草野春心 2020年1月26日23時22分から2022年7月2日12時18分まで ---------------------------- [自由詩]波間へ/草野春心[2020年1月26日23時22分]   波間で   花びらを   持とうとする   すごい 忘却の速さで   水のように   貴方の部屋にいた   そのことのすべてを   分かろうとするけれど   とても 悲しいだけだった ---------------------------- [自由詩]恋人たち/草野春心[2020年2月16日19時49分]   恋人たちは   ひと夜きりの雨だれ   むなしいヘッド・ライト   路上で きたない髭の男が   犬のように愛をうたっている   さわがしい言葉と いつか記憶に   変わっていく忘却を   胸に抱いて   東京の朝を目ざめる   恋人たちは ひと夜きりの   雨だれ 闇のなかの 光 ---------------------------- [自由詩]Blues/草野春心[2020年2月16日19時50分]   せまい   ことばをつなげた   愛らしきものの   馬鹿らしきものの   井の頭公園   きみからの   電話だけまっていた   かなしさの   退屈しのぎの   富士見台学生寮   くらい春   落ち葉ひかる川辺   息をきらし走っていた   花びらがひらく   空がこぼれる   きみの涙 ---------------------------- [自由詩]都市について/草野春心[2020年2月16日19時51分]   東京   透けた卵管が   標識のたかさに浮いて   われらを 孕もうとする   香港   銃声のようにみじかく   中毒のようにながい   発狂が四角に建つ   記憶   ことばのなかで   かたりなおそうとされる   醒め果てた幻想 ---------------------------- [自由詩]菜の花/草野春心[2020年5月17日10時50分]  菜の花を食べて  咳きこんだ  あの日の熱は  そのあたりに置いてある  曇り硝子  ロー・テーブル  けれども 一体どこなのだろう  ぼくはきみを見たことがある  こころだけの潮騒 ---------------------------- [自由詩]酔客/草野春心[2020年5月26日17時14分]   擦られた マッチ   よる 路地のしかくい   たくさんの 白い足もと   物がたる言葉が   網膜に掛かる   引き攣れる   句読点 ---------------------------- [自由詩]あの時の光/草野春心[2020年5月26日17時16分]   波が   たちあらわれる   形たちが 昏ませる   黄色いセーターの   喜劇的なふくらみ   勇敢な笑い   あの時の光   花弁がひらくように   ゆっくりとみえなくなった ---------------------------- [自由詩]シルエット/草野春心[2020年6月12日21時14分]   夕方になる   しずかになる   水をのむ   みえているものを   いま 思い出している   喉の奥で きれぎれに疼く   石のシルエット   それは 似ている   それは 違う   こぼれて   おぼれて   かなしみのうえにかさなる   ぼくの居ないところで   水をのむ ---------------------------- [自由詩]馬たち/草野春心[2021年3月7日22時54分]   瞳からのぞくと   馬たちが みえた   日が薄ぼやけ   あたりは冷えて   草の においだけが   ほそながくかがやいていき   わたしたちの   愛はきえた   ただ みていた   馬たちは いま来たばかりのように   すごくきれいだった ---------------------------- [自由詩]蛇/草野春心[2021年3月7日22時57分]   見えないが それは   熱の蛇が 這っているのだ   かんぜんな 石を湿らせ   なにもかもが黙る      熱の蛇が   這っていくのが見えない   街はいつも 叫んでいるが   夫婦たちはいつも 舌を挿れあうが      動悸が   膨らんだからだを透けて   大きな 暗渠をくずしていく   ヴァイブレーションを編みあげていく   まあ それも 見えはしないが ---------------------------- [自由詩]ある隠喩/草野春心[2021年9月16日23時38分]   青空はずっと振るえている   時が かげになって路にこぼれてくる   壁のうえにそっと 黒い木が枝葉を撒く   思うということ   街にいくつも街を重ねていくこと   あなたと はじめて手を繋いだ夕暮れ   胸の軋みは何処からかやってきてほどけた ---------------------------- [自由詩]格子/草野春心[2021年9月16日23時40分]   順々に   液状の名詞が   格子に垂れてしたたる   世界のおおよその大きさが   張られている 複数の 頭蓋   額縁にぶつかり 欠けてしまった   顔のような 意味 ---------------------------- [自由詩]章魚/草野春心[2021年9月16日23時41分]   章魚の 小道に   イデアの 紙吹雪く   わたしは歯   あなたは顎   おおいかぶさる   ぬるい 数   おそい 雪   わたしは峠   あなたは蹄   云われるまえの謂が   みえる 気のする   ふるさと ---------------------------- [自由詩]うさぎ/草野春心[2022年1月2日21時44分]   おちている光を   うさぎだと思った   そうきみに言った   商店街の 黴だらけの夜   ぼくたちはネズミだった   もうぼくをすきじゃないと   うちあける瞳を ぬらす光も   たくさんのうさぎだった   ぴょんぴょんと跳ねて   人生の 影に紛れて ---------------------------- [自由詩]うつし絵/草野春心[2022年1月29日20時08分]   とても直截に   野球ボールが投げられ   真ひるの池に落ちた   うつくしい詞は   もちいられないまま   春の つめたい椅子のしたで   土埃がひかる 公園の風景   ただの思い出に見えなくなるまで   見つめていたいとでもいうのだろうか わたしは いま ---------------------------- [自由詩]聖なるもの/草野春心[2022年1月29日21時04分]   素数をたべる男は   きのう 遺体になった   電球がつるつるとともり   部屋は 笑えるまるみを孕んだ   聖なるものは うたわれながら   おおきな 蛇の 腹のなかだ   椀に のこる   吸い物を 啜る   線形の夜 なにかが 少しだけ 勘付かれている ---------------------------- [自由詩]汀/草野春心[2022年1月29日21時05分]   たちどまり、   あなたは釣りあう   ことばのなかに敷かれた   石畳のみちの 光とかげの   汀にたって   誰のものともしれない、   ひとつきりの幸せのように   北風をうけてふくらむ   愛され終えた微笑み ---------------------------- [自由詩]言う/草野春心[2022年2月15日19時01分]   学生寮のそばに   ワゴンRが停めてあって   夜 街灯のしたで光っている   そう 言う   架空の口蓋や歯茎などで   蕎麦を手繰りながら   昔おそわった担任の口癖を真似しあった   石油ストーヴ 畳の上のコンビニ漫画 掻き揚げ   そう思う 言いたくもないことを   闇のうえの闇のように   どこでも構わないが   焔が点り、抱えた膝のなかで   あなたの声が静かになっていく   僕は そう言う   やがて言葉が   惨たらしさの写し絵になるのなんてわかっているのだから ---------------------------- [自由詩]虫、動詞たち/草野春心[2022年2月15日19時04分]   捜すこと   幻視すること   かんがえることが   小虫の群れになり壁を走る   たんに叫びだった声に甦れよ、   すべてのおちぶれた動詞たちよ ---------------------------- [自由詩]颱風/草野春心[2022年2月15日19時06分]   くろい函に   颱風がつまっている   ガラス製の 記憶より小さな、   そのよるがふるえるのをわかると   これは宝ものなのかもしれないとおもう   血液の、くろい川の   颱風で巻きあがる しぶきを浴びて   だれもかれも 記憶より小さくなっていく   建物に はいっている    くちびるたちは 応えようとせず   まいにちのかたちに似せられていくだけだ   それは ほんとうは なんなのか   わからないなりに いおうともせず   掻き傷のうかんでくるガラス製の   夜の 壁に 颱風が あたまをうちつけ   からだをうちつけて、咽びなき   それをくりかえしているふるえている   喋ろうともせず 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あいだに詰まっているから   あけがたの部屋はまぶしい ひかりとは   じゅうぶんに きえていることだ   きみの髪が くろい ながれている   どうしてやってきたのか   ことばのなかにいて   たどれない ---------------------------- [自由詩]髭/草野春心[2022年3月2日22時55分]   肩甲骨   と彼は呟いたが   そこから話はどこへも進まず   木管の音が間抜けに溢れる   さっき沸かした湯が   冷めていく   嗚呼、   髭。 ---------------------------- [自由詩]存在と縁台/草野春心[2022年5月27日17時43分]  みずからというものの  庭先に 縁台をひっぱりだしてきて  そんなふうな具合に 眠ることができた  一匹の猫が日なたの埃のなかをこちらに向かってくる  あなたを愛することができた よく晴れていて  生きることができた わたしは 何もかもを途中でなげだして ---------------------------- [自由詩]みぞれ雪/草野春心[2022年6月4日14時10分]   みぞれ雪が 都市に注いで   ごくすみやかに歌となる   その疾さで のどがかわいていく   煙草を 二口 吸う   毛皮のコートを着て出かける ---------------------------- [自由詩]貝殻/草野春心[2022年6月12日0時03分]  網膜の裏の貝殻  打ち寄せるパロールの波面にぬれ……  一つずつ 拾いながら 麦藁帽の  汗ばんだ夏の紐を結いなおす  顔だ それは 男たちの ---------------------------- [自由詩]文章/草野春心[2022年6月25日9時08分]  窓際にいて  日差しが区切れていく  とどめられた 文章  なにか 約束のようなものを  忘れるときのにおいが この世界 ---------------------------- [自由詩]唇と瞼/草野春心[2022年7月2日12時18分]  掠れた日差しに 傘をすぼめて  貴女の唇にすわりたい  悲しく 梅の花が路を塗る  あさの雨の うその雨の  やがて間遠な 瞼 ---------------------------- (ファイルの終わり)