shu 2007年7月21日18時33分から2009年8月27日1時36分まで ---------------------------- [自由詩]水観/shu[2007年7月21日18時33分] 清涼なる川面に素足を浸し そろりそろりと踏みゆき 冷やかな感触を足裏に楽しむ 風の音や遠く聞こゆる鳥の囀りは せせらぎに紛れ やがて胎内に居るかのような 懐かしい静寂の音に包まれる 小魚木漏れ日に誘われ 温床のたまりに戯れ 青き空を映す水面に小さき唇を寄せる さわさわと揺れる黒き木陰 音もなく落ち往く枯葉 突如樹雨が降り注ぎ すわ散りまた集う稚魚の群れ 水 留まれば濁り 流るれば 即ち清し 滔滔と流る 大海の如き水流に やがて一匹一匹と放れゆく 流れるままに いのち閃かせ ---------------------------- [自由詩]濁流/shu[2007年7月23日18時11分] ココハドコダ 雨が降っている 気持ちいいぞ もっと降ればいいと 空を見上げて 太陽はあまりにまぶしくて 手をかざすと色が失せ 黒い輪郭に透けた悲しみが揺れる だから かざす手など要らない 影など要らない 雨でいい 知らん振りした 透明な雨に打たれて イクツモノ アイヲコロシタ おれの中に沁み込んで 優しいフリをする記憶なんか そっくり地面に 流れてしまえばいい 緑が霞む 花が霞む おれもかすんで 雨になる じっと耳を澄まそう さらさらと優しく 時に叩くように 痛みを伴って落ちる音 轟々と流れる音 ココハ オレノナカヲナガレル ナツカシイ カワ 汚れた 川 だ その深さを おれも知らない ---------------------------- [自由詩]さよなら/shu[2007年7月24日2時09分] あいが死ぬ また そこで あそこで 小さな息はいて 誰にも見えないから 簡単に あいが しぬ 息を吸って 大声で泣いて 生まれてきたのに よちよち歩いて 小さな手で 掴もうとしていたのに 育ててきたはずなのに どうして そんなに あっけなく 手を離す なきがらを 抱きしめて 空に埋める もう 手の届かないところに 流れて ---------------------------- [自由詩]ゆれる/shu[2007年8月10日2時56分] 揺れるものが すきだ ぶらんこ はっぱ おっぱい おしり ぷりん せんたくもの くもの糸 みずたまりの青空 海のそこからみたひかり なみだとほほえみのあいだで ゆれる ひと ---------------------------- [自由詩]夏の白日/shu[2007年9月27日0時04分] 大きなクリの木を 蹴り上げて うずくまり 道端のまだ青い イガイガを触って 小首をかしげて 泣いた 上手に想い出を折り畳めなくて 冷たく湿った土の上に 焦げついた記憶の影を落として 夏を見あげて 燃え尽きない 空白の呼吸 掻き集める息苦しさにたまらず 雛鳥のように 口を大きく開けて 逃げ走る 赤く爛れていく アスファルトの野山を 嗚呼 胸の裂け目から 葉っぱが舞うよぅ いっぱい舞うよぅ 狂ったように 撒き散らして 渦巻く風の向こう 無音の暗闇に 十五夜の まあるい月が 黄金色の蜜を 垂らしている ---------------------------- [自由詩]お絵かき/shu[2007年9月27日21時27分] ここではまるで反転したかのように 辺りは真っ暗で影だけが白い 「言葉」という絵の具を ぼくたちの真白い影に落として遊ぶ 「あい」は心臓になり 「くう」は胃になり 「ほしい」は生殖器になり どす黒く赤い心臓にむかって 「あい」と叫ぶ 心臓はどくどくと律動して膨張する 「くう」と叫ぶと 胃がくねくねと捩れて膨らむ 「ほしい」と叫ぶと 白い影がうれしそうに震え ぼくの性器が螺旋状に伸びて きみの性器にくっついて 互いの臓器を吸い始める 心臓も胃も腸も肝臓も膵臓も 笑うように震える あい ほしい あい ほしい あい あいっ 狂ったようにぼくたちは叫ぶ 影は絡みあい混ざりあい沸騰し膨らんで ひとつの塊になり渦巻き燃える太陽となって 爆発する そうして漆黒の宇宙のようなキャンバスに 真白い胃だけが所在なく 風船のようにふわふわと漂って キャンバスの外側では おたまじゃくしのようなぼくたちが 頭をくっつけあって くすくす笑いながら回っている ---------------------------- [自由詩]生きる/shu[2007年9月29日0時10分] 荒涼とした原野に 流転の種は解き放たれ 十五夜の月が 黄金色の蜜を 大地に垂らし 豊潤の実りを 見つめている 舞う種は地に根付き 芽は硬い殻を破り 一息呼吸する 天に向かって 手を伸ばし 開かれる蕾は震え 歓喜する 我は 花なり ―散って尚  ふたたび   実を結び― ---------------------------- [自由詩]沈黙の種子/shu[2007年9月29日22時24分] 胸に潜む 沈黙の種子よ 忘れえぬ時の傷みを孕み 切り立った断崖に木霊する エクリチュールの犇き 伝えられなかった想い その亡骸 堆積した土塊でできた テラコッタの不在の空洞に 残っているならば 涙よ 溢れ湛え 砕け散乱した 愛おしく切ない 記憶の欠片を葉脈に吸い 無限の描線を かの蒼い空間に伸ばし 遥かなる黄昏に 開かれよ 枯れ果てた心の大地に 根を張り蔦を伸ばし 生まれ出づる歓喜の葉を茂らせ 内包する 無音 の 彼方の煌きに 震え 咲け ---------------------------- [自由詩]抱擁/shu[2007年10月13日1時01分] あなたのなかをふるあめが あなたのまつげをゆらして あなたのなかをふるゆきが くちびるをふるわせるとき ぼくはあなたのてにふれて ちいさくなみうつおと ちいさくはじけるおと あまりにやさしいかなしみが ゆっくりととけていくように ただじっと ただじっと きいています わたげのように あなたのいたみを だいて ---------------------------- [自由詩]風邪/shu[2007年10月17日1時48分] この広い野原いっぱいきむちちげ さみしいよるにはさむげたん 嗚呼 熱が出ると こころが優しくなるね 不思議だね 空気を抱き寄せてはあはあはあはあ うどんがアタマの中でぐるぐる スリッパが雨音のように走り回って ぱたぱたぱたぱたぱたぱた も゛うだめでずか? ―すいません。ナス畑に行きたいんですが 行きたきゃ行けよ ナスの冷たい肌の感触が なんだかさみしくて懐かしい とんでもないことが起こりそうな 夜のマサチューセッツ そりこみ頭の村長はいますか あなた変わりはないですか そうですか もう体温計ぬいていいですか だれもいないし ハナミズは立ったまま眠っている ---------------------------- [自由詩]雨の風景 ?/shu[2007年10月22日20時09分] 君のまつげが ふいに 揺れて まるで手のひらに 雨粒をうけるように かなしみを 見上げている そうして たった今降りだしたかのような顔をして 胸の中に一気になだれ込んで ほくはたちまち 愛おしさに 轟々と飲み込まれ 溺れるように 君を抱く ---------------------------- [自由詩]落日/shu[2007年11月5日11時25分] あなたのひとみから こぼれ落ちた悲しみが 約束された事象の 織り込まれた糸を伝い ぼくを貫く 海底のような 揺らぎのなかで ふたりの合わさった痛みは 祝杯をあげるように 胸の水盤に注がれ 波紋を描いて交じり合いながら まるで未知を示しているかのような 空を映し出す そうして 手をつないで 帰ろうと微笑み うなずきあって ぼくらは動けないでいる 夕日に縫い付けられたかのように ---------------------------- [自由詩]冬の海/shu[2007年11月28日3時11分] いつもこの電車を 乗り過ごして 海に来てしまう もう誰もいない スコップで掬って 持ち帰れるような 銀色の風景 はだしになって ひとしきり砂を蹴り 波を相手に追いかけっこをして 飽きると 石ころを人型に並べて 殺人現場みたくして ふむーと唸り 海に向かって 「誰ですかーっ?」 と叫んだりする そうして 意味もなく腕立て伏せをしたりして 電車に乗って帰って こたつに潜り込む 足に砂がついたままで こするとさらさら落ちて 錆びた鉛色の血のようで だからどうした と ミカンを頬張りながら まるくなって 目をつぶると 忘れてきたものが 唾液のようにあふれて じたばた 耳の奥で 溺れだす 熱い石が 欲しくなる ---------------------------- [自由詩]ふゆのレモン/shu[2007年12月15日18時47分] 小さな啄木鳥が 枝のむこうに 隠れて鳴いている 霜に白く 苔に覆われた墓石の上に 戯れる小栗鼠 韜晦する記憶のメレンゲ 青い雫 仄かに紅く冷たく かじかんだ耳たぶに 触る そらのおと 鱗のような 落ち葉のあしあとが 失われた物語を包んで その海を 軽やかに渡る 揺れる産毛 閉じ込められた 石鹸の匂い 葉脈のような ちいさな手が いっぱい 伸びて 空に 投げあげる ふゆのレモン ---------------------------- [自由詩]たんぽぽ/shu[2008年3月3日23時17分] 凍ったような蒼い空の下 あの子は霜降る土地で落ち葉拾いをしている 空と大地の狭間に風が舞い 所在を失った言葉たちが 透き通った身体で浮遊する 指の先で感情と涙の分量を測り 葉脈に記していく ああ 今日は雪のようにしんしんと降ってきます あなたの言の葉 あなたの抜け殻 あなたの骸 涙は冷たい空気に晒された 暖かい心との温度差によって滲み出る雫 あなたの流した涙の数だけ拾いましょう 白い息を吹きかけ かじかんだ手のひらをそっと開けば 言葉の残骸が一つ一つふわりと舞いあがリ まだ冷たい春のほのおにポポポ…と燃えて 生まれたばかりのつぼみを震わせる そうして 大地に足を這わせ踏ん張って 澄み渡った青空に身をよじり 放たれた香を求め祈るように手を伸ばし 胸の花びらを開きはじめる ---------------------------- [自由詩]さくら/shu[2008年4月16日23時34分] 「ここになにかがありまする」 そう言って彼女は化石発掘用のトンカチで 私の胸をとんとんと叩く いつもの陽だまりの午後 「なにもありませぬ」 「いやいや、なにかあるであろう」 やがてポッカリと割れた私の胸の断崖を 丁寧に刷毛で掃いて 「ふむふむ」 と覗き込む 「あった?」 彼女は答えない まるで考古学者のように眉をひそめて くんくんと匂いを嗅ぐ 一陣の風が胸の穴から舞い上がり 彼女の前髪をふわりと揺らす 驚いた表情でなにかを指でつまんで 私の前に差し出す 「これはなんであろう」 「はて、桜の花びらではあるまいか」 胸の穴は黒く深く死に絶えた闇 白き花の咲くところ 「さくらは一度死んでから咲き始めるのよ。  だからあんなに幹が黒いの」 「だから、あんなに花は白いのか」 花は散り緑の葉が茂る 桜は散って生き返る 「収穫収穫」 そう言って彼女は舌に花びらをそっとのせ 私の手をとり踊りだす なにか言っているが言葉にならない 畳にさす西日に二人の影が枝のように伸びて くすくすといつまでも揺れている ---------------------------- [自由詩]アロエ/shu[2008年10月25日3時01分] 葉脈のない手で 壊れそうな きみを複製して アロエ 愛がひざまずいて ここに痣ができたの ぎざぎざの記憶の痕 なぞるふたつの指 触れる粘液の とろりと滴る 透明な罪を 閉ざされた唇に注ぐ 咲いた 紅い絆の向こうに 消えていく きみの輪郭 ---------------------------- [自由詩]アスファルト/shu[2008年12月8日16時50分] アスファルトの熱 耳をつけてキミの温度を聴く 不安で仕方なくって キミの確かさが欲しくって 塗り固めてしまった弱い僕たちだけど ねぇ あすふぁると あすふぁると 明日はあると? 朝は冷たくて 昼は太陽の熱さを抱いて 静かに夜を羽織り眠るキミ 時代をのせて ぼくたちの安心を得るための小さな罪に 耐えてくすんで崩れて また踏み固められて どこまでも遠のいていく逃げ水を追いかけて 雨あがりにキミの上に溜まった世界の涙を スキップして踏んで飛んで 今日もキミの上を ぼくたちは 歩いていく ねぇ あすふぁると あすふぁると ---------------------------- [自由詩]清掃日和/shu[2008年12月25日23時37分] 今日は水族園の定休日 清掃はぼくの仕事だ すっかり水の抜けた巨大水槽の中 頭上に燃える太陽 遠くジェット機が白い尾をひいて空を行く 濡れたコンクリの地面に空から落ちた星のように 干からびたヒトデが転がっている ピチチチチ さっきからどこかで 魚の跳ねる音がするのだけれど どこにいるのかわからない 表面に気泡のできた巨大な岩をブラシでゴシゴシこする 田舎のばあちゃんのオニギリの匂い 気泡の穴から時折シャボン玉が舞い上がる プクリプクリ 死んでしまったジンベイザメのかわりに 明日から深海で見つかった人魚が来るという 深海魚って顔がでかかったり 目がぎょろっと大きく腫れ上がったりしてるし あんまり期待していない でもどんな子なんだろう ひとつ ふたつ みっつ デッキブラシに頬を預けて シャボン玉の数を数えているうちに 目蓋の裏にひなたの欠片がゆっくりと沈んでいく 細胞膜のようなガラスの向こう 赤く透けた人魚の目 深海の眼差し 暗い海底に黒く翻る影 過去を呟く無数の泡 ピチチチ 跳ねているのは 忘れ去られた ぼくの 尾ひれ ---------------------------- [自由詩]路線バス/shu[2009年3月11日1時48分] 白い時間のうつわ 網膜のひだまり ベンチでうつらうつらしている間に 思い出が回遊してくる おはよう さよなら おはよう さよなら 巻き戻される行き先 首を傾げて立っている 錆びた時刻表と 時計のような丸い標識 顔の見えない帽子が上下して 白い手袋が敬礼する 発車オーライ 走り去る静寂 もういちど 待っていたいから 黄色い砂ぼこりに 手を振ってみる ---------------------------- [自由詩]rain/shu[2009年6月10日22時37分] 『貴方の背に咲く空を見る  目が痛いほどそれは青くて  目を瞑ったら雨が降る  塩辛くなどあるわけないでしょ  雨粒はとても甘いの  貴方に分けてあげたいの』 おまえは甘いというけれど おれにはとてもにがすぎる 苦すぎる?荷が過ぎる? いやいや甘くも辛くもないんだ その睫毛にたまった雨粒に 名前をつけるのはやめようや 『愛してる』とか 『悲しい』とか 『嬉しい』とか 『孤独だ』とか そんな理由が必要で? いろんな証明が必要で? そんなもの夜のうちに ベランダに干しときゃ 蒸発しちまうよ おれはそう言って おまえの唇にゆびをねじこんで 黙らせる 黙らせる 荒々しい息が交じり合って 悲しみなんて沁み込まないように ケモノの息に紛れ込む 何も見えなくなるくらい いっぱいの雨音 ---------------------------- [自由詩]ねぇ/shu[2009年6月12日1時54分] ねぇ 呼びかける なんでもいいから 誰でも 花でも 木でも 鳥でも 空でも 雲でも 遠くても ねぇ 呼びかける 声が 聞きたい ---------------------------- [自由詩]いそしぎ/shu[2009年6月12日20時25分] 足の向くまま川辺を歩く チィリリリーと鳴きながら いそしぎがひっそりと降り立った すこしだけ日が射すような くもりぞらが おまえには似合うね 生え換わる赤子のような羽毛を 胸に抱えて 高く空をゆくひばりを あどけない瞳でみあげ 輪郭のぼやけた毎日の切片を たよりない足取りで辿る 打ち寄せては消える記憶の波 やさしい孤独 翼に隠した白い誇り なにげない日常の声が 水面に揺らぎ ふと おまえは消える ---------------------------- [自由詩]蒲団の中で考えたこと/shu[2009年6月16日20時36分] さしみこんにゃく さしみこんにゃく さしみこんにゃく と3回唱えると アラ不思議 すこし笑ってしまう ---------------------------- [自由詩]月夜の散歩/shu[2009年6月17日16時03分] 月夜に犬を連れて散歩に出た。 境川という神奈川と東京都の県境に 流れる川の畔を歩く。 橋のたもとまで来ると何やら小さな生き物が 何匹も橋の隅をぞろぞろ動いている。 アメリカザリガニだ。 向こう岸に渡ろうとしているようだ。 橋の上には若い男女が腰掛けている。 ピアスをした丸坊主の男は コーラを飲みながら笑い転げてる。 女のほうは黒いワンピースを着て なにやら無心に食べている。 ―やめろってばっ ふはは やめちくりー 男は笑って橋から転げそうだ。 私と犬は知らん顔してザリガニを見ている。 赤いハサミが月明かりに映えて美しい。 やがて女の口から泡がいっぱい出てくる。 男はだんだん真剣な口調になってくる。 ―やめてくれ。愛してるから。  なっ そんなことすんな よく見ると女が手にしているのは石鹸だ。 石鹸をなにかナイフのようなもので削っては 口に運んでいる。 ぶくぶくぶくぶくと女の口から泡が吹き出し しゃぼんが舞い始める。 半狂乱になって喚いていた男の声が小さくなる。 口はパクパク動いている。 だけど声がすぐに消えてしまう。 見るとしゃぼん玉の中に男の吐き出した言葉が すっぽり入ってふわふわ浮いている。 「愛してルーッ」 と何度も叫んでいるらしい。 『して』と『愛』と『ルーッ』が交錯しながら ふわりふわりと宙に舞う。 これまた月明かりに映えて美しい。 そのうち『して』は空高く舞い上がり 『ルーッ』はクルクル回って 風に飛ばされてしまった。 『愛』はどこに行ったのだろうと思ったら 地面にみんな落ちていた。 男は丸坊主の頭を抱えてうずくまってしまった。 女は月を見たまま、相変わらず泡を吐き続けている。 ザリガニが『愛』をはさみで拾い上げて 黙々と向こう岸に行進していく。 犬が月に向かって一声吼えた。 東京都に行くのは今日はやめにしよう。 ---------------------------- [自由詩]深海魚/shu[2009年6月24日1時13分] オレの胸の奥底に深海魚が眠っている 時折目を覚まし尾ひれを影のように揺らす 鬼灯を口に含んだように頬をふくらませて きゅっきゅっ  と小さく鳴く 月を見る猫の目のような 深くもなく浅くもなく 悲しくもなくうれしくもなく 闇を溶かして固めた黒曜石のような瞳で 湧いては消える記憶の泡を眺めては 頬を鳴らして底の砂に身を沈め再び眠る おまえどっからきた いつまでいるんだ おい オレは金魚鉢じゃねえぞ 深海魚は決してあがっては来ない だって死んぢまうから 今日も奴の尾ひれが オレも知らない奥底の 記憶を揺らす戯れの泡のなかで ひらひら揺れている ---------------------------- [自由詩]⊇ω`⊂ω/shu[2009年7月8日0時27分] 毎晩なかなか寝つけないオレは こっそり夜中に起きて 傍らで寝息をたてている オマエの白い背中に口づける そうしてチャックをあけたなら 幾重にも重なったページをめくるように そっと整理をはじめます 『カゝナょ∪L丶』 『うяё∪L丶』 『⊃яаL丶』 『⊇わL丶』 ちょっぴり濡れているのは 「カゝナょ∪ゐ」関連の文字 そんなページだけを選んでは引き出します そうしてそれをベランダに全部干してしまいます 朝になればたいがい文字はすっかり蒸発し 真っ白いページに戻っています それをまたそっと背中に戻して やっと眠ります だからいつも起きるのは オマエのほうが早いけど 朝早くから大きな声で 歌うのはやめてほしい ---------------------------- [自由詩]Right as rain -夢の数ほどあめが降る-/shu[2009年7月9日15時52分] ひさしぶりにバスに乗ってどこかに行こうかと バス停のベンチに座ってぼんやり空を眺めていたら ゴロゴロ雷が鳴りだしてどんより重たそうな雲が湧いてきた ぽつぽつと額にあめがあたりはじめる 「お兄さんにもカサを貸してあげなさい」 突然、バスを待っていたお母さんが 赤いカッパを着た幼稚園児の娘に言う 隣にちょこんと座って 「はい」と差し出された小さなカサに とまどいながら断るのも悪い気がして 背中を丸めて一緒にカサのなかに入る あどけない瞳でのぞきこむように僕を見て言う -あめはねー、雲の上でバクが喜んで駆け回るから降るんだよ -へぇー -誰かがいっぱい夢を見るとそれを喜んで食べるんだって ほら、バクの毛が降ってきた。ほら。ね 白い綿毛のようなものがあめと一緒にふわふわと落ちてくる なんだか見ているとまぶたが重くなって眠くなる あくびをするとお母さんが笑いながら言う -眠毛っていうんですよ。気じゃなくて毛のほうね 隣にいたサラリーマンのおじさんが不思議そうな顔をして 空を見上げている やがて遠く雨に霞む森の方から 大きな体を揺らして 毛むくじゃらのバスがやってくる ---------------------------- [散文(批評随筆小説等)]紫陽花/shu[2009年7月10日17時44分] 月明かりに仄かに紫陽花の花びらが浮かび上がる。 ゆめこはそっと鼻を近づけてくんくん犬みたいに嗅ぐ。 「あじさいは毒があるんだぜ」 私がそう言うと花をひとつ捥いで、いたずらに口をあけてみせる。 「痙攣、過呼吸、麻痺が起こって死ぬんだ。意外と知られてないけどね」 「ふーん」 紫陽花をバックに月明かりでヌードを撮ろうと言ったのはほんの気まぐれ。 それを真に受けて、ゆめこは下着も着けずに白いワンピースををはおり 渋る私の手をとって、二人は近くのお寺の境内に侵入したのだ。 夜の寺は海の底のような青く澄み切った空気に満ち、漆喰の本堂や苔むした地面、 深緑の木々が息をしているように、その存在の輪郭を露わにしている。 寺の背後のこんもりとした黒い森からはアオバズクの声がする。 「あじさいってのは七変化って言ってな。アントシアニンや土壌のpH(酸性度)によって  色が変わるんだ。土壌が酸性ならば青、アルカリ性ならば赤、と言われてる」 そんな含蓄を垂れる私をよそにゆめこはさっさと服を脱いで、月明かりの下に立つ。 「じゃあ、このお寺の土は酸性ね。お骨が埋まっているせいかしら」 青紫にその身を染める紫陽花の傍らに、ゆめこの白い肢体が寄り添う。 肌がほんのり月明かりに滲んでいるように見えるのはファインダーのせいなのか。 しんと静まり返った境内にシャッター音が響く。 二人は撮っては花影に隠れ、本堂の様子を窺う。 「ほっほ ほっほっ」 アオバズクの鳴き声をゆめこが真似る。 その口元がおかしいので笑ってしまう。 声を殺して、くすくす笑いあう。 「わたしは何色になった?」 「え?」 「あなたは酸性?アルカリ性?」 まじまじとゆめこの白い肢体を眺める。 いたずらな瞳で、べぇ、と舌を出すゆめこ。 その薄紅色の濡れた舌先にいつのまにか青紫の花びらがのっている。 私は本堂の上に浮かぶ月に視線を移す。 きっとゆめこは地面に咲く花じゃない。 口には出さずに、私も紫陽花の花びらを捥いで、舌にのせる。 照らしているのかいないのか、そんな月明かりの柔らかい光の中で ふたりはいつまでも紫陽花の影の中に揺れる自分たちの影をみつめている。 ---------------------------- [自由詩]悪魔と釣り/shu[2009年8月27日1時36分] 空のとまり木に腰かけて 悪魔が釣りをしている こんな泥の中から蓮の花が咲くなんて マジ信じられんわ と呟いて 黒く濡れた尻尾を伸ばして垂らす そうして蓮の根を食べて生きている小魚たちが 大きく口を開けて食いつくのを待っている 尻尾の先についている餌は 「愛」 ---------------------------- (ファイルの終わり)