もののあはれ 2007年1月12日23時00分から2008年4月19日18時12分まで ---------------------------- [自由詩]まわし者ではありません。/もののあはれ[2007年1月12日23時00分] ダイエットコークを飲む。 お茶だとなんだか味気ないから。 ダイエットコークを飲む。 炭酸と甘い味でシュワっとしたいから。 ダイエットコークを飲む。 普通のコーラはカロリーが気になるから。 ダイエットコークを飲む。 カロリーゼロってラベルに斜めに書いてあるから。 ダイエットコークを飲む。 マックを遠慮せずに食べたいから。 ダイエットコークを飲む。 KFCを爽快にむさぼりたいから。 ダイエットコークを飲む。 焼肉はカルビ中心に頬張りたいから。 ダイエットコークを飲む。 カツ丼は大盛りを譲れないから。 ダイエットコークを飲む。 メタボリックがシンドロームしちゃうから。 ダイエットコークをDC(デーシィー)と略す。 ダイエットって口にするの何かくやしいから。 ダイエットコークを飲む。 普通のコーラをガブ飲みしたいの我慢して。 ダイエットコークを飲む。 やっぱりコーラが好きだから。 ダイエットコークを飲む。 私は決してまわし者ではありません。 ダイエットコークを飲む。 そこにDC(デーシィー)が在る限り。 ダイエットコークを詠む。 私の器では全部こぼれ落ちてしまいそうで。 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]旅先にて駱駝の口を臭う。/もののあはれ[2007年1月13日18時31分] エジプトに行った。 二週間行った。 世界遺産ピラミッドの佇む地ギザでは。 乗ろうとした駱駝の口が超臭かったから。 気持ちが萎えて結局乗らなかった。 駱駝は怒ったのかツバを飛ばしてきて靴についた。 旅行中しばらく臭いが取れなかった。 インドに行った。 一ヶ月行った。 インド第三の都市デリーでは。 おばさんが野良牛(向こうで牛は神様。)を 木の棒でバッチンバッチン叩いていた。 売り物の青草みたいのを食べられたかららしい。 じっと見てたらおばさんに睨まれて怖くて家に帰りたくなった。 タイに行った。 一週間行った。 タイのリゾート地パタヤーでは。 ムエタイの達人の様な体躯のオカマちゃんに迫られ逃げた。 そしたら全力で追っかけて来て捕まった。 僕の落としたタオルを笑顔で渡してくれた。 心は許したがやっぱり身体は許さなかった。 イタリアに行った。 三週間行った。 ローマ法王が暮らすバチカンでは。 ワインの飲みすぎで立ちションしてたら警官に囲まれた。 ドベバーニョ(トイレはどこですか?)と連呼したら許してくれた。 もう用は足した後だったのだが。(ほんとにごめんなさい。) ケニアに行った。 一週間行った。 首都ナイロビのスーパーで買い物したらスキミングされた。 マサイマラで会ったマサイ族のジャンプ力は僕と五分だった。 BBQレストランで駱駝の肉を食べたら硬かったが味は良かった。 エジプトの駱駝のツバみたいに臭くはなかった。 旅先で一番印象的だった出来事を思い出してみた。 旅行中は結構チクショーと思う事もあるけれど。 珍道中ほど帰ってくると楽しかったなあと思い出す。 旅ってやっぱり素敵だなと思う。 でも駱駝の口はとても臭いです。 ---------------------------- [自由詩]焼餅と誕生日。/もののあはれ[2007年1月19日19時12分] 珍しく田舎から餅が届いたので。 食欲は無かったが食べないのも申し訳ないから。 焼餅にでもしようと箱から三つばかし取り出し。 オーブントースターに並べて焼いたみた。 すると餅の入ったダンボール箱に紙切れが入っていた。 それは僕の誕生日を祝う短い手紙だった。 僕さえ忘れていた今日のこの日を 親は忘れずに祝ってくれた。 餅を搗いている年老いた二人の姿を想像すると。 僕はなんともいえない気持ちになり。 焼き上がった熱い餅をグイグイと口の中に押し込んだ。 押し込めば押し込むほどになんだか胸が苦しくなった。 僕は喉を詰まらせたのかほとんど嗚咽なのか。 よく分らないへんてこな音を鼻から発し。 自分を誤魔化すように更に焼餅を口に押し込んだ。 それはあまりに熱くて苦しくて可笑しかったので。 ついでに僕は妙に眠くなる薬の入った瓶を 力いっぱいゴミ箱の中に叩き込み。 コップに入れてあった水道水でゴクゴクと。 焼餅と鼻水とそれから僕の心の闇を 一気にゴクリと腹の中に流し込んだ。 それらはあまりに気持ちよく流れていったので。 よくは覚えてなんかいない筈なのに。 なんだかこの世に生を受けた瞬間と。 なんとも同じみたいな気持ちになった。 紛れも無く今日は僕の誕生日だった。 ---------------------------- [自由詩]正解と不正解。/もののあはれ[2007年1月25日20時06分] 『ヨーイドンッ!』 した瞬間に全力でこける。 全力出した結果なので正解。 でも後ろの人に後頭部を踏まれたので不正解。 『グチョッ!』 新品の靴で吐き捨てられたガムを踏む。 他の誰かが踏まなくてすんだので正解。 でも実は犬のフンだったので不正解。 『ズルッ!』 凍えるアスファルトでカッコ悪く滑る。 向こうから来た女の子を笑わせたので正解。 でも足をめっちゃグネったので不正解。 『ゲボッ!』 安酒を呷り過ぎ粗相する。 翌日二日酔い無く企業戦士に変身で正解。 でもそんな自分に酔っている様では不正解。 『ガリッ!』 あめを辛抱溜まらず噛み砕く。 妙に気持ちいいので正解。 でも虫歯にあめが突き刺さり激痛に白目をむき不正解。 『ビリツ!』 何度も書き直してる青臭い告白メールを今日も削除する。 彼女には愛する人がいるので正解。 その事実を知りながらも潔く明日へ向かわない僕は不正解。 『ポチッ!』 カーナビのスイッチを押す。 最新のカーナビに女友達羨望で正解。 でも音量が最大だったのを忘れていて超ギックリで不正解。 『ガチャッ!』 勢いよく玄関を開ける。 素晴らしく晴れた空に心も晴れて正解。 でもNHKのおじさんが丁度集金に来ていて不正解。 『ドクンドクンッ!』 僕の魂は今日も一生懸命に脈動する。 身体は生きる事にひたむきなので正解。 そのありがたさを時折忘れる僕は不正解。 正解と不正解の狭間で揺らぎながらも生きてゆこう。 ほんとうに大切な事を見つけられたなら正解。 ほんとうに大切な事を見つけられなくっても。 それも正解でいいからさ。 ---------------------------- [自由詩]まあいずれにしろ。/もののあはれ[2007年2月3日14時34分] 鼻毛出てるよと言われた。 まあいずれにしろ出ていたので善しとした。 体調の悪そうな亀みたいと言われた。 まあいずれにしろ亀は好きなので善しとした。 あなたっていつも煙草吸ってるねと言われた。 まあいずれにしろ止めろとは一言も言わないので善しとした。 渡辺謙からカッコ良さを取ったみたいと言われた。 まあいずれにしろ系統は一緒の様なので善しとした。 右利きの人が無理から左で書いた字みたいと言われた。 まあいずれにしろ左利きなのを知っててくれたので善しとした。 あなたのカラオケってサビ以外完璧よねと言われた。 まあいずれにしろサビ以外は完璧みたいなので善しとした。 太陽が似合わないタイプねと言われた。 まあいずれにしろゆで蛸の様に日焼けするタイプなので善しとした。 シャワーをワーシャーって裏返す人なんて今時いないと言われた。 まあいずれにしろ彼女も笑いながら真似してたので善しとした。 オラウータンじゃなくてオランウータンよと言われた。 まあいずれにしろ幼少からの間違いを正せたので善しとした。 赤ちゃんは私に似るといいねと言われた。 まあいずれにしろ二人の赤ちゃんの話の様なので善しとした。 指輪の幅よりダイヤのほうが小さいねと言われた。 まあいずれにしろ左手の薬指がキラキラしてたので善しとした。 私がもし死んだらあなたも一緒に来てねと言われた。 まあいずれにしろそれも善しとした。 あなたがもし死んだらあなたの分も生きるからねと言われた。 まあいずれにしろそう願ってやまないので善しとした。 もう連絡しないでねと藪から棒に言われた。 まあいずれにしろ僕の中にまだ涙が残ってたので善しとした。 また一つ大人になったなと自称友と名乗る男に笑顔で言われた。 まあいずれにしろ。 命もったいないんで僕は生きるんじゃい! ---------------------------- [自由詩]どうも!そんな僕がここにいます。/もののあはれ[2007年2月14日23時29分] どうも! かくれんぼで鬼になったのはいいが。 百数えている間にみんなに家に帰られた事のある。 そんな日の夕焼けが目に沁みて仕方なかった僕がここにいます。 どうも! 当たりつきのアイスが三連続で当たったのはいいが。 駄菓子屋のババアに疑いの眼差しで舌打ちされた事のある。 そんな子供にさえ対等に厳しい町で揉まれた僕がここにいます。 どうも! 校庭にあった木馬の遊具にたかる白蟻を撃退していたのはいいが。 先生に木馬を壊していると見なされ破壊主義者と罵られた事のある。 そんな勝負に勝って試合に負けた僕がここにいます。 どうも! 授業中強烈に腹が痛くなり呻いたのはいいが。 ふざけた顔で授業を受けるんじゃないと立たされた事のある。 そんなオオカミ少年扱いの僕がここにいます。 どうも! シール欲しさにビックリマンチョコを大量に買い込んだのはいいが。 チョコを食べ残し捨てた所を近所のオヤジに見られ殴られた事のある。 そんな古き良き時代を生きた僕がここにいます。 どうも! 五時間目に身体測定を受けたのはいいが。 みんなトランクスなのに僕だけ純白のブリーフだった事がある。 そんなバリバリ昭和テイストな僕がここにいます。 どうも! 毎週テレビでフランダースの犬を見ていたのはいいが。 おじいさんが死んじゃうくだりが悲し過ぎて数ヶ月引きずった事のある。 そんなウブな心を持っていた僕がここにいます。 どうも! 公園でハトにニンジン(駄菓子)をやっていたのはいいが。 予想以上に群がってしまい怖くなって餌を放り出して逃げた事のある。 そんなハトが怖い平和主義者の僕がここにいます。 どうも! 友達のうちで夕飯をご馳走になったのはいいが。 カレーの中に牛肉が入っていて衝撃を受けた事のある。 そんなカレーの肉は豚コマ以外認めない家に育った僕がここにいます。 どうも! 友達の家でスーパーマリオをやらせてもらったのはいいが。 友達より先にクリアしてしまい友情にヒビが入った事のある。 そんな初代ファミコン世代な僕がここにいます。 どうも! 飼っている亀が冬眠したのはいいが。 春になる頃には亀を飼っていた事すら忘れ餓死させた事のある。 そんなドジでノロマな僕がここにいます。 どうも! 移動教室のキャンプファイヤーでフォークダンスを踊ったのはいいが。 好きだった女子に手が湿っていると注意されショックを受けた事のある。 そんな多感で多汗な僕がここにいます。 どうも! 節分の日に神社で撒かれた百円を這いつくばって掴んだのはいいが。 鬼の形相をしたババアに手を踏みつけられ百円を強奪された事のある。 そんな本当の大人の怖さを知っている僕がここにいます。 どうも! バレンタインで女子にチョコをもらったのはいいが。 中身をみたら違う男子の名前が書いてあった事のある。 そんなスベリ止めな僕がここにいます。 どうも! そんなこんなで夢見る頃は過ぎたか過ぎぬか知らぬまま。 今日もウンウン踏ん張りながら生きてる僕がここにいます。 ---------------------------- [自由詩]粋。/もののあはれ[2007年3月17日13時48分] 仕事の後に飲む酒はほんと天国だな そう言い放ったあなたの黄色いTシャツにデカデカと Go to HELL!と書いてあるのはなんとも粋なんだ。 最近腹減らないんだよなあ そう言い放ったあなたが昼休みの給湯室で 水道水をがぶ飲みしてるのはなんとも粋なんだ。 ジーンズは洗ったら駄目なんだよ そう言い放ったあなたの赤い靴下が 彼是3日同じままなのはなんとも粋なんだ。 日本社会はほんとに閉鎖的だな そう言い放ったあなたの社会の窓が パックリと開いてるのはなんとも粋なんだ。 焼きうどんは旨いよ そう言い放ったあなたが頼んだメニューが実は 焼きソバだったなんてなんとも粋なんだ。 携帯買い換えたよ そう言い放ったあなたの携帯が 店頭に0円で並んでいたのはなんとも粋なんだ。 あの性悪女とはとっとと別れてやったよ そう言い放ったあなたの両目蓋が ボッコリと腫れ上がってるのはなんとも粋なんだ。 今のはちょっとびびったな そう言い放ったあなたの掌が 江頭みたいになっているのはなんとも粋なんだ。 レミオロメンってなかなかいいよな そう言い放ったあなたが歌う曲はいつも 尾崎豊オンリーなのはなんとも粋なんだ。 最近弾いてねーから指が動かんよ そう言い放ったあなたの趣味が エアギターだなんてなんとも粋なんだ。 蕎麦は噛むんじゃなくて飲むんだよ そう言い放ったあなたの左の鼻の穴から 蕎麦が鋭く飛び出して来たのはなんとも粋なんだ。 寿司は江戸前がいいよな そう言い放ったあなたの注文が こっそりとサビ抜きなのはなんとも粋なんだ。 キャバクラにはもう夢は無いな そう言い放ったあなたのメル友が 私以外キャバ嬢だけなのはなんとも粋なんだ。 ここから飛び降りたくなったら俺が先に手本見せてやるよ そう言い放ったあなたの膝小僧が 笑えるほどガクガク震えているのはなんとも粋なんだ。 自由ってどうゆーんだろうなあ そう言い放って空を見上げるあなたの背中が 飛び方を忘れた鳥のようでなんとも粋なんだ。 泣くんじゃないよ そう言い放ったあなたの瞳が かすかに潤んでいるのはなんとも粋なんだ。 身体に気をつけろよ そう言い放ったあなたの横顔が いつでも煙草の煙に包まれてるのはなんとも粋なんだ。 桜の潔い散り様が粋で好きだよ そう言い放ったあなたの逝き様が 桜の様になんとも粋過ぎたから ハラリハラリととめどなく 涙舞い散る私なんだ。 ---------------------------- [自由詩]願え。/もののあはれ[2007年3月21日8時56分] 今日も世界の何処かで。 手を失う人がいる。 足を失う人がいる。 光を失う人。 音を失う人。 親を 子を 友を 愛すべき者を 何故なのかと考える刹那さえ無く。 恐るべき瞬きの中。 全てを失う人がいる。 ああ俺よ。 誰かの為に祈る事すら惜しむような俺よ。 携帯電話を失う事さえ恐れるような俺よ。 十秒だけでいい。 心から願え。 全ての人々の笑顔を 心から願え。 理屈なんてどうでもいい。 心から願え。 願え。 願いなど届かないのだとしても。 ---------------------------- [自由詩]焼きそばパン。/もののあはれ[2007年3月31日10時57分] コンビニの入口脇で。 ホームレス風情のおじさんが。 焼きそばパンを貪り食う姿を見た。 よく分からないけれど。 こんな光景を見るといつも。 僕は胸を締めつけられてしまい悲しくなる。 でもおじさんは強力に腹が減っていて。 ブルーシートの青い家に帰るまで我慢出来なかったから。 ここで食べているだけかもしれない。 だけれどどうしようもなく悲しい。 よく分からないけれど。 僕が一億円持っていたら一千万円あげたい。 でも僕は今一万円持っているけど千円をあげれない。 だから僕は一億円持っていても一千万円あげれないだろう。 そんな人間だ。 優しさなんて分からない。 愛しさなんて分からない。 正しさなんて分からない。 悲しさなんて分からない。 だけれどどうしようもなく悲しい。 よく分からないけど。 僕も焼きそばパンを買って家に帰ろう。 家に帰って焼きそばパンを貪り食おう。 この胸苦しさをどうか。 焼きそばパンを喉に詰まらせた苦しさで。 相殺しよう。 そうしよう。 よく分からないけど。 多摩川沿いのブルーシートの青い家々の脇にある桜が。 この世のものとは思えないほど美しく咲き乱れていたらいいのにと。 百年経って千年経って。 僕らの身体の養分があの桜の花びらに変わればいいのにと。 この焼きそばパンがおじさんの焼きそばパンよりも。 むちゃくちゃ不味かったらいいのにと。 ---------------------------- [自由詩]真純。/もののあはれ[2007年4月3日0時34分] 換気扇の音が気になって眠れないよ。 そういう君のいびきは換気扇の音よりはるかに大きかったけど。 僕は換気扇を止めてベランダで煙草を吸ったんだ。 角を取るなんてズルイ。 そういう君には一度もオセロで勝てなかったけど。 僕は君の色に染まれるならいいやと思いベランダで煙草を吸ったんだ。 枝豆大好き。 そういう君が止め処なく枝豆を食べ続けるから。 僕は真剣に枝豆になる方法を考えながらベランダで煙草を吸ったんだ。 あなたのって結構薄いね。 そういう君が味の違いが分かる様な人生を送ってきたのだとしても。 僕らの人生には何にも関係ないやとベランダで煙草を吸ったんだ。 怖い映画は嫌い。 そういう君がドラえもんの歌を歌い怖さを紛らわそうとしてるから。 僕はきっと来るきっと来るって歌いながらベランダで煙草を吸ったんだ。 来年も一緒にみれると良いね。 そういう君の瞳に映る花火がとてもキラキラ綺麗だったから。 僕は然程美しくない多摩川を眺めながらベランダで煙草を吸ったんだ。 名前が一文字違い違いなんて面白いね。 そういう君の名前が真純っていうのは。 僕の真という名よりもっと純なんだと思いベランダで煙草を吸ったんだ。 どうしたらいいのか分からない。 そういう君の涙が目に沁みたから。 僕はこみあげる怖さを打ち消す為にベランダで煙草を吸ったんだ。 近くに居てくれないとやっぱり駄目みたい。 そういって君が遠く離れることになった僕に別れを告げたから。 僕はこれから続くはずだった一生分の君への愛を 煙草の煙に織り交ぜてベランダから春空にふっと吐き出したんだ。 久しぶりだね。 そういって君が結婚したという手紙をくれたから。 僕は今よりきっと真っ直ぐ純な気持ちだったあの頃を想い出し。 止めてた煙草を久しぶりにベランダで吸ったんだ。 ---------------------------- [自由詩]膨らんでゆく。/もののあはれ[2007年4月9日19時09分] 嫁の腹が日に日に膨らんでゆく。 検診に行くたびに倍の生命力で大きくなってゆく。 嫁は四六時中続く気持ち悪さを懸命に我慢している。 風邪を引いてもなるべく薬を飲みたくないという。 嫌いなニンジンも頑張って食べている。 大嫌いな魚の小骨も頑張って噛みしめて食べる。 少しでもお金を貯めようと今日も靴売り場で働いている。 産まれ来るその時の激痛に僅かに怯えながら。 俺はと言えば。 相変わらず自分の事ばっかりで。 夢みたいな夢なんて追いかけて。 その夢もほとんど忘れちまって。 煙草の煙で誤魔化して。 焼酎煽って寝るだけで。 頑張れよなんて励まして。 欲望ばかりが膨らんじまって。 俺に任せろなんて膝震わせて。 風呂を洗ってやるのがせいぜいで。 ゴミの分別も分からなくて。 自分の事が分からないなんて語っちまって。 嫁の分のプリンまで食べるのはやめにする。 嫁が食べたくなった時いつでも食べれるように。 嫁より先に眠るのはやめにする。 嫁の不安をずっと撫でていてやれるように。 嫁の食欲が出て来たらカレーライスを作る。 嫁の好きなトマト入りで酸味を効かせて。 嫁の腹が日に日に膨らんでゆく。 その膨らむ身体を心底美しいと感じるんだろう。 だったら全てを抱えて笑いながら走れ。 泣いてても笑ってる事にして走れ。 嫁の腹で膨らんでゆく密やかな蕾が。 優しく強く咲き誇れるように。 ---------------------------- [自由詩]自動販売機と俺。/もののあはれ[2007年4月20日17時46分] 自動販売機でコーヒーを押すとおしるこが出てきた。 『まいど!』 自動販売機が馴れ馴れしく礼を告げた。 客に対する無礼と商品を取り違えるいい加減さに腹が立ち。 違うぞコノヤロウと自動販売機に苦情をいうと。 飲みたくないのなら飲まなくていいと言われた。 そういう事じゃなくて押したものを出せと凄むと。 お前は飲みたくても飲めない人をどう思うんだと言われた。 可哀想だと思うが俺だって喉が渇くんだと答えると。 だったらぐだぐだ言わずに一気に飲み干せと言われた。 俺は猫舌だから一気だけは勘弁してくれないかと相談すると。 致し方ないから一気だけは勘弁してやろうと言われた。 俺はほっとしてフーフー冷ましながらおしるこをすすり。 もう一度コーヒーを買うために小銭を取り出し自動販売機に入れた。 そしてボタンを押すと今度はおでん缶が出てきた。 『ありがとうございます御主人様!』 自動販売機がメイド喫茶風に礼を告げた。 なかなかいいもんだなあと思いつつも。 俺はアキバ系じゃないぞと自動販売機につかみかかると。 お前は食べたくても食べれない人をどう思うんだと言われた。 気の毒だと思うが俺だって腹が減るんだと答えると。 だったら黙って食べればいいだろうと言われた。 俺はつみれが苦手なので残してもかまわないかと懇願すると。 じゃあせめてチクワだけは残すんじゃないと言われた。 俺はほっとしてフーフー冷ましながらチクワをくわえ。 次こそはコーヒーを買うために小銭を取り出し自動販売機に入れた。 そしてボタンを押すと懐かしのハワイの空気が入った缶詰が出てきた。 『アロハーオエ!(我が愛をあなたに!)』 自動販売機が南国調で礼を告げた。 しかも御丁寧に和訳まで読み上げやがって。 まあ意味は知らなかったけどよ。 しかしお前の愛は空気かと自動販売機に躍りかかると。 お前はハワイアンじゃないのかと言われた。 俺は違うが友達にそういったあだ名の奴が確かにいると答えると。 それ見た事かお前はその友達の想いを裏切るつもりかと言われた。 俺はココナッツの匂いがどうにも得意じゃないので後日。 友達のハワイアンにあげるということで許してくれないかと切望すると。 友達だけは決して裏切るなよと戒められたが許してもらえた。 俺は喧嘩別れしてしばらく会っていないハワイアンの事を思い出し。 今度こそコーヒーを買うために小銭を取り出し自動販売機に入れた。 そしてボタンを押すと今度はミルクティーが出てきた。 『ありがとう。本当はね、いつでも思ってる。。。』 自動販売機が福山雅治口調で礼を告げた。 俺はいつしか怒りを忘れ今度はなんですかと尋ねた。 お前はどうして自分だけが全ての苦労を背負い込んでる様な。 追い詰められた様な顔で日々生きているんだと聞かれた。 俺はうまく答えられず押し黙っていると。 バカだなと笑って叱りながらミルクティーでも飲めと言われた。 俺はほっとして優しい温かさのミルクティーを飲みながら。 もはや喉は渇いていなかったがここまできたらと。 今度こそコーヒーを買うために小銭を取り出し自動販売機に入れた。 そしてボタンを押すと今度こそコーヒーが出てきた。 俺はついにコーヒーにたどり着いた喜びを忘れ。 たかが人間の俺なんかよりもあなたのほうが。 ずっとずっといかしてますねと自動販売機を称えた。 『アリガトウゴザイマシタ。』 自動販売機は照れくさそうに最後だけは機械的な口調で礼を告げた。 ---------------------------- [自由詩]私は負けない。/もののあはれ[2007年4月21日20時02分] 本屋で写真集を買って売り出し中のアイドルと握手した。 机の下で何度も掌をジーンズにこすりつけているのを目撃した。 私は負けない。 吉牛で奮発して卵をつけた。 おもいっきし卵の殻が入っていた。 私は負けない。 嫌味な上司に頭を下げた。 君は一級お辞儀士だなと言われた。 私は負けない。 おみくじを引いてみた。 やっぱり凶だった。 私は負けない。 喫煙席で煙草を吸った。 おばさんが聞こえよがしに咳を連打した。 私は負けない。 休日出勤した。 3時間かけた報告書類が強制終了した。 私は負けない。 ワンセグのテレビ携帯を買った。 私のうちは電波が入らなかった。 私は負けない。 念願のロレックスを購入した。 良く見ると文字盤にロラックスと書いてあり気を失いそうになった。 私は負けない。 ちょいワルが流行っているのでひげを生やしてみた。 似合わないといわれた。 私は負けない。 強がって少し古くなった牛乳を飲んだ。 強烈に腹が痛い。 私は負けない。 まあまあイエメンでしょ? イケメンと言いたかった。 私は負けない。 久しぶりの草野球なので準備運動した。 明らかにアキレス腱がブチって鳴った。 私は負けない。 冷蔵庫を開けた。 あの時買った納豆が大量に残っていた。 私は負けない。 女友達からのメールにWと良く書いてある。 正直いまだに意味が分からない。 私は負けない。 百円が落ちていた。 拾ったらパチスロのコインだった。 私は負けない。 ムックに似ているといわれた。 せめてガチャピンが良かった。 私は負けない。 チャーハンをおかずに白米を食べる事が間違っている事を知った。 我が家では普通だった。 私は負けない。 友達のうちのシロが。 私にだけは敵意をむき出しに吠える。 私は負けない。 デート中に安物の革靴の踵が取れた。 足が吊りそうで厳しかったが左の踵を常に浮かせてバレない様にした。 私は負けない。 公衆の面前で頭部を痛打した。 血が出ていないか確認したくて仕方ないが平気な振りをした。 私は負けない。 おじさんの臭いがすると女性社員が言った。 私のコートだった。 私は負けない。 優しさを失いかけたこの都会で。 笑顔を失いそうになる自分に。 私は負けない。 ---------------------------- [自由詩]ねえねえ。/もののあはれ[2007年5月14日19時49分] ねえねえ。 イヌよりもネコ系が好きだよね? うん。 あなたってイヌ系だね。 はは。 手強いなあ君は。 ねえねえ。 映画好きだよね? うん。 一人で観に行くのが一番好き。 はは。 手強いなあ君は。 ねえねえ。 血液型A型だよね? うん。 私占いとか大っ嫌いなんだ。 はは。 手強いなあ君は。 ねえねえ。 メールとかするの? うん。 これ以上メル友増やす気はないけどね。 はは。 手強いなあ君は。 ねえねえ。 ブランドとか嫌いだよね? うん。 超一流は別だけどね。 はは。 手強いなあ君は。 ねえねえ。 なんとなく冷たいイメージだね? うん。 普段は違うけどね。 はは。 手強いなあ君は。 ねえねえ。 ずいぶん飲んでるけど大丈夫? うん。 あなた顔色が青紫だよ。 はは。 手強いなあ君は。 ねえねえ。 僕たち付き合おうか? うん。 ナイフと包丁どっちで突き合う? はは。 手強いなあ君は。 ねえねえ。 君の事好きなんだ。 うん。 知ってるよ。 はは。 手強いなあ君は。 ねえねえ。 好きな人いるの? うん。 どんな時でも笑顔だった頃のあなた。 はは。 手強いなあ君は。 ねえねえ。 僕がもう一度心から笑えたのなら君は。 ---------------------------- [自由詩]僕はあるんだ。/もののあはれ[2007年5月15日19時58分] 床屋で散髪中マスターに 『あ!』って言われる事ってあるよね? 僕はあるんだ。 基本的にじゃんけんでパーを出す事を見抜かれ パーマンと名づけらる事ってあるよね? 僕はあるんだ。 意識的にグーを出すようにしたら ドラえもんと名づけられる事ってあるよね? 僕はあるんだ。 進級時に張り出されるクラス分け表に 名前を載せ忘れられる事ってあるよね? 僕はあるんだ。 情報漏洩に気を使いシュレッダーで書類を処分していたら 『君にそんな重要な仕事は任せていないよ。』と言われる事ってあるよね? 僕はあるんだ。 妹の子供に『なんで結婚しないの?』なんて 純粋な瞳で聞かれる事ってあるよね? 僕はあるんだ。 フィリピンパブで 『ワタシノシンセキソックリデスゥ。』と言われる事ってあるよね? 僕はあるんだ。 パンにごはんですよ!を塗った ごはんじゃないですよ!がおやつだった事ってあるよね? 僕はあるんだ。 百円ショップに入ったら 『業者の人は裏口から入って!』と冷たく言われる事ってあるよね? 僕はあるんだ。 百貨店で 万引きGメンに執拗に尾行される事ってあるよね? 僕はあるんだ。 リモコンの電池が無くなって コロコロ回してしのぐ事ってあるよね? 僕はあるんだ。 電気を消そうと紐を引っ張って 照明ごと落っこちてくる事ってあるよね? 僕はあるんだ。 帰宅中前をゆく女性に警戒され 何度も後ろを振り返られる事ってあるよね? 僕はあるんだ。 熱弁を振るう友の口から飛び出したツバキが 彼の熱情の如く顔面にヒットしてくる事ってあるよね? 僕はあるんだ。 五月の風さえ冷たく感じる僕の心よ まだ余裕かまして笑える余地はあるよね? あっても無くても敢えてこう答えよう。 僕はあるんだ。 ---------------------------- [自由詩]心から祈る。/もののあはれ[2007年5月16日21時48分] 手が届かないというから かわりに蛍光灯を換えてあげた 堅くて開かないというから かわりにフタを開けてあげた 重くて動かないというから かわりにソファーを運んであげた うまく出来ないというから かわりに愛想笑いしてあげた 悲しいのに涙が出ないというから かわりに大声で泣いてあげた 自分から振るなんて出来ないというから かわりに『さよなら。』って振ってあげた そんな二人に終わりが来るまで君は いっぱいありがとうっていってくれたけれど ほんとはね。 喜んでいる君の姿を僕がみていたかっただけなんだ 怒っている君の姿を僕がみたくなかっただけなんだ 哀しんでる君の姿を僕がみたくなかっただけなんだ 楽しそうな君の姿を僕がみていたかっただけなんだ だからほんとはね。 君の為には何一つしてやれなかったんだよ それなのにまだ君とのふしだらな記憶にばかり気を取られてる僕は いつまでも大馬鹿野郎のままだけど こうやってぼろぼろ零れ落ちるこの心だけは 手の届かなくなった君への正真正銘嘘の無い気持ちだから そしてもう二度とこの想いが君へ届くことは無いということだけが 唯一君にしてあげられる償いになってくれたらと心から祈る 心から祈る。 ---------------------------- [自由詩]あなたを想えば。/もののあはれ[2007年5月24日15時35分] あなたを想えば 私が私を溢れます だけれど誰かの為に泣けるほど 美しくなんて無いのだから これはきっと涙ではないのです ほんとはもうはっきりとは覚えていないのだから これはきっと涙ではないのです それはきっと知らない海に繋がれているのです だからきっと あなたを想えば 私が私を溢れるのです 切なさは切なさにかえりました 哀しみは哀しみにかえしました ただ あなたを想えば あなたが私の底まで押し寄せてきて 私をさらってしまうのでしょう ---------------------------- [自由詩]ドナドナ。/もののあはれ[2007年5月25日23時59分] 久しぶりに口笛を吹いてみたら口が笛になっていた 何度言葉を発してもフィーフィーとしか音が出なかった 周りの皆は大層大袈裟に哀しんでくれていたが 涙が出ている者は一人も居ないようだった 哀しんでも仕方ないのでドナドナの練習を毎日した たどたどしいながらも自分なりに心を込めて吹いた すると周りの皆の瞳からホロホロと涙が零れていた 言葉など無くとも伝えたい気持ちは伝わるようだった 言葉で何とかしようとしていた自分の限界を知った でも言葉で何とかしようとする自分が嫌いではなかった ---------------------------- [自由詩]パイナップル。/もののあはれ[2007年6月8日21時10分] 道路を歩いていたらガムを踏んづけました 嫌だなあと思って靴を上げたらビヨーンと良く伸びました そしたらプーンとパイナップルの香りが鼻にきたので 誰かがパイナップル味のガムを捨てたんだなあと思いました パイナップルは僕に踏まれる為に甘酸っぱく美味しく 生まれてきたんじゃないよなあと思いました 僕だって誰かに踏みつけられる為に 生まれてきたんじゃないんだよ みんなだってそうだよ きっとそうだよ パイナップルさん踏んづけてしまってごめんなさい 僕はなんだか悲しくなってきたので パイナップルの香りがする靴のまんま 走って家に帰りました 今日は金曜日だからお母さん カレーライス作ってくれてるといいな ---------------------------- [自由詩]ピエロ。/もののあはれ[2007年6月11日20時46分] 目が覚めたら朝が来ました 目が覚めても朝が来ました 昨日と同じ今日が怖いので 今日と違う明日が恐ろしいので 僕はバリアを張って僕を弾いてしまいます 僕らはオーラを発して僕らを放してしまいます 優しさでしか優しさを開けないのなら 悲しさでは悲しさしか開けないのかな でもそれがほんとうだったとしても 開け放った朝の向こう側は 悲しさも優しさへと開いてゆくんだよ 全てを優しさへと開いてゆくんだよ だから僕は今日もあっちにいったりこっちにいったり だから僕らは真剣に滑ったり転んだり転がったりしています それでも目が覚めた朝の向こうから 悲しさが悲しさを開いてくるのでしょうから 星と涙と僕と僕らが リクルリクルと陽気で滑稽に開き続けます 僕の全てが優しさに優しく開いてゆくように 僕らの全てに優しさが優しく開いてゆくように ---------------------------- [自由詩]そんな夏でした。/もののあはれ[2007年6月13日21時04分] はしゃいで飛び込んだプールの底に顔面を泣けるほど打ったけど 涙をプールの水に紛らせ笑った夏でした カルピスが痰みたいに絡んだけれど 白くて甘い夏でした 台風で傘が根元から折れたけど 心は折れない夏でした スイカは割れずに空振りしたけど 先生の頭に棒がヒットしてグーで殴られた夏でした くらげに刺されて突き抜けるほど痛くて腫れあがったけど 空は突き抜けるほど晴れあがってる夏でした 好きな子のうちの麦茶は砂糖が入ってて口に合わなかったけど 子供なりに気を使って美味しそうにゴクゴク飲み干した夏でした 友達と我慢比べをしたのはいいけれど 我慢しすぎて目の前でロケット花火が炸裂した夏でした 得意気に頬張るカキ氷をぼっとり落としてブルーだったけど 舌にはブルーハワイが得意気に染まっていた夏でした カブトムシはとれなかったけど カナブンにカブトムシと名前をつけた夏でした 遊園地のドンチャック(アニメキャラの着ぐるみ)が汗臭かったけど 口で息をして夢を死守した夏でした 扇風機に向かってワレワレハバルタンセイジンダってやったけど お母さんにほんとに来るよって言われて恐れた夏でした 雨で盆踊りは中止だったけど かわりにボンカレーを作ってもらった夏でした 蚊をやっつけようと蚊取り線香をバンバン焚いたけれど うちは狭くてやられたのは家族のほうだった夏でした 夏休みの宿題で花マルはちっともくれなかったけど 朝顔の花がきっと僕に命を教えてくれた夏でした 僕らの夏は変てこに暑くなってきたけれど あの日の夏はいつでも熱い夏でした そんな夏でした。 ---------------------------- [自由詩]僕らは僕らを生きるんだ。/もののあはれ[2007年6月23日21時30分] 朝埼京線の中で 学生の頃好きだった人を見かけたよ もう十年になるんだね なんだかやっぱり素敵だね 青臭かった僕の見る目でも 間違ってなかったね 化粧が薄くて色が白くて どこか悲しそうな瞳で でも強い意志を感じる唇で 頑張っているんだね 良かったね 良かったよ あの夏もやっぱり僕は 遠くから君を眺めるだけで 声なんて掛けられなかった この夏もやっぱり声を掛けられないんだね たった一駅で僕は降りるんだ 君はこの先どこへゆくのかな 僕らはすれ違い 僕らは振り返らない 僕らは立ち止まる事も無く 僕らは僕らを知らない 僕らのすべてについて またいつか会えるかもしれないね もう会えないのかもしれないね 君は君を生きるんだね 僕は僕を生きるんだね 開いたドアの向こう側で待っている まぶしい夏の光が舞っているんだ だから僕はいくよ 僕は僕を生きるんだ      * 『あの、すいません。』 「はい?」      * 振り向いた瞳の向こう側で待っていた まぶしい君の姿が舞っていたんだ さあ一緒にいこう 僕らは僕らを生きるんだ!      * 『この電車北赤羽は止まりますか?』 「い、いや快速だから止まらないですよ。」 『そうですか、どうもありがとうございました!』      * 記憶の片隅にすら残っていない僕を残して彼女は去った 僕らは僕らを生きるんだ! そんな魂の叫びを飲み込む僕を車内に残したままに 乗り過ごした車窓から差し込むまぶしい夏の光だけが いつまでも僕の瞳の中で美しく舞っていた ---------------------------- [自由詩]あし。/もののあはれ[2007年6月30日21時39分] 最近どうにも足が疲れて疲れて仕方が無いので病院に行くと 一応疲れていますねと診断された 一応と言う言葉にむっとしたが いやそれは最初から分かっているのですが 原因が分からんから調べて欲しいのですと尋ねると それは全くもって意味の無い事だと切り返された いやいやいやいやそれは可笑しいだろうと反論すると それではお大事にと診察を完了された 三時間待って三分の診察だったので 尚更気に食わなかったがどうにも気が弱いので 諦めて診察室を出た 次の順番の方どうぞと中から声がして 体格のいい男性がすれ違いに入っていった 私は重たい足を引きずりのっそりと待合室に向かうと中から 最近どうにも疲れて疲れて仕方ないのですがと聞こえた ふふふ私と一緒だな 訳のわからない理由で追い返されるぞと思い立ち止まって 中の会話に聞き耳を立てた いやあそうですか 最近暑いですからね 何かほかに気になる点はありませんか 膝にむくみ等はありませんか? 私とは随分と扱いが違い丁寧に診察する声が聞こえた それでは念の為点滴をしておきましょうと医者の声がした 気弱な私でも余りの対応の違いにさすがに頭にきて 診察室に引き返しドアを開けた するとびっくりして目を丸くした医者と ベッドに横たわる男性が私のほうに顔を向けた どうかしましたか? 医者がそう私に尋ねた 私は声が出なかった ベッドに横たわる男性の膝から下が両足とも無かった ベッドの下には義足がチョコンと二つ並べて置いてあった いや忘れ物をしたと思いましたが勘違いでした すいません 私は苦しい言い訳をして診察室を後にした 何とも言えない情けない気持ちで病院を逃げるように出ると 空が青かった 私は走った ひたすら走った 疲れなどは消えていた いやそもそも疲れてなどいなかった 地に足のついていない頼りない己の足であったとしても いける所まではせめて 私はいかなければならないのだと心に誓いながら走り続けた ---------------------------- [自由詩]僕がいた。/もののあはれ[2007年7月11日0時59分] 仕事を終え パソコンを終了すると そこには何も無かった テラテラと光る黒い画面の中に 僕の顔がただ映ってた 三十歳を過ぎた僕がいた 白黒割り切れない僕がいた 自分の行き先を決めきれない僕がいた 大丈夫な顔をつくってる僕がいた 泣きたいけどうまく泣けない僕がいた 優しくも無い僕がいた 困った顔の僕がいた 人のせいに何度もしてきた僕がいた 言い訳のうまくなった僕がいた ヘラヘラ笑う僕がいた あなたを守ると誓う僕がいた その誓いに怯える僕がいた 怯える僕を笑い飛ばそうとする僕がいた テラテラ光る僕の顔を睨みつける僕がいた まだここで踏ん張ろうと決めてるらしい僕がいた 僕をあきらめていない僕が まだここにいるじゃないか! ---------------------------- [自由詩]ふしあな。/もののあはれ[2007年7月22日23時56分] 思うところがあり木の節をじいーっと眺めていたら 目が節穴になってしまった オロオロと手と足を同時に動かして慌てていると 青リンゴの香りのする見知らぬ誰かさんが あっちのほうにその辺の事情に詳しい人がいますよと ガム的なものをクチャクチャやりながら教えてくれたので そっちのほうへ兎に角歩き出す事にした おそらく三日三晩ひたすら歩き続けたのだろうか ふと足に妙な張りがあるなあと擦ってみると 完全に足が棒になっていた 気づいたとたんにもんどり打って地面に倒れると 日差しに強烈に弾かれて喉がカラカラな事に気がついた だが目は悲しいかな節穴になってしまったようだし 足はどう誤魔化そうにも確実に棒になっていたので にっちもさっちも動けなくなってしまった でもあまりにも水が欲しくていじましく喉を大きく開いていたら ついには喉から手が出てきてしまった ビジュアル的にかなり気味の悪い出で立ちになってしまったが 道行く人々は僕をパフォーマーか何かと勘違いしているようで コインをくれる人はいても別段声をかけられる事は無かった 自分で思っているほど廻りは自分の事を気にしていない事を知り 寂しさよりむしろ随分と気分は楽になっていた 僕は異形な姿でなんとか起き上がり 自分の前に遥か続いていくであろう長い道程を 自分の枠に見合う歩調で自分なりに進んでみる事にした やっとありのままの自分になれたのだろうか 久しぶりに思い出したのだが 小さな頃から吹いているこの風は いつでも優しさについて歌いながら 僕の背中を未来へそっと押し出してくれているのだった ---------------------------- [自由詩]うた。/もののあはれ[2007年8月3日1時17分] あの人のうたはいつも悲しみに満ちていて 僕のちっぽけな悲しみを一緒に包み込んでくれるんだ あの人のうたはきっと全てが苦しみだけど 僕のちっぽけな苦しみをどこまでも引き連れてくれるんだ あの人のうたは紛れも無い憎しみだから 僕のちっぽけな憎しみを大丈夫だよっていつまでも許してくれるんだ あの人のうたは必ず絶望であったとしても 僕のちっぽけな絶望に光を灯してくれるんだ あの人のうたは果てしのない愛だから 僕のちっぽけな愛をそうだねって抱きしめてくれるんだ あの人のうたは魂賭けて夢だから 僕のちっぽけな夢に魂のせてくれるんだ あの人のうたは一片の曇り無く希望だから 僕のちっぽけな希望に惜しみない希望を与えてくれるんだ あの人のうたは全身全霊の勇気だから 僕のちっぽけな勇気に間違ってないよって勇気を注いでくれるんだ あの人のうたはあるがままの優しさだから 僕のちっぽけな優しさへ優しくうたってくれるんだ 僕のうたは僕だけど それ自体が僕だけど みっともなくても かっこ悪くても いつでもあなたへうたってあげれたらいい うたえなくなるその日まで あなたへうたってあげれるといい ---------------------------- [自由詩]雲。/もののあはれ[2007年8月9日19時25分] 朝が来たので洗面台で顔を洗っていたら 排水溝の中から声がしたので どうしたのですかと尋ねると 流されるままに生きていたら ここにたどり着いていましたと返事があった 申し訳ないですが僕は時間が無いので 助ける事が出来ませんと告げると はい分かっています 私もあなたの場所にいた頃は そういった余裕は一切ありませんでしたので あなたの気持ちを痛くお察ししますと返事があった 僕は手を滑らせた振りをして 聞こえてくる声を排水溝の奥へ流してしまうと とにかく大変そうな顔をして先を急いだ アパートのドアを開き駆け足で通りへ出ると 電柱の脇のゴミ置き場から声がしたので どうしたのですかと尋ねると いらないものを全て捨てていたら 最後にいらなくなったものは自分でしたと返事があった 出来ればあなたと一緒に失くしたものを探したいのですが 今日はどうしても時間が無いので 明日にして下さいと告げると はい分かっています 私もあなたと同じ時を過ごした事があるので あなたの気持ちは当然であると認識していますと返事があった 僕は捨ててきた心の置き場所を思い出せない振りをして 聞こえてくる声をゴミ置き場の奥へ押し込むと 致し方無さそうな顔をして先を急いだ 駅へ向かう道の途中 地面から声がしたので どうしたのですかと尋ねると 土の中で7年間必死に生きてきたのですが いざ外へ出ようとしたら上からアスファルトを張られてしまったようで どうやら日の目を見る事が出来なくなりましたと返事があった 僕に力があるのならこんなアスファルト剥がしてあげたいのですが 両手には僕を守るだけの力しかないので どうしてあげることも出来ませんと告げると はい分かっています あなたも私も同じ境遇ですからどうぞ先を急いで下さいと返事があった 僕は夏空に響く蝉の声にみっともない臆病さを潜ませながら 試練でも背負い込んだ顔をして先を急いだ 僕は今日も僕にとって大切なものから簡単に目を逸らしてしまうくせに それでも大切なものを探すことで精一杯の顔をして先を急いでいる 大切なものはいつもきっと過去でも未来でもなくここにあるというのに でもそれでもいいんだと思うことにする 立ち止まって空を見上げてみれば 雲はどこまでも自由にゆるやかに 果てしなく流れゆくことをまだ忘れてはいないから ---------------------------- [自由詩]心拍数。/もののあはれ[2007年8月28日18時21分] やめたいと言うと やめちゃいなと君は言う そんなに簡単じゃ無いよって言うと いつも簡単だよと返される いつか君は僕をやめるのか いつも簡単みたいだから とても恐ろしい 一先ず君の胸に耳をよせて 心拍数を把握しておく事にする 一緒だねと言うと 一緒じゃないよと君は言う どうしたら一緒なのって聞くと すごく難しいよと返される いつから僕らは別々なのか すごく難しいみたいだから とても哀しい 一先ず君の背中に指をあてて 足りないものを探り当ててみる もういくよと言うと 気をつけてねと君は言う 君はいかないのって尋ねると どこまでも深いからと返される いつからか溝の底はみえなくなった どこまでも深いみたいだから とても埋まらない 一先ず君の額に口づけをして 残された時の隙間を埋めてみる 嘘だよねと言うと ほんとだよと君は言う 空は嘘みたいな青だよって言うと ぜんぶ零れちゃったよと返される いつのまに手を離してしまったのだろう ぜんぶ零れたみたいだから とても還れない 一先ず君が好きな突拍子も無い嘘をついて 僕の好きな君の笑顔に最後の別れを告げた ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]ライダーと戦闘員。/もののあはれ[2008年3月23日0時33分] 友人のYは、ショッカーに所属している。 無論、悪の秘密組織に在籍している訳であり 人様に堂々と胸を張れる仕事では無い。 例えそれが女房、子供を必死に養う彼なりの生き様だとしてもだ。 だがマスクを脱いだ彼は、僕にとって胸を張るのに十分足る奴だ。 それは無数の敗北を背負い続けてゆかねばならぬものであればこそ 初めて纏う事が出来る、 そんな種類の優しさを彼が持っているからなのだと思う。 つい先日も僕では無く彼が、 酔っ払いに絡まれた女性を何躊躇う事無く、助けに入った。 それは、常勝無敗が宿命である僕よりもずっと速く、そして潔かった。 そして彼は、万年ヤラレ役のショッカー戦闘員である。 長年培った所作が体の芯にまでしっかりと染み込んでいるのだ。 彼は酔っ払いの振り回した拳に対峙するや否や身を交わすよりもむしろ、 素早く自分のあごをカウンターでおじさんの拳に合わせるという 非常に特殊な技術を用いて鋭くヒットさせ 小気味良い程にもんどりをうって倒れ込んでみせたのだ。 しかも倒れ際に周りの人々がギクっとする程の大きな声で 『イィーッ!』 と、ショッカー戦闘員特有の奇声を発したのだった。 それを聞いた酔っ払いのおじさんは、日々のこびりついた疲れを忘れ 助けてもらった女性は、この世界がまだ終わっていない事を胸に刻み お互いその場を立ち去っていったのだった。 僕はユラユラと立ち上がる彼の肩を叩き、大丈夫かよと尋ねると。 よう。おれはショッカー戦闘員だぜ。 あんな酔っ払いのヘナチョコパンチ痛くも痒くもないさと強がって答えた。 僕は彼の前歯が完全にへんてこな角度に曲がってるのに気付いたが あえて気付かない振りをして、じゃあ飲みにいこうぜと軽く肩を叩いた。 ああ。そうだな。 しかしお前よ、そんなに心配してくれるなら普段のキックとパンチを もう少し加減してくれねえかなあと肩をすくめて笑った。 ああ、そうだな。次からは気をつけるよ。 と、僕は腰の変身ベルトに親指をかけながらニヤリと返した。 本来、このベルトはYのような奴の腰にこそ、 巻かれるに相応しいものなのだろうと思う。 もしもこの世界に正義も悪も存在しなくなるのならば 僕は、これ見よがしにでかいこのベルトを外し 彼は、悲しいほどに汗臭いマスクを脱ぎ去って 生まれたてのような嘘の無い笑顔を取り戻し そして心の底から笑い合う事が出来るのだろう。 そんな世界がいつか訪れるよう、 僕は、彼とでは無く。 彼は、僕とでは無く。 どこまでも自分自身と戦い続けてゆくのだった。 ---------------------------- [自由詩]ブーツの中のにおいを嗅いだ。/もののあはれ[2008年4月19日18時12分] 寝ている隙にブーツの中のにおいを嗅いだ 気が遠くなるという言葉の意味を知った 君を好きな気持ちに変わりは無い 寝ている隙に鼻毛を抜いてみた 殺すぞゴラァと胸ぐらをつかまれた 君を好きな気持ちに変わりは無い 寝ている隙に携帯の電話帳をみた 僕の番号が仕事関係というグループに属していた 君を好きな気持ちに変わりは無い 寝ている隙に布団を掛けなおしてあげた 疲れてるからやめてといわれた 君を好きな気持ちに変わりは無い 寝ている隙に煙草を買いに行った 帰ってきたらドアにチェーンがかかっていた 君を好きな気持ちに変わりは無い 寝ている隙に花に水をあげておいた この花強いから水あげなくても枯れないんだよと自慢げだった 君を好きな気持ちに変わりは無い 寝ている隙に部屋の掃除をした 誕生日にあげたプレゼントが未開封で放置してあった 君を好きな気持ちに変わりは無い 寝ている隙にインターネットの履歴をみた 『パートナーをストーカーにしない別れ方』が検索されていた 君を好きな気持ちに変わりは無い 寝ている隙に薬指から指輪を外しておいた 無くなっている事をまったく気にしていない 君を好きな気持ちに変わりは無い 寝ている隙に出ていくことにした この小さな背中を僕ではない誰かが守ってくれる事を願った 君を好きな気持ちに変わりは無い ---------------------------- (ファイルの終わり)