ルナク 2007年12月2日11時40分から2012年7月30日13時36分まで ---------------------------- [自由詩]フィチカ/ルナク[2007年12月2日11時40分] フィチカ、雨の国。 春には雨の花が咲き 夏にはきらめく雨がふる 秋には雨も紅葉し 冬には白い雨がふる    (誰か)が「冷たかろう」と言い    (誰か)が「寂しかろう」と言う    だけども、それは(誰か)の心 フィチカの雨はあたたかく フィチカの雨はやわらかい 雨の言葉がわかる人だけ、 雨を愛する人にだけ、 フィチカは笑みを返してくれる フィチカ、雨の国。 今日も一日ふっている ---------------------------- [自由詩]「削る」/ルナク[2008年7月28日10時21分] もうだいぶ短くなった青鉛筆を 今日も必死に削っている 先を細く細く尖らせなければ 気がすまないんだ そのくせ 極度の尖端恐怖症なものだから どれほど尖っているのか 目で見て確かめることもできやしない 人差し指の平に すこし押し付けて その痛みで判断をする 今日は下手をすれば指に突き刺さるほど 細く尖らせることができた とても満足したので 何も描かずに筆箱にしまう 街で急に思い立つといけないから スケッチブックと筆箱は 常に持ち歩いている 持ち歩いているうちに 鉛筆の先端はいつの間にか丸くなる なにか大事なものを描きたくなっても 尖っていない青鉛筆では 何も描く気がしない そうしてまた 僕は必死に削り始めるんだ そうしてまた 季節はぐるりと一周して 僕の青鉛筆は 何も描いてもらえないまま その命を終えて行くんだ ---------------------------- [自由詩]霧の浅瀬/ルナク[2012年7月26日17時00分] 歩いていました 水平線は見えません とても見たかった水平線は 霧に隠れて 今日は いません 知っていました 本当は ここは霧の浅瀬 いつもいつもけむっています それは私のこころ それは私の胸の中 この頃は そう いつもけむっているのです 素足になって歩いてみます 九月の海は すこし冷たい それでも私の もやもやとしたこんな思いを 誰かのせいにするのではなく 思い知るにはちょうどいい 思い知るにはちょうどいいのです 霧の浅瀬を 歩いていました 今日はひとりで 歩いていました ---------------------------- [自由詩]小夜曲/ルナク[2012年7月26日17時12分] ピアノ弾くあなたの指を 私はじっと見つめている ときに優しくときに激しく 流れるように囁くように 指は水面(みなも)を 夜の水面をはじいて動く 私のためにだけ一夜中(ひとよじゅう) あなたは曲(うた)を奏でてくれる ときに優しくときに激しく なだめるように呟くように 溢れる想い 零れる想い 夜の岸辺によせては反す 私はじっと見つめている ただの一度もこの身には 触れることのないその白い指 私のために時も忘れて 夜の終わりまで弾きつづける やさしいあなたのやさしいうた 私はしらべの外にいて ピアノ弾くあなたの指を ただただじっと一夜中 飽きることなく見つめている 私は指を見つめている ---------------------------- [自由詩]葡萄鼠の月/ルナク[2012年7月26日17時18分] 霧が低く立ち込めている 地平に連なる街並みの輪郭線を 淡い紫が滲ませるように覆っている その帯状の霧のすぐ上に なだめるように添うように 葡萄鼠の月が出ている こころも身体も疲れきっているのに 妙に頭だけがさえて眠れない 葡萄鼠の月 街を抱くような十六夜の月を見つめていたら 遠く暮らす 老いた母を なぜか ふいに思い出した ---------------------------- [自由詩]船出/ルナク[2012年7月27日19時48分] 何も知らない 僕 と 何も知らない 君 を 乗せた船 は 深夜 港を出る 世界は丸い とは 限らないので 行き着く先は 誰も 知らない ---------------------------- [自由詩]この、ぎんねずみ/ルナク[2012年7月27日19時55分] そらは ぎんねずみ ふるでもなく てるでもなく ただ どんよりと どんよりと のしかかるように おいつめるように ただ どんよりと どんよりと ふるなら ふれ と むねのさけびは こえにはならず きずのいたみは わけにはならず ただ どんよりと どんよりと すがるかげなく よせるきしなく うごきもみえぬ その ぎんねずみ なにかを つげんと するふりもなし はらえると いわざるのなら ぬぐえると いわざるのなら この ぎんねずみ だきしめて いま だきしめて だきしめて ゆきばも しれぬ ぎんねずみ いま だきしめて だきしめて そして ふたたび あるきはじめる ---------------------------- [自由詩]石ころ/ルナク[2012年7月27日20時00分] 石ころひとつ置いてきた あなたの庭に あなたがいないあいだに そっと 昨日もひとつ置いてきた 一昨日もひとつ置いてきた その前の日も置いてきた どこにでもある石ころだから 見栄えもしない石ころだから たぶんあなたは気づかない 気づかれなくてもかまわない どこにでもある石ころが 僕のこころの欠片だと きっとあなたは気づかない それでも明日も置いてくる 石ころひとつ置いてくる 石ころひとつ置いてくる ---------------------------- [短歌]二重星/ルナク[2012年7月28日23時23分] 知恵の輪は2つでひとつお互いの隙をかさねて溶け合ってゆく 陽を透かし夢幻の彩を紡ぎだす色無き二重はカゲロウの翅 夢にむかう列車を乗せた二本線つかぬはなれぬ轍のこころ 海は海、陽は陽の思いを抱いたままたそがれどきは紫となる アルビレオ碧(あお)と朱(あか)とのデュエットは一等星より深く眩しい ---------------------------- [自由詩]水絵/ルナク[2012年7月28日23時28分] 画用紙いっぱいに水を塗り そしてその水の乾かぬうちに 空を描き 雲を描き 僕を描く 風を描き 花を描き 君を描く すべてのものの輪郭が 水に滲んで溶けあって すべてのものの感情が 水にまざって手をつなぎ 区切られることのない世界ができる たったひとつの世界ができる ---------------------------- [自由詩]たとえば光/ルナク[2012年7月28日23時30分] たとえば 光 たとえば 風 たとえば 涙 たとえられないものたちを うたいつづけるものたちが たとえる 光 それが 歌 ---------------------------- [短歌]その白い夏/ルナク[2012年7月30日13時36分] つきぬける空の青さにたえかねてアゲハの羽の黒を目で追う 向日葵の迷路で迷っていたいのに背がのびすぎて出口が見えた けだるさの中の憂いに抱かれようサラが歌うはサマータイムか 街中が陽炎のなかユラユラと見えているのは僕だけですか 夕まぐれスティールドラムの雨が降る打て打て打て打て忘れたいのだ 忘れると決めたこころにに夏がきて肌のほてりをもてあます宵 午前4時ようやく熱のひく街でまだ燃えのこる夜光虫の翅 飛ぶ子らを追いかける海 幾億の汗ばんだ手をその白い手を 水時計わたしを置いて西回り溶けよとねがうビイドロ赤い やわらかい歯車の笑う午後2時に皆既日食しそこねた月 くじら寝る丘はひだまり夏時間わすれた年の絵日記を描く 青・青・青こばめぬ水の鋭角にちぎれて香るウミネコの夢 氷柱をけずって造ったとうめいな鳩二時間で夏空に消え 水晶菓(はっかあめ)ひと欠口にほおばればキンと吹き抜く青白き風 孤高なる猫の瞳はペイルブルー奥に異国の街並みがある 炭酸の泡それぞれが主張する無色の言葉みんないとしい まいあがる噴水にかかる橋を見た八月七日・日比谷・午後・にじ 泳ぎすぎたプールの後のけだるさを思い出させる夏の感傷 左手は隠しておきます。夏薔薇を二十万色塗り分けるまで 暗室でうずくまる時に聴こえてきた君の言葉はふりそそぐ陽だ 「陽にあたれ遮るもののなにもない高原にたて夏草になれ」 SHINE!草に花にアゲハに木々に背に沈むこころに荒むこころに 玄関にゆりが三輪咲きました。ほっておくのでやがて枯れます 反響が返らぬほどのたかぞらへ夏をつきぬけ鳴る白い鐘 誰ひとり知るひともいない海岸で喧騒の間の波を見ている 青空をたべてムクムク伸びてゆく入道雲の大人びた顔 勝手戸の前にて朽ちて干からびるタイサンボクの白かった花 昔なら受話器の色に救われた 白いテレホン鳴るあてもなし カシス、カシス、カシス、カシス繰り返し叫んでみても霧は晴れない 白い夏いつかすぎれば白い秋。人はこうして生かされていく ---------------------------- (ファイルの終わり)