ぽえむ君 2007年8月2日20時24分から2009年9月3日0時48分まで ---------------------------- [自由詩]孤独の物語/ぽえむ君[2007年8月2日20時24分] 人は 一人では孤独にはなれない もし人間が 最初から自分だけだとしたら 孤独という感情が生まれることは ないのだろう 孤独になれるのは 多くの他人の鼓動と呼吸とを ぶつけあい その結果として生まれてくる それは同時に 自分が自分になる その物語の序章でもある 孤独な気持ちを持てば持つほど 物語は広がり その味わいも深く 豊かになってゆく そしてその物語はいつか 誰かの物語につながってゆく ---------------------------- [自由詩]昨日も見たというのに/ぽえむ君[2007年8月3日22時00分] その日の夏が始まる トンボが空をすいすいと 気持ちよさ気に飛んでいる 空は泳げることを 初めて知った 昨日も見たというのに その日の夏が折り返す 繁る木々の葉がさわさわと 軽いリズムで揺れている 風は歌うことを 初めて知った 昨日も見たというのに その日の夏が沈む 蛍が闇をふわふわと 静かに時を止めている 光は溶けることを 初めて知った 昨日も見たというのに ---------------------------- [自由詩]夏からの手紙/ぽえむ君[2007年8月4日22時42分] 夏から手紙が来た  こっちはもう夏だぞ ここだって夏なんだよ 手紙に向かって言い返す  今年も広い夏になっているぞ そういえば都会の夏は狭苦しい  こっちにくる時は  麦藁帽子を持って来いよ  川で魚をすくうもよし  捕まえた虫を入れるもよし もうそんな歳ではないよ 苦笑いしながら手紙を読む 思えば 便利な生活空間の中で 夏が狭くなってゆく ---------------------------- [自由詩]夏の匂い/ぽえむ君[2007年8月5日21時46分] 高い空から照りつける 強い陽射しがじりじりと 焦がれた土は風の手に 夏の匂いと蜃気楼 細い川から流れ出す 静かな音でさらさらと 潤う水は風の手に 夏の匂いと糸トンボ 小さな店に子どもたち 揺れる幟がはたはたと 賑わう声は風の手に 夏の匂いとカキ氷 短い影で歩き出す 白い姿がとぼとぼと 流れる汗は風の手に 夏の匂いと空の雲 ---------------------------- [自由詩]祭の金魚/ぽえむ君[2007年8月6日23時15分] 祭の金魚すくいで義理でもらった 間に合わせの小さな薄いビニール袋に 入れられた時から すでに水がこぼれていた それでもそこから漏れてくる水を 押さえながら そろりそろりと家に持ち帰る とりあえず 風呂場の洗面器の中に入れてみる 泳いではいるけど どこか元気がない もらう時はあんなに元気に泳ぎ回っていたのに もう元気を失っている 次の日の朝 金魚は生きていた 駅前のお店で開店とともに水槽を買ってきた 中に入れる竜宮城のセットも忘れなかった 家に戻り 置くべきところに水槽を置き いざ引越しと思った時だった 洗面器の中の金魚は動いていなかった 家の中には 丈夫で立派な水槽だけが 窓から入る光に照らされていた ---------------------------- [自由詩]空を旋回する/ぽえむ君[2007年8月7日20時16分] すじ雲が広がる空の中で 遠くの方で飛行機が弧を描く ゆっくりと大きな旋回だった 夕陽に反射する銀色が 勇ましかった 飛行機は目的地に向かうための 方向を変えるというよりも 今の空をすべて見よう そんな声が 遠くから聞こえてきそうだった 自由に飛び回れる飛行機は 地面を動く自分にも 何か勇気を与えているようだった 小さく狭いところにいる考えは 自分の足を固くする 飛行機は空を回る ぼくもぼくを回る 飛行機もぼくも飛んでゆく あるべき方向へ飛んでゆく ---------------------------- [自由詩]不思議な日常/ぽえむ君[2007年8月8日20時18分] どこにでも手に入る いつでも目に入る そんなモノに囲まれて いつも当たり前だと思っている けれども それを作る工場は 最初はそれが何であるのか さっぱりわからない 何も関係なさそうな 部品と部品とが出会いながら 一つの流れの中に集まって 少しずつ形になってゆく 不思議な巡り会わせ 世の中にはそういうモノで 溢れている そしてそれが日常になってゆく ---------------------------- [自由詩]夕陽が呼吸する/ぽえむ君[2007年8月9日21時09分] 夕陽が呼吸する 昼を吸って 夜を吐いてゆく 夕陽が広がる空は とてつもなく大きいけれど その呼吸は かすかに揺れているだけ 夕陽は静かに呼吸する 微かに夜を吐いてゆく 全ての生き物とともに 呼吸と鼓動をあわせて 夕陽は眠ってゆく 生き物にとって 自然物もまた生き物なのだ 昨日の夕陽と今日の夕陽は違う 夕陽が呼吸をする ---------------------------- [自由詩]学校に行きたくない/ぽえむ君[2007年8月10日22時46分] 彼は学校が嫌いだ 学校に行っても 何をしているのか 何をしたいのか 何一つとして理解できない 何をしても 面白いと思うことはない だから 彼の子どもは いつも夏休みになっている そして 彼は今日も真面目に 会社に出勤する 彼女も学校が嫌いだ 学校に行くと 叱られたり いじめられたり 事故にあったり 誘拐されてしまうのでは そんな心配ばかりして いいと思うことはない だから 彼女の子どもは 学校に行かなくても いいものだと思ってる そして 彼女は今日も楽しそうに カルチャーセンターに通う ---------------------------- [自由詩]言葉が白くなる/ぽえむ君[2007年8月11日22時54分] 言葉が白くなる その言葉はもともと 愛や夢だったのかもしれない 確かに今まであったものが 消えてゆく 忘却とともに 蓄積が始まってゆく 過去が現在へと結ばれる 言葉が白くなる その言葉はもともと 勇気や希望だったのかもしれない 確かに今までに湧いていたものが 失ってゆく 消滅とともに 創造が始まってゆく 現在が未来へと渡される ---------------------------- [自由詩]半分の歳の頃/ぽえむ君[2007年8月12日22時27分] 今の自分が まだ今の歳の半分だった頃 今の年齢の人が とても偉大に見えた あれから 自分の歳が二倍になって 今の歳になったけれど こんなものかとふと思う なぜだろう 今の自分より 半分の歳の人を見て どこか自分の時よりも 不思議と大人に見える なぜだろう これから 今の自分はまた歳をとる 二倍まで生きれるかどうかは わからない 偉大に見られるのか 幼く感じるのか それすらもわからない それはまだ 自分がまだ半分の歳だから ---------------------------- [自由詩]夏が溶けてゆく/ぽえむ君[2007年8月13日21時38分] 夏は自分に耐えられなくなって 自分の体がどろどろと溶け始めていた 青い空が溶けてゆく 白い雲が溶けてゆく 清らな川の音が溶けてゆく 都会の道路はぐにゃぐにゃに曲がって 信号機が次々と倒れてゆく タイヤのゴムの匂いが町に充満する 生ゴミとアブラゼミの鳴き声が同化する それでもまだ 夏が溶けてゆく 苛立ったまま行き場を失い 海に逃れた人間は 溶けてゆく海を見て失望する 口を開いたまま浮かぶ魚たちが 生臭い匂いを放ちながら ゆっくりと溶けてゆく まだ太陽は沈まない 夏は夏を溶かしてゆく ---------------------------- [自由詩]漢字を書こう/ぽえむ君[2007年8月14日22時30分] 漢字を書こう 一画ずつ正しい筆順で 口の部分は四角ではなく 顔の中にあるくちなんだ きちんと三画で ○ではないんだ それはその字に失礼だ そもそもそれでは その字の意味がわからない しっかりと一画ずつ 縦に書いてゆくと気づくだろう 正しい書き順は自然なんだ 漢字を書こう わずか一文字の漢字だけど その上や下には たくさんの漢字や言葉が連なって 広い意味を持つ 知っているようで知らない世界 それは漢字の いや言葉の宇宙 ---------------------------- [自由詩]夏の渓谷/ぽえむ君[2007年8月17日20時59分] 夏の渓谷 そろりそろりと川の水へ 足を踏み入れる 心地よい冷たさが体の中へ 冷房の涼しさとは違う 透き通る水底には 兄弟なのか姉妹なのか 小魚が二匹泳いでる 夏の渓谷 どこから流れているのか せせらぎに どこから聞こえてくるのか 蝉の声 見上げれば青空が 眺めていると 足もとに何かが触れる 恋人なのか親子なのか 流れ葉が二つ泳いでる 夏の渓谷 今ここにいながらも もう思い出ができてゆく ---------------------------- [自由詩]豊かな夏/ぽえむ君[2007年8月18日22時50分] 林の中の上り坂 豊かな緑の 新たに生まれる空気が 空につながっている 小川に沿った土の道 豊かな水の 新たに生まれる波が 海につながっている 暑さの中の涼しい風 豊かな夏の 新たに生まれる言葉が 望みにつながっている ---------------------------- [自由詩]走り続けること/ぽえむ君[2007年8月19日22時09分] 走り続けること 自らの体力の限界を知る そして 自らの走り方と これから生きてゆく走り方を 知ることになる 走り続けること それによって 自らの限界を 勝手に決め付けていただけで まだ自らの限界に達していないことに ようやく気づくことになる 走り続けること 自分との戦いだと思っていたけれど 心の中では 多くの人たちと一緒になって 走っていることに 初めて理解することができる 走り続けること それが正しいものなのか それとも違うことなのか まだゴールに着いていない 精一杯の努力から 汗が流れてゆく ---------------------------- [自由詩]花になれなかった種たち/ぽえむ君[2007年8月20日22時59分] その種たちは 花を咲かせることができなかった 人間だけでなく 他の生き物の目に留まることなく 存在すら知られずに 消滅するしか道はなかった 生まれた時は 生きていこうとする意志と 花を開かせる夢に満ち溢れていた しかし 土を探せなかった 文明の流れにその身を潰された それでも その種たちは諦めなかった 諦めようとはしなかった 本能を頼りに 命のある限り 土を追い求めた やがて その種たちの終わりがやってきた 種たちは何も言えなくなった ついに種たちは風になり 風を咲かせるようになった ---------------------------- [自由詩]旅情/ぽえむ君[2007年8月21日21時26分] 生き方求めて旅に出て 遥か遠くへ身を運ぶ 景色風情に感ずるも 心の穴はふさがらず 彷徨い続け旅をする 場所から場所へ移る間に 夏の畑にただ一人 大汗落とす姿見て ふと立ち止まるその景色 心こみ上げ涙する 今の目にする情景は 特に地名はないけれど 人の生き方そのままに 我の生き方そのままに 旅とは何かふと思い 幾度もその身を移動する 花や光に感ずるも 心の場所は定まらず 彷徨い続け旅をする 今の目にするその人は 特にその名はないけれど この地の様をそのままに 我が地の様をそのままに ---------------------------- [自由詩]涙が流れて色になる/ぽえむ君[2007年8月22日20時31分] 涙が流れて色になる どんなことであれ 何か一つのことができるまで 寒くて凍えそうになっても 暑くて動けなくなりかけても 泣くことを我慢して ようやく成し遂げる その時になって 自然とこぼれてゆくその涙が 色となって心に残る それを涙色という 涙色に染まったその心は 弱々しいものではなく 昨日の努力を糧にして 今日を精一杯に生き 明日を奮い立たせてゆく 涙が流れて色になる ---------------------------- [自由詩]雲のシッポ/ぽえむ君[2007年8月23日21時05分] 平たい大きな雲が 冷たい空気の上に寝そべって 暖かい空気をかぶったまま 空を旅してる いろんな場所を見られるように 頭がたくさんあって 世界を西から東へ ぷかぷか旅してる ぼくは立ったまま 彼の行方を眺めている ぼくは今 彼の胴体の下にいる やがてあのシッポが ぼくのところに来るのだろう ひんやりとした風は シッポを振った 彼からの挨拶かもしれない ---------------------------- [自由詩]グラスの中の過去/ぽえむ君[2007年8月24日21時33分] 水を注いだグラスの中を 過去の思い出が通り過ぎてゆく 時には努力の思い出 汗を流している友の顔が 楕円に大きくなってゆく 大したことではなかったことが 大きな喜びだった 時には恋の思い出 二人で歩いた路地が ゆっくりと過ぎてゆく ささやかな喜びが 大きな幸せだった そして時には悲しい思い出も 思わず目を背けたくなるものの これもまた自分の思い出 過去は変えられることができないことを その人に代わりがいないことを 理解以上に認識した 今もまた いろいろな過去がグラスに膨らみながら 通り過ぎてゆく ---------------------------- [自由詩]夏祭り/ぽえむ君[2007年8月26日22時14分] 夏祭りが終わった その次の日の朝 不思議な世界だったこの公園は いつもの公園を たた狭くしているだけの 小さな空間でしかなかった 組み立てられていた木材が リズムよく折りたたまれてゆく 白いテントが低くなり 鉄骨は一つ一つが並べられ 大きな袋の中に入ってゆく あんなに大きかった世界は 一畳の広さの上に積み込まれ 閉じてゆく 夏祭りはこの中に 来年まで眠る 今年の夏は終わる 蝉の声とともに どこか風は秋のようだった ---------------------------- [自由詩]家族通話無料の時代/ぽえむ君[2007年8月27日21時10分] 「家族の通話は無料です」 携帯電話会社が前面に出したキャッチコピー 広告は時代に敏感で なおかつ時代を創り出す 家族通話無料の時代がやってきた そうでもしなければ 家族の会話が弾まないのか もともと家族間通話の割合が低いのだろうか だから無料にしても 会社の利益は損なうことはないのだろうか それは定かではない 家族通話無料の時代 それは家族が一つの場所にいなくても 気軽に会話ができる 離れていても安心なのか どんどん家族の距離が遠くなる 家族通話無料の時代 いつでも無料だから また今度にかければいいやと思って 案外かけないことが多くなる どんどん家族の会話が減ってゆく 家族通話無料の時代 通信手段が便利な分 絆の弱さが見えてくる ---------------------------- [自由詩]迷子になった標識/ぽえむ君[2007年8月28日21時02分] 標識は目的地を見失った 曲がり角や道路が増え 地名が変わり 自分の指している方向が 正確な方向なのか その道が近道なのか 遠回りなのかさえ わからなくなってしまった 標識の近くには 新たな標識が生まれ 自分の存在が どうでもよくなっていった 標識は自分の位置を知りたくて 他の標識を求めていた そして彼らも同じだった 見上げてしまえば 簡単に済むという標識たちは 複雑な地図に 今日も行く場所に困っている ---------------------------- [自由詩]君の夏の中に/ぽえむ君[2007年8月29日20時09分] 君の夏の中に 向日葵は咲いた 去年よりも太い茎で 大きな花を咲かせて はっきりとした向日葵は これからしおれてゆくだろう けれども君はそれを 悲しんではいけない それが自然なのだから ほら たくさんの種が 花の中に生まれているだろう 君の夏の中の向日葵は 未来に向かって 確実に生き続けてゆく 君の夏の中に 来年の夏の向日葵が宿っている ---------------------------- [自由詩]大人たちの遊び/ぽえむ君[2007年9月1日10時55分] 晴れた日に テレビゲームをしていたら 外で遊べと言われ 公園でサッカーをしていたら ボール遊びはするなと言われ 自転車で探検に出かけたら 行き先を必ず言えと言われる ぼくたちの遊びを奪ったのは ガキ大将でもなく 不良グループでもなく 大人たちが勝手に描いた 大人たちの遊び 大人たちの遊ぶ世界が ぼくたちを狭くする 安全とか健全とかは 遊びにはずっと後ろにあるんだ ぼくたちも広くて深い世界を いまだに知らない ---------------------------- [自由詩]秋の実/ぽえむ君[2007年9月3日13時36分] 今あなたが食べた その秋の実は 一年に一度しか実がならない そんな生き物なのです 人の一生の中では わずか五十回くらいしか 作ることができません この秋の実ができるまでに 冷たい風の中を 激しい雨の中を 暑い日差しの中を 一本一本を守りながら 一本一本を育てながら 秋になってようやく その実ができるのです 今あなたが お店でふと買ってきた その秋の実は 一本の木に一年に一度しか 実がならないのです その甘さの中に 苦労という味もあるのです ---------------------------- [自由詩]初めて宇宙を見た夜/ぽえむ君[2007年9月4日13時34分] 太陽が沈んでゆく そこが西の空だ そして今日は下弦の月 だからすぐには 月を見ることができない 真夜中までじっと待て そうしたら 太陽が沈んだ反対側を見ろ 今日の理科で習ったばかりの知識 理解はしたけど半信半疑で聞いていた そんな時間まで起きていられない 明日も学校があるし しかも朝練だから早く寝ておきたい なぜかどうしても眠れなかった 時計を見ればいい時間だ 外に出て空を眺めた 夜風が心地いい 東がどこだかわからない けれども 本当に驚いた 月がちゃんと浮いている 習った通りの習った位置に 綺麗な半月が浮き出ている そこが東であることを 初めて知った いつも見慣れた場所なのに いつも見慣れた月なのに 生まれて初めて月を見た 生まれて初めて宇宙を見た ぼくは宇宙の中にいるんだな ぼくは地球に立っているんだな ---------------------------- [自由詩]豊かさの中で/ぽえむ君[2007年12月1日21時12分] 豊かさの中で ぼくたちは泣いている ほしいと思ったものが いつでも手に入るから いつでも捨ててしまう 持つべきものがなくとも 誰かが持ってきてくれる 便利さだけでは 豊かにならないことを 誰もがわかっているのに それを幸福だと感じなければならない そんな押し付けに ぼくたちは泣いている こんなに豊かなのに 本当の自分のものはと聞かれたら もしかしたら 一つもないのかもしれない そもそも 自分というものがあるのかどうかさえ わからない 豊かさの中で ぼくたちはいつも貧しくて 何かに飢えながら そして泣いている ぼくたちは笑いたいだけなのだ 自分らしい笑顔のない豊かさの中で ぼくたちは泣いている ---------------------------- [自由詩]高度文明/ぽえむ君[2009年9月3日0時48分] 高度文明 交差点の真ん中で一人の男が倒れた 風邪などによる体調不良ではなく とりわけ身体に障害をもっていたわけでもなかった 彼は早い段階から 交差点に一台の車が走ってくるのに気がついていた それでも 彼はまったく動けなくなってしまった 彼は身体を動かす意志をもっていた それでも 彼はまったく動けなくなった もはや彼は意思と身体が切り離された それだけではない 彼は交差点という社会からも取り残された 彼はただ目だけを開いて どんよりとした空を見つめるよりほかなかった 走ってきた車が彼のぎりぎりのところで止まった 高度文明 交差点に向かって一人の男が車を運転していた 決められている速度を超えて走っているわけではなく とりわけ運転以外のことを考えているわけでもなかった 彼は早い段階から 交差点で一人の男が倒れているのに気がついた それでも 彼は走ることをやめなかった それは信号機の色が青だったからだった 進むことを許可された社会規則に従おうとした 彼はまったく動けなくなってしまった 彼は車を止める意志をもっていた それでも 彼はまったく動けなくなった もはや彼は意思と身体が切り離された それだけではない 彼は交差点という社会と葛藤を起こした 彼はただ目だけを開いて どんよりとした空を見つめながら 原始古来の人間の本能に従う行動を起こした 彼はようやく倒れている男の人の前で車を止めた 高度文明 交差点で信号待ちをしている一人の男がいた 信号が青になり 彼は静かに交差点を渡り始めた 交差点の真ん中で 前に歩いている男の人が急に倒れたのに気がついた 声をかけようとしたが まもなく信号機の色が赤に変わることを予想して 彼はそのまま黙って渡り続けた 彼は倒れている男の人を交差点に残して そのまま渡り終えた 振り向くと 交差点の真ん中に男の人が静かに倒れていた 一台の車が男の人の前に止まるまで ただじっと見ているだけだった どんよりとした空の中で 交差点を渡るときから 自分の手に携帯電話を握っていることに 彼はようやく気がついた ---------------------------- (ファイルの終わり)