木立 悟 2020年6月17日9時18分から2021年11月4日21時57分まで ---------------------------- [自由詩]ノート(57Y.6・3)/木立 悟[2020年6月17日9時18分] 廊下に机を並べてもよいか と 紳士が言う あわてて廊下に出てみると 既にたくさんの人が着席している 窓の外の雪景色は 常に上下に動いている 階段の照明は  意図的に消されている 暗がりのなか 人々が次々と上ってくる ここは占有できないと 紳士に告げようとするが見つからない 照明はますます暗く 窓の外の雪景色はますます明るい ---------------------------- [自由詩]ノート(57Y,6・5)/木立 悟[2020年6月17日9時19分] 窓際に横たわる巨大な魚 陽の光よりも白い肌 そばを通るたびに目が合い 目が合うたびに消え現れる ---------------------------- [自由詩]棄園約定/木立 悟[2020年6月17日9時21分] 空に生えた逆さの地から 何かが幽かに降りつづく 鉄の網目を埋める鳥 花の名を鳴く 花の名を鳴く 暗がりの奥を転がる音 崖から指まで 静けさに紛れ 時おり色になりながら より暗い方へ より何も無い方へとわだかまる 眉毛の無い水たまりには すぐに命が溢れるというのに 欠伸の泪は捨てられるばかり 紙の翼に消え去るばかり 街路樹の葉が砕けるとき 夜に開かれた窓が閉じるとき ひとつの楽器の奥の奥に 渦まく森を呑み込むとき みどり みどり 冷たさをふちどる 十二本の指 空を削ぐ球 気付かぬうちに肘を刺され 気付かぬうちに原を越える 振り向くとむらさきの足跡が 夕暮れの光にかがやいている 水と水がこすれ合う音 暗がりの柔毛 腕の卵 さわる さわる さわさわさわる ひとつの園の終わりに立ち 土の上の羽を聴いた 糸の発芽 たなびく一面の 花の名を 花の名を聴いた ---------------------------- [自由詩]ノート(57Y,6・21)/木立 悟[2020年7月3日21時08分] 白い肌の巨大な魚は まだ窓際に横たわっていた 今になって気付いたことは 目だと思っていたところが模様で 模様だと思っていたところが目だということと 魚は最初から こちらを見ていなかったということだ 身体じゅうにある無数の目は ひとつとしてこちらを見ていなかったのだ 消えては現われ 消えては現われながら 魚は今日も 目をそらしつづけている ---------------------------- [自由詩]空と虹彩/木立 悟[2020年7月3日21時09分] 水に押された風が 屋根の上を梳き かがやきを降らせ 音を降らせる 光の羽の子と光の蜘蛛の子が どうしたらいいかわからずに ずっと見つめあったままでいる 風の螺旋が 遠く微笑んでいる 原人の背の羽の跡 飛ぶことの無かった羽の跡 冬の遊具の上から飛び立ち 戻って来ない曇の跡 見えない雨がはらはらと 冷たい痛みに降りそそぎ 夜から剥がれた夜たちが 夜から追われた夜の行方に降りつづく そばに居るもの無く水を聴いている 過ぎるだけの曇のにおい 鍵と鍵がぶつかりあい 午後の空へ音を散らす こがねの時間は削られて やがて水彩の暗がりが来る 風は常に 地を踏まず 空のすべてを地に示す ---------------------------- [自由詩]しずく指す先/木立 悟[2020年7月24日19時32分] 見えないものが膝の上に居て 明けてゆく空をみつめている むらさきの径 つじつまあわせ 陽を呼ぶ声 目をふせる声 指のすぐ上を廻りつづける輪 まばたきすると赤くにじむ輪 遠くを巡る星の輪もまた 指の動きのかたちを描く 話しかけてくる水に 応えてはいけないと思っていた 径をあける草にも 服に触れる闇にも 雨に追われ 追い抜かれる日々 何かから隔てられた 静かな朝 機械の力で世界を観て 小さなひとつを視ることがない 息苦しい涼しさのなか 手のひらの重さを思い出す 川に紛れる 水に似たもの 流れの傍らをふと振り返り 微笑みながら遠くへゆく 影の多い径の午後 降り来る何かに気付かぬまま ただ手の甲を濡らし歩いている 網が網を覆う空 風と支流 静かな暮れ 重なる光の高さから 唱を引いた広さまで 罠を巡らす白い蜘蛛 見えないものの震えを聴く けだものが研ぎ忘れた爪のはざまに いつのまにか海はひろがり 光の板の還る場所 樹の上の家を指し示す ---------------------------- [自由詩]ノート(考え)/木立 悟[2020年8月14日19時28分] 考えても仕方の無いことを 考えても仕方が無いのだが 考えてしまう 考えて書けってなんだ 書くことは常に 考えの外に在るのだ ---------------------------- [自由詩]ノート(またたき)/木立 悟[2020年8月14日19時29分] またたき またたき またたきの音がする しびれているのは 右か左か どちらの目なのか 両方なのか 左足を咬まれて 愉快でたまらない 左足の内に 咬んだものが潜んでいて ずっと 夜明けを見つめていた またたきまたたき見つめていた ---------------------------- [自由詩]抄えずに 抄えずに/木立 悟[2020年8月14日19時30分] 夜の泡の音 虫も草も聴こえぬ径 遠く流れる星の瀧 夜の泡の音 欠けた鏡 隠れた鏡 持つ手が映る 夜も映る 発つ光 着く光 手のなかの氷 雨を呼ぶ痛み けして重ならぬ手のひらを 重ねようとする手のひらがあり 触れようとする度に透り抜けながら それでもそれでもかたちを重ねる 雨の影が残り 次の雨を指す 呼ぶ声はふたつ 午後はまだ遠い 紙の森が足首に触れ 歩みの途中のしるしを残し 曇の筆は水 平衡に歌う 花と草は揺れ 一日を語り どこまでも一人の切符 誰に見せることもなく 合わせても 重ねても 抄えるものは限られている 見えない雨ひらく 見えない手のひら ---------------------------- [自由詩]夜と歩いて/木立 悟[2020年9月5日8時46分] 線を踏んで 花の内 爪先立ちの 花の内 花を 花を 他から多へ 掴もうとする手の反対側へ しずくは落ちて 落ちてゆく 膝を折り 倒れる鏡 映るものは空と地ばかり 斑の陽がそそぎ 紙から分かれたたましいを濡らし 雨まじり 雨まじり 底だけがただ白い空 正と負のはざま 塵と水ふりやまず 喉の渇き 花かばう花 窓へ窓へと寄せる暮れ 平穏の後に来るものを恐れ 平穏をまるで享受できない 雨の花は揺れ 湿った光を描き さすらい人 野に咲く頃 浮き沈みする羽のかたまり 命と命なきものの切れ端が 光に流れ 水に流れる 紙 欠片 波 虹彩 夢に積もり 夢を分ける 鏡の檻 鏡の門番 硝子の原に落ちる星 水が 夜が 水に映る夜が ひとつの巨きな花を 巡りつづける ---------------------------- [自由詩]ノート(瓶)/木立 悟[2020年9月16日8時29分] 瓶はこちらを向かなくていいのだ 羽をたたみ 地に降り立ち 夜のむこうの夜を見ていればいいのだ ---------------------------- [自由詩]ノート(骨)/木立 悟[2020年9月16日8時30分] もうひといきだ ひともどきまで もうひといきだ しかし骨が光になってゆくのは 水たまりが渇くより早いものだ ---------------------------- [自由詩]空と行方/木立 悟[2020年9月16日8時31分] 月のまぶしい 天気雨の夜 雨と星を 月と海を混ぜる指 岩と水と樹 斜めの夏 痛みと窪み 路地を飛ぶ影 螺子 廻る方へ 廻る光 下へ 土へ 水の上の鳥へ 誰も居ない径 沈む三日月 曇と雨水 午後を忘れる午後の口笛 斜面へ 斜面へ 悪いことは重なる 灯りしかない街 すぎる影のけだもの 破裂したいのか覆いたいのか 夜でいながら水でいたいのか 白と灰の貯水池は 縦縞を映してゆらめいている ---------------------------- [自由詩]ノート(頂)/木立 悟[2020年9月28日9時54分] 頭の頂に毒を揉み込む度に 地を踏み抜き 空を裂く器の音が 途切れることなくつづく ---------------------------- [自由詩]ノート(軸と光)/木立 悟[2020年9月28日9時55分] もっと大きくてもいいのか 火山に生えた翼がつぶやく 流れ下るもののすべてが 草と星雲の踊りを照らす ---------------------------- [自由詩]持たざるもののための水/木立 悟[2020年9月28日9時58分] 何も無い荒野から 無いものの無い荒野へと 言葉を言葉に放つ指 言葉を言葉に散らす指 腕の先 拳の先 曲線 放物線 吸い込まれてゆく 泪とともに生まれる花 蜘蛛を助け 蝙蝠を捨てる 暗い双頭の蚊がそれを見つめる 未明 夜明け 階段を流れる鱗の陽 花の雨を見つめるけだもの 水たまりの底の花を踏めずに 水たまりの街を越えるけだもの 花の雨 足跡 花の雨 双つの夕方が重なり 氷を巡り 去ってゆく 鉄の板が撓む音 空の双つの虹彩を揺らす 夜は迫り上がる 夜の内に 夜の後ろに 檻と渦の影が作る 夜に置かれた夜の迷路 とらえようとひらいても 手のひらを穿つ花 言葉 雨 自らの血を踏み つづく足跡 雨の上をゆく四ツ足の雨 羽の陰に 尾の陰に 匿うものは決めていたのに けだものは傷を 血を晒し 蕾の原をすぎてゆく ---------------------------- [自由詩]はじまり はじまる/木立 悟[2020年10月8日20時31分] 痛みを持たない笑顔から 毒も疫病もない広場へと 脈打つ雫が落ちて来て 紙の上には無い言葉を晒す 今は誰からも忘れ去られた 早死にの国から群れは来て 陽に焼けた影の落ちるさま 夜の水紋の音を聴く 煮えたぎるものほど冷めやすい 異なるものほど共に居られない そこにはひとつの弦楽器しかない 私はあなたを弾くことができない ちぎれた曇が水の上をゆく 終わったものらの残り香の夜 街は街に円を描き 白は薄い緑に遠のく 鳥は鳥に訊かなくていい 花瓶にあいた穴に笑む花 誰も何処にも連れ出せないまま 冬は冬として居つづけるのだと 氷を開く手は凍え 光は光に供えられ 水と霧と雪を歩む径 区別を知らない重なりの径 ぼんやりとまた音は枯れた 影とこだまがひとりを彩り 暮れの海から遠去けながら 映らない虹の群れをくぐる 蝶が蝶に触れるとき 宇宙は蒼に立ち並び かたちは光にこぼれ落ち 波と鼓動を打ち寄せつづける ---------------------------- [自由詩]鉱に繁る水/木立 悟[2020年11月3日20時04分] 星の底の星 海を焼く夜 はるか下の白い崖には 風が暗く渦まいている 虹に近づいてゆく気持ち 虹から降りそそぐもののなかを 歩いてゆく気持ち 虹に染まる気持ち 手のひらの内の塊を晒し 左目の涙を隠すとき 晴れは巡り 雨を探す 雨は巡り 虹を探す 高い 高い 高い建物にひとり住んでいる ここから虹を見たことがない ここは常に 虹より高い 宝石は無い 宝石は有る 宝石はまわる くるくるまわる 指先を照らす虹とともに くるくるくるくる くるくるまわる 雨が散るなか 人は散る どこまでもどこまでも目をふせ うたう 静かな曇が静かに晴れ 静かな虹が水を渡る 暮れの下の土くれから 四ツ足の生きものが生まれ出て 晴れの下の水に消える 星のかたちの底の底へ 光の鳥が水辺に並び 地平から昇る虹を見ている 鳥は 鉱の上の夢をうたう ---------------------------- [自由詩]夜 迷 灯/木立 悟[2020年11月29日20時35分] 暮れの空に 巨きな曇が ひとつ浮かんで動かない 街を隔てる径のむこうに 家より高い鉄の樹がある 街へ 光へ 到くもの 到かぬもの 降りそそぐ 機械の星 花の星 視界の端に いつもとまる赤い鳥 曇にまぎれ 何処かへ帰る 風のなかの噴水 霧のなかの松明 川の流れのなかから 魚のかたちの水を抱き上げるとき 灰と鉛の網目の風が 鳥の道を梳いてゆく 音が荒々しく音をたて 生と夢を連れてゆく 古い鋏を空にあてがい 新しい星座をつなぐとき 閉じていた窓が少しだけあき 誰かがのぞきこんでいる 空の辺に 風が灯り 消えてゆく やがて何処かへ去るものたちが 夢の切れ端を置いてゆく 煙る光 蜘蛛の糸 窓の内側をなぞる手のひら 眠りに降り来る雪や雨 夜ゆくものらを照らし出す ---------------------------- [自由詩]雨無白音/木立 悟[2020年12月14日9時14分] 宝という宝を 隠してまわる 乳とくちびる 紙の拘束具 科学から きらきらと こぼれ落ちるもの 分度器と海辺 浪あおぐ 風あおぐ 噛みつかれないよう 互いにふわふわ離れている やわらかな硝子が 夜風を映してたなびいている 光の輪をめぐる光の輪 降りそそぎ 地に跳ねかえり 指をつかみ 壁の上に立たせ 壁の向こうを見せる わたしは虹 わたしは左手 ただそこに置かれた枕 痛みを癒すことのない ただそのままの眠り 涙をぬぐい 星を蹴る 枝葉は繁り 水をうたい 風雨のはざま 見えないもの 繰り返し降る 見えないもの 減りつづける鉛を銀で埋め 曇は曇を拡げつづける 手のひらに手のひらに あふれる声 樹を倒し 樹を積む音が空に重なり 径に雨音を降らせている 音の後に 径は白くなり やがて来る別の白を 招いている ---------------------------- [自由詩]八季巡夢/木立 悟[2021年1月1日22時58分] 雨粒が描く横顔 花弁 花芯 青空 花嫁 緑の浪に吼えるもの 朽ちた舟に咲く光の輪 星の渦のなかの横顔 誰にも到かない微笑 空は動かない片翼 分かれては出会う分かれ道 また泣いているのか まだ泣いているのか 空を流れてゆく空を 窓の息が見つめている 陽がほどけ 鳥が生まれ 古い暦の裏に 不可思議な言葉が描かれる 額から逃げようとする絵を なだめるうちに終わる一日 西を向く 東を向く 星は軽く 会釈する ああそうだった そうかもしれないと 常に補いつづける夢の立ち位置 血の付いたカート 病院の窓 同じ階を巡る人々 この世のものでないものは いつも昼の陽のなかに居て 鳥の影を浴びながら 空の何処かを指さしている 未明に降り来るひとつの色は 少しだけ誰かのうたに似ている 吹雪の手のひら 転がる思い出 午後に午後に染まりゆく ---------------------------- [自由詩]掌波響震/木立 悟[2021年1月23日22時08分] 小さく丸く遠い曇が 月よりも明るく輝いている 夜の陽の白 草はまわる 暗い工場 巨大な 機械の足 逃れようとするたびに 増えてゆく階層 ひとつは昇り ひとつは嘆く ひとひとひとひと ひとつのしずく 万華鏡のなかの鳥 互いに互いを知らない鳥 重なる鳥 廻る鳥 無限の檻から出れない鳥 蜂と蜘蛛と花と窓 音に光にひるがえり 曇が曇に落とす蛇 無数の羽に溺れる蛇 雨の仮面の内から見ると すべては見る方へとずれてゆく 空白が生まれ 埋まることなく 少しずつ重なり輪を描く 白い壁 陽の色の痛み 空を仰げば 葉のかたちの月 降り下りる風のなか 草はまわる こぼれるのか ころがるのか いずれにしても先は見えない 葉の裏の空は明るく 月以外のすべてを震わせてゆく ---------------------------- [自由詩]こがね みどり いのち/木立 悟[2021年2月13日9時00分] 椀に触れたことのないくちびる 樹液のにおいのくちびる 人を知らないくちびる ひとりを生きてゆく手のひら 人の姿をした冬の はじまりと終わりが並んで立ち 木々が途切れるところ 空と地が付くところ 冬にとどまる雨 冬の上の 上の雨 動かない光の手 ちりちりと降るかけら 暗くなり雨になり雪になり 暗くなり暗くなり朝がくる 地の空の星が消え 明るく誰もいない朝がくる 雪けむり 陽を覆い 目から香る 生死のにおい 金と緑と むらさきの文字 まぶしすぎて 読めない文字 遺跡の柱の陰から 背の高い言葉がのぞき込む 水に落ちる曇の音 踏まないように 夜へ向かう午後 時間の水彩が緑へ緑へ そして金のぬかるみへ 常に周りを巡る川 行くあてもなく遡上するもの 手首の浜に打ち寄せる白 きさきさきさきさ 抱き寄せる音 月はななめ 波はななめ 金にめざめ 緑にねむる ---------------------------- [自由詩]あかり くらがり/木立 悟[2021年3月12日10時06分] 鏡を上に向けすぎた昼 映らない 何も 映らない 雪が径をすぎる さかな ふるえ 背びれ 夕刻 自ら 光の個のほうへ 応えをしまい さらに しまう 湯は冷め 鉄は重なり 氷の川に橋を架ける 雨色の帆船 造られた冬 足跡はつづく 背の群れの坂 空から文が落ち晴れになり 読めずに返して雨になる だが何も悲しむことはない 水たまりを踏まずにゆくがいい 径のくぼみ 樹のくぼみ あらゆるくぼみに波は還り 空の幕を繰り返し引き 音を音に泡立てつづける 午後の川底  鳥の発つ音 ひとりになるもの ひとつに在るもの 排気口から生まれる鴉 二羽めが一羽めを見て笑う 夜に近い左目が あまりしないまばたきをする ---------------------------- [自由詩]終わりは 居る/木立 悟[2021年4月13日10時53分] 眠りの手からこぼれては 目覚めの音に降りつもる 光むく横顔から生まれ落ち 此処がまだ午後と知る 真上より 少し北に下がる月 うろうろと 川を流れる 空の渦に指を立て ひとつは結び ひとつはむらさき 尖った芯に伝わる哀れ 小石の 長い長い影 月を隠す 淡い笑み 散るはふちどり 散るは ひとり 空をむさぼる枝の中心 残されたわずかな鳥の円 雨と陽の入り混じる ひとつの手のひら 冬の径に投げ出されたまどろみ 人工の風の音が 夜になり夜になり 音は白く 疾い まぶしさにまぶしさを描くまぶしさがあり 鱗になり翼になり消えてゆく 輪の内側の輪に廻り 煙の傷と立ち昇る 凍った光を踏み砕き 匂いも息もかがやかせ 終わらぬ歩みのその先に 終わりは終わりは終わりは居る ---------------------------- [自由詩]三と常/木立 悟[2021年5月16日21時32分] 月に降る 塵の息を踏み 無言 震わせ 空のはざまが膝を落とし 再び立ち上がる 脚をくすぐる布の闇 二 三 五 六と言葉を拾い 左足と右手の小指の寒さ 手のひらに湧く緑の熱さ 逆さの空が覗き込む 爪と爪と爪の夜 水紋は金 水紋は銀 暗い朝の陽のにおい 昼から午後の雨の指 花を見たさに水辺を離れる 緑の裏が風にたなびき 空の裾を暗く染め 零と二を零と二をくりかえす 無数の冬の亜種に囲まれ もう少しでもう少しで到かない 常に常にそこに在るもの 雨 花 風 何も無さのやりとり やがて満ちる遠さ 痛みと感謝 けだものと金緑のはざまの 見えない花の径をゆく ---------------------------- [自由詩]午後 山は飛び ひとりを歩み/木立 悟[2021年6月23日8時41分] 硝子が 黒く空をゆく 映るのは音 変わりゆく音 真昼の霊が幾つかの影を 円く短く 花のかたちに置いてゆく 笑う背中に乗せてゆく 手足の指が 痺れるほど何も無い地 地 水の地 地へつづく地 暗い明るさ 昏さ 昏さ  伏した目の高さ 滴の先 径に降る羽 しんしんと呼ぶ声 水は午後 水は土 数式の樹に咲く花が 煉瓦の径に散り急ぐ 手風琴とさざ波の はざまの音たち 階段の何段めかで 花は待っている 踊り場の窓はむらさき 渇いた鳥の声もする まばたきの度に傷つく水晶 白く白く濁る視界 羽に満ちた青空は ずっと午後のままでいる 雨雪が緑の日 角を曲がる小さな舟 多足の影が空に映り 水を歩むまばらな陽 ふたつめの窓を透り抜け 風は少しだけ色を見せる 夜の上の夜の径 歩きつづける二重の影 目をあけていられないほど まぶしい雨の朝とささやき かつてぽつりと生まれたものが 歩み出すまでの長い長い時間 腰を脇を腕を手首を 何度も何度も すぎては砕ける花を見る 抱いては砕ける花を見る 午後の街に消える舟 飛ぶ山の影の下 ちらばる花を拾い集める 金と緑の手に触れてゆく ---------------------------- [自由詩]左目 この世の果て/木立 悟[2021年8月14日10時27分] 夜明けに立つけだものが 空を掴んでは離している 虹の足音 虹の足音 月は森に居て 径は光に流され まぶたは眠り さらに 昇る 何もない昼の空 風の音 水に近づく 白 鐘が 鐘を鳴らしている 氷は 虹と緑にまたたく 触れた水の 反対側に目をひたし 見つめるのは街 雨の雨の雨の街 海と川のはざまに立つ 白く歪んだ双つの建物 水紋の群れを渡る鳥 増えつづけ 去りつづける 左目  中指 さらに昇る さらに昇る 痛みと虹 四つめの腕 六つめの指 両膝と胃を結ぶ三角から 拡がりつづけるひとつの珠 左目 痛み 永い軌跡 傾き 偏る 縦の銀河 深緑の蝶が 森に降る 葉に溶ける 土に溶ける 鏡は人形 壊され 埋められ 言葉を隠され 金の流れに投げ捨てられる 指と指のはざまを濡らし 雨音だけが遠のいてゆく 虹が分かつもの 近づけるもの 左目 この世の果て 金に 緑に さらに昇る さらに巡る ---------------------------- [自由詩]秘名 降りつもる色/木立 悟[2021年9月14日10時59分] 空を哭き仰ぐ朝があり 磨く価値もない宝がある 砕象 砕象 底に敷いたもののかたち  午睡の白は塩の白 窓にたたずむひとりの白 何ものにも染まらぬ花嫁の白 帰るところを忘れた白 虹を横切る雷光が 空に幾つも十字架を描き 光の文字の集まりが 重なりすぎて暗く遠のく 家より大きな土嚢の向こう 鴉の羽毛が指す方へ 家より大きな歩幅で過ぎる 空飛ぶ歩幅で歩きゆく かたちも色も表情も 次々に変わる幽霊が 名を失くしながら捨てながら 時に降る名を浴びながら飛ぶ 風が 病が 鉄の滑車を廻している 空に貼り付いた無数の羽が 星と同じ方へ消えゆく 錆びた水の夜明け 花々 ひとつの花 水しぼる光 鏡に落ちるひとつの火 なかばひきちぎりながら 午後を次へとめくるとき 途切れ途切れに来た夜を 白い雲の群れが覆うとき 涙と薬が混じって流れ 耳に 口に 首に流れ 降る色を抄う手は泣いて 滴に逆さに映る陽を見る ---------------------------- [自由詩]幽霊 器を持つ虹/木立 悟[2021年11月4日21時57分] 蛾と葉が共に地を転がり 匙の足跡をなぞりゆく 雨は止む 音は残る 水が叩き 水が呼ぶ 目の痛みが もう一度降る 夜の火は覚め 水は起きる 銀河に立つ森 光あびる眉 雨 雨 上から下の水 下から下の水 雨 雨 雨 叫ぶ 当たる 氷の曲線 音は昇る 斜めに 昇る 時間 くいちがい 笑い しずけさ こどもたち 背の羽と こどもたち 棄てられ 草に埋もれた名 他の名につながり 燃え上がる 旧い水の輪 新しい渦 器の内に分かれたまま 器の杭に咲き乱れる 夜に近づく虹 けものみち 流木と月 降る音は光 降る音は灯 それはかつて弓だった 矢を失くして剣となった 夜を視る鳥の目が 最期の軌跡を覚えている 境いめを行き来するもの 何かを何処かへ置いてきたもの 居ると同時に 居なくなるもの さかしらに さかしらに 光を下に見ても涙が増すだけ 天はただ天に落ち 夜へ向かう径は不可視にあふれる 虹の波が 霧雨と共に打ち寄せる 川辺の無数の水紋に 無数の灯が乗り 消えてゆく 幽霊は明るく荒んだ場所に立ち 水と鏡に背を向けている 檻の向こうの街 影の足首 水の音は軋む音 器に降る涙の音 紙の下の紙を踏み 近づくものの足音を視る ---------------------------- (ファイルの終わり)