肉食のすずめ 2006年11月22日16時34分から2012年3月6日1時49分まで ---------------------------- [自由詩]ひっつきむし/肉食のすずめ[2006年11月22日16時34分] ひっつきむし 晩秋の駐車場で 戯れたまま 動かない 夏の終わりに 青と白の小さな花を咲かせていた ひっつきむしは 秋の初めに 実をつけて 小便する猫の後ろ足や 横を通るズボンの裾に 表面に生えた荒い毛を ひょいと引っ掛けて 旅に出る 猫の後ろ足にひっつきむし 毛づくろいする猫に食われて糞になる あるいは 曾祖父が生えていた 三年前の庭に戻って根を伸ばす ズボンの裾にひっつきむし 洗濯機から下水道へ 食卓の灰皿から台所脇のゴミ箱へ あるいは 高速で移動する車の窓から 遠い海へ ひっつきむし 晩秋の駐車場で 戯れたまま 動かない 二ヶ月前の風に 周囲より遅れ気味の 青い柔らかな毛並みを 泳がせて 戯れたまま 旅に出るタイミングを逸してしまった すでに ひっつく力も失ってしまった ので 互いにひっついて互いに 戯れたまま その場で その場で 連れの 用事の電話が終わるのを 眺めている つまらぬ顔の 手持ち無沙汰の ライターで燃やされながら 赤く パシリ と焼け落ちるときを 眺めている 動かない ままで ---------------------------- [自由詩]風が強い /肉食のすずめ[2006年11月24日11時57分] 煙草の煙柔らかい朝 煙草拾ってうれしい 煙草高くなった腹の立つ スーパー安売りでうれしい スーパー閉まってて帰る 炊飯器にこびりついた米かたい 佐々木君得がたき友だ 佐々木君ロクデナシ 佐々木敵 すずめ鳴くこども笑う こども泣くすずめ飛ぶ システム回る人間も回る システム回る私も回る システム回る私回らない システム回る私回れない システム回らない私回らない 高速道路沿いにもキノコ 乞食のこどもしつこい 乞食のこどもずるい 乞食のこどもは泥棒 乞食のこども蹴り飛ばす 乞食のこども畜生 こどもに暴力振るうべからず 高速道路沿いにもワラビ 有り難や昼まで寝ている日 朝起きて胃の痛さ パチンコで負けた事が無い パチンコもうしないようにしよう パチンコたまに負ける パチンコ絶対しない愚行 パチンコたまに勝つ たまには金を払って酒を飲む 飲んで黒い小便の出る 高速道路沿いにもゼンマイ 自分で作る飯はうまい 自分で作る飯は失敗 自分 で 作る 飯 彼岸花滲むなり夕暮れ 赤信号消ゆるなり夕暮れ ともだち さって さびしい ともだち さって しょうちゅうは ある ともだち いる こいびと いる こいびと さって さびしい こいびと さって しょうちゅうは ある おかね ない しょうちゅう かえない しょうちゅう なくなって さびしい しょうちゅう たりない ねむれない しょうちゅう のむ 奴 馬鹿 しょうちゅう のむ 奴 不幸 その角を曲がったら変わる 山頭火よ 甘え 自省よ 甘え 甘え 自省よ 自己憐憫 自省よ 自堕落 自省よ 逃避 自省よ 逃避 放浪 放浪 放浪 放浪 放浪 放浪 放浪よ 孤独よ 山頭火よ 私も杖をつき 声を出して 穴を開けて 泣きそうだ 立っている 今 旅のようだ   ここは風が強い座りたい ここは風が強い休みたい ああ 空がきれい ---------------------------- [自由詩]表面航路/肉食のすずめ[2006年11月26日10時15分]   それは汚れていたろうか 表面と表面つなげてしまえ   舞い狂う獣の噴き流す   よだれの表面滑ろうけ 表面と表面つなげてしまえ 全ての表面つなげてしまえ   悲しい異物に震えを止めぬ   心臓の上眠ろうけ 全ての表面つなげてしまえ   そしたら心はどこへ行け   顔隠し肉と血を落とす   涙の表面泳ごうけ   そしたら心はどこへ行け   居なかったことを知っただけ   限りない慈悲が残るだけ   そしたら涙はどこへ行け   その美しさはどこへ行け   その汚らわしさはどこへ行け   やりきれなさの責任を取れ ---------------------------- [自由詩]待ち人/肉食のすずめ[2006年11月27日20時50分] 夕暮れ時に網戸が一人 黒く文様を描いている 私もこの時間になると一人 壁に掛けてある濃紺色のジャンパーの 奥へ 暗がりへ 入っていく ジャンパーの先には夜の海がある 彼女はいつも一人 砂浜に座っている 人を待っているそうだ 今夜は暑いですね ええ 水温が上がっているから 振り返らず彼女は答える 水平線の向こうから こちらまでずっと 空は黒く とどまっているのに 海面のところどころから ときどき 白く沸き立つ音が 聞こえてくる 陸地から熱が奪われているの どうして さあ もう ここにはもう 人が いないからじゃあないかしら 薄着の彼女は答える 確かに つと 月光がさした 海面の温度も高いらしく ところどころから 陽炎がたっている おそらく 泡の源のどこかにいるのだ でも 海はもう 人が入れる温度じゃない それでもいいじゃあないか 私は心の中で叫ぶ でも もう帰ってこないかもしれない る 彼女が震えた きっと 寒いのだろう  ずっと 座りつづけているから 砂浜は 日陰のスチールのようだから 彼女に そう思って 胸に手を当てたら 気がついた あの時間 あの部屋に ジャンパーを 置き忘れてきた事を ---------------------------- [短歌]概念の家/肉食のすずめ[2006年11月29日16時01分] 途方無しどうしようも無し人の空電飾のムラ今旅立ったなら 離れるな風が強い抱きしめる土手を走る風の先何もないから ばらばらになるばらばらに走りゆくぼくらの帰る概念の家 ---------------------------- [自由詩]河/肉食のすずめ[2006年12月1日19時25分] 雲だらけの 空 住居 見知らぬ 住居だらけの 風景が切れて 河だった 対岸が見えない 河だった 流れる音が聞こえない 河だった 歩きつかれて 白土の土手に 腰を下ろした 壊れたサンダルを放って 水を飲みながら ビスケットをかじった 明るい水の隅に 緑の汚れが漂う 白い犬が近づいて 隣に座った 犬は 左耳が無くて そこから 脳が見えていた 蝿が多く飛んでいた こちらを見ているので ビスケットを少しやった すぐに食べ終えて こちらを見ているので 何もやらなかった 雲が切れて 光が現れた 地平線まで続く水鏡は 日照り続きの三月を 白亜の岸に 溢れかえらせた 大きな 大きな 光の中 時折 蝿が犬の脳に停まり その度 少し痙攣して涙を流す 犬は少し死んでいた 少しずつ死んで 私の隣に いた 私は 前髪を少しあげ 左耳に少し触れて 少し 鼻水を流した 犬が光っている 私が光っている ほんの 少しだけど 光っている ---------------------------- [自由詩]遠く/肉食のすずめ[2006年12月6日15時13分] 遠くで ずっと 遠くで 美しい人が泣いている どちらの方角やら 聞こえてくる 祭囃子のスピーカー 日が差す昼の部屋 夕暮れの湿った砂 爛れたアスファルト 目の端の折り紙 遠くで ずっと 遠くで 私が見つめる曇り空 の下 美しい人は走っていた ある日 嫁に行く と 言った 遠くへ ずっと 遠くへ 美しい人は走って いった 今 どこを走っているのだろう 同じ 顔でうつむいた 私の鼻を 美しい風が ビュッと駆けていった ---------------------------- [自由詩]スポンジ/肉食のすずめ[2006年12月7日13時55分] なんでそこにいるのかも 忘れてしまった 世界一大きな 白いスポンジを見ている どのくらい大きいかは 見ていれば分かる 今までに見た 一番大きな海より 大きい 白いスポンジとはつまり 対岸だ 川を挟んで白いスポンジ 遥か遠く 少し低く 洗剤まみれの鳥が落ちている 白いスポンジとはつまり 彼岸だ 死者が歩いて白いスポンジ 月は沈み 日は昇り 家に帰らない大人子供 隣に座った ひげ面のでぶ 真剣な顔で 私の尻を触る この人が誰なのかも 忘れてしまった 地平線の近く枝が刺さっている先のほうで まだ生きようとする虫黒い光沢短い触角 太い腹部ささやかな風枝を揺らす 揺れる卵を産み付ける虫が卵を 枝に括りつける枝が倒れそう落ち 倒れ落ちそう虫倒れ落ちそう虫落ち 虫 虫 虫 虫 虫 虫 虫 落ちた 落ちて 動かなくなった 卵 落ちなかった 何故 そんな遠くにあるものが 私は近眼なのに 隣に座った ひげ面のでぶ 帰ろうとして 金を要求する 相場がいくらなのかも 忘れてしまった 白いスポンジの遥かに 悲願の枝が刺さっている とりあえず繋がった糸の先を 見ようと目を凝らす 私の襟をつかむ ひげ面のでぶ 唾を飛ばしてわめき散らす 声が高いよ 糸が見えない なんでここにいるのか 思い出すじゃないか 枝が刺さった場所を 忘れてしまうじゃないか ---------------------------- [自由詩]幸福/肉食のすずめ[2006年12月10日11時23分] 幸せさえも幸せな 僕等遠くへ跳びもせず 流れるように時は過ぎ いつかどこかへ着きもせず 川の流れの濃淡も 幸せさえも幸せな 出会う事さえ幸せな 僕等明日から逃げもせず 振り返る事を罪と知る 川の流れの気まぐれに 昨日の歌の理由すら 幸せさえも幸せな さよならさえも幸せだ 僕等別れを待っている 時に楔を打つように 枯葉を靴で蹴りながら 昨日の歌の涙さえ 良い思い出になるように 詩をアルバムに貼りながら 幸せさえも幸せな ---------------------------- [自由詩]戦車/肉食のすずめ[2006年12月11日12時39分] 人を殺した先輩から 手紙がきた 最近流行っているそうだ 便箋には大きく 「戦車」 とだけ書かれていた 「チャリオット」 って読ませるんだって  縄文時代と江戸時代と現代や  一ミリメーターと一キロメーターと一光年の  違いについて  考えることも多い 「お前の絵が見たかったなあ」 料理をよく作ってくれた先輩が 呟いた 今はSEをやっている 「お前の絵が見たかったなあ」 絵を描いた事など一度もないのに  縄文時代と江戸時代と現代や  一ミリメーターと一キロメーターと一光年の  違いについて 自殺した後輩は 花に集まる虫の話が 大好きだった 「ハナグモというのは・・・  体長一センチにも満たない戦車です」 一週間辺り前から 戦車の話ばかりだった 「体長一センチにも満たない戦車です」  縄文時代と江戸時代と現代や  一ミリメーターと一キロメーターと一光年の  違い 空は寒く 町はらりるれろと 光っている その中を チャーリオトー チャーリオトー 叫びながら走る 何も分からない 叫びながら走る 走りながら叫ぶ 鼻が痛い ---------------------------- [自由詩]再放送/肉食のすずめ[2006年12月13日15時50分] 再放送を見逃して そのまま旅に出る いくつか電車乗り越して 慌てて駅に立つ 一面広がるどこの海 帰らない大人と子供 いつまで経っても気付かない 太陽は浮いたまま どうせ別れる運命だから あなたの癖は覚えない 知らない顔ですれ違えるように 至らぬところに気を回す 再放送を見逃して そのまま旅に出る ひたすら真っ直ぐ歩くのは 帰れない島だから 全然周りを見ないのは 帰りたい森だから いつまで経っても気付かない 私は歩きっぱなし ---------------------------- [自由詩]心走らす空と知る(ぽえむ君と合作)/肉食のすずめ[2006年12月14日20時47分] 遠き空より舞ひ落つる 雪の光を感ずれば やはら一ひら手に取りて 心を開く花と見む 近き川より流れ寄る 水の光を眺むれば しばし一向き佇みて 心鎮むる音とせむ 遠き国より打ち寄する 波の光を見いづれば ほとり一時(ひととき)仄(ほの)めきて 心揺るがす声と聴く 近き山より飛びいづる 鳥の光と語らへば あたり一連(ひとつら)巡らせて 心走らす空と知る ---------------------------- [自由詩]金星列車/肉食のすずめ[2006年12月20日15時55分] かたたん かたたん 夜のようだ かたたん かたたん まだ夜のようだ かたたん かたたん かたたん かたたん いくつもの夜を越えて 目覚めても やはり夜だった 眠るよりないから 夜なのかも知らん 寝台の窓は黄色の嵌め殺し 流れ行く景色 樹も畑も空も 時折見える人も 黄金色 金星には 昼も夜も 無いのかも知らん そもそも こういう色なのかも知らん そんな情報は 知らん 寝る かたたん かたたん かたたん かたたん 二つくらい夜を越えて 目を開けたら 隣の寝台の 大きな目と合った 金星人は皆目が 大きいのかも知らん 口も大きいな   おはようございます(おはようございます)   あなた地球人ですか?(はい、そうです)   地球は海が多くて素敵ね(ええ、私は海が好きです)   どこの国に住んでいますか?(日本です)   日本とはどんな国ですか? (・・島の集まりです)   他には?(それだけです) それだけだ 金星語はうまく話せない 寝る かたたん かたたん 一つの夜も越えないうちに 金星人の声   ねえ 日本の歌を歌って下さい(うーん)  ふるさと を歌う 間違った気分 島倉千代子にしときゃよかった 不思議な顔で(恥ずかしい顔で) 寝返ってリュックサックをあさる さっき食べた 魚フライを包んでたアルミホイル かたたん かたたん   (日本人は皆)   (こういうものが作れます) 振り返って渡す銀色の鶴 喜んでいる ので(あげます)寝る かたたん かたたん かたたん かたたん(黄金色の光の中で) かたたん かたたん(銀色に光るあの鶴は) かたたん かたたん(さぞかし目立つでしょう) かたたん かたたん いくつかの夜を越えて 目覚めたらいない あの金星人が美しかった事を ふと思い出して笑う かたたん かたたん ---------------------------- [自由詩]破片/肉食のすずめ[2006年12月21日15時05分] アスファルトに猫が飛び散った その日笑った 全ての太陽と 手を合わせ笑っている 私の喉元に 狙い 定める 猫の破片 引力に縛られたまま 小石の間に挟まれた 破片が 長い影を引き絞る その中を 自転車だけが 確実に通り抜けていく ---------------------------- [自由詩]私が浜辺で泣いていたとき/肉食のすずめ[2006年12月23日19時56分] 強い潮風吹きっさらし 遠くに涙飛ばしながら 海坊主を呼んでいる 海坊主よ 海坊主よ 聞こえているか 私が浜辺で泣いていたとき 海からお前は現れた そうして私の隣に座って すっかり乾いてしまうまで 何も言わないで 乾き切ってしまったら 面倒臭そうに目を合わさずに 腰を上げて早足で波に溶けた 私が浜辺で泣いていたとき お前の涙の流し方は 理想的だ そうやって白けた顔をして ただ滾々と流す姿がいい 腰から上を海面に出して そう言ってくれた 私が浜辺で泣いていたとき 海坊主は言った それはただの体液だ 細胞の一つ一つから 流れ出す塩と水分だ 大脳から至る電気の波だ 肩から上を海面に出して そう言って それとあたしの名前は 海坊主じゃない 大声で「海坊主」と呼ぶのは止めろ 大体「坊主」じゃないし 「海」に住んでるからって 安直に海って言うなよ 厳しく捲くし立てて 頭の先から水を吹いて 白い波に溶け込んでいった 海坊主よ 海坊主よ 聞こえているか お前の名前を聞いてない 最近は 涙がすぐに乾いてしまう 風が強くて ---------------------------- [自由詩]シアトル・ピッツァ・タイム/肉食のすずめ[2006年12月27日14時02分] 明るい冗句を放ちながら 子供を学校へ送り届けるママは 仕事の前に本人は気付いていない程 強くすするオートミール 兄は思っているいつか大きな金を稼いで ママに楽をさせてあげたい 本人は気付いていないが大きな金を稼ぐのは簡単で ママは決して楽にならない 弟は時々ボールを見当違いの方向に投げて 土手に転がって川に落ちて 「ごめん」って言って急いで取りに行くことを しないへらへら笑ってだらだら歩いていく 本人は気付いているがそれは全くわざとだ 週末の午後には三人でピッツァを食べに行く 郊外のレストランへ車を飛ばして 席は隅っこの大きな窓辺 八つ切りのピッツァの細かなベーコンが焦げている ママに二枚 兄と弟にそれぞれ三枚 ママがピッツァを食べ終えて細い煙草に火を点ける頃 太陽の光が赤く溢れる 全てをごまかす真実の光だ 三人は全く満足して頭部の前面を光に晒す きわめて純粋な光 突如 窓の外に影が群れ 高速で行き交う 店内が斑に染まる ママは気付かない振りをいつもする ので気付かない 兄は直角二等辺三角形の フォーメーションを自覚する 弟はどこからがピッツァでどこからがピッツァでないのか 分からなくなって少し止まる 誰だって 泣いてなんかいない シアトル・タイム ピッツァのような夕日を ゆっくりすっかり食べてしまったら 車に乗って家に帰る ---------------------------- [自由詩]雪に強い獣/肉食のすずめ[2006年12月29日16時14分] 部屋のど真ん中 椅子の上に突っ立って 震えている それは 外に雪が降っている からでもなく あなたが帰ってこない事に怯えている からでもなく この後の修羅場への期待でもない すぐに行けばいいじゃないか 一人で行けばいいじゃないか 椅子の他には何も無い部屋で 震えている それは 動きの止まらない右足を 片手で押さえているからだ もう片方の手は携帯電話を操って 頼りになりそうな人を探している 誰にも繋がらない この状況と 外の景色が綺麗なのは 全く関係ないのだ 右足の中で 雪に強い獣が おう、準備できたぜ と言った ---------------------------- [短歌]発泡する夜/肉食のすずめ[2007年1月3日9時51分] 屋根切れてポツポツ毛穴発泡す 雨にも強い想い出シャボン そんなには好きではないヤツ好く見える昔の歌がよくかかる店 発泡酒ただひたすらに発泡酒 稼ぎの無いよな顔して笑う 心臓に古い破片が流れ来てゴツンゴツンと打ち寄せる波 全身を熱い気泡で湿らせてワルツ踊るよ ついてこなくても 「お兄さん 30分間 マッサージ」一緒に踊ろお金出すから 平面を行き交う過去と今未来 壁に打ちつける手はフレミング 悲しみは等速度にて上昇す地上の回転止んだ後でも 生命の樹をいたずらに動かして夜の隙間にユートピアを生む ---------------------------- [自由詩]グリセリン/肉食のすずめ[2007年1月7日22時03分] 二〇〇七年一月七日〇時三十一分 にわかに風が吹き始めた ごわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ いつまで経っても風が吹き抜けないのを 不審に思って起きた私は 窓を大きく開けた ごわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ 何の事は無い 風は吹き抜けていた 群れを成していただけだった グリセリンの匂いがした  少し昔 川原の草むらに しゃがみこんで地表の澱に触れていた 目はどの方向へも向いていなかったので 誰も追いかけてはこなかった なぜか グリセリンの匂いがした 慎重に吸い込もうとしたが そろそろ 側道に停めた自転車に 戻らなければいけなかった 私には私の予定があった それはいつでも ごわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ 私には私の予定があった 寝る前に洗った髪はいつも 香料の匂いがする 今夜は グリセリンの匂いがする ごわわわわわわわわわわわわわわわわわわわわ なぜか 私は描きに戻らなければいけない あの日の匂いの手前に在ったものを 自転車の前かごに放り込んでしまう前に 今夜の匂いの手前に在るものを 全部吹きっ散らされてしまう前に その日にはその日の予定がある それ以上に 私には私の事情がある それはいつでも ---------------------------- [自由詩]どうする/肉食のすずめ[2007年1月28日20時08分] どうする どうすると言った食卓で 転がっていく皿の間を 箸にも醤油にも触れないで 落下する 向こう側へ どうする どうすると言った街角で 転がっていく人の間を 旗にも看板にも触れないで 落下する 向こう側へ どうする どうすると言った寝床にて 転がっていく夢の間を 骨にも細胞にも触れないで 落下する 向こう側へ どうする どうするはするりと口から産まれ出て 地面に着く前に転がり始める さあ どうする ---------------------------- [自由詩]蝉/肉食のすずめ[2007年5月14日11時35分] 人が二人 話す後ろ 椅子に座って 空を塗った 人が二人 話す前で 椅子に座って 空を塗った すっかり 白くなった顔を 下に向けたら 蝉のように鳴った ---------------------------- [自由詩]山羊と桟橋/肉食のすずめ[2007年6月19日15時59分] これは その日もまた風の吹く日で 風の吹く日の桟橋は弾んだ 黒い深い雲は西へと進み それでいて天上から尽きる事はなかった 赤銅色の鉄板が跳ね上がる 同色の鎖は少しも流れていかないように 桟橋を町に繋いでいる 跳ね上がる鉄板の上 白毛の奥で眼を光らせた 顔も体も山羊状の男は歩いて 仕事をしていた 暖かい湿気に肩の力を抜いて 鎖の破損具合を調べていた 近くで雷が鳴ると 山羊男の背中は逆立った 遠くで雷が鳴ると 山羊男の背中は膨んだ 山の山羊が雷に怯える そのようなときに山羊男の背中は笑った 昔の話の全て 来年から 雲は全て遠景になるらしいな と告げた友人の気象予報士と 話をする事はもう友人でなくなったのでなくなった 小刻みに緩やかに 東から澄んだ波が寄せて広がって 雷雲は稀になって散って 送られてしまうのだろうな 男は鼻を口で結んで息を止めた ただもはや 時間の問題だ お前が何も言わなくたって 俺の声は結び目を開くのだろうな しかしそれにもやはり 時間が必要だ だろうな 昨日の船が最後だった それに乗ることもできたけれど 乗らなかった今となっては 今後乗ることはないだろう だからもう泳ぎ切るしかないのだろう 泳ぎ切ることもあるいはできるだろう そして泳ぐことはきっと しないだろう 強引だったから 頑固だったから 終わってしまいそうだった あまりにも とりつかれていた かったから 今朝も 男は太陽より先に桟橋に向かって 鎖を調べる これから晴れ渡る三十年間の 昨日と今日との わずかな距離を繋いでいく現実が 沖へ流れていかないように 意味を越えて 続いていくように ---------------------------- [自由詩]青年と紙袋/肉食のすずめ[2007年7月23日15時39分] 街頭にて老けた青年は紙袋を両手にぶら下げていた 今日買うはずだったモノをどうしても思い出せない 記憶力の低下を彼は極端に恐れていた 忘れたモノの数も忘れていた 誰のための買い物かも 記憶力の低下を彼は極端に恐れていた 赤い日差す坂道で 老けた青年は遅れてなどいなかった 彼以外の者も遅れてなどいなかった 或る者は速く或る者は遅く しかし皆一様に抜かれていった 赤い日指す坂道は 長い影が揺れるように 全ての距離を測れなかった 光陰矢のごとし と誰かが言った 無論光は何よりも遅く 誰にも何にも何も伝えなかった ささやかな 爆発が 彼の立つ排水溝近くで起こった 紙袋の底が抜け 丸やら四角やらが 地表を見当違いに転がり始める 一瞥をくれる人々の間を青年は低い姿勢で走り始めた 露わな立体とともに流れ出す それも 待ち望んでいたかのように もう何も怖くない ---------------------------- [自由詩]帰宅/肉食のすずめ[2007年9月6日21時49分] 車通りの多い通りのわきで 夏の間履き続けたブリーフをぬいだ またの間から懐古とか嫉妬とか 潮風や塩素そういう塩っぽいものに 固定されがちなものがごろごろ落ちた そら高く持ち上げられて弱まった 太陽に照らされ 粒の混じるベージュ色に 発光するのは毎年おなじみのことだった ぬるい風にまかせるように いくぶん丸めの形状だったので すと 車道に転がり落ちて予定の消化を急ぐ 車輪に次々踏まれていったそのときだけは ぱいんとか めろんとか 聞き覚えのない音を出して 弾けたり潰れたりした そのまま帰るには具合悪いのだが ブリーフは手に持って帰った ---------------------------- [自由詩]スパゲッティ/肉食のすずめ[2007年10月20日13時49分] すべているスパゲッティをすべている わたしは マッシュルームをすくいすくえすくう わたしは アサリをさらいさらえさらう わたしは スパゲッティをすするすするすする かたむけて スープをすう すべているスパゲッティをすべている わたしは すべてかたむけて さらさらとさらのへりを すべっている あなたを べつに すべてなどいない ---------------------------- [自由詩]廃寺/肉食のすずめ[2007年11月23日19時07分] 一、二、三、四、五、鐘の音が五つ鳴り響いて 休符がひとつ 雲母の欠片の降る 廃寺の砂利 男は座って 手の無い赤子のように甘える 直立する足の甲を刺すのは羽虫か枯葉だ 廃寺の砂利 男は物陰で 初恋の少女のように爪先立ちする 風がここに集まってきているのは 気のせいだ 中央は静かだ 廃寺の砂利 男は 病人のように 引っ掻き 腕を回し 喉を捻じり 抱き締め 髭を伸ばし 柱にもたれ 病人のように 助けを請い 目を閉じ 恨み言を言い よりを戻し 石を蹴り 地団太を踏んで ああ なかなか手に入らないものだ 今は 枝になって震えている 凝縮し!爆発し!孤立する二畳の箱庭! 荷物を片付け終わった男は歯を剥いた  揮発した顔の脂が十メートル先のここまで届いて 樹脂の匂いに混じって消え失せた 一、二、三、四、五、鐘の音が五つ鳴り響いて 休符がひとつ ---------------------------- [短歌]朝がくる/肉食のすずめ[2008年1月31日23時17分] 朝がきてカーテンは色思い出す見えてくるもの見えなくなるもの 朝ざらざらと溶けた髪窓を開け枕に落ちた砂を払うよ あなたのことを一晩中考えた魔物のような雲が出ている 定時どおりにくる朝はそんなにも美しいか消え忘れた街灯 花の咲く無色のシャツを朝がきて素足で走る空っぽの庭 ---------------------------- [自由詩]問答/肉食のすずめ[2008年10月3日6時11分] あ いつ いってしまえば 猛る炎に捲かれる鳥 のように死ぬ 黒い道の染みになるだろう 白い蜘蛛が這うだろう 長く続かない事が 長く続く事 あ いつ いってしまえば 夜へ向かう機関士 停止線で止まる 擦れたくろがねは 軋み裂けるだろう 継ぎ目の無い車輪 失うべき事を失うだろう 瞳孔の暗い部分を ガーゼが覆うだろう いつも 広大さは 地点を反転していく いつ 地点は反逆していく まだ 空の影 盛り上がっていく 海の頂上 猛る炎に捲かれる 鳥のように死ぬ 丸く硬い自我が 耳の裏で転がる音 長く続かない事が 長く続く事 美しいと いってしまうだろう いつからか 予感は始まっている かさぶたは剥がれている 傷は治ってしまった カナリアは死んでしまった ---------------------------- [自由詩]刃物/肉食のすずめ[2010年1月20日21時47分] 暖かい国の女が 危ない刃物を研いでいる 背丈ほどの菱形を 地べたに置いた砥石に擦り付けている 磨き上げた刃物を 壁に立て掛けて 一メートル半離れて眺める 蛇のような模様 背中を照らす真冬の太陽が 陰を映し込んで ゆらゆら揺れている 乾いた土に染み込む水 きらきら濁っている しっかり固定しないと危ない刃物 いつも私を守ってくれる刃物 正しい間合いへ導いてくれる刃物 しっかり固定しないと危ない刃物 暖かい刃物 彼女の後ろを右から左へ 男児が駆けていく 危ない刃物が ゆっくり揺れている ---------------------------- [自由詩]八月/肉食のすずめ[2012年3月6日1時49分] ぶわぶわぶわぶわ まき散らしてんだ 町中の 木々が 浴びて 酸素吸って ぶわぶわぶわぶわ 血が流れる 夏の 八月の 昼の ぶわぶわぶわぶわ 雲だ 暑い 日に産まれて あっという間に死んじゃう ぶわぶわぶわぶわ 返事がもらえない 運ぶ 死ぬ 産まれる ぶわぶわぶわぶわ ---------------------------- (ファイルの終わり)