く夕陽色に染まってる そんなものを感じる隙間もないくらい 君の顔は赤い液体にまみれてて 私ね嫌いな厭な笑顔で笑っている なにを、 (笑っているのかな) 本気で殴ったら死んでしまうかもしれない大きい石で 何故殴ったのなんてそんなの知らない 血が見たかったわけでもない 死んでほしかったわけざゃない 只笑ってほしいのに でも本当は怒らせたかった その手でこの首締めて殺してよ、と叫んだら 死にたいの?と問いかけられた 首を振ったら訝しげな顔をするから 君に殺されなきゃ救われない、と呟いた 救われようとするなんて大概お前も勝手だね。 そう言って微笑む君に 全部私のものにしたかったんだよといびつに笑った 無感動な眼差しも 呼応しないその笑みも 過去のものなの 私の胸を荒らしてやまない記憶の残像 なんで私を愛したの? 聞いたら少し迷ってすぐに笑った 「その血に溺れてみたかった」 死体の森で二人で笑った あの時より増えた傷跡 愛しさを絡めることを望んでた やっぱり赤が滲んでた この包帯も体もあげるからかわりに私を殺してよ。 微笑んだら可愛いあなたが苦く笑った 大概俺も勝手だね。そう呟いて私の腕に口づけた ---------------------------- [自由詩]heaven/ロリータ℃。[2009年3月11日10時02分] あの頃顎下で切りそろえた黒髪は いつの間にか胸下まで伸びていた 美しい茶色の髪を、あたしは毎日ゆるやかに巻いている あの頃短かった不細工な爪は 桜貝色の花やきらめく石がのっている あなたの頬すら傷つけてしまいそうな 不自然な長さで 少女だった私はあの時 いつか羽化し飛べるものだと思ってた けれど私の半端なだけの美しさ 生きやすくなるだけのただの道具だと知ったんだ お花の柄の素敵なシャンパンを飲みながら あなたは私の髪を撫でただ笑う 剥き出しになった肩から覗く 夕べの名残を後悔するように 知っているんだ 美しさは武器になること だから私は今日も食事を抜くだろう 味覚を感じないだけなのに そんな言い訳で壊れたことをただ隠す 知っているんだ 半端なだけの美しさじゃ あなたを繋ぎ止められないこと 嘘ばかり紡ぐこの唇が 素直になれたらきっと違っていたかもしれないこと ---------------------------- [自由詩]時はただただなだらかに/ロリータ℃。[2009年3月22日5時26分] ヘミングウェイじゃないけれど 何を見ても何かを思う この街は体に毒だ 記憶の濁流に押し流されて 立ち尽くしたまま泣きそうになる 冷たい風が刺す中で 涙だけが生温かった 自分の痛みさえも武器にしてね あたしは少しずつ生きてゆくんだ いつか忘れるあたしなのに 忘れぬ恋だとさざめくんだ あなたの柔らかな体を抱いて ただひたすらにその頭を撫でていた頃 あたしは確かに幸福だった 生きる意味はあなたにあった 愛してるよと言った唇が あたしに密かな別れを告げた さよならだけは信じられても 囁く愛を嘘だといなした矛盾を憎んだ あなたは美しさに泥を隠した あたしは膿で光を汚した そんなあたしとあなただった この街にいたあの頃の二人は 手を繋いで憎みあった 確かに愛していたはずなのに ヘミングウェイじゃないけれど 何を見ても何かを思い出してしまう 今となっては毒でしかないこの街は 確かにあの頃 あたしたちの隠れ家だった ---------------------------- [自由詩]KOU/ロリータ℃。[2009年4月2日4時08分] 夢を見た あなたはひどく優しい笑顔で笑ってた 明け方の月のような美しさで 私は少し笑っていたように思う その柔らかい微笑みに 夢の中でも傷が疼いた ふと目覚めたとき 隣のあなたは私をゆるく抱いていた 愛しさで私の心はねじきれて 声も出せずに泣いてしまった 疼く左手首を見る 涙でぼやけたそれはひどく白くて あなたに撫でてほしかった あなただけが 私を引き止められるただ一人の人だった 私を生かすただ一人のあなたは ただただ微笑って私を抱いて 遠い世界で生きている ---------------------------- [自由詩]Heaven's hell/ロリータ℃。[2009年4月19日7時18分] 優しい君は 別れを告げて少し泣いた 困った笑顔で頷く私に 強いはずの君は泣いた 蘇るのは 初めて手を繋いだ夏の終わりの秋の始まり 気付かれないため息がふわりと舞ったあの夜に 君と私は二人ぽっちな気分で手を繋いでひたすら笑った あの時から見えていた終末は 予想以上に早くきた この上なく確かな重さで 今日彼女に永遠を誓ったその唇で 君は私に愛を告げた 真新しい銀の指輪がはまったその指を 生温い涙が汚した 大丈夫大丈夫と唱えていれば うまく私に戻れる気がした あの日二人で歩いた歩道を 今は間違えないよう下を向いて歩いてる うまく一人に戻れるように 大丈夫大丈夫と呟きながら ---------------------------- [自由詩]ゆげ/ロリータ℃。[2009年5月8日22時17分] ぱしゃり、と水音をたてて あなたは私を抱きしめる 二人きりのぬるま湯に浸っていると まるで双子のようだと思った 「交わることのなかった二人が 一瞬だけ出会えてしまった運命だったね」 あなたは私の肩や背中に舌を滑らせ 声も出せずに泣いていた もしかしたらこれは、母のきもちに似ているのかもしれません ぎゅうっと手を繋いであやすように大丈夫よと囁いた うまく一人に戻れるように 私はあなたに体を預けた 私の生きてる太ももや白い指はあなたの心を癒やすだろう どうか僅かな慰めになれますように (もうここには何もないけど、) 愛された思い出は けして忘れはしないものです きっと二人が交わることはないけれど 寂しい夜にはきっと私を思い出す そう思った瞬間に 救われるのは私のほうだと気づいて少し笑った あなたをこんなにも愛してた 空っぽのさみしい心で ---------------------------- [自由詩]気づけばこんなに遠くまで/ロリータ℃。[2009年6月5日5時46分] 雨の匂いは二人の瞳を湿らせる 閉じ込められたつもりのお遊びで あなたは私を呼び寄せた きっと些細な戯れで シーツの波が まるで逃げ惑ってるかのように見える午前五時 もう亡き人の面影は 私の中で意味も持たずに 私は私を見失う 窓から覗く枯れた枝が 淋しさだけを誘います 間違いがあるというのなら それは出会ってしまった二人です この虚しい淋しさは きっと二人の愛が消えた証 些細な戯れが終わってしまうと 思いはただ空っぽになる 私はその空洞を眺めながら やはり恋など信じられないと笑います 退屈な二人は 恋する振りを愉しんで そうしてそれに飽きたとき 互いを忘れていきました ---------------------------- [自由詩]祝福/ロリータ℃。[2009年6月20日4時25分] 愛ってなんだろ ぽつりと吐かれた言葉がフローリングの床に落ちて それは真っ黒な染みになった 白いワンピース 春色の爪 茶色のフローリング 漆黒の染み ピエロが泣いてるみたいな 何ておどけた悲しみだろうか 私の体の中で 知らない何かが息をする これが愛だと 常識がにこやかに笑って私をただ追い詰める 誰にも悟られてはならないと 私はにこやかに笑います 無垢な童女の、透明な微笑みで 私の中の何かを無視していくのです 愛ってなんだろ 黒いしみは私の足下から這い上がり 口に戻って喉を詰まらす だから私は笑います 言葉にしてはならないことを もう知らなければならないからです ---------------------------- [自由詩]夏の贖罪/ロリータ℃。[2009年8月8日1時22分] こんなにも世界は柔らかく 日差しが踊り髪を彩り わたしは日傘をさして笑います わたしは死にかけた花のよう 世界を眺めるだけのものなのです 摘まれるその日を待っていた 波はうたうよ 白く冷たい泡を吐き わたしはうたうよ 柔く冷たい愛を吐き あなたにとって愛は優しい?愛は苦しい? わたしの愛など痛くもないよ 人って優しい?人って苦しい? わたしのことは忘れていいよ 甘いおぼろげなだけの残像に成り下がるくらいなら わたしだけがここにいるよ こんなにも明るい世界は すべてを許し生かしていく大きな力よ 罰も貰えぬ命を抱いて わたしは償うために生きてゆこう ---------------------------- [自由詩]メビウスの輪/ロリータ℃。[2010年4月23日0時08分] *愛煙家* 必ずしも手に入れたいわけがなかった セブンスターを燻らせながら ただ欲しいと喚いてみたい時もあるだけ *双眼鏡* 薄いベールをくぐったそこに 涙のない場所があるというのか 所詮それは幻想だろう 触れられないから美しい そう思いたいときもあるだろ *ベルエポック アネモネの花言葉は知りません それがどんな香りなのかも ただベルエポックの、あの細かで繊細な空気の粒は、美しいなと思います 喉を焼き脳を揺らす あのひとに似ているような気がします *祝福* あの日多分神さまから愛された あたしの中に光があった あたしはごめんと少し泣いた あの祝福を孕んだ指先と この退廃を含んだ指先を 合わせてできたこの世を殺した *保険金 何もできないあたしにだって 何かしてあげたいひとがいるのよ あなたが少し泣いてくれたなら ほんとは抱きしめてあげることもできたのに *メビウスの輪 ―そんなことを言わないで なんて、わたしのセリフだったのにな きっと一生言わないけれど 会えなくてもあなたのことは忘れない ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]rain/ロリータ℃。[2010年5月23日21時12分] 雨の音がまるでオルゴールのようだと、ナナが言った。 僕はオルゴールなんて見たことがなく、それがどういうものなのかは知らない。そう言うとナナは目を丸くして驚いた。 「ゼロはオルゴールを知らないの?オルゴールはね、金属でできていて…うんとね、とっても綺麗な音で、音楽を聞かせてくれるの」 りぃんって、凄く綺麗な音よ。雨の音とは違うけど…似てるの。静けさが。この黙ってしまう感じが。 そうナナは言ったけれど、あんまり想像がつかない僕は曖昧に笑った。僕が見たことのある金属は、僕を殴るための鉄の棒、あのひとの腕についていた金色の時計。それだけだったから。 僕たちが今住んでいるこの廃屋には、錆びたやかんと、錆びた鍋がある。でもそれだけだった。それに埃くさい毛布。それだけで良かった。ナナがいれば。 柔らかい匂いのナナ。優しいナナ。凄く落ち着く。母がいたらこんな感じなのだろうか。かけがえのない、そういう存在なのだろうか。 失いたくない。ずっと僕を見ててほしい。 でもここには、食べ物がもうない。段々痩せていくナナ。細く綺麗だった黒髪がもつれて、起きてる時間が少しずつ短くなっていくナナ。 ナナには、帰る家がある。殴られたり蹴られたりしない、美味しい食べ物がたくさんある家がある。優しい母親がいる。けれど、嫌なことをする父親がいるという。 「お腹すいたね」 「うん。何か探してくるよ、何が食べたい?」 「いらない。側にいてくれればいい。一緒に雨の音を聞きましょう」 「…うん」 「わたしゼロに出会えて良かった」 「僕もナナに出会えて良かった」 「わたしは幸せ」 ナナが薄く笑う。消え入りそうな笑顔で。雪が溶ける寸前のような、そうだ、これは儚さだ。 僕は泣きそうだった。だから抱きしめた。本当は絶対に出会うことがなかった。出会えた感謝、守れない悔しさ。神様。 ナナが、いつのまにか寝た。僕は笑うように泣いた。 もう僕には何もできない。僕がいないときっとナナは泣くけれど、将来健やかで美しい、幸せな女性になるだろう。 僕にできることは、僕ができることは一つだけだ。 鳴りやまない雨の音。ナナの言ってたオルゴール。どんな音なんだろう。 言葉さえ奪う圧倒的な音楽。ナナの寝息と雨の音色のオーケストラだ。 僕はナナの手をギュッと握る。 いつか倒れたときに僕がいなくても、僕を思い出せるように。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]軌跡/ロリータ℃。[2010年6月2日23時01分] カチャカチャと、キーボードの上で踊る美しい指先を溢れんばかりの欲望で見つめていた20歳の冬。私は長い茶髪を巻きヴィトンのカバンを持ち、つけ睫毛を武器にしていた。 その型にはまった派手さは、作られたお人形のようで、その武装に私はいつも安堵していた。 華やかで、けして周りから浮かない姿。つまりはそういう世界にいた。 だから彼は、私の周りの中では異質だった。 読書好きで、物書きを目指していた。ぎらぎらした瞳に、柔らかな低い声。私はそれが大好きだった。 「誰が手を休めていいって言ったのよ」 「…すみません」 「何もできない役立たず。続けなさい」 「もう痛くて…」 「だからなんだっていうのよ」 思いきり脇腹を蹴りつけると、どかっと鈍い音がした。 全身素っ裸でマスターベーションをかれこれ2時間強要されてる彼は、すみません、と小さくか細い声をあげる。 興が削がれて、私は彼を見下し煙草をくわえる。すかさず彼が火をつけた。 私は何も言わずに煙を吐き出す。 ゆらゆらゆらゆら、のぼっていく煙を見つめて考える。 私はあの時彼を心から愛し、その全てを受け入れ尽くした。 長いスカルプをつけた指先は、料理の邪魔。そんな理由で不細工になった爪は、久しぶりに伸び伸びと呼吸した。 黒く染めた髪も彼の好みだった。 けれど彼は私を誉めこそすれ、認めてはくれなかった。 理由は簡単なのに、私は長い間気づかなかった。彼には愛する女がいることに。 全て気付いたのはその女が妊娠し、彼が執筆を止め私の前から姿を消したその日だった。 私が28歳になった秋、彼は戻ってきた。私はそのとき、彼のあとを継ぐように作家になっていた。 彼は無職のくせにギャンブル、女遊びを繰り返し離婚され、実家とも縁を切られたと泣きながら話した。 その惨めな姿に、激しい怒りを覚えたのはなぜだったのか今になってもわからない。納得のいく理由はいくつも思いつくけれど、どれも違うと感じてる。 私は思いきり彼を蹴飛ばした。怒りが増えると知ってても。 驚く彼の痩せた惨めな姿。 それでも、もう二度と手放したくなかった。 例えこれが愛じゃなくても。 「ちゃんと楽しませて!」 蹲り従う彼を見る。私は何を失い、何を求めてるんだろう。何故怒りを抱きつつ、彼を手放せないままここにいる。 大人になった私の内側で、20歳だった私が泣いている。苦しくて、声を抑えながら私は泣いた。 彼に作られた今の私が、声を殺して泣いていた。 ---------------------------- [自由詩]花水葬/ロリータ℃。[2010年6月7日23時38分] 物事を決めることが苦手なくせに わたしはいつでも答えを望んだ 夕闇に肌の色も溶け合うような あやふやな暑い夏 ゆらゆら揺らめいたのは 空気なのか こころなのか あなたは何も知らない振りで安く笑った わたしの全てを魅了して わたしは空虚を愛してた このうまく動けない箱の中で わたしは空虚を欲してた 空のままなら詰め込むことができると思った (この手足も髪も全て絡めて 全部持っていってはくれないのかな) あのままあなたと一緒に生きていたなら 今此処にいるあたしはいない このままあなたをなくしたならば 今此処にいるわたしはいない 物事を決めることが得意なくせに あなたはいつでも答えを濁した ---------------------------- [自由詩]初秋/ロリータ℃。[2010年7月4日3時22分] 青空が誘う言葉 あなたやあたしが紡いでも 恥じらうように消えるだけさ 彼が囁く言葉にそれでも 私は季節を信じない だからそこに誰がいても 泣こうなどとは思わない 知っているのだ 二人の行く末はそう 退廃に似ている 例え別れてしまっても ほら 誂えたような夕暮れはとうに 沈んでしまったよ 期待してても あなたがそこで手招きするなら 無垢な童女の振りで笑ってみようか 季節など厭わないと 柔らかな指で絞殺して頂戴な 太股に垂れた透明なエナメル それは彼の唾液とよく似ていて 掬って舐めたら今度こそ 私は絶えるのだろうか ほら言葉消えていく 間違うのなら今のうちだよ 甘えることに飢えた肌も 今のうちなら満たされるだろう ゆっくりと毒を飲み干し 最期の力でほら私を 細く長い指でどうか (早く逃がして) 青空凍る前に ---------------------------- [自由詩]花のない部屋/ロリータ℃。[2011年7月3日0時47分] きらりと日差しが 部屋に溶け込んだ瞬間にあなたは溶けていきました さらさらと崩れおちたあなたを 美しいと思うだけの私です あれから月日は過ぎたけれども 今も日差しの中で彷徨う若い私がいるのです あなたはそれを笑うでしょうか きっと泣いてしまうのでしょうね やさしくかわいいあなたなら ---------------------------- (ファイルの終わり)