もも うさぎ 2006年11月24日1時58分から2009年11月6日14時17分まで ---------------------------- [自由詩]キャベツ畑ランデヴー/もも うさぎ[2006年11月24日1時58分] 私たちはふだん 地球の反対に住んでいるので 会うには 大陸や 時間や お金や たくさんのものを越えなくてはなりません 仕方ないので 手っ取り早く待ち合わせ 夢の国で 今日も会うの 丑三つ時に 午後ののどかなキャベツ畑でランデヴー サラダを作っていくから ドレッシングを持ってきてね レコードを持っていくから 蓄音機を担いできてね 羽を持っていくから ラケットを持ってきて 鈎針を持っていくから 毛糸を持ってくるのよ 可愛くしていくから 敷物を持ってきてね 汚れちゃうからね 二人が離れることに なんの意味もないことを キャベツと午後の風だけが知るのよ キャベツ畑で待ち合わせましょう きっとすぐに見つけられる だからそっと目を閉じて         おやすみなさい                          おやすみ なさい     〜キャベツ畑ランデヴー〜 ---------------------------- [自由詩]クラヴィ ヴィエイヤール/もも うさぎ[2006年11月26日0時42分] クラヴィ・ヴィエイヤールは小さかった どのくらい小さいかというと あなたのまぁ 半分くらいで 俗に 小人と呼ばれる 種類の人間だったのかもしれなかった けれど 本人は そんなことは知らなかった クラヴィ・ヴィエイヤールは小さかった 彼はたった一人 森で 暮らしていた 母親の記憶は かすかにあったのかもしれないが 彼にとってそれは さほど重要ではなかった 幼い頃に 森へ 置き去りにされた彼は 森の息吹や 風を受けて 大きくなった  なったところで 小さかったのだけれど クラヴィ・ヴィエイヤールはなんでもこなした きのこの入った森のシチューは 彼の十八番だった 種を植えて麦を育て、 穂を実らせたそれらを刈り取って パンもつくった 動物の言葉が話せるとか そういうドリーミーな特徴は残念ながら彼にはなかった それより以前に彼は 言葉というものを話さなかった 言語というものに触れたことがなかったのだ 歌は歌ったけれど 木で出来た彼の小屋の前には 朝 たくさんの小鳥が 彼を起こしにきた 遊びにくるのは ふくろうやら いたちやら うさぎやら あ、実はうさぎは 食料にするため たまに捕った 彼はなんでもこなす うさぎを入れたシチューはまた格段に うまい そんな彼の元に ある日 変化が 彼と同じように森へ 赤ん坊が捨てられていた うさぎを狩りにきていた彼は その子を見つけると そっと連れて帰った クラヴィ・ヴィエイヤールが森に捨てられてから およそ20年の月日がたっていた まぁクラヴィは青年だったということになるのだけど クラヴィは小人で 世俗というものに関わらず 一人で生きていたから クラヴィは 青年だったと くくるのもどうかな まぁそれで 彼はその子を育てた 彼と同じように 小さな女の子だった 彼はその子を クララと 名づけた クラヴィはクララと一緒に暮らした クララはすくすくと育った 森の泉も 木蔭も 雨に映える光の粒も すべてがクララを育てた クララはそうして 大きくなった  なったところでそう大きくはなかったのだけど それはそれは 小さな小屋で ことこと煮込んだ うさぎシチューを食べながら 彼らは静かに時を過ごし (彼らは一言も口をきかなかった 言語を知らなかったから) (歌は歌ったけれど) そうして  30年の年月が過ぎた  彼らは本当に静かに 時を過ごし  また30年の年月が流れた 年月はまたたく間に 流れたが 彼らを取り巻く森は 何も変わらなかった もしかしたら森は 一層深くなったのかもしれなかったが 彼らはそんなことは 知らなかった 川のように流れる時を ゆっくりと小さなボートで渡るようにして 彼らは過ごした クラヴィは80歳で クララは60歳になった 彼らはそんなことは 知らなかったけれども 言語を知らず、本能すら ままならなかった 愛の言葉はおろか 行為すらも 彼らにとって 何が できただろうか そして その年の秋の終わりに  クララは そっと 動かなくなった クラヴィは 目から大きなしずくが 流れるのを そのままにしておいた そのままにして 一冬を 越した そのままにして 春になった 彼は 森の一番 大きな木を 小さな体で 切り倒した そして それを材料にして 大きな木の箱を作った それはクラヴィが中に5人ほど入れるくらい 大きかった そして その箱に クラヴィは 弦をはっていった 一本一本 箱に 弦を はる それはとてつもなく 息の長い作業で 春は過ぎ 夏を越えて 秋がまたきた 彼は 目からしずくをもう こぼさなかった 彼は ただ弦をはることだけに 意識を集中した 小屋は荒れ果てて きのこシチューはもう作られることなく 彼がもう狩をしなくなったことを悟ったうさぎたちは 彼のまわりで はねて遊んだ 彼はただ 弦を はりつづけた こうして満足いくまで弦をはってしまうと 今度は木の欠片をたくさん集めて 箱にとりつけた 八十八個もの小さな欠片を すべて箱にとりつけてしまうまで 少なくとも10年の月日が 流れていた 彼はおおよそ 95歳になっていた もうよくわからない たぶん95歳くらい それで 彼は それを 大事に 調整した それはもう長い月日をかけて 調整して 彼らは言葉を 持たなかったけれど 歌うことはできたから 彼は やがて 動かなくなった だいたい100年くらい 動いて 動かなくなった クラヴィ ヴィエイヤール その生涯 彼は言葉を持たなかったから その箱がなんなのかは知らず まぁ なんなのかなんて なんの意味があるだろう? 言葉は持たなかったけれど 歌は持っていたから その箱は 今でも 森の奥で   ひっそり眠っている 〜Piano〜 ---------------------------- [自由詩]遺書/もも うさぎ[2006年11月27日9時57分] ちょっと遠くまで 一人旅してきます 行き先はブルゴーニュ地方 はじめて行きます 街の真ん中にある ノートルダム聖堂の ケルト信仰と錬金術に関係があるって噂の 漆黒のマリア像に ちょっとキスしてこよっかな、と 思い立って か弱い あ、 可愛い てへ 女の子の一人旅なので もしかしたら 何かあって  死んじゃうかもしれないので 先に 書いておきますから いろいろ、書いておきますから 遺産はないです なにぶん 学生ですから 部屋のピンクのふわふわの小物たちは あなたに全部あげる あ、いらない? あ、そう・・・。 あたしは よく考えたら なんにも持ってないから  あなたに残せるものはなにもないけれど、 あたしの部屋のどこかに すべての記録を残した日記の アドレスが隠してあります しかも鍵つき日記なのです パスワードは なぞなぞ にしてみました わかるかなーーーー もしわからなくたって 教えてあげられないのよ? 一生懸命 頑張って考えてね あなたは すべてを 目の当たりにできるから 残りの人生をずっと あったかい気持ちで過ごしてもらえるくらいの                        想いは 残していく それから あの坂を昇って 街灯を頼りに いつかの薔薇を探して あなたに微笑む 薔薇を探して そしたら その薔薇が あたしだから あたしの灰をちょっとだけ 撒いてください それでおしまい ありがとう 助かった 助かった これで安心して 行ってこられます 火曜日の夜には帰ります ・・・すぐだねぇ。 ---------------------------- [自由詩]彼の 人生/もも うさぎ[2006年12月7日3時04分] 映写機の音がする 彼は 人のいない小さな劇場の  古く湿った 客席に座り  白くぼぉっと光るスクリーンを見つめる  ただ、かたかたと廻る音がするだけ そこには何も 写されることなく    ただ 薄白んだ光が 曖昧に揺れるばかり しかしそこに 彼は 見ている 幼い日 真っ赤な夕暮れに駆られ   学校かばんを背に飯田まで 何時間も歩いた その線路を  その線路を 彼は 見ている 戦時下 満州へ行き    二度と日本の土は踏めまい、と覚悟した   行き先を告げられず乗せられた船の 舳先に     佐渡の島を 見た 瞬間のことを その瞬間を 彼は見ている 大病に倒れ 暗い夜道を 家の中から運ばれた  担架の上から しっかり目に焼き付けた しんとした真冬の夜空に浮かぶ        真っ白な 月のことを その月を 彼は見ている 孫が 産まれた という知らせを受けて  朝の薄暗いバイパスを   興奮のあまり幾度となく 道を間違えながらも   たどりついた病院の 病棟の明かりを その明かりを 彼は見ている それらはスクリーンの上に  浮かび上がっては消え 浮かび上がっては 流れていった  彼はただ 見ている    彼はけして動かない 人が 持ってゆけるものは フィルムひとつ のみ   その他には なにひとつ 持ってゆけないのだから  彼は座ったまま、そっと 見ている     映写機はかたかた廻り、スクリーンは黄ばんだ白い光にあふれ 上映される その時間(とき)を、優しさや 愛と 呼ぶならば  人生は 愛に溢れている        人生は 愛に 溢れている 〜彼の 人生〜 ---------------------------- [自由詩]ピセラン ポエリア 鳥の歌/もも うさぎ[2006年12月22日15時08分]  ピセラン ポエリア 鳥の歌 あたしが夢の扉を叩けば ピセランポエリアが 眠りのはじっこを 嘴でついばんで そのままぐんぐん飛んでいく  ピセラン ポエリア 鳥の歌 遥か上空に神様を探して飛んだ 飛ぶだけ飛んで 古い地球儀の上で 昼寝しているあなたを見つけた 仕事中の居眠りなのか ガラス張りのオフィスのせいで あたしからはよく見えない 神様も よく見えない  ピセラン ポエリア 鳥の歌 そのまま飛んで雲の中 中世の友人たちが golden slumbersを飲みつつおしゃべり 頬の揺れる横顔の裏で 互いの秘密を味見し合う しあわせの糸口は ティーバッグの紐の部分に あるとか ないとか あるとか きらきらきりきら  ピセラン ポエリア 鳥の歌 キャベツ畑は無人で あまりに無人なので 焼き払ってしまった キャベツは当然焼きキャベツになり キャベツ畑は 世界のはじっこ  ピセラン ポエリア 鳥の歌 絹で作られた薔薇の花に アゲハ蝶のとまる シャンゼリゼの蝶は 目が利くと 雨に濡れた 三輪車の運転手は言う やがて蝶はシフォンの羽を破りさいて 美しく とけてしまう  ピセラン ポエリア 鳥の歌 人魚の洞窟は 静かな太古の鍾乳洞 水はそこにはないのに 反射するだけの水音が 揺れる光を救い出したとき あなたの背後に 人魚はいる  ピセラン ポエリア 鳥の歌 鏡職人の娘は 結婚式を明日に控え 鏡の迷路の部屋の中で 群青色の夜に泣く 幽霊のような秘め事をすべて 睫毛と鏡の間に隠して 写真立ての中へ お嫁に行く  ピセラン ポエリア 鳥の歌 あなたに触れたい  それをおさえるためだけに 詩を書く  それをおさえるためだけに 眠り薬を飲んで 死んでしまう  ピセラン ポエリア 鳥の歌 大昔の映写機を かたかた廻すのがお得意 壁にとまることも しあわせとかなしみをねだることも あたしの眠りを嘴から離したら あたしは夢から真っ逆さまに落ちていって 絹の薔薇も 地球儀も    そこにはなにもない  ピセラン ポエリア いつか一緒に 永遠の夢を見ましょう と   鳥の歌 〜ピセラン ポエリア 鳥の歌〜 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]鳩さぶれ。/もも うさぎ[2007年1月10日19時38分] 「もう無理なんだ・・」 と 電話の向こうですすり泣く男の声を聞きながら 鳩サブレーの袋を破いた。 バターのきゅんと効いたこの銘菓を、私は好きだ。 ぼりぼり。 むしゃむしゃ。 ばりばり。 むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ  むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ 「鳩サブレーを食べるのをやめて  僕の話をきいてくれ」と 尚も電話の向こうで声がする。 「君と一緒にいた二年間は素晴らしい時間だったし  僕にとってもかけがえのない記憶ばかりで  あの寒い朝にベッドで  君と交わした約束だって 僕は本気で守ろうとしていたんだ  一度つないだ手を 離すつもりなんかなかった  僕の中で核となっていたんだ  それはうそじゃない  嘘じゃないのに・・・・・  なんと言ったらいいか分からない  ・・・・・・    ・・・鳩サブレーを食べるのをやめてくれ!!!」 彼は少し叫んで、嗚咽をもらした。 電話の向こう側の気配も その空気も温度も 私には手にとるように分かるのだ。 二年間とは、そういう時間で それこそ言葉でどうにかなることなんかなくて そんなのナンセンスで ナンセンスで   ばり、と私は鳩の頭の部分を食した。 サブレーのかけらがつんと刺激する鼻の奥に気づかれないように ひたすら食べた。 ダイヤモンドのかけらみたいに 甘い夢さらバリバリ食べて、喉がひどく痛かった。 〜鳩さぶれ。〜 ---------------------------- [自由詩]蝶/もも うさぎ[2007年1月17日7時18分] あたしのスカートの 端っこを切ったのは あなたでしょう? 羽をばたばたさせて 空に浮かぶ 髪が伸びたので あたしは飛べるようになった まっさらな夜を あなたの匂いをたよりに飛んで 電光掲示板の上で一休みした 部屋の中ではあなたが 飼っている 蝶のことを想っている あたしがすぐそばに来ていることも 気づかずにいるのだろう カーテンレールの真ん中に  見えない紐をくくりつけては その紐をもっと 短くしたい衝動を タンブラーに 混ぜて溶かすのが ここからは 見える どこにも行かせない と 紐は 月に反射して きりきりと光る それでも それは ひどく優しい 本当は 紐を 絞めてしまいたい? 狼狽して頼りなげで 気が狂いそうな 夜 それでも日は昇るのだから 夢はもうおしまいにして 体はもう 混ざり合って タンブラーの中に消えた それでね だから あたしの スカートの端っこを 切ったのはあなたでしょう 一晩だけ 手繰り寄せて あなたが ここを 切ったのでしょう? 〜蝶〜 ---------------------------- [自由詩]手折り唄/もも うさぎ[2007年1月25日18時07分] あめのなかに ゆきのまじる ぶーげんびりあの かねのねの 音のあまつぶ しらゆきまじる むすめはやらない むすめはやらない 三つで病に 五つで迷子 十で嘘つき 十三に潮 十五で家を出 十八で百舌 二十でその血を 白雪へ落つ みずものゆれる ひのこのゆれる さいた純潔 くれまちす あめのなかに ゆきのまじる さいた純潔  くれまちす 〜手折り唄〜 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]ベルセーズ/もも うさぎ[2007年2月1日10時57分] 彼は 物書きだった 彼は古いランプを持っていて ほかには何も持っていなかった 紙も ペンも なにも持ってはいなかったのだけど 彼は物書きだった パリからオルレアンに向かう 列車の駅の前の 小さなアパルトマンの 日の薄く翳る半地下で 列車の轟音と どこからか聞こえる古時計の時鐘と 昔読んだ古い書物 頭のなかの言葉が 彼のすべてだった はずだった あるとき 彼は上の部屋から ピアノの音が聞こえるのに気づいた ベルセーズ それはただ繰り返して弾かれ 夢遊病のように甘いメロディーを 蜂蜜のようにしたたらせて 駅のほうからアパルトマンを見やれば ベージュのドレスを着た少女の影が そっと窺えた 彼はそれを 胸の奥深くにしまってしまった いつはじまったのか分からないメロディーは いつやむとも知らず それは何十年も何百年も繰り返されるように感じた それは彼の情欲を溶かし 甘美な言葉ばかりを 妄想のなかに 幽霊のように 巣くった 列車の音も 時鐘も いつしかやんでしまった ただひとりで彼は その情欲を持て余した 天使のような 葡萄のはじける蜜を その舌であつめたような そこに彼は 突き刺し貫こうとしていた 朝から晩まで繰り返して弾かれる 絶頂のない耽美 ベルセーズ もうたくさんだ!!! 彼はランプを手にし ピアノの聞こえる部屋へ向かった 上の廊下を歩くのははじめてだった こころのなかに矢を隠し持って 薄暗い木の床に靴の音 揺れる音色 血走った目に そっと悲しげな夢を宿し 彼はその 扉をあけた そこには なにもなかった ピアノも ベージュのドレスの乙女も 彼は 自分のこころの矢が それを貫き殺してしまったことを 悟った 情欲の逆は 沈黙だ そこにはなにもない 林檎ひとつ ない 静けさの向こう側 静寂 彼は書いた 紙がなければ 壁に書けばいい ペンがなければ 血で書けばいい 簡単なことじゃないか 叶わぬなら どうして 彼にそれを与えたのか 音はいまだ揺れる こころのなかを ランプの火のように 消すことの 意味を彼はもたない だから彼は 自らが消えてしまうことを選んだ こうして彼らの芸術は なにも残さず 沈黙した その駅は 今ではオルセーという美術館に姿をかえて現存している 界隈には古いアパルトマンが立ち並び 静寂の中にまなざしを隠し持っている たくさんの恋人たちが 消えたランプを目印に 愛を囁き合うのだ 〜ベルセーズ〜 ---------------------------- [自由詩]セピア/もも うさぎ[2007年2月8日9時49分] 目覚めたら  世界は セピア色だった そこには セピア色のシーツと セピア色の 僕のからだと セピア色のテーブルと椅子 セピア色のコーヒー セピア色の空には 夜の星屑がまだ 曖昧に瞬いて まだ少し残っていた セピア色のカレンダーに セピア色の書き込みが 月の途中まで書かれて止まっていた セピア色のぬいぐるみは 少しうつむいてその背をまるめ 目を閉じていた 暗いのではなかった 時は眠るのでもなくて ただすべてが古い 映画か写真の中に 息づいているようだった セピア色の僕の髪は 僕を怖がらせた きみの黒い髪を もう二度と見られないと思うとつらかった 何かのフィルターを通したように 裏庭ではいつもみたく 鳩が羽を休めていた 悲しいの? いや、そうじゃない あなた、泣きそうな顔してる きみも。 その雫だけが今も色を失っていなかった 僕のこころは揺さぶられ 届きもしない 濡れたまぶたに触れたくて セピア色の両手をあらん限りの力で伸ばした それは 静寂という名の 叫びに似ていた 僕は泣いた それはどこまでも この世界に 吸い込まれていった 〜セピア〜 ---------------------------- [自由詩]あおしんじゅ/もも うさぎ[2007年2月13日4時57分] あおしんじゅの森は 樹海の森だったし あたしはその結晶を とても美しいと思った 粒の小さい 白い涙のようなそれは 体に悪いと知っても 飲み込み続けるよりなかった ゆるい雪のように 花はしばらく降り 世界は少しずつ眠る まぶたのおりたあなたの唇に そっと指を触れた あたしは指だけで その味に体中をしずませる 夜 あなたのまわりには あおしんじゅが降りはじめていた あなたは気づかないけれど あたしは見ていた それはリキュールグラスの中に カーテンレールのすみに 果物皿の反射する水滴に その睫毛を凍らせた冬の月に バックミラーの涙に 揺れる ろうそくの影に ひそひそ 降り積もって あたしは見てたけど そうね それだけなら きっとあたしだって なにもかも投げ出したりしなかった 綺麗だったから 手が届かぬくらい 憎いほどに 綺麗だったから 雨音に吸い込まれて 濡らした睫毛も汗もかわいて 樹海になんて 誰も行ってないと言って 海にだって 誰も行ってないと言って なぐさめて 怖いって こどもみたいになんか 泣きたいわけじゃないんだから 綺麗だって 泣くの ね もう少しだけあたたかくなったら 春の雨に打たれながら この向こう側の空を見よう って そう まっすぐ 言うのね あたしはまた あおしんじゅの冷たさを 体中にまとってしまう 「とてちて」    「とてちて けんぢゃ」 ねぇ 行かないでね あたし何もいらないし もう十分綺麗なものを見て 眩しくてしょうがないの あたしが目を覆っているのは そういうわけなの だからせめても 森へは一緒にいく 手をつないで 髪をなでて揺らしながら 雨の灯かりで 二人でゆく 〜あおしんじゅ〜 ---------------------------- [未詩・独白]夕暮れ仏蘭西/もも うさぎ[2007年3月9日4時59分] 22番のバスに乗って 窓のそばに立って 18世紀だか19世紀だかの建物の列を横目で見て ラファイエットで購入したお洋服の紙袋抱えて 前に立ってるおじさんが 不機嫌そうな顔して時計見てて それを盗み見して 可愛いめがねだ まるいのだ 今日は天気が良くて 空がすごく綺麗で 凱旋門も それを囲むオレンジ灯も 門の向こうに続く道も 新しい時代の門も 走行中に屋根が外れたらしい車も なんだか綺麗で パリの鉄の貴婦人が 澄み渡る印象派の空の下で 夜のはじまりを告げて きらきらと光る 夕時だから道が混むのね あぁ 少しずつ 暮れていくこの空のように あたしは うちへ 帰ろう ---------------------------- [自由詩]春の雨/もも うさぎ[2007年4月4日6時26分] 春の雨になりたい あたし 春の雨になりたい あなたはすぐに 春の砂にまとわれて その嵐の中に 荒(すさ)ぼうと揺する 小さなオルゴールの中に こころ を 忘れてきたんだ サティの音がする 雨に混じって 凪ぐ 涙 微かに あの季節の向こう側に 帰る場所をみたの 未来の記憶だけを 頼りに探して つかんだと思ったら 春の砂のように さりゆくとて なかない 曇りガラスの空も そうっと洗い流す あたし 春の雨になりたい あなたの憂鬱を 長い夜を 朝靄のしんとした目覚めを そばで ただ いとしい、と 頬を撫でる 春の雨でありたい 〜春の雨〜 ---------------------------- [自由詩]彼の乗った船が エーゲ海で消えた/もも うさぎ[2007年4月6日10時00分] 彼の乗った船が エーゲ海で消えた 滅多にあることでも ない 彼の乗った船が エーゲ海で消えた 遠州浜の海岸線は 遠い砂浜 波に運ばれる 白い砂と 生き物の欠片 空はいつも砂浜のように白く ただ強い風が 鳥を 上空へ上空へと 運んでいる 彼の乗った船が エーゲ海で消えた 砂浜にはひとつの扉 ここをあければ あたしはひとりではない あけなければ あたしは ずっと ひとりだ 扉の向こうを 覗き見たら 目の前の夜に 何百万光年も向こうの銀河を発見した それはあたしたちの銀河系と同じ 渦巻銀河で 回転するその独楽のような小宇宙は 中央から外に向かって おびただしい数の  ダイヤモンドの光を 放っていた その情景は 深海のようにも見え 海に浮かぶ銀河に あたしは そっと 手を伸ばしてみる ここに入れば あたしはひとりではない 扉を閉める音は 思ったより響かなかった 砂浜には ひとの気配はなく ただ 騙しているような 白い空が広がるばかり いつのまにか ひざまで水につかっていて 寒くはなかった あたしはここで 砂の欠片が 薄白い光を浴びて  浚(さら)われていくのを ずっと見ている きっと ずっと 見ていることになる 彼の乗った船が エーゲ海で 消えた とき あたしは そばに いられた 彼が あの深海銀河を 待ち合わせ場所に選んだのだ 〜彼の乗った船が エーゲ海で消えた〜 ---------------------------- [自由詩]川岸/もも うさぎ[2007年4月22日2時48分] さらり ふぅ さらり 水の音 ふぅ さらり 川岸で あかい手を あらってた 空には月が揺れ あたしは 朧月夜、を 口ずさむ 川岸で流れた血を その砂と草に押し付けた 額すら押し付けて 祈った あたしたちは 次にきっと この川岸で会うはずだったのだ そうでしょう? あたしは 自分が言ったことも守らずに あなたが恋しくて どうしようもなくて 血をみて だから  あなたは こない すっかり水に浸かってしまうまで 冷えた体を震わせながら あらっていた 刹那 月が影り あなたのもとに いける気がした 鳥がそっと 歩いていた 口許だけを形にして呼んでみた もう すこしだけ 泣けばよかった 〜川岸〜 ---------------------------- [自由詩]ある雨の日より/もも うさぎ[2007年6月17日23時27分] 「序」 万華鏡に 甘い想い出だけを そっと詰めて くるくるまわして のぞきこむ 金平糖のじゃれあうような さらさらした音がはじけて あまりの甘さに 歯を痛めて 目を空にやれば   突然の雨に きらめく雨粒は 同じように さらさらと  鳴って  「うみ」 茶器を愛でるように ひとは壁にそっと触れて 撫でて 眺めて ほほう とひとこと ため息をついて これはいい境界線をお持ちですね と、繰り返される言葉の折に 曇りの海には小雨が降って そっとその境界線を溶かしていった 目を細めて 見やりながら ほほう とまた ひとこと ため息をついて 「あめ」 優しい言葉を紡ぐ人に 優しいね、と言われたので うつむいてしまった 昼間の夏空はどこかに消え去って 梅雨のような薄暗い雲が 幾重にも幾重にも 降らせている 雨の音を さよならって 言うために生きてるんだから 言うときはどうか 慎重に よく考えて 美しさだけで 言ったりなんかしないで その人はそう言って 大陸の雨は 島の雨とは少し違うような気もする 大陸の風は 島の風と違って あたしが住んでいたところは 海がとても近かったから 海から吹く空っ風で いつも 吹き荒れて あの日の海も とっくに流されて さよならを言ったことに 思ったより後から気づいたりする 幾重にも降る 雨の音を 頬杖をついて 目をつむる 午後 「かぜ」 あたしの飛ばした意識が 風に乗って行き着いたのは 太古の遺跡だった 空の隙間が ほんの少し開いて その意識を吸い取ってくれるのを そこで待っているのだろう (雨はまた上がったんだ) この空のどこかには 必ず壁があって その狭間を吟遊詩人が旅していて そんなお話が大好きだったから さわりたくて のばした手は 収拾がつかなくて 空を掴んで もうじゅうぶんだと思う 風は 昇華するためだけに どこまでも運んでくれるから そのために今日は とても強く吹いて ときを待っているのだ 人を立ち止まらせるのは 必ず 自分自身の 足で 虚空に気持ちを泳がせては プリズムの揺れるバスの中を ドロップのひとつでも 舐める  〜ある雨の日より〜 ---------------------------- [未詩・独白]朝/もも うさぎ[2007年6月22日21時36分] 大地が 少し 揺れた ここはパリなので それは夢だと分かった モノクロのカーテンの幕が ゆっくりあがるように 日を目覚めさせる そういう揺れだ 意識の向こうに 黒く流れる髪のすじを その睫毛を 手の熱さを 見つけて 目を開きたいのをこらえて 意地でもそこに しがみつこうとした あたしの意志とは関係なく 夜の長さは決まる 感覚は研ぎ澄まされ むせぶその匂いに 鼻をこすりつけて 空と海のような関係を結んだ その体温に 身をうずめて 時間の火を ほとばしらせた 一瞬で 夜は 終わる 白んだ光りの中には 白いシーツと あたしの体だけ 今日も早く眼を開きすぎたのだ、と 祈るように  気づく 〜朝〜 ---------------------------- [自由詩]あなたの目が 覚めたら   ?/もも うさぎ[2007年8月15日3時12分] ひとりぼっちの あなたとあたしで 手をつなぎながら サーカスの入り口を探している 青いテントのまわりはしんとして 群青色の空と地面と同化する 途方にくれながら 歩き続けて 寂れた柵を辿りながら 真昼の月を見上げている それを愛と呼ぼう と 彼は言う ましろな一片の 透き通る印象派の偶像の 根本的な美しさを 愛と呼ぼう それを愛と呼ぼう と あたしは言う 逆側の空にぽっかり浮かぶ 揺れて光の砂粒で遊ぶ その光源の根本的な強さを 愛と呼ぼう 〜あなたの目が 覚めたら〜 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]あなたの目が 覚めたら   ?/もも うさぎ[2007年8月15日3時15分] ここはプラードという カタローニャの街で 寂れた旧市街には 悲しげなリュートの音が聞こえて この小さな街に カザルスは亡命してきたのだという 晩年 ホワイトハウスでカザルスが演奏したときの 言葉と'鳥の歌'を あたまの中で反芻してみる その教会への坂道を 木製のチェロケースを引きながら カザルスは毎日登ったのだと いう あたしは世界に取り込まれる 銀色の砂漠のような 粒が光ったと思い手に取ると 瞬時にそれは光りを失い また違う粒が光る そして いざなわれる その月が 誓いを帯びた十字架のように ましろな一片の 印象派の偶像であることを あたしは分かる 現実と映像を行き来する ---------------------------- [自由詩]あなたの目が 覚めたら   ?/もも うさぎ[2007年8月15日3時24分] モーリス ラベル 序奏とアレグロ より その砂浜の空間に いくつかの扉が 出現して それぞれは現実とつながっている それらはあたしたちの住む 少し湿気た森ではなく あたしたちの住む 暑い 夏の姿へと繋がっている 扉を行き来する 現実世界の あのオフィスの 人々 彼らが去ってしまった後に シャンデリアのような 月が ぽつん と 残っている 鳥籠には あたし 鳥籠の柵を辿っていく どちらが内側で どちらが外側なのか 歩く シャンデリアの りんとなる 音 柵を 回転木馬が 駆け抜けていく すべてを絡めとるように それらは 浪々と動く そして花畑へ ゆく場所は 同じでも そこで会うのは とても難しいのだから 待ち合わせを 決めておいたらいい と  一面の花たちの 歌う 花 花 花 花嵐 そして 月と 砂漠 そして 花嵐!! そして消える 残ったのは 薄曇った あなたの部屋の ソファに座ったあたしたち そっと後ろから 抱きしめられる 感覚 のみ 〜あなたの目が 覚めたら〜 ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]世界/もも うさぎ[2007年11月9日5時44分] 誰かに頼まれて 夜のオフィスに出掛けた。 最寄りの地下鉄の駅は アールヌーヴォーのオレンジ灯で ひとがたくさん歩いていた。 あなたを知ってるわ、と 話しかけられ、惑い、通り過ぎる。 そのオフィスに行くのははじめてで、 自分がなんの仕事をするのかも分からなくて とりあえずガラスのドアを抜け 最上階の部屋まで上った。 そこは窓一面がガラス張りになっているところで、 影のようなひとたちがたくさん、仕事をしていた。 あたしはガラスから外を臨むようなデスクに座るように促され、 鉛筆と、方眼紙を渡された。 そこにはたくさんの目盛と基準が書き込まれ、 時間軸や、時空の動きをメモする欄があった。 あたしが仕事に戸惑っていると、 一人の男性が近くにやってきて、 「外をごらん」 と言った。 いつのまにか まわりの影のような人たちは、すうっといなくなり、 (どんどん薄くなっていった、というのが正しいかもしれない)、 部屋にいるのはあたしと彼だけになっていた。 外を見渡すと、 それは 宝石の屑をちりばめたような夜景で、 斜めにそびえたつ時計台や ちいさな火のいくつも揺れる灯篭を流したような川や 灯台や 飛行機を迎え撃つ煌くビル郡や 童話の挿絵のように 美しい細胞の果ての果てのように 暗闇にそれらは広がっていた。 「ここから見える 流れ星や 雷の落ちた場所を、  その方眼紙に書き込んでもらいたい」 と、彼は言った。 「そんなことできるの?」 と あたしは狼狽したけれど、 「できるさ」 と 言われ また窓の外に視線を戻した。 方眼紙には 隕石が落ちた時に書く欄もあり 隕石の種類別に 違うマークを書き込むように、と指示が書かれていた。 あたしはずっと窓の外を見ていたけど、 隕石どころか、 雷も落ちないし、流れ星も 落ちなかった。 彼はそのまま横にいて、 何も喋らずに何かの仕事をしていた。 あたしはただ呆けて、眼下のパノラマを眺めていた。 突然   これがすべての世界なのだ、と 理解した。 メトロの駅も、オフィスも、ひとだかりも偶像でしかなくて、 それらをただ 時計台の鐘を鳴らすように 世界を管理する それが あたしの仕事なのだ、と。 突然目の前が明るくなり、 とても大きい 白く 蒼く澄んで 光り灯された まるい星が ぽっかりと浮かんだ。 月だ 異様な大きさの 月の出現は 驚くどころかあたしたちを喜ばせ となりにいた彼は ガラスの窓をあけて、外にでようとした。 窓の向こうには わずか10センチほどの 窓枠のさんがあるだけで、 彼が外にでてしまったことに あたしは 今度はひどく悲しくなった。 彼は月の白い灯りを存分に浴び 頼りない足元を 気にも留めていないようだった。 地上はあまりにも遠く、月の方が近いかもしれない。 窓枠を唯一つかむその指を あたしは すべてを動員して祈ったように思う。 彼は無事にオフィスへとすべりこみ、 月はまた遠ざかっていった。 あたしは何も言わなかった。 「怖かったでしょう? きみは こういうのが嫌いだから。」 と、彼は 言った。 あたしたちは、またもとの仕事に戻った。 流れ星も、雷も、隕石も落ちない。 目の前に広がる 言葉では言い尽くせない夜景。 夜はあけず、均衡の美しさは衰えず、 あたしたちは いつまでも 世界の管理を続けた。  〜世界〜 ---------------------------- [自由詩]ありし天文所の休暇/もも うさぎ[2008年1月20日3時15分] その坂の上は外人墓地になっていて 少しだけ風がそよぐ。 港町を見下ろすその場所で、 土の上に居場所をなくした人々が 眠っている。 その風を、汗に濡れた指先でなでるのが好きだ。 だから今日も 真夏の陰る坂道をゆく。 急な細い坂道を、 ぐねぐねとのぼっていく。 白いワンピースと、白い帽子で。 たくさんのことは理不尽で 言葉にならずに埋もれてしまったものたちは 確かに 空中を漂いながら、 やがて墓場にゆきつくのだろう。 目の前に、確かにそれが見える。 明るすぎる日差しに、細める目が やさしく痛む。 ありし日の思い出は スカートをまきあげる真夏の風が 熱に浮かされた戯言のように その真価を 真珠の首飾りのように 織り上げてゆく。 世界が終るまで あたしはその坂をのぼる。 あたしはあなたの人生に、 花を絶やさない。  〜ありし天文所の休暇〜 ---------------------------- [自由詩]素描/もも うさぎ[2008年4月13日2時41分]    ケンタウルスの夜に ケンタウルスの夜に 星屑を降らせよ 砂糖菓子のように甘くかたまって 壮大な橋をつくれ 研ぎ澄まされた露を舐めて 硝子の角を指先に絡ませて ケンタウルスの夜に 星屑を降らせよ あなたの声は遠い 受話器を強く耳に押し当てて つぶれたピアスがとても痛い それでもあたしは そのひとつひとつの吐息の音だけを頼りに 星明りの下の砂漠に 光る一筋の砂の上をさまよいゆくように  「素描」 今度の素描は自信があるのだ、と言って 彼が持ってきたスケッチブックを手に 私は今 困惑している 彼の目はいたずらを覚えた天使のように 年齢に合わない くるくるとした輝きを帯びて 失礼ですが これは楽譜では? と 問いかける私の声は 静けさの森の奥に吸い込まれていくのだった 彼は しい、と 口元に一本指を立て 耳を澄ませと仕草する 白黒の鍵盤から 音がほろほろとこぼれる 羽ばたき、あるときはけたたましく鳴き、 印象派の空へとのぼる その小さな体が去ると また森は 静寂の中に ああ 幼き日の私が取り残されている  〜素描〜 ---------------------------- [自由詩]きみの一日を 僕は知らない/もも うさぎ[2008年4月14日11時04分] きみの一日を 僕は知らない きみが毎朝買っているパンの味も きみが気にして飲んでいる健康ドリンクのことも きみが僕に隠れて嬉しそうに読んでいる新聞の四コマ漫画のことも きみが髪を無造作に結い上げるその方法も 僕は知らない きみの一日を 僕は知らない きみが今 誰と話しているのか 僕は知らない きみが今 何を見ているのか 僕は知らない きみが今 思い浮かべているのは誰なのか 僕は知らない きみが今 思い浮かべているのは何処なのか 僕は知らない きみがいつも話してくれる「お茶友達の栗田さん」が 誰なのかも きみが大好きな巨大なピンク色のぬいぐるみの良さも きみが大成功したという仕事の時の表情も きみが家族と電話で話すときの 声の調子も 僕は知らない きみが笑っているのか 僕は知らない きみが泣いているのか 僕は知らない 僕は知らない きみの一日を 僕は知らない いつもと変わらない きみの出迎えと いつもと変わらない 夕食の匂い 疲れたでしょう、とそっと抱きしめてくれるその体が 一日のうちに何を背負い、何を赦し、何を愛したのか 僕は知らない きみの一日を 僕は知らない それでも必ず ここに帰ってきてほしい、と 僕は願う この場所で いつまでも眠ってほしい と 僕は それだけでいい 〜きみの一日を 僕は知らない〜 ---------------------------- [自由詩]きみを想いながら/もも うさぎ[2008年4月15日10時37分] ああ きみはどうしてこの世界に来たのですか と 機関士が言ったので そうだな、僕は なにひとつ持ってこられなかった と こたえた 砂漠の砂は日々減ってゆき 海はすぐそこまで迫って 僕は両腕をひろげて 眠るきみに日陰をつくった そうして僕も ずいぶん長いこと眠っていたんだ 呼ぶ声がした 僕は目をあけることはなかった 夕闇は迫れど 僕のこころは 波の向こうに揺れて ぷかぷかゆらゆら 浮かんで消えた 僕のこころはいつか ぽっかりと飾られた星にでもなって 楕円を描くレールの上を 廻りながら たったひとりで 目をつむりながら きみを想いながら ああ どうしてきみは泣いているのですか と 機関士が訊くので そうだな、僕は なにひとつ持ってこられなかった と こたえた 〜きみを想いながら〜 ---------------------------- [自由詩]春と月と やわらかな旅立ち/もも うさぎ[2008年4月17日5時10分] 昔 父さんが庭の木に作ってくれたブランコに 僕たち兄弟が並んで そうやって 毎日 そうやって暮れるまで 永遠に思えるような時間を過ごした 季節が変わるたびに 短くなっていくのだと 気づいたら立ち消えていた それらは みんな 一体 どこにいってしまったのだろう ベッドに目をやれば 月明かりの下 きみがすやすやと眠っている 僕は そうだな、僕は たぶん、行くところがある 行かなくてはならない、と説明しても きっときみは泣くんだろう そのときは 小さなきみに預けてある僕の半身を きみは僕に返さなきゃならない そして僕はきみの半身を きみ自身の人生に 返してあげなきゃいけないんだ 〜春と月と やわらかな旅立ち〜 ---------------------------- [自由詩]うさぎ/もも うさぎ[2008年4月17日23時23分] 雪見大福サイズの 雪見大福みたいなうさぎたちに 羽がはえて ぶーーーーん って いっぱい空を飛んでる なんだかあわててぶんぶんしているので いっぴき 飛ぶうさぎを捕まえて 「どしたん?」 って 訊いてみたら そらが そらが(´;ω;`) って 言うから 見上げたら 月が ありえない大きさで こちらに迫ってくるのが分かって ものすごく綺麗だったけれど どんどん大きくなる月は きっとすべてを 変えてしまうんだろうね まだ帰りたくない 帰りたくない  って 手の中のうさぎが泣くからさ あたしまで ぼろぼろと涙をこぼしてしまった ---------------------------- [自由詩]花火/もも うさぎ[2008年6月17日10時06分] 長いこと 時間はたった ずいぶんと 睫毛も 声も 痩せてしまったね、と笑う それすらも 全部両手で抱えて持ってゆきたい 日常の風景のひとつだった おぼつかない足取りで 浴衣を着て 後ろからその帯を結ぶわたしの指には 確実にあった時間という しわやしみがたくさんあって いとおしい日々よ その昔、書いた詩は 死、というものを真っ向から見据えようとして それがどんなに哀しいものなのか いかに虚無なものなのか 目を逸らさずに、美談にせずに そうやって必死に見ていた それは、若さゆえの、死の見方だった 今でも悔やむのは どうして、もっと優しい 優しく愛しい言葉で 死を綴れなかったのか どうして、 あたたかいそのときを迎えられるような詩を書けなかったのか 美談で 結構じゃないか 優しい気持ちが すべてを包むのに なお 手を伸ばして触れることで すべて伝わるのだから 毎日 手をつなぎながら どちらかが倒れても 手を離さず あの頃の歌を歌い続けながら 力の抜けたその肩を抱いて 今夜の花火だけは 最後まで 一緒に 見ようじゃないか 〜花火〜 ---------------------------- [自由詩]ダンスホール/もも うさぎ[2008年6月26日3時26分] 刻む秒針の 大時計の音が気になるので 夜中の階段を昇るのだ 光る猫や人形の目を避けるように しずかに しずかに 足音たてず 針はとまる 真夜中に僕の亡霊は 音のないダンスホールで踊っている 蒼く 真珠の 薄暗くきらめく透明なオーガンジーを まとった君を腕に抱き そっと見ている子供の僕にウィンクしながら 僕たちの亡霊は 何世紀も 何世紀も 踊るのだ ---------------------------- [自由詩]水槽/もも うさぎ[2009年11月6日14時17分] 夜の階段を下りて 一階はとっくに海に沈んでいったので その、密やかな貝を避けながら 水の中につま先をいれる どこまでも透明な 水晶を重ねて束ねて作った 深海は 魚を飲み込む あなたを捜しながら どこともない 海の中を 鉛筆立ての中を 洗面台に住む亀の裏を 覗きこむのだ 泳げない夜のうさぎたちが 浮かぶグラスに泡をたくさん溜めて 酔いたい 、と 集う。 彼らはとても 静かで賢い。 例えばこうやって 幾つもの暗闇を漕ぎ 舟はいつか あの祭壇に辿り着くのか 音はしずむ あの頃の亡霊たちは どこへいったのか 水にとけてしまった砂糖壺の奥深くに 今でも あなたは眠っている ---------------------------- (ファイルの終わり)